ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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お久しぶりです。断章之玖をお送りします。

なかなか、一週間に一回更新ができずに申し訳ありません。


 断章之玖 侍従武官アニエス勇躍す

 

 

 その日、アニエスはヴァリエール近衛特務官の居室を目指し、王宮内の廊下を歩いていた。保護板付きの鎖帷子を身に纏い、百合の紋章が描かれたサーコートを颯爽と翻しながら歩く姿は、その短く切った金髪と切れ長の蒼い瞳も相まって、正に男装の麗人という様相だった。

 

 表向きの用件は、トリステイン王国暫定女王マリアンヌ主催の午餐会への出席要請を伝えるためであった。近衛銃士隊を率いる侍従武官たるアニエスは、官職上の格では近衛特務官であるルイズとほぼ同格である。本来であれば、宮廷女官が行うべき伝達ではあったが、アニエスは顔見知りの女官に自ら代わりを申し出たのだ。彼女の本当の目的は、ヴァリエール特務官の使い魔にあった。

 

 トリステインの英雄たる「蒼光のルイズ」ことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢とは、宮中で何度も言葉を交わしている。最初は、典型的な世間知らずの貴族令嬢かと思ったが、伊達に「王権守護戦争」を無血で終結に導いた英傑ではなく、王国最高位の貴族の子弟にしては、先進的かつ開明的とも言うべき意識を持っており、アニエスはその行く末を頼もしく思いつつ、危惧を抱いた。

 

 戦役において、活躍の場と褒賞を奪われた軍部や宮廷に巣食う保守派貴族の不満と反発は、日に日に増大していた。先日の宮廷舞踏会でも、保守派の重鎮を公衆の面前で、真正面から論破してみせた。舞踏会の後で、それとなく注意喚起を促してみたが、そういった場合、彼女は決まって同じ台詞を言った。

 

 「セルがいる限り、何の問題もありません!」

 

 セルとは、ヴァリエール特務官の使い魔である亜人だという。宮中では、特務官の居室に常に待機しており、女官が行うべき日常生活の補助をすべて完璧にこなしており、宮中女官の間では、声色と見た目との落差が、よく噂に上るらしい。

 

 「メイド代わりの使い魔なのか、それとも……」

 

 アニエスは、また別の噂も耳にしていた。特務官の使い魔は、強大な念力の使い手であり、魔法学院のそばに突如王女の巨大石像を造り出したり、戦役に従軍した際も、ただならぬ活躍を見せたという。

 宮中の警護責任者を兼ねるアニエスは、王宮の重要区画にそのような力を持った出自不明の亜人が常駐していることに漠然とした不安を抱いていたのだ。ご主人さまである特務官に尋ねてもよかったが、実践主義者であるアニエスは、自身の目で確かめることにした。

 

 「……ここか」

 

 王宮の王家専用区画の一番端に位置する近衛特務官専用居室の扉の前にアニエスは立った。念のため、愛用の長剣と短銃を確かめてから、扉をノックする。

 

 

 コンコンコン

 

 

 「失礼する、ヴァリエール特務官。侍従武官アニエスだ」

 

 

 ガチャ

 

 

 アニエスが扉を開けると、背の高い天井と豪奢な家具を備えた居室は無人だった。

 

 「特務官、失礼する……不在か」

 

 再度、声をかけてから入室するアニエス。「メイジ殺し」と呼ばれ、常人離れした戦闘能力を持つアニエスは、居室の奥にある浴室やドレッサーにも人の気配が無い事を確認すると、嘆息した。

 

 「無駄足だったか……」

 

 「……何用だ?」

 

 「!!」

 

 

 バッ!

 

 

 全く予期せず、背後から声をかけられたアニエスは、その場から横飛びすると、前転しながら、短銃を抜き、膝立ちで照準を定めた。その先には、開放された扉から死角となる壁面を背にした長身異形の亜人が、佇んでいた。

 

 (た、確かに気配は無かったはず!)

