ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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一か月ぶりでございます。

第六十七話を投稿いたします。


 第六十七話

 

 

 トリステイン王国王都トリスタニア王宮、王の間―

 

 今は亡きトリステイン国王ヘンリ三世が居間として平時の大半を過ごした豪奢な居室は、ヘンリの妻にして現トリステイン暫定女王であるマリアンヌの私的な面会室として使用されていた。

 クルデンホルフ大公国を舞台に繰り広げられた、大陸最大の国家ガリア王国の事実上の元首イザベラ副女王との秘密会談を終えたルイズは、マリアンヌ暫定女王と父であるヴァリエール護国卿に会談の成果を報告していた。

 

 

 「大儀でありました、ヴァリエール特務官」

 

 

 「ありがたき幸せに存じます、陛下」

 

 

 「しかし、長身異形の亜人同士による相互抑止、ですか。護国卿のお考えは如何に?」

 

 

 「はっ、常識で考えれば一笑に付す事案かと」

 

 

 面会室に設えられた簡易玉座に座するマリアンヌ暫定女王は横に控える護国卿ヴァリエール公爵に意見を求めた。一蹴するかと思われた護国卿はかつての自身の体験を語った。

 

 

 「されど、私も『トゥールーズ会戦』にて、かの亜人の非常識なる力はこの目にしております。あの力が我らに向けられるとなれば、恐れながら我が軍になす術はございませぬ。その事を考慮すれば、ヴァリエール大使の独断専行による条約締結も一考の余地はあるかと」

 

 

 「ふふ、少しは素直に娘の功績を褒めてあげればいいんじゃないかしら、リオン?」

 

 

 「陛下、お戯れを」

 

 

 「父様……」

 

 

 照れ隠しか大きく咳払いした護国卿が続ける。ちなみに護国卿と彼の妻、そしてマリアンヌは三十年来の親友同士である。

 

 

 「何にせよ長身異形の亜人の脅威は、エルフ族のそれを遥かに超え得る可能性があります。四体の内、一体が特務官の使い魔であり、もう一体がイザベラ陛下の使い魔となれば早急に残り二体の消息を掴まねばなりませぬ」

 

 

 「セル、いえ我が使い魔の言葉を借りれば、それは現状では困難を極めるとの事です」

 

 

 「……」

 

 

 護国卿ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵個人としては、世界をも滅ぼし得る強大無比な力を誇る四体の長身異形の亜人がハルケギニア大陸を跋扈しているという現状を「ある意味」では好都合だと考えていた。なぜなら長身異形の亜人の脅威、その大きさを必要以上に喧伝する事で自身の愛娘であるルイズが覚醒した『虚無』の王室に対する危険性を有耶無耶にしてしまおうという打算があったのだ。

 

 

 「同じく長身異形の亜人を擁するガリアは、すでに我が国とは運命共同体も同然。アルビオンについては、こう言っては憚りながら未だ敗戦国に過ぎませぬ。残るロマリア、ゲルマニアの動向が気がかりではありますが」

 

 

 「それも二週間後の『大降臨祭』にてある程度ははっきりする事でしょう」

 

 

 「開催が決定されたのですか?」

 

 

 「つい先日、宗教庁からの急使が教皇聖下の親書を携えて参ったのだ。『王権守護戦役』によって多大な被害を被った浮遊大陸の人々を慰労する為にあえて慣例を外れ、アルビオンにて『大降臨祭』を開催するとな」

 

 

 「合わせる様に娘からも書状が届いたのです。特務官、あなた宛てにも」

 

 

 「拝見いたします」

 

 

 女王が差し出した書状を玉座まで進み、恭しく受け取るルイズ。中身を読み進める内に驚愕の表情を見せる。

 

 

 「ひ、姫様が、ご、ご結婚!?」

 

 

 「ふふふ、これでカリンとの賭けも私の勝ちね。どちらの娘が先に結婚するのか?」

 

 

 「……陛下」

 

 

 「はーい」

 

 

 護国卿が刺すクギに生返事を返す暫定女王。さらに読み進めるルイズが再び驚きの声を上げる。

 

