ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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大変、お待たせしてしまい、申し訳ありません。

第五十話をお送りします。


 第五十話

 

 

 ――トリステイン王国ヴァリエール公爵領本城。

 

 その日の晩、ヴァリエール本城は久方ぶりの喜びに包まれていた。十六年前、公爵と夫人の間に三女ルイズが誕生して以来と言って良いだろう。本城に住まうすべての人々が、身分に関係なく、平民とメイジの別もなく、等しく歓喜の感情を共有していた。それは、本城に留まらず、ヴァリエール領すべてに余すところ無く伝わっていた。

 

 長らく病の床に伏せっていた公爵家の次女カトレアの快癒。

 カトレアが生来の奇病に冒されていたことは、領民の悉くが知っていたが、「王権守護戦争」後にその容態が急変し、寝たきり状態となってしまったことは、公爵家の家人と高位の従者以外には緘口令が敷かれていた。しかし、平時においてカトレアが、度々領都や周辺の集落に足を運び、領民たちの訴えに耳を貸したり、貧困や病に苦しむ者に様々な援助を行ってきたことは広く知れ渡っていた。戦役終結から、一ヶ月以上も「美しく慈悲深いカトレアお嬢様」が姿を見せないことに領民たちは、できることなどないと知りながらも、ずっと心を痛めていたのだ。

 

 ところが、領都の中央広場にある公爵家専用の掲示場にカトレアの快癒の一報が突如布告され、間を置かず本城と領都の境に設置された教練場の閲兵用バルコニーに、当のカトレアが元気な姿を見せると、領民たちの喜びは爆発した。野火が広がるよりも素早く、歓迎すべき吉報は、領内に伝達された。掲示の第二報によって、公爵家の三女にして、戦役の英雄「蒼光」のルイズが、またしても奇跡を起こしたのだと判ると、領都のあちこちで、「ルイズお嬢様万歳!」「蒼光万歳!」の合唱が巻き起こるのだった。

 

 

 

 

 

 

 本城内では、翌日の晩にカトレアの快癒を祝う宴が急遽開かれることとなった。なにしろ、余りに突然の出来事だったため、城の料理番たちは、慌てに慌てた。城内の台所を預かる総料理長などは、前日、密かに執事長ジェロームから悲痛な面持ちで、カトレアの葬式や葬送のための宴について相談を受けた矢先であったのだ。その舌の根も乾かぬ内に今度は、満面の笑みに嬉し涙まで滲ませたジェロームから、快方祝いの宴について聞かされた総料理長は、直ちに配下の料理人やメイドたちに大号令を発した。その日は、一日中城内のありとあらゆるかまどの火が消えることは無く、本城の物資搬入口には、食材や酒類を満載した荷馬車がひっきりなしに往来した。準備に奔走する人々は、「え? 休憩? まかない? 睡眠? 何それ? どこの国の風習?」といった有様で、それでも不平一つもらすことなく働き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えーそれでは、わたしの妹であり、我がヴァリエール公爵家次女カトレアの全快を祝して……乾杯っ!!」

 

 「「「「「乾杯っ!!!」」」」

 

 公爵家長女エレオノールの乾杯の音頭によって、宴は始まった。ヴァリエール本城のメインホールは、広さでいえば、トリスタニア王城のそれすら凌駕するものであった。そのホールに所狭しとテーブルが引き出され、ヴァリエール家の料理人たちが最高の趣向を凝らした料理の数々と、下層の酒蔵から運び出された秘蔵の名酒が並べられていた。出席した者達のほとんどは、喜びの感情を決して隠そうとはしなかった。ごく一部の者達を除いて。

 

 「ぼ、ぼくたちが参加していいものなのかな?」

 

 「そ、そうはいっても、この状況で辞退できるわけないでしょう?」

 

 「うーむ、セルくんは不治の奇病すらも完治させてしまう能力があるのか。いや、あるいはミス・ヴァリエールの……」

 

 「もう、ジャンってば、こんな宴でも研究のことばかりなんだから。あ、これなんかとってもおいしそう。はい、ジャン、あ~ん」

 

 「きゅいきゅい! もぐもぐ、パクパク、ぷひぃー! おいしいのね! すんごくおいしいのね!!」

 

 「……おかわり」

 

 ルイズとともにヴァリエール城へ瞬間移動したギーシュたちは、移動した先であるエレオノールの私室で待機を命じられていたが、一時間もしない内に、城内が騒がしくなり、程なく現れた執事の一人から、賓客としておもてなしさせていただく、と告げられ、それぞれに客間を与えられた。やがて休息や沐浴が済むと、公爵家次女カトレア快癒を祝う宴への参加を要請されたのだ。

