俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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遅れました。第11話です。


第11話 ふわふわずっしり  ──人生は苦く甘く──

「はーい終わりでーす。集めてー」

 

「あああぁぁぁ終わったあああ」

 

「終わった……」

 

「はああぁぁぁ」

 

 

 

 雨がじとじと降る6月も下旬。

 せっかくテストが終わったのに、エアコンじゃ取りきれない湿気に引きずられて重い歓声が上がった。

 

 対して俺は何だかふわふわしたような、でもずっしり重いような奇妙な気分でいた。

 重石が肩に乗ったまま飛んだらきっとこんな感覚だろう。

 

 

 

「赤坂ーどうよ?」

 

「んー、自信ねぇ」

 

 

 

 隣の片岡に適当に相槌を返すと、前の相田が混じってきた。

 

 

 

「ねぇやっぱり難しかったよね!?問3の(2)なんて書いた?」

 

「んな覚えてねぇよ」

 

「メッセンジャーRNAだろ、確か」

 

「マジ?」

 

「ええっ、『m』書いてないとダメかな!?」

 

「知らねぇよ」

 

「帰ってきてからのお楽しみだな」

 

「嘘だろー?」

 

 

 

 妙に焦っている相田が頭を抱える。

 俺の方ができてねぇからさ、と慰めている片岡とそれを笑い飛ばして、密かにざまぁみろと心の中で呟いた。

 

 

 後ろを振り向くと、楠木さんも隣の女子たちと問題用紙を手に話していた。

 ちらっと目が合う。

 にへら、っていうのがふさわしい何とも気の抜けた笑顔に手を振って返して、俺たちは先生が戻ってくるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーよ、楠木さぁーん」

 

「なーんとも言えないよー、赤坂くーん」

 

 

 

 雨音をかき消すほどの喧噪に負けないように、声を張り上げながら階段を降りていく。

 

 もう動くのも嫌になる感じの湿気がもわもわしている。余計にふわふわ感が増していく気分だ。

 今ならピエロに誘われなくたってふわふわ浮かべるだろう。

 

 

 階段を降りると本当にそんなカンジ。

 階段を降りる度にガクン、ガクンと頭蓋骨の中で脳ミソだけ遅れてくるような浮遊感。

 

 横の楠木さんも奇妙なステップを踏みながら階段を降りていった。

 

 

 

「あーかさーかくん」

 

「んー?」

 

「眠いの?」

 

「は、そっちこそ」

 

 

 

 ふへへ、と若干気味の悪い笑い声が揃って群衆に飲まれていく。

 隣を見ると、綺麗にクマの出来た楠木さんと目が合った。

 

 二人揃って、完全な寝不足。

 よくある深夜テンションのまま勉強してたら、窓の外が明るくなっていた。

 いや、思い返せば途中寝てたような。俺は昨日何をしてたんだっけ。

 

 

 今日何度目かも分からないあくびが逃げていく。

 あー、眠い。頭がずっと寝てる。どこまで現実でどこまで夢なのか。

 

 俺はもしかしてまだベッドの中で、最終日のテストを解き終わった夢を見ているんじゃないか。

 上手く書けなかったのに、点数がまあまあ良いように思えてしまうのもきっと夢だからだ。

 

 胡蝶の夢ならぬ、誇張の夢。

 

 

 

「ぶはっ」

 

「なにー」

 

「いや、胡蝶じゃなくて、誇張の……夢。ふっふ……」

 

「何それ」

 

 

 

 ひいひい笑いながら説明すると、楠木さんは半分笑いながら、半分かわいそうなものを見る視線を向けてきた。

 

 

 

「……は?」

 

「こ、こちょ……んっふふダメだあはははは」

 

「……はは」

 

 

 

 息苦しい中レインコートを着て、自転車を押していく。

 正門へ続く道は同じように帰る生徒たちでごった返していた。

 

 

 

「はー、おもしろ。面白くねぇ?」

 

