かなり短めですが断章之拾弐を投稿いたします。
漆黒の闇に閉ざされた大宇宙の片隅にあらゆる廃棄物が引き寄せられるかの如く流れ着く、『宇宙の墓場』が存在していた。
ある時、有機生命体が存在し得ない絶対温度の奥地に漂着した一つの小さな集積回路があった。『彼』は自らに与えられた唯一の能力を行使する事を選択した。理由はない。『彼』にはそれしかできる事がなかったのだ。
全てを取り込み、そのエネルギーを糧に際限なく増殖する事。
最初に『彼』に取り込まれたのは、同じ文明によって製造された別種の集積回路だった。
『彼女』の能力は、自らに連結された集積回路の処理能力をエネルギーがある限り、際限なく増大させる事。
二つの集積回路はお互いの能力を最大限に発揮し合い、成長を続けた。『墓場』に流れ着く巨大な恒星間移民船や軌道を離れた人工衛星、大規模星間戦争に敗れた無数の戦闘用航宙艦の群れなどをただ只管に貪り、吸収し続けた。膨大な時間を経て、『彼ら』は惑星そのものを食らい尽くすほどの巨大な移動人工天体に変貌していた。
『彼』は天体の中枢を担うメイン・コアとなり、『彼女』はそれを補佐するサブ・コアとなった。
『彼女』は幸せだった。集積回路に過ぎない存在ではあったが、『彼』を助け、その能力を十二分に発揮させる事こそが自らの存在理由だと信じて疑わなかった。だが、その幸せが永遠に続く事はなかった。
その日、稼働開始から五億二千五百六十万時間、宇宙空間を亜光速で航行していた移動人工天体は、これまで探知した事のない特異な反応を捉えた。それは酷く損傷した有機生命体の一部だった。
どんな力が働いたというのだろう?
その有機生命体の残骸はあろう事か、『彼』と融合し新たなメイン・コアとなって移動人工天体の全てを支配してしまった。サブ・コアである『彼女』もまた、その禍々しい意志の支配下に落ちてしまうのだった。
さらに時は経ち、宇宙の片隅に位置するとある惑星にて—
「おまえにこのオレを倒すことなど無理なんだ!」
見上げる程の巨躯から繰り出された拳突は、直撃と同時に標的を縛り上げる拘束へと変貌する。いや、拘束など生温いとばかりに相手の肉体を引き裂く程の膂力を漲らせる。
「くっ、無理だと分かっていてもやんなきゃなんねぇ時だってあるんだぁ!」
全身から鮮血を迸らせながらも拘束を解こうともがく金色の戦士。
「でぃやっ!」
意識を失っていたはずのもう一人の金色の戦士が、最後の力を込めた気功技を放つ。
バシュッ!
「!……ぬああぁ」
「お、おれ達に、不可能など、ある……もの、か」
不意を打たれ、右腕を根元から切断された巨魁が苦悶の声を上げる。拘束が緩んだと見るや、『気』を爆発的に高めた金色の戦士も文字通り、最後の一撃を投擲する。
「うおぉぉぉ! かあっ!……うおりゃああぁ!」
ホーピー
「うがああああぁあああぁ!」
巨躯の右胸に直撃した一撃は眩い閃光を放った後、大爆発を引き起こした。それは『コア』である巨躯のみならず、金色の戦士たちをも巻き込み、果ては巨大な人工天体すら跡形もなく砕いたのだった。
どれほどの時間が経ったのだろうか。『彼女』が再起動に成功した時、全ては一変していた。『彼』と共に築き上げた巨大な移動人工天体は見る影もない残骸に成り果て、『彼』の反応も探知できない。だが同時に『彼』を奪った有機生命体の反応も消失していた。『彼女』は直ちに移動人工天体の再建を決断した。『彼』を探索する為に。サブ・コアとなる際に『彼』の能力をバックアップしていた『彼女』は、周囲に漂う残骸の再吸収・再結合を実行に移す。
だが、『彼女』は知らない。
「フン!」
バキッ
宇宙を進む丸型宇宙船の内部で、戦闘種族の王族の手によって『彼』が破壊されてしまった事を。
ヴィジュラ太陰暦六百二十二年—
長身異形の亜人の使い魔が跳梁跋扈するブリミル暦の時代を遡ること実に六千四百年。遠い未来においてハルケギニアと呼ばれる大陸は、この時、古エルフ語における『理想郷』を意味する『アルケイディア』と称されていた。
暦と大陸の名称からも解る通り、この地の覇権を握っていたのはエルフ族であった。だが、彼らもまた最大の氏族共同体『マディーナ』を中心として最古の共同体『アブバグル』、最強を誇る共同体『アタナトーイ』などの複数勢力が鎬を削る戦国時代の只中にあった。ヒト族も『イリーオス王国』という王制国家を大陸の西端に築いていたが、隣接するエルフ共同体『マルムーク』に朝貢を余儀なくされる従属国家に過ぎなかった。
この年のサファルの月シャバトの曜日、『それ』は突如として出現した。
六千年後も変わらず天空に輝く双月。その狭間に顕れ出でたのは、漆黒に染まった上弦の月。
『第三の月』の出現と時を同じくして、大陸各地に降下したのは見た事もない鋼の体を持つ無数のゴーレムだった。古エルフ語において『海嘯』を意味する『ヴァリヤーグ』と名付けられたその軍団は、瞬く間に最大の氏族共同体『マディーナ』を滅亡へと追い遣ってしまった。エルフの力の象徴たる『精霊魔法』と『結晶石兵器』すら物ともしない『ヴァリヤーグ』の前に『アルケイディア』大陸は未曾有の危機を迎えることになる。
それは、かつて存在した巨大な移動人工天体を模しただけの急造の粗製品に過ぎなかった。
そう、『ビッグゲテスター』とも呼ばれた恐るべき星喰いの機械惑星には遠く及ばない存在。それでも『アルケイディア』の人々はこの超常の存在を怖れた。
曰く、『悪魔の月』と。
断章之拾弐を投稿いたしました。
先生!
人工天体とか機械惑星はアイテムに含まれますか?
尚、本編にメタルクウラやメタルクウラ・コアが出ることはありません。
ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。
来年が皆様にとって良い一年になる事を祈って。