俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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第14話目です。


第14話 愛怨中(アイウォンチュー)愛忍中(アイニーチュー)  ——気怠い甘さは……——

「え……あ……マジ?ユキちゃん?」

 

「マジマジ!ユキだよ!あたし!早野雪子!」

 

 

 

 眉の下で切りそろえられた髪が嬉しそうに揺れている。鼓動の音で周囲の声が聞こえない。

 なのに俺の声とユキちゃんの声だけ異様にクリアに聞こえる。

 

 

「お……おおお……。

 

うおおぉぉ!すっげぇ!マジか!マジだ!ユキちゃんじゃん!えぇーっ、久しぶりーっ!」

 

「マジマジ!えっへへ、久しぶりー!トオルちゃーん!」

 

「うわー、マジ?なんでいんの?」

 

「親戚のおばさんがね、お祭りがあるからって呼んでくれたの!

 

あーまさかトオルちゃんに会えるなんて!あっはは!ちょー嬉しーい!」

 

 

 

 一気に距離を詰められて、両手を掴まれた。

 手遊びをするように、ぶらぶらと揺らされる。

 

 力なく揺れる俺の腕は、出会いの衝撃でぞわぞわと鳥肌が立っていた。

 

 

 

「あ、赤坂くん?」

 

 

 

 楠木さんの声でやっと周りの音が戻ってきた。

 ようやく耳が慣れてくると、クレープの列抜けちゃってるよ、行かないの?と言っているのが分かった。

 

 

 

「えあ、あ、すぐ並ぶ、あんがとね」

 

「あたしも並ぶー」

 

 

 

 ユキちゃんもクレープを食べるらしく、手を離して大人しく俺の後ろに並んだ。

 ストロベリーソースのクレープを持った楠木さんはによーっと、何だか含みを持った視線で手を振り、皆の所へ戻っていった。

 

 

 

「ねぇねぇ!」

 

「ぐえ」

 

 

 

 その後ろ姿を見送った途端、今度は首に腕が巻き付いた。首が絞まる。

 増えた重さと俺より高い体温がよりダイレクトに伝わる。

 

 

 

「あの子誰よ~?もしかして彼女~?」

 

「いや違うけど」

 

「えぇ~?二人っきりだったじゃーん。おんなじ高校の子でしょ~?」

 

「ただの友達だって、ほら輪投げんとこにたくさんいるだろ、あいつらと来てたの」

 

「ふっふーん、どーだかなー。や~、トオルちゃんはオンナの趣味がいいねぇ~」

 

「……はは」

 

「いらっしゃいやせ!何にします?」

 

 

 

 クレープ屋とは思えない店員さんに、俺はチョコソースにキャラメルソースにクリームとナッツとポッキー、と全部乗せを頼んだ。

 ユキちゃんも全く同じものを頼む。

 

 

 

「ほら二人ともサービス!」

 

 

 

 男女二人……ってことで店員さんは気を効かせたのか、ハート型のビスケットをおまけで乗せてくれた。

 夢にまで見た全盛クレープ。ユキちゃんはそれを抱え、飛び上がって喜んでいた。

 

 

 

「わぁ、すごい!えっへへー、トオルちゃんとクレープ食べるのなんて初めてだね!」

 

「あーうん、そーだなー」

 

「透ー!クレープ買えたー?……って誰」

 

 

 

 ビスケットを口に押し込んでいると、景品を山ほど抱えて遼太郎たちが戻ってきた。

 

 

 

「あー……」

 

「こんちは!トオルちゃんの昔の友達でーす」

 

「……ほら、昔話したろ、前の小学校のユキちゃん」

 

「ああ~、あの……ぉ?」

 

 

 

 遠い目でぼんやり記憶を探る遼太郎を見て、ユキちゃんはニヤーっと狐の様な笑顔で耳を軽くつねってくる。

 

 

 

「はぁー?『あの』って、何話したのートオルちゃーん」

 

「いや別に……」

 

「なになにー、誰その子」

 

「赤坂の彼女?フタマタ?」

 

「ちょ、両手に花とか!」

 

「友達か?」

 

「えっへへー、そーでーす。トオルちゃんの昔の友達!

