ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

67 / 91
大変お待たせしました。

第五十一話をお送りします。


 第五十一話

 

 

 ――ヴァリエール本城上層階ルイズの私室。

 

 「……うーん、ち、ちいねえさま、そんにゃにたくさんのドラゴン、どうしたの?……むにゃむにゃ」

 

 ルイズは、自身の豪奢なベッドで、最高級の毛布に包まれながら、なにやら寝言を呟いている。そんなルイズを見守る長身異形の亜人セル。一時間ほど前、ルイズの私室には、大勢の来客がいた。

 

 ルイズとセルによって、自身の命だけでなく、最愛の母を救われたタバサが、ルイズと友情を確かめ合っていると、セルは何を思ったか、部屋の扉を突然、開いた。すると複数の人間が雪崩をうって部屋内に倒れこんできた。それは、ルイズとタバサを心配していたキュルケやギーシュたちであった。ひとしきり、じゃれあった後、ルイズは学友たちとのさらなる絆を感じるのだった。無論、背後ではセルが、ほくそ笑んでいたが。

 タバサたちが退室した後、満ち足りた表情で眠りについたルイズを見つめるセル。ベッド脇のサイドテーブルに置かれていたデルフリンガーが、長身異形の亜人に声をかけた。

 

 「旦那、その、良かったのかい? 絶好のチャンスだったんじゃないか?」

 

 「このわたしが、主たるルイズに危害を及ぼすとでも思ったのか、デルフリンガー」

 

 「……どうだろうなぁ。正直、わからなくなっちまったよ」

 

 デルフリンガーの自信なさげな声色に、セルはベッドから振り向き、テーブル上のデルフリンガーに視線を落とす。

 

 「あんたが、あのわがまま放題な嬢ちゃんを相手に、従順な使い魔を装っているのは、嬢ちゃんの「虚無」を掠め取るため……オレは、はじめっからそう考えてた。いや、今でも同じ考えだけどよ。」

 

 「なにが、言いたい?」

 

 「いまさら、あんたが「虚無」を手に入れる意味があるのかってことさ」

 

 「……」

 

 「あんたも知ってのとおり、ここハルケギニアじゃあ「虚無」の力は、絶大だ。使い方次第で支配も、破壊も、思いのままだ。だが、あんたの力は、そんな「虚無」すら及びもつかないほどに、デケェ」

 

 デルフリンガーは、セルとその同属が、アーハンブラ城を跡形もなく消滅させた瞬間を思い出していた。あの時、二体の長身異形の亜人が何の下準備も、呪文の詠唱も、秘宝の助けも借りることなく、発動させた「力」は、デルフリンガーが記憶するどんな「虚無」よりも、強大で、膨大で、一切容赦のない破壊の奔流だった。

 

 「あんたは、「虚無」よりも遥かに強大な「力」と、頭を吹き飛ばされても即座に元通りになっちまう「不死身の肉体」を持ってる。その上、頭の切れも半端じゃあねえ。そう、言っちまえば「完全無欠」じゃあねえか! そんなあんたが、「虚無」を手に入れてどうなる? 100の力が、101になった所で……」

 

 熱を帯びるデルフリンガーの語りに、セルが突如、割って入る。

 

 「ハッ! ハハハッ!「完全」だと、このわたしが? フッフッフッ! 面白い冗談だ、デルフリンガー!」

 

 「だ、旦那、あんた一体……」

 

 相好を崩したセルは、ひとしきり笑い声をあげると、すぐにいつも通りの取り澄ました表情を取り戻すと、デルフリンガーを右手で握り締め、言った。

 

 「おまえの存在は、未だルイズにとって必要だ。だが、優先順位の変化は常に起こり得る。それを忘れるな」

 

 「……承知したぜ、旦那」

 

 セルは、無言でデルフリンガーをテーブルに戻すと、再び眠りを謳歌するルイズに向き直った。

 

 (旦那、いや、セル。どういう理屈かは、わからんが、今オレは、はじめてあんたの素の感情を垣間見た気がするぜ……まあ、だからどうしたって程度だがな)

 

 デルフリンガーの思考を知ってか知らずか、その日の晩、長身異形の亜人が再度振り返ることはなかった。

 

 「……うーん、エレオノールねえさま、そんな大きなまな板でにゃにを?……むにゃむにゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――トリステイン王国王都トリスタニア王宮。

 

 トリステイン王国の中枢であるトリスタニア王宮の、さらに奥まった場所に位置する護国卿執務室には、重苦しい空気が漂っていた。

 

 「……もう一度、報告を聞こう」

 

 部屋の奥に鎮座する巨大な机に陣取る男が、悠揚迫らぬ風格を示しながら、目の前の部下に命じた。

 

