第七十四話を投稿いたします。
(……やっぱり、早まったかしら、わたし?)
トリステイン王国屈指の名門貴族ヴァリエール公爵家の長女エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールは首を傾げながら物思いに耽った。周囲に目を向ければ、自身が灯した『ライト』のコモン・マジックに照らされ、ほんの一部だが途方もない大きさの断崖の景色が凄まじい速度で動いている。実際に動いているのはエレオノール自身であるが。彼女と『同行者たち』は時速数百リーグというフライ(飛行)の魔法を遥かに超越した速度で『東』へと向かっていた。
(すでに1時間以上飛行しているわ。トリステインどころかゲルマニアすら超えて『東』へ)
ハルケギニア大陸の東方に位置する『聖地』。偉大なる始祖ブリミルが最初に降臨したとされる伝説の地。異種族エルフに事実上、占領されており、現状がどのような状態であるかはハルケギニア大陸の人間が知る術はない。
(この断崖、というよりも巨大な空洞はどこまでも続いている。もし、あの『触手』が『聖地』からやってきたのだとしたら……)
エレオノールは数時間前に接触した存在『達』を思い出していた。
ートリステイン王国ヴァリエール公爵領ノルパド鉱山最下層坑道
かつて想定外の大規模陥没事故を起こした領内の風石鉱山の再調査に赴いたエレオノールは、莫大な風石の『鉱脈跡』の詳細な調査を試みた。だが、調査に投入された資機材も人材も十分ではなかった。彼女自身も自分の焦りを自覚はしていた。
末妹ルイズの活躍。
『ゼロ』と渾名されたおちびはもはや過去の存在。今や『蒼光』の二つ名で諸国にもその名を轟かせる近衛特務官である。長姉たる自分が遅れを取るわけにはいかない。妹の成長を確かに喜びながらも、姉としての矜持も捨てられない。
結果として、エレオノールは自身配下の新人メイジの探査装置の操作ミスによって、地下千メイルの巨大陥没に落下するという憂き目を見る事となる。
(……死んだわ、わたし)
探査装置の操縦席から、動けなくなっていた新人メイジを無理やり配下のベテランメイジに放り投げたエレオノールは自身の火事場の馬鹿力に他人事のように感心しながら、暗黒の陥没に吸い込まれていった。
(ふふふ、まあ、カトレアは全快したし、おちびもあの『使い魔』がいれば、何とでもなるでしょう)
終わりのない浮遊感にすっかり諦観してしまうエレオノール。だが、本当に浮遊感に『終わり』はなかった。
(……いくらなんでも長すぎない?)
エレオノールはそっと片目だけを開いてみた。何も見えない。完全な暗黒であった。右手には愛用の杖の感触があった。『ライト』のコモン・マジックを詠唱する。
「ライト」
そこに浮かび上がったのは、地面すれすれを浮遊しているエレオノールを覗き込む七体の『短身異形の小亜人』達であった。
「……ぶぎゃああああああ!!」
一瞬の沈黙の後、エレオノールは貴族の令嬢とは思えぬ特大の悲鳴を上げた。
「はあ、はあ、確かによくよく見れば、あの『使い魔』、セルに似ている、というかあれをそのまま子供にした亜人ね」
数十分後、どうにかエレオノールは落ち着きを取り戻していた。最初は完全に錯乱してしまい、『土弾』などの土属性魔法を散々に叩き込んでしまったが、小亜人たちはこゆるぎもせずエレオノールをじっと観察していた。魔力をあらかた消費してしまったエレオノールは亜人達が自分に害を及ぼすつもりがないと判断し、意志の疎通を図ろうとした。
「あ、あなたたちは私の妹の使い魔である『長身異形の亜人』セルと関係があるのかしら?」
小亜人たちは一度、顔を見合わせると一斉に頷いた。
「やっぱり。ところであなたたちはしゃべる事はできるのかしら?」
今後は一斉に首を振った。
「言語能力がない、か。こちらの意志を伝える事は出来るだろうけど……」
エレオノールが思案していると、彼女の足裏に振動が伝わってきた。土のトライアングルメイジである彼女の感覚は遠くから地響きと共に何かが接近して来ている事を告げていた。途轍もなく巨大な何かが。
「な、なにこれ、こんな巨大な……きゃあ!」
ゴゴゴゴゴゴゴ