 

 「え、わ、私に婚姻の巫女役を?」

 

 

 「ええ、そうよ。トリステイン王族の婚姻に際しては一族から選ばれた女性が巫女として参列し詔を詠むのが建国よりの習わし。娘たっての希望でもあるし、『虚無の担い手』である特務官ならばこれ以上の適任はいないわ。女王としてではなく、アンリエッタの母としてお願いするわ。引き受けてもらえるかしら?」

 

 

 「み、身に余る光栄ですっ!」

 

 

 「では護国卿、特務官に『祈祷書』を」

 

 

 「御意」

 

 

 かねてより準備されていたのか、女王が座する簡易玉座横のサイドテーブルに置かれていた長方形の小箱を護国卿自らが取り上げ、ルイズに手渡す。

 

 

 「父様、これは?」

 

 

 「んんっ、護国卿閣下と呼びなさい。これは『始祖の祈祷書』を収めた小箱だ。我が国に伝わる『始祖の秘宝』にして、かの『始祖ブリミル』が祈りの際、欠かさず持ち歩いていた物だと伝承されている至宝だ」

 

 

 「そして婚姻の巫女は『始祖』に倣い、婚姻の儀の前よりこの祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詔を詠む際もまず祈祷書と始祖に祈りを捧げねばなりません」

 

 

 「つ、謹んで御受けいたします」

 

 

 その後、『大降臨祭』と婚姻の儀、さらにロマリア教皇就任三周年記念式典がアルビオン大陸の北方ハイランド地方にて開催される事。それに出席する為にマリアンヌが王家座乗艦にて浮遊大陸の北の玄関口ダータルネスに行幸する事。ルイズが護衛兼巫女として同行する事。出発は一週間後である事が伝達された。小箱を大切に抱えながら、王の間を辞するルイズ。それを見送った護国卿が佇まいを正し、女王に向き直る。

 

 

 「……陛下。国体の決定については?」

 

 

 「もう少しだけ、時間をください。ジェームズ陛下ともお話しなければ」

 

 

 「承知いたしました」

 

 

 「……ふふふ、世界が滅んでしまうかも知れない。そんな話をしていたのに、たかが国の一つや二つが一緒になる、ならないで右往左往しなければならないなんて」

 

 

 「御意。全く、ままなりませんな」

 

 

 「ええ、本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自らの居室に戻ったルイズはシエスタにアルビオン行きの詳細を伝え、一緒に様々な準備に取り掛かろうとしていた。無論、長身異形の亜人の使い魔も念動力によって荷物の取りまとめに余念がない。

 

 

 「とうとう姫様もご結婚か」

 

 

 ふと独り言のように言葉を漏らすルイズ。主である少女の衣類をテキパキと仕分けしつつシエスタが答える。

 

 

 「アンリエッタ王女殿下とウェールズ立太子殿下! 正に美男美女のご成婚ですね! ああ、きっと夢のような結婚式なんでしょうね」

 

 

 「しかも『大降臨祭』に合わせて、だしね。ロイヤルウェディングと言っても、ここまで特例尽くしなのは聞いたことないわね」

 

 

 「ミス・ルイズは婚姻の巫女もされるんですよね? それって付き添い役とは違うんですか?」

 

 

 「基本的には一緒よ。ただ、式で詠む詔を自分で考えなきゃならないのが面倒なのよね」

 

 

  居室に戻った際に慎重に机に安置した小箱に視線を向けるルイズ。

 

 

 「結婚か。そういえばシエスタは自分の結婚について考えたりしてるの?」

 

 

 「えっ!? わ、私ですか? い、今は、その、お仕事が充実してますし、まだまだそう言う事は考えられないというか」

 

 

 「ふーん、相手はいるの?」

 

 

 「えひゃい!? そ、それは……」

 

 

 真っ赤になったシエスタの視線が宙を彷徨った挙句、長身異形の亜人の方を向く。同時にルイズの眉間がミシリと音を立てる。

 

 

