「久しぶりだな、ミス・エレオノール。息災のようでなによりだ」
下の妹をお姫様だっこしたまま、ベッドの天蓋から降りた長身異形の亜人は、見た目からは想像できない良い声で、そうのたまった。
「お、お、おまえ、い、一体どこから……」
突然の闖入者たちに、目をパチクリさせながら問うエレオノール。ルイズをベッドの端に降ろしたセルが、エレオノールに向き合う。
「我々は、ガリア王国の東端、アーハンブラ城からやってきた。事前の通告なしで、突然の訪問となったことは、謝罪しよう」
「が、ガリアの東端って、ここから何リーグ離れていると思っているの? そもそも、なんでルイズとおまえがガリアに……い、いや、それ以前に、どうやって私の部屋に……」
いつもと何ら変わらない様子のセルと目の前の事象に混乱気味のエレオノール。キュルケたちは、そんな一体と一人を遠巻きにしながら囁きあっていた。
「うーん、あの女性、どこかルイズに似ているような気がするんだけど……」
「確かにそうね。気が強そうなところとか、似ているかもね」
「じ、じゃあ、もしかしてあの人は、ルイズの……」
ギーシュが言い終える前に、コルベールが声をあげた。
「エレオノール……まさか、王立魔法アカデミー土部門主席研究員のエレオノール・ヴァリエール嬢なのか!」
「知っているの、ジャン?」
「ああ、土部門で、「二十年に一人の逸材」と謳われ、「鉱貴」の二つ名で呼ばれる才媛だよ。魔法石の採掘技術を十年は進めたといわれている」
「ヴァリエールということは、やっぱり?」
「ああ、公爵家の第一子だそうだから、ミス・ヴァリエールの姉君ということになるな」
キュルケが、改めてエレオノールの容姿を確認する。特に首から下の部分を重点的に。
「確かに身体的にも、ルイズに似ているわね」
「ち、ちょっと、キュルケ!」
思わずキュルケをたしなめるモンモランシー。コルベールは、セルたちの会話に耳を傾けながら、思案していた。
「しかし、なぜセルくんは、学院ではなく、ヴァリエール城に移動したのだろうか……」
自分達は、独断でガリア王国に侵入し、廃城同然とはいえ城一つを消し去り、さらに廃されたはずのガリア王族を拉致してきたのである。いかに原因が、ガリア側の襲撃にあるとは言っても、トリステインの中枢に近いヴァリエール家に詳細を知られるのは、得策とは思えない。
実際、セルから詳細を聞くに従って、エレオノールの柳眉が逆立っていくのが判る。
「つ、つまり、おまえは主であるルイズを誑かして、ガリア王家の問題に首を突っ込んだあげく、辺境の城砦を吹き飛ばして、処刑されそうになっていた王族を拉致して、どうやったかはよく解らないけど、我がヴァリエール本城の、よりによって私の部屋に逃げ込んできた、と。そう、ほざくわけね……」
「おおむね、その通りだ。さすがはルイズの長姉。状況把握に長けているな」
いけしゃあしゃあと言葉を並べるセルに、元々、頑丈ではないエレオノールの堪忍袋の尾は、あっさりと破断限界を超えようとしていた。その時、部屋の中央に鎮座していたベッドの端でモゾモゾと動くものがあった。
「う~ん、せ、セル……」
「あ! ルイズが気がついたわ!」
身体を起こしたルイズにキュルケたちが駆け寄るが、完全には覚醒しきっていなかったルイズは、自分のぼんやりとした視線の先に、致命傷を負っていたはずの自身の使い魔の姿を認めると、目を見開いて叫んだ。
「セルっ!!」
「桃色髪、大丈夫なのね? きゃん!」
自身を覗き込んできたイルククゥを振り払うようにベッドを下りたルイズは、両目から涙を流しながら、長身異形の使い魔の元に突進した。
「ちょっと、おちび! あなたにも!」
「邪魔っ!!」
ドガン!