あはは、こんなに囲まれるなんて昔のトオルちゃんみたい」

 

 

 

 続々と背後から湧いてきた皆に囲まれて、でもすぐに打ち解けるユキちゃん。

 

 その様子を見ながら、たっぷり絞られたホイップクリームを一口。全く味がしない。

 楠木さんが美味しそうにクレープを食べてるのがうらやましい。

 

 ふと、楠木さんがこちらを覗きこんできた。

 

 

 

「……赤坂くん?」

 

「なに」

 

「あー、えーっと、……ユキちゃんって子、元気だね!皆とすぐ仲良くなっちゃった!」

 

「……昔からそういう子だよ。引っ越した時も一番に話しかけてきたのがユキちゃんで……」

 

「えー、なになに内緒話?やっぱりあやしーなー」

 

 

 

 楠木さんとの間に、ぐいっとユキちゃんが顔を寄せてきた。揺れる髪から香る匂いに、弾けるように思い出があふれ出して、頭がクラクラする。

 

 

 

「っだからそーゆーんじゃねぇって!昔の話だよ、引っ越した時に最初に話したのがユキちゃんだったって話!」

 

「……え。あー!うわー!懐かしい!覚えてたんだー!」

 

「ふーん、透そんなん覚えてるの?意外ー」

 

「えっへへ、あのときはねー」

 

 

 

 麗に言われて、ユキちゃんは俺たちが出会った時のことを嬉しそうに話し出す。

 

 俺はちょっと距離を取って、同じように昔のことを思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋田に引っ越してきたのは小3年の春休み。

 その前にいた千葉県の小学校の終業式を終えてから、まだまだ寒い秋田にやってきた。

 

 

 ようやく荷ほどきが終わった俺は、公園やら次に通う小学校やらを一人で散歩していた。

 割と都心部に近い所に住んでいた前と違って、田舎でのんびりした地域だった。

 

 皆が駆け回っている小さめの校庭をぼんやり覗き込んでいると、後ろから声がかかった。

 

 

 

「なにやってんの?入んなよ」

 

「え?」

 

 

 

 背後には男の子みたいな動きやすい格好をした女の子が、大人ぶって腕組みをして立っていた。

 

 

 呆然としていると、女の子はニヤッと笑って手を掴んできた。

 俺よりも背の高いその子の手で、俺の手首はがっちりホールドされた。

 

 

 

「遊びたいんでしょ?行こ!あたし早野雪子!ユキで良いよ!んで、あんた誰?見ない顔だけど」

 

「え、と、透!赤坂透!一昨日引っ越してきたばっか!」

 

「えっ、じゃあ転校生!?やった、一番最初に会っちゃった!えっへへ、運命の出会いーってカンジ?

 

つーか、めっちゃ髪茶色いね。染めてんの?フリョ~」

 

「はぁ~?ちっげーよ、イ・デ・ン!母さんも茶髪なの!」

 

「あ、そーなんだごめんごめん。いいなぁ茶髪。憧れちゃう!私もおっきくなったら染めよっかなー」

 

 

 

 手をぐいぐい引かれながら、前で揺れるポニーテールを眺めていると、ユキちゃんは校庭に向かって叫んだ。

 

 

 

「かっちゃーん!入ーれてー!」

 

「あ、ユキちゃん。いーよー!……そいつ誰?」

 

「赤坂透!転校生なんだって」

 

「え、マジ?うおおおお、すげぇええ!」

 

 

 

 かっちゃん、こと佐藤翔琉は雄叫びと共に俺にボールを蹴ってきた。

 

 

 

「サッカーしよーぜー!」

 

「うおっ!?」

 

「おおー、上手い上手い!」

 

「お前すげーじゃん!」

 

「やるやるー!」

 

 

 

 適当に蹴り飛ばしたボールは上手く勢いがのって皆の頭上を越え、明後日の方向に飛んでいった。

 皆でそれをわーっと追いかけて、あっという間に俺もサッカーのメンバーに加わる。

 

 

 

「トオルちゃんでいいよね!ほーら、パス!」

 

「うわ!」

 

 

 

 足も速かったユキちゃんはあっという間にボールに追いついて、更に俺にパスを飛ばしてきた。

 受け止めた俺はボール目当ての皆にあっと今に囲まれて、全員団子になってすっころぶ。

 

 ユキちゃんは力強く手を引いて、俺を起き上がらせた。

 

 

 

「あたしとあんた、もう友達ね!」

 

 

 

 それが、ユキちゃんとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へええ、そんな感じだったんだ透の前の学校」

 

「秋田って、あなたも引っ越してここへ?」

 

「ううん、親戚のおばさんがお祭りあるからーって呼んでくれたの。小さい旅行中ってカンジ」

 

