大変遅ればせながら鳥山先生のご冥福をお祈り申し上げます。
投稿を再開いたします。
『アルアンダルス』
エルフ族の大国ネフテスがその総力を挙げて、蛮族域と蔑むハルケギニア各国への多方面同時侵攻を要諦とする一大作戦である。この作戦の為にネフテス軍は本来犬猿の仲であるはずの水軍と空軍の大規模な再編成を実施。結果、創立された災厄撃滅艦隊は、その参加艦艇数一千を優に超える、ネフテス始まって以来の戦力規模を誇る大艦隊であった。
ネフテス国の最高意思決定機関である上席評議会の一員にして、災厄撃滅艦隊総司令を拝命するエスマーイルが自ら総旗艦『アトゥム』に乗り込み指揮を執る『旗艦艦隊』は、ハルケギニア大陸の精神的支柱とも云うべきロマリア連合皇国の水上都市アクイレイアへと進撃。支旗艦『ゲブ』が率いる第一支艦隊は、ハルケギニア最大の領土を誇る帝政ゲルマニアの東方中核都市ドレスディネに狙いを定め、同じく支旗艦『ヌート』が率いる第二支艦隊はネフテスに最も近いガリア王国の最東端、アーハンブラ城跡地から侵攻。そして、大陸北部を大きく迂回するルートを通って浮遊大陸アルビオンに向かう支旗艦『へカート』率いる第三支艦隊は、上陸早々に蛮族神殿における汎精霊力監視装置の『激震』反応を確認。即座に切り札である『第三世代型結晶石多弾頭砲弾』、通称『メジート砲』の使用に踏み切ったのである。ネフテスにおいて、結晶石を用いた『精霊石兵器』は自滅兵器とも呼ばれ、六千年前の大災厄との戦いを最後に封印されたはずであった。
だが、長身異形の亜人の跋扈が状況を一変させた。あまりにも強大すぎる力の残滓は、事なかれ主義に染まっていたはずの老評議会に大災厄を引き起こした悪魔の出現を突き付けたのだった。それでも、ネフテス国の最高指導者、統領テュリュークと穏健派の評議員たちは最後の手綱として『精霊石兵器』の使用に制限をかけた。
汎精霊力監視装置に『激震』反応が確認された場合のみ、『精霊石兵器』の使用を認めるとしたのだ。
悪魔さえ出現しなければ、蛮族共の戦力などネフテスの総力を結集した災厄撃滅艦隊の前には赤子にも等しい。それは、エスマーイル率いる対蛮族強硬派である『鉄血団結党』に限らず、ほぼ全てのエルフたちが共有する認識であった。
長身異形の亜人が出現する前ならば、ハルケギニア大陸に住まう人々にとってもその認識に大きな差異はなかった。
だが、『彼』にとってはエルフ族の大艦隊も自身が率いる新鋭艦隊の初陣を飾る『的』でしかなかった。
帝政ゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世は自ら艦隊指揮を執っていた。聖オーガスティン修道院から港湾都市ダータルネスを目指す諸国艦隊の殿を務めていた皇帝艦隊カイゼル・フロッテは後方からの衝撃波と閃光を確認した時点で進軍を停止した。
「今の衝撃は……」
「エルフ艦隊の攻撃だな。聖オーガスティン修道院はもはや跡形もないだろう」
「ほう、例の『精霊石兵器』とやらか」
ヒルデ・ブランド号の艦橋指揮席で艦隊指揮を執っていたアルブレヒトは自身の背後に佇む長身異形の亜人を振り返り、言った。
「貴様、知っていたな? 耳長どもがこのアルビオン大陸に、しかも首都ではなく聖オーガスティン修道院に先制攻撃を仕掛けてくる事を」
(挙句の果てに各国の賓客が艦隊とともに修道院から十分に離れた瞬間を狙いすましたかのように……)
「なぜ、余に進言しなかった?」
「始祖ブリミルが大陸に降り立ったとされる尊き聖地を宣戦布告もなく吹き飛ばした凶悪な異種族エルフの大艦隊。その強大無比な敵に真っ先に立ち向かうは勇敢なるハルケギニアの守護者達……皇帝艦隊カイゼルフロッテの初陣としては、まあ、悪くはあるまい」
「相も変わらずよく回る口であるな、亜人め」
まるでアルブレヒトの詰問を待ちかねていたかの様にスラスラと答える、したり顔の長身異形の亜人と苦い顔の皇帝。
(こやつの掌の上で踊らされるのは業腹だが、我が艦隊の試金石としては願ってもない相手である事も確か、か)
相対するはブリミル教圏共通の怨敵エルフ族、観客たるは四王国首脳をはじめとするハルケギニア大陸選りすぐりの王侯貴族と高級軍人たち。僅かな逡巡の後、アルブレヒトは指揮席から立ち上がり、右腕を掲げ、高らかに号令を発した。
