第六十四話を投稿いたします。
また併せて第六十話の内容を変更しました。
具体的にはイザベラがジョゼフの所業の内、レコンキスタへの関与については知らない状態にしました。
小国の王城とは思えぬほどに贅を凝らした装飾に彩られたクルデンホルフ城の大広間。中央に据えられたテーブルには酷薄さすらも感じさせる冷たい美貌を湛えたうら若き女王が座り、その背後に佇むは長身異形の亜人。天に向けて掲げたその指先には、禍々しいまでの威容を誇る巨大な光球が浮遊していた。一瞬にして世界そのものを塵芥と化す、恐るべき気功技『スーパーノヴァ』。
(本当に大丈夫なんだろうな!? このままハルケギニアは消えて無くなりました、なんて冗談じゃないぞ!)
(心配は無用だ、イザベラ。『あちら』のセルもそのような事態を望んではいまい。であるならば、こちらが先にカードを切った以上、やつらもそれに乗る他はないのだよ。それに)
(そ、それに?)
(『世界を滅ぼせし女王』……悪くない響きだとは思わないか?)
(おもうわけないだろォォォがァァ!)
相対するもう一組の主従もその場にはそぐわない雰囲気で念話を交わす。
(やっぱりね。そう来ると思ったわ)
(ルイズ、わかっているな?)
(あったりまえでしょ!)
「……セル」
ヴンッ
「ここに」
「このハルケギニアという世界を、救いなさい、セル」
「承知した、我が主よ」
ルイズの言葉と同時に大広間に出現した長身異形の亜人の使い魔は、もう一体の亜人の使い魔が生み出した巨大な光球を一瞥するとその三本指の手を光球に向かって掲げた。
「ずあっ!」
『スーパーノヴァ』の光球が透明な『バリヤー』に包み込まれる。と、見る間に光の膜が収縮し、内部の光球を超圧縮させる。
「ぶるぁぁぁぁ!」
セルの気合と共に『バリヤー』は内側の『スーパーノヴァ』諸共に消滅した。
時間にして一分にも満たないやりとりの間に、一つの世界の命運が左右されたという事実をその場にいた全員が直感的に理解していた。だが、当然ながら二組の主従以外はまるで納得できない状態にあった。二人の少女の言葉を聞くまでは。
「『ハルケギニアを滅ぼした暴悪の女王』。必要に迫られたとはいえ、そのような不名誉極まりない称号を自らお被りになられようとは、陛下の高潔なる御心には驚嘆の念を禁じ得ませんわ」
「『大陸を救った救世の戦乙女』。本意ではないにも関わらず、そのような身の丈に合わない称号をあえて自ら望まれるとは、その尊い自己犠牲の精神には敬意を表さざるを得ません」
「ふふふ」
「ふふふ」
貼り付けたような笑みを浮かべた副女王と全権大使が、まるで申し合わせたかのように交互に言葉を発する。
「エルフ族の脅威など些事に過ぎません」
「御意。同様に虎視眈々と『聖地』奪還を画策するロマリアの暗躍も、がむしゃらに四王家に取って代わる事を目論む帝政ゲルマニアの蠢動も、いずれも取るに足りませんわ」
「それらを遥かに超越する、恐るべき存在が」
「私たちの背後にいるのですから」
「四体の長身異形の亜人」
「その究極の目的は全ての同属を吸収し、『真のセル』となる事」
「その為に全く同じ力を持つ同胞を出し抜く力、『虚無』をそれぞれのセルが求めている」
「ならば、このハルケギニアの安寧と未来を望む、我々の成すべき事は」
「全てのセルを『虚無の使い魔』とする事で再度の完全拮抗状態を生み出し」
「互いに手を出させなくする。すなわち『セル相互抑止』を完成させる事」
ルイズのセルとイザベラのセルは、それぞれの主に言った。全く同じ力を持つ長身異形の亜人が同属を出し抜く唯一の可能性。それこそが『虚無の担い手』と使い魔の契約を結び、『虚無の使い魔』になる事だと。ルイズのセルが最初に『虚無』を手に入れ、次いでイザベラのセルも同じ力を得た。当然、残る二体のセルも追随しようとするだろう。使い魔たる二体の亜人は各々の主に問うた。始祖ブリミルの血統と力を受け継ぐ四王家の残り、アルビオンとロマリアについて存続させるか、あるいは滅ぼすか。
