RTAチャート崩壊から始まるDクラス生活   作:ミーム01

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 どんなゲームなんだろう。

 過ぎゆく街並みを眺めながら考える。プレイヤーは、私をクラスのリーダーにして他クラスと戦いたかったようだが…。

 これから私が入学する高度育成高等学校は相当な秘密主義だ。外部との連絡遮断の上、学生が普段どのような生活を送っているのか一切の情報は公開されていない。入学案内のパンフレットに年間行事すら載っていないのだから徹底している。

 

 学校が舞台のゲームをいくつか調べてみた。

 ファンタジー、SF、ホラー。

 …まさか深夜になると学校がダンジョンに変わるようなことはないと思いたい。

 実際、そういったゲームは基本的に味方が少人数だった。クラス単位の団体戦ということは、数人で構成されるパーティーよりももっと軍事的な…小隊をイメージさせる。

 国の運営する高度育成高等学校。軍事教練を受けた卒業生を、本人の希望であるとして会社や大学に送り込む。そうして有事の際や指令を受けた時国家のために動き出す人々が、民衆の中に隠れ潜んでいるのだ──そんな陰謀論を頭の中で組み立てたが、現実味は全くなかった。

 

 まあ、着けば分かる。

 

 そうして想像を打ち切った。時刻表によるとあと30分もしない内に学校に到着する。

 

 

 あの後──自分が狂人ではなかったという事実に打ちひしがれた後、私は推薦を受けた。

 とっさに電話を叩き切ったことによってただでさえ低い内申が更に低くなったような気がするが、些細なことだ。

 私はBクラスに思い入れはないから。クラスのリーダーにも、生徒会にも、クラス間闘争にも魅力を感じない。

 きっと、予定通り家族との仲が修復された後の私はそれをやりたがったのだろう。

 きちんと父や兄に別れの挨拶をして、再会の約束をして入学し、前向きに学校生活を送ろうとした。

 

 けれど今の私は違う。

 

 私は逃げてきた。父や兄と顔を合わせるのが怖くて、外部との接触が許されない高校に。

 彼らもまた、私のせいで人生を捻じ曲げられた。彼らに会って、何を言っていいか分からなかった。

 謝りたかったけれど、困らせてしまうだけだ。私が主人公だったから、なんてそれこそ精神病を疑われてお終いだろう。理由を言わずに謝ったとしても、彼らは私は悪くないと言ってくれるだろう。そんな謝罪は自己満足にすらならない。

 一緒に暮らしたかったけれど、また前みたいに過ごしたかったけれど、それには決定的に欠けている人がいる。母だ。

 

 母もまた、父や兄と以前のような関係に戻りたがっていた。私がまだ生まれていなかった、私の知らない幸せだった頃に。

 私の幸せには母が必要で、母の幸せには私は必要なかった。私は4人家族で、母は3人家族で過ごしたかったのだ。それなのに、私が父と兄と、3人家族で暮らすというのはすごく歪に思えた。そんなことはしたくなかった。

 謝ることも、家族で暮らすという当初の目的を果たすことも出来ない。どうすれば良いか分からなくなって逃げた。

 そうして、3年間のモラトリアムを得た。

 

 私はこの3年間、生徒会に入って過ごす気もなければクラスの指揮を取る気もない。

 機械音声はBクラスに人望が厚いリーダー候補がいると言っていた。クラス対抗のゲームである以上、他クラスにもそういう人間がいるだろう。旗頭はその人に任せておけばいい。

 

 私はただ、楽しい学生生活を送りたい。これまで目的のために切り捨ててきたもの。放課後の寄り道や長電話、だるいだけと噂の委員会活動までやってみたいことは沢山ある。

 そして卒業して、どこか遠くの場所に進学もしくは就職するのだ。

 高度育成高校は、進学率・就職率がほぼ100%という謳い文句を掲げている。徹底した指導を行い、希望する未来に全力で応える──万が一にも元実家から、あの幸せの象徴のような一軒家からは通えない所へ行くという漠然とした進路も、叶えてもらうことができるだろう。

 