「全然……。疲れてるんだよー、赤坂くーん……」

 

「そーいう楠木さんは元気ねーじゃーん……へへっ」

 

「だって、眠くって……こんなお天気だし」

 

「ああ、低気圧系女子ってヤツ?」

 

「そうそう、だるおもーってやつ」

 

「うわー、めんどー」

 

 

 

 若干落ち着いてきた細かい雨が顔に降りかかる。寝不足の身体にはそれすら刺激が強い。

 ふわふわ感が倦怠感の針でチクチク縫い止められていく。今度はダルさが勝ってきた。

 

 

 

「今日さぁ、カラオケやめねぇ?」

 

「さんせーい……そんな元気ないや。……でも、帰っちゃうのもあれじゃない?」

 

「そりゃあ、まあ……。せっかくテスト乗り越えたわけだし?何かゴホウビ自分にあげてぇよな?」

 

「そうそう……なんかこう、のーんびりできるところ……」

 

 

 

 あんまりのダルさに自転車を押したまま、のんびりできるところを考える。

 

 

 マック……はちょっとエネルギーに溢れすぎ。他ジャンクフード店も同様。

 ゲーセンはこの雨の中行ったらさすがに寒すぎる。寝ぼけた頭にはうるさすぎるし。

 本屋とかテキトーな店で時間潰し。ダメ。座りたい。

 

 

 

「なんかあるかぁー?」

 

「んー……。あ、喫茶店はどう?」

 

「喫茶店ん?」

 

 

 

 この辺りで喫茶店。全く思い当たる場所が無い。

 だって俺は喫茶店に興味が無かった。行ったこともない。

 

 

 

「あ……知らない?『からめる』ってお店。ちょっと駅から離れてるんだけど……。でも良いところだよ、手作りのプリンがおいしいんだ」

 

「プリンかぁ」

 

「ご飯も食べれるし……行く?」

 

「行く」

 

 

 

 名前からしてよっぽどプリンに自信があるらしい。

 手作りプリンなんて、弟と一緒に電子レンジで作った『す』が入りまくりのヤツしか食べたことが無い。

 

 ちなみに食感が最悪で食えたもんじゃ無かった。プロが作るプリンなら、これとも普段食べてる三連プリンとも何もかも違うに違いない。

 

 うん。いいじゃないか。

 

 じわじわプリンへの期待度が上がってきて、ダルさと板挟みになった脳が潰れていった。

 

 

 

「プリンってさあ……」

 

「ん?」

 

「濁点に変えるとすげぇマズそうだよな……」

 

「ぶふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段三分の一くらいの遅さでのろのろ自転車を漕いでいき、駅から200mほど離れた所に楠木さんの言う『からめる』はあった。

 

 多分純喫茶って言うんだろう。木造のレトロでオシャレなカンジ。

 

 軒先に自転車を駐めると、コーヒーの良い香りがふんわり漂ってきた。普段のインスタントコーヒーとは比べ物にならない。

 

 

 

「へー、けっこーいーじゃん」

 

「でしょー?」

 

 

 

 湿気った髪を耳に掛けながら、ちょっと得意げに言う楠木さん。お母さんとたまに来る店らしい。

 

 

 

「まーた『注文の仕方が分からない~』とか言うなよー?」

 

「そんな事ないもん……」

 

「いらっしゃいませ~」

 

 

 

 カランとベルの音と共に入店すると、店員のお兄さんが案内してくれた。

 

 コーヒーの空気を胸一杯に吸い込んで店内を見渡す。

 昼前だからかまあまあ人が入っていて、おば様方が多かった。さっそくおしゃべりを楽しんでいるのが聞こえてきた。

 

 

 

「ご注文決まりましたらお呼び下さい」

 

「はーい」

 

「ふいぃぃ……」

 

 

 

 思わずおっさんみたいな声が出た。座っただけでこんなんなるとか、俺も年を取ったもんだ。

 

 

 

「はあぁぁ……」

 

 

 