時も場所も異なるが、二人の主は同じ答えを導き出した。それは解決には程遠く、問題の先延ばしに過ぎない答え。すなわち四体の長身異形の亜人の拮抗状態への回帰であった。主たる少女らの答えを聞いた二体の亜人の使い魔は、それが我が主の答えならば是非もない、と随分と殊勝な言葉をのたまうのだった。
「陛下と同じ結論に至れた事、望外の喜びに存じますわ」
(まあ、思ってたよりはまともな頭をしてたみたいね、このデコピカ女)
「わたくしもです、ヴァリエール大使。あなたと同じ時代に生まれた事を偉大なる始祖『ブリミル』に感謝します」
(ふん、どうやら自分の身体ほど貧弱な想像力しか持ち合わせてないわけじゃないみたいだね)
「さて、セル。この化け物、何か言いたい事はあるかしら?」
「ふん、我ら『セル』の力を利用しようというのか」
「そういうことだ。人間は強かなんだよ。おまえらみたいな醜い亜人どもにただ蹂躙されるだけだとは思うなよ」
「フフフ、小賢しい人間どもめ」
背後に控えるそれぞれの使い魔へ挑発的な言葉を発するルイズとイザベラ。二体の亜人も忠実な使い魔とは思えぬ答えを返す。
「せいぜい足掻くがいい。この私が『真のセル』となる、その日までな」
「間違えないでもらおう。『真のセル』となるのはこの私だよ」
「……冗談は顔だけにしてもらおうか。貴様など私の食事程度の価値しかないのだからな」
「……よくしゃべる虫けらめ。この場で踏み潰してくれようか」
予め定められたかのような丁々発止のやり取りを繰り広げる二組の主従。最後にそれぞれの使い魔が『傍目』には一触即発の状態に陥る。強大な気が膨れ上がり、大広間はおろか王城そのものを揺り動かす。
ゴゴゴゴゴゴ
「う、うおっ」
「くっ、こ、こんな」
「セル、やめなさい」
「セル、下がりな」
「「……承知した、我が主よ」」
「それでは以上をもって、此度の会談は閉幕したいと存じます」
「何より有意義な時間でありました、ヴァリエール大使」
仮面の如き笑顔から始まった秘密会談は、同じく仮初めの笑みとともに閉幕しようとしていた。
(ううむ、ミス・ルイズがあそこまで深い考えを巡らせていたとは)
書記官として会談に随行していたコルベールは、ルイズとイザベラが語った『セル相互抑止』による世界滅亡回避の方策に内心唸っていた。自身の教え子が国際政治の舞台で高度な政治判断を示した事に感心しつつも、疑念をも感じざるを得なかった。いかに虚無の使い魔としての契約を結んでいるとはいえ、恐るべき力と知性を併せ持つ長身異形の亜人がどこまで主人に忠誠を尽くすというのだろうか。
(いくら優秀とは言ってもわずか十六歳の少女がこれほどの……やはり、セルくんの薫陶の賜物か。だが、そうすると当然イザベラ陛下の使い魔もまた同じように)
大陸に冠たる四王国の内、二つの王家の意志決定について長身異形の亜人の使い魔の存在が決して小さくない事を悟ったコルベール。そもそも一体であったとしても、世界全体を滅ぼし得る途方もない存在なのだから何らおかしくはない。
(力だけを視ればそれも道理だが、もし彼らの『意志』こそが今このハルケギニアを動かしているのだとしたら……)
あるいは単なる世界滅亡よりも、さらに取り返しのつかない事態が進行しているのでは。コルベールはあまりにも漠然とした不安を覚え、全身が総毛立つ感覚に襲われた。自分の教え子とその使い魔を誰よりも評価し、信頼を寄せる『炎蛇』もまた、自らの理性が発する警告を無視する事は出来なかった。
「イザベラ陛下」
その時、それまで沈黙を貫いていたトリステイン使節団の随行員タバサが口を開いた。
「……エレーヌ」
「お伺いしたい儀がございます。我が父シャルル逝去の真相と、ジョゼフ一世陛下の真意について」
「我が従妹姫の問いとあらば、何なりと。ですが、この場では差し障りもありましょう。別室にて」
「いいえ、この場にてお答え頂きたく存じます」
やんわりとしたイザベラの答えに決然とした声で返すタバサ。
