ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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大変、ご無沙汰いたしておりました。

断章之拾壱を投稿いたします。




 断章之拾壱 長身異形のメイドガイ

 

 

 王権守護戦争の勝利によって、一躍大国となったトリステイン王国。その王都トリスタニアは、空前の戦勝景気に湧いていた。

 

 国の威信を掛けて、浮遊大陸アルビオンに送り出された三万の兵力と二百の艦隊。相手は落ち目も甚だしい反乱勢力とは言え、まともに戦えば多大な損害を被る事は避けられず、万が一にも敗北しようものなら、国家存亡の危機に陥るかもしれない。

 ところが、いざ蓋を開けてみれば、開戦から僅か二週間でアルビオン王都ロンディニウムを無血占領。遠征艦隊は、文字通り一人の戦死者を出すことなく、戦争に勝利したのだった。

 

 その後、国土回復を果たした正統アルビオン王国との間に締結された様々な条約と反乱勢力に加担した多数の貴族から没収された資産は、トリステインの国庫を大いに潤し、領土割譲によって新たに得たサウスコーダ領の存在は、トリステインの消費を増大させた。

 さらに「強国」トリステインで一旗挙げようとする者達が、大挙して王都を訪れていた。人に限らず、様々な物品がアルビオン、ガリア、ゲルマニアから到着し、各地の港もてんやわんやの大賑わいであった。

 

 最も、すべての人民が戦勝の恩恵を受けているわけではなかった。大規模な戦争が勃発すれば当然、数百単位の死者が出る。さらに、その数倍規模の怪我人が出る。死者が出れば、葬儀を行う。怪我人が出れば、治療が必要。ところが、戦争が終わってみれば戦死者無し、重傷者無しという従軍者の家族らにすれば奇跡のような掲示情報に、葬儀屋や病院関係者、ブリミル教葬送部門の司祭たちは、死人のような顔色になったという。さらに戦闘らしい戦闘がなかったので、武器や防具の需要を見込んでいた鍛冶屋やフネの造船業者も閑古鳥が鳴いているらしい。

 

 

 

 

 

 

 「……はふぅぅぅぅん」

 

 そんな悲喜こもごものトリスタニアの一角、チクトンネ街の正面広場において、一人の男が艶かしい溜め息を突きながら、広場のベンチに座っていた。一目で男と判る風貌では、ある。トリスタニアでは珍しい黒髪をオールバックに撫でつけ、オイルだろうか、テカテカと不気味な輝きを放っている。肉厚な唇には、これまた厚く紅を引いており、見事なカイゼル髯と逞しい割れ顎との対比は見る者を実に不安にさせる。歴戦の傭兵もかくやという屈強な体躯を窮屈そうに紫色のシャツに包み込んでいるのも多くの人が眉をひそませざるを得ないだろう。実に「濃い」男であった。

 

 「他の店には無い、ウチだけの新しい「目玉」を用意したいわ……」

 

 男の名は、スカロン。またの名を「ミ・マドモワゼル」。こう見えても、実業家である。彼が経営する「魅惑の妖精亭」は、チクトンネ街でも人気の酒場兼宿屋である。粒ぞろいの美少女達が、なかなかにキワドイ衣裳で給仕してくれる事で、高いリピート率を誇る優良店である。ご多分に漏れず、戦勝景気によって店の売上は上昇しているものの、最近は東方輸入の「お茶」をメインに出す「カフェ」やアルビオンの名産「エール」を売りにした「パブ」が急速に勢力を増しつつあり、スカロンは差別化を図らなければ、王都トリスタニアでは生き残れないと考えていた。

 そのための起死回生の「目玉」を探すため、店を実子であり看板娘でもあるジェシカに任せ、街を散策していたのだ。

 

 「あら、あれは……」

 

 ふと視線を上げたスカロンの近くを、とある一行が通りがかった。

 

 一人は、これぞメイドというようなお仕着せを纏った黒髪の少女。一人は、地味なブラウンのワンピースに同じ色の外套を頭まで被った小柄な少女。そして、最後の一人は、身長二.五メイル、昆虫のような外骨格と羽根のような器官を持ち、爬虫類のような尾を備え、全身には黒の斑点。若い頃は、大陸各地を旅したスカロンですら、未だかつて見たことのない長身異形の亜人だった。

 スカロンの脳裏に、店の上客から聞いた噂話の内容が浮かび上がった。かの王権守護戦争を勝利に導いた英雄「蒼光のルイズ」に、影の如く常に付き従うという長身異形の亜人。正に今、目の前を歩く亜人と全く同一であった。