「全艦直ちに転進! 然る後に砲撃戦用意! 目標、エルフ艦隊!」
「ぜ、全艦直ちに転進! 然る後に砲撃戦用意! も、目標、え、エルフ艦隊!」
威風堂々たる皇帝の命令をやや気後れした調子で復唱する艦隊司令はヒルデ・ブランド号の艦長を兼任していた。ヒルデ・ブランド号の第一艦橋は瞬く間に喧噪に包まれた。精強を以って鳴るゲルマニア軍の最精鋭で構成される皇帝艦隊カイゼル・フロッテの艦艇定数は三十。今回の親征に帯同した艦艇は十三隻である。大国ゲルマニアが誇る最強艦隊にしては慎ましい数といえる。それでも、諸国艦隊の中では最大の戦力を誇っていたが、見る者が見ればエルフの大艦隊に挑むにはあまりにも乏しい戦力であった。
「主砲装填! 弾種、『結晶砲弾』!」
「しゅ、主砲装填! 弾種、け、『結晶砲弾』!」
「……砲術長、初撃は敵艦隊左舷を狙え」
「は、はっ! 目標、敵艦隊左舷! 測距急げ!」
「各艦へ伝達! 本艦は『結晶砲弾』を発射する! 各艦、衝撃及び閃光に備えよ!」
本来、国家元首である皇帝が自ら艦隊の指揮を執るなどあり得ないが、アルブレヒトはあえて自身が最前線に立つ事で皇帝の威光をより際立たせる選択をした。さらに皇帝の狙いを看破する長身異形の亜人。
「あえて、敵旗艦に『結晶砲弾』の威力を見せつける、か」
「ふん、耳長どもの取り澄ました顔が驚愕に歪む様を直に見れんのは惜しいがな」
帝国軍選りすぐりの精鋭を揃える皇帝艦ヒルデ・ブランド号の乗組員たちは時を置かず、皇帝の勅命を果たす。
「主砲装填及び目標測距完了!」
「砲撃準備よろし!」
「閣下、全て整いましてございます」
「…主砲斉射ァ!」
皇帝座乗艦ヒルデ・ブラント号の第一主砲塔から深紅の光弾が射出される。それは、ネフテス災厄撃滅艦隊の切り札たる『第三世代型精霊石多弾頭砲弾』をも上回る初速と射程距離を以って、第三支艦隊左舷に到達した。
『結晶砲弾』発射を遡る事、数刻
「……今頃、あの絶壁胸が聖下とやり合っているのかな」
「不満かね、イザベラ?」
窮屈な一等礼装のドレスを脱ぎ捨てたイザベラが、お気に入りのディヴァンに横たわりながら呟くと傍に控える長身異形の亜人が訊ねる。
「べっつに。今のあたし、いやガリアはトリステインやアルビオンにとやかく注文できる立場じゃないし、あいつもまさか、ロマリア教皇を弑するような大馬鹿なマネをしでかすほど馬鹿じゃないだろうしね」
ガリア王国次席座乗艦ラ・リシャール号の貴賓室で寛ぐ女王イザベラ。お気に入りの侍女をも遠ざけて、長身異形の亜人と二人きりで話すのも、ずいぶん慣れたものだ。
「……教皇聖下は、何をお考えなのかな」
再度、独り言のようにポツリと漏らすイザベラ。
「見当はつく」
長身異形の亜人の言葉に、身体を起こし、視線で続きを促す若き女王。
「腐敗しない国家も宗教も存在しない。良識を自認する人間は最初は腐敗を打倒しようと意気込むが、やがて現実を知る。腐敗とは『自然』であると。戦って勝てる様な存在ではないと。多くはそれを受け入れるが、たまたま諦めの悪い者が、全てを覆す『力』の一端を得たとしたら…何を夢想するだろうか?」
「……まさか、『世界征服』とか」
「フッ、さぞ耳障りの良い理想でデコレーションするのだろう」
「真面目過ぎるのも考え物か……」
不味いモノを口にしたかのように表情を歪めたイザベラは無性に従妹に会いたいと思った。ガリア王国女王イザベラの従妹タバサことシャルロット・エレーヌ・オルレアンは再興を許されたオルレアン大公家の根拠地サントルヴァルドで母ジャンヌと共に旧臣の受け入れ準備を進めていた。
ゴゴゴゴォ
「なっ、なんだっ!?」
諸国艦隊の先陣を務めるガリア艦隊に聖オーガスティン修道院消滅の衝撃波が到達した。
「……そうですか。ヴィットーリオ聖下がそのようなお考えをお持ちだったとは」
トリステイン王国が誇る王室座乗艦『コンスタンティン』号の貴賓室にて、つい先ほど聖オーカスティン修道院からセルの瞬間移動によって帰還した特務官ルイズの報告に耳を傾けるマリアンヌ暫定女王と宰相マザリーニ。
「……」
僅かに眉を顰めたマリアンヌだったが、その背後に控えるマザリーニの表情には何の感情も浮かんではいなかった。文字通り、表向きには。