「私、シャルロット・エレーヌ・オルレアンは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール大使の『モノ』。その命なくば、例えイザベラ・ド・ガリア副女王陛下のご下知といえども従うことは出来ません」
「「「「はぁ!?」」」」
ある意味においては、先ほどの『セル相互抑止』の発表に勝るとも劣らない衝撃の一言に騒然となる会談場。
「ルイズ、あなた、これまでのお見合い話に見向きもしなかったのは、そういう……」
「ま、まあ、愛のカタチは人それぞれとは申しますが……」
「か、母様! み、ミスタ・コルベール! ご、誤解です! ほ、ほんとに誤解ですから!!」
あらぬ疑いを本気で否定するルイズ。タバサの従姉たるイザベラも平静では居られない。
「こ、この絶壁胸、あたしのエレーヌに何してくれてんだ」
「あっ、私の忠誠の主、という意味です」
「「「ほっ」」」」
タバサの言葉にその場の緊張が一気に弛緩する。
「あ、その、ヴァリエール大使、よ、よろしいですか?」
「は、はい、わたくしどもに否応はございません。陛下の御心のままに」
なんとか精神を立て直したイザベラが咳払いとともに表情を引き締め、トリステイン側の二人の随行員に向かって言葉を発する。
「……エレーヌ、ジャンヌおば様。これから私が話すことは、トゥールーズ平原での戦いの最後に見聞きした事だ。始祖に懸けて事実だけを語ります」
イザベラは語った。トゥールーズ平原の上空に滞空していたガリア王家座乗艦『アンリ・ファンドーム』号にて彼女自身が引き起こした事象を余すことなく。
「……っ!」
タバサは憤りを隠せなかった。イザベラが語ったのは、父シャルルを酷く貶める内容だった。誰よりも強く、賢く、優しい父様の姿が全てハリボテだったなんて。アーハンブラ城での邂逅においてイザベラに対するわだかまりは氷解したと思っていたタバサはそれすらも幻想に過ぎなかったのか、と小さな拳を握りしめた。だが、タバサが言葉を発するよりも先に隣に座っていた母ジャンヌが静かに立ち上がり言った。
「……全て、イザベラ陛下の仰る通りです。あの人は、シャルルは、誰も愛してなどいなかった。ただ一人、実の兄君であるジョゼフ陛下を除いて」
「母様?」
「ごめんなさい、シャルロット。本当はあなたがもっと大人になってから教えようと思っていたの」
ガリア王国王弟シャルル・ドゴール・オルレアン大公の妻ジャンヌ・アデライードは、ガリア辺境の没落貴族の出身であった。幼少期より類稀な美貌と抜きん出た魔法の才を示した彼女に対して両親をはじめとした周囲の人々は一族の再興という夢を賭けていた。長じて王都リュティスに出仕したジャンヌは、結果として大陸最大の王国の王弟配偶者という、一族の期待を遥かに超えた、言わば玉の輿を実現した。
「周りの人々は、あの人が出自に囚われず、真に愛する女性と添い遂げる事を望んだのだと称賛しました。でも、あの人が望んだのは始祖の偉功に倣う事だけでした」
始祖ブリミルは、出自が詳らかではない一人の下女を自らの妾妃とし、その女性との間に生まれた男子にガリアの地を与えたという。それが後の祖王ガリア一世である。始祖の力を受け継ぐ『虚無の担い手』となる事のみを望んだシャルルが、ジャンヌを娶ったのも始祖の故事をなぞった以上の意味は無かったのだという。
「それでも、私はあの人を、シャルルを愛していました。あの人もシャルロットが生まれてからは少しずつですが、始祖や虚無だけではなく、私やシャルロットの事を真剣に考えてくれるようになりました。ですが」
複雑怪奇な愛憎を抱いていた実兄ジョゼフの『虚無』覚醒への兆候。それを察知したシャルルは、最後の一線を越えようとしてしまった。すなわち実兄の暗殺。
だが、結果として全く同じ事を考えていた兄ジョゼフの毒矢が弟シャルルの命を奪う事となった。
