ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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またしても、お待たせしてしまいました。

第五十五話を投稿いたします。


 第五十五話

 

 

 結末が訪れるまでに要した時間は、十分に満たなかった。

 

 数リーグ先からでも恐るべき威容を示す、全高八十メイルを超える超巨大ゴーレム。北トゥールーズ平原に布陣したトリステイン軍の誰もが、その威容に固唾を飲み込んだ時、まるでそれを察知したかのようにゴーレムの胸部から真紅の閃光が放たれた。さらに時を同じくして平原の中央に突如、青白い輝きを放つ途方も無く巨大な壁が出現した。

 

 閃光、轟音、震動。

 

 それらが収まった時、平原の中央に地方都市一つが丸々入るほどのクレーターが出現していた。トリステイン軍布陣の最前線を構築していた王都駐留第二師団所属の軽装騎兵たちが、「もしも、巨大な壁が出現していなかったら、自分達が今立っている場所がクレーターになっていたのでは?」と気付く間も無く、クレーターを挟んでゴーレムに相対する位置に今度は、全高百メイルに及ぶ亜人が出現する。その姿が、彼らの母国を救った英雄にして「蒼光」の二つ名を持つ少女の使い魔たる、長身異形の亜人ではないか、と考える者も少数いたが、二つの巨体が驚天動地の戦いを開始すると、そのような雑念は彼らの意識の外へ吹き飛んでしまった。

 

 天が割れ、地が裂け、大気が震え、そして再度の閃光。

 

 気付いた時、平原に残されていたのは、ゴーレムの構造材と思しき瓦礫の山だけであった。巨身異形の亜人は影も形も無く、しかし、平原に刻まれた夥しい数の痕跡は、巨人大戦が夢や幻では無かった事をすべての人々に示していた。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 本来であれば、布陣中の兵士達の間を複数の伝令兵が激しく行き交っているはずなのだが、王国が誇る精鋭で構成されたトゥールーズ奪還軍二万騎の将兵達は、あまりにも荒唐無稽な光景を目にしてしまった為、思考停止に陥っていた。

 

 ただ一人、奪還軍を指揮する護国卿ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵を除いて。

 

 (……ルイズ、わしの可愛い小さなルイズ……おまえは、一体どうしてしまったというのだ)

 

 かつて「剣聖」と呼ばれ、トリステイン衛士隊の名を大陸中に轟かせた公爵といえど、巨大ゴーレムが放った破壊の閃光の前には、為す術が無かった。その閃光が青白く輝く壁に防がれ、さらにどこかで見た様な醜い姿の巨身異形の亜人が出現すると、公爵は二つの事を理解した。

 

 一つは、溺愛してやまない末の娘が戦場に来ている事。

 

 もう一つは、小さく、愛らしい、その末の娘が、人智を超えた途轍もない「力」に目覚めている事を。

 

 (……王家に連なる血筋に生まれながら、碌に魔法が使えない。そんな事は、全くもって、どうでもいい事だった。我が娘たるルイズを愛するために、何の妨げにもならん、ささいな事だった。だが、こんな力を……なぜ、ルイズ、おまえが持たなければいけないのだ)

 

 王権守護戦争において、三女ルイズが最大の功績を挙げた事を聞いた公爵は、狂喜した。だが、その後、アンリエッタ王女とマザリーニ枢機卿から極秘に伝えられたのは、ルイズが失われた伝説の魔法「虚無」に覚醒したという事実だった。始祖「ブリミル」のみが操り、六千年前に世界を救う原動力ともなった最強最大の魔法。始祖の存在を「神」と同一視するハルケギニア大陸において、その「力」を振るう事は始祖「ブリミル」の後継者たる事を何よりも、明確に証明し得る可能性があった。

 

 公爵は、それまで固辞していた中央政界への復帰を承諾した。

 

 始祖の末裔たる四王家に連なるとはいえ、一国の公爵家の三女が「虚無」を操る術に覚醒した。ルイズ本人やアンリエッタ王女は、それが意味する所を正確には理解していなかった。場合によっては、ルイズはトリステインはおろか、ガリア、ロマリア、アルビオンの王位継承権を主張する事ができてしまうかもしれないのだ。アンリエッタやマリアンヌが、自身の地位を脅かす存在としてルイズを害する可能性さえ公爵は考えていた。そして何より、あの「鳥の骨」や有象無象の腐れ貴族どもが何を企むか知れたものではなかった。ルイスを守るため、公爵はトリステインの舵取りを決意したのだ。

 

 (ルイズ、我が娘よ……わしが、おまえを守る……守ってみせるぞ。例え、この国そのものを敵に回したとしても……おまえだけは)

 

