ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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お久しぶりです。第五章「虚無と始祖」第四十六話をお送りします。


第五章 虚無と始祖
 第四十六話


 

 

 ――聖フォルサテ大聖堂。

 

 連合皇国の首都ロマリアの中央に築かれた壮麗な六本の塔で構成される巨大建築物。アウソーニャ半島に乱立する都市国家群を表向き統率する皇国の中央行政府であり、大陸全土で遍く信仰されるブリミル教を統括する宗教庁の中枢でもある。六千年前より伝えられる宗教庁の伝承によれば、偉大なる始祖「ブリミル」は、その人生の最期を現在の大聖堂の正に中心地で迎えたとされる。そして、その最期を看取った者こそが、始祖の直弟子にしてロマリアの祖王「墓守」こと聖フォルサテである。

 

 ハルケギニアに冠たる四王家の一角にロマリアが数えられるのも、祖王聖フォルサテが、始祖の臨終において、その偉大なる力を授かり、人々を教え導く尊い使命を与えられたとされるが故である。

 そして、ロマリアとブリミル教の頂点に立つ王は、「教皇」の称号で呼ばれる。それは形式上ではあるが、ハルケギニアのありとあらゆる王侯貴族よりも上位の存在だった。

 

 

 

 

 

 当代の教皇聖エイジス三十二世、本名ヴィットリーオ・セレヴァレは、大聖堂の奥深くに設えられた教皇専用の礼拝堂にて、日課である始祖への礼拝を行っていた。

 

 「……始祖「ブリミル」よ、罪深き我らに慈悲を与えたまえ」

 

 ヴィットーリオは、教皇専用とは思えぬほど、こじんまりとした礼拝堂内で、中心に据えられた等身大の始祖立像を前に跪いていた。始祖立像は、ハルケギニアの地に大小を問わず、数千、数万と存在しているが、そのすべては、かろうじて人と思しき存在が諸手を拡げている、という曖昧な姿をしていた。神に等しい偉大なる始祖の似姿を造るなど、畏れ多いというのである。そんな像の前に跪くヴィットーリオは、神官の最高位を示す紫色の聖衣を纏い、円筒状の高い僧帽を被り、手には古ぼけた書物を抱えていた。

 その容貌は、年の頃二十前後、まるで彫像から、そのまま抜け出したかのような完璧な美貌を備えていた。もし、この場に何も知らずに足を踏み入れれば、すべての者が、ヴィットーリオをこそ、神の化身として崇め奉ることだろう。

 

 

 

 

 

 「……聖下」

 

 「報告を」

 

 「はい。新たに聖地とアルビオン大陸に派遣した密偵隊の内、五つの隊から連絡が途絶えましてございます」

 

 礼拝堂内にいるのは、ヴィットーリオ一人のはずが、彼の背後の柱の周辺には、複数の人間の気配があった。それは、教皇直属の密偵団の精鋭たちだった。ハルケギニア各国に留まらず、強大な異種族エルフが支配する「聖地」や、そのさらに西方に位置する「ロバ・アル・カリイエ」にすら、教皇の「手」は伸ばされていた。

 

 ところが、ここ数ヶ月で、教皇の手は複数の指を失っていたのだ。

 

 「……聖地のみ、最低限の連絡要員を残し、残りの密偵隊をトリステインとガリアに送りましょうか。まずは、すべての「四」を集めなければなりませんからね」

 

 「御意のままに」

 

 「それから、ジュリオには、アルビオンに来るように伝えてください。さすがの私も、「英雄たる恋人たち」と「鬼謀」を相手にしては、分が悪い」

 

 「直ちに手配致します」

 

 「よろしく」

 

 礼拝堂から、教皇以外の気配が消える。一人となったヴィットーリオは、手にしていた書物に目を落とした。

 

 「やがて来る「災厄」から、すべての人々を救い上げるための「御手」を手に入れなければならない。始祖よ、「真なる虚無」へと我らを導きたまえ……」

 

 祖王フォルサテの御世から、宗教庁の中でも、代々の教皇にのみ受け継がれてきた秘なる聖典があった。現在、教皇ヴィットーリオの手にあるその書物は。

 

 「正伝ゼロ・ファミリア」といった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――トリステイン王国ヴァリエール領ノルパド鉱山最下層坑道入口。

 

 「こ、これは、想像以上だわ……」

 

 目の前に拡がる巨大なクレバスを見渡した女性が、呆然としながら呟いた。

 

 ヴァリエール公爵家の長女、エレオノールである。普段は決して着ることのないであろう簡素な作業着姿の彼女の数メイル先の地面は、消失しており、真っ黒な陥没が、どこまでも続いていた。