 楠木さんまでそんな声で吹き出した。行儀が悪いけどテーブルに突っ伏して、身体を揺らしながら笑う。

 

 

 

「お互い頑張ったな……」

 

「そーだねー……」

 

 

 

 頑張った。俺も楠木さんもマジで頑張ったと思う。当社比でだけど。

 

 今までほぼ一夜漬け、提出物もギリギリだったのが、短時間ながらもちゃんと2週間前に勉強を始め、期末テストを走りきった。

 ショーサンに値する。

 

 

 

「とりあえず今日は、テストの話ナシな」

 

「返ってきたら考えればいいもんね」

 

「そーそー」

 

 

 

 お互いぐったりしたままメニューをめくる。

 昔ながらのオムライス、ナポリタン、サンドイッチ、ピザトーストなんかもある。

 どれもオシャレだけど、普段の俺には量が少なめ……なんだけど。

 

 

 

「やべえ、食欲ねぇ」

 

「えぇ~?珍しー」

 

「甘いのしか食べたくねぇ~」

 

 

 

 ダルさがお腹に詰まってる気分だ。それでも甘いのは食べたい。別腹だ。パーッと行きたい。

 

 

 

「うふふ、分かるー。ほら、何頼む?プリンと何にしようかなぁ」

 

「っくく……ぶりん……」

 

「やめて」

 

「ぶりんぶりんって、刺身みてぇ……ふっはは」

 

「……ウニ?」

 

「ウニいぃっひっひっひっひっひ」

 

 

 

 楠木さんプリンに醤油付けるとウニ味になるの知ってるのかよ!

 

 俺だけ息も絶え絶えになりながら、奇妙な視線を向けてくるお兄さんにプリンとカフェオレを二人分注文した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

「ありがとうございまーす」

 

「あざまーす」

 

 

 

 運ばれてきたのは正に昔ながらのプリンだった。

 

 濃いめのカラメルがたっぷりかかったしっかりめのプリンに、生クリームとサクランボ。

 

 シンプルなグラスに入ったカフェオレはキレイなグラデーション。置かれると柔らかいミルク色がゆらゆら茶色と混ざっていく。

 

 

 

「ごゆっくりどうぞー」

 

「……へぇー、すげぇね」

 

「でしょー?」

 

 

 

 プリンをスプーンでつつくと、上のサクランボごと控えめにふるふる震えた。

 

 

 

「クソッ、フリンの方だったか……」

 

「いつまでプリンで笑ってるの」

 

「えぇ~?面白くねぇ?」

 

「なーい。さすがに飽きたよ」

 

「面白ぇのに」

 

「どこがー」

 

 

 

 またぶりんの波が襲ってくる前に一口。

 ほろ苦いカラメルと、牛乳と卵の優しい甘さ。それを邪魔しないバニラの香り。しっかりしてるけど滑らかな口当たり。

 

 お店でしか食べられない特別感がある。

 

 

 

「おいしいでしょ?」

 

「……うん」

 

「えへへーでしょー」

 

 

 

 さっきまでの元気のなさはどこへやら、楠木さんはにこにこ機嫌良くプリンを味わった。

 

 

 

「はぁー……!テスト終わって良かった!」

 

「帰ったらなにすっかねー」

 

「赤坂くんは寝た方がいいんじゃない?……今日テンションおかしいし」

 

「おかしくねーし?笑いのツボが浅ーくなっただけ」

 

「それがおかしいって言うんですー」

 

「んんー、まあ、さすがに寝るわ。せっかく弟もいねぇんだし」

 

「そっか、弟くんはまだ学校か」

 

「いいーよなぁ小学生」

 

 

 

 確かに毎日毎日宿題があったけど今思えば簡単なもんだし、20分休みに昼休みに放課後に遊び放題。気楽なもんだ。

 

 中学にも高校にも不満はないけど、たまにあの気楽さが無性に恋しくなる。狭い空間特有の閉塞感と自由があった。

 

 

 

「あ、小学校って言えばさ。

 

美香ちゃんが言ってたけど、お姉ちゃんとかお兄ちゃんが通ってたら下の子がよく名前を間違えられちゃうって本当?