反射的にライトの効果範囲を拡大したエレオノールが見たのは、鈍い光沢を放つ金属に覆われた巨大な触手であった。先端には複数の突起が生えており、その一本一本が大型船の主マストよりも太い胴回りを持っていた。長さに到っては見当もつかないほどであった。その触手が信じがたい速度でうねり、エレオノールに迫る。
だが、次の瞬間。
ドゴォォォォォ
七体の小亜人達が、超高速で触手に体当たりを敢行。数百メイルはあろうかという触手は先端の突起の大半を破壊され、動きを止める。
「い、一体なにがどうなっているのよ、ほんとに」
思わず頭を抱えたエレオノールが、触手の様子を伺っていると、一度は動きを止めた触手が再びうねり、猛スピードで後退を図った。
「え、うそ、に、逃げる?」
エレオノールは逡巡した。彼女は直観的に風石鉱脈消失の原因は、あの触手にあると判断していた。そもそも正体も何も不明な異物ではあるが、このまま逃せば二度と邂逅できないかもしれない。
「我がヴァリエール家の貴重な財産たる風石鉱脈を掠め取っておいて何事もなく逃げおおせるなどと、よくも思い上がった真似を!」
七体の小亜人達は、まるで主の命を待つ従者の如く、エレオノールの傍に控えていた。それを見たエレオノールは決断する。
「短身異形の亜人達よ! 我が名はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールである! 汝らが長身異形の亜人セルに連なるものならば、セルの主である我が妹ルイズに代わり命じます! あの触手を追い、然るべき報いを与えるのです!」
裂帛の気合とともに下された命に騎士の如く頭を垂れ、受諾の意を示す七体の小亜人。同時にエレオノールの身体が念動力によって浮遊。かくして、一人の令嬢と七体の小亜人は、巨大触手の追跡行を開始したのだった。セルジュニアと呼ばれる存在があった。その名の示す通り、長身異形の亜人セルの子供達である。かつて、紆余曲折を経て完全体となったセルが、とある少年の本気を引き出す為に生み出した存在である。『真・四身の拳』によって分身した四体のセルがそれぞれに生み出し、各地へと配置していた。以前のセルジュニアは完全体のセルをそのまま子供化した姿であったが、ハルケギニアにて生み出された彼らは、第一形態、あるいは第二形態のセルを子供化した姿を持ち、高い知性を備えながらもあえて言語能力は与えられなかった。その戦闘力は親たるセルには遠く及ばぬものの単独で一国を殲滅するほどの力を秘めていた。
「切って、刻んで、磨り潰す、切って、刻んで、磨り潰す」
エルフ族が「シャイターンの門」と呼び、封じている禁忌の地。六千年前に大いなる災厄『月の悪魔』が降誕したという忌むべき地。本来、この地には大陸全土を無差別に浮遊させる大災厄『大隆起』を引き起こす『極大精霊石』が存在していた。
「切って、刻んで、磨り潰す、きってきざんですりつぶす……」
だが、六千年前の『あの時』、大同盟の最終作戦に介入した長身異形の亜人セルによって、第三の月『漆黒の弦月』は下部構造体の一部を破壊され、それは『極大精霊石』の真上に落着した。強大無比な科学力を誇ったマシン惑星のデッドコピー『デミ・ゲテスター』のさらに本体から切り離された惑星浸蝕機構の一部はそれでも、稼働し続けた。六千年の間、一時も停止する事なく、『極大精霊石』の全てを吸収し尽くし、そこから枝葉を伸ばし、世界全ての地下鉱脈を少しずつ浸蝕していったのだった。
「キッテキザンデスリツブスキッテキザンデスリツブス……」
もう少しだった。五千六百七万六千八百時間前に次元の狭間に追放されてしまった本体の通常空間への帰還。その為に必要な高エネルギー総量まで、後わずかだ。だが。
「……オヤ、オキャクサンノヨウデスネ」
都市の象徴である大水路の向こうから数十に及ぶエルフ族の艦隊がその威容を見せるとマルティラーゴ広場に集っていた市民達から恐怖の声が漏れ聞こえる。隣国ガリアとの国境に近いロマリア連合皇国の都市アクイレイアは人工島と無数の水路によって形作られた水上都市であった。その迷路の如き水路は歴史上、数々の陰謀やロマンスの舞台となってきた。
