ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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お久しぶりです。第四十九話をお送りします。


 第四十九話

 

 

 「やれやれ、いくら久しぶりだからって、ちょいと買い込みすぎたかねぇ」

 

 浮遊大陸アルビオンの要衝シティオブサウスゴータと南部の軍港ロサイスを結ぶ大街道から、わずかに外れた森の手前で、一人の旅人が、馬上でそう一人ごちた。造りのしっかりした旅装を纏っており、馬の鞍には限界まで荷物を積んでいる。その重さが堪えたのか、馬の息はやや上がっていた。

 

 「まあ、村までは、あと少しだし、ちょっと休憩していくかい?」

 

 旅人は、鬣を撫でながら、馬に声をかけた。ご主人の言葉に、馬はうれしそうにいなないた。

 

 

 ドサッ

 

 

 「ふう……」

 

 鞍から荷物を下ろした旅人は、近くの木の根元に腰を落ち着けた。馬は直ぐ近くで、草を食んでいる。旅装のフードをはずすと、美しい緑色の髪が現れた。わずかにずれた眼鏡を直す仕草も様になっている、年齢は二十前後の美女。

 

 旅人は、「土くれ」のフーケことマチルダ・オブ・サウスゴータであった。

 

 トリステイン魔法学院の一件から、数ヶ月。学院から派遣されたフーケ探索隊に、物の見事に捕らえられたフーケは、本来であれば、多数の貴族から財宝を盗み出した罪科によって処刑台の露となるはずだった。だが、フーケの命運は尽きなかった。

 

 ―-長身異形の亜人、セル。

 

 ヴァリエール公爵家の三女であるルイズの使い魔たる亜人は、こともあろうに脱獄不可能と悪名も高いチェルノボーグ監獄に忍び込み、フーケを脱獄させるために監獄に火さえ放ったのだ。その目的は、なんと盗賊「土くれ」の雇用。魔法学院の秘宝「破壊の篭手」のような「場違いな工芸品」を手に入れろという。セルの強大な力と多額の報酬という鞭と飴を示されたフーケに否応はなかった。

 

 「ロマリアくんだりまで行って、成果が「十字架の出来損ない」と「見たことない金属の棒きれ」だけとはね……我ながら「土くれ」の名が泣くよ」

 

 セルの指示を受けて、フーケはハルケギニア南方の宗教国家ロマリア連合皇国に潜入した。「始祖」の御名において、長年様々な歴史的遺物や書物、さらには「場違いな工芸品」を収集してきた皇国の首都ロマリアだったが、フーケの鑑定眼をもってしても、セルが望むような「工芸品」はごくわずかであった。セルからの指示には、潜入の期限も記されており、今から一週間後にアルビオン大陸最大の港町ロサイスで落ち合う手はずになっていた。

 

 「それにしても、あの亜人、なんでトリステインじゃなくて、アルビオンで待ち合わせだなんて……まあ、そのおかげであの子達にも会えるんだけどね」

 

 フーケが予定よりも、かなり早くアルビオン大陸に上陸したのには、理由があった。旧サウスゴータ領と港町ロサイスの中間に位置する街道から外れた森の中に小さな村があった。いや、村とさえ呼べないかもしれない。わずかに十軒ほどの家が寄り添うように建つ集落。そこに住まうのは、フーケの生きる意味そのものともいうべき「子供達」である。

 

 「ティムとホビーには、帽子と木剣を買ったし、アリサとシェリーには、髪留め。それとテファには、新しいハープを……」

 

 荷物の中にある「子供達」への土産を指折り数えるフーケ。その穏やかな顔には、確かな母性が感じられた。

 

 「さてっと! そろそろ……」

 

 勢いをつけて立ち上がったフーケは、自分の馬を呼び寄せるために指笛を吹こうとして、怪訝な表情を見せた。ほんの十数メイル先にいる馬の様子がおかしい。自分の方を見て、酷く怯えているのだ。馬体が震えているのが、遠目でも判る。

 よく見ると、馬の視線は、フーケの背後に注がれていた。

 

 フーケが振り返る前に、とても良い声が響いた。

 

 「久しぶりだな、「土くれ」のフーケ」

 

 「!!」

 

 その声を聞いたフーケの身体もまた、震え出した。トライアングルメイジでありながら、体術にも相応の覚えがあるフーケに、全く気取られる事無く、その背後を取った存在。彼女の盗みを阻止し、彼女の命を救い、彼女を雇い、新たな仕事を与えた存在。

 

 二メイルを超える長身異形の亜人、セルがフーケの背後に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 「な、なんで、あんたがこんなところに……」

 

 フーケの質問にすぐには答えず、セルはフーケの馬とそばにあった荷物、そして森に視線を飛ばしてから、言った。

 

