ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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2カ月半ぶりでございます。

第六十二話を投稿いたします。


 第六十二話

 

 「……という次第で、城に戻ってきましたです、はい」

 

 

 「……」

 

 

 トリスタニア王城の一角、魔法衛士隊総隊長室を息苦しい沈黙が支配していた。そう感じていたのは、『蒼光の戦乙女』こと近衛特務官ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールである。相対する魔法衛士隊総隊長にしてルイズの実母カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエールが愛娘の報告を聞き終えて感じたのは、呆れと困惑と僅かな母としての誇りという複雑な感情だった。

 

 報告を箇条書きにすれば、ルイズは自身の拉致を企てた学友を返り討ちにし、その学友が実は廃されたガリア王国の王女であり、母親共々命の危機にあると知るや否や別の学友、他国の留学生、さらには教職員すら巻き込んでガリア領の城塞に少人数で奇襲を敢行。そこでガリアのイザベラ王女と邂逅し、あろうことか罵詈雑言の応酬を演じた挙句、双方の使い魔の戦いの余波のみで城塞を消滅せしめ、まんまと元王女と元大公夫人を掻っ攫い自領の城に凱旋を果たしたという。

 

 

 (はあ、学院からガリア東端まで六人の人間と一緒に瞬間移動ですって? 同属との小競り合いの余波だけで城塞を消滅させたですって?)

 

 

 一般的な母親であれば、呆れを通り越して実の娘の正気を疑う内容であろう。だが、カリーヌは三十年前、当時のトリステインにおいて最強の名を欲しいままにした英雄『烈風カリン』その人である。

 その『烈風』をして困惑なさしめたのは、ルイズの話の所々に見られる荒唐無稽さ加減と娘の無軌道な言動であった。

 

 (トゥールーズで、あの『長身異形の亜人』と遭遇していなければ到底信じられない話ね)

 

 伝説の『虚無』の魔法に目覚め、さらに途轍もない力を秘めた使い魔を従えているとはいえ、その場の感情に任せて衝動的に行動を起こす娘を非常に危険だと感じるカリーヌ。

 だが、同時に母としてルイズを誇らしくも感じていた。

 

 

 (友の為に命を懸ける、か。フフ、娘たちには実践の機会など無ければ良いと思っていたのに……)

 

 

 血は争えない。僅かな自嘲の念と共にカリーヌは、そう思った。

 

 母の長い沈黙に耐えられなくなったルイズは、ヴァリエール城に帰還した後の出来事にも触れることにした。

 

 

 「あ、あの母様? じ、実はちいねえさまのご病気が完全に治ったの。王都での御仕事が落ち着いたら、一度お顔を見せてあげてください」

 

 

 それは母カリーヌにとって完全な不意打ちであった。

 

 

 「……え? ルイズ、あなた今何と?」

 

 

 「で、ですからカトレア姉様のご病気が完治したんです!」

 

 

 その瞬間、カリーヌの脳裏からガリアとの秘密会談も長身異形の亜人の存在も全てが吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、トリスタニア王城護国卿執務室

 

 

 「これ以上、沈黙を守る事は卿の身を守る事には決して繋がらないのだがな、コルベール卿?」

 

 

 「……ぐっ」

 

 

 目の前に座る護国卿の殺気と魔力が膨れ上がりコルベールを圧倒する。だが、魔法学院教務主任を務める『炎蛇』は教え子達の為、決死の覚悟で沈黙を貫こうとしていた。

 

 

 (ミス・ルイズやセルくんがいないこの場で私の口から事の経緯を話すわけにはいかない! 特にミス・タバサがガリアの元王女である事が王国上層部に知られれば、どのような陰謀に利用されるか。ミス・ルイズの父君でもある護国卿閣下はともかく、有象無象の宮廷貴族共がただ黙っているとは思えん)

 

 

 例え、この身に換えようとも。悲壮な決意を固めるコルベールであったが、ピエールも護国卿として、そこまでの強硬姿勢に出るつもりは毛頭無かった。そもそも、ガリア側から会談への帯同を名指しされているコルベールの身に何かあれば最悪、秘密会談自体がご破算になりかねない。この詰問の主な目的は、愛娘の指南番ともいえるこの冴えない男の値踏みであった。

 

 

 (ほう、私の殺気を真正面から受け切るか。悪名高い『実験小隊』の生き残りだけのことはある。それにあの目)