「フン、蛮族風情がこの程度で水上都市などと片腹痛い」
「全くでありますな。我らがアディールとは比較にすらなりませぬ」
ネフテス国災厄撃滅艦隊『旗艦艦隊』を率いる総旗艦『アトゥム』の艦橋で眼下の都市を侮蔑と共に睥睨する災滅艦隊総司令にして『鉄血団結党』党首エスマーイルの言葉に麾下の艦隊副司令が賛意を示す。
「『激震』反応は無いか?」
「はっ、今のところは反応は皆無との事です」
災厄撃滅艦隊の切り札、『第三世代型結晶石多弾頭砲弾』には使用制限がある。汎精霊力監視装置に『激震』反応が確認された場合のみ使用が許可されるのだ。だが、蛮族の根絶すら望む『鉄血団結党』党首エスマーイルにしてみれば、歯痒さを隠しきれるものではなかった。
「腰抜け共め、我が艦隊の威容の前に瞬く間にひれ伏すとは」
「蛮族ゆえに力の前には抗えぬと知っておるのでしょうな」
二百隻を超える旗艦艦隊の接近を知ったアクイレイアの上層部、市長レッツォニコ卿とフェラーリ大司教はロマリア本国に諮るまでもなく即時全面降伏を選択した。
「蛮族共の精神的な支柱と思しき宗教国家もこの体たらくとは、これでは各地の支艦隊も拍子抜けでありますな」
艦隊副司令の言葉に不敵な笑みで返すエスマーイル。
「まあ、『悪魔』が出て来ないのであれば、炙り出すまでだ」
「御意。手筈は整ってございます」
『悪魔』も『蛮族』も、エルフ族を脅かす存在は殲滅する。エスマーイルの決意が揺らぐことはなかった。
ーほぼ同時刻、帝政ゲルマニア東方中核都市ドレスディネ
広大なゲルマニア領において東方域を取りまとめるドレスディネにはハルケギニア各国は勿論、東方の自由都市エウメネスからの交易品が日々取引されていた。エルフ族からは裏切り者と罪人の町として、半ば存在を無視されていたエウメネスだが、蛮族域侵攻作戦『アルアンダルス』に関する情報を一早く得ており、ドレスディネの上層部に流していた。工業都市としても名高いドレスディネには、ゲルマニアの名門ツェルプストー家の飛び領地が存在しており、本家の一人娘が静養に訪れていた。
男連れで。
「どうかしら、ジャン? ゲルマニアが誇る随一の工業都市は」
「ああ、素晴らしいよ、キュルケ。魔法先進国であるガリアとはまた違う技術の宝庫だ。来た甲斐があったというものだよ」
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーの言葉に機嫌よく答えを返すジャン・コルベール。トリステイン魔法学園の留学生であるキュルケは里帰りに半ば無理やり学院の教務主任であるコルベールを帯同していた。
(少しはジャンの気が晴れるといいけど)
コルベールは、トリステイン・ガリアの秘密会談への帯同を経て、『セル相互抑止』の国家機密に触れる事で鬱屈した日々を過ごしていたが、それを見かねたキュルケに里帰りの護衛を依頼されたのだった。秘密会談に帯同した元特殊部隊員という立場上、他国への旅行など到底許可されるはずはないと考えていたコルベールだが、護国卿たるヴァリエール公爵からは思いのほか、あっさりと渡航許可が下りた。
(生徒はおろか護国卿閣下にすら、気を遣わせてしまうとは……シャンとしなければな、ジャン!)
周囲の人々の好意を無駄にせぬ為にコルベールは静養を楽しむ事を決意した。最も、ツェルプストー家の別邸を訪れた際に家人に『婿』として紹介された際はいろいろな意味で肝が冷えたが。
「今日は旧市街の市に行ってみましょう。あそこにはエウメネスからの珍しいモノがいっぱいあるんだから」
「ほう! かの自由都市エウメネスの交易品か。是非とも見てみたい!」
「じゃあ行きましょう、ジャン」
キュルケが手を差し出すと、コルベールは自然な流れで腕を組み、二人は仲睦まじく市への道を歩みだした。
その数十分後、災厄撃滅艦隊第二支艦隊がドレスディネに侵攻を開始する事となる。
さらに、その数分後、『短身異形の小亜人』達がドレスディネ侵攻作戦に介入するのだった。
第七十四話を投稿いたしました。
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