 

 短銃を突きつけられた格好の亜人は、二メイルを大きく超える長身と昆虫を思わせる緑の外骨格を纏い、さらに全身に黒の斑点模様を備えていた。その静かな視線からは、オーク鬼やコボルトのような荒々しい殺気は全く感じることは出来なかった。

 アニエスが口を開く前に亜人セルは、よく通る低く良い声で言った。

 

 「わたしの名はセル。近衛特務官ルイズの使い魔だ。そしてここは、我が主の居室……もう一度、言う。何用だ?」

 

 「あ、ああ、失礼した。わたしは、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン。近衛銃士隊の隊長だ。ヴァリエール特務官に伝達事項があって……」

 

 セルの自己紹介と質問に、一瞬呆気に取られたものの、アニエスはすぐに自分の要件を伝える。膝立ちで短銃を構えたまま。

 

 「……銃士隊の正式装備ではないな。独自の創意工夫が見て取れる」

 

 「な!? い、何時の間に!?」

 

 確かに左手で構えていたはずのアニエスの愛銃は、数メイル離れた場所に立つ長身異形の亜人の手に収まっていた。

 

 「前込め燧発式の単発銃だが、本来一体化しているはずの当たり金と火蓋が独立している。さらに独自の機構で火蓋を開くわけか。火皿が確実に密閉できれば、当然暴発の危険性も低くなるな。」

 

 「わ、わかるのか!? わたしのアニエス・スペシャル・カスタム・ゴールデン・エディション・Ver8の利点が!?」

 

 銃士隊の隊長であるアニエスは、自身の命を預けることになる愛銃に並々ならぬ情熱を持って、様々な改造を独自に施していた。

 しかし、ハルケギニア現行の銃火器類は、セルがいた地球で言う所の数百年前の骨董品レベルだった。兵器に関する知識においては、正に歩く百科事典全集ともいえるセルは、アニエスの愛銃の特徴を正確に言い当てることができた。

 

 「わかる。ふむ、撃発時のブレを押さえるために銃身にも胴金を巻いているな」

 

 「おお! そこにも気付くとは! そうなんだ、これまでの短銃は、暴発の危険と撃発の時に起きるブレが大きくて、わたしはどうしても我慢できなかったんだ! 試行錯誤の結果、どうにか及第点を与えることができたのが、そのVer8なんだ!」

 

 銃は、平民の武器である。戦場における主戦力がメイジの放つ攻撃魔法であり続ける限り、大きな発展は望めない。だが、剣と銃を巧みに操ることで、「メイジ殺し」を達成したアニエスは、銃の可能性を信じていた。いつか、戦場の主役をメイジから奪うことさえできる、と。最もアニエスが率いる銃士隊にも、そこまで先進的な考えを持つ者はいない。

 

 はじめて、同好の士を見つけたような思いをアニエスは抱いていた。そして、セルは、アニエス・カスタムの問題点も正確に指摘する。

 

 「だが、機構の複雑化は、照準精度や安全性の向上と引き換えに大量生産を困難にするだろう」

 

 「う、そ、その通りだ。わたしのVer8も、懇意にしている銃職人にかなり無理を言って製作してもらったんだ。四~五丁程度ならともかく、現状では銃士隊の各員にすら配備できないんだ……」

 

 思わず、気落ちした声をあげるアニエス。

 

 「……」

 

 何を思ったのか、セルはアニエスの銃を両手で持つと、意識を集中する。

 

 「ぶるあぁ!」

 

 セルが気合を発すると、その両手が閃光を放つ。

 

 「くっ!?」

 

 「受け取るがいい」

 

 右腕をかざして閃光をやりすごしたアニエスに、セルが愛銃を投げ渡す。

 

 「こ、これは!?」

 

 アニエスが両手で受け止めたそれは、彼女のアニエス・スペシャル・カスタム・ゴールデン・エディション・Ver8、ではなかった。

 

 四十サント近かった全長は、半分ほどになり、上質のブナ材を加工して、丸みを持たせていた銃身は、冷たい光沢を放つ鋭角の構造材に取って代わられていた。短くなった全長に比して、その重量は増加していた。当然、アニエスは、その銃の詳細を知らなかった。

 だが。

 

 

 ゾッ

 

 

 アニエスの全身が総毛立ち、額に冷や汗がにじむ。彼女は、自身の愛銃を整備、改造をしている時、常に夢想していた。いつの日か、銃はさらに洗練され、単発式から連発式となり、着火や再装填の手間も無くなり、天候にすら左右されない完璧な兵器となる。最も、それは自分が死んだ後、何百年も後のことになるだろう、と。

 

 しかし、今、アニエスの両手に納まっているのは、彼女の夢想が結実したモノである、そう彼女の銃士たる本能が告げていた。

 