 

 

 コルベールの瞳は、何かを守る為に死をも覚悟した事を言葉よりも明確にピエールへ伝えていた。

 

 

 (ルイズは良き師に巡り合ったようだな。しかし、このままでは……)

 

 

 ドンドンドン

 

 

 突如、執務室の沈黙を破る大きなノック音が響く。ピエールの返事を待たずに室内に入ってきたのは息を切らした護国卿秘書官ゼムであった。

 

 

 「お、お話中失礼いたします! 旦那様、国元からの急報でございます! か、カトレアお嬢様のご容態が急変したと!」

 

 

 「なんだとっ!?」

 

 

 ゼムの不作法を叱責しようとしたピエールは突然の凶報に両手を机に叩きつけるようにして立ち上がるとコルベールを無視したまま、ゼムの手から書状を引っ手繰り封を切るのももどかしく内容を読み下していく。見る間に護国卿の顔面が蒼白となる。

 

 

 「ば、馬鹿な! そ、そんなはずは、カトレアの容態は安定していると……」

 

 

 「だ、旦那様……」

 

 

 「すぐにカリーヌの元へ行く! ゼム、向こう三日間の私の予定は基本全て取り消しだ!」

 

 

 「し、承知いたしました」

 

 

 書状を握りしめたまま、執務室を飛び出すピエール。ゼムもその後を追う。室内には二人に声をかけそびれたコルベールだけが所在無さげに取り残された。

 

 

 「……あの」

 

 

 ミス・カトレアは快癒なさいましたよ。

 

 

 護国卿の殺気と圧力の前に疲弊していたコルベールには、その一言を言う事が出来なかった。秘書官ゼムが齎した書状は、ヴァリエール城において公爵家典医ダーシーからカトレアの危篤を知らされたエレオノールが王都の両親に急報を届ける為、ダーシーに依頼したものだった。ダーシーは依頼を忠実に遂行したのだが、その三十分後には長身異形の亜人の力によってカトレアは危篤どころか全ての病魔から解放されてしまった。その後、ヴァリエール領は公爵家次女の快癒にお祭り騒ぎの様相を呈するも、危篤の一報だけはそのまま王都を目指し、さらにはその途中で『ゴーレム事変』の影響を受けて大幅な遅配を余儀なくされてしまった。

 そして、今朝方になってようやくピエールの手元に届けられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

  「カリーヌ! か、カトレアの容態が急変したとダーシーから知らせが!」

 

 

  「ルイズ、本当にカトレアの病は完治したというの?」

 

 

  「え? え? 父様?」

 

 

  「あなた、今何と?」

 

 

  「か、カリーヌ、ど、どう言う事だ?」

 

 

 扉を蹴破る勢いで部屋に入ってきた護国卿は、その勢いのままに魔法衛士隊総隊長と近衛特務官の会話に割り込んだ。

 

 結果、親子三人は三者三様の困惑の表情を浮かべる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「戻ったわよ、セル、シエスタ!」

 

 

 「お帰りなさいませ、ミス・ルイズ!」

 

 

 「戻ったか、ルイズ。それに……これはこれは、護国卿閣下と魔法衛士隊総隊長殿もご一緒とは」

 

 

 両親を伴い、ルイズは自室である近衛特務官専用居室へ戻った。カトレアの治癒について、その場での詳細な説明は困難である判断したルイズは、父と母に自分の目で確かめてほしいと懇願した。自身の使い魔である長身異形の亜人が持つ超常の能力の一つ、瞬間移動によって。ピエールとカリーヌもルイズの使い魔である長身異形の亜人の尋常ならざる能力は認めてはいたものの二十数年に渡り、ヴァリエール一家にとって最大の懸案事項であったカトレアの病魔がいとも容易く根治したとは俄かには信じる事が出来なかった。

 

 

 「セル、ちょっとウチの城に戻るわ。母様と父様にちいねえさまの事、タバサの事、諸々を説明するためにね」

 

 

 「承知した。では全員、私の尾に触れるがいい」

 

 

 「えっと、私もですか?」

 

 

 「そうね。シエスタだけ居室に残していくと後々面倒になるかもしれないから」

 

 

 セルが伸長させた尾に室内の全員が触れていく。ピエールとしてはこの醜い亜人野郎については色々と言ってやりたい事もあったが、今はカトレアの大事が優先と飲み込み、仏頂面のまま妻や子に倣った。

 

 

 ヴンッ!