(ヴィック、お前ほどの者が何故、そんな短絡的な手段を選択してしまったのだ)
マザリーニが知るヴィットーリオは聡明で、冷静で、時に親代わりを自認するマザリーニが困惑するほど、世界を達観している男だった。その彼が「力」による世界統一を目指すなど。
(如何に『虚無』の力が強大であろうとも、『始祖』ならぬ人の身で振るう力ではこの世界を一つにするなど出来ようはずがない)
つと、マザリーニは自らの視線を報告を続ける特務官から、その背後に佇む長身異形の亜人に向けた。
(世界をも滅ぼす力を持つ亜人、セル……もし、ヴィックの使い魔があの『月目』の少年ではなく、四体存在するという亜人の何れかであったなら、あるいは)
教皇ヴィットーリオ・セレヴァレの腹心、ジュリオ・チェーザレ助祭枢機卿が『虚無の使い魔』である事は、『大降臨祭』前にヴァリエール特務官から報告を受けていた。最も、特務官やイザベラ女王が企図した『セル相互抑止』が実現するならば、例え、教皇の使い魔一体がその力を振るおうとしても、他の三体が阻止に回るだけの事。世界統一など夢のまた夢である。
「聖下は「力」と「理性」を柱として、世界を統一するとおっしゃいました。しかしながら、聖下の『虚無』と使い魔の最大の力は、私とセルには全く通用しませんでした。申し上げるまでもなく、力は、より強大な力の前には無力です」
「童でも理解する道理ね。ヴァリエール特務官の言動は全く以って正当であったと、トリステイン暫定女王として承認いたしましょう」
「恐悦至極に存じます」
深々と頭を下げる特務官に鷹揚に頷きかけた女王は背後の宰相にも声を掛ける。
「マザリーニ卿にも異論はありませんね?」
「……ございませぬ、陛下」
「よろしい。では、ダータルネスにおける披露宴にて…」
瞑目した女王が満足げに頷き、言葉を続けようとした瞬間、長身異形の亜人が動いた。
「失礼」
「え、ちょ、セルっ!?」
「えっ」
「な、何を!?」
セルは右手を主や女王、宰相に差し向けて念動力を発動する。正確には航行しているトリステイン艦隊の全てのフネに向けて。
ゴゴゴゴゴォ
その直後、トリステイン艦隊を衝撃波が襲った。
ネフテス総軍災厄撃滅艦隊から発射された『精霊石兵器』の着弾によって発生した大爆発。それによって消滅した聖オーガスティン修道院から放たれた衝撃波が到達したのだ。
「セル、今のは!?」
「エルフ共の攻撃だろう。恐らく結晶石を用いた兵器を使ったな」
長身異形の亜人の念動力によって、衝撃波の影響をほとんど受けなかったトリステイン艦隊だが、衝撃波が聖オーガスティン修道院の方角から発生したと察したマザリーニがセルに問う。
「ならば、ヴィックは、教皇聖下の御身は!?」
「……その心配は無用だ」
ヴンッ
セルの答えとほぼ同時に、『コンスタンティン』号の貴賓室に一人の青年と一体の亜人が突如、出現した。
青年は至尊の教皇冠を戴き、土に塗れた教皇衣に身を包み、その瞳に未だ誰も、古くから知るマザリーニですら見た事もない異様な輝きを宿したブリミル教の最高権威者、教皇聖エイジス三十二世その人であった。
そして、亜人は貴賓室に居たルイズの使い魔たる長身異形の亜人と瓜二つの容姿を持っていた。
「……聖下……どうして」
未だ意識の戻らない少年が無意識に呟いた。その身体は土に塗れていた。そして宙に浮いていた。
「いずれ、自ら訊ねるがいい。かつての主にな」
聖オーガスティン修道院の跡地。一人の青年が自らの半身とも云うべき少年を自ら葬ったその地に、長身異形の亜人は立っている。全て想定通りであった。
教皇が、自らの使い魔を手にかける事も、荒事に不慣れな彼が『かけそこなう』事も。使い魔の死を完全に確認できない事も。仮死状態となった使い魔がメイジとのつながりを絶たれる事も。
ジュリオの出血を念動力で抑制し、水魔法を応用した『気』によって仮死状態を維持。
教皇と使い魔となった分身体が去った後に墓を暴き、最低限の治療を施す。
最も、必要となるであろう、『その時』に備えて。
第七十三話を投稿いたしました。
ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。
2025年最初の投稿となります。
遅ればせながら、本年もよろしくお願いいたします。