ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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およそ二か月ぶりでございます。

第六十九話を投稿いたします。


 第六十九話

 

 

 「アルビオン王国立太子ウェールズ・テューダー、トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン。両名の婚姻をここに認めるものである。異議ある者はこの場にて始祖の御名においてのみ、その旨を申し立てよ。さもなくば永遠に沈黙すべし」

 

 

 マザリーニ司教枢機卿の言葉に参列していた多くの人々は万が一にも誤解されないようにと息を潜めた。しばし、時を置き。

 

 

 「神と始祖の祝福があらん事を」

 

 

 聖オーガスティン修道院の最奥、儀式の間。大陸最古の聖地にしてはやや手狭な印象ではあるが、古ブリミル式の建築様式に彩られた神聖な広間は、五十年に一度の『大降臨祭』、現教皇の就任三周年記念式典、そして、大陸四王国の内の二か国、アルビオン王国とトリステイン王国双方の後継者同士の婚姻の場に相応しい荘厳さを醸し出していた。

 

 

 (姫さま、本当に、本当におめでとうございます!)

 

 

 つい先ほど、トリステイン王家の婚礼の巫女としての役目を果たし終えたルイズがゆったりとした純白の巫女服のまま、感動の涙を流しつつ、連れ添いながら退席するアンリエッタとウェールズを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖オーガスティン修道院、禊の間。

 諸々の祭祀と婚姻の儀を執り行った本院最奥の儀式の間の、さらに奥に位置する教皇専用の小楼閣である。全ての祭祀が滞りなく終了してより三時間後、教皇ヴィットーリオは、ただ一人の股肱の臣を供にして禊を済ませていた。

 だが、これから二人にとって『大降臨祭』の挙行よりもさらに重要な邂逅が行われようとしていた。

 

 トリステイン王国近衛特務官にして虚無の担い手たる、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢と虚無の使い魔『神の左手・ガンダールヴ』たる長身異形の亜人セルとの会談。

 

 

 「……もう間もなく、ですね」

 

 

 「はい、聖下」

 

 

 「何を言うにもまだ一人目の担い手の説得。さらに二人が残っているのですから。ここで気張り過ぎるのも考え物ですよ、ジュリオ」

 

 

 ヴィットーリオは使い魔である少年の緊張を解そうといつもと変わらぬ声色で言った。

 

 

 「ええ、まあ、分かっていますよ。分かっていますって、聖下」

 

 

 ジュリオもまた、普段のしゃちほこ張った聖職者然とした口調から砕けた話し方に戻っていた。

 

 

 (まあ、『お嬢様』はともかくとして、問題はあの亜人野郎だ。最悪の場合、聖下の準備が整うまでオレの軍団で時間を稼ぐしかないか)

 

 

 禊の間は、本院建物から離れた断崖の上に建設されていた。崖下には鬱蒼とした森が広がっており、さらにその背後には大陸の最高峰ヴェン・ネイビス山が雄大な姿を見せている。ジュリオはその谷間に自身の最大戦力を潜伏させていた。ハルケギニア最強の幻獣である高位竜種の群れ。その数、実に四十匹。単純比較でも一個艦隊に匹敵する戦力である。『神の右手・ヴィンダールヴ』たるジュリオが現状で動員できる最大規模の幻獣軍団だが、あの長身異形の亜人を相手取るとなると全く安心はできない。

 

 

 

 

 

 ややあって。

 一人の少女と一体の亜人が、禊の間に姿を見せた。ルイズはすでに巫女服を脱ぎ、学生服の上に一等礼装の外套を纏っていた。

 

 

 「……教皇聖下」

 

 

 「これはこれはルイズ殿。ようこそいらしてくださいました。祭祀が終わってより幾ばくも経たないというのにご足労願い、恐縮の至りです」

 

 

 「そ、そんな! 恐れ多い限りですわ! 教皇聖下直々のお召しとあらば、何をおいても馳せ参じます!」

 

 

 その場で跪くルイズ。背後の亜人もそれに倣う。

 

 

 「どうかお立ちください、ルイズ殿。私たちは兄弟なのですから、埒もない儀礼など無用に」

 

 

 「き、兄弟ですか?」

 

 

 表面上、困惑を装うルイズに鷹揚に頷く教皇。

 

 