 そんなことを考えながら何とはなしにバスに乗り込む人々を眺めて、その人を視界に入れた。

 杖をついたおばあさん。バスに乗り込むのも辛いのか、苦労してタラップを登っている。

 肩で息をする彼女は杖に体重を預けるようにして寄りかかっている。バスが大きめに揺れれば、その場で踏ん張ることも出来ず倒れてしまうかもしれない。

 それに何の感想も抱かずそのまま目線を外そうとして──ふと思った。

 これが社会性の欠如じゃないか?機械音声が私を見捨てる原因になったもの。今まで考えもしてこなかったこと。

 集団をまとめる上で不可欠な能力。

 かっと顔が熱くなった。

 

 

「あの、もし良かったら」

 

 

 恥ずかしい。何がクラスのリーダーにも生徒会にも興味はないだ、こんなの向こうからお断りに決まっている。Bクラスに入れなかった(であろう)学校は正しい。

 頬が赤くなっているのが自分でも分かる。

 

 

「ありがとうねえ」

「いえ…」

 

 

 おばあさんに席を譲った後、なるべく誰にも赤くなった顔を見られないように、バスの運転席の近くに立つ。

 思い上がりも甚だしい。興味がないから自分から蹴ったのだくらいのことを考えておいて、その後すぐに自分の欠点を突きつけられる。

 本当に主人公でなくなっていて良かった。どこまでプレイヤーが私の感情を理解していたのか分からないが、あの独白を誰かに聞かれていたら泣くかもしれない。

 

 謙虚に生きよう。

 私はもう主人公ではないのだ、有難いことに。

 

 

 

 

 前の方に寄ったのが災いして、バスを降りるのは1番最後になった。

 高度育成高等学校。そう書かれた大きな門をくぐって、桜並木に歩を進める。

 道の両脇に桜がずっと続いているのは圧巻だった。

 ちょうど散り際の桜から絶えず花びらが舞っている。地面いっぱいが淡い色に染まっている。

 吹き抜ける風に煽られて巻き上がる花びらが、桜の波のようだった。

 バスの中でファンタジーゲームについて考えていたこともあってか、それはどこか幻想的な光景に見えた。

 

 

「──きれい…」

 

 

 つい、口から言葉が溢れた時。こちらを見る一対の目に気づいた。

 

 それは、先程同じバスに乗っていた人だった。その人──彼も制服を着ているので同級生だろう──はぽかんとこちらを見ている。…呆れられてしまっただろうか?

 バスでは勝手に1人で赤面し、桜を見てはしゃいでいる高校生。客観的に見た自分像に苦しめられている。折角頬から熱が引いてきていたのに、もう一度赤くなりそうだ。

 

 

「何だか、恥ずかしいところを見られちゃったな」

「…いや、その。桜、きれいだよな」

 

 

 気を使わせてしまった。頭をかきながら目線をさまよわせる彼は、きっと優しい人なのだろう。

 

 

「…うん。とってもきれい」

 

 

 遠慮なくその優しさに乗っからせてもらおうと思う。このままうやむやにして誤魔化せないだろうか。せめてバスの中のことだけでも。

 

 

「さっき、バスで」

 

 

 だめだった。

 

 

「席を譲ったの見てた。優しいんだな」

「そんなことないよ。…でも、ありがとう。そんなに真正面から褒められると、なんだかくすぐったいな」

 

 

 一度はスルーしかけていたし、本当にそんなことはない。彼の言葉に良心が痛むが、そのおかげで羞恥は治まってきたような気もする。どちらにしろ心にダメージは負っているのだが。

 

 

「私は細川紅葉といいます。あなたは?」

「綾小路清隆だ」

「綾小路くん…私たち、どこかで会ったことあったかな」

 

 

 聞き覚えのある名前。そう思って口にした言葉だったが、すぐに愚問だと考え直す。

 小学校や中学校での知り合いなら、顔も見たことがあるだろう。綾小路くんの名前だけを知っているなら、その出所は1つに決まっている。機械音声だ。

 

 

【この時、数学で綾小路と同列1位を──】

 

 

 うっすらと思い出したプレイヤーの発言を頭から振り払う。話したこともない人間が自分について知っているのは気味が悪いに違いない。

 幸い、綾小路という名前が出てきた頻度は高くなかった。頭の良い人なのだろうな、という先入観はどうしても残ってしまうが態度に出さないように気をつけよう。

 