「神月の花火大会は結構すごいからね」

 

「うんうん、来て正解!」

 

「あと40分くらい?ねーもう場所取った方が良くなーい?」

 

「さんせー」

 

 

 

 合流したのが17時前で、花火が始まるのが19時。もうそんなに経ったのか。

 

 

 

「一緒に見ていいよね、トオルちゃん!」

 

「あー、……うん」

 

「えっへへ、やった!」

 

 

 

 クリームの溶けてきた甘ったるいクレープを口に詰め込んで、今度は花火見る用にかき氷を買いに行った。

 

 山盛りの氷にコーラシロップをダバダバかける。

 フラッペ系の氷はどんなにシロップをかけても中々溶けない。白い氷がどんどん黒く染まっていく。

 

 

 

「トオルちゃーん、まだー?皆行っちゃうよー?」

 

「ぃ、今行くー!」

 

 

 

 遠くでぶんぶん手を振るユキちゃんの笑顔は、昔と何も変わらない。

 それなのに俺の今の友達たちに囲まれて、俺の街に立っている。

 

 まるで時空が歪んでるみたいで気持ち悪くて、脚が動かない。

 行きたくない。

 

 思わず出ていきそうになるため息を、かき氷で無理やり身体に押し留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっちゃんはさ、何してんの?」

 

「かっちゃ……あぁ、翔琉?聞いてびっくり!なんと野球部に入ってまーす」

 

「えー、マジ?あんなにサッカーやってたのに?」

 

「マジマジ。意外でしょー。ちなみにあたしはー、そのマネージャー!」

 

「ユキちゃんマネージャーなんかできんの~?」

 

「できるもーん。私の方が算数の成績良かったの忘れちゃった?」

 

「よく覚えてんな」

 

「とーぜん」

 

 

 

 花火は河原から打ち上げられる。やや速めに場所取りに来たのもあって、俺たちは川近辺の歩道(もちろん観覧OKの場所)を陣取ることが出来た。

 

 もうそろそろ花火が始まるから、もうどこもかしこも混み合ってる。あと10分くらいだろう。

 

 

 奥の方では美香と歩夢が肩を寄せて話し合い、他の皆はそれをニヤニヤしながら見つめていた。

 

 俺はというと、『久々の幼なじみとの再会!』と女子連中が変に気を使って、ユキちゃんと二人きりにされていた。

 山盛りで有名なかき氷はすっかりコップに収まるほど溶けてきていた。

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

 

 

 話題が途切れる。心地よくない無言。

 さすがに、皆の前で無理矢理にあげていたテンションの仮面が剥がれてきていた。

 

 

 

「かき氷、溶けちゃうぞー?」

 

「……うん」

 

「なに、もう……元気ないの、トオルちゃんらしくないな」

 

「悪いかよ。別に……疲れただけ」

 

「んー。そっか」

 

 

 

 ドーン。

 

 

 

 丁度花火大会の開始を告げる花火が上がって、周辺が歓声に湧いた。目の端にキラキラと残滓が空中で消えていくのが映った。

 

 

 

「おっ、始まったよ!」

 

「んー」

 

 

 

 ドン、ドンと反響する音と、その度上がる歓声に、鼓膜が揺れる。

 

 

 

「綺麗だねー」

 

「んー」

 

 

 

 紙コップの端が花火の色事にちらちら光る。

 

 青。赤。黄色。白。緑。

 くるくる中身を回すと、どろどろのかき氷が色んな色に変わる。

 

 

 

「トオルちゃんと花火見るの、初めてだね」

 

「うん」

 

「覚えてる?夏休み、翔琉と一緒にお祭り行こうって言ってたの」

 

「……覚えてるよ」

 

「もー、言い出したのトオルちゃんなのに、すーぐ引っ越しちゃったんだから」

 

「……」

 

「あはは、ひっどいよねー。あたし浴衣着ていくつもりだったのにさー」

 

 

 

 ユキちゃんは歩道の柵に頬杖をついて、何でもないように楽しげに話す。

 笑う度に丸い肩が揺れるのが、シャツ越しに分かる。

 

 

 

「……ねぇ、ユキちゃん」

 

「なーに?」

 

「何で来たの?」

 

 

 

 自分でも引くほど冷たくて、その上みっともなく震えた声がそう言った。

 ユキちゃんは一瞬固まって、その後愛想笑いで続ける。

 

 

 

「なにって、言ったでしょ、親戚のおばさんが……」

 