 

 「それにしても、あれがルイズの下の姉君、ミス・カトレアか……なんて美しい」

 

 ワイン片手のギーシュの視線の先では、宴の主役であるカトレアが、ルイズやエレオノールと談笑していた。

 

 「あんたは、性懲りも無くって、言いたいけど。女のわたしでも、素直に美しいって思っちゃうわ、それに何ていうか、生気にあふれてるって感じがするわ」

 

 ギーシュをたしなめつつも、モンモランシーも感嘆の溜め息を漏らした。元々、絶世の美女といっても過言ではないカトレアだが、以前から知る者には、その活力漲る様子は、驚きを禁じえないだろう。

 

 やがて、宴もたけなわとなると、元々酒豪とはいえないカトレアの言動があやしくなりはじめた。

 

 「みんなに日頃のお礼がしたいわ!!」

 

 などと大声をあげると、誰彼構わず、抱きつき始めたのだ。無論、抜群のプロポーションを誇る彼女のこと、男性陣はカトレアの豊満な肢体に包まれる至福に瞬く間に轟沈。女性陣も、そのケがないにもかかわらず、カトレアのすべてを包み込む女神の如き包容力の前に、イケナイ気持ちに陥る者多数。ギーシュとモンモランシーも、その犠牲者となった。阿鼻叫喚のるつぼになろうとしていた宴の場を収めようと長女エレオノールが、止めに入るも、逆にー

 

 「お姉さまも、みんなにお礼をしなきゃダメよ!」

 

 と説教される始末。カトレアに押されて、エレオノールも一人の使用人に抱きついた。

 

 ヴァリエール本城第二厨房所属の料理番見習いガリレィ二十三歳は、後に海よりも深い後悔とともに述懐する。

 

 「……おれ、「エレオノール様をひたすら崇拝する下僕の会」に入って、十二年になるんです。だから、あの時、エレオノール様に抱きしめられた時、ほんとに天にも昇る心地だったんです。でも、あまりにもとてつもない経験をしてしまうと、人間ってつきぬけちまうんですね……」

 

 その日、第二厨房で宴の準備に、仲間とともにかかりきりだったガリレィは、ただひたすら野菜の下ごしらえを行っていた。宴が始まると、仲間と交代で参加することを許された。その時、たまたまカトレアの目に止まったガリレィは、妹に押されたエレオノールに抱きしめられてしまった。何よりも崇拝するエレオノール様のえもいわれぬ香りと柔らかい身体の感覚にガリレィの脳はオーバーヒートを起こしてしまう。

 

 そして、彼の脳裏には、それまで十数時間に渡って続けてきた野菜の下ごしらえの光景がなぜか再生されてしまう。そんなガリレィから、発せられた言葉はー

 

 「あ、「まな板」洗わないと……」

 

 

 破滅が、訪れた。

 

 

 

 ビキィビキィビキィ!!

 

 キシャァァァー!! オンドリャアー!!

 

 ギャァァァァァス!!

 

 オ、オネエサマ!? デ、デンチュウダカラァ!!

 

 ドゴゴゴゴゴゴゴ!!

 

 ウフフ、アラアラ、マアマア、タイヘンネ

 

 フム、ヤハリナカナカノサッキダナ

 

 ……オカワリ

 

 音声のみ、記すが何分めでたい席のこと。人死にだけは、出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はあ、つ、疲れた……ちいねえさま、あんなに酒乱だったなんて」

 

 ルイズの必死の説得と、セルの介入によって、どうにか事なきを得たエレオノールの暴走の後、テーブルに突っ伏したカトレアのささやかな寝息とともに宴は、お開きとなった。ルイズとセルは今、本城内上層に位置するルイズの私室に引き上げていた。

 

 「まさかとは思うけど、あんたの治療のせいじゃないでしょうね、セル?」

 

 「性格や人格に影響を与えるような治療は施していない」

 

 精神的な疲労のため、ベッドに倒れこんだルイズが、使い魔に尋ねる。

 

 「……ごめん、変なこと聞いちゃったわね」

 

 それからしばらくの間、ベッドに横たわっていたルイズは、何かを決意したかのように起き上がると、セルと相対した。

 

 「……あのね、セル。その、すごく今更かもしれないんだけど、あんたにお礼が言いたいの」

 

 「ほう」

 

 「ちいねえさまの病気を治してしてくれたことももちろんだけど……あんたを召喚してからの、いろんなことにも」

 

 懐かしむように、一度自室を見渡すルイズ。

 