 

 「すぐに調査に入るわ。装置の降下準備を!」

 

 「かしこまりました、お嬢様」

 

 エレオノールは、背後に控えていた執事長ジェロームに機材投入を命じた。公爵家に仕えるメイジや作業員が、複数の台車に載せて大型の魔法装置を陥没の際まで運び入れる。それは、風石の鉱脈を探査する特殊な魔法装置であった。貴重な資源である風石の採掘事業は、トリステインに限らず、各国でも重要な産業である。王国最大級の領土を治めるヴァリエール家も、領内に自前の魔力石鉱山を複数保有していた。

 

 その内の一つで、大規模な陥没が発生したのが、一週間前。幸い、鉱員に死者は出なかったものの、最下層のほとんどの坑道が陥没に呑まれたという。それが、ヴァリエール領東端のノルパド鉱山だと聞いたエレオノールは、首を傾げた。ノルパド鉱山の採掘が開始されたのは、およそ五年前。鉱脈発見後に実施された埋蔵量調査には、当時、王立アカデミーに入局したてのエレオノールも土系統の研究員として参加していた。結果は、風石埋蔵量は、国内の平均よりもやや大きい程度。ただ、周辺の岩盤が強固であったため、比較的安価で採算ベースに乗せることが出来ると判断された。岩盤の調査を行ったのは、エレオノール本人であった。

 

 「これまで通りのペースで採掘していれば、後五年は、落盤や陥没の心配なんて必要ないはずだったのに……」

 

 アカデミー研究員として、はじめての大仕事であったため、エレオノールはノルパド鉱山の陥没調査に自ら陣頭指揮をとることにした。

 

 「装置固定を確認!」

 「探査アーム降下位置!」

 「装置、起動します!……起動確認!」

 「探査準備よろし!」

 

 探査装置を準備するメイジや作業員は、長年ヴァリエール領で採掘事業に携わってきたベテランばかりである。準備完了を確認したジェロームが、恭しくエレオノールに報告する。

 

 「お嬢様、探査準備整いましてございます」

 

 「ご苦労。はじめなさい」

 

 「はっ!」

 

 

 ガガガガガガ

 

 

 エレオノールの命令を受領したジェロームが手を振ると、操縦役のメイジたちの魔力に呼応して、装置の探査アームが、陥没の中に下ろされていく。各国で一般的に使用されている探査装置の最大深度は、約二百メイル。魔法先進国として知られるガリアが誇る最新装置でも、五百メイルが限界である。しかし、トリステイン王国王立魔法アカデミー土系統主席研究員たるエレオノールが手ずから改造を施した特注探査装置は、実に一リーグもの深さまで、探査可能だった。その分、精妙な魔力操作のため、複数のトライアングルメイジが操縦者として必要だった。

 

 エレオノールは、装置の計器盤に移動し、複数の計器の数値を確認しはじめた。徐々に彼女の表情が曇る。

 

 「……どういうこと? 二百メイル下ろしても、アームが岩盤に接触できないなんて。こんな巨大な陥没が起こるような地下空洞なんて、領内にあるはずないわ」

 

 そして、四百メイル下ろした所で、ようやく探査アームが岩盤に接触。さらに地下深くへと掘り進んでいく。八百メイルに到達したところで、エレオノールは、操縦者たちにアームの降下を停止させた。

 

 「やっぱりおかしいわ。風石鉱脈特有の痕跡がずっと残っているのに、鉱脈そのものが確認できないなんて」

 

 数百メイルもの間、痕跡が残っているという事は、このノルパド鉱山の最下層のさらに地下部分には、とてつもない大きさの風石鉱脈が存在していたことになる。その鉱脈に内包されていたであろう魔力は、単純に計算しても、戦艦を何隻浮かせられるのか、どころの話ではない。何かの拍子で、魔力の暴走が起きれば、鉱山自体はおろか、ヴァリエール領自体、いや王国、あるいは大陸そのものが浮かび上がってしまうかもしれない。

 

 「もし、そんな巨大鉱脈が、他にもあったとしたら、この世界そのものが……」

 

 エレオノールの頬を冷や汗が流れる。

 そして、一瞬の後。

 

 (え、ちょっと、待って……大陸を浮遊させてしまうほどの莫大な「風」魔力の塊。でも、いまここにあるのは、その痕跡だけ……)

 

 ゾッ

 

 エレオノールの全身が総毛立つ。細かく震え出した身体を自ら抱いて、彼女は呟いた。

 

 「……じゃあ、風石はどこに「消えた」の?」

 

 「お、お嬢様、御顔のお色が優れませんが……」

 

 当然、真っ青になって震え出したエレオノールに、心配げなジェロームが声をかける。

 