 

 それは、アルビオンからの帰国後、魔法学院の学友達と一緒に行った宝探し旅行の結果、予想を遥かに超える臨時収集を得て、懐の暖かくなったシエスタ、ルイズ、セルの一行であった。

 

 「と、と、と、トレビア~ン!! これよォォ!!」

 

 どたまにドテピンと来たスカロンは、持ち前の屈強な肉体を前面に押し出し、長身異形の亜人、すなわちセルに迫る。

 

 「お待ちになってェェェ!!」

 

 ドシンッ

 

 もし、相手が異世界から来た平凡な男子高校生であったなら、レスリング選手顔負けの猛烈タックルに吹き飛ばされていた事だろう。しかし、同じ異世界からの来訪者とはいえ、セルは「究極の人造人間」である。スカロンの「熱烈な抱擁」は亜人を小揺るぎもさせはしなかった。

 その瞬間、スカロンは幻視した。自身は、長身異形の亜人に抱き着いたはず。なぜ、若い頃、単独での登頂に挑み、ついには断念さぜるを得なかった大陸における最高峰「火竜山脈」が視えるのか――

 

 しかも、その雄大な山脈の如き巨大なナニカは、ゆっくりと自分に視線を巡らし、まるで虫を掃うかのように腕を動かした。

 

 (ああ……あたし、今、死ぬのね)

 

 抗い様の無い絶対的な力による死。スカロンは、本能的にそれを直観した。

 

 「あ、あれっ、スカロンおじさん!?」

 

 その時、シエスタが声を上げた。幻視していた山脈は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 親愛なる姪、シエスタの一言で、恐るべき死地から生還したスカロン。ルイズらと自己紹介を行う。

 

 「まあっ! あの英雄「蒼光のルイズ」が、シエスタのご主人さまだったなんて! これこそ、正に運命! そう、ディスティニーにしてフェイトなのね!!」

 

 英雄の使い魔そっくりの存在が、あろうことか「本物」であり、さらにその主である英雄の少女が、自身の姪が仕えている貴族令嬢であると知ったスカロンは、喜びを全身で表現するためか、実に滑らかな動きで腰を左右に振り続けた。 

 

 「な、なんというか……個性的な人ね、シエスタの叔父さんって」

 

 「あ、あははは、スカロン叔父さん、男やもめが長くて、その、ちょっと独特で……」

 

 余計な騒ぎを避けるために、非常に目立つ桃色の豊かな髪をフードで覆っていたルイズが、やや引き攣った表情で言った。姪であるシエスタも苦笑いで応える。

 

 

 

 

 

 

 本物の英雄とその使い魔に出会えたのは、運命である。そう感じたスカロンは、一行を魅惑の妖精亭へ招く。チクトンネ街の宿屋とはいえ、ある程度の「格」は持っている店のようだ。ルイズも寛ぎながら、スカロンから妖精亭の由来を聞いている。近衛特務官として、市井の情報収集に努めるべし、というセルの助言があったのだった。

 

 「へえ、アンリ三世って言ったら、「魅了王」とも称された絶世の美男子じゃない。チクトンネ街の酒場にお忍びでいらしたなんて……」

 

 「うふふ、お疑いねぇ。でも、ちゃんと確たる証拠もあるんだから! アンリ陛下自らが、恋仲になった給仕の娘にお仕立てになられた魔法のビスチェが……」

 

 一方、久しぶりに従妹のジェシカと再会し、喜ぶシエスタ。シエスタの母は、スカロンの姉に当たるが幸いというべきか、ジェシカはスカロンに似ていない。長い黒髪と黒の瞳が、シエスタとの血縁関係を如実に示している。太めの眉が活発な印象を与える可愛らしい容貌を持ち、年齢ではシエスタより下だが、その胸の谷間は明らかに従姉より深い。ジェシカは、物心ついた時から酒場を手伝っており、人間観察には自信があった。久方ぶりの従姉が、時折長身異形の亜人に意味深な視線を送ることにすぐに気付いた。

 

 「シエスタ、あんたの趣味をどうこう言うつもりはないけど、アレはないんじゃない?」

 

 「せ、セルさんは本当にいい人なんだから!……ひ、人じゃないけど」

 

 「ふ~ん、いいひと、ね」

 