 公爵は、本陣の指揮席から立ち上がり、未だ呆けた表情の幕僚達に鋭い命令を発した。

 

 「全軍に命じよ!! 直ちに進発し、目標ゴーレムの残骸を一つ残らず鹵獲せよ!!」

 

 裂帛の気合を込めた総司令官の号令に、本陣の幕僚や兵士達が、本来の機敏な動きを取り戻す。しかし、公爵が悲壮な決意を秘めていたことに気付く者は、その場には誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北トゥールーズ平原の西部に広がるターレンの森を十数匹の幻獣が低空で飛行していた。それは、一種の幻獣から構成される群れではなかった。鷲の翼と上半身、獅子の下半身を持つグリフォン、同じく鷲の上半身と馬の下半身を備えるヒポグリフ、獅子の肉体に鷲の翼を持ち、蛇の尾を生やすマンティコアという三種の幻獣からなる構成であった。さらに、それぞれの幻獣の胴体には鞍が備え付けられており、騎乗しているのは揃いの黒マントを纏った精悍な顔つきの騎士達。

 

 それは、伝説の衛士「烈風」カリンに率いられたトリステイン王国魔法衛士隊選りすぐりの精鋭達であった。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 彼らは、トゥールーズを占拠した超巨大ゴーレムを制御していると思われる指揮船を押さえる為、平原を迂回している最中であった。平原に布陣していた奪還軍本隊と同じく、ゴーレムと巨身亜人の非常識な激闘を目にしていたが、カリンの総隊長就任後、壮絶極まる教練によって無意識領域にまで刷り込まれた「鉄の規律」は、衛士達を思考停止させることなく、精鋭部隊としての機能を維持していた。

 

 (ルイズ、あなたの力、確かに見せてもらいました。あまりにも強大な力は、時として自身だけでなく、近しい者達にも破滅をもたらす……でも、母は信じていますよ。我が娘たるあなたなら、そのような無様をさらすはずはない、と)

 

 三十年以上に渡って自身の乗騎となっている、年経た巨大なマンティコアに跨ったカリーヌ公爵夫人は、鉄仮面の下で母親としての表情を見せていた。

 

 (……問題は、あの人ね。どうせ今頃、「王家と国を敵に回してでもルイズを守ってみせる」なんて、馬鹿げた決意を本気で固めているのでしょうね。鉄扇を新調しないとダメね)

 

 密かに溜め息をついた「烈風」カリンは、慣れた様子で手綱を振るい、愛騎に増速を促した。城砦都市トゥールーズまでの距離は、一リーグを切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見事だったぞ、ルイズ。きみが新たに組み上げた「虚無」、今までのそれとは文字通り、桁違いの効果をもたらしてくれた。さすがは、我が主だ。今日ほど、そう思ったことはない」

 

 「……」

 

 自身の元に戻ってきた長身の亜人から手放しの称賛を浴びせられるルイズだが、セルを見上げたまま呆けた表情を見せるだけだった。

 

 「どうした、ルイズ? 「虚無」の詠唱で消耗してしまったか。ゴーレムを破壊した以上、この場を退いても問題あるまい。ガリアの担い手と使い魔は……すでに脅威ではない」

 

 「……」

 

 「ルイズ?」

 

 「あんた、旦那……なのかい?」

 

 尚も無言の主に声をかけるセル。ルイズではなく、その右手に力なく握られているデルフリンガーがおずおずと質問する。

 

 「デルフリンガー、どういう意味だ?……ああ、この姿の事か」

 

 ようやく得心いったというように頷く長身の亜人。その容姿は、ルイズやデルフリンガーが慣れ親しんだ異形ではなかった。異相には間違いなかったが、その容貌は人外のそれではなく、見ようによっては端整と表現しても差し支えないものだった。ぼんやりとルイズが呟いた。

 

 「……素敵」

 

 「どうした、ルイズ?」

 

 「はっ!? な、な、なんでもないわよっ!! ていうか、セル! そ、その姿はどういうわけよっ!! 全然、別人じゃない!」

 

 思わず本音を漏らしてしまったルイズが頬を染めながら、繕う様に声を張り上げる。

 

 「今のわたしは、一時的に「完全体」へと変化しているのだ。ルイズ、きみの「虚無」の効果だ」

 

 「か、完全体? じゃあ、今までの姿は…」

 

 「あれは、卵から幼体を経て脱皮した「第一成体」だ。本来は特殊な過程を経て「完全体」となるのだが、一時的とはいえこのわたしを「進化」させるとは……ルイズ、やはりきみは素晴らしい」

 

 まるで昆虫ね、と思ったルイズだが、セルからの称賛にまたしても体温を急上昇させてしまう。

 

 「と、当然でしょ! わたしはあんたのご主人さまなんだからっ!」

 

 腕組みをして、ナイ胸を張るルイズ。右手に握られたままのデルフリンガーは思考に沈んでいた。

 

 (……「完全体」、それがセルの目的なのか? だが、どうして「虚無」の力がヤツを変化、いや「進化」させるってんだ? オレが知る限り、「ブリミル」は生物そのものを人為的に「進化」させるなんて、そんな真似はしなかったはず……いや、なんだ、オレは……何かを忘れているのか?)

