ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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二カ月ぶりでございます。

第六十五話を投稿いたします。


 第六十五話

 

 

 アルビオン大陸トリステイン王国遠隔領サウスゴータ領都シティオブサウスゴータ郊外ウェストウッドの森。

 

 その奥深くに位置する隠れ村の広場に子供達の歓声が響く。悍ましい姿の長身異形の亜人が文字通りの怪物を演じ、幼い子供達に迫る。

 

 

「フハハハハ! 逃げ惑うがいい、人間共よ!」

 

 

「きゃー、せるにたべられちゃう!」

 

 

「にーげるんだよー!」

 

 

「あははは! つかまるもんかー!」

 

 亜人と子供達の戯れを少し離れた場所で見守る二人の女性。

 

 

「みんなほんとに楽しそう」

 

 

「……ああ」

 

 

 微笑みとともに目を細めたのは類稀なる美貌と輝くような金髪、さらに長い耳を持つハーフエルフの少女ティファニア。仏頂面で相槌を打ったのは、鮮やかな緑色の髪を後方に束ねた妙齢の美女にして各国にその名を知られた盗賊『土くれ』のフーケであった。

 

 

 「ところで姉さんたちはいつまで村に居られるの? 王都での教職が決まっているってセルが言っていたけど」

 

 

 「とりあえず年明けまでは村で過ごすつもりだよ。着任は『降臨祭』明けで構わないって話だからね」

 

 

 「そうなんだ! よかった、みんなも喜ぶわ!」

 

 

 (年明けなんて待たずにさっさとあの化け物を叩き出してやりたいところだけど、どうしたもんだか)

 

 

 フーケが自身の思考に沈んでいると、当の長身異形の亜人が声をかけてくる。

 

 

 「マチルダ、テファ」

 

 

 子供達を全身にしがみ付くに任せたままのセルが、子供達には気付かれぬ様にわずかに顎を振る。内密の話と悟ったマチルダがさらにティファニアに目配せする。

 

 

 「さあ、みんなそろそろお昼寝の時間よ。ちゃんと寝ないとセルみたいに大きくなれないわよ」

 

 

 「えー」

 「はーい」

 「むにゃむにゃ」

 「せるもいっしょにねよーよ」

 

 

 「セルも忙しいんだから、我慢しようね」

 

 

 子供達を寝かしつけたティファニアがセルに尋ねる。

 

 

 「……どうかしたの、セル?」

 

 

 「わざわざ人払いまでしたんだ。愉快な話じゃないんだろうさ」

 

 

 「この村から北西に数リーグの位置に軍隊と思しき人間たちを感知した」

 

 

 「えっ!?」

 

 

 「数リーグってことはすでに森の中に入っているか……人数は判るのかい?」

 

 

 「一個中隊規模」

 

 

 「ちっ」

 

 

 「移動速度からの推測だが恐らく大型の荷車を伴う輸送部隊を随伴させているようだ。十中八九、あのエルフ達のフネの回収部隊だろう」

 

 

 「くそっ、あの疫病神ども!」

 

 

 「ど、どうしよう、姉さん。そんなに大勢の軍人がこの村に来たら……」

 

 

 外部からのウェストウッド村への干渉。今までも『王権守護戦争』後に雇用主を失った傭兵崩れの山賊が迷い込んでくることはあったが、ティファニアの虚無『忘却』とフーケのゴーレムによって問題無く排除してきた。だが、相手が数百人の職業軍人から構成される部隊だとすれば話は違ってくる。ただ蹴散らすだけなら、セルの力を以てすれば容易いだろう。

 

 

 (でも正規軍の部隊だとすれば全滅させるにせよ、追い返すにせよ、直ぐに後続部隊が送り込まれるだけだ)

 

 

 「問題はない」

 

 

 「え、セル?」

 

 

 「ふん、どんなあくどい手を考え付いたんだよ?」

 

 

 「フフフ、まずは部隊を直に確認せねばならんな」

 

 

 そう言うとセルの身体がふわりと一メイルほど浮き上がる。

 

 

 「待ちな。あたしも行くよ。あんただけに任せるわけにはいかない」

 

 

 「無論だ、我が主よ」

 

 

 「わ、わたしも一緒に!」

 

