ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

80 / 91
2カ月ぶりでございます。

第六十三話を投稿いたします。


 第六十三話

  

 

 会談の議場となるクルデンホルフ城大広間に入ったのはガリア側はイザベラ副女王のみ。トリステイン側は大使ルイズ、公使カリーヌ、書記官コルベール、随行員であるタバサとジャンヌが席に着いた。

 

 二体の長身異形の亜人の使い魔は、大広間に通じる二つの大扉の外側にそれぞれ待機していた。その周囲には、トリステイン魔法衛士隊各隊から選抜された精鋭二個小隊とガリア親衛花壇騎士団の一個分隊、さらにクルデンホルフが誇る空中装甲騎士団が第一級軍装を纏い、警護にあたっていた。花壇騎士団は、仮にも大陸最大の国家ガリアの事実上の元首である副女王の護衛としてはあまりに少ない人員であったが、今回はトリステインとクルデンホルフに礼を尽くす立場であることの表明ではないか、と魔法衛士隊と空中装甲騎士団には受け取られていた。最も、トリステイン使節団にしてみれば長身異形の亜人の使い魔一体いれば護衛どころか国一つ滅ぼしてもお釣りがくるほどなのだから、儀礼以上の意味は無いと考えていた。  

 

  

 使い魔は原則、国家間の会談には安全保障上の観点から同席させないという暗黙の了解がハルケギニア各国には存在した。また、機密の漏洩を防ぐ為に大広間には幾重にも防御魔法が展開されており、建前上はいかなる魔法やマジックアイテムを使用しても透視及び盗聴は不可能であるという。だが、当然の如く長身異形の亜人の使い魔は、その範疇にはない。

 

 

 

 

 

 (聞こえているな、ルイズ?)

 

 

 (ええ、聞こえているわ、セル……頭の中だから聞こえているっていうのも変だけど)

 

 

 ルイズとセルの念話は、ハルケギニア本来のメイジと使い魔のそれとは異なる。セル自身の強力な指向性テレパシーを用いている為にいかなる探知魔法でも探知できず、どのような防御魔法でも防ぐ事はできず、物理的な障壁や遠距離にも妨げられることはない。さらにはルイズ側の周囲の音声さえも拾い上げてしまうという言語道断のシロモノであった。

 

 

 (それでどう? やっぱり向こうも念話を使っているかしら?)

 

 

 (ああ、間違いない。流石に詳細な内容までは判らんが、『あちら』も我々と同じ事をしているな)

 

 

 (しゃらくさい真似してくれるわね、あのデコ女王陛下)

 

 

 にこやかな表情のまま自己紹介を交えつつ談笑し、内心では毒づくルイズ。イザベラ副女王もまた自分と同じく独立した念話を使って、この場にはいないはずの長身異形の亜人の使い魔の後ろ盾を受けているのだった。

 

 

 (当然、私たちが念話を使っている事も『あちら』は判っているはずなのにおくびにも出さないわね)

 

 

 (心するがいい、ルイズ。先に綻びを見せた方が圧倒的に不利になるだろう)

 

 

 (言わずもがな、よ!)

 

 

 「此度の会談開催に快く応じていただき、感謝の言葉もありません」

 

 

 「どうかお顔をお上げください、陛下。先の『王権守護戦争』において、ガリア王家の篤きご支援無くば我が国の今は在り得ないものと理解しております」

 

 

 「ご謙遜を。『蒼光の戦乙女』と謳われるヴァリエール大使の御力を以てすれば、『レコン・キスタ』如き烏合の衆、物の数ではありますまい」

 

 

 「過分なる御言葉、恐悦至極に存じます」

 

 

 ガリア王国副女王イザベラ・ド・ガリアとトリステイン王国全権大使ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの社交辞令という名の応酬から会談は始まったのだった。

 

  

 「イザベラ陛下におかれましては突然の副女王ご即位に際しまして、ご心労の程、お察し申し上げます」

 

 

 「恐縮ですわ、ヴァリエール大使。未だ至らぬ若輩の身故に多くの者たちに労苦を強いている事、深く、憂慮しております」

 

 

 イザベラが物憂げな表情で深い溜息をつく。アーハンブラ城における邂逅の際とはまず服装が全く違う。全身を蒼色に統一したガリア王家の女王衣に副女王の略王冠を被り、以前ルイズが突いた額の広さをも覆い隠しつつ王族としての気品さえ漂わせている。かつてとは雲泥の差を感じさせるほどの深窓の美少女ぶりに密かに臍を噛むルイズ。

 

 

 (くっ! や、やるわね。一瞬とはいえ姫様の美貌に匹敵するかも、とか思っちゃったわ!)