 

 

 ルイズら一行はヴァリエール城の、カトレアが今居る、その場所へ瞬間移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヴァリエール本城内カトレアの私室

 

 

 「おお! 始祖よ、このような奇跡が本当に起きるとは!」

 

 

 「カトレア……本当に良かった」

 

 

 「ふふふ、父様と母様がそんなにも涙をお流しになるなんて、私、生まれてはじめて見たかもしれませんわ!」

 

 

 突如、私室内に出現した両親を元気一杯の姿で迎えたカトレア。それはピエールとカリーヌが、未だかつて見たことも無いほどの生気に満ち溢れた愛娘の姿だった。一瞬の内にカトレアの快癒が真実であると悟った二人は、滂沱の涙と共にカトレアを抱きしめた。感極まる両親と姉を見て自身も涙ぐむルイズ。エレオノールのみは、以前落盤事故を起こした鉱山の再調査のため不在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ聞かせてもらおうかしら、セル。あんたの本当の目的である『真のセル』とやらについて」

 

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 「あの、私も聞いてしまっていいんでしょうか?」

 

 

 「いいわよ、シエスタ。あなたはセルとの付き合いも私の次くらいに長いんだし、一緒に澄まし顔の亜人の企みを拝聴しましょう?」

 

 

 「はい!」

 

 

 「……」

 

 

 ルイズの腰紐に結わえられているデルフリンガーは沈黙していた。

 

 主の両親と次姉との語らいが一段落したと見た長身異形の亜人は、ルイズに対して話があると切り出した。それは、自身の本当の目的である『真のセル』についてだという。

 ヴァリエール本城内のルイズの私室にはルイズ、セル、シエスタ、そしてデルフリンガーが居た。

 

 

 「今、このハルケギニアに存在するセルたちには共通の目的がある。それは自らが『真のセル』へと進化する事だ。そして、そのためには自分以外の三体のセルを全て吸収しなければならないのだ」

 

 

 「ぜ、全部のセルさんを吸収?」

 

 

 「ふーん、その進化の一端が、トゥールーズ平原の戦いで見せた完全体の姿ってわけね」

 

 

 「その通りだ。最も、あの時は一瞬で完全体への進化が終わってしまったがな」

 

 

 「え? ミス・ルイズはセルさんの、その、かんぜんたいのお姿をご覧になったことがあるんですか?」

 

 

 「うん、まあ、その、ちょっとだけね。べ、別に格好良かったわけじゃないわよ」

 

 

 「お、お顔が真っ赤じゃないですか! どうなんですか!? 詳しく教えてください!」

 

 

 「ちょ、お、落ち着きなさいよ、シエスタ。わ、私はそこまで素敵だなんて思わなかったし!」

 

 

 「素敵ですって!?」

 

 

 「……なんで今までその事を黙っていたんだ、旦那?」

 

 

 うら若い二人の主従の少女たちのじゃれ合いがさらに盛り上がろうとしたその時、沈黙を守っていたデルフリンガーが低い声でセルに問いかけた。

 

 

 「私にとっても誤算だったのだよ。『虚無の担い手とその使い魔』が複数存在し得るという事はな」

 

 

 セルはデルフリンガ―の問いにいつもの美声で朗々と答えていく。

 

 曰く、拮抗した力を持つ四体のセルの中で自分だけが『虚無の使い魔』として優位な存在となった事。

 曰く、その事を知った他のセルたちは『気』を消して巧妙に隠れてしまった事。

 曰く、『気』を消したセルを捜索する事は困難を極め、膨大な時間が必要な事。

 

 

 「人間の寿命は短い。だが、私たちセルの寿命は長命種とされるエルフをも遥かに超える。ルイズが生きている間に私が『真のセル』となる事は難しい。そう、考えたのだ」

 

 

 ところが、アーハンブラ城で邂逅したガリア王女イザベラともう一体のセルの存在が、その考えを真っ向から否定したのだ。

 

 

 「四王家に一人と一体ずつ、『担い手』と『使い魔』が存在し得るのならば、我が同胞たちは何としても、この私と同じく『虚無の使い魔』となるだろう」

 

 

 「つまり、いずれは『真のセル』を決める大きな戦いが起きるということね」

 

 

 「そうだ。最も、それがいつとなるかは私にも分からん。明日起きるかもしれんし、ルイズ、君の子や孫の時代かもしれん、あるいはさらにその数百年後かもしれない」

 

 

 「そ、壮大過ぎて、私には想像もつきません。ミス・ルイズはどう思いますか?……ミス?」

 

 

 シエスタの問いかけはルイズの耳に届いてはいなかった。ルイズの意識はセルの言葉の一部に釘付けとなっていた。

 

 

 (……子や孫? 子や孫? 誰の? 私の? 私と、誰の?……わたしとせるのこどもやまご?)