「あるいは何か一つが掛け違っていれば、あの人がジョゼフ陛下を殺めていたことでしょう。私に、あの人を止める事が出来なかった私にイザベラ陛下を責める資格などありません」
「母様……」
「例え、どのような経緯があろうとも、オルレアン公シャルルを弑したのが我が父ジョゼフ一世である事に変わりはありません。そして、私自身も二人にとって許されざる存在である事は自覚しています」
ジャンヌの言葉を聞き終えたイザベラが二人に対し、静謐な表情のままに言った。神の審判を待つ敬虔な信者の如く。
「ガリア王国副女王イザベラ・ド・ガリアの名においてここに宣言します。私の身命の全てをシャルロット・エレーヌ・オルレアンとジャンヌ・アデライード・オレルアンの意思に委ね、二人が下す、あらゆる罰を甘受する事を」
タバサは困惑した。父の真実を知り、伯父の真意を知り、従姉の懺悔を聞いた彼女は、我知らず親友にして忠誠の主たる桃色髪の少女に視線を走らす。ルイズは、真っ直ぐにタバサを見つめ、ただ頷いた。
タバサの心は決まった。
「我が従姉、イザベラ・ド・ガリア。あなたには、ガリア王国女王として大陸最大の王国の統治という重責を命ある限り、全うしてもらう。途中で投げ出すなど私が絶対に許さない」
「エレーヌ……」
「シャルロットの言葉は、私の言葉でもありますわ、陛下」
「ジャンヌおば様……」
従妹姫と叔母の決意に満ちた言葉にイザベラもまた、心を決めた。
「始祖『ブリミル』に誓って、必ずや果たしてみせます」
「ルイズ、これでいい?」
「タバサ……モチロンよ! さっすが私の親友だわ!」
親友の問いに今日一番の笑顔で答えるルイズであった。
後に『第一次王権会談』と称される秘密会談は閉幕した。会談上の実務結果として、トリステイン王国とガリア王国は『ゴーレム事変』を旧レコンキスタ残党の手によって引き起こされた事件であると発表。再び『王権』が脅かされた事を憂慮し、トリステインとガリアの間に『相互軍事同盟』を締結。さらにアルビオン、ロマリアをはじめとする各王権国家にも同様の同盟を呼び掛けた。『ゴーレム事変』においてトリステインが被った城塞都市トゥールーズ陥落や国境砦壊滅の賠償金請求に関しては、『王権守護戦争』におけるガリアの援助と棒引きする旨が確認された。ただし、負傷者や犠牲者へは通常よりも多額の見舞金がガリア側から支払われる事となった。さらにゴーレム事変の直前に壊滅的被害を受けたガリア最大の港湾都市サン・マロン復興について、トリステインの全面協力が約束された。また、ガリア国内に向けては国王ジョゼフ一世が、『リュティス騒乱』に乗じた旧レコンキスタ残党による襲撃を受け、その際の傷が元で逝去した事、副女王イザベラが父王の後継者として正式にガリア王国第二百六十二代国王に即位する事。そして、王弟シャルル・ドゴール・オルレアン大公の名誉を回復し、家門断絶となっていたオルレアン大公家を再興する事が発表された。
ちなみに会談後、ガリア使節団に同行していた旧レコンキスタの重鎮シェフィールドに対するルイズ・セルによる治療が行われたが、その効果は芳しくなかった。まるで生きる屍の如きシェフィールドの容貌に多くの者がエルフ族の非道に憤った。
(概ね、想定内と言って問題あるまい)
会談の終了とともに長身異形の亜人の使い魔は『二体』同時に思考する。『ゴーレム事変』の主犯ともいうべき女は人事不祥。その裏で糸を引いていたのは邪悪なる異種族エルフ。だが、その情報をもたらしたのは長身異形の亜人の使い魔。全てを鵜呑みにする者が国際政治の場にいるだろうか。
(多少なりとも考える頭があれば、相応の違和感を感じざるを得ないはず)
一度生じた疑念はそう容易く消えることはない。
そして、それは
(フフフ、いずれ、この私が求めるファクターとなるのだ)
二体の長身異形の亜人の真の思考を主たる二人の少女が知ることは、決して無かった。
――ハルケギニア大陸の北方、帝政ゲルマニア皇帝直轄領フォルシュタイン郊外