 「それは、自動式連発銃だ。引き金を引くだけで、最大七発の弾丸を連続発射する。習熟すれば、三十メイル先のメイジの額を撃ち抜けるだろう。弾丸の装填は、銃把に納まっている弾倉を交換することで行う。こちらも慣れれば、数秒で再装填が可能だ。弾頭は金属殻で包まれているため、天候の影響もほとんど受けない」

 

 長身異形の亜人が、アニエスの本能が正しかったことを補完する。

 

 「最も、燧発式よりも遥かに機構が複雑化しているため、この地で開発・量産されるには、百年単位の時間が必要だろう。それも、メイジ共の横槍がなければの話だがな」

 

 「ど、どういう事だ?」

 

 連発銃から顔を上げたアニエスが、セルに問いかける。それまで、壁際に佇んでいただけの亜人が突如、部屋全体を覆い隠すかのような圧倒的な威圧感を発しながら、言った。

 

 「このハルケギニアにおいて、メイジ共が貴族として支配権を振るっているのは、魔法の威力によるものだ。高ランクのメイジを相手取れば、おまえのような手練でもない限り、魔法を使えぬ平民には、どうしようもない。だが……」

 

 セルの圧力がさらに強まる。

 

 「今、おまえの手にある、新たな力が百丁あれば? あるいは千丁あれば? すべてが変わるかもしれない……そうは、思わないか?」

 

 もし、その場に居たのが、アニエス以外の銃士であったなら、長身異形の亜人が放つ強大な存在感と自動式連発銃の誘惑の前に膝を屈していただろう。

 しかし、彼女は、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランである。その精神は、「鉄の塊」と称されるほど剛毅にして強靭である。アニエスは、右手で愛用の長剣を抜き放つと、亜人に向かって一直線に突きつけた。

 

 「貴様、誰に向かって物を言っている!! わたしはアニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン!! マリアンヌ女王陛下より、「シュヴァリエ」の称号を賜りし誇り高き銃士だ!! 亜人のたわ言に耳を貸すとでも思ったかッ!! 貴様の目的は何だッ!?」

 

 (……ほう)

 

 アニエスの獅子吼を受けたセルは、威圧感を霧散させると、再び壁を背にして、静かに、いけしゃあしゃあと言った。

 

 「わたしの目的は、ただ一つ。主たるルイズを守ること。近衛銃士隊を指揮するおまえは、言ってみれば……同僚のようなものだ。だから便宜を図った、それだけのことだ。その自動式連発銃は進呈しよう、と言っても元はおまえの物だがな。おまえならばさしたる労苦も無く操れるだろう」

 

 「よくも、口が回る。さっきの今で、そんな戯言を信じると……」

 

 腕組みしたセルは、扉に向かって頭を振る。

 

 

 ガチャ

 

 

 独りでに扉が開く。

 

 「間もなくルイズは戻る。申し送りの件、確かに伝えよう。ご苦労だった、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン卿」

 

 一方的な退出要請だった。アニエスは唇を噛み締めたが、最強の銃士たる彼女は、長身異形の亜人の戦力が、宮中の無責任な噂をも遥かに超越していることを察していた。今この場で出来ることはない。そう考えたアニエスは、長剣と変貌してしまった愛銃を収めると、扉に向かった。

 

 「待て」

 

 「!」

 

 亜人の横を通るとき、何かがアニエスの目前に差し出された。それは、長方形の紙包みだった。

 

 「予備の弾丸だ。もし、入用であれば、また来るがいい」

 

 「くッ!」

 

 紙包みをひったくると、アニエスは近衛特務官専用居室を辞した。

 

 

 

 

 

 「……使える駒は、一つでも多いほうがいい」

 

 亜人の使い魔の呟きを耳にした者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、王都トリスタニア郊外チクトンネ街裏路地ー

 

 「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

 一人の貴族が、薄暗い路地裏を必死に走っていた。その痩せこけた風貌と薄汚れた服装からは、彼が、かつてはトリステインの司法権を統括していた高等法院の長とは思えない。

 

 「な、何なんだ、あの銃士は!? な、何人ものメイジを一瞬で……」

 

