邪神ちゃんドロップキックin真・女神転生Ⅲ   作:五十貝ボタン

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第10話 踏まれノズチ

「ぺこらは……ぺこらはどこに向かえばよいのでしょうか……」

 ボルテクス界をさまよう天使が一人。

 不健康そうな見た目に反して、バイタリティに溢れたぺこらは、今日も道を見つけられずにいた。

 代々木公園で千晶と別れてからも、天使の輪を探していたが、その道中で天使エンジェルと出会う機会があった。

 

(ぺこらの知っている天使ではないようですが……)

 不思議に思いながらも話を交わしてみると、ボルテクス界にいる天使たちはこう告げたのだった。

「主はいない」

 その発言はぺこらをおおいにたじろがせた。いかなる状況になっても、主・リエールが道を示してくれるはずだと信じていたのである。だが、力を失っていない他の天使たちにとっても、この世界では主の存在を感じないのだという。

 

「主の導きがない……となると、ぺこらは一体、何のために?」

 人間界にいた頃は、いずれ力を取り戻して、元の天使の仕事に戻るものだと思っていた。ぺこらはもともと悪魔ハンターだ。天使の輪をなくすまでは、幾匹もの悪魔を倒してきた。*1

 だが、このボルテクス界では狩っても狩っても悪魔だらけ。そもそも悪魔を倒すだけの力すらない。人間社会で生きていくために身につけたバイトスキルも無意味。

 

 目的もない。手段もない。ぺこらの人生、いや天使生は今まで以上の暗礁に乗り上げていた。

 その時、歌が聞こえてきた。*2

 ボルテクス界の乾いた空気に似合わない、力強いアカペラだ。明るい歌声にあわせて、幾人かの合いの手(コール)が上がっている。

 

「この声は……まさか」

 ぺこらにとっては、聞き慣れた声だった。

 歌声のする方に歩いて行くと、人だかりができていた。いや、厳密にはそこに集まっているのは人ではなかった。

 

(たしか、マネカタたち……)

 人によく似ているが、土から作られた存在らしい。生きる人形のようなものだと言われている。

 とはいえ、彼らは人間に比べれば弱々しいものの、泣いたり笑ったりもする。感情から生まれるエネルギーであるマガツヒも持っている。

(人間といったい何が違うのでしょうか)

 と、常日頃からぺこらは疑問に思っていたものだった。

 

「い、いえ。今はそれよりも!」

 ぺこらの注意をひいたのは、マネカタたちが集まっていることではなかった。集まった彼らの視線の先である。

 そこには――天使がいた。

 

「みんなー、今日はありがとー!」

 マイクを手にして、大きく手を振っている。ウィンクからは星が飛び散りそうだ。

 ボリュームたっぷりの金色の髪がきらきらと輝いている。その存在感は天使にしてアイドル。

 

「ぽぽろん!」

 そう、ぺこらの元部下、ぽぽろんの姿があったのだ。

「……」

 大声を出したぺこらのほうにちらっと目を向ける。だがそこはプロ、いきなりパフォーマンスを止めたりはしない。

 

「今日のライブはここまで。アサクサに向かうために、一致団結してがんばろー!」

 マネカタたちが歓声を上げる。どうやら、ぽぽろんはこのマネカタのグループと一緒に移動している最中らしい。

 マネカタたちがぱらぱらとあちこちに散っていく。最後にぺこらが残ると、今度はぽぽろんのほうがぺこらへ声をかけた。

 

「こんなところで何してんの、ぺこら様」

 ステージ代わりなのだろう。ぽぽろんは一段高い場所に立っている。よく見れば、龍王ノズチ*3である。ぽぽろんに足蹴にされて乗られているわけだが、ちょっとうれしそうだ。

 

「ぺこらは、何も……ただ通りがかっただけです」

「通りがかっただけって、まさかこんな状況になってるのにうろうろ歩き回ってたの?」

「うっ……ま、まあ、そうですね」

「はぁ~~~、そんなことだろうとは思ったけど」

 ぽぽろんが心底呆れた表情でため息をついた。

 

