みんな大好き、キング・オブ・チュートリアル、ミスタ・ギーシュの登場です。
ほんとにおまたせしました。
ツカッ ツカッ ツカッ バッ!
「いいわね!? さっき教室であったことは、一切合財! 一から十まで!! 徹頭徹尾!! 忘れなさい!! すべてを忘却の彼方に消し去るのよ!!……もし、誰かに漏らそうものなら、ヴァリエール家の総力を挙げてあんたを追い詰めて、あんたのその尾っぽに詰めるだけの火薬を詰め込んで、私の魔法で百回は爆破してやるんだから!! いいわね!? わかったら、返事!!」
「それは、恐ろしいな。承知した。肝に銘じよう。」
「よろしい!!」
教室の片付けをようやく完了させたルイズとセルは、遅めの昼食をとるため、アルヴィーズの食堂に向かっていた。
その間、ルイズは教室内でのセルとのやり取りについて、後悔と羞恥の極致にいた。
(……ああああ、なんで、なんで!? なんで、あんなこと口走っちゃたのよぉぉぉぉ!! あんなこと、いままで誰にも……ちい姉さまにだって話したことなかったのに。し、しかも、なんなのよ!? あの最後のやり取りは!! なにが、『私とともに歩んでほしい』よ!! 妙に良い声であんなこと言い出すもんだから、私も思わず『永久に私と共に在らん事を』なんて言っちゃったし……あれじゃ、まるで……まる……で…………はっ!! ち、ち、ちがうわよ!! そ、そ、そんなわけないじゃない!! そ、そ、そういう意味なわけないでしょぉぉぉ!! だっ、だっ、だって!! あ、相手は、セ、セルよ! 使い魔よ!! 亜人なのよ!! あ、あ、ありえないから!! ち、ちがうから!! ぜったいに!! ほ、ほんとだから!! お、おねがい!! しんじてぇぇぇ!!)
一心不乱に歩いていたかと思えば、突然立ち止まる。真っ青になったかと思えば、頬を染めて頭を振る。かと思えば、まるで救いを求めるかのように、両腕をあらぬ方向にさしのばす。以下、繰り返し。
教室からここまでの道中、ルイズの行動は傍から見れば、滑稽な一人芝居を延々披露している芸人だった。そんな主に気遣わしげな視線を送るセル。
(ルイズ。落ち着いたかと思ったが、どうも情緒が不安定だな。ここは、接し方や言葉尻に注意を払うのが得策か……む?)
「ルイズ」
「ひゃいッ!! な、な、なによ!? セ、セル!!」
「アルヴィーズの食堂を通り過ぎてしまったが……」
「へっ、しょくどう?……あ、ああ! そうだったわね!! そう、昼食を食べに来たんだったわ! さ、さあ、いくわよ!! セル、私についてきなさい!!」
ふいにセルに声をかけられ、変なところから声を出してしまったルイズは気恥ずかしさを振り払うように、大股で来た道を戻り、アルヴィーズの食堂へ入っていった。
「……本当に大丈夫か、主よ?」
――アルヴィーズの食堂
トリステイン魔法学院の生徒達と教師陣の舌と胃を満たし続ける、食の殿堂。今、その一角でとある騒動が持ち上がっていた。
厨房から程近い、テーブルのそばで金髪の男子生徒が、黒髪のメイドを厳しく叱責しているようだった。長身のセルは食堂に入るなり、その騒動を目にし、叱責されているメイドが、朝の洗濯で世話になったシエスタであることに気付いた。
「ルイズ、あれは?」
「え、なによ……あ~あ、ギーシュのやつね。大方、また女の子に振られたのを他人のせいにでもしてるんでしょ」
「知っているのか、あの男を」
「まあね、同じ学年だし。ギーシュ・ド・グラモン、軍人貴族として知られるグラモン伯爵家の、たしか四男よ。いけ好かないナルシスト気取りで、でもファッションセンスは最低、ボキャブラリーは貧弱、無駄にプライドだけは高い。そんなやつよ……土系統のドットメイジだったかしら」
「ふむ、ランクは不足だが、手頃な手合いか……」
「なんのこと? ちょっと、セル、どこいくのよ!」
シエスタは、絶望に囚われかけていた。いつもの食堂で、いつもの給仕の仕事を、いつも通りこなしていた。とある男子生徒がポケットから落とした香水のビンを見かけたときも、持ち前の親切心から拾って手渡そうとしただけだった。だが、ビンを落とした男子生徒、ギーシュはかたくなに自分の物ではないという。その時、二人の女子生徒がギーシュが落としたビンを見咎め、それを理由に彼をひどくなじり、最後には二人とも、スナップを効かせた平手打ちを見舞って、その場から走り去ってしまう。一人は泣いていたようだ。呆然としていたシエスタは、あからさまな恥をかいたギーシュから、きみが気を利かせないからこうなったのだ、と見当違いの叱責を受けるはめになってしまった。