 「偉大なる始祖ブリミルを祖と仰ぐ我らは、みな兄弟なのです……ふむ、もっと胸襟を開く事にいたしましょう。私と貴女は同じ『虚無の担い手』なのですから」

 

 

 「せ、聖下も虚無の担い手!?」

 

 

 「ええ、その通りです。始祖の力と意志を受け継ぐ事を許された私達には使命がある、私はそう考えています」

 

 

 「に、担い手の使命……」

 

 

 教皇の言葉に喉を鳴らすルイズ。だが、ヴィットーリオはここで矛先を変えた。

 

 

 「使命について私の考えをお話しする前にルイズ殿にお聞きしたい事があります」

 

 

 「聖下のご質問とあらば、なんなりと」

 

 

 「なぜ、『月の悪魔』を使い魔とされているのですか?」

 

 

 「!?」

 

 

 ルイズの顔にさらなる緊張が奔る。

 『月の悪魔』。三日前のウェールズらとの秘密会談の際にマザリーニ枢機卿から聞かされた恐るべき存在の名をルイズは思い出していた。六千年前のハルケギニアを滅亡の淵に追い遣った『大災厄』。それを引き起こした元凶であるという。

 

 

 「お、恐れながら聖下。セルが『月の悪魔』などと何かの間違いでは? 六千年前の『大災厄』をセルが引き起こしたなんて。だって、セルは生まれてからまだ三年しか経っていないって……」

 

 

 「その言葉を信じているのですか?」

 

 

 「そ、それは……」

 

 

 教皇の問いに弱々しく抗おうとするルイズ。

 

 

 「セルは私を、『ゼロ』と蔑まれてきた私を救ってくれたんです。セルの言葉に、その行動に、励まされたからこそ今の私がいるのです」

 

 

 でも、とルイズは言葉を続ける。

 

 

 「その、最近、よく考えるんです。私はセルのいいなりになっていただけじゃないかって。王権守護戦争もゴーレム事変も全部セルに言われたから動いただけで私自身は」

 

 

 シュルル

 

 

 突如、ルイズの後ろに控えていた長身異形の亜人が自らの尾を伸長させ、主人であるルイズの全身に巻き付かせていく。

 

 

 「ああ! セル、そんな、ゆ、ゆるして」

 

 

 「ルイズ、我が主よ。いつも言っているではないか。余計な事を余計な者どもの前で口にしてはいけない、と」

 

 

 「ああ、んっ、ご、ごめんなさい」

 

 

 頬を紅潮させたルイズが使い魔である亜人に許しを請う。セルは普段よりも低く、ややねっとりとした声色で教皇に向かって言葉を発した。

 

 

 「さて、教皇聖下には我が主との会談をご所望との事だが、告解の間違いでは?」

 

 

 「……ミス・ルイズがそれをお望みならば吝かではありません」

 

 

 「いずれにしろ、この楼閣の近辺に四十匹もの蜥蜴どもを配した意図についてお聞きしたい」

 

 

 「「!」」

 

 

 セルの言葉に教皇と助祭枢機卿の表情に緊張が奔る。

 

 

 (くっ! 『静寂の鐘』の効果は間違いなく発現しているはずなのに!)

 

 

 奥の手を看破された事に臍を噛むジュリオを尻目にヴィットーリオが表情を崩すことなく答えた。

 

 

 「六千年前の『大災厄』の元凶やも知れぬ『月の悪魔』と相対するのです。最低限の自衛の手段を取ったまで」

 

 

 「フン、最低限の自衛だと?」

 

 

 「せ、セル! やめて! 聖下を害するなんて、そんな大それた事は!」

 

 

 「案ずるな、ルイズ。無茶をするつもりは、ない」

 

 

 主従のやり取りを見たヴィットーリオを素早く決断を下す。まずは詠唱の為の時間が必要だ。

 

 

 (ジュリオ、頼みます)

 

 

 教皇が無言で右手を僅かに後方に振る。

 

 

 (御意!)

