ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

68 / 91
大変長らくお待たせしました。

第五十二話をお送りします。

気付いたら初投稿から、一年が経過していました。

ここまで続けてこられたのも、読者の皆様のおかげです。

ありがとうございました。


 第五十二話

 

 

 ――トリステイン王国王都トリスタニア中央練兵場。

 

 王都最大の面積を誇る中央練兵場には、王都駐留師団と四つの衛星旅団、そして魔法衛士隊全隊から編成された二万超の兵力が、整列していた。

 

 護国卿ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵より奏上されたトゥールーズ市奪還戦に対して、マリアンヌ暫定女王が勅許を与えてより、二日しか経過していない。直近のトリステイン軍を知る者が見れば、ありえないほど神速の出陣準備と言えた。

 

 ガリア領から侵入した「所属不明」の巨大ゴーレム討伐のために編成された奪還軍は、護国卿自らが総司令を務め、副指令にはトリステイン陸軍元帥であるアルマン・ド・グラモン伯爵が任命された。

 

 そして、前線指揮官として総司令代行の任には、魔法衛士隊総隊長にしてヴァリエール公爵夫人であるミセス・カリーヌが志願した。夫と共に王都に出仕してからの日々を魔法衛士隊をはじめとする王国軍の教練に費やしたカリーヌは、往年の鉄仮面姿で、出陣の号令をかける。

 

 「「「ヴィヴラ、トリステイン!! ヴィヴラ、マリアンヌ!!」」」

 

 まるで、念話で統率でもされているかのような正確さで、出陣の咆哮をあげるトリステイン軍。整然とした様子で、練兵場から進軍を開始する。

 

 

 ザッザッザッ!!

 

 

 

 

 

 軍靴の音が響く練兵場庁舎の一角から、トリステイン軍の行進に複雑な視線を送る貴族がいた。古ガリア風の衣裳を一分の隙なく着こなすその男は、静かに呟いた。

 

 「これだけの軍勢をわずか二日で揃えてみせるとは、な。弱卒トリステインは、過去の話か」

 

 男の名は、ダエリー・ティーナ。ガリア王国在トリステイン大使である。トリステインにおけるガリアの目であり、耳であり、口でもある彼は、精強ぶりを見せつけるトリステイン軍を観察しながら、つい昨日行われた会談を思い返していた。

 

 「さて、侮り難き護国卿閣下は、我らが狂王陛下に勝てるかな?」

 

 

 

 

 名うての外交官であるダエリーは、複数の情報網を持っている。これまで幾度も訪れた危機を、それらから得た情報によって切り抜けてきたダエリーだったが、一週間前に齎された一報をダエリーは、すぐには信じることができなかった。

 

 『ジョゼフ陛下が乱心し、御前会議出席者を鏖殺、その後リュティスより出奔さる』

 

 ダエリーは、主君であるジョゼフに対して、一定の評価をしていた。少なくとも、世間一般に謂われるような、タダの「無能王」ではないと踏んでいたのだ。それが、あろうことかガリアの中枢たる御前会議を皆殺しにした上、首都から出奔するなど、「無能王」どころか、「狂王」の有様ではないか。その後、日を追うごとに凶報が続いた。

 

 『ジョゼフ王出奔後、リュティスにて反ジョゼフ王派と王弟派による武力蜂起が発生』

 

 『リュティスでの武力蜂起に呼応するかのように、首都周辺の軍部隊にも不穏な動きあり』

 

 『軍港都市サン・マロンからの一切の応答が、官民問わず途絶える』

 

 首都におけるクーデター発生、周辺の勢力がこれに呼応、更にガリアが誇る「両用艦隊」を擁する軍港都市が音信不通。

 

 内乱か。大使の脳裏に不吉な単語が浮かび上がった時、最大の凶報が届けられた。

 

 『国境付近に出現した巨大ゴーレムが、アルパイン城とトリステイン側の国境砦を壊滅させ、トリステイン領に侵入』

 

 ダエリーは、サン・マロンに関する未確認情報を思い出した。軍港の機密区画において、王直属の研究機関が恐るべき戦略級ゴーレム兵器を開発しているという。理由は見当もつかないが、「狂王」はトリステインを潰そうとしている。たった一騎のゴーレムを配下として。

