邪神ちゃんドロップキックin真・女神転生Ⅲ 作:五十貝ボタン
「ぺこらは……ぺこらはどこに向かえばよいのでしょうか……」
ボルテクス界をさまよう天使が一人。
不健康そうな見た目に反して、バイタリティに溢れたぺこらは、今日も道を見つけられずにいた。
代々木公園で千晶と別れてからも、天使の輪を探していたが、その道中で天使エンジェルと出会う機会があった。
(ぺこらの知っている天使ではないようですが……)
不思議に思いながらも話を交わしてみると、ボルテクス界にいる天使たちはこう告げたのだった。
「主はいない」
その発言はぺこらをおおいにたじろがせた。いかなる状況になっても、主・リエールが道を示してくれるはずだと信じていたのである。だが、力を失っていない他の天使たちにとっても、この世界では主の存在を感じないのだという。
「主の導きがない……となると、ぺこらは一体、何のために?」
人間界にいた頃は、いずれ力を取り戻して、元の天使の仕事に戻るものだと思っていた。ぺこらはもともと悪魔ハンターだ。天使の輪をなくすまでは、幾匹もの悪魔を倒してきた。*1
だが、このボルテクス界では狩っても狩っても悪魔だらけ。そもそも悪魔を倒すだけの力すらない。人間社会で生きていくために身につけたバイトスキルも無意味。
目的もない。手段もない。ぺこらの人生、いや天使生は今まで以上の暗礁に乗り上げていた。
その時、歌が聞こえてきた。*2
ボルテクス界の乾いた空気に似合わない、力強いアカペラだ。明るい歌声にあわせて、幾人かの
「この声は……まさか」
ぺこらにとっては、聞き慣れた声だった。
歌声のする方に歩いて行くと、人だかりができていた。いや、厳密にはそこに集まっているのは人ではなかった。
(たしか、マネカタたち……)
人によく似ているが、土から作られた存在らしい。生きる人形のようなものだと言われている。
とはいえ、彼らは人間に比べれば弱々しいものの、泣いたり笑ったりもする。感情から生まれるエネルギーであるマガツヒも持っている。
(人間といったい何が違うのでしょうか)
と、常日頃からぺこらは疑問に思っていたものだった。
「い、いえ。今はそれよりも!」
ぺこらの注意をひいたのは、マネカタたちが集まっていることではなかった。集まった彼らの視線の先である。
そこには――天使がいた。
「みんなー、今日はありがとー!」
マイクを手にして、大きく手を振っている。ウィンクからは星が飛び散りそうだ。
ボリュームたっぷりの金色の髪がきらきらと輝いている。その存在感は天使にしてアイドル。
「ぽぽろん!」
そう、ぺこらの元部下、ぽぽろんの姿があったのだ。
「……」
大声を出したぺこらのほうにちらっと目を向ける。だがそこはプロ、いきなりパフォーマンスを止めたりはしない。
「今日のライブはここまで。アサクサに向かうために、一致団結してがんばろー!」
マネカタたちが歓声を上げる。どうやら、ぽぽろんはこのマネカタのグループと一緒に移動している最中らしい。
マネカタたちがぱらぱらとあちこちに散っていく。最後にぺこらが残ると、今度はぽぽろんのほうがぺこらへ声をかけた。
「こんなところで何してんの、ぺこら様」
ステージ代わりなのだろう。ぽぽろんは一段高い場所に立っている。よく見れば、龍王ノズチ*3である。ぽぽろんに足蹴にされて乗られているわけだが、ちょっとうれしそうだ。
「ぺこらは、何も……ただ通りがかっただけです」
「通りがかっただけって、まさかこんな状況になってるのにうろうろ歩き回ってたの?」
「うっ……ま、まあ、そうですね」
「はぁ~~~、そんなことだろうとは思ったけど」
ぽぽろんが心底呆れた表情でため息をついた。
「知り合いかホ?」
空中からぽぽろんを照らしていた妖精ジャックランタン*4が降りてきた。どうやら、ステージの照明を担当していたらしい。
「まあ、腐れ縁っていうかね」
「忠実な部下だったのに……」
「昔の話でしょ。ぽぽろんちゃんは、過去にこだわらないの」
髪を整えながら、ぽぽろんがステージ(ノズチ)から降りる。ノズチは少し残念そうだ。
「ぽぽろんは、悪魔たちと手を組んでいるのですか?」
「世界がメチャクチャになったのに、天使とか悪魔とか言ってる場合じゃないでしょ。利用できるものはなんでも利用するの」
「利用して、いったい何を?」
ぽぽろんが、ふんと鼻をならして周囲を見回す。マネカタたちは、いつ悪魔が襲ってくるかと心配なようで、小刻みにぶるぶると震えながら周囲を警戒している。
「この人たち、アサクサってところに行きたいんだって。そこに行けば、マネカタが安心して暮らせる街があるって」
「そうだったんですか! マネカタの街があるなんて思いませんでした」
なにせ、マネカタたちは悪魔にマガツヒを搾り取られる存在である。ぽぽろんが連れているノズチやジャックランタンでさえ、その気になればここにいるマネカタたちを全滅させられるだろう。
「でもマネカタって弱っちくてしかも短慮だから、ほっとくとすぐバラバラになっちゃうの。逃げても意味ないのに」
「じゃあ、ぽぽろんがこの方たちを導いている……ということですか?」
「そんな大したことじゃないけど、こうやってればキャーキャー崇めてくれるし、ほーんと、チョロいよねー」
天使だったころのなごりで、ぽぽろんは人間やマネカタを見下すような言動をとることがある。だが、それが半分照れ隠しだということを、ぺこらは知っていた。*5
「まっ、天使の力が戻るまでアイドルとラーメン屋の二足のわらじを履いてたけど、力はまだ戻らないし、ラーメン屋はなくなっちゃったし……こうなったら、全力でアイドルやるしかないでしょ?」
「悪魔の力を使ってまでマネカタを勇気づけるなんて……なんて立派なんでしょうか」
「やめてよ。ぽぽろんちゃんは生き残りやすそうなやり方をしてるだけ。アサクサについたらもっとたくさんのマネカタがいるんだから、そこで地位を確立して安全に暮らすの」
「そうですか……」
行く当てもなくさまよっていたぺこらだが、ぽぽろんに出会ったことで光が差した思いだった。この暗闇のようなボルテクス界でも、できることをやっている……そう感じたのだ。
「そうだ! ぽぽろん、またシールド*6をやらせてください」
「シールドって……わかってんの? ここじゃ、悪魔が襲ってくるんだよ」
「マネカタよりは、ぺこらのほうが丈夫ですから……」
命も顧みない発言、と言っても過言ではない。ぽぽろんはますます呆れて肩をすくめてから、ひらっと手を振った。
「いいけど、一番したっぱだからね!」
「オイラがマネージャーのジャックランタンだホ」
「よ、よろしくお願いします」
「どんどんこき使ってやるホ。よろしくな、バイトホー!」
「こ、この扱いからは逃れられない運命なのでしょうか……!?」
こうして、ぺこらはぽぽろんとともにアサクサを目指すのだった。
(つづく)
ここまでがだいたい全体の半分です。