 

 

 ルイズは、瞬間的に沸騰した。

 

 

 「あ、あ、あ、あんた、な、あ、あ、なに言ってんのよぉぉ! わ、わたしとあ、あんたの間の子供って、そ、そ、そんなのあるわけないでしょぉぉぉ!?」

 

 

 「お、お気を確かにぃ! ミス・ルイズ! 誰もそんなこといってませんよぉぉぉ!」

 

 

  先のじゃれ合いを遥かに超えた騒ぎを余所に長身異形の亜人は思考する。

 

 

 (子供か……『私の子供たち』の力もいずれは必要になるだろう。一度、試しておくべきか)

 

 

  自意識を持つメイジの杖もまた、思考する。

 

 

 (『四の担い手と四の使い魔』、それにまるで合わせるかのように、このハルケギニアに現れた『四体の長身異形の亜人』か。どこまでも都合が良すぎるぜ。こりゃあいよいよ覚悟を決めるしかねぇかもな……)

 

 

   

 

 

 ルイズの私室での騒動からしばらくの後、ヴァリエール公爵夫妻と元ガリア王国王女タバサ、元オルレアン公夫人ジャンヌとの面談が行われた。ジャンヌの口から語られたのは諸国に名を轟かせた英傑オルレアン公シャルルの突然の逝去の顛末とオルレアンの母子が耐えてきた忍従の日々についてであった。公爵夫妻は心から哀悼と同情の意を示した。変わってカリーヌが語ったのは、『ゴーレム事変』においてトリステイン側が把握している事象についてであった。無能王の暴走による友好国への侵攻。ジャンヌは心からの謝罪を述べた。

 最後にピエールが、これは不確定ながら、と前置きしつつ話したのは、ガリア王ジョゼフ一世は、自らの娘であるガリア王女イザベラの手で討ち取られたという衝撃の事実であった。ジャンヌとタバサは驚愕の余り、数分間言葉を発することが出来なかった。この時、ルイズもまた驚きに目を見開いていた。彼女はここに至って初めて、トゥールーズ平原の戦いで相対したガリアの『虚無の担い手』が当代のガリア王本人である事を知ったのだった。

 

 さらにピエールは続ける。ガリアのイザベラ副女王より、今回の『ゴーレム事変』の真相を伝え、これからのトリステイン、ガリア両国の友好と繁栄の為に秘密会談を開きたいとの要請が届き、シャルロット・エレーヌ・オルレアン王女及びジャンヌ・アデライード・オルレアン大公夫人の出席も合わせて求めてきたのだという。突然の要請に躊躇するジャンヌだったが、タバサは毅然とした表情で出席を受諾するのだった。すでに従姉姫への憎しみは消えていたものの父の仇と想い定めた伯父王の最期と真意をどうしても知りたいとタバサは願ったのだ。娘の決然とした言葉に母もまた静かに頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 ――二週間後、トリスタニア王城護国卿執務室

 

 

 「もうヴィアーデン城に入った頃合いか」

 

 

 護国卿ピエールは、執務室内でそう独り言ちた。ヴァリエール城から長身異形の亜人の瞬間移動で帰還してから三日後、ガリア大使ダエリーよりガリア本国からの書簡が届けられた。その内容は、秘密会談の開催場所を当初の国境緩衝地帯から中立国であるクルデンホルフ大公国に変更したいとの提案であった。ご丁寧にすでにクルデンホルフからの内諾は得ているという。

 トリステインとガリアに挟まれる立地のクルデンホルフ大公国は大陸における小国家群の一つだが、多くの観光名所と豊富な鉱物資源を背景に豊かな資金力を誇り周辺国に一定の影響力を持っていた。最も、名目上は独立国ではあるが、トリステイン王家より大公領を賜った事がそもそもの成り立ちである為、外交、軍事についてはトリステインの庇護下にあり、事実上の衛星国であった。

 

 