「知り合いかホ?」

 空中からぽぽろんを照らしていた妖精ジャックランタン*4が降りてきた。どうやら、ステージの照明を担当していたらしい。

 

「まあ、腐れ縁っていうかね」

「忠実な部下だったのに……」

「昔の話でしょ。ぽぽろんちゃんは、過去にこだわらないの」

 髪を整えながら、ぽぽろんがステージ(ノズチ)から降りる。ノズチは少し残念そうだ。

 

「ぽぽろんは、悪魔たちと手を組んでいるのですか?」

「世界がメチャクチャになったのに、天使とか悪魔とか言ってる場合じゃないでしょ。利用できるものはなんでも利用するの」

「利用して、いったい何を?」

 ぽぽろんが、ふんと鼻をならして周囲を見回す。マネカタたちは、いつ悪魔が襲ってくるかと心配なようで、小刻みにぶるぶると震えながら周囲を警戒している。

 

「この人たち、アサクサってところに行きたいんだって。そこに行けば、マネカタが安心して暮らせる街があるって」

「そうだったんですか! マネカタの街があるなんて思いませんでした」

 なにせ、マネカタたちは悪魔にマガツヒを搾り取られる存在である。ぽぽろんが連れているノズチやジャックランタンでさえ、その気になればここにいるマネカタたちを全滅させられるだろう。

 

「でもマネカタって弱っちくてしかも短慮だから、ほっとくとすぐバラバラになっちゃうの。逃げても意味ないのに」

「じゃあ、ぽぽろんがこの方たちを導いている……ということですか?」

「そんな大したことじゃないけど、こうやってればキャーキャー崇めてくれるし、ほーんと、チョロいよねー」

 天使だったころのなごりで、ぽぽろんは人間やマネカタを見下すような言動をとることがある。だが、それが半分照れ隠しだということを、ぺこらは知っていた。*5

 

「まっ、天使の力が戻るまでアイドルとラーメン屋の二足のわらじを履いてたけど、力はまだ戻らないし、ラーメン屋はなくなっちゃったし……こうなったら、全力でアイドルやるしかないでしょ?」

「悪魔の力を使ってまでマネカタを勇気づけるなんて……なんて立派なんでしょうか」

「やめてよ。ぽぽろんちゃんは生き残りやすそうなやり方をしてるだけ。アサクサについたらもっとたくさんのマネカタがいるんだから、そこで地位を確立して安全に暮らすの」

「そうですか……」

 

 行く当てもなくさまよっていたぺこらだが、ぽぽろんに出会ったことで光が差した思いだった。この暗闇のようなボルテクス界でも、できることをやっている……そう感じたのだ。

「そうだ! ぽぽろん、またシールド*6をやらせてください」

「シールドって……わかってんの? ここじゃ、悪魔が襲ってくるんだよ」

「マネカタよりは、ぺこらのほうが丈夫ですから……」

 

 命も顧みない発言、と言っても過言ではない。ぽぽろんはますます呆れて肩をすくめてから、ひらっと手を振った。

「いいけど、一番したっぱだからね!」

「オイラがマネージャーのジャックランタンだホ」

「よ、よろしくお願いします」

「どんどんこき使ってやるホ。よろしくな、バイトホー!」

「こ、この扱いからは逃れられない運命なのでしょうか……!?」

 

 こうして、ぺこらはぽぽろんとともにアサクサを目指すのだった。

 

(つづく)

*1
みんな忘れてると思うけど。

*2
JASRACコードを貼るのが面倒なので、歌詞は省略。

*3
野山に住むとされる、鎚のような蛇の妖怪。ツチノコの原型とも言われる。『真Ⅴ』には、同質的な存在とされる地霊カヤノヒメが登場する。

*4
ケルトにルーツを持つ、死者の魂が転じたとされる妖精。ハロウィンなど、カボチャを使ったロウソク立てが作られて親しまれている。『真・女神転生Ⅴ』公式の解説はこちら

*5
残りの半分が本気なことは見て見ぬフリをしていた。

*6
護衛。握手会で粘る客を引き剥がしたりもする。




ここまでがだいたい全体の半分です。

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