「わざわざ声かけなくても良かったじゃん。花火についてこなくても良かった」

 

「……酷いなー。やだったの?」

 

「あんな別れ方したんだぞ」

 

「まだ気にしてたんだ」

 

「当然だろ」

 

「……そっか」

 

 

 

 絶えず打ち上げられてきた花火が止んだ。キラキラ変わっていたコーラシロップが真っ黒に戻る。

 

 

 

「…………会いたくなかった」

 

 

 

 ──あーあ、言っちゃった。

 

 6年間抱え込んできた積年の恨みと恐怖がついに口から出ていった。

 ようやく放り出せたのに、心はもっと重みを増した。

 

 

 

「……」

 

「ごめん」

 

「……うん」

 

「……。……なあっ、俺!」

 

 

 

 ようやく向き合ったその時、ひときわ大きな花火が上がった。

 明るく照らされたユキちゃんは、目を大きく見開いて驚いた顔をしていた。

 ゆっくり光が消えていくにつれて、表情が曇っていく。

 

 

 次々打ち上げられる大玉をちらりと見て、ユキちゃんはふいに俺の手首を掴んだ。

 

 

 

「……ちょっと、よく見えないからさ、もっと向こう行こっか」

 

「は?ちょ、」

 

「ほーら来た来た!」

 

 

 

 黄色いシュシュで束ねられた黒髪が背中で揺れる。

 俺の手をぐいぐい引いて人波をするする抜けていく。

 

 その背も手も、俺よりずっと小さくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは、ほら、場所変えて正解!超良く見えるよ!」

 

 

 

 後ろの立体駐車場からの眺めは、確かに良かった。

 

 大半の人は上の屋上にいるようで、一つ下の3階は空いている。

 二人で塀にもたれて、現れては消えていく色とりどりの花火を見た。

 

 

 

「トオルちゃん」

 

 

 

 しばらくの沈黙の後、口を開いたのはユキちゃんだった。

 

 

 

「あの時はごめんね」

 

「……は」

 

 

 

 俺が言いたかったことを先取りされた。

 口を開けて呆然としている俺を放って、ユキちゃんは花火を眺めながらぽつりぽつりと話し出す。

 

 

 

「あんなフリ方、なかったよね。酷いことも言っちゃったし……。ほんと、ごめん」

 

「そんな、別に、俺だって……」

 

「せっかく勇気を出して、トオルちゃんが告白してくれたのに、あたしったらお礼も言えないで……ずっと、ずっと後悔してた。

 

フった次の日に、学校で『赤坂くんは引っ越すことになりました』って、言われて……。

 

あれから全然話せな、ううん、謝れなくて、引っ越すから最後に告白してくれたのに、それをあんなに邪険に扱っちゃって……!」

 

「っ違う!!」

 

 

 

 張り上げた声が駐車場に響いた。ちらっと視線をやった周囲の人は、次の花火に釘付けになる。

 

 俺たちだけは、花火ではなくお互いを見つめていた。

 

 

 

「違うんだ……」

 

 

 

 結局、ユキちゃんの顔を見ていられなくて、俺はまた塀にもたれかかった。

 コーラシロップに揺れる光を見ながら、俺も口を開く。

 

 

 

「引っ越すから、告白したんじゃない。

 

……ユキちゃんにフラれたから、引っ越したんだ」

 

「…………え?」

 

 

 

 虚ろなその声を聞いて、俺は吐きそうになりながら話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスにもすっかり馴染んで、授業でプールを楽しみつつ夏休みに期待を膨らませていた7月も半ば。

 寝苦しくて起きてしまい、水を飲もうと布団から這い出た時、両親の話し声が聞こえてきた。

 

 

 

「……また転勤って、本気で言ってるの?」

 

「待て、話が上がっただけだ!さすがに引っ越したばかりだし、断れるさ」

 

「どうだか。……まあ、私は良いけど……子供たちが嫌がったら、私はここに残るわよ」

 

「さぁ~どうだろうな?悟は『田舎つまんなーい』とか言ってるじゃないか」

 

「透はどうかしら。

 

……今女の子と特に仲が良いみたいだけど、ふっふふ、その子のこと好きみたい」

 

「は?と、透が恋~?ぶははははは!んなアホな……ぶふっ。

 

ガキの恋愛なんざ、あっちゅーまに冷めるもんじゃねーか。大抵本気じゃないか勘違いなんだからよ」

 

「そりゃあ……そうだけど。でも、どうかしら」

 