 

 自身と故国の身の振り方について懊悩するダエリーの元にトリステインを実際に差配する護国卿ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵から非公式の会談要請が届けられた時、彼は「ついに来たか」と嘆息した。

 

 しかし、緊張の面持ちで、護国卿執務室を訪れたダエリーに対して、ヴァリエール公爵は穏やかな声色で言った。

 

 「わざわざお呼び立てして申し訳ない、ダエリー大使。さて、腹蔵なくお話させていただくが、今現在、我がトリステインに恐るべき奇禍が訪れようとしております。それを退けるために、貴公と貴国のお力添えをぜひ願いたいのです」

 

 ダエリーは困惑した。おまえの国から入ってきたゴーレムはどういうことだ。我が国とやりあうつもりか、などと詰問されると考えていたからだ。困惑を表情に出さぬよう努めて平静を装うダエリーが公爵に言った。

 

 「こ、これは異なことを、護国卿閣下。我が国とトリステインは、共に始祖「ブリミル」を祖とする兄弟国ともいうべき盟邦。盟邦の危機とあれば、我が国の危機も同義。い、いかなる助力も惜しみはいたしませんぞ」

 

 「心強きお言葉。目下、奇禍を齎さんとする不逞の輩は、我がトゥールーズを不当に占拠しているとのこと。我が軍の全力を以って、これを討ち果たす所存ですが、まあ、戦ゆえ、「何が起こるか」わかりません。貴国には、「事が終わった後」、災禍を蒙った我が国との「より一層の友誼」を……何卒、よしなに」

 

 いくつかの言葉を、殊更強調する公爵を前に、ダエリーは自身の背中を冷や汗が流れるのを感じた。

 

 (ジョゼフ王の乱心と暴走を知っているのか? ゴーレム侵攻を不問にする代わりに、王の戦死を黙認し、見舞金という名目で賠償金を払え、ということか……ラ・ヴァリエール公爵、侮れん)

 

 公爵自身は、ゴーレムを支配しているのが、まさか大陸最大の王国の頂点に立つ男だとは、思ってはいない。しかし、単独のゴーレムによる他国侵攻という不可思議な行動を、ガリア王国自体も把握していないのではないか、と踏んだのだ。

 

 その後、やや気落ちした様子で、執務室を辞したダエリーの元に、更なる報告が届く。それを聞いたダエリーは、判断がつきかねる、と言うように首を大きく傾げるのだった。

 

 『イザベラ王女、副女王に即位し、リュティス騒乱を鎮圧』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガリア大使ダエリーとは別にトリステイン軍の様子を見守る人物がいた。

 

 「さすがは、「烈風」と「剣聖」。往年の二つ名は、伊達ではなかったか」

 

 近衛銃士にのみ許された百合の紋章が描かれたサーコートに身を包み、左腰には長剣を吊るし、右腰には黒い銃把が覗く短銃を携えている男装の麗人。トリステイン近衛銃士隊を率いるアニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン騎士爵であった。

 

 王族の護衛と王宮内の警備を主任務とする近衛銃士隊は、今回の出陣には、参加しない。しかし、トゥールーズ市奪還戦の軍議には、オブザーバーとしてアニエスも参加していた。軍議には、「王権守護戦争」において武勲や褒賞を得ることが出来なかった軍部保守派の貴族も多く出席していたが、大半の者が緊張の余り言葉を発することはなかった。軍議は、ほぼ二人の人物の会話だけで進んでいった。

 

 一人は、上座に座る、貴族としての正しい威厳と風格を備えた壮年の貴族。もう一人は、上座の右手に座る魔法衛士隊の制服に身を包む細身の貴族。顔の下半分を覆う鉄仮面を身に着ける異相であったが、それを咎めるような蛮勇を持つ者は誰もいない。

 

 『烈風』と『剣聖』

 

 三十年前、トリステイン王国の危機を救った伝説の衛士たち。『剣聖リオン』は、「ブレイド」の魔法を振るわせたなら、大陸全土に並ぶ者はいないとさえ謳われた。そして『烈風カリン』は、その武勲並ぶ者なしと称され、騎士として望む全ての栄誉に浴した真の騎士と讃えられた。