 軽くカマをかけたら、顔を真っ赤にして妙な事を口走る従姉。これは、確かめてみなければ。ジェシカはほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 スカロンから、トリスタニアの現状に関する様々な情報を得ることができたルイズは、機嫌よくスカロンに褒美を払おうとしたが、妖精亭の店長はあろうことか、長身異形の亜人を臨時店員として雇いたいと言い出した。思わず、絶句したルイズだが、セルを召喚したての頃、武器を買い求めて王都を訪れた際、全裸のセルに執事服を着せる妄想をしでかしてしまった事を思い出し、強い好奇心に駆られるのだった。やや、悪い顔をしたルイズは、忠実な使い魔に命じた。

 

 「……セル、手伝ってあげなさい」

 

 「……承知した」

 

 開店まで、しばらく時間があったため、ひとまずセルは開店準備を手伝う事となった。

 

 

 

 

 

 「あたしも商売柄、この年にしてはいろんな亜人を見てきたつもりだけど、あんたみたいなのは初めてよ」

 

 酒樽の補充の為、店舗地下の倉庫に降りて来たセルに向かって、先客のジェシカが何気なく言った。

 

 「まあ、あのシエスタが気に入ってるてんだから、悪いヤツじゃないんだろうけど……」

 

 従妹思いを自認するジェシカは、セルに探りを入れるつもりだった。

 

 「ところで……うわぁ!? な、なによ?」

 

 自然な感じで、質問しようと振り返ったジェシカの目前に片膝を突いたセルの顔面があった。思わず、後ずさるジェシカ。

 

 (黒髪と黒瞳。シエスタの母方の従妹という事は、この娘も地球人の血を継いでいるのか……シエスタと同様の使い道があるな)

 

 無言のままジェシカの両脇を抱え挙げるようにして立ち上がるセル。

 

 「ちょっ、な、なにするんだよっ!?」

 

 「……ふむ、欠点が無い訳ではないが、同年齢の同姓より造形的に優れた容貌だな。それに肢体の発育も非常に進んでいる」

 

 「それ、一応褒めてくれてるんだよね。随分、小難しい文句だけど」

 

 ジェシカの全身をくまなく観察したセルが、冷静な批評を加える。やや、憮然な表情をするジェシカ。

 

 「さらにその年齢でありながら、実に高い管理能力を持っている。店員の管理業務は、きみが担当しているのだろう?先程も他の店員の失態をさり気無く処理していたな。広い視野を持たなければできない芸当だ」

 

 「あれ、見てたんだね。ふ~ん、さすがはシエスタの……」

 

 倉庫に下りる前、ジェシカは新入りの女の子が開店準備中に粗相した場面に出くわし、絶妙なフォローを入れていたのだった。セルの謂うとおり、大っぴらにならない様に注意していたつもりだったが、長身異形の亜人に気付かれていたとは。

 

 「その才、我が主の元で生かすつもりは無いか?」

 

 「あははは、このあたしを、英雄「蒼光のルイズ」の家来にだって!? そうやって、シエスタも落としたのかしら?」

 

 ゆっくりと地面に下ろされたジェシカは破顔して長身異形の亜人に言葉を叩き付けた。

 

 「せっかくだけど、あたしは「魅惑の妖精亭」の看板娘ジェシカ! あたしの価値はそれ以上でも以下でもないわ!」

 

 「そうか」

 

 最初から表情を一切変化させなかったセルは、ジェシカの返答に一言だけ返し、三つの酒樽を念動力で運びながら倉庫を後にした。

 

 「……セル、ね。まあ、ツラ以外は、アリかもね」

 

 ジェシカは、密かに従姉を全力で応援する事を誓うのだった。

 

 

 

 

 

 やがて、開店時間が迫ると、スカロンは店員達を集め、毎日恒例のミーティングを始めた。スカロンが自らスカウトした選りすぐりのウェイトレスの少女達が、スカロンの訓示に黄色い声の唱和で返す。その時、買い出しに出掛けていた店員が、羽扉から転がり込んで来た。

 

 「て、店長! 「業突く張り」のヤツが、取り巻き連中を連れて、すぐそこまで!!」

 

 

 ザワッ

 

 

 その言葉にウェイトレス達や他の店員達が騒ぎ出す。スカロンも、眉を寄せて渋い顔をする。

 

 「誰のこと? 「業突く張り」って」

 

 「たしか、この辺りの税務官をしている貴族様の事、だったと思います……あまり、好かれていないみたいで」

 

 店の奥まった席に座っていたルイズの質問にシエスタが、躊躇いがちに答える。セルはいつも通り、ルイズの背後に控えている。

 

 「あいつの事を好きなんて奴、この界隈じゃ一人もいないよ!」

 

 二人の会話にジェシカが割り込んでくる。実に忌々しそうに吐き捨てる。

 