「さぁなあ?いっちょ前に彼女連れてきたら別だかな!だーはっはっは!」

 

「全く……」

 

 

 

 俺はタオルケットをぐっと握りしめて、心の中で父さんに中指を立てた。俺の好意を父さんにバラした母さんにも怒った。

 

 

 俺はホンキでユキちゃんが好きだった。

 一緒に遊ぶのも、その時の笑顔も、触れあう手も、全部にドキドキした。ユキちゃんといると全部が何倍にも楽しくなった。

 

 

 皆を見返してやろうと思った。

 

 父さんはもう転勤を引き受ける気になってる。

 母さんはああいってるけど、内心あんまりにも田舎過ぎて嫌気がさしてる。弟も同じ。

 

 俺は、ユキちゃんもかっちゃんも皆もいるここが好きなのに。

 

 

 何が『ガキの恋愛』だ。

 俺の恋は本物だ。

 ユキちゃんと付き合って、一緒にお祭りに行って、花火を見て、それから社会科見学も、雪で遊んだりもして。これからもずっと一緒にいるんだ。

 

 

 子供じみたプライドと発想で、俺はユキちゃんに告白することを決めた。

 

 これまで以上にユキちゃんに優しくして、沢山面白いことを言った。告白の言葉やシチュエーションだって考えた。

 

 

 かっちゃんのいない、二人だけになる日を待つこと1週間。

 明後日には終業式というとこまで来て、かっちゃんはお祖母ちゃん家に行くと言って先に帰っていった。

 

 

 久々にユキちゃんと二人で遊んだ。

 河原で遊びまくったあと、並んで沈みかけの夕日を見ながら歩いた。

 

 ここしかない。頭の中で考えた言葉を何度も反芻しながら、いつも別れるY字路まで行った。

 

 

 

「明日体育だったよね?体育着忘れちゃダメだよ透ちゃん。んじゃ、そろそろ……」

 

「ユキちゃん!」

 

「おおぉ、何?」

 

「あ、あのな……」

 

「うん……?」

 

 

 

 ユキちゃんはよく分からなそうな顔をして立ち止まる。

 

 一度深く、深呼吸。まだ足りない気がしてもう一度。

 その間、ユキちゃんはシュシュを結びなおし、半袖パーカーのポケットに手を突っ込んで、俺の言葉を待っていた。

 

 

 震える唇を湿らして、俺は深く息を吸い込んだ。

 

 

 

「おお、俺、俺俺、ユキちゃんの事が好きだ!ずっと前から!だ、だから、付き合って下さい!」

 

 

 

 裏返った声で、予定よりも大幅に言葉が足りないまま俺は叫んだ。

 

 俺がワンテンポ遅れて差し出した手を、ユキちゃんは呆然と見つめていた。

 二人の間を夏の風が通り過ぎていく。

 

 

 

「え……あー……」

 

 

 

 長い沈黙の後、ユキちゃんはうめいた。

 その声色だけで、俺は逃げ出したい気持ちだった。

 

 震える手を、そっと戻す。そこからずっとユキちゃんの靴を眺めていた。

 

 

 

「や、やめてよ、そーゆーの。嘘でしょ。嘘だ。バカ言わないでよトオルちゃん。

 

……。ごめん。……ごめん、そういうんじゃないから、あたし」

 

 

 

 足下が崩れていく。目の前が真っ暗になる。なんて良く言うけど、そんなことなかった。

 

 あるのはただたださっきと変わらない景色。

 さっきまで楽しさの象徴だった全部が、自分を馬鹿にしているように思えた。

 

 

 

「じゃあ……」

 

「え?」

 

「じゃあ俺、引っ越さなきゃじゃん……」

 

「……え?」

 

「もういい」

 

 

 

 それだけ言って、俺は駆けだした。

 手足を振り回して、めちゃくちゃなフォームで走った。

 ユキちゃんは何も言わなかった。追いかけてこなかった。

 

 

 ようやくたどり着いたアパートにはもう父さんの車があった。

 息を整えて、窓ガラスで自分の顔も整えて、何事もなかったように部屋のドアを開けた。

 

 ただいまを言い終える前に、弟が飛び込んできた。

 

 

 

「にいちゃんにいちゃん聞いた!?またお引っ越しだって!」

 

「あ……。……ええぇ?マジでぇ!?」

 

「あ、こら!お母さんから話するって言ったでしょ!」

 

「おっ。おかえりー透」

 

 

 