 

 今、トリステイン軍の中枢にいる者の殆どが、彼らの活躍と凄まじい実力を肌で知っていたのだ。かろうじて、二人の会話に相槌を打てるのは、彼らと若干の親交があった陸軍元帥アルマン・ド・グラモン伯爵だけであった。

 

 

 

 

 

 その様子をオブザーバー席で静観するアニエスは、密かに嘆息した。

 

 (この状況は……伝説の衛士たちの実力に感嘆すべきか、現状の軍上層部の不甲斐無さを嘆くべきか)

 

 アニエス率いる近衛銃士隊は、軍部の統帥権から独立しており、女王マリアンヌの命にのみ従う。そんなアニエスが、彼女の部下たちと共に、王宮に参内したヴァリエール公爵夫妻と初めて面会した時、カリーヌ夫人は、公爵夫人としてのドレス姿ではなく、仮面と衛士服を纏う「烈風」スタイルだった。

 

 「陛下の盾は、いかほどのものか?」

 

 そう言ったカリーヌ公爵夫人から、凄まじい殺気と魔力が放たれる。まるで、近衛銃士隊を試すかのように。

 

 「な、なんという……」

 「ひっ……」

 「お、鬼だわ……」

 

 アニエスの後方に控えていた銃士たちが、例外なく「烈風」の威圧に呑まれようとしていたが、隊長たるアニエスは。

 

 「フッ、「烈風」の伝説は聞き及んでいましたが、どうやら錆付いてはおられないご様子。これからのご活躍、期待させていただきます」

 

 威圧に臆さないどころか、笑顔で歩み寄りながら、挑発めいた言葉をカリーヌに投げかけてみせたのだ。銃士たちはおろか、ヴァリエール公爵すら目を瞠った。

 

 「……陛下の守りに不安はないようだ」

 

 カリーヌは、アニエスの豪胆さに目を細めながら、言った。

 

 

 

 公爵夫妻が立ち去った後、銃士たちは、口々にアニエスの胆力を褒め称えた。それを制したアニエスは、厳しい口調で銃士たちに告げた。

 

 「銃士に必要な心構えを忘れたのか? 何事にも動じない「鉄の心」を持て。いかなる状況においても、銃口を揺らさないようにだ!例え、相手が伝説の「烈風」だとしてもだ!」

 

 「「「イエス、マム!!」」」

 

 銃士たちの答えを聞きながらアニエスは思った。

 

 (そう、いかに伝説とは言え「人間にすぎない」のだから)

 

 たしかにカリーヌの威圧は、凄まじいものだった。あくまでも「人間にしては」だが。かつて、アニエスが近衛特務官の居室で遭遇した長身異形の亜人の使い魔。かの使い魔が放った「魔気」ともいうべき圧倒的な威圧感に比べれば、伝説の「烈風」すらアニエスには「そよ風」は言いすぎにしろ「強風」程度にしか感じられなかったのだ。

 

 回想を終えたアニエスは、出陣していく同胞たるトリステイン軍を見送りながら、疑問に思っていたことを呟いた。

 

 「なぜ、特務官とあの使い魔を同道しないのだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァリエール本城上層階に位置する自室のベッドに、ルイズは突っ伏していた。時間は、早朝を指している。彼女の平時の起床時間より、かなり早い。

 

 「ああああァァァ!!」

 

 ルイズは、ベッドで転げ回りながら、悶絶していた。

 

 「な、な、な、なんであんなことしちゃったのよォォ! わたしぃ!!」

 

 

 ゴロゴロゴロゴロ

 

 

 いつもより、早く目を覚ましたルイズは、使い魔であるセルといつもの朝の挨拶を交わした時、昨晩のことを鮮明に思い出してしまった。

 

 「おはよう、ルイズ」

 

 「ふぁ~おはよ……セ……ル……」

 

 

 ボンッ

 

 

 瞬時に沸騰し、赤面するルイズ。

 

 「どうした、ルイズ?」

 

 セルの問いかけには答えず、顔を真っ赤に染めたルイズは力一杯叫んだ。

 

 「で、で、でてけっ!!」

 

 忠実なる使い魔を部屋の外に追い出してから小一時間、ルイズはベッド上でジタバタした。

 

 (い、いっくらセルにお礼がしたいからって、な、な、なんで裸になる必要があるのよぉぉ!? し、し、しかも何もかも捧げるって、な、な、何考えてるのよぉぉ!!)