 

 

 会談は基本的にルイズとイザベラの会話のみで進行していった。この場における最年長であり、使節団公使を務めるルイズの母カリーヌも他の参加者と同じく沈黙を貫いていた。彼女には会談の行く末よりも危惧する、とある疑念があった。

 

 この会談は、恐らくトリステイン、ガリア両国にとって『まずまず』の所に着地する事になるだろう、と。だが、舵取りの極めて難しい国家間の会談を、その結論へと導くのは年若い副女王陛下でも、自分の末の娘でもない。全く別の『意志』がそのように誘導するのではないか、と。当然ながら、カリーヌにも『虚無の担い手と長身異形の亜人の使い魔』の念話を探知する事は不可能である。

 

  

 (この会談の結果を以て、多少なりとも確信に近づければ……)

 

 

 カリーヌは、『トゥールーズ会戦』におけるガリア側の長身異形の亜人の使い魔との接触以降、『セル』と呼ばれる亜人の足跡を密かに調査していた。

 

 公には、『セル』は七ヶ月前のトリステイン魔法学院における春の使い魔召喚の儀において、カリーヌの三女ルイズによって召喚され、このハルケギニアにその姿を現した。そして、セルを召喚したルイズは一年にも満たない短い期間の内に、一切の魔法が使えない『ゼロ』と蔑称される落ちこぼれから『救国の戦乙女』と呼ばれる希代の英雄となり、年々国力を減じていく老いた『小国』と揶揄されていたトリステイン王国は大陸屈指の『強国』へと変貌した。調査を進めるとトリステインの隣国にして今や最大の支援国となった大陸最大の国家ガリアの中枢にも『長身異形の亜人』が存在しているという。さらには、長身異形の亜人の介入は不確定ながらも、北方の大国帝政ゲルマニアやアルビオン王国においても常識では計り知れない異変が生じているらしい。

 

 全ては、『長身異形の亜人』の出現に起因しているのではないか? カリーヌの衛士としての勘が警鐘を鳴らしていた。

 

 

 (ルイズの話では、今このハルケギニアには四体の長身異形の亜人が存在し、各々が不倶戴天の敵として狙い合っているという)

 

 

 セル同士の暗闘。ハルケギニア大陸の各国家はそれに巻き込まれたとも言える状況にあった。

 

 

 (本当にそうなのか? 始祖の血脈を受け継ぐ『四王家』、始祖の御業を振るう『四の虚無の担い手』、それらを助ける『四の虚無の使い魔』 そして、突如としてハルケギニアに出現した『四体の長身異形の亜人』だと? 偶然として片づけるにはあまりにも)

 

 

 娘の腰に結わえ付けられているインテリジェンスロッドとほぼ同じ考察へと辿り着こうとしているカリーヌ。だが、彼女はこの考察をルイズには勿論、夫である護国卿ピエールにも伝えてはいなかった。

 

 

 (まだ情報が足りない。まだ憶測に過ぎない。まだ確信と呼ぶには遠い……まだ、誰にも知られるわけにはいかない)

 

 

 沈黙こそが、今の自分に与えられた唯一の武器。カリーヌはそう理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会談は『ゴーレム事変』の詳細に移っていた。まず、イザベラが深々と頭を下げた。

 

 

 「……過日における我が父ジョゼフ一世の暴走。トリステインの皆様に多大なる被害を与えてしまった事、衷心よりお詫び申し上げます」

 

 

 「ジョゼフ王の真意についてお話しいただけるものと存じております」

 

 

 「我が父を愚かしい狂気へと奔らせた存在。その証左となる物が、こちらです」

 

 

 ゴト

 

 

 小さく頷いたイザベラが懐から取り出し会談のテーブル上に置いたのは、ほのかに光る拳大ほどの赤い結晶であった。

 

 

 「火石、でありましょうか?」

 

 

 「こ、これは! ま、まさか!?」

 

 

 常日頃利用する火の精霊石とは、赤色の純度と光度が違う。そう思いつつ首を傾げるルイズを尻目に書記官席から身を乗り出してテーブル上の結晶を凝視するコルベール。カリーヌが固い表情のまま呟くように結晶の正体を口にする。

 

 

 「……火の結晶石」

 

 

 「こ、これが伝説にも謳われる火の魔力の超凝縮体」

 

 

 ルイズも学院における魔法史の講義で聞きかじったことがあった。そも精霊石は、火水土風の四元素の力が長い年月を経て凝縮した鉱物であり、ハルケギニア大陸の魔法文明の根幹をなす資源であった。そして、極めて稀に存在するという結晶石は拳大の一個に一般的な精霊石の数千倍もの魔力を蓄えている。確実な裏付けは無いものの大陸史においては、しばしばこの結晶石に類する存在が多くの国家の行く末を左右したという。だが、あくまでも伝説的な存在であり、現状では実物は確認されていないはずだった。