 

 「テファ、あんたはのこり」

 

 

 「いいだろう」

 

 

 またしてもフーケの言葉を遮ったセルが、二人に手のひらを向ける。強大無比な念動力によって彼女らの身体も浮かび上がる。

 

 

 「あ、ありがとうセル!」

 

 

 「お前……」

 

 

 「テファも幼子ではない。ただ子に庇護を与えるだけが親ではあるまい」

 

 

 「くっ、化け物が、知ったような口を」

 

 

 「姉さん……」

 

 

 「ああ、もう、わかったよ! テファもそんな目で見るんじゃないよ!」

 

 

 「うん!」

 

 

 「子供たちの守りとエルフ達の監視も必要だな」

 

 

 「どうするってんだい? いくらあんたでも体は一つしかないだろう」

 

 

 「誰がそう言った?」

 

 

 「え?」

 

 

 「ぶるあぁぁぁぁ!」

 

 

 ギュバ

 

 

 セルは、分身した。

 

 

 「では子供たちの守りとエルフの監視は任せたぞ、セルよ」

 

 

 「承知した。そちらも主とテファの護衛、抜かり無きようにな、セルよ」

 

 

 「……この化け物野郎は、ほんとに」

 

 

 「ふふふ、セルって本当にすごいのね、姉さん!」

 

 

 

 

 

 ウェストウッド村から北西に二リーグ。シティオブサウスゴータ方面の入口から数百メイルの林道を、アルビオン王国近衛軍サウスゴータ駐留旅団隷下の特務探索中隊が行進していた。さらにその数十メイル上空に一体の亜人と二人の女性が滞空している。

 

 

 「確かにアルビオンの軍装だ。おい、軍章は判るか?」

 

 

 「王冠に短剣が二本。王家直轄領の近衛軍の所属だろうな」

 

 

 「ふん、随分詳しいじゃないか」

 

 

 「……妙だな」

 

 

 「セル、何か気になる事でも?」

 

 

 「なぜ、アルビオン軍、それも王家直属の部隊が動いている?」

 

 

 「そりゃあ、ここは大陸を貫く大輸送路の近くなんだ。外敵から国内の流通を守る為にアルビオンの軍部が動いても不思議は……あ」

 

 

 「そう、今現在この森を含むサウスゴータの地は戦役後の割譲によってトリステイン領となっている。フネの墜落を視認したのがアルビオン軍だったとしても事実上、他国の領土であるウエストウッドの森に単独で部隊を派遣するだろうか」

 

 

 「……つまり、余所の家に黙って入り込んで何かをしようとしている、という事?」

 

 

 「正しい認識だ、テファ」

 

 

 「セル、おまえの考えは?」

 

 

 「……二人組のエルフの会話から、墜落したフネはエルフ族最新鋭の偵察艇であり、革新的な魔導機関を搭載している、らしい。アルビオン軍がそこまで把握しているとは思えんが、大陸各国にとって恐るべき異種族エルフの新型のフネ。墜落した残骸とはいえ、そこから得られるであろう技術情報には途方もない価値がある。『王権守護戦争』によって大きく疲弊したアルビオンにとっては喉から手が出るほど欲しいモノだろうな。例え、友邦を出し抜いたとしても」

 

 

 「……」

 

 

 かつてアルビオンの現王家テューダー朝によって大きな傷を受けたフーケとティファニア。姉であり臣下でもあるフーケは憤りを隠せず、妹であり主君でもあるティファニアも表情を曇らせる。特にフーケこと、マチルダ・オブ・サウスゴータの心中にどす黒い感情が湧き上がる。

 

 

 (クソ王家の連中め! 一度滅びかけたぐらいじゃ何にも変わらないってことか!)