 この時間にしては珍しく全員揃っていて、これは引っ越しを打ち明けられるときの恒例だった。

 

 思った通り、父さん転勤するかもだけどどうする?と聞かれて、俺は目一杯喜んだ。

 

 

「いいね!また引っ越しだ!やったー!」

 

 

 声を張り上げて、弟と跳ね回った。母さんの怪しむような視線がなくなるまで。

 

 

 次の日、俺はあえて朝ギリギリに学校に行った。ユキちゃんと話したくなかったから。

 そして朝の会で、先生は俺の転校を告げた。かっちゃんがえぐえぐ泣くのを慰めながら、俺はユキちゃんの顔は見れずにいた。

 

 

 それからはずっとかっちゃんと行動して、ユキちゃんと二人きりにならないようにした。

 3人でいるときは今まで通り話したし、遊んだ。

 

 終業式も乗り越えて、残り少ない夏休みは全部3人で過ごした。

 お祭りには行けないから、神社で一緒に焼きそばを食べたりした。

 一緒にプールにも図書館にも公園にも河原にも行った。

 

 遊んで遊んで遊びまくって、告白のことなんか忘れようとした。

 

 ユキちゃんだって、全くそれらしい素振りは出さなかった。その年にしては随分大人な対応だったと思う。

 

 

 そう遊んでいる間に、引っ越し先も決まって、次の小学校にも話がついて、ついに俺が引っ越す日が来た。

 

 8月12日。

 

 担任の先生に、クラスの皆。よく遊んだ他クラスの子。

 たくさんの人が見送りに来てくれて、花束や寄せ書きも貰った。

 

 汗と皆の涙でぐちゃぐちゃになったまま車に乗った。

 

 

 

「ばいばーい!」

 

「元気でねー!」

 

「また会おうなー!!」

 

 

 

 皆の叫びに、俺もあらん限りの声で応えた。

 車から落ちかけるほど身を乗り出し、手をちぎれんばかりに振った。

 

 

 遠ざかっていく集団の中に、白い影があった。

 下ろした髪をなびかせて、まっすぐ背筋を伸ばして、控えめに手を振っていた。

 

 

 ──目が合った。

 

 

 

「      」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「バカみたいだろ?そんな理由で、俺告白して引っ越してったんだ」

 

「なにそれ……」

 

「な、ホント……ほんと、バカみてぇ……」

 

 

 

 母さんに起こされて、辺りを見るともう真っ暗だった。

 知らない真っ暗なサービスエリアを見て、俺はようやく『引っ越した』という現実を理解した。

 

 3人で遊んでいる間忘れようとした事実が俺の頭をいっぱいにして、後悔が洪水のようになだれ込んできた。

 

 

 

 なんでこんなバカなことしちゃったんだろう。

 

 どうして意地を張って、たった一言『引っ越したくない』って言えなかったんだろう。

 ああ言って走って逃げてしまって、ユキちゃんはどんな気持ちだったんだろう。

 こんな理由で引っ越して、かっちゃんたちはどうしてるんだろう。

 ユキちゃんはどんな思いで、俺の引っ越しを受け入れたんだろう。

 俺の見送りに来たんだろう。

 

 

 父さんの言葉は半分当たって、間違っていた。

 俺の恋は本当にたかが『ガキの恋愛』だった。子供じみたワガママで押しつけるだけの好意。

 

 でも、すぐに冷めはしなかった。

 

 ユキちゃんが好きだ。

 フったユキちゃんが嫌いだ。

 

 お陰で引っ越す羽目になったから大嫌いだ。

 そんなことを思う俺も大嫌いだ。

 

 そうして、ずっと頭に残るユキちゃんが──。

 

 

 そんな愛憎混じった感情はずっと俺についてまわった。

 どんなに皆でバカ騒ぎしようが、可愛い女子たちと話そうが、その後悔はベタベタと俺の脚をもつれさせる。

 

 

 だから、ガキの恋愛なんてするもんじゃない。

 

 

 

「怒ったろ」

 

「……」

 

「絶対恨んでると思った。だから会いたくなかった」

 

 

 

 もし会えたなら、謝れるなら、言おうと思っていた事がたくさんあったはずなのに。

 全部がとりとめなくまとまらない。

 コップの中でキラキラ現れては消えていく光のように、色とりどりに浮かんでは後悔に沈んでいく。

 

 

 

「……確かに恨んでたよ」

 

 

 

 だからそう言われて、息がしやすくなった事に何の疑問も抱かなかった。

 

 

 

「あたしに謝らせてもくれないし、ずっと翔琉と一緒にいるし、お祭りの約束も破るし。最後まで、ほんと、マジで、トオルちゃん自己中だし!