「おぶっ!?」
妹の前に立ちふさがろうとしたエレオノールは、もはやセル以外の一切を視界から排除したルイズによって弾き飛ばされ、無様に床に倒れこんだ。
「ルイズ」
一方のセルは、自ら片膝をつき、自分に突進してくる泣きじゃくりのご主人さまを優しく受け止めた。
「セル、セル! 無事だったの!? あ、あんたに何かあったら、わ、わたし!!」
「心配をかけてしまったようだな、ルイズ。わたしは無事だ。わたしの肉体は、きみたちのそれとは違い、強力な再生力を備えているのだ。その事をきみに、事前に教えていなかったのは、わたしの過失だな、すまなかった」
「す、すまないだなんて! セルさえ無事ならわたしは……」
二メイルを超える長身異形の亜人と涙に濡れた美少女の抱擁。すでに彼らの容姿の違和感に慣れたはずのキュルケたちも、その神話的な光景に思わず目を奪われる。
セルが、このような対応を見せたのは、ほんの数十分前、アーハンブラ城跡地で、イザベラ・セルが自身の主であるイザベラにそっけない態度をとって、鉄拳制裁を受けてしまった経験をフィードバックした結果であった。
「わたしは、何の問題もない……だが、ルイズ。きみの現状は、いささか危険かもしれない」
「き、危険って何のことよ? ていうか、ここどこ? 荒野にいたはずなのに気付いたら、こんな部屋に。あれ? この部屋って……」
ようやく落ち着いて周辺を確認したルイズは、涙を拭いながら首を傾げた。主の疑問にセルが、簡潔に答える。
「ヴァリエール本城のミス・エレオノールの私室だ」
「そうだわ! エレオノール姉さまのお部屋だわ!」
一つの疑問が解消したルイズは、さらなる疑問にとらわれた。
(え、なんで、姉さまの部屋に? 学院じゃなくて? それに姉さまはどこに……)
そこで、ルイズは気付いてしまう。さっき、セルに抱き着く時、何かを弾き飛ばしていたことを。
(そ、そういえば、き、金髪のナニカを弾き飛ばしちゃったような……)
ゴゴゴゴゴゴゴ
ルイズの視界の端に、金髪のナニカが映る。それは、形容しがたい迫力を発しながら、立ち上がろうとしていた。長く美しい金髪に隠れて、表情は見えない。しかし、地の底から響くような声が、髪の隙間から聞こえてきた。
「……ルぅぅぅぅぅぅイぃぃぃぃぃぃズぅぅぅ!」
(あ、なんか、既視感……)
またしても、気が遠くなりそうになるルイズだが、その時。
ドンドンドンドン!
エレオノールの部屋の扉が、激しくノックされた。続いて、切迫したメイドとおぼしき女性の声が響いた。
「え、エレオノールお嬢様! 失礼いたします! カトレアお嬢様のご容態が! エリック卿がすぐにおいでいただきたいと……」
「! か、カトレアが、まさか!」
「え、ち、ちいねえさまがどうしたの? エレオノール姉さま!」
メイドの言葉に、冷静さを取り戻したエレオノールは、わずかに逡巡すると、ルイズに向き直り、真剣な声色で言った。
「もしかしたら、その時が来てしまったのかもしれない……ルイズ、あなたも来なさい」
「え、姉さま……」
エレオノールは、ルイズの返事を聞く前にセルたちに向かって命じた。
「私が戻るまで、あなたたちは、この部屋から一歩たりとも出ること、まかりなりません。ヴァリエール家当主代行としての命令です」
「承知した」
呆気にとられているキュルケたちに代わり、セルが応じた。それを確認すると、エレオノールはルイズと連れ立って部屋を後にした。
「一体、何がどうなっているんだい?」
部屋に残された一行の内、ギーシュが呆然としながら呟く。その言葉に自信なさげにモンモランシーが応える。
「ヴァリエール家には、たしか三姉妹がいたはずだから、カトレアってのは、多分ルイズの下のお姉さんだと思うけど……」
「でも、ただ事じゃなかったわね、あの雰囲気は。」
「きゅいきゅい! お姉さまのお母様は大丈夫なのね?」
「……眠っているから」
思案顔のキュルケのそばで、イルククゥが、母親に寄り添うタバサに問いかける。母の手を握りながら、タバサは静かに言った。そんな生徒達を見守っていたコルベールは、さきほどからの疑問を解消するため、セルに質問しようと振り返った。
「ところで、セルくん。どうして、ヴァリエール城に……おや?」
大貴族令嬢の豪奢な私室の中に、長身異形の亜人の姿はなかった。