 

 

 王家としての体面を守る為に王弟モード大公とその愛妾であり、ティファニアの母でもあるエルフ族のシャジャルを死に至らしめ、大公の直臣でありフーケの実家でもあるサウスゴータ侯爵家を取り潰した。耐え難い辛酸を舐めさせられた怒りに身を震わせるフーケ。それを察した長身異形の亜人が、悪魔の如く囁きかける。

 

 

 「我が主よ、ただ一言、私に命じるがいい。『ロンディニウムの地に生きる者、一人たりとも生かし置くべからず』、とな」

 

 

 「なっ!?」

 

 

 フーケの全身が総毛立つ。主家と自らの家門を取り潰された恨み。この長身異形の亜人が、何を目論んで自分を主と呼んでいるのかは解らない。

 

 

 (でも、あたしがこいつの言うように命じたとしたら、テューダー朝の連中をまとめて……)

 

 

 「もう、駄目よ、セル! 冗談でもそういう事を言ったら。姉さん、こう見えて思い込んだら一途なところがあるんだから」

 

 

 「て、テファ、あたし……」

 

 

 「フフ、無論冗談だ。聡明なる我が主がそのような短絡的な解決法を望むわけがないからな」

 

 

 珍しく怒った風な口調のティファニアの言葉に、こちらも珍しく冗談めかした口調で答えるセル。長身異形の亜人の使い魔にからかわれたと悟ったフーケが顔を紅潮させながら声を上げる。

 

 

 「あーもう! この話は終わりだよ! そんなことよりあの部隊をどうするつもりなんだい?」

 

 

 「簡単な事だ。連中が欲するモノをくれてやればいい」

 

 

 そう言って、セルは右手を高く掲げる。次の瞬間、全長数十メイルのフネが出現した。

 

 

 「そ、それは……」

 

 

 「エルフの二人組のフネを解析し、私の物質出現術によって複製した、謂わばハリボテだ」

 

 

 「ハリボテって?」

 

 

 「高い機動力を齎す船体や新型の魔導機関、その他もろもろの重要な要素を意図的に欠落させている。墜落の衝撃で喪失した様に見せかけた上でな。これを解析したところで大した技術情報は得られまい」

 

 

 「でもきっと大喜びで持って帰るんでしょうね」

 

 

 「乗員はどうするんだい? フネは首尾よく回収しました、でも乗員の遺体は発見できませんでした、生存者が潜伏しているかもしれません、となれば連中もさらに部隊を増員して是が非でも探し出そうとするだろうさ」

 

 

 「私の物質出現術も万能ではない。基本的に生物を創り出すことはできんが、遺体という『物質』ならばその限りではない」

 

 

 「つまり、それらしい『人形』を持って帰らせるってわけか」

 

 

 「アルビオン軍も長期の作戦行動は想定していないはずだ。フネと乗員、両方を回収できれば早々に撤収するだろう」

 

 

 「家主に見つかったら大変だものね」

 

 

 「その通りだ」

 

 

 そう言うとセルは二人をその場に残し、フネのハリボテと共にウェストウッド村とは反対方向に飛翔した。二人が辛うじて視認できる距離まで移動すると森へと降下した。

 

 

 ヴンッ

 

 

 数分の後、セルは二人の元に帰還した。

 

 

 「待たせたな」

 

 

 「もう終わったの、セル?」

 

 

 「フネの墜落現場をそれらしく偽装した。連中がよほどの無能でなければ、早晩フネと乗員の遺体を発見し、この森を去るだろう」

 

 

 「ふん、そう都合良くいけばいいけどねぇ」

 

 

 「……部隊の士官が面白い事を話しているな」

 

 

 セルの聴力は生物の常識を超越する。だが、フーケとティファニアにはその内容の真偽を確かめる方法はなかった。

 

 

 「はっ、大方上官の愚痴でも言い合ってるんだろう」

 

 

 「いや、今回の任務が王都の立太子府からの勅命だった事に疑問を感じているようだ」

 

 

 「ということは、やっぱり王家の連中の企みってわけか」

 

 

 「……でも、どうして遠く離れた王都の偉い人がこの森にエルフのフネが落ちたことを知っていたのかしら?」

 

 

 ティファニアの疑問に意表を突かれた表情を見せるフーケ。

 

 

 「……確かにテファの言う通りだ。今の疲弊した王都の連中にそこまでの情報収集力があるとも思えない」

 

 

 (フフ、容易く憎悪に囚われる姉とは違い、妹の聡明さが曇ることはないな)

 

 

 二人の反応を評価しつつ、セルはさらなる可能性を提示する。

 

 

 「どうやらロマリアの入れ知恵のようだな」

 

 

 「ロマリアだって?」

 