 「一度、「気」を捉えた相手は例え、一万リーグ離れようとわたしから逃れることは出来ん」

 

 「ちっ、化け物め。それで? 一体何の用だい? 約束じゃあ、落ち合う期限はまだ先だし、場所もロサイスだとわたしは記憶してるんだけどね!」

 

 呑まれてたまるものか、とばかりに気を張って言い募るフーケ。全く動じることなく、セルは言い放った。

 

 「状況が変わったのでな。おまえが、予定より早くアルビオンに上陸していたのは、好都合だった」

 

 「どっかの貴族みたいなことを言いやがって……」

 

 顔を背けて、文句を言い始めたフーケには構わず、セルは再度視線を森へ移した。

 

 「フーケ、おまえはどこに向かっていた? ここは、アルビオンを貫く大街道から外れた森の際だ。宿があるような大きな集落は、近くにはないはずだ」

 

 

 ジトッ

 

 

 セルの質問を受けたフーケは、自身の手のひらに嫌な汗が滲むのを感じた。

 

 (こいつ……まさか、ウェストウッド村のことを? くそっ、こいつを「あの子達」に近づけるわけにはいかない)

 

 「はっ! お宝抱えての女の一人旅だからね! あえて街道はずれで野営もするさね! それとも、何かい? あんたは、わたしがお宝くすねてトンズラするとでも思ってんのかい! わたしは「土くれ」のフーケ! そこらのこそ泥と一緒にするんじゃないよ!!」

 

 フーケの精一杯の啖呵も、セルの鉄面皮を小揺るぎもさせはしなかった。

 

 「いいだろう。では、ロマリアでの成果を見せてもらおう」

 

 「……わかったよ。報酬の方もお忘れじゃあないだろうね!?」

 

 「無論だ」

 

 フーケは、近くの地面に置いていた袋から、二つの物を取り出し、セルに向かって差し出した。何も知らない者が見れば、それは「上部が欠けた十字架の出来損ない」と「複数個所を色分けされた鉄の棒」だった。

 

 「ロマリアでも指折りの歴史ある修道会から頂いてきたお宝だよ!……多分」

 

 歴史ある修道会というのは、間違いではなかった。「十字架」を所蔵していたカイドネス修道会と「鉄の棒」を所蔵していたミゼレー修道会は、共に創立から千三百年を数える宗教庁直轄の修道施設であった。だが、フーケがこの二つを選んだのは、偶然だった。侵入した宝物殿の一番奥に仕舞われていた物を失敬してきたのだ。

 

 「……」

 

 セルは無言のまま、二つの「工芸品」を手に取った。

 

 

 キィィィィン

 

 

 左手のルーンが光を放つ。それと同時にセルの脳裏に「工芸品」の正式名称と用途が浮かび上がる。

 

 (!……なるほど。だが、これも偶然だというのか?)

 

 自身の両手に納まっている「工芸品」に視線を落としたセルが思案する。

 

 (あの「ハープの音色」だけでも驚きだというのに、ロマリアには「タイムマシン」の脱落した部品が所蔵されていたとは、な)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――フーケとセルの邂逅の一時間前。

 

 長身異形の亜人セル、正確にはアルビオン大陸に派遣された分身体の内の一体であるセルは、アルビオン大陸のほぼ中央、シティオブサウスゴータとロサイスの中間点の上空千二百メイルに滞空していた。三時間ほど前までは、このアルビオン・セルはガリア王国の東端、アーハンブラ城にいた。本体であるルイズ・セルと分身体の一体、イザベラ・セルの「運動」を観察した後、消滅しつつあったアーハンブラ城から一人のメイジを確保した。

 

 その後、帰国したイザベラ・セルから伝達された情報によって、ガリア王ジョゼフ一世の暴走を知ったアルビオン・セルは、「段階」を引き上げるため、予定よりも早く、ロマリアに派遣したフーケからの報告を受けることにしたのだった。

 

 (ふむ、フーケの「気」はすでにロマリアにはない。アルビオンに渡っているようだが、ロサイスでもシティオブサウスゴータでもない、その中間を街道から外れて移動しているな)

 

 あえて、瞬間移動は使わず、フーケの「気」の位置の上空まで高速移動したセルは、フーケの移動経路を推測した。

 

 (街道から完全に外れ、近くの森を目指しているのか。旧サウスゴータ領の領域内ではあるが、地図上には主だった集落はない。あるいは独自の隠れ家を持っていたか……む?)