 「わたしが今、こうしてここに居られるのも、全部セルのおかげ。わたしは、自分勝手にあんたを召喚して、使い魔にしてしまったわ。あんたには、あんたの思惑があったのかもしれない。でも、でもね……」

 

 ルイズは、自身の内に湧き上がる衝動のままに、衣服を脱ぎ出した。

 

 

 シュルシュル パサ

 

 

 「わたしは、あなたにお礼がしたい。正直、あなたの功績にどう報いればいいのかわからないけど……」

 

 やがて、ルイズは下着さえも放り出し、生まれたままの姿となり、頬を紅潮させながら言った。

 

 「……セル、わたしの全てを、命も、何もかも、あなたに捧げるわ」

 

 一糸纏わぬ姿となったルイズは、静かに目を閉じ、自身の裸体をセルに晒した。部屋に満ちる月光に照らされたルイズの姿は、正しく、彼女が自称していたように美そのもの顕現と思われた。それを前にしては、いかな高潔な精神を誇る騎士であろうとも、自制心を繋ぎ止めることは不可能だったであろう。しかし、セルは人造人間である。ルイズの神々しいまでの美しさには、興味がない。セルは、ルイズの内にある「輝き」を注視していた。

 

 (……まだ、早いな)

 

 セルは、ルイズを幼子のように抱き上げると、自身の右腕を彼女の椅子代わりにして、ルイズに静かに語りかけた。

 

 「んっ!……セル?」

 

 「ルイズ、どうやらきみは様々なことを過大に評価し、そして過小に評価しているようだな」

 

 「どういうこと?」

 

 「わたしがこの地に召喚されてから、半年の時間をきみの使い魔として過ごしてきたが、その間、わたしが為してきたのは、実に取るに足らん、些細な事ばかりだ。」

 

 「いや、些細なことって、あんた……」

 

 「ゼロ」と呼ばれた自分の召喚に応え、メイジとの決闘を制し、悪名高い盗賊フーケを捕縛、使い魔品評会の賞という賞を総ナメにし、単独でのアルビオン潜入と王党派の亡命幇助を成功させ、「王権守護戦争」における獅子奮迅の活躍、さらにはオルレアン公家族の救出、そして、カトレアの治療。セル以外の何者が、このような偉業を成せようか。しかし、長身異形の亞人は、それらを取るに足らないという。

 

 「結果的にもたらされた影響については、わたしも否定はしないが、功績などとは、おこがましいにも程がある。ましてや、その対価がきみの命とは……きみは、もう少し自身の価値を知るべきだな」

 

 「でも、わたしなんかが「虚無」に目覚めたのだって、セルのおかげだし……」

 

 「ルイズ、確かにきみは「虚無」に目覚めたが、それは赤ん坊が、親の腕を借りずに一人で立った程度の成長でしかない。さらなる力が、きみの内には眠っている。わたしはそう考えているのだ。なぜなら……」

 

 したり顔で語るセルに、ルイズのからかい気味の言葉が割り込む。

 

 「くすっ、はいはい、「なぜなら、このわたしを、セルを使い魔として召喚したのだから」でしょ?」

 

 「……わかっているではないか」

 

 やや憮然として、セルが言った。

 

 「それにきみは、わたしの力をも過小評価している。わたしには、これまでよりも、さらにきみを驚愕させ得る「引き出し」がまだまだあるのだから。わたしの力を、これまで程度のものだと思われては、わたし自身の立つ瀬がない。」

 

 「あっそう、ふーんそう、へーそう、瞬間移動とか気合でお城を吹っ飛ばしておきながら、まだ引き出しあります、ですって? もう、あんたには呆れるしかないわ」

 

 ルイズは、笑いながら使い魔の言葉に突っ込んだ。それまで気負っていた気持ちは、不思議と晴れていた。

 

 「でも、これまで以上のあんたの力を披露する場面なんか、そうそうないんじゃないかしら? それとも、あんた、わたしに世界征服でもしろ、とか言うんじゃないでしょうね?」

 

 「きみがそのような低俗極まりない事に興味がないのは、わたしにもわかる。だが、そうは考えない輩も、この地にはいるだろう」

 

 「なんか、思わせぶりね……」

 

 

 コンコンコン

 

 

 その時、ルイズの私室の扉がノックされた。

 

 「あら、こんな時間に誰かしら?」

 

 「この「気」は、タバサだな」

 

 「そう、タバサ! 開いて……」

 

 訪問者がタバサと知ったルイズは、入室を促そうとするが、セルが止めに入る。

 

 「ルイズ、今の格好は、タバサにいらぬ誤解を与えるのではないか?」

 

 「え?……あっ!!」

 

 

 ボッ!

