そろそろ、オリジナル設定が増えてきます。
どうか、ご了承ください。
「……ぼ、僕の……負けだ」
杖を失い、完全に戦意を喪失したギーシュは、自ら負けを認めた。これは、セルの知らないことだが、およそメイジ同士の決闘にあっては、魔法の発動体である相手の杖を奪う、あるいは破壊することが、最もスマートな決着方法とされていた。セルの勝利は誰の目から見ても、文句のつけようがなかった。
「ギーシュといったな」
セルは、四つん這いのままのギーシュに静かに語りかけた。
「聞けば、おまえの生家は代々、軍人の家系だという。ならば、いずれはおまえ自身も、軍人として護国の盾となることを望むのか?」
「……うっ、あ、当たり前だ。ぼ、僕はギーシュ・ド・グラモン、トリステイン王国陸軍元帥たる父と、王国最精鋭を誇る魔法衛士隊々員の兄たちを持つ、ほ、誇り高いグラモン家の四男だ。ぼ、僕もいつかは、兄さん達のように王国と王女殿下の御為に……」
突然、自分の家や自身の将来についてまで話し始めたセルに困惑しながらも、応えるギーシュ。
(……そうだ。今はまだ、ドットメイジだけど、もっと努力していつの日か、兄さんたちと轡を並べ、父さんの指揮の下で王女さまのために……)
話しながら、ギーシュはかつて、魔法学院に入学したばかりの頃に抱いていた夢を思い出していた。
「では、いつかおまえが、軍人となった時、おまえは今日の自身の所業を家族に伝えることができるか?」
「!!……あ……あ……」
ギーシュは全身を砕かれるような衝撃を受けた。できるわけがない。「命を惜しむな、名こそ惜しめ」という父の言葉がギーシュの頭の中に繰り返し響いていた。
「あ……ぐうぅぅ……う……うっうっ」
「自身の行いを省みることができたなら、おまえがするべきこともわかるだろう。それが解らなければ、おまえは正真正銘のクズだ」
ギーシュは、しばらくの間、地に頭を押し付けて震えていたが、やがて、よろめきながら立ち上がり、セルを見上げて言った。
「……モンモランシーとケティ、僕が傷つけた彼女たちに心から謝罪する。例え、許されなくとも。それから、あの黒髪のメイドにも正式に謝罪する。最後にきみの主であるミス・ヴァリエールに「ゼロ」と罵ったこれまでを謝りたい。受け入れてくれるだろうか?」
「それを判断するのは、私ではない。我が主、ルイズだ」
セルは、ギーシュを残してその場を去った。決闘の終了を悟った生徒たちが、一斉に騒ぎ出した。
「ギーシュが負けたぞ! ルイズの亜人の使い魔が勝った!!」
「メイジが亜人に負けるなんて……」
「見かけだけじゃなかったのか!!」
「二対八の配当って、い、いったい、いくらになるんだよっ!?」
「誰だ!? 亜人の勝ちに賭けたのは!?」
「やったわね、ヴァリエール!! あなたの使い魔の勝ちね!!」
「あ、あたりまえじゃない、ツェルプストー!! この私の、使い魔なんだから!!」
「……予想通り」
ルイズも騒ぎ出した生徒に混ざって、キュルケやタバサとセルの勝利を祝っていた。だが、少しおかしい。私はセルの主なんだから、自分の使い魔が勝てば、そ、そりゃあ、嬉しいに決まっているけど。どうして、ツェルプストーが私と抱き合うほど喜んでるの、ていうか、胸をこれ見よがしに押し付けてきて、むかっ腹がたつんだけど。
「ちょっ、ちょっと、はなれなさいよ、ツェルプストー!! その無駄な脂肪の塊を私に押し付けるんじゃねーわよ!! だいたい、セルはわ、た、しの使い魔なの!! なんで、あんたが飛び上がるほど喜んでいるのよ!?」
「あら、別にいいじゃない、ヴァリエール。知らない仲じゃないんだし。それに彼のおかげで、イタッ!」
「……」
何かを言いかけたキュルケのお尻を、背後にいるタバサが自分の身の丈ほどありそうな長い杖で軽く一撃する。
