ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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もはや、言い訳すらありません。

大変、大変お待たせしました。

第五十七話を投稿いたします。


 第五十七話

 

 

 「ナニコレ? 誰なの? いつの間に?」

 

 超巨大ゴーレムを撃破し、トゥールーズ平原から撤収しようとしていたルイズは、未だかつて感じたことのない何者かの存在を知覚していた。それは、「虚無」のスペルが脳裏に浮かぶ感覚に近いものだった。その「何者」かは、自身と同じ「力」を有し、また、自身と同じ「長身異形」の存在に守られているようだった。

 

 「あなたは、誰? そばに居るのは……「セル」なの?」

 

 「嬢ちゃん? どうしたってんだ。旦那が、なんだって……っ!」

 

 ルイズの右手に握られていたはずのデルフリンガーが、持ち主である少女の異変に気付き、声をかけようとした。しかし、言葉を発し切る前に、インテリジェンスロッドは長身異形の亜人の手に納まっていた。瞬時に自意識を絶たれるデルフリンガー。

 

 「わたしと……同じ……「虚無」の」

 

 使い魔の補助を受けずに、セルを「完全体」へと一時的に進化させる「虚無」を編み出した為、精神と肉体に大きな負担を受けていたルイズは、この新たな存在を知覚する事で、意識を失ってしまう。

 

 「イザベラの覚醒を感知したか。「担い手」同士の共鳴、さて、吉と出るか凶と出るか……」

 

 意識の無いルイズを片腕で抱えた長身異形の亜人は、数リーグ離れた空中に辛うじて滞空している半壊したフネに一瞥を与えると、自身の額に指を置き、「気」を探知するために意識を集中する。

 

 

 ヴンッ!!

 

 

 秒を置かず、亜人と少女は平原の上空から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズの使い魔であるセルが、瞬間移動で撤収する直前に視線を向けたフネの周囲には、十数騎の魔法衛士たちが滞空していた。

 

 ヴンッ!!

 

 その背後から、突如、低く深い美声が響く。

 

 「お勤め、ご苦労に存ずる。トリステインが誇る精鋭、魔法衛士隊の方々」

 

 ほとんどの衛士が、不意を突かれながらも見事な手綱捌きで、乗騎である幻獣たちを回頭させる。

 

 「なっ!?」

 「い、何時の間に接近を!?」

 「亜人か!?」

 「ま、まさか、ガリアのフネに居た……」

 

 衛士たちの視線の先には、二メイルを大きく超える長身と筋骨隆々の体躯を誇る異形の亜人が空中に浮かんでいた。その腕には一目で、高貴な身分だと判る豪奢な衣裳を身に纏った少女が抱えられており、さらにその背後には、これまた意匠が凝らされた紋章が目を引くローブに包まれた女性が、「横」になって浮かんでいた。二人の女性に意識は無いようだった。

 

 「くっ!」

 

 何人かの衛士が、亜人に向かって懐からレイピア型の杖を差し向けようとする。

 

 「控えよっ!!」

 

 鋭い一喝が、唯一回頭しなかった大型の幻獣に跨った細身の衛士から発せられる。衛士たちの動きがピタリと止まる。それと同時に、細身の衛士が跨る幻獣、年経たマンティコアが優雅とも言える最小の動きで、その巨躯を翻す。

 

 「亜人よ、おまえの腕の内に居られるのは、ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリア殿下に相違無いか?」

 

 魔法衛士隊における隊長職を示す大きな羽飾りをあしらった帽子を被った騎士は、静かに亜人に誰何した。その鋭い眼光を放つ表情は、顔の下半分を覆う鉄仮面に阻まれ、伺い知ることは出来なかった。隊長の言葉に周囲の衛士たちにさらなる緊張が奔る。

 

 「ふむ、さすがは伝説とまで謳われたマンティコア隊々長「烈風」カリン。その冷静なる観察力には驚きを禁じえない」

 

 「……相違無いか、とわたしは問うたのだ」

 

 「フッ、如何にも。だが、一つ訂正を要求する。我が腕にてお眠りになっておられるのは、ガリア王国「副女王」であらせられるイザベラ・ド・ガリア陛下である。そして、わたしはイザベラ陛下の……しがない使い魔だ」

 

 「副女王だと……」

 