 

 

 ルイズの全身が羞恥に紅潮する。夜も遅く、自室で使い魔の亜人の腕の上で、全裸で話す自分。言い訳はきかないだろう。

 

 「ちょ、ちょっと待って、タバサ! す、すぐに済むから!!」

 

 セルの腕から飛び降りたルイズは、急いで脱ぎ散らかした衣服を身に着けていく。

 

 「お、おまたせ! さあ、タバサ、入って!」

 

 「……お邪魔だった?」

 

 「そっ! そんなこと、あ、あ、あるわけないでしょっ!」

 

 タバサには深い意図などないのだが、必要以上に反応してしまうルイズだった。

 

 「そ、それより、タバサのお母様は大丈夫なの?」

 

 「大丈夫。すべてルイズと彼のおかげ……」

 

 アーハンブラ城から、タバサとともに救出されたオルレアン公夫人ジャンヌは、特異な魔法毒によって、心を喪っていた。しかし、セルの生体エキス注入によって、回復していた。治療後、目覚めたジャンヌ夫人は、自身に寄り添うタバサに、か細い声で「シャルロット」と、確かに声をかけた。それを聞いたタバサは、その場の誰も知らない年相応の表情で、涙をあふれさせると、母を抱きしめた。

 

 「そう、よかったわね、タバサ」

 

 「……」

 

 ルイズの言葉を聞いたタバサは、静かに愛用の杖を床に置き、その場に跪いた。そして真っ直ぐとした声でルイズに告げた。

 

 「ルイズ、あなたは、拉致を企てたわたしを越境してまで、救出してくれた。そればかりか、母様の病すら治療してくれた」

 

 タバサは、決意を込めた瞳で、ルイズを見つめ、宣誓した。

 

 「たった今、この時から、わたし、シャルロット・エレーヌ・オルレアンの身命と忠誠は、永遠にあなただけのもの。この言葉違えし時は、すべての魔力を失い、地獄の底まで呪われんことを」

 

 「ちょっ、た、タバサ! あなたなにを言って……」

 

 友人の突然の宣言に戸惑うルイズを尻目に、セルは考えを巡らせる。

 

 (近い内に、わたしと共に強大すぎる力を振るうことになるルイズに必要なのは、盲目的な忠誠を誓った配下ではない。そう、「やつら」のような……)

 

 セルの脳裏に、かつて彼自身と壮絶な死闘を繰り広げた者達の姿が浮かんだ。彼らは、ただ強者の元に集った狂信者の集団などではなかった。セル自身には理解できない「絆」ともいうべき繋がりを持つ者たちだったのだ。

 

 「ルイズが、そんなものをお前に求めているとでも?」

 

 「!……」

 

 セルが、ルイズの前に立ち、タバサにズバリと斬り込む。

 

 「もし、そう考えているのなら、我が主に対する侮辱に他ならない。危険を冒してまで、お前を救ったのは間違いだったか」

 

 「……ふんっ!!」

 

 

 パコン

 

 

 ルイズは、サイドテーブルに置いていたデルフリンガーを引っ掴むと、力の限りにセルに投げつけた。

 

 「この朴念仁! あんた、いい加減に口の利き方ってものを学びなさいよ!!」

 

 セルを押し退けると、ルイズも膝をついてタバサに話しかけた。

 

 「あ、あのね、タバサ、わたしがあなたを助けたのは、その、なんというか、と、友達だったからよ」

 

 「……ルイズ」

 

 「貴族として、友人を見捨てるなんて、できないもの。ううん、貴族とか、そういうのも関係なく、わたし、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、友達であるタバサを助けたいと思ったから、助けたの。」

 

 ルイズの言葉を受け止めたタバサは、しばらく目を伏せた後、微笑とともに言った。

 

 「……ありがとう、ルイズ」

 

 「どういたしまして、タバサ!」

 

 二人の少女の心温まるやり取りを観察していた長身異形の亜人セルはまたも、ほくそ笑む。

 

 (……これで、タバサがルイズを裏切ることはあるまい)

 

 セルは、ルイズの私室の大窓から、超視力によって、ヴァリエール領の南方に位置する城砦都市に鎮座する巨大な人影を捉えていた。

 

 

 

 

 




第五十話をお送りしました。

とうとう本編も五十話を数えるまでになりました。

応援してくださる読者の皆様のおかげです。

……ただ、終わりが見えてこない。

今月中になんとか後二話、投稿する予定です。

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