邪神ちゃんドロップキックin真・女神転生Ⅲ 作:五十貝ボタン
「ギンザっていえば高級店のイメージだけど、悪魔だらけね」
トウキョウ・ギンザ――やはり世界は一変し、かつての一等地も悪魔が闊歩する魔界に成り果てている。
花園ゆりねは
「人間はもう滅びたんだ。ブランド店も寿司屋も意味ねーですの」
その隣を、蛇身をくねらせて歩く邪神ちゃん。
「一度食べてみたかったわ、お寿司」
「昔はこの辺は島になっててなー。鈴木って社長がいて……」
「それ本当に昔の話?」*1
前回までイケブクロにいたはずの邪神ちゃんとゆりねがなぜいきなりギンザにいるのか。
「それにしても、マントラ軍が攻めてくるって言ってたのにずいぶん静かね」
そう、ゆりねの言葉通りである。イケブクロを拠点とするマントラ軍が、ニヒロ機構の統治下にあるギンザへと攻撃をかけるという情報を聞きつけたからである。
「あの乱暴な連中が大暴れしてミロク経典とやらが破けたら私が魔界に帰れなくなりますの」
目下、二人はニヒロ機構が持つという魔法書(?)、ミロク経典を探しているのである。だが、それがどこにあるかはわからない。そこで、マントラ軍が動き出す前にまずはニヒロ機構に近づくためギンザへやってきたのだった。
地下街を歩いているうちにいかにも高級そうな扉が目に入った。
「ここはBarだぜ」
近くにいる思念体*2が、なぜか親切に教えてくれる。
「RPGでBarや酒場って言ったら、情報収集の拠点ね」
「せっかくだから入ってみますの」
扉を押し開けて、中に入って行く。Barはどこか退廃的な空気に支配されていた。物静かな悪魔や思念体たちが、ぽつぽつと店のあちこちにいる。
カウンターのなかには、背の高い女悪魔がいた。
「人間なんて、珍しいわね」
物憂げな色気を身にまとったBarのママ、夜魔ニュクスがつぶやくように言った。
「ここでは酒を飲んでいいんですの?」
ニュクスの背後に並べられた色とりどりのボトルを見て、邪神ちゃんが目を輝かせる。
「いえ、これは飾ってあるだけで飲み物じゃないわよ」
「じゃあこの施設は何なんですの……」*3
邪神ちゃんのうめきをサラリと流し、ニュクスはママらしく酒を注ぐ仕草をした。仕草だけだから、酒は注いでいない。
「ここは情報と語らいを求めて悪魔が集まるBar……」*4
そして、ゆりねに向き直る。
「あなたたち、何か知りたいことがあるんでしょ」
「ええ……。ニヒロ機構が持っているミロク経典について知りたいの」
店の中にざわめきが広がった。
「ミロクって……氷川から盗む気か?」
「しっ、聞こえないふりをしとけよ。関わるとろくなことがないぞ」
聞かれていないつもりらしいが、思念体の考えは丸聞こえである。
「氷川っていう人が持っているの?」
「そうね……ボルテクス界を作るのに使われたミロク経典、持っているとすればニヒロの総司令、氷川のものでしょうね。彼はこのギンザから南にあるニヒロ機構本部にいるはずよ」
「ありがとうございます。他の人にも聞いてみるわ」
「待ちなさい。あなたの素直さに免じていいことを教えてあげる」
「ゆりねは外面だけはいいんだよな……み゙っ*5」
「あの奥の悪魔……見えるでしょ」
ニュクスが指し示す方に目を向ける。マントと腰布だけを身にまとった悪魔が、奥の特等席を我が物顔で占有しているのが見えた。
「ほう、ほぼ裸とは……強いな、あいつ」
独特の邪神ちゃんの実力観も、今回ばかりは正しい。
「あれは魔王ロキ。この辺りで威張り散らしている嫌な悪魔だけど、実力は本物よ。でも最近、虫の居所が悪いみたいでね」
「何かあったんですか?」
「このBarの裏に勝手に宝物庫を作ってるんだけど、そこに強盗が入ったらしくてね。見張りの悪魔を無惨に殺して、宝石や千円札を盗み出したらしいわ」*6
「どうして千円札?」
「人間の道具を面白がって集めてるやつがいるんですの」
「ま、とにかくそういうことだから。あの悪魔には関わらないほうがいいわよ。ちょっと刺激したらかんしゃく玉みたいに暴れ出しそうだから」
ママニュクスが肩をすくめる。
「いまどきかんしゃく玉って」
邪神ちゃんがママニュクスのたとえの古さにウケている。
ゆりねはどうしたものかと、店の奥にいる魔王ロキを眺めていた。
(敵を作ったせいかもしれないけど、盗みに入られたっていうのはかわいそうね……)
同情か、それとも憐憫か。人間のいなくなった世界でも、他人を哀れむ気持ちが少しは残っているらしいことは、ゆりねにとってはうれしいことだった。自分にまだ心が残っていると感じられるからだ。
「でも、関わらないほうがよさそうね。私たちは先を急がないと。ニヒロ機構を探してるんだけど……」
「ニヒロ機構はここから南よ。堕天使や妖魔がたくさんいるわ」
「教えてくれてありがとう。行ってみるわ」
ミロク経典を求めて、ふたりはギンザを旅立つ――
「……あれ?」
訂正。いつの間にか、邪神ちゃんがいなくなっている。
「……またろくでもないことをするつもりね」
DROP KICK ON MY DEVIL!