 

 

 「問題は、この秘宝がどのようにしてジョゼフ王の手に渡ったか、でありましょう」

 

 

 「え、母様、い、いえ! カリーヌ公使、それは一体……」

 

  

 顔面蒼白のコルベールが変わって答える。

 

 

 「結晶石を生み出す御業は、エルフ族のみが伝承しているとされているのです」

 

 

 「で、ではジョゼフ王に結晶石を齎したのは……」

 

 

 「ハルケギニアの東方、砂漠の地サハラに住まい『聖地』を支配する異種族エルフ。我がガリアはそのように判断しています」

 

 

 カリーヌは逡巡した。『トゥールーズ会戦』最終盤において長身異形の亜人の使い魔が、主であるイザベラと共に連れ去ったジョゼフ王に仕えていたと思しき女。その詳細をこの場で問い詰めるべきか否かを。

 だが、それを見透かしたかのようにイザベラが女の正体を語る。

 

 

 「我が父を誑かした東方出身の女はエルフの傀儡であったようです。シェフィールドと名乗っていたその女は、かの反王権貴族連盟『レコン・キスタ』の設立にも関わっていたようです」

 

 

 「……」

 

 

 それまで傍聴人に徹していたタバサの脳裏に、かつて接触したシェフィールドの姿が浮かぶ。

 

 

 「そのシェフィールドなる者は今?」

 

 

 ルイズの問いに静かに首を振るイザベラ。

 

 

 「トゥールズ平原で捕らえたのですが、エルフ族は周到な仕掛けを施していたようです。敵対勢力の虜となった際に備え、予め体内にとある秘薬を埋め込まれていたのです」

 

 

 一度言葉を切ったイザベラは気遣うような視線をトリステイン側の末席に座るタバサとジャンヌに向けた。

 

 

 「……『心を壊す秘薬』です」

 

 

 「!」

 

 

 タバサとジャンヌが思わず息を呑む。

 

 

 「それも本来の用法を遥かに超えた量を。もはや、我が使い魔の力を以てしても、かの者の意思を取り戻すことは叶わぬでしょう」

 

 

 「エルフ族がそのような無法を働いていたとは」

 

 

 「……恐れながら、イザベラ陛下。そのシェフィールドなる者の治療を私の使い魔にお任せいただけないでしょうか?」

 

 

 「勿論です、ヴァリエール大使。使節団に帯同させております故、後程別室にて」

 

 

 「寛大なるご配慮、痛み入ります」

 

 

 「エルフ族は、アルビオンそして我がガリアにその魔手を伸ばしました。それも正面からの侵攻ではなく、搦手を用いる卑劣極まりない手法で。幸い最悪の結末は回避できましたがハルケギニア大陸が負った傷は決して浅くはありません。この機を邪悪なる異種族どもが逃すはずはありません!」

 

 

 イザベラは立ち上がり、弁にも熱が入る。ルイズは熱心に聞き入る振りをしつつ冷静に思考する。

 

 

 (そろそろ本題が来るかしらね。まあ、想像はつくけど)

 

 

 (恐らく、牽制として『一騒動』起こしてくるだろう。ルイズ、ワザとらしくない程度には驚くのだぞ)

 

 

 (そう言われると変に緊張しちゃうじゃない!)

 

 

 「それに対抗するための方策として、私はここに全王権国家による相互防衛条約の締結を提案いたします!」

 

 

 「素晴らしいお考えと存じます、イザベラ陛下」

 

 

 「その前に一つ、はっきりさせておかなければならない事があります」

 

 

 「何でありましょう?」

 

 

 「……セル」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 「ここに」

 

 

 イザベラが背後を振り向きつつ、長身異形の亜人の名を呟くと同時に数多の防御魔法に守られているはずの大広間に筋骨隆々の亜人が出現した。

 

 

 「陛下、これは何事でありましょうか?」

 

 

 ガリア側の突然の行動に、さも驚きを隠せないかのように質問するルイズ。それには答えず、イザベラは冷静極まる声色で自身の使い魔に命じた。

 

 

 「このハルケギニアという世界を、消滅させてしまいなさい、セル」

 

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 「「「「なっ!?」」」」

 

 

 カリーヌやコルベールが反応するよりも速く、イザベラのセルは人差し指の先端に小さな光球を生み出した。

 

 

 次の瞬間。

 

 

 ギュバッ

 

 

 光球は、吹き抜けとなっているクルデンホルフ城大広間の天井全てを覆いつくすほどに膨張した。

 

 

 『スーパーノヴァ』

 

 

 かつて、『フリーザ』という名の異星人が数多の惑星を破壊する際に用いた強力無比な気功技であった。

 

 

 

 

 




第六十三話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。