 「……そこでどうしてセルの方を見るのかしら? やっぱりシエスタとは一度とっくり『お話』しなきゃダメかしらねぇ」

 

 

 「ええと、あの、その」

 

 

 「ルイズ」

 

 

 それまで傍観者に徹していた長身異形の亜人が主に声をかける。

 

 

 「なによ、セル?」

 

 

 「君も名門貴族の子弟だ。これまでも国内外から無数の縁談が申し込まれて来ていたが、いずれにもいい顔をしなかった。あるいはすでに言い交した相手でもいるのかな?」

 

 

 「はあ? 言い交した相手って」

 

 

 「そ、それって許嫁ってことですよね! どうなんですか、ミス!?」

 

 

 それまで防戦一方だったシエスタが俄然勢いづく。

 

 

 「ちょ、落ち着きなさいよシエスタ。そんな許嫁なんて……」

 

 

 いない、と口にしようとしたルイズの動きが止まる。

 

 

 「そういえば……」

 

 

 ヴァリエール公爵領に隣接する領地を持つワルド子爵家は代々、公爵領の護持を受け持つ衛星領主の家柄であった。十年前、ヴァリエール公爵と当時のワルド家当主との間で、とある口約束が交わされた。公爵の三女と子爵の嫡男の婚約であった。だが、その直後にワルド家の当主はトリステイン北部ランス地方の反乱鎮圧において戦死してしまう。それまでは足繁く公爵領に通っていた子爵家の嫡男も爵位と領地を継承するとすぐさま王都に出仕し、ヴァリエール家とは疎遠になってしまった。

 

 

 「今の今まで、すっかり忘れていたわ」

 

 

 「そ、その方のお名前は?」

 

 

 「……ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。最後に会ったのは、十年ほど前かしら」

 

 

 「十年前、ですか」

 

 

 「親同士が冗談で決めた許嫁よ。正式な言い交しをしたわけでもないしね」

 

 

 今のルイズにとって、それは遠い思い出の一つに過ぎなかった。

 

 

 「そうか」

 

 

 (ルイズの反応から察するにあの男の価値、思っていたほどではないようだな。別の使い道を考えねばならんか)

 

 

 あるいは始末するか。目の前の使い魔が、かつての自身の許嫁の処分を検討しているなど露ほども思わぬルイズがセルに質問をぶつける。

 

 

 「突然どうしたのよ、セル? 私の許嫁がどうのって」

 

 

 「君も間もなく齢十七となる身だ。貴族の令嬢であってみれば婚姻あるいは婚約していても不思議ではない。それに我が主の伴侶たる者がどの程度の器量を備えているかは使い魔として気にもなる」

 

 

 「へぇ、あんたがそんな事を気にするなんてね」

 

 

 「最も、このセルの主たる君に相応しい存在など想像もつかん。かの『始祖ブリミル』本人であったとしても、およそ役者不足だろうな」

 

 

 「ちょっと、どこまで持ち上げるつもりよ。全く、仕方のない使い魔ね」

 

 

 言葉とは裏腹に喜色満面を抑えられないルイズは頬を染めながら使い魔の太腿の辺りを小突いた。

 

 

 「……それだとミスは永遠にミスのままですね」

 

 

 地の底から響くかのようなシエスタの声がルイズの耳朶を打つ。だが、上機嫌のルイズには屁でもない。

 

 

 「長身異形の使い魔を従える永遠の乙女。フフ、悪くないんじゃない?」

 

 

 「くっ!」

 

 

 余裕綽々のルイズに思わず自身の爪を噛むシエスタ。

 

 

 「ところで嬢ちゃんが大事そうに持ってきた小箱。一体何が入っているんだ?」

 

 

 「あっ、それ、私も気になってました」

 

 

 それまで沈黙を守っていたインテリジェンスロッド、デルフリンガーの疑問にシエスタも追従する。

 

 

 「ああ、婚姻の儀の時に使う『始祖の祈祷書』よ」

 

 

 「!……『始祖の秘宝』の一つか」

 

 

 「さすがによく知っているわね、デルフ。陛下からも肌身離さず持ち歩けと言われたし、一応確認しておこうかしら」

 