 

 フーケが目指す森の中にわずかな「気」を感じたセルは、探知能力の感度を上げる。ちょうど森の中央付近に十数人ほどの人間の存在をセルは感じ取ったのだった。そして、その村とも呼べない集落から、セルの超聴力にある旋律が届いた。

 

 (地図にも記されないごく小規模の集落か……これは、なんだ? ハープの音色か)

 

 

 

 『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる』

 

 『神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶ地海空』

 

 『神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す』

 

 『そして最後にもう一人……記すことさえはばかれる……』

 

 『四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……』

 

 

 

 周囲に染み渡るかのような美しい旋律と透き通るような歌声。集落から伝わるハープの音色と何者かの歌声は、セルにごくわずかだが、警戒を呼び起こした。

 

 (この曲、わたしの意識に干渉しようとしているのか、小賢しい真似を……)

 

 セルは、自身の超視力によって、旋律と歌声の発生源を瞬く間に特定した。

 

 それは、一人の少女だった。年の頃は、本体やガリア分身体の主とそれほど違わないだろう。神々しさを放つ金髪と神の御業さえ信じさせるほどの美貌を持ち、しかしその装いは粗末な草色のワンピースを纏い、集落の中央に位置する切り株に腰掛け、ハープを奏でていた。

 

 そして、その金髪からは尖った耳が覗いていた。

 

 (エルフだと? だが、人間特有の「気」も混じっている。ふむ、混血か……)

 

 旧サウスゴータ領の外れに位置する地図にすら記されない集落に住まうハーフエルフ。その集落を目指す旧サウスゴータ太守の娘。かつて収集した機密情報にあった王弟モード大公の獄死とその顛末。ハーフエルフが奏でる「始祖」と「四の使い魔」を謳う曲。

 

 セルの頭脳は、四つの事実から、一つの結論を導き出した。その日、何度目になるか判らない笑みを亜人は浮かべた。

 

 「本命は、ウェールズと踏んでいたのだが、な。しかし、これで「四」の内、三つを把握したことになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ガリア・トリステイン国境地帯、トリステイン王国マジノドレ国境砦。

 

 「……し、始祖よ、こ、これは現実なのですか?」

 

 マジノドレ国境砦を預かるアールデンヌ少将は、呆然としながら言った。彼の視線の先では、ガリア側の国境砦であるアルパイン城が、建設資材である石材の山に変わり果てようとしていた。

 

 

 ドガアァァァン!

 

 

 耳をつんざく様な轟音とともに、アルパイン城の主塔が、粉砕された。大きな、ひたすら大きな巨剣の一撃を受けて。

 

 つい数十分前まで、アルパイン城であった瓦礫の山に、巨大な存在が屹立していた。

 

 全高八十メイルに及ぶ巨体を鈍い光沢を放つ装甲で包み、長大な四本腕には、二振りの巨剣と二つの巨盾を備え、一本角の下で光る三眼が、アールデンヌらトリステイン軍の将校たちを睥睨していた。

 突如、ガリア領から出現した超巨大ゴーレムは、小一時間もかからず、ガリア国境の守りの要を打ち砕いてしまったのだ。

 

 あまりの事態に思考停止に陥ってしまったアールデンヌに、幕僚が声をかける。

 

 「か、閣下、い、いかがなさいますか? げ、迎撃準備を整えますか?」

 

 「そ、そうだな! 直ちに各部隊にしゅ、出撃準備を命じよ! べ、別命あるまで……」

 

 アールデンヌ少将は、最後まで命令を発することができなかった。

 

 

 キュウイィィィィン!

 

 バシュッ!!

 

 

 超巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」から放たれた最強の戦略兵器「ダインスレイヴ」の紅い閃光にすべてが飲み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズゥン! ズゥン! ズゥン!

 

 

 「フレスヴェルグ」はその巨体にふさわしい重厚な動きで、ガリア・トリステイン国境を越えた。その巨体の背後を一隻のフネが追従していた。ガリア王ジョゼフ一世の座乗艦「アンリ・ファンドーム」号であった。

 

 「おそれながらジョゼフ様、「フレスヴェルグ」の運動性能をもってすれば、今の数倍の侵攻速度で、トリステインを蹂躙することもできますのに」

 

 額に特異なルーンを刻まれた美女、「神の頭脳ミョズニトニルン」ことシェフィールドが、唯一無二の主君と仰ぐガリア王に進言した。

 

 「ふふ、ミューズよ、そなたの言い分はいつも正しいな。だが、あまり駆け足過ぎると、せっかくの楽しみをすぐに失うことになる。「蒼光」とやらにも、それなりの準備時間というものを与えてやらねば」

 

 自らの王国を出奔したジョゼフ一世は、今や唯一人の配下となった自身の使い魔に鷹揚に笑いかけた。

 

 




第四十九話をお送りしました。

次回は流れをぶった切って、断章を投稿する予定です。

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