 「業突く張りのチュレンヌ! 自分の担当区の店に散々たかる癖に、一ドニエだって払ったことないんだから!」

 

 「ふ~ん、そんな輩が、王国の税収を司る徴税官を拝命しているなんて……」

 

 ルイズは、戦役の英雄であり、近衛特務官として独自の裁量権をも与えられている。極端な話、罪人をその場で処刑する事も不可能ではない。

 

 「ふ~ん、それは……よくないわよねぇ、シエスタ?」

 

 「あっ、ミス・ヴァリエール、今とっても悪~いお顔をされていますよ!」

 

 「ふふ、そんなこと、ないわよ」

 

 非常に愛らしく、可憐なルイズであるが、それが故に酷薄な表情の恐ろしさは群を抜く。背後に控えるセルに命じる。

 

 「セル、精力的に職務に励むチュレンヌ税務官を手厚~く「オモテナシ」して差し上げなさい」

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なく妖精亭に現れる税務官チュレンヌ一行。肥満体を紅い貴族のマントに包み、滑稽なほど長く伸びたドジョウ髯をひねる中年貴族がチュレンヌであった。その取り巻き連中も、腰に杖を携えており、下級の貴族らしかった。

 

 「ぬふんっ、店主! 近頃は「王権守護戦争」の勝利もあって、さぞ店も流行っておるのだろうな?」

 

 「これはこれは、チュレンヌ様。それはもう、貴族の皆様のご尽力あってこその大戦の勝利でございますもの」

 

 「そうであろう! そうであろう! 我ら貴族の力なければ、数だけの平民の軍など烏合の衆よ!」

 

 戦勝景気に活気づくトリスタニアについて、まるで自分の手柄の如く振る舞うチュレンヌ。ルイズが知る限り、チクトンネ第二街区税務官チュレンヌ・バイヨン・ド・セイダン男爵が従軍した記録は存在しない。

 

 「本日は、チュレンヌ様に最近入りましたとびっきりの娘を紹介させて頂きたく……」

 

 「ほう! 大きく出たな! よかろう、このチュレンヌ様が見定めてやろうではないか!」

 

 いつもより、三割増しで下手に出るスカロンに気を良くしたチュレンヌが、真ん中のテーブル席に腰を下ろす。

 

 「ようこそ、チュレンヌ様……」

 

 店の奥から姿を現したのは、変装用の衣裳を脱いだ正装姿のルイズであった。一際目立つ桃色の長髪に、人形の如く整った美貌、そしてマントから覗く二つの五芒星が描かれた金色のメダリオン。

 

 「え、ま、まさか、そ、そのメダリオンは……」

 

 所詮、下級官吏に過ぎないチュレンヌであったが、二重五芒星を描かれたメダリオンの装着を許されるのは、王家に直属する近衛特務官のみである、という事は知っていた。

 

 「あ、あなた様は!」

 

 「……ようこそ」

 

 チュレンヌが、大きな音を立てて席から立ち上がると同時に、頭上から低く響く声が降ってきた。チュレンヌが視線を上げると、そこには天井から、尾を使って逆さの状態でぶら下がる長身異形の亜人の姿があった。目を見開き、驚愕の叫びを上げようとするチュレンヌだが、突然身体の自由が利かなくなる。彼だけではない、取り巻き連中も同様の事態に陥っていた。

 

 セルの念動力である。

 

 「あ~ら、チュレンヌ閣下。いらしたばかりではありませんか?是非ともごゆっくりとお寛ぎください。」

 

 「左様。是非とも……」

 

 チュレンヌの傍に歩み寄ったルイズが、さらに悪~い笑顔で語りかける。主に倣い、いつもより低く底冷えするような声色で迫るセル。

 

 「!!……!!」

 

 涙と汗とその他の体液を流す以外に為す術のない税務官一行は、自信の運命を呪った。その日以降、「業突張りのチュレンヌ」がトリスタニアに姿を見せることはなかった。

 

 

 その後、快哉を叫ぶ妖精亭の人々に取り囲まれるルイズとセル。結果として、悪徳貴族を成敗し、市井の情報源を確保する事ができた。ルイズは、終始上機嫌であった。

 

 長身異形の亜人セルも、久しぶりに人間の顔が恐怖に怯え絶望に歪む様が見れて、表情には出さないが、ご満悦であった。

 

 

 

 

 

 ――最も、その後数日に渡って、「魅惑の妖精亭」において長身異形の亜人は、無数の雑用に酷使されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断章之拾壱をお送りいたしました。

次回更新は9月中に行う予定です。

……予定は、予定です。


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