 明らかに初対面の人間にそんなことを言われて困惑している綾小路くんに謝罪する。

 

 

「ごめん、ナンパの常套句みたいなこと言っちゃったね。──ご趣味は?」

「それはそれで、見合いの常套句だろ」

「ふふ、じゃあ好きな食べ物は?」

「いや、…うーん。好きな食べ物か…」

 

 

 綾小路くんは考えこんでしまった。少ししてから、ハッとしたような顔で気まずげにこちらを見やる。答えづらい質問をしてしまったようだ。

 

 

「ふふ、好きな食べ物答えにくいの分かるかも。これが他より断然飛び抜けて好き!っていうものもないし、横並びの好きな食べ物を全部言うわけにもいかないから困るんだよね。そう思ってるなら人に聞くなって話なんだけど」

 

 

 少しおどけた私に、綾小路くんの緊張が解ける。その後悪戯っぽく言う。

 

 

「ああ、そうだな。…細川の好きな食べ物は何なんだ?」

「あっ、そう来たかあ。私はもう聞かれたらシチューって答える、って決めてるんだけど、」

「けど?」

「今日はジャンクフードを食べたい気分かも。学校が終わったらどこか寄り道しない?」

 

 

 外出禁止にも関わらず生活や娯楽に困らないと名高い高校だ、敷地内にバーガーチェーンやファミレスの1つや2つあるだろう。

 

 

「ああ、良いぞ」

 

 

 そう言った綾小路くんの声は弾んでいた。迷惑ではないみたいだ。

 早速同級生と仲良くなれそうな幸運に、自然と笑みが溢れた。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 壇上で凛としたスーツの女性がホームルームを進行している。

 彼女は茶柱佐枝先生、私たちの担任教師だ。

 

 

「この学生証カードでポイントを払うことで、敷地内の施設の利用・商品の購入が出来るようになっている」

 

 

 窓際の1番後ろ。世間一般に良い席、と言われている場所に着席して思う。この席は居心地が良い。

 今日のような快晴の日は暖かな光が気持ちいいし、後ろのロッカーにも近くて便利だ。

 何より友達と席が近い。

 前の席に座る綾小路くんを見て、再度偶然というのはあるものなのだなあと思う。

 気軽に話せる相手が肩を叩けば振り返る距離にいる、幸先の良い学校生活の幕開け。

 

 尤も、それは通常の学校生活の話に限る。

 

 

「学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」

 

 

 Sシステムについての説明を聞きながら、手慰みに手元のパンフレットをめくった。事前に配布されたものと同じ資料には目新しいことが書いておらず、未だこの学校について詳しいことは分からない。

 リーダーを必要とするクラス対抗戦。それについての直接的な説明がない。

 茶柱先生は淡々と、しかしどこか含みを持たせた回りくどい話し方で話を進める。

 

 

「ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある」

 

 

 ここでようやっと出てきた新しい情報に、クラス中がざわつく。当然だろう、大多数の高校生にとって10万円は大金だ。

 私も例外ではない。突如支給された10万円という額に息を呑む。

 

 

 そんなお金を何の意図もなく支給するとは思えない。

 

 

 生徒たちの戸惑いに応えるように、茶柱先生は続けた。

 

 

「この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価みたいなものだ。

遠慮することなく使え」

 

 

 そう言われても生徒たちは大金を手にした実感がまだ湧かないのか、顔には喜色よりも困惑が浮かんでいる。

 そんな生徒の様子を知ってか知らずか、彼女は更にポイントの使用を促した。

 

 

「ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっている。現金化したりなんてことは出来ないから、ポイントを貯めても得は無いぞ。振り込まれた後、ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。好きに使ってくれ。

仮にポイントを使う必要が無いと思った者は誰かに譲渡しても構わない。だが、無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ?学校はいじめ問題にだけは敏感だからな」

 

 

 カツアゲのような、いじめだけはするな。つまりそれは、それ以外のことはお目こぼししてくれるということだろうか。

 教室に設置された監視カメラを視界の端に捉えながら、そんなことを思った。

 