 

 ルイズが恐る恐る小箱から『始祖の祈祷書』を取り出す。『始祖の秘宝』にしてトリステインの至宝。それを目にしたルイズとシエスタの感想は、一致していた。

 

 

 ((ボロッ……))

 

 

 革の装丁が施された表紙は触っただけで破れてしまいそうなほど痛んでいた。束ねられた羊皮紙は茶色くくすんでおり、誰が見ても焚き木の代わりにするくらいしか価値がないように見えた。

 

 

 「……なにこれ? 真っ黒なんだけど」

 

 

 慎重に表紙を捲ったルイズは拍子抜けした。数百ページはあろうかという祈祷書の中身は全て黒一色に染め上げられていた。

 

 

 「ああ、気にする必要はねえぜ、嬢ちゃん。そいつは、『読むべき時に読める様になる』シロモノだからよ」

 

 

 「ふーん、『読むべき時』ねぇ」

 

 

 「まあ、自前で『虚無』を編み出しちまう嬢ちゃんと旦那には元より無用の長物かもしれねぇな」

 

 

 「そういうものって納得するしかないか」

 

 

 「そうそう! そういう前向きな所が嬢ちゃんの長所だぜ!」

 

 

 「にしても、デルフ。あんた、少しは調子が戻って来たんじゃない? ここ最近、やけに暗い感じだったけど」

 

 

 「うん、まあ、なんだ。今に始まったことじゃないが、ここんところの嬢ちゃんと旦那のハチャメチャぶりは群を抜いてたからな。ようやく俺っちも心が追い付いてきたってとこかね」

 

 

 どうにも鬱気味だった愛杖が調子を取り戻してきたと感じたルイズは好感触であったが、長身異形の亜人の使い魔は、違った。

 

 

(『始祖の祈祷書』には『虚無』の習得を補助する機能がある。だが、今のルイズはデルフリンガーを『始祖の秘宝』の代替品とする事で『虚無』を行使している。恐らく黒く染まった祈祷書は秘宝として機能不全を起こしているのだろう……デルフリンガーがそれに気付かぬはずはない)

 

 

 セルの視線が無造作に机に置かれたデルフリンガーを捉える。

 

 

(デルフリンガー、おまえを一度を破壊し再構築したのは、この私だ。その私に、おまえが隠し果せる事など何も無いのだ)

 

 

(……『全て、想定内に過ぎない』ってか? ああ、そうとも、そうだろうともさ! 頼むからそう思い込んでいてくれよ、旦那。いや、セル! 最後の最期の『その時』までな!)

 

 

 行幸の為の一週間は瞬く間に過ぎ去り、長身異形の亜人の使い魔とその主たる桃色髪の少女は、従者たる黒髪黒瞳の少女と自意識を備えた杖を伴い、浮遊大陸へ向かう船上の人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリスタニア王宮衛士隊総隊長執務室—

 

 この日、カリーヌは一人の客人を迎えた。トリステイン王国におけるメイジの最高位たる『オールド』を冠する唯一の存在であり、その齢、百歳とも三百歳とも謂われるメイジの中のメイジ。

 

 

 「ご足労痛み入りますわ。オットマン・ド・『オールド』・オスマン師」

 

 

 「ふむ、衛士隊総隊長殿のお誘いであれば躊躇もしますがのう。可愛い生徒の母親としてお願いされては無碍には出来ませんわい」

 

 

 カリーヌは王宮に参内して以来、常に身に着けていた鉄仮面を外していた。オスマンは、彼にとって見慣れた生徒である彼女の娘と非常に近しい桃色の髪と容貌に目を細める。

 

 

 「して、此度のお願いとは?」

 

 

 「……『異伝ゼロ・ファミリア』について」

 

 

 「!」

 

 

 内心の嵐を悟らせぬ好々爺の表情を取り繕いながら、王国最高峰のメイジは心の内で嘆息した。

 

 

 (やれやれ、ワシ、五体満足に帰れるかのう?)

 

 

 




第六十七話を投稿いたしました。

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