 「烈風」カリンことカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ヴァリエール公爵夫人は、鉄仮面の下で唇を歪める。トゥールーズ平原を大きく迂回し、ようやく超巨大ゴーレムをコントロールしていると思われる指揮船に接近したが、制圧前に遠眼鏡でフネの様子を確認すると、とんでもない人物が乗船している事が判った。

 

 ガリア王家の血筋を示す、蒼髪と王家の紋章を染め抜いたローブを纏う美丈夫。その頭上に輝く略王冠を見逃したとしても、カリーヌはその人物の素性を一瞬で理解した。写真機が存在しないハルケギニアだが、各国の重要人物の容貌については、詳細な肖像画が多く出回っているのだった。

 

 ガリア王国国王ジョゼフ・ド・ガリア一世。

 

 超巨大ゴーレムを操り、トリステインに侵攻を企てたのは、大陸最大の王国の頂点に立つ男だった。

 

 ゴーレムは破壊されたとはいえ、この事態にどう対処すべきか、考えを巡らすカリーヌにさらなる難題が、姿を見せる。最初から乗船していたのかは判断できなかったが、ジョゼフ王に相対するように現れたのは、ジョゼフと同じ蒼髪を靡かせ、同じ紋章の衣裳を纏い、同じ意匠の略王冠を被った少女、年の頃は彼女の三番目の娘と変わらないだろう。

 

 ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリア。

 

 事態は、この上さらなる急展開を見せる。父王と王女の会話に突如、割り込んできたのは長身異形かつ筋骨隆々の亜人だった。娘の使い魔であり、ついさきほどまで、雲を突くかの如き巨人と化していた亜人とよく似た、あまりにもよく似た存在だった。

 

 その後、起こった事は、一部始終を見ていたはずのカリーヌの理解をも超えていた。

 

 

 亜人の言葉に激昂する王。

 

 王の杖から放たれる異常な魔力。

 

 削り取られるフネとガーゴイルたち。

 

 亜人と王女が放つ、これまた異質な魔法。

 

 光となって消えた王と亜人の腕に倒れこむ王女。

 

 亜人に襲い掛かる王の従者らしき女。

 

 そして、王女を抱き上げた亜人の視線が真っ直ぐにカリーヌを射抜いたのだった。

 

 

 

 

 「左様。我が主イザベラは、偉大な父王陛下の名誉を守る為、此度の一件の元凶に裁きを下す為、ゴーレムに蹂躙されし親愛なる友邦を救う為、自ら父王殺しという重き十字架を背負われる事をお決めになった。副女王即位も、その覚悟の顕れである。なに、礼など無用。全ては、主の尊き御心ゆえ」

 

 その容貌からは、想像できない良い声で朗々と語る亜人。カリーヌが静かに、だが断固とした口調で問う。

 

 「つまり、我がトリステインが、かかる奇禍を被ったは、ガリア王家の内紛に巻き込まれたが故、という事か?」

 

 「内紛の要因となった王の変心を招き、かの巨大ゴーレムを建造したは、旧「レコン・キスタ」の重鎮……「王権守護戦争」における貴国の戦後処理、いささか甘かったのでは?」

 

 傍から観れば、セルの言い分はほとんど言い掛かりである。それどころか事実として、「王権守護戦役」を引き起こした逆賊「レコンキスタ」を組織し、背後から操っていたのは、ガリア王ジョゼフ一世であったのだ。無論、カリーヌの与り知らぬ事である。

 

 「亜人の言葉だけを信じる事は、出来ん。イザベラ殿下と、後ろの女、そしておまえの身柄は我がトリステインが、「保護」する。おまえの言葉が「真実」ならば、よもや「友邦」たる我らに手向かいはしまい?」

 

 「ふむ……」

 

 (さすがは、ルイズの母親か。なかなかに侮れん。さて、どうするか)

 

 セルとしては、ここでトリステインの「保護下」に入るつもりなど毛頭なかった。かといって、カリーヌを始めとする魔法衛士隊を蹴散らすつもりもなかった。王国上層部の一員であるカリーヌに今回の事態の推移をある程度伝える事で目的は果たされたのだ。

 