 これまでのSシステムの説明に対する多数の違和感。

 敷地内のものなら何でも買える、実力で生徒を測る、ポイントをどう使おうが自由。茶柱先生が強調するように発音したその言葉が重要であることは想像に難くない。彼女は、その発言から何かを生徒に汲み取らせようとしている。

 つまり、これが第1の篩なのだろう。教師の説明から、この学校の異常性に気付けるかどうか。

 

 その点において私はあまりにも優位な立場にいる。

 私はこの学校がクラス間闘争を主催していると知っている。答えを見てから問題文を読んでいるようなものだ。

 しかし、どのようにしてクラスが戦うのかは知らない。問題文は穴だらけで、その全容は見えない。

 

 実力で生徒を測る。入学したことへの評価として10万円を支給する。つまり、実力に応じて金銭──ポイントが支払われる。

 ではその実力は何によって測られるのだろう。私たちは何をもって競い合うのだろうか。

 この10万円はこれからのクラス間闘争に私たちを釣るための餌かもしれないし、装備を整えるための初期費用かもしれない。あるいは私には予想もつかない使い方を想定されているのかもしれない。

 1つだけ確かなのは、無駄遣いをするべきではないということだ。

 

 …もう約束している友達との外食は、無駄遣いには含まれないはず。

 

 

「質問は無いようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ」

 

 

 そう言って茶柱先生が教室を出て、教室はわっと賑やかになった。そこかしこでどこに行くか、何を買うかを話す声が聞こえる。

 私もまた、綾小路くんの肩を叩いて話しかけた。

 

 

「すごいね。びっくりした」

「オレも驚いた。……まさか10万円も支給されるとはな」

「ね。お昼、どこ行こうか」

 

 

 周辺地図を2人で覗き込んでお昼ご飯の場所を相談する。

 ご飯に誘った時の台詞がああだったからか、綾小路くんは私の食べたいものを優先してくれるようだ。よく出来た人である。

 

 最も有名なハンバーガーチェーンを選んで、そこまでの道のりを確認する。

 地図を見る限り道自体は分かりやすい作りをしているのだが、ちょうど店が密集している中心地なこともあって少しごちゃごちゃしている。

 こういう場所はきちんと地図を頭に入れていないと、尾行中なんかは──

 

 

「まあ、行ってみたら分かるよね」

「急に雑になったな。地図を読むのは苦手か?」

「普通、だと自分では思ってるんだけど…」

 

 

「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」

 

 

 よく通る声でそんなことを言いつつ、手を上げて注目を集めた男子生徒に会話を中断する。

 彼はクラスの親交を深めるために自己紹介を提案した。この行動力、彼がDクラスのリーダーに就任するのだろうか。

 

 

「僕の名前は平田洋介。気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで、この学校でもサッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

 

 しかし、平田くんの名前をプレイヤーから聞いた覚えはない。女子はともかく、一部の男子からは一方的に嫌われそうな人ではある。リーダーシップは別の人がとるのだろうか。

 最も機械音声から出てくる名前の9割は一之瀬という人物で、その内容は「いかに一之瀬の人望が厚いか、そんな一之瀬からどのようにリーダーの座を奪うか」だった。他クラスのリーダーの名前を発言していなくてもおかしくないのかもしれない。

 

 そこから手芸の得意な井の頭さん、冗談を飛ばす山内くんと続く。

 

 

「じゃあ次は私だねっ」

 

 

 そう言って立ち上がったのは、先ほど自己紹介に詰まった井の頭さんに助け舟を出した女子生徒だった。

 

 

「私は櫛田桔梗と言います、中学からの友達は1人もこの学校には進学してないので1人ぼっちです。だから早く顔と名前を憶えて、友達になりたいって思ってます。私の最初の目標として、ここにいる全員と仲良くなりたいです。皆の自己紹介が終わったら、是非私と連絡先を交換してください」

 

 

 第一印象に違わず、人当たりの良い櫛田さんの自己紹介に今までで1番と言っていい大きさの拍手が起こる。

 放課後や休日にどんどん誘ってほしいと言って話を締めくくった彼女に、男子生徒の間で好意的な囁きが交わされる。女子生徒も井の頭さんを筆頭に友好的だ。

 その後に続いた生徒たちの自己紹介でも、櫛田さんほど周りに好印象を与えた生徒はいなかった。

 