 

……うん。恨んでた。てか、今も?」

 

「……うん」

 

「だから今日偶然見つけたときはね、復讐しようと思って。

 

あの子の……友達の前でたくさんけなしてやろうと思って。責めようと思って声掛けた………っふふ、……はずだったんだけどなぁ!」

 

 

 

 大袈裟な身振りで、ユキちゃんは大きく背伸びをした。

 くるりと回って、俺にぐいと顔を近づける。

 

 

 

「……トオルちゃんの顔みたら、そんな気なくなっちゃった」

 

 

 

 俺だけに聞こえるささやき声。俺しか映っていないユキちゃんの瞳。

 

 呆然とする俺を笑って、ユキちゃんはまた塀にもたれ、花火を眺めた。

 腕が密着するほど近い。触れあっている部分が燃えるように冷えている。

 

 

 

「……やー、ほんとバカだったねー」

 

「マジでガキだったなーってカンジ?」

 

「そう、そう。でも、あたしもそうだよ。

 

……あたし、ほんとは嬉しかったんだよ。トオルちゃんが告白してくれて嬉しかった。すっごいドキドキした。

 

だけど、それ以上に、あたしは三人でいるのが好きだったから。それが壊れちゃうかもって……ただのドラマの受け売りだったんだけどね?これ。

あのドラマみたいに、ギスギスしたくなくて、もっと三人で仲良くしてたかったの。

 

それに、テンパってたのもあって……。あんなこと言っちゃった。もっと他の言い方、あったろうにね」

 

 

 

 きっと昔の俺が聞いたら激怒しただろう独白だった。

 でも今は、ただしんみりと、水が地面にしみ込むみたいにすっと中身を受け入れられた。

 

 お互いまだまだわがままな子供だった。それだけだったんだ。

 

 

 

「もう怒ってねーよ」

 

「でもあの時は傷ついたでしょ?」

 

「……まあ?」

 

「でしょー?ふふ、お互い様」

 

「うん、そう、お互い様」

 

 

 

 お互い様。

 

 そう言えて、俺はようやく心が軽くなった。

 こう言って謝りたかった。そしてまた、こうやって顔を合わせて笑い合いたかったんだ。

 

 

 と、久々に大きな歓声が上がった。

 

 空へ視線をやると、ハート型の花火が上がっていた。

 

 赤からピンク、青と様々な色のハートが次々上がる。毎年定番のユニーク花火の時間帯だ。

 もうすぐ花火大会も終わりだろう。二人でそれを呆然と眺める。

 

 

 

「……もう一つ、言いたいことがあったんだった」

 

 

 

 ぽつりとそう言って、くっついていた腕が離れる。

 塀に頬杖をついて、ユキちゃんは艶やかに笑った。

 

 

 

「あたしもね、好きだったよ。トオルちゃん」

 

 

 

 オレンジに照らされた、初めて見る大人っぽい微笑。

 不思議と、それと共に告げられた言葉にショックは受けなかった。

 

 

 

「……俺もだよ」

 

 

 

 あの時あんなに詰まった言葉は、何でもなかったようにするりと、声に出せた。

 

 

 

「好きだった」

 

 

 

 白いハートが闇に踊る。

 ひらひらと力を失った光はユキちゃんの瞳の中で消えていった。

 

 

 フィナーレの花火が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火を見終わって、立体駐車場を降りる。

 立ち去るときも、人に揉まれながら階段を降りるときも、不思議と無言だった。

 

 さっきと違って、心地よい無言だった。

 昔飛行機雲を眺めながら通学路を歩いたように、ゆったりと時間が過ぎていく。

 

 

 やっと外に出てスマホを確認すると、遼太郎たちから連絡が山のように来ていた。

 

 

 

「やべっ」

 

「あっはは、トオルちゃんは人気者だなぁ」

 

 

 

 ビルの脇道に避けてから遼太郎にメッセージを打つ。

 

 

 

『ロマンスかましてんじゃねぇぞ』

 

『終わったら教えろ』

 

 

『なんもやってねぇよ』

 

『駐車場に拉致られた』

 

『もう戻るわ』

 

 

『は?』

 

『どこまで行ってんだよ』

 

『同じとこにいるから来い』

 

 

 