 「だ、大丈夫……ジェローム、今回の調査は、これで切り上げます。尚、本日の件に関しては、緘口令を敷きます。これは、領主代行としての命令です」

 

 忠実な執事の言葉に気を取り直したエレオノールは、気丈に振舞うと、ジェロームに命じた。

 

 「か、かしこまりました……お、奥様と旦那様には?」

 

 「……お母様とお父様には、後でわたしから、ご報告します。少し、わたしも考えたいから……」

 

 

 

 

 

 エレオノールの父母、ラ・ヴァリエール公爵とカリーヌ公爵夫人は、現在領地には不在である。「王権守護戦争」終結後、それまで実質的な王国の政務を取り仕切っていたマザリーニが、王女アンリエッタを伴って、新サウスゴータ領へ赴任してしまった。それによって、王都における政治的空白を生まないようにするため、マリアンヌ暫定女王直々の要請を受ける形で、公爵は中央政界へ復帰した。国政を実際に差配するために新設された官職「護国卿」として、王国の舵を取っているのだった。

 公爵不在時の領主代行として、エレオノールは、王都のアカデミーから、両親と入れ替わりに帰郷したのだった。最初は気乗りしなかったエレオノールだったが、ヴァリエール家の次女にして、彼女の妹であるカトレアの容態が最近芳しくないとの報せも合わせて受け取った彼女は、帰郷を即断したのだ。

 ちなみに夫を助けるためと称して、公爵とともに王都を訪れたカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人は、かつて自身が所属した古巣である魔法衛士隊の弱体化に目を覆ったという。しばらくの後、護国卿命令によって、グリフォン隊、ヒポグリフ隊、マンティコア隊の三つの魔法衛士隊は、一時的な処置として一隊に統合され、臨時の教官兼総隊長を迎えることになる。その教官兼総隊長は、なぜか顔の下半分を覆う鉄のマスクを身に着けていたという。その後、しばらくの間、王都郊外にある魔法衛士隊の専用教練場では、連日の竜巻騒ぎが起こり、周辺の住民たちを悩ませた。

 

 住民や周囲に別宅などを持つ貴族や豪商からの苦情を受けた王都衛兵隊の隊長が、竜巻騒ぎ調査のために教練場を訪れた際、対応した元マンティコア隊隊長ジャード・ド・ゼッサール卿は、空虚そのもの声色で言った。

 

 「はははたつまきなどどこにあるのですかなこんなにはれているのにそんなものゆめまぼろしでしょうははははは」

 

 

 ゴオオオオオォォォ!

 

 

 恵まれた体躯と相手を威圧する厳めしい髯面。しかし、ド・ゼッサール卿の瞳は、光を映していなかった。王都衛兵隊長は、顔を引き攣らせながら、敬礼すると、教練場に背を向けた。その背後では、なにやら轟音と暴風が巻き起こっていたが、衛兵隊長は職務よりも自身の生存本能を信じて、足早にその場を去ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァリエール公爵家の本城に戻ったエレオノールは、直ちに王都のアカデミー本局に書状を送った。現在、アカデミーで把握しているハルケギニア全土における風石鉱脈の分布図の送付を依頼したのだ。

 

 「ウチの領内だけでも、未採掘を含めれば風石の鉱脈は、十近くある……ま、まあ全部に全部、大鉱脈が眠っているわけでないだろうけど」

 

 ノルパド鉱山から帰城して、しばらくの間、自室で考えに沈んでいたエレオノールは、大きく溜め息をつくと、病床の身である上の妹を見舞うために、部屋の入口に向かった。

 その背後で。

 

 

 ヴンッ!

 

 

 「あ、あれ? ここ、どこだい?」

 「てっきり、ミスタ・コルベールの廃屋に戻ると思ったんだけど」

 「み、ミス・モンモランシー、一応あそこはわたしの研究室なのだが……」

 「学院の貴賓室かしら? それにしては、妙に広いけど」

 

 突然、自分の背後から複数の人間の声を聞いたエレオノールは、即座に後ろを振り向いた。

 

 「な、なに?」

 

 エレオノールの視線の先には、ついさっきまでは、確かに彼女の私室に存在しなかったはずの異国情緒溢れる天蓋付きベッドとその周囲に立つ六人の男女が出現していた。

 

 

 さらに、ベッドの天蓋の上には、二メイルを超える長身異形の亜人とその腕の中で眠る彼女の下の妹、ルイズの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 




第四十六話をお送りしました。

風石の暴走「大隆起」 原作において起こるだろうとされる一大災害ですが、火石とか土石とか水石の暴走って起こらないんですかね?

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

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