 

 

 合図を受けた助祭枢機卿が素早く教皇の前に出る。間髪入れずにジュリオは自身の右手に意識を集中させる。『神の右手・ヴィンダールヴ』、またの名を『神の笛』とも呼ばれる。その能力の神髄はあらゆる幻獣を支配下に置く事だけではない。本来の生態ではありえない行動を命じる事が出来るのだった。ジュリオが選りすぐった高位竜種四十匹。内訳は火竜二十、風竜十、地竜十となる。強大な炎のブレスを吐く火竜、絶大な機動力を誇る風竜、竜種最大の耐久力を持つ地竜。それぞれの生息地域が重ならない為、目撃数は少ないものの各竜種は互いを捕食対象と見なしていた。同じ場所に潜伏する事すら幻獣学者を驚愕させるのだが、ジュリオに操られた風竜達は飛行能力が退化した地竜達を抱えながら飛翔し、不俱戴天の仇とも云われる火竜と共に天蓋を開放した禊の間へ殺到した。

 

 炎と風のブレスが、砲亀兵の巨陸亀を一撃で屠る爪撃が、たった一体の亜人に浴びせられる、かに思えたが。

 

 次の瞬間、全ては静止していた。

 

 

 「なっ!?」

 

 

 火竜と、地竜を放した風竜はブレスを吐く為に口腔を大きく曝け出したまま、地竜は降下の途中で前腕を振り上げたまま、静止していた。

 長身異形の亜人セルの念動力による束縛であった。セル自身は直接戦闘を好む性質ではあったが、その念動力の強大さは文字通りに次元が違う。ハルケギニアにおいてメイジが使用する念動力、念力は窓や扉の開閉、あるいは穴掘りに利用される程度のモノだが、究極の人造人間であるセルのそれは、同じような感覚で山脈や島、果ては大陸そのものすらも念じるだけで動かしてしまうほどの力を秘めているのだ。

 

 

 「じ、冗談だろう? 時を止めたとでもいうのかよっ!」

 

 

 「ヴィンダールヴの能力、幻獣を自在に操る力か。悪くない、そう、悪くない力だ」

 

 

 (いずれかの私が『ヴィンダールヴ』となった暁には、幻獣に限らずあらゆる生物を操れるやも知れん)

 

 

 セル本体の能力である『ガンダールヴ』は『神の盾』とも呼ばれ、あらゆる武器や兵器を自在に扱う事が出来るとされている。ガリア・セルの能力である『ミョズニトニルン』は『神の本』とも呼ばれ、あらゆるマジックアイテムを自在に扱う事が出来るという。

 

 

 (フフ、残る『リーヴスラシル』の能力が如何なるモノか今から楽しみだな。さて)

 

 

 ジュリオの後方に下がった教皇が精神を集中させ、小声で虚無を詠唱している事を察知したセルは、自ら時間稼ぎを買って出た。

 

 

 「竜どもの咆哮が響き渡ったはずだが、本院に控えているはずの聖堂騎士や衛士隊が一向に姿を見せないのはどういう訳だ?」

 

 

 (こいつ、何のつもりだ?)

 

 

 四十匹もの巨大生物を空中で静止させるほどの念動力ならば、そのまま竜の群れを一網打尽にする事も出来るはずだ。そんな長身異形の亜人が埒もない質問を投げかけてきた事に困惑するジュリオだったが、ヴィットーリオの詠唱時間を稼がなければと考え、亜人の問いに答える。

 

 

 「この禊の間の周囲百メイルは、『静寂の鐘』と呼ばれるマジックアイテムの影響下にある。その名の通り、静寂をもたらすんだが都合がいい事に設定した範囲内のあらゆる音を外部に漏らさない様に出来るのさ。古くから密談や暗殺に利用されていたらしい」

 

 

 「ほう、『静寂の鐘』か。さすがはブリミル教の総本山、ロマリア宗教庁。長きに渡り、数多のマジックアイテムを蒐集してきたのだろうな。あるいはこの私を一瞬で葬るような恐るべき魔導兵器を隠し持っているのではないかな?」

 

 

 「そうだったらどんなにいいか。ちっ、醜い亜人め、お前の目的は一体何なんだよ?……先に言っておくがオレ達の目的は、兄弟国たるトリステイン王国の虚無の担い手を誑かす亜人を排除する事だ」

 

 

 「フフ、目的か。私の目的はただ一つ。我が主たるルイズの心の安寧を守る事だ。他は何がどうなろうと知った事ではない」

 

 

 「ああ、セルゥ……」

 

 

 慇懃無礼を体現するかのようにジュリオに向かって優雅な一礼をするセル。尾に巻き付かれたままのルイズが陶酔した表情で声を漏らす。

 

 

 「戯言をほざくな!」

 

 

 「お互いにな」

 

 

 (ちょっと、セル! もう十分じゃない? 向こうの奥の手である竜軍団も押さえたんだし、この芝居もそろそろ、あっ、んんっ、尻尾を解き、くうっ、なさいよ! な、なんかほんとうに、ひっ、へんなきもちになっちゃ、んっ、ダメっ!)