 OKのスタンプを押すと、画面を覗き込んでいたユキちゃんがくすくすと笑った。

 

 

 

「拉致とかヒッドいなぁ」

 

「誘拐の方が良かった?」

 

「やだなー、誰がトオルちゃんなんか誘拐するのさ。すっかり怖ーい顔になっちゃって。マジで不良ってカンジ?」

 

「やーめーろ」

 

 

 

 俺がスマホをしまうのと入れ替えで、今度はユキちゃんのスマホが鳴った。

 

 

 

「……おばちゃんが車の前で落ち合おうだって。簡単に言ってくれるなーもー」

 

 

 

 全く人の減る気配のない本通りを見て、うげぇーと顔をしかめる。

 俺もここを抜けて皆の所に行かなきゃなのか……。

 

 

 はぁ、と思わず出たため息が被る。

 それをひとしきり笑った後、ユキちゃんはゆっくりスマホをポケットにしまった。

 俺もすっかり溶けたかき氷の残骸を飲み干す。薄まった甘さはあっという間に空になった。

 

 

 しばらくの無言。

 足を動かす気が起きなかった。白いワンピースの裾をなんとなしに眺める。

 

 

 

「……もう行かないとね」

 

 

 

 先に口を開いたのはユキちゃんだった。薄暗くて、顔を伏せていて、表情が見えない。

 

 

 

「トオルちゃんももう行きな?皆待ってるでしょ?」

 

「送るよ」

 

「良いって」

 

「迷っても知らねーよ?」

 

「そんな方向音痴じゃないしー?」

 

 

 

 お互い、足を一歩も動かさない。もぞもぞ動くつま先をただ見ている。

 

 

 

「……いつ向こうに戻んの?」

 

「……内緒」

 

「そっか」

 

「うん」

 

 

 

 ポケットのスマホが震える。

 大方しびれを切らした遼太郎がスタ連でもしてるんだろう。あいつらは人も待ってられないのか。

 

 

 あ。

 

 

 

「ユ、ユキちゃん!」

 

 

 

 ひらめいた。

 もたつく手でスマホを取り出そうとする。ポケットに引っかかってなかなか出てこない。

 

 そうか、そうじゃん!

 なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだ!技術の進歩ってのは素晴らしい!俺には文明の利器があるじゃないか。

 

 

 

「ユキちゃん、スマホ!LINE交換し……!」

 

 

 

 言おうとした言葉は、一瞬にして全部吹き飛んだ。頬が両手で包み込まれている。

 

 ──誰の?

 

 

 視界がユキちゃんでいっぱいになった、と思った瞬間には柔らかい感触は離れていった。

 

 

 

「……え……あ……?」

 

 

 

 背伸びをしていたユキちゃんのかかとがとん、と地をつく。

 変な体制で固まったまま、指一つ動かせない。

 

 ユキちゃんは顔色一つ変えず、どこか遠くを見る様な目をして俺を見ていた。

 

 

 

「な、何し……っ!?」

 

「トオルちゃん」

 

 

 

 頬をするすると撫でて、手が離れていく。

 表情が一瞬歪んで、ふっと、口が弧を描いた。

 

 

 

「もうね、そんな顔しちゃダメだよ」

 

 

 

 やっと現実に頭が追いついてきて、かと思えば今度はユキちゃんの言葉が分からなくて、俺はずっと固まっていた。

 

 

 

「もう行くね」

 

 

 

 そんな俺を笑うこともせず、凪いだ目で一瞥したきり、ユキちゃんは走り去ってしまう。

 白い影があっという間に人が蠢く雑踏に飲まれていく。

 

 

 

「は、はあぁ!?ちょ、おい!待てよ!」

 

 

 

 完全に見えなくなったのを見て、俺はようやくユキちゃんがいなくなったことを理解した。

 

 

 急いで人の波に突っ込むも、ぐねぐねと動く人々に足を取られて全く勧めない。

 どんなに人を避けて進んでも白いワンピースをとらえるのがやっとで、どんどん距離が離れていく。

 さっきまで全く感じなかった暑さが急に増してきた。人に囲まれているせいで息苦しい。

 

 

 

「待って!」

 

 

 

 人をかき分ける。無理矢理に脇を通る。腕で押しのける。

 

 待って。待ってよユキちゃん。やっと仲直り出来たんだぞ。

 お互い言いたいことも言えて、また前みたいに仲良く出来るだろ。友達に戻れるだろ。

 あんな顔って、どんな顔だよ。なんであんