RTAチャート崩壊から始まるDクラス生活   作:ミーム01

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プロローグ

 

 

 

 

【これはリセですね、再走です】

 

 

 

 

 ある日唐突に、頭の中で声が聞こえなくなった。長いこと付き合ってきた機械音声、その声に指し示される道筋がなくなった日。

 私は、自分が主人公だったのだと知った。

 

 世界5分前仮説、というものをご存知だろうか。国の歴史や個人の記憶、それらが全て5分以上前のものまで「設定」された状態で5分前に生み出されたという話。

 まるでそれは、ゲームのように。過去にこういう出来事があり、それが影響を及ぼしてこのような習慣が出来た──という世界観があらかじめ設定された上で構築された箱庭。

 

 自分達より上位の存在が、無条件に生殺与奪を握る何者かが作り出した世界。

 自分が生きている国も、自分自身も、そういった誰かが考え出した──あるいは機械にランダムに生成されたものに過ぎなかったのだ。

 

 

 あの日。プレイヤーがゲームを放棄しても、データは電子の海に消えないということを知った。

 しかしそれが幸福なことなのか、不幸なことなのか。その時の私には判断がつかなかった。

 

 

 

 

 私はそれまで、自分のことを狂人だと思っていた。

 自分のことを世界の中心だと思い込んでいる狂人だと思っていたのだ。

 

 

【この期間はうま味のイベントがないのでステ上げに励みます】

【予定より早くスキルが取れましたね、良い傾向です】

 

 

 こういった音声は全て自分で自分を肯定するもの──自分の正当化、「私は主人公なのだから」という自己暗示の類だと思っていた。

 

 

【居ました!このモブと連絡先を交換します】

【このモブの研究所に対する不満を見抜いて、最低でも顔見知りになるためにスキルが必要だったんですね】

 

 

 非現実的な目的を持っている自覚はあった。だからこそ、この精神病を治そうとすらせずそのままにしていた。

 

 

【これで手続き完了です。ほぼチャート通りにここまで来てますね】

【このままなら推薦前に余裕で家族和解イベントが起こります。よっぽどのガバがなければ】

 

 

 家族との和解。昔の仲の良かった4人家族にまた戻ること。それが私の目的だった。

 機械音声はタイムロスなし、最速で結果を出せていると言った。

 それでも間に合わなかった。

 

 母の葬儀の日。父も兄も来ない火葬場で、たった1人立ち尽くしている時も声は聞こえた。

 

 

【うわっ…。葬式に美少女1人の絵面えぐいですね。12歳にしていい仕打ちじゃないですよ(愉悦)】

【まあ他の家族は母親が不倫したと誤解しているので仕方ないんですが】

 

 

 揶揄と慰め。どこか遠くから自分を客観視したような言葉と、家族が来ないことへの言い訳。誤解があるから仕方ない、誤解さえなければ皆来たはずだという私の欲しい言葉。

 

 自分のことを狂人だと思っていた。

 この機械音声に都合の良い言葉を語らせて、自分を守っているのだと。

 

 

【はい、現在4歳。DNA鑑定の結果自分と血縁関係がないと分かった父親に、母親ともども家から追い出されたところです】

【まあ当面の生活費は貰えますし、母親はショックで茫然自失状態なのでこちらに干渉してきません。育成に影響はないです】

 

 

 物心ついた時からこの声は側にあった…と思い込んでいるのだ、と考えていた。

 幼い頃の記憶を改竄して。生まれた時から自分は特別で、だからこんな風にイベントが起きるのは仕方ない。

 そういうお話の流れだから仕方ない。

 優しかった父が自分を見もしなくなったのも仕方ない。

 よく遊んでくれた兄が一度も会いに来てくれないのも仕方ない。

 大好きな母が、得体の知れないものを見るような目で見てくるのも仕方ない。

 そう自分に言い聞かせているのがこの機械音声なのだと確信していた。

 

 

【5歳の誕生日──なんですが、母親が倒れました。うわごとで家族に会いたいと言う母の願いを叶えるために、お見舞いの打診に行くわけですが──当然、無理です】

【元実家からも母親の生家からも叩き出されましたね。これで頼れるものは己だけ、背水の陣の完了です】

【このゲームではその時心底必要としているステやスキルが上がりやすくなっています】

【大人が何でもしてくれる実家にいた時よりも、寝込んでいる母親と2人暮らしの時の方が家事スキルの上昇率が高い。だから実家を追い出される必要があったんですね。家事スキルは入学後必要なので】

【この追い詰められた状況こそ精神力や判断力、交渉術の上げ時です。手始めに、母親の無実証明を手伝ってくれるお人好しを探しに行きましょう】

 