 後は、平原に残された「フレスヴェルグ」の残骸の始末であった。現状、ヴァリエール公爵率いるトリステイン軍が、最大戦速で、残骸の鹵獲に向かっていた。軍港都市サン・マロンが壊滅し、唯一の生き残った開発者であるシェフィールドがセルの手の内にある以上、「フレスヴェルグ」の技術情報は、トゥールーズ平原にばら撒かれた残骸にのみ秘められているのだ。

 

 (トリステインにとっての切り札は、「蒼光のルイズ」でなければならん。だが、今は……)

 

 ルイズと、その使い魔である本体セルが、平原に居る限り、下手な破壊工作は、再度のセル対セルの状況を引き起こしかねない。

 

 その時、本体セルからの念話がイザベラ・セルに届く。

 

 (ルイズが、意識を失った、か。フフフ、実に好都合だ)

 

 「……返答は?」

 

 

 カパッ

 

 

 カリーヌの問いには応えず、セルは大きく開口した。そして、首を巡らし巨大な残骸が散らばる平原の中心部に、狙いを定める。

 

 

 ズボッ!!

 

 ズゴォォォォォンッ!!

 

 

 セルの口から放たれた怪光線が、巨大な爆光球を生み出し、平原にもう一つのクレーターを作り出す。トリステイン軍の最前線部隊が、爆光球の余波によって巻き起こる衝撃波と土煙に飲み込まれる。爆発半径を絞った一撃だった為か、部隊に死者は出なかったものの、トリステイン軍の進軍は停止を余儀無くされた。

 

 平原に散らばっていた「フレスヴェルグ」の残骸は、一つ残らず消滅した。

 

 

 

 「なっ!?」

 

 セルの放った怪光線の凄まじい破壊力に圧倒されるカリーヌ。さらに、開口したままのセルが、彼女たちに向き直る。未だかつて感じたことの無い殺気に晒されたカリーヌは、反射的に叫んでいた。

 

 「全騎散開!!急げっ!!」

 

 

 バサバサバサバサッ!!

 

 

 命令一下、開口した長身異形の亜人から、わずかでも距離を取るため、グリフォン、ヒポグリフ、マンティコアが次々に全力で羽ばたく。まるで、すべての幻獣が射線上から退避するのを待っていたかのように、タイミングをずらして亜人の口腔から閃光が放たれる。

 

 

 ズボッ!!

 

 ズゴォォンッ!!

 

 

 セルの念動力によって、無理矢理滞空させられていた半壊状態のガリア王家専用座乗船「アンリ・ファンドーム」号の船体に怪光線が飲み込まれ、爆光球を発生させる。平原に放たれたそれよりもさらに爆発半径が絞られていた為、衛士隊の幻獣たちが失速したり、墜落することはなかった。

 

 「くっ、副長! 報告っ!」

 

 「ぜ、全騎健在でありますっ!!」

 

 素早く自身のマンティコアを立て直し、自ら部隊の現状を把握したカリーヌが、副官であるゼッサールに再確認を命じる。秒を置かず、厳つい髯面のゼッサールが応える。

 

 

 

 だが、長身異形の亜人とガリア王国副女王、そして王の従者らしき女は、その場から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アルビオン大陸サウスゴータ森林ウエストウッド村。

 

 「あの、どうぞ……」

 

 おずおずとした様子で一人の少女が、二人の来訪者の前に素朴な造りのカップを置いた。カップからは、ロマリア産の高級茶葉から淹れられた紅茶の芳しい香りが、湯気とともに漂っていた。久しぶりに帰って来た姉の土産だった。

 

 「……」

 

 「ありがとう、へぇ、結構いい香りね」

 

 質素な椅子に腰掛けていた二人の来訪者の内、若い男は険しい表情で、自身の前に差し出されたカップから顔をそらしたが、若い女は、無造作にカップを取り、香りを楽しんでから、紅茶を口に含む。

 

 「なっ!? る、ルクシャナ、毒でも入っていたらどうするんだっ!?」

 

 「考え過ぎよ、アリィー。それにわたしたちをどうにかするつもりなら、わざわざ歓待する必要なんかないでしょ?」

 

 「だ、だからって無警戒過ぎるぞ!む、向こうには「悪魔」もいるのに……」

 

 若い男が、部屋の奥に視線を向ける。そこには、一体の亜人がいた。二メイルを超える長身と昆虫の様な外骨格を備える亜人。セルの分身体である。

 