 

美香ちゃんのお姉さん美紗(ミサ)だから毎回毎回間違えられてたって」

 

 

 

 ふと、楠木さんはカフェオレをくるくるストローでかき回しながら聞いてきた。

 美香って姉いたんだ……と思いつつ、俺は質問に答える。

 

 

 

「あー……うちはねぇかな」

 

「あ、そうなの?(トオル)くんと(サトル)くんで、響きが似てるからあるかなって……」

 

「そもそも俺あの小学校2年半しか通ってねぇし」

 

「えっ?」

 

「え?」

 

 

 

 スプーン落とすんじゃ無いかってくらい驚いた楠木さんの声につられて、俺も顔を上げた。ああ、そういえば……。

 

 

 

「言ってなかったっけ?昔転校ばっかりだったって」

 

「え、えぇぇー!?初めて聞いた!前はどこにいたの?『ばっかり』ってことは何回くらい?」

 

 

 

 カフェオレ片手に、クマに縁取られた目を輝かせながら聞いてくる。

 

 

 

「前は秋田。多分……4回?」

 

「わ、すごーい……大変じゃなかった?」

 

「別に?他の地域に行くのは面白かったし。それにほら、子供だったから" 転校生 "ってだけですぐ仲良くなれたし。

 

まあ……さすがに中学まで振り回されんのはめんどいから付いてくの止めたけど」

 

「うわあぁ、すごい、大変だよー……!秋田かあ、雪とかどうだった?」

 

「さあ?冬んなる前に転校したから知らね」

 

 

 

 この前のこと聞かれまくる感じ、懐かしい。

 黒板の前で挨拶するのも、休み時間に囲まれるのも、まるで有名人になったみたいで好きだった。

 

 

 

『あたしとあんた、もう友達ね!』

 

 

 

 そうだ、そう言ってくれた、あの子のことも──。

 

 

 

「……」

 

「それにしても、前はすぐ仲良くなれてたのに、高校は失敗しちゃうなんてなんか……。

 

……赤坂くん?どうしたの?」

 

「え……ああ、別に。……眠ぃだけ」

 

「……そう?カフェオレ飲んで目覚まそ?それとも早く帰る?」

 

「そこまでじゃねぇよ」

 

「そーう?」

 

 

 

 いぶかしげな視線から逃げるようにカフェオレを飲む。プリンの甘さで全然甘くない。

 

 

 

「……にしても、赤坂くんも転校生だったんだね。私と一緒」

 

「は?」

 

 

 

 楠木さんの言葉に、カフェオレでも消えなかった『あいつ』の残像が一瞬で消え去った。

 

 

 

「私もね、中学校に入る前に転校……?じゃないか、引っ越してきたの」

 

「えええ?」

 

 

 

 言っちゃった!って照れ笑いの楠木さんに、俺は驚きが隠せない。

 いや、よくよく考えればそんなにびっくりすることじゃないんだけど、面白い偶然だ。

 

 

 

「なんで?」

 

「赤坂くんと一緒だよ。親の都合」

 

「前はどこいたん?」

 

「ナイショ」

 

「えー、俺も教えたじゃーん」

 

「ふふ、だめー」

 

 

 

 今までと反対で俺が質問攻めをするも、楠木さんはころころ笑って答えてくれない。

 じゃあ何で言ったんだよ。

 

 ……いや多分、ようやく楠木さんからそういうことを言ってもらえる関係になったんだ。

 三ヶ月苦楽を共にした結果だ。

 

 いつか何で引っ越したか教えてもらえるだろうか。俺も、何で『4年の夏転校することになったか』を言えるようになるんだろうか。

 

 

 余ったカラメルをすくって舐める。苦みが強い。

 




驚異の難産でした。後で書き直したいですね。
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