 「は、はっ! さ、さきほどトゥールーズ市駐留師団からの伝令が到着しまして、その、が、ガリア領方面から、出現した巨大ゴーレムと思しきモノが、わが国の国境を侵犯! マジノドレ砦を陥落せしめ、トゥールーズ市に至る複数の集落を襲撃! さらに四日前には、トゥールーズ市に到達! ちゅ、駐留師団は、勇猛に応戦するも壊滅。現在トゥールーズ市は、巨大ゴーレムに事実上、占拠されているとのことであります!」

 

 トゥールーズ市は、トリステイン王国における「南方の要」と称される城砦都市である。

 

 「なぜ、マジノドレの陥落とトゥールーズの占拠が「同時」に報告されるのだ?」

 

 トゥールーズより先は、王都トリスタニアまで強固な城砦や衛星都市は存在しない。本来であれば、マジノドレ国境砦が陥落した時点で、王都に急報が届けられて然るべきなのだ。宰相位と同格の「護国卿」として、政務の舵を取るピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵も、当然、そう考えた。

 

 「そ、それが、ウィンプフェン伯が独断で、周辺の駐留部隊や傭兵団を糾合した上で、戦闘に及んだとの事で……」

 

 「馬鹿め! それで、ウィンプフェンはどうした?」

 

 「せ、戦死されたとのことです」

 

 トゥールーズ市を領有するオード・ルシヨン・ド・ウィンプフェン伯爵は、「王権守護戦争」においてアルビオン遠征艦隊の参謀総長を拝命したトリステイン空軍の重鎮である。戦役における論功行賞の結果に強い不満を示していた軍部保守派の筆頭にして、公爵の愛娘「蒼光」のルイズに公衆の面前で、完全論破された貴族でもあった。それを聞いた公爵は、自身の娘に快哉を叫んだものだった。

 

 (それにしても、ウィンプフェンは、「臆病伯」と渾名されるほどの慎重派だ。単騎でマジノドレを陥落させるようなゴーレム相手に手持ちの戦力で挑むとは……戦役後の冷遇とルイズの論破が、よほど腹に据えかねたか)

 

 やや複雑な心境に陥った公爵は、さらなる思案を巡らせる。

 

 (マジノドレとトゥールーズに駐留していた兵力に、周辺の部隊や傭兵団も加えれば、総兵力は八千を超える。それを単騎で撃破し得るゴーレムなど、有り得るのか?しかも、それがガリア領から侵入したとは)

 

 現状、トリステインにとって最大の同盟国は、アルビオン王国だが、大陸最大を誇るガリア王国もまた、最重要の支援国といえた。「レコン・キスタ」討伐宣言に対する支持表明や戦役前の物資支援などがなければ、アルビオンへの遠征艦隊を送り出すことすら、トリステイン単独では困難であったかもしれない。無論、ガリアが無私無欲で、トリステインに支援を行ったとは、公爵も考えてはいない。

 

 (だが、宣戦布告もなく、虎の子の「両用艦隊」ではなく、単騎のゴーレムで侵攻を行うなど……)

 

 公爵は、しばらく瞑目した後、部下に命じた。

 

 「直ちに王都駐留師団と魔法衛士隊に第一軍装で非常呼集をかけろ。「南方の要」を取り返すぞ! ラ・ロシェール駐留の戦列艦隊と各王都衛星旅団にも飛竜伝令を送れ。わたしは、トゥールーズ奪還戦を陛下に奏上する!」

 

 「か、かしこまりました!」

 

 「それと、ガリア大使を呼べ」

 

 現ガリア大使ダエリー・ティーナ子爵は、戦役終結後に在トリステイン大使として赴任した。彼以前の大使は、マザリーニをして「毒にも薬にもならない雑草」といわしめるほどの無能者であった。そのこと自体が、「王権守護戦争」前のトリステインに対するガリアの心情を物語っていた。ダエリー大使とは、公爵も数度顔を合わせているが、油断ならない生粋の外交官という印象を持っていた。今回の件について、大使がどのような態度に出るかは、公爵にも読むことは出来なかった。

 

 「はっ!」

 

 表情を引き締めた部下が、部屋を辞すると、公爵は机の上に置かれた小さなベルを鳴らす。間を置かず、隣の部屋から秘書が姿を現す。

 

 「旦那様、お呼びですか?」

 

 「陛下に謁見するので、先触れを頼む。それからカリーヌを呼んでくれ」

 

 「かしこまりました」

 

 恭しく一礼した侍従が思い出したように顔を上げ、公爵に告げた。

 

 「旦那様、国元から書状が参っておりましたが……」

 

 「国元から? ああ、ランドルフからの定期報告であろう。後で見る。それから、ゼム。「旦那様」はやめろ。ここは、ヴァリエールではないのだぞ」

 