 

 そうこうしている間にセルの姿は、一瞬の内にルイズ達が見慣れた長身異形の姿に変貌していた。

 

 「ふむ、効果はやはり一時的か……」

 

 三本指に戻った自身の掌を確認するセル。そんな使い魔を眺めるルイズは考えていた。

 

 (やっぱり、この姿のセルがしっくりくるけど、「完全体」のセルも……悪くなかったわね。わたしの「虚無」でセルを完全に「完全体」にしてあげれば……その、なんというか、ぼ、朴念仁のセルでも、お、思うところがあるってことよね、多分)

 

 決意新たにするルイズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……お父様」

 

 イザベラは、やや控えめに父を呼んだ。ガリア軍が擁するフネの中でも、軍事に疎いイザベラが唯一気に入っていた王室専用座乗艦「アンリ・ファンドーム」号の上部甲板に佇む父ジョゼフは、彼女が最後に会った時と比べて何の変化も見出せなかった。

 

 「……イザベラ、おまえ、その格好はどうした? それは王家の女王衣ではないか。おれが出奔したとはいえ、随分と気が早いことだな」

 

 セルが去った事で、自身の悲願を失いかけていたジョゼフだったが、突如現れた娘の背後に付き従う異形の存在に心動かされていた。それは、先ほどまで「フレスヴェルグ」と凄まじい戦闘を繰り広げていた巨身異形の亜人と非常に近い姿をした長身異形の亜人だった。

 

 「リュティスで起きた騒乱を鎮めるため、イザベラが……「副女王」となりました」

 

 「副、女王だと? そういえば、そんな地位もあったか。ふふっ、おれの娘にしては、遠慮したものだなぁ」

 

 「お父様、一体何をお考えなのですか? どうしてこのような事を……」

 

 悲壮感漂う表情で、父王の真意を問おうとするイザベラだが、ジョゼフは意に介さず、背後の亜人に視線を移す。

 

 「どうでもいい事だろう、イザベラ? 今となっては、な。おまえが女王、いや副女王か? まあ、好きにガリアを支配すればいい。それよりも、おまえの後ろにいる醜い亜人だ! それはおまえの使い魔か!?」

 

 御前会議を鏖殺し、内乱が起こりつつあった王都を見捨て、さらには巨大ゴーレムを起動させてサン・マロンを壊滅させ、隣国への侵攻すら実行した父ジョゼフ。「無能王」どころか「狂王」と呼ばれても止むを得ない狂気の行動を起こしながら、「どうでもいい」の一言で片付けてしまう父に、恐怖を隠せないイザベラ。そんな主を庇うように長身異形の亜人が進み出る。

 

 「お初にお目にかかる、ジョゼフ一世陛下。わたしの名はセル。イザベラの使い魔だ」

 

 外見からは想像できない、低く響く美声と共に優雅とも言える所作で礼をとる長身異形の亜人。挨拶を受けたジョゼフが相好を崩す。

 

 「いいな、いい声だ! 王立歌劇場でも十分に通用するぞ、セルとやら! ところで、おまえはトリステインの英雄「蒼光」のルイズを知っているか? いや、正確にはその使い魔をだがな」

 

 「我が同族だ」

 

 セルの短い答えに、大仰に驚くジョゼフ。

 

 「同族だと!? では、おまえたちのような非常識な存在が、まだまだこのハルケギニアにはいるというのか!! 侮れんな!……しかし、おまえと「蒼光」の使い魔はよく似ている! あるいは兄弟であったりするのか!?」

 

 「我々に兄弟という概念はないが……ジョゼフ陛下、あなたは弟君を自らの手にかけることで「虚無」の魔法と、その超然とした思考と精神を得たと聞く。本来は、血を分けた肉親として互いに無くてはならないはずの存在を殺す。ふむ、それはどのような心持ちがするのものなのか。ぜひ、ご教授願いたい」

 

 筋骨隆々に肉体を持つ長身異形の亜人。その口から出た言葉にジョゼフの顔色が一変した。

 

 

 

 




第五十五話をお送りしました。

ゼロの使い魔の新刊!実に気になります。

とりあえず既刊を再読しながら、待機します。

原作完結までに本作も完結したい……

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。

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