「あっ! あ~と、とにかく、よかったわね!! ヴァリエール、彼が勝って。ギーシュもドットとはいえ、実力はそんなに悪くないんだし……」
「……なにか、隠しているのかしら? ツェルプストー」
「そ、そんなことあるわけないじゃない、ヴァリエール。あ~っと……あ、ほら! ヴァリエール、決闘に勝利したあなたの騎士が凱旋よ!!」
「セル」
ルイズは自分の下に戻ってきた、使い魔に走り寄った。その後ろで、キュルケとタバサがほっとしていた。
(あぶない、あぶない。ありがとうね、タバサ)
(……口は災いの元)
実はキュルケとタバサは、決闘の裏で行われていた勝敗決めの賭けギャンブルでかなりの金額をセルの勝ちにつぎ込んでいた。特にキュルケは最初はギーシュに賭けていたものの、タバサのセル勝利予言を聞いてから、直ぐに胴元役の生徒のもとに飛んでいって、杖を突きつけての脅迫まがいの方法で、自分の賭け札をセルの勝ちに変えさせていた。なにしろ最終倍率二対八の大穴だ。彼女たちに払い戻される配当金は、向こう一年間の小遣いに困らないほどの額になるだろう。無論、貴族である彼女らの事、その金額は平民のそれとは、ケタが違う。
(うふふ、これだけの臨時収入があれば、手の届かなかったロマリア屈指の彫金師ザンザーランド卿の純金製新作ハープは、ワ、タ、シ、ノ、モ、ノ)
(……幻想冒険紀行全集全八十巻セット、ゲット)
キュルケとタバサ、彼女たちは、いずれルイズにとって終生の友となるはずの二人であった。
「ルイズ、決闘は終わった。あの程度であれば特に問題は起こらないと思うが、どうだろうか?」
「セル……そ、そうね。ギーシュの奴にはいい薬になったでしょうし。さすがは私の使い魔だわ。よくやったわ、セル」
「お褒めいただき、光栄だ、ルイズ。ところで、ギーシュがきみに謝罪したいと言っていた。いままで、きみを「ゼロ」と呼んでいたことを、謝りたいそうだ」
「へぇ~、あのギーシュがそんな殊勝なことをねぇ。ふふふ、セル、あんたの据えたお灸が効きすぎたんじゃないかしら」
「ふっ、かもしれんな」
桃色の髪を揺らしながら、ルイズはその深い鳶色の瞳をイタズラっぽく輝かせていた。そんな主に珍しく笑みを浮かべながら応えるセル。
春の心地よい一陣の風が、ヴェストリの広場を吹き抜けていった。
「……」
「……」
学院本塔の最上階にある学院長室。その室内で、オスマンとコルベールは学院の秘宝の一つ、「遠見の鏡」を凝視していた。
「……勝ってしまいましたな、あの亜人」
「……うむ」
「相手の杖を奪い、破壊する。決闘としてこれ以上ないほど、きれいな勝ち方ですな。」
「……うむ」
「彼は……ガンダールヴなのでしょうか?」
「……わからん。グラモンの坊主の杖を奪ったのはともかく、ゴーレムをどうやって破壊したのか皆目、見当がつかん」
「確かに。気付いた時には、ギーシュのゴーレムは一体残らず、粉々になっておりましたから」
オスマンは目元を指で揉み解しながら、席を立ち、窓際に向かう。
「一つ確かなのは、あの亜人はまるで実力を見せておらんということじゃ……ミスタ・コルベール」
「はっ、はいっ!」
オスマンの低く響く声に思わず、席から立ち上がるコルベール。
「此度の一件、わしが預かる。王宮への報告も不要じゃ。そなたもこの件に関しては、他言無用の事、良いな?」
「か、かしこまりました、オールド・オスマン!」
コルベールが退出した後、オスマンは窓から見えるトリステインの地を眺めながら、重々しく呟いた。
「……亜人のガンダールヴか……ブリミル教の連中が黙っておらんじゃろうな」
第八話をお送りしました。
虚無の曜日まで入れるとまたしても、長くなるため、今回はここまでとさせていただきます。
申し訳ありませんでした。
次話をご期待ください。