 

 「主も知っているはずだ。ロマリアが『場違いな工芸品』を蒐集する為に大規模な諜報機関を駆使している事を」

 

 

 「そりゃ知ってはいるけど、ブリミル教の坊主どもがどうして……」

 

 

 「待て、士官どもがまた話しているようだ……なるほど、『大降臨祭』開催のための根回しか」

 

 

 「えっ!? 『大降臨祭』ってあの五十年に一度しか開かれない特別な降臨祭のこと?」

 

 

 「よく知っているな、テファ」

 

 

 「お母様からよく聞かされていたから。いつかは行ってみたいなって思っていたの」

 

 

 「だけど、『大降臨祭』はロマリアの首都で開催されるのが通例じゃないか」

 

 

 「どうやら、今回は特例としてアルビオンで開催される運びのようだ」

 

 

 「わざわざ浮遊大陸くんだりまで宗教庁のお偉い坊主連中が来るってのかい?」

 

 

 「さらなる情報収集が必要だな」

 

 

 「あの、姉さん? わたし……」

 

 

 「はあ、テファ、あんた『大降臨祭』に行きたいなんて言うんじゃないだろうね」

 

 

 「ダメ?」

 

 

 「ダメに決まって」

 

 

 例によって例の如く、長身異形の亜人が割り込む。

 

 

 「問題あるまい。この私がいる限り、あらゆる危険は排除できるのだから」

 

 

 「セル!」

 

 

 「……お前」

 

 

 (こいつ、もしかして最初からそのつもりで。テファを連れ出してどうするつもりだ?)

 

 

 「まだ、本当にアルビオンで『大降臨祭』が開催されると決まったわけじゃないだろうに」

 

 

 「勿論だ。だが、テファだけでなく子供達も喜ぶのではないかな。自然溢れる森での暮らしも悪くないがそれだけしか知らないのは、どうだろうな?」

 

 

 「……」

 

 

 (この、化け物風情が聞いた風な口をよくも)

 

 

 「姉さん……」

 

 

 「だから、そんな目で見るんじゃないよ、テファ」

 

 

 (今のままじゃ手詰まりなのは確かだ。こいつの目論見を暴くためにも、あえて危険を冒すしかないかもな……)

 

 

 「まあ、考えてはみるよ。とりあえずそれでいいだろう?」

 

 

 「ありがとう! 姉さん、大好き!」

 

 

 「気が早いっての!」

 

 

 抱き合う仮初めの姉妹を余所に長身異形の亜人は思考する。

 

 

 (ふん、フーケめ、予想より早く折れたものだ。あるいはこの機を利用する腹積もりかもしれんな。姉もただの愚鈍ではない、か)

 

 

 フーケの懸念は正鵠を得ていた。すべては、セルの企みであった。そもそもルクシャナとアリィーが搭乗していた『アヌビス』号は居住地の少ない大陸南東部からの上陸を目指していた為、ルイズ・セルの『デスウェイブ』の余波によって、墜落の危機に陥ってしまったもののウェストウッドの森に墜落するまで奇跡的に一切目撃される事はなかったのだ。

 

 では、なぜアルビオン軍の部隊が完全武装に加え、輸送準備まで整えてウエストウッドの森に進軍したのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間前、『アヌビス』号墜落当日の夜。

 アルビオン王国王都ロンディニウムの中枢ハヴィランド宮殿内立太子執務室。

 

 テューダー朝の立太子ウェールズは懊悩していた。王国復興の重責に加え、宗教庁から齎された非公式の聖伐要請、さらには愛しい女性からの婚礼の儀に関する細々とした準備相談等々。あらゆる執務に忙殺される立太子の金髪は、ややくすんで視えるほどであった。

 だが、神たる『始祖』は苦悩する自身の末裔にさらなる試練を課すのだった。

 

 夜半、彼の執務室に突如出現したのは、彼の苦悩の半分ほどを占める存在。すなわち長身異形の亜人セルであった。

 

 

 「久しいな、皇太子。いや、今は立太子殿下だったか」

 

 

 「……如何様に呼んでもらっても構わない、使い魔殿。君の前ではいかなる肩書だろうと何の意味もないのだから」

 

 