ギンザの一画……魔王ロキが宝物庫にしている地下室。
いつもならロキの配下が見張りをしていて誰も立ち寄らないのだが、今日は違った。押し入り強盗によって見張りが倒されているのだ。*7
「思った通りですの。あとは、これをこうして……」
「こぉら、邪神ちゃん!」
部屋の中でこそこそ動いているところに大声を出されて、邪神ちゃんはビクンと跳ね上がった。
「あんたまた人の部屋に上がり込んで!」
「ゆりね、どうしてここが……!」
「あんたの行動パターンぐらい分かってるわよ」
いつの間にかいなくなっていた邪神ちゃんを追って、ゆりねはやってきた。直前に話していた内容からして、ここに来てるのだろうと当たりを付けたのだ。
「見下げた悪魔だと思ってたけど、まさか弱ってる人から盗むなんて……」
「ち、違いますの。何も盗んでねーですの!」
ゆりねが愛用のマチェットを構える*8。真っ青になって邪神ちゃんが首を振った。
「むしろかわいそうに思って、少しばかりの贈り物をだな……」
「贈り物って、何よ」
「これだ!」
邪神ちゃんが蛇腹のポケットから何かを取り出す。高らかに効果音が鳴った。*9
「
取りだしたのは、きゅうりと割り箸一膳である。ちなみに割り箸は使用済みのものを綺麗に洗ってある。新品を使うのはもったいないという、邪神ちゃんのエコロジー精神が反映されている。
「ぷっ……くくっ」
思わずふきだすゆりねの前に、邪神ちゃんがキュウリと割り箸を綺麗に並べておいてみせる。
「これを使えば簡単に精霊馬が作れますの。しかも、今回は特別に割り箸がもう一膳!」
もちろん使用済み。
「これで八本脚の精霊馬も作れますの。プレミアムキットですの」
「はぁ……まあいいわ」
どうやら本当に何も盗んではいないらしい。勝手に忍び込むのはよくないが、きゅうりと割り箸を置いていくのは悪魔のいたずらとしてはかわいいものだろう。*11
「ニヒロ機構って場所に行くわよ。はやくしないとマントラ軍が攻め込んじゃう」
「はーい」
思いつきを実行して満足したらしく、今度は邪神ちゃんも素直にゆりねについていく。
こうしてふたりはミロク経典を求めて、ふたりはギンザを旅立つ――*12
DROP KICK ON MY DEVIL!
だが、すでにマントラ軍の先遣隊はニヒロ機構本部へと迫りつつあった。
妖鬼たちがおのおの棍棒や槍といった武器を手に、円形の建物の前に集っているのだが……
「出て来いやニヒロの悪魔ども!」
「殴り合いなら負けねぇー!」
殺気立つオニの前で、扉が開く。ニヒロ機構の入口から、小柄な悪魔が進み出た……
「おいおい、こんな弱そうな悪魔で俺たちの相手が務まると思ってんのかぁ?」
「ご、ごめんなさい……足止めしないといけなくて。私の目を見てください」
ピカッ!
悪魔が顔を上げた瞬間、魔力が迸った。
直後、妖鬼たちは石に変わっていた。おそるべき石化の魔力であった。*13
(つづく)