 

 

 何やらよろしくない心持ちに陥ってしまいそうなご主人様の艶っぽい念話にも長身異形の亜人は平然と念話を返す。

 

 

 (いや、まだだ。教皇聖下が奥の手を御見せになっていないからな)

 

 

 (せ、聖下の奥の手? や、やっぱり『虚無』、かしら?)

 

 

 (恐らくな。ほう、どうやら詠唱が終わるようだな)

 

 

 「ジュリオ、下がりなさい」

 

 

 「聖下」

 

 

 自ら使い魔の前に出た教皇が聖杖を床に突き立てる。

 

 

 「ミス・ルイズは虚無の担い手である前にブリミル教の敬虔な信徒でもあるのです。教皇として、同じ信仰に生きる一人の信徒として手を差し伸べずにはおれません。長身異形の亜人よ、貴方が『月の悪魔』であろうとなかろうとミス・ルイズを惑わし、害を成すならば疑い様のない私の敵です」

 

 

 「フン、お祈りだけの聖下に何が出来ると?」

 

 

 「私も虚無の担い手、その力を以って貴方を異なる地へと送って差し上げましょう」

 

 

 ヴィットーリオが聖杖を掲げ、最後の小節を詠唱する。

 

 

 「ペオース」

 

 

 それを見て取ったセルは、ルイズに巻き付けていた尾による束縛を解きつつ、後方へ移動させる。

 

 

 「ただし、貴方の『身体』だけですが。始祖よ、ご照覧あれ! これぞ我が決意! 『世界扉』!」

 

 

 

 

 

 教皇ヴィットーリオは七歳で虚無の魔法に覚醒した。ある時、ヴィットーリオは移動を司る虚無の一つ、『世界扉』を詠唱した。目の前の空中に出現した鏡のようなゲートは、少年の精神を反映してか手鏡ほどの大きさだった。だが、そこに映し出された『此処ではない何処か』の映像は幼いヴィック少年の好奇心を刺激した。屋敷から持ち出した枢機卿の錫杖の先端をゲートへと差し入れる。戦槍を思わせる鋭い切先を持つ錫杖の三分の一程が鏡の中へと飲み込まれていく。

 

 

 「ヴィック! どこにいるの?」

 

 

 「ッ!? は、母様? うっ!」

 

 

 キンッ

 

 

 屋敷を抜け出した息子を探して、裏手の森に足を踏み入れた母の呼び声にヴィットーリオの集中が途切れる。その瞬間、世界扉のゲートが強制的に遮断された。著しく精神を疲弊させたヴィックが尻餅をつきながら錫杖の先端に視線を奔らす。錫杖の長さは元の三分の一になっていた。斜めに切断されたであろう、その断面はまるで鏡のようにヴィットーリオの瞳を映し、震えながら触れた少年の指の皮膚を研ぎ澄まされた名剣のごとく裂いたのだった。

 

 世界と世界を繋ぐ『世界扉』は文字通りの異界への扉であり、空間そのものを断ち切る次元断裂でもあったのだ。

 

 この世のありとあらゆるモノを切り裂く神の刃。

 それが教皇にして虚無の担い手たるヴィットーリオ・セレヴァレの切り札であった。

 

 

 

 

 

 二.五メイルを超える長身異形の亜人の『首』の部分を目掛け、教皇が放った『世界扉』の虚無が『横向き』に展開される。開放。遮断。

 

 

 キンッ

 

 

 何処までも透き通った音。

 

 

 ズオンッ

 

 

 大きく気流を乱す音。

 

 

 

 ゴトッ

 

 

 そして、長身異形の亜人の『頭部』が、磨き上げられた石床に落ちた音が、禊の間に響き渡った。

 




第六十九話を投稿いたしました。

昔の偉い人は言いました。

「ドアは凶器!」

次話で第六章は終了となります。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

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