 「心配いらないよ、あんたらが妙な真似さえしなければ、「あたし」の使い魔も無茶は、しない」

 

 二人の来訪者と向かい合って座っていた女性が、やや投げ遣りな口調で言った。一般的な旅装に身を包み、緑色の髪を軽く纏めたその女性は、「土くれ」のフーケことマチルダ・オブ・サウスゴータであった。

 

 (ほんと、なんでこんなことになっちまったんだい……)

 

 フーケは、心の中で何度目かわからない自問自答をしていた。

 

 久しぶりに、かわいい義妹や義弟たちに会えると思っていたら、長身異形の亜人に絡まれるわ、そいつに突然抱き上げられたと思ったら、ウエストウッド村に侵入されるわ、それと同時に空からはフネが落っこちてくるわ、しかも、そのフネに乗っていたのが。

 

 (まさか、エルフとはね)

 

 向かい合う来訪者二人の尖った耳に、それとなく視線を向けるフーケ。その背後では、少女が亜人に話しかけていた。

 

 「あ、セルも……お茶、飲む?」

 

 「いや、結構だ、ティファニア」

 

 自身が何よりも大切に思っている少女が、あの亜人と普通に会話している。それだけで、フーケの眉間に深い皺が刻まれる。

 

 (何が「結構だ」だよ! あの亜人野郎、何を考えてやがる……テファと村を救った、それは間違いじゃない。でもこいつが、何の企みもなく、そんなことをする訳が無いんだ!)

 

 ウエストウッド村に程近い森のそばで、休憩中にセルと出くわしてしまったフーケは、どうにか村に亜人を近寄らせないように悪戦苦闘していた。ところが、何かを気付いたのか、突如セルは、問答無用でフーケを抱え上げると、伝えてもいないのに真っ直ぐにウエストウッド村に高速移動した。それと時を同じくして、上空から轟音とともに一隻のフネが村目掛けて落下してきたのだ。フネがそのまま墜落していれば、テファを始め、村の子供たちはほとんど助からなかっただろう。

 

 だが、セルはその強大な念動力によって、フネの墜落を一瞬で防いでしまった。轟音に気付いたテファや子供たちが、小屋から飛び出してくる。目を丸くする彼女たちに向かって、セルは堂々と言い放ったのだった。

 

 「わたしの名は、セル。マチルダの使い魔だ。どうやら、皆無事のようだな。何よりだったな、我が主よ」

 

 マチルダことフーケの目が、子供達のそれよりも真ん丸になったのは言うまでも無い。

 

 

 セルと話していた少女も、フーケの隣に座る。フーケとその向かいに座るエルフの少女ルクシャナの容姿を語る際に、美女、あるいは美少女と形容しても何ら問題はない。しかし、フーケの隣に座る少女の容貌は、さらに神々しい美しさを醸し出していた。それは、正に神のみが成し得る芸術の顕現ともいうべき美貌であった。まるでそれ自体が発光でもしているかのようなブロンドの髪からは、向かいに座るエルフと同じ、尖った耳が覗いていた。

 

 彼女の名は、ティファニア。人間とエルフの混血、ハーフエルフの少女であった。

 

 

 

 セルは、フーケ達が囲む質素なテーブルから離れ、小屋の壁を背に立っていた。

 

 (ティファニアという娘、すでに「虚無」に覚醒しているな。今、わたしと使い魔の契約を結べば、それをルイズとイザベラが、感知する可能性が高い。まだ、その時ではない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、アルビオン王国首都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿。

 

 この日、ハヴィランド宮殿は、本来の主であるはずの国王ジェームズ一世、実際に王国を差配するウェールズ立太子、サウスゴータ領総督であるトリステイン王女アンリエッタらが、下座に控え、一人の賓客を迎えていた。

 

 ハルケギニア大陸において、全ての王侯貴族よりも上位に位置するただ一人の存在。神たる「始祖ブリミル」の地上代行者にして、全ブリミル教の最高権威者。ヴィットーリオ・セレヴァレこと教皇聖エイジス三十二世、その人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                         ゼロの人造人間使い魔 第五章 虚無と始祖 完




第五十七話をお届けしました。

第五章が終わりました。次話は断章を投稿予定です。

その後、第六章「大降誕祭」を投稿する予定です。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

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