 護国卿専属秘書を務めるゼム・ド・ジェローム騎士爵は、ヴァリエール公爵家執事長ランドルフ・ド・ジェロームの実弟であり、優秀な護衛メイジ兼秘書として、公爵から重宝されていた。だが、兄同様、幼少期から公爵に仕えており、王都にあっても、自身の主を「旦那様」と呼んでいた。

 

 「わたくしとしたことが、申し訳ございません、護国卿閣下」

 

 「それでいい。では、頼むぞ」

 

 ゼムの退室を見送った公爵は、愛用の杖を一振りして、トゥールーズ市の方向に向かい、不敵な表情で言った。

 

 「久方ぶりの実戦か。英雄の父として、それなりの働きは見せねば、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――トリステイン王国トゥールーズ市。

 

 「南方の要」と称される城砦都市の中央に位置するラングドッグ城の主塔に巨大な存在が鎮座していた。全長八十メイルを超える巨躯を分厚い装甲で包み、長大な大剣と大盾を城の中庭に突き立て、半壊した主塔に腰掛けるように佇むそれは、魔法先進国ガリアの最新技術と東方「ロバ・アル・カリイエ」から齎された未知なる技術の融合によって生み出された究極のゴーレム、「フレスヴェルグ」だった。

 

 

 「うむ、見事な味付けだな、わがミューズよ! 古ぼけた宮廷料理人どもには、まず出せぬ味わいだ。」

 

 「お褒めに預かり、光栄の極みでございます、ジョゼフ様」

 

 本来の主たるトゥールーズ伯ウィンプフェンが、「フレスヴェルグ」によって、数千の兵力とともに木っ端微塵にされてより、三日。侵略者であるガリア王ジョゼフ一世とその使い魔である「神の頭脳ミョズニトニルン」シェフィールドは、ラングドッグ城のメインホールで昼餐会を開いていた。

 

 「特に、この鴨の首肉は絶品だ! 刺激的な辛さがたまらん!」

 

 「ジョゼフ様にお喜びいただけますれば、愚鈍極まる我が故郷も、存在した価値があったというもの。晩餐には、鴨の壷スープを準備いたしております。どうか、ご期待ください」

 

 「おお、そうか! 今から待ちきれぬな!」

 

 城塞都市の中核として建造されたラングドッグ城は、都市の規模に反して広大な面積を有していたが、今城内にいる人間は、ジョゼフとシェフィールドのみ。後は、「ミョズニトニルン」の能力によって操られる複数のガーゴイルだけが存在していた。

 天井が、半ば崩れ落ちたメインホールのダイニングテーブルに座り、様々な料理を貪る王と、それに付き従う一人の美女、周囲を囲むのは無骨な戦闘用ガーゴイルの群れ。さらにそれを睥睨するのは、巨大ゴーレムの三眼。見る者が見れば、その光景の異様さに顔をしかめたことだろう。とはいえ、城内の人間は巨大ゴーレムの威容と戦力の前に、地位の高い者から我先に逃げ出してしまった。市民も大半が、トゥールーズ市から避難していた。またジョゼフも、都市から逃亡する者へ攻撃を加えることはなかった。

 

 

 

 

 

 今、シェフィールドは、この上もない至福の時を味わっていた。

 

 (ああ、ジョゼフ様にわたしの手料理を味わっていただけるなんて、なんという幸せ)

 

 東方「ロバ・アル・カリイエ」の一地方にて、神官の家系に生まれたシェフィールド、本名リオ・テンナイは、対立するエルフとの境界を守護する結界の礎として、生きながら結界の人柱となることが、定められていた。幼い頃から、自身の運命とそれを強要する周囲すべてを憎悪していたシェフィールドは、ジョゼフに召喚され、「ミョズニトニルン」となることで、自身の運命を覆す力を手に入れた。そして、彼女は、ジョゼフが内包する暗い滅びへの憧憬に自らの心地よい居場所を見出したのだった。

 

 (しかし、いずれ糧食が尽きたあかつきには、わたしそのものをジョゼフ様に。ああ、なんという至福……)

 

 シェフィールドの常軌を逸した敬慕に、ジョゼフ自身は、さしたる感慨を持ってはいなかった。

 

 (ふーむ、今、この景色もなかなかに「壊れて」はいるが、やはり、まだ足りんな……)

 

 

 「無能王」ジョゼフは、求め続けていた。

 

 自身の最期を飾るにふさわしい、ハルケギニアという世界そのものから逸脱した「崩壊の情景」を。

 

 

 




第五十一話をお送りしました。

今回は繋ぎ回になってしまいました。

今月中に後一話、投稿できれば……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。