 彼の名は、アールテュル・ド・リッシュモン侯爵。先々代のトリステイン王フィリップ三世の御世から王国に仕えてきた重臣である。だが、彼が忠誠を尽くしてきたのは、王家ではない。自身の権勢と富だけに忠を尽くしたのだった。さらに職権乱用による不正蓄財に留まらず、リッシュモンは「レコン・キスタ」、アルビオンの反王権貴族連盟と通じ、故国を陥れようとしたのだ。

 だが、リッシュモンが具体的な行動を起こす前に事態は急展開を見せる。アルビオン王家の亡命と「王権守護戦争」の勃発。さらに戦役の早期終結である。梯子を外されてしまったリッシュモンをさらなる奇禍が襲った。彼に近しい貴族や商人が次々と行方不明となったのだ。そのほとんどが明るみに出れば、表を歩けない脛傷持ちだった。

 

 身の危険を感じたリッシュモンは、王都からの逃亡を決意。仮病をでっち上げ、すべての官職を辞すると、金で雇った手練のメイジ達を率いて、王都脱出を決行した。

 

 チクトンネ街に入ったとき、乾いた破裂音が響くと先頭を歩いていた傭兵メイジが、頭部に血の花を咲かせて、倒れた。リッシュモン一行の前に一人の銃士が立ちはだかったのだ。二十メイルは離れた位置に立っていた銃士は、メイジ達が誰何の声をあげる前に手にした銃の引き金を五回引いた。リッシュモンを守っていた五人のメイジが、わずかな衝撃とともに地に倒れた。リッシュモンは、貴族としての誇りを投げ捨てて、踵を返した。

 

 

 

 

 ドガシャンッ!!

 

 

 「く、くそッ!!」

 

 三十年以上、トリステインに仕えたリッシュモンも、チクトンネ街の裏路地など歩いた経験などない。道端の木箱にぶつかり、倒れ込んでしまう。立ち上がろうとするリッシュモンに暗がりから声がかけられる。

 

 「……リッシュモン候、どちらに往かれるおつもりか。」

 

 「わ、わたしをリッシュモンと知っての狼藉か!?」

 

 「無論。元トリステイン王国高等法院司法卿にして、金のために我が故郷ダングルテールを焼き尽くした男」

 

 暗がりから姿を見せたのは、漆黒のコートを纏ったアニエスだった。その右手には、長身異形の亜人から渡された自動拳銃が握られていた。

 

 「だ、ダングルテールだと!? 貴様、新教徒か!」

 

 トリステイン王国ダングルテールは、西部の海岸沿いに位置する自治区の一つである。数百年前にアルビオン大陸からの入植者によって開拓された経緯があり、中央府とは多くの軋轢を抱えていた。さらにロマリアで勃興した宗教改革「実践教義」をいち早く取り入れたため、住人全てが「新教徒」であった。だが、ダングルテールは二十年前、突如発生した疫病の蔓延によって、全滅したとされていた。

 

 「復讐は果たされる。今がその時だ、リッシュモン」

 

 「ふ、ふざけるな! あれは、ロマリアからの要請だったんだ! わ、わたし一人が首謀したとでも……」

 

 

 パンッ!

 

 

 リッシュモンの額に、穴が空いた。呆けた表情のまま、ゆっくりと後方へ倒れる元司法卿。

 

 「……わたしの宿願の一つが、果たされた。でも、こんなものか」

 

 公式には、疫病蔓延とされたダングルテールの全滅だが、実際には新教徒狩りを望んだロマリア宗教庁の要請による虐殺が真相だったのだ。王国側の動きを主導したリッシュモンは、死んだ。アニエスの長年の望みが達成されたのだった。

 しかし、アニエスの心を満たすのは、復讐を果たした達成感と虚無感だけではなかった。手にした自動拳銃を見つめるアニエス。

 

 「ここまでの威力を持っているとは……あの亜人、セルと言ったな。ヤツは、何を考えているんだ?」

 

 あるいは、メイジ中心の世界を引っ繰り返しかねない新兵器を、初対面の自分に渡した亜人の意図を彼女は、図りかねていた。

 

 

 

 

 

 




断章之玖をお送りしました。

作者は、銃の知識などほとんどありません。

ですので、どしどし突っ込みをお待ちしています。

セルがアニエスに渡したのは、アメリカで初めて開発された自動拳銃コルトM1900をイメージしています。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いたします。


次話から、第五章を投稿する予定です。

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