広大なゲルマニア領の中でも、北方の氷雪地帯に最も近い城塞都市フォルシュタインには帝国最大の艦隊演習場が設営されていた。この日、フォルシュタイン演習場の上空には一隻の大型艦が滞空していた。皇帝座乗艦『ヒルデ・ブラント』号。全長は二百メイル超、搭載された砲塔は二百二十を数える『怪物艦』である。アルビオン王国の『ロイヤル・ソブリン』号、ガリア王国の『シャルル・オルレアン』号を超えるハルケギニア最大最強のフネを目指して建造された新鋭艦だったが、『王権』は王権守護戦争中に失踪。『王弟』はゴーレム事変にて消滅。結果として『大陸最大最強のフネ』の称号は、一度の戦闘も経験する事なく、この英雄の名を冠するフネに転がり込んできたのだった。
「閣下、すべて整いましてございます」
「始めよ」
「御意」
皇帝アルブレヒト三世の命を受けた艦長が指揮下の砲術士官に指示を出す。間を置かず、『ヒルデ・ブラント』の第一主砲塔群から深紅の光弾が発射される。数リーグ先の空中には演習標的として半ば廃棄された中型輸送船が滞空していた。
ポーヒー
カッ
ズドォォォォォン
光弾が演習標的に吸い込まれた次の瞬間。直径数百メイルの爆光球が出現し、輸送船を蒸発させる。現行のハルケギニアにおける艦砲とは威力、射程共に比較にすらならない。
「おお、な、なんという……」
「こ、これほどの威力とは」
「し、始祖よ……」
「こ、これが『結晶砲弾』……」
御召艦たる『ヒルデ・ブラント』号に乗艦を許された帝国軍選り抜きの将軍や高位の騎士たちが、想像を遥かに絶する新型砲弾の威力に感嘆と畏怖の声を漏らす中、皇帝アルブレヒト三世は密かに嘆息した。
(まるで話にならんな。彼奴の『気功砲弾』には威力、射程共に遠く及ばん。彼奴自身が寄こしてきた『火の結晶石』を、彼奴が宣った精製方法の通りに成型したのだからそれも当然か)
帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の脳裏には常に長身異形の亜人の影がちらついていた
(まあ、『気功砲弾』はあまりにも威力が高すぎて、まともな戦場では使い道が無かったのは確かだが。『東方の脅威』か……)
ほんの二週間前、例の如く前触れなく現れた長身異形の亜人は開口一番に云った。
「まもなく、このハルケギニアに東方からの脅威が齎されるだろう。その時が来る。帝政ゲルマニアの武力が必要となる、その時がな」
その言葉とともに亜人が差し出したのは、伝説に謳われる『火の結晶石』とそれを材料とした超高威力火砲弾『結晶砲弾』の精製方法だった。
(……確かにエルフ共は脅威と言えるだろう。我々、ハルケギニア大陸の各国家にとってはな。だが、彼奴にとってみれば取るに足らん存在のはずだ)
恐るべき力を誇る長身異形の亜人。王権守護戦争に従軍した観戦武官や各国に派遣した間諜の報告によれば、トリステインとガリアの中枢において、公にその存在が明かされているという。始祖の血統を受け継ぐ四王国にとって、目障りな存在である新興国家、帝政ゲルマニアになぜ長身異形の亜人が秘密裏に力を貸すのか。
(よもや我がゲルマニアを四王国の盾にするつもりか)
人知れず右手の王杓を握りしめるアルブレヒト。
(タダで人身御供になるなどと思うなよ、醜い化け物め)
だが、すぐに出来る事は多くない。長身異形の亜人の脅威の前にエルフ族の大侵攻が現実となれば、それもまた帝政ゲルマニアの終焉を告げる事になる。亜人の思惑がどうであれ、そのような事態は断じて許されない。今はあの醜い亜人を利用し、我がゲルマニアの力を高めるのだ。
(彼奴が言った通りに我がゲルマニアの武力の使い道を示してやろうではないか。いずれ彼奴自身の喉笛を引き裂くことでな!)
翌日、帝国軍史上最大最強にして、最後の艦隊『皇帝艦隊カイゼル・フロッテ』創立の詔勅が下されるのだった。
第六十四話を投稿いたしました。
ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。