 

 昨日の夜、セルとの間で交わしたやり取りを思い返すたびにルイズは、高速で転がり続けた。

 

 (せ、セルが普通に返してくれたから、な、なにごともなかったけど、そ、そうじゃなかったら……)

 

 そこで、ふと冷静になるルイズ。

 

 (でも、セルの奴、このわたしが、ぜ、全裸で、その、せ、迫ったのに眉一つ動かさないのは、どういうことなの? ま、まあセルに眉はないけど……)

 

 ルイズのプライドは高い。貴族としても、自称美少女としてもである。

 

 (こんなに可愛いご主人さまが、一糸纏わぬ姿で、捧げるとまで言ったのに! ふ、普通なら、我を忘れて踊りかかるぐらいのことはしなさいよね、あの朴念仁亜人!!)

 

 そこからルイズの想像力は暴走していくのだった。

 

 (ま、まあ、そうは言っても、けだものじゃないんだから、そうね……セルの良い声で、「主の気持ちは確かに受け取った。天上の美姫にも等しいその肢体に触れる罪を許して欲しい」とか言われちゃったら、わたしも……)

 

 すでに、セルの異形の姿のことなど、全く意味を成さなくなっているルイズは、更に考えを巡らせていく。

 

 (こう、やさしく、ベッドに横たえられて、あ、そう言えば、セルとキスするのって、コントラクト・サーバント以来だっけ、それから……ん? せ、セルって「どうやってスル」のかしら?)

 

 ルイズは、多感な十六歳の少女である。「そういった」ことに興味が無いわけがない。

 

 「……はっ!? な、な、な、なに考えてんのよォォ!! せ、セルとそんなことするわけないでしょぉぉぉぉ!!」

 

 これ以上ないほどに頬を紅に染め抜いたルイズが、またもベッドで転げまわる。大貴族の令嬢専用に設えられた大型のベッドは、そんな主の激しい運動にも耐え抜くのだった。

 

 ちなみに、複数回の感情テンションMAXを迎えたルイズは、「虚無の担い手」としての「段階」が一つ上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中で、自身の主が思春期を爆発させている間、長身異形の亜人セルは、いつも通りの策謀を巡らせていた。ヴァリエール城の西方三百リーグに位置するトリスタニアにおける動きをも「気」によって把握することができた。

 

 (トリステイン軍が動いたか。どうやら公爵夫妻も従軍するようだな。ルイズに命令を出さないのは、親としての情とやらのためか)

 

 カトレアの治療によって、公爵家に対する影響力を強化したセルだが、主の父母である公爵夫妻の扱いに関しては決めかねていた。

 

 (たとえ、メイジや指揮官として最強クラスであったとしても、「アレ」を相手にすれば……)

 

 トリステイン領トゥールーズ市を占拠する巨大ゴーレムの戦力をある程度把握しているセルは、戦闘に及んだ場合、十中八九トリステイン軍は敗北し、公爵夫妻も戦死すると考えていた。

 

 (タバサの救出とカトレアの回復で、ルイズの精神は安定した。逆に更なる成長を促すためには、何らかの材料が要る)

 

 ある意味、ルイズの精神は今、乱れに乱れているのだが、人造人間であるセルには、未だに理解の範疇外であった。そんなセルが想定する材料とは。

 

 『愛する両親の壮絶な戦死』

 

 (怒りは重要なファクターと言える。そのための駒は、いくつか用意しているが、現状では公爵夫妻が手頃だな)

 

 トリステイン軍とゴーレムの戦いを静観する事を決めたセルに廊下の先から声がかけられる。

 

 「あら、使い魔さん? ルイズの部屋の前でどうしたの?」

 

 涼やかな声は、公爵家の次女カトレアのものだった。 

 

 

 

 

 

  

 




第五十二話をお送りしました。

次話でようやくルイズ&セルとジョゼフ&シェフィールドの激突が描けるかと。

激突と呼べるほどのものになるといいのですが……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。