 

【いました!このモブに協力を仰いで内部告発を目指します】

 

 

 今思えば、そんな都合の良すぎるお人好しをたまたま見つけることが出来る訳がない。

 あれはあらかじめプレイヤーが目星をつけていたキャラクターの出現ポイントに誘導されたのだろう。

 私はそこで1人の味方を得た。機械音声は喜んでいた。

 

 目的に向かって進んで──機械音声風に言うなら走って。

 走って走って、母を喪ってからも走り続けた。

 

 

 そして15歳の秋。機械音声は私を見限った。

 

 

【0歳から始める高育Bクラス所属、4クラス四すくみルート。

 Bクラスで一之瀬帆波を抑えてリーダーになるには、かなりの実績が必要です。例えば異例の入試満点合格者、4月時点での生徒会入会。

 更に他クラスと戦うには他にも必要なものがあります。どんな手を取ってくるか分からないという底知れなさ。そして実際に汚い手段を使うことをクラスメイトに呑み込ませる求心力。

 ただ、これを真っ当に満たしている人間は普通Aクラスに配属されます。暴力性でバランスを取ろうとするとCクラス、社会性でバランスを取ろうとするとDクラス】

【だから目的以外の全てを切り捨てて社会性を低く評価されつつも、家族との和解によって意識が変わり、改善の兆しありと見込まれるこのチャートを走ってきたんですね】

 

【物言いたげに電話をかけてくるものの結局大したことは何も言わずに切る兄、母親の墓の前で立ち尽くす父親と鉢合わせしそうになって隠れるなどフラグがガンガン立ってて和解まで秒読み…に見えるんですが、現在チャート崩壊の危機を迎えています】

【というのもどういう訳か、和解イベントの発生が予定より2週間ほど遅れているんですね。必要手順はすべて踏んだはずなんですが…。

 入学前に和解が出来ても意識改革が学校に伝わらなければ意味がない訳で、このままだとどれだけ評価してもらえるか微妙です】

【推薦の打診が来るまでに和解出来ればリカバリーも効くんですが……駄目ですね。推薦イベントが発生しました】

 

 

【これはリセですね、再走です】

 

 

 その時、何かとの繋がりが切れたような感覚があった。とっさに教師からの電話を切ってよくよく耳を澄ましたが、二度と声は聞こえてこなかった。

 

 

 私は狂人ではなく、主人公だったのだと理解した。

 そして今はもう違う。

 プレイヤーがゲームを放棄しても、データは電子の海に消えない。

 おそらく15年前に生み出された地球は今までと同じく回るし、人々は何事もなかったかのように暮らす。

 いや、何事もなかったのだ。こんなにショックを受けているのは私だけで、私以外の人にとってはいつもと変わらない日々なのだ。

 

 

 自分のことを狂人だと思っていた。都合の良い言葉で自分を慰めているのだと。

 そんな自分を滑稽に思うと同時に、確かにそれは私の救いになっていた。

 

 誤解があったんだ。母と私が家を追い出されたのは私のせいじゃない。

 母がショックで寝込んだのは私のせいじゃない。

 家族が誰も母の見舞いに来ないのは私のせいじゃない。

 母が苦しんでいるのは私のせいじゃない。

 ずっとそう言い聞かせてきた。

 だけどそれが錯覚で、そもそもそう定められたというのなら。母の人生は何だったのだろう。

 

 プレイヤーが私を効率的に育成するために家を追い出された。何も悪いことをしていないのに、誤解されたまま体を壊して余命5年。

 母は活発な人だった。無実の罪を着せられたショックで塞ぎ込み、体を壊した。やり残したことがどれだけあっただろうか。

 母は父を愛していた。兄を愛していた。彼らに誤解されてどれほど辛かっただろうか。

 母自身にも覚えのない、幸せを壊す原因となった娘はその目にどう映っていたのだろう。

 それだけは知っている。母はいつも、得体の知れないものを見る目をしていた。

 

 

「ごめ、ごめんなさい…」

 

 

 私のせいじゃない。そう言ってくれていたはずのものは、全くの逆をずっと示し続けていた。

 

 世界5分前仮説。

 人的ミスが横行するDNA鑑定機関があり、そのせいで両親が離婚──とあらかじめ設定された主人公。

 

 

「私のせいで、ごめんなさい…」

 

 

 泣いて、泣いて、自分を呪って、それでも生きていかなければならない。この世界は電源を落とされても終わってはくれない。

 その日、細川紅葉(ほそかわもみじ)はそう悟った。

 

 

 

 


 

 

【ここで忘れずに、叔母と親睦を深めておきましょう。いずれ父親や兄との架け橋になってくれます(1敗)】

 

 

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