「まあ、ルイズ……また、あなたに逢えるなんて……」
「……」
大好きな「ちいねえさま」が、目の前で伏せっているのに、ルイズは、すぐにカトレアのそばに寄り添うことが出来なかった。
カトレアの私室内には、彼女に懐いている多くの動物や幻獣たちが居るのが常だったが、今、彼女の部屋には、複数の水メイジたちが治療のために詰めていた。そのメイジたちや手伝いのメイドたちは、一様に沈痛な面持ちで、部屋の隅に控えていた。
「か、カトレア姉さま……」
ルイズの記憶の中のカトレアは、いつも優しい笑みを浮かべ、ルイズにとって理想的ともいうべき、豊かなスタイルを持ち、だれよりも彼女の味方であり続けてくれた大好きな姉であった。だが、今ベッドに埋もれるように横たわるカトレアは、全身から生気が失われたかのように痩せ衰え、顔色はすでに土気色を示しており、ルイズ自身の自慢でもあった、母と妹と同じ桃色の髪さえも、くすんでみえるほどだった。
「ごめんなさいね……せっかく……凱旋したあなたを抱きしめて……あげられなくて……」
「ちいねえさま!」
言葉を発するのさえ苦しいそうなカトレアを見たルイズは、弾かれたようにカトレアのベッドに寄り添った。姉の手を握ろうとするが、思わず手を引っ込めてしまう。ルイズの小さな手で握ってすら、壊してしまいそうなほど、カトレアの手は痩せ細っていたのだ。
部屋の入口で、その様子を見守るエレオノールは、隣に立つ初老の貴族に声をかけた。
「ダーシー先生、妹は、カトレアの容態は……」
ダーシー・ド・エリック卿は、二代に渡ってヴァリエール公爵家の典医をつとめる国内屈指の水メイジである。ヴァリエール家三姉妹を生まれたときから知るダーシー卿は、悲痛な表情のまま、公爵家長女の問いに答えた。
「カトレアお嬢様の病巣は、すでに全身に転移しております。これまで病状の進行を抑えていた秘薬も水魔法も効果がありません……」
そこで、一度言葉を切ったダーシー医師は、自身の無力さに憤るかのように両拳を握り締めながら、搾り出すように言った。
「もう、手の施しようがございません……おそらく、今夜が」
「!!」
エレオノールの身体が震える。その場でへたり込みそうになるのをかろうじて堪えると、ダーシーに命じた。
「わ、わかり……ました。王都のお母様と……お父様にお、お知らせしなければ……お願いします、先生」
「……かしこまりました」
その後、ダーシーは配下のメイジやメイドたちを引き連れてカトレアの部屋を辞した。今、部屋内に残っているのは、カトレアとルイズだけだった。
せめて、最期の時は、家族だけで。
エレオノールは、ダーシーの心遣いに感謝しつつ、逃れようのない現実を突きつけられたようにも感じていた。部屋内に戻ることが出来ず、扉の前にうずくまってしまう。
「……こ、こんなことって……あの子が一体何をしたというの? あの子は、一度だって自分の境遇を嘆いたこともないのに……どうして、あの子が」
エレオノールの両目からは、涙が溢れていた。姉として、カトレアを助けてやれない無念さと、妹の運命に対する憤りが、エレオノールの胸中を満たしていた。
そして、その様子を少し離れた廊下から、気配を消した状態で、観察する存在がいた。
ルイズの使い魔、長身異形の亜人セルである。
(今、ルイズの精神が不安定になるのは、避けるべきだな。それにヴァリエール家の血統には、「予備」としての価値もある)
セルが、アーハンブラ城からヴァリエール領に瞬間移動したのには、二つの理由があった。一つは、魔法学院に滞在しているロマリア連合皇国の公使にして、虚無の使い魔「神の右手ヴィンダールヴ」たるジュリオ・チェザーレの存在である。彼の背後にいるロマリアに、現時点において、ガリアへの干渉、オルレアン家の保護、セル自身の能力の詳細を知られるわけにはいかなかったのである。
そして、もう一つの理由が、ヴァリエール公爵家における自身の影響力の強化であった。
(さらなるルイズの信頼と、二つの「予備」を確保する。ふむ、ここまで都合よく事が運ぶとはな。ふふふ、あるいはこれこそが、「始祖」とやらの加護か……)
ほくそ笑む長身異形の亜人は、悲嘆に暮れる公爵家の令嬢にゆっくりと近付くのだった。
第四十七話をお送りしました。
今後は、二週間に一話の投稿を目標に努力いたします。