 「あの金満家のことだ。宗主国と大陸最大の国家に同時に恩を売れるとなれば、二つ返事で受けたのだろう。だが、悪い話ではない。仮にも独立国の領土内での会談となれば、ガリアもおいそれとは秘密主義を通すことは難しくなるからな」

 

 

 自身と同じくトリステイン王家の係累に当たる年嵩の大公の姿を思い浮かべながら述懐するピエール。実際問題として、悪い話どころか自国の影響下にある独立国を立会人として巻き込める事を考えれば、トリステインにとっては非常に有利となるだろう。ピエールとしては、如何に『ゴーレム事変』の真相がガリアにとって不利を事実を内包していたとしても、大陸屈指の強国がここまで下手に出てくるのは逆に不気味でもあった。

 

 

 「イザベラ副女王か。ただの『無能王から生まれた無能姫』、ではないのかもしれんな」

 

 

 あるいは、よほど権謀術策に長けた者が傍にいるのか。

 

 

 「カリーヌ、ルイズ。どうか無事に戻ってきておくれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、クルデンホルフ大公国首都グレヴェンマッハ郊外ヴィアーデン城

 

 

 クルデンホルフ領最古にして最高の名城と呼ばれ、国賓をもてなす迎賓館でもあるヴィアーデン城の一室にルイズらトリステイン王国使節団は到着していた。

 使節団の陣容は、全権大使ルイズ、公使カリーヌ、書記官コルベール、さらに名目上の随行員としてタバサ、オルレアン公夫人ジャンヌが帯同していた。無論、長身異形の亜人も同行し、護衛としてカリーヌが選抜した魔法衛士隊の精鋭二個小隊が地上と空から使節団に追従した。

 当初、ルイズは使節団だけをセルの飛行によって最速で運ぶつもりだったが、不必要に相手方を刺激するな、という母の諫言とほっぺた抓りを受けて涙目で撃沈したのだった。

 

 

 「よ、ようこそ、我がクルデンホルフへ! お、お初にお目にかかります。大公ヴィレム・ローデヴェイク・フォン・クルデンホルフが一子ベアトリスと申します。こ、この度、皆さまの案内役を仰せつかりました」

 

 

 トリステイン側の全権大使であるルイズが、一行を代表して大公家からの表敬の挨拶を受けた。緊張の面持ちで貴賓室に現れたのは、年の頃ルイズよりもやや下の小柄な少女だった。美しい金髪をツインテールに結び、両の碧眼を憧れの人物に向けるこの少女が、大公国の姫たるベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフである。

 

 

 「トリステイン王国全権大使ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。公女殿下自らご案内役とは光栄ですわ」

 

 

 「ああ! どうかわたくしの事はベアトリスとお呼びください。元を正せば我が一族もヴァリエール公爵家と同じくトリステイン王家の遠戚。もし、お許しいただけるなら……『ルイズ姉様』とお呼びしても?」

 

 

 「えっ? ね、姉様? 私が?」

 

 

 「はいっ!」

 

 

 ルイズはヴァリエール公爵家の末妹である。幼少期より二人の姉たちを慕い、その背を追いかける様に日々を過ごして来たが自分より年下の少女に崇拝の眼差しで見つめられる経験など皆無であった。結果、ルイズは見事に調子に乗った。

 

 

 「んんっ! ええ、よろしくてよ、ベアトリス」

 

 

 「ああっ! ルイズ姉様!」

 

 

 バチン!!

 

 

 セル以外の誰にも抜く手も見せず鉄扇を手にしたカリーヌが勢い良く扇子を閉じる。鋭い金属音に直立不動となるルイズ。辛うじて笑みらしき表情を浮かべながらベアトリスに問いかける。

 

 

 「えっと、その、が、ガリアの方々はすでにご到着で?」

 

 

 「あ、はい。イザベラ副女王陛下におかれましては今早朝に僅かな花壇騎士の皆様を伴われてガリア大使公邸にお入りになりました」

 

 

 因みにイザベラらを歓待しているのはベアトリスの実母であるマリー大公妃であった。

 

 

 「明日正午より、我がクルデンホルフ城大広間にて両国使節が一堂に会して会談の運びとなっております」

 

 

 

 

 

 後に、ハルケギニア大陸の歴史にとって大きな転換点の一つとなる『第一次王権会談』が始まろうとしていた。

 

 

 

 




第六十二話を投稿いたしました。

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