 「単刀直入に言おう。サウスゴータ領の南に位置するウェストウッドの森に一隻のフネが墜落した」

 

 

 「サウスゴータの南、ウェストウッドの森?……君がわざわざトリステインから私の元に来てまで伝えるほどだ。タダのフネではないのだな」

 

 

 「エルフ族が誇る最新鋭の魔導機関を搭載した試験艇だ」

 

 

 「なっ!?」

 

 

 エルフ族。つい先ほどマザリーニ枢機卿を介して宗教庁から内々に伝えられたハルケギニアに迫る脅威、そのエルフの最新鋭のフネが領内に墜落したという。より正確に言えば、かつての領内であるが。サウスゴータ領は『王権守護戦争』の戦後協定によってトリステインに割譲されている。

 

 

 「そのフネは、まさか君が?」

 

 

 「如何様に取って貰っても構わん。重要なのはトリステイン側は未だこのフネの事を把握していないという事だ」

 

 

 「!」

 

 

 「この意味は判るな?」

 

 

 「……君は我がアルビオンに、大恩ある友邦トリステインを出し抜け、とでもいうのか?」

 

 

 鋭い視線を向けてくる立太子に対して、平坦な声色で返す長身異形の亜人。

 

 

 「格差の存在はやがて大きな禍根となり得る。共同統治と併合では雲泥の差といえるだろう」

 

 

 トリステイン・アルビオン連合王国となるか、トリステイン王国アルビオン領となるか。女王と同等の王権を持つ共同統治者となるか、実質的な権限を持たない王配となるか。その結果次第では、現在はともかく将来的には多くの民草に苦難の道を与える事にもなりかねない事をウェールズも理解していた。元より国同士の統合となれば、そう易々と進まない事は自明の理である。まして、片方の国が大きく国力を減じているのならば、その先は言うまでもない。

 

 

 「……」

 

 

 「遍く民草の安寧と自身の幸福を望むなら、時として自らの手を汚さねばならん。立太子殿下を相手に私などが殊更に説く事でもあるまい」

 

 

 いずれハルケギニアに脅威を齎すエルフ族。その最新鋭のフネを大陸各国に先んじて入手し、解析できればその恩恵は計り知れない。勿論それだけでトリステインとの格差を解消できるとは思えないが、ウェールズの中でセルの提案に対する抵抗感が薄れていた。

 

 

 「この件は、ミス・ヴァリエールも承知の上か?」

 

 

 「いや、『我が主』は一切関知しない。これは、主の心の安寧の為に私が独断で決めた事だ」

 

 

 ウェールズは密かに安堵した。うら若い『蒼光の戦乙女』の気高さを彼は高く評価していたが、国家という存在の醜い裏側を彼女やその主君たる彼自身が愛する女性が意味もなく知る必要はない。だがウェールズも知らない。セルの語る『主』が必ずしも桃色髪の少女だけを指してはいない事を。

 

 

 「……」

 

 

 「判断は任せる。私の話は終わりだ」

 

 

 「待ってくれ!」

 

 

 墜落箇所の詳細な位置を伝えたセルは静かに踵を返し、扉に向かう。その長身異形の亜人の背に切迫した声をかけるウェールズ。

 

 

 「一つだけ、一つだけ君に問いたい」

 

 

 「……」

 

 

 「使い魔殿、いやセル」

 

 

 問い質したい事はいくらでもあった。だが、この亜人が自分に真実を語るだろうか? あるいは問いに激昂し自分の命を奪うのではないか? 様々な考えがウェールズの脳裏を過る。僅かな間をおいて、彼の口から出たのは。

 

 

 「……君は、『月の悪魔』なのか?」

 

 

 「ロマリアの坊主どもに何を吹き込まれたかは知らんが、これだけは言っておく。このハルケギニアに『月の悪魔』などというモノは存在しない」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 ウェールズからの反応を待つことなく、長身異形の亜人は立太子執務室から消えた。

 

 

 

 

 

 ハヴィランド宮殿の上空数百メイル。虚空に佇む長身異形の亜人が天空に輝く双月を見上げ、呟く。

 

 

 「そう、月の悪魔『は』、な」

 

 

 




第六十五話を投稿いたしました。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

年内に後一話、断章を投稿予定です。

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