「申し訳ありません!! 申し訳ありません!! 私はただ、落し物をお渡ししようとしただけで……」
「それが、気が利かないというのだよ!! きみのせいで二人のかよわい女性が涙に暮れることになってしまったんだぞ!! この責任どうするつもりだ!!」
ギーシュとしても、自分が無茶な理屈をこねている自覚はある。だが、公衆の面前で二股をなじられ、その女性たちから見事なビンタをもらってしまった現状をどうにか、ごまかしたい一心で、二股がばれるきっかけとなった香水のビンをひろった、シエスタに責任転嫁してしまったのだ。
ギーシュ自身は適当なところで、落としどころをみつけて、切り上げるつもりだった。だが、平民であるシエスタからすれば、貴族から叱責を浴び、その怒りを受けるということは、へたをすれば人生の終焉と同義であるという強い恐怖心があった。
シエスタは目の前が真っ暗になるような幻覚を感じた。いや、幻覚ではない。なにか、黒いものが目の前にある。よく見ると、黒ではなく緑色と黒い斑点模様のある、大きな虫の羽のようなものだ。
「え、セ、セルさん?」
「な、なんだ、きみは!?」
シエスタを庇うように、ギーシュの前に現れたのは、二メイルを超える長身の亜人、セルだった。
「私の名はセル。ルイズの使い魔だ」
セルは例によって、その渋い声色でもって、ギーシュに自己紹介をした。
「ああ、きみがあの『ゼロ』のルイズが召喚したという東方の亜人か。すまないが、僕は今忙しいんだ。そのメイドに貴族として正当な教育というものを施してやらなければならなくてね」
ギーシュは芝居がかった仕草で、前髪をかきあげてみせた。
「ほう、自身の身から出た錆すら、ろくに始末もつけられない上に、何の咎もない少女に当たり散らすしか能のない見苦しいクズが、貴族と正当な教育をかたるとはな、ふっふっふっ、嗤ったものか、呆れたものか……これは迷う、実に迷うな」
「なっ!?」
「ひっ! セ、セルさん、な、なんてことを……」
「ちょっ、セル! あんた正直すぎるわよ!!」
セルの放った痛烈な言葉に、ギーシュは髪をかきあげた姿勢のまま絶句し、シエスタは恐怖に震え、ルイズは思わず本音が漏れる。
もちろん、ギーシュも絶句したままではすまさない。
「き、きみは、この僕を、グラモン伯爵家のギーシュ・ド・グラモンをぶ、侮辱するというのか!!」
「私は、事実をありのままに述べただけだ。それすらも把握できないというなら、おまえはただの虫けら以下の存在だ」
「き、貴様っ、言わせておけばっ……」
セルはこの世界の支配階級であるメイジの戦闘力を確認しておきたかった。自分が後れを取るなどとは露ほども考えてはいなかったが、自分が知る「気」とは異なる異界の力をただ侮ることもできない、そう考えていた。かつての敗北が、彼をより慎重にしていたのだ。この学院内にはそれこそ腐るほどのメイジがいるが、一使い魔の自分が自らメイジを襲うわけにはいかない。ならば、メイジの方から戦いを挑ませればよい。貴族やメイジに限らず、支配階級などという俗な連中は善いにしろ悪いにしろ、プライドが高い。目の前のギーシュなど、その典型だ。そして、今の自分には世話になったメイドを理不尽な境遇から救うという、わかりやすい大義名分もある。主であるルイズを説得するのも難しくはないだろう。
「よくも、よくも、このギーシュ・ド・グラモンをここまでコケに……」
哀れ、なにも知らないギーシュくんは、セルの対メイジ戦の実験体に自ら志願するべく、他愛ない煽りをまともに受け、ヒートアップに次ぐヒートアップ。そして、ついに決定的な言葉を口にしてしまう。
「こ、こうなったら、けっ、けっ、決闘だぁぁぁ!!!」
「青銅」のギーシュ・ド・グラモン。彼はアルヴィーズの食堂中に響き渡る大声で、自らの死刑執行書に署名してしまった。
第六話をお送りしました。
ギーシュ君の本格的な活躍は次話となります。
最期にならないといいけど。