 平田くんと櫛田さん。2人とも物腰柔らかで、どちらがクラスのリーダーを務めるにしろ穏やかなクラスになりそうだ。

 そんな私の考えはすぐに覆されることになる。ガン、と机を蹴る音にびくりと体が震えた。

 

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえよ、やりたい奴だけでやれ」

 

 

 自己紹介を促されて机を蹴った、燃えるような赤い髪の男子生徒。彼は平田くんを睨みつけ、そう吐き捨てる。

 それでも引き留める平田くんの説得やそれに対する女子生徒たちの援護虚しく、彼は教室を出て行ってしまった。…女子生徒の援護は、むしろ逆効果だったような気もする。

 彼に続くようにして、何人かの生徒が席を立って教室を出て行く。その中には、私の斜め前の女子生徒も含まれていた。

 

 こちらを一瞥もせずに教室を出て行ってしまう彼女を、私は未練がましく見つめる。長い黒髪を、白いリボンで一部編んだ子。唯一席が近い女子生徒である彼女の名前を知りたかったし、あわよくば自己紹介の後話しかけて仲良くなりたかった。

 

 彼女の離脱を残念に思いつつも、私は再開した自己紹介に意識を移す。

 どこか憎めない池くんの自己紹介でクラスが湧き、数人の生徒が教室を出て冷えた空気が暖まる。私も、女子生徒のからかいを真剣に返す池くんに笑ってしまった。

 

 流れで次の席に目をやると、前髪を整える男子生徒が座っている。自己紹介の前に身だしなみを整える──という訳ではなく、彼はずっと他者の自己紹介など意にも介さぬとばかりに手鏡を見ていた。むしろ先ほど自己紹介を蹴って出ていかなかったことに驚いたほどである。

 

 自己紹介を促された彼は、尊大な喋り方と身振りでそれを了承した。

 

 

「私の名前は高円寺六助。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知りおきを、小さなレディーたち」

 

 

 机の上に両足を乗せる、という洋画でしか見たことがないポーズのままそんなことを言ってのけた高円寺くんに、クラス中が困惑しているのが伝わってくる。ポイントを配布された時とはまた別の種類の困惑だ。

 高円寺くんは更に話を続けたが、それを真剣に聞いた人がどれだけいただろうか。

 

 ただ、インパクトがあるという点では一二を争う自己紹介だった。高円寺くんの次の生徒などは、やりにくそうにごく普通の自己紹介をして、終わった後隣の生徒に慰められていた。聞く側としてはとても癒されたのだが、本人は印象に残らないことを嘆いていた。元気を出してほしい。

 

 そこから更に何人もの自己紹介が続き、自分の番が近づいてくる。私の前に綾小路くんの番が来るのだが、2つ前の席の生徒──つまり綾小路くんの前の席の生徒の自己紹介が終わっても、彼は微動だにしない。どうやら窓の外を見てぼんやりしているようだ。

 とんとん、と私が肩を叩くと同時に平田くんからも声がかけられた。

 

 

「えーっと、次の人───そこの君、お願いできるかな?」

「え?」

 

 

 驚きの声を上げた綾小路くんは、私と平田くんを交互に見た後勢いよく立ち上がった。

 

 

「えー……えっと、綾小路清隆です。その、えー……得意なことは特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

 

 内容を考えていなかったのか、言いたいことが飛んでしまったのか、つっかえながらの自己紹介だった。そそくさと席につき、落ち込んだ様子の綾小路くんに悪戯心が芽生える。

 

 まばらに起こる拍手の中。前屈み気味に立ち上がりながら、そっと綾小路くんの耳元に口を寄せた。

 

 

「ぼーっとしてるから」

 

 

 そう囁いた瞬間、項垂れていた綾小路くんがバッとこちらを振り向く。

 私はそれに気づかない振りをして話し始めた。

 

 

「細川紅葉です。趣味は自転車で遠出して、色んな景色を見てまわること。ここでは出来そうにないのがちょっと残念です。これからよろしくお願いします」

 

 

 自己紹介を終えて席に座る。未だ綾小路くんがこちらを振り向いたまま、耳を押さえて固まっている。

 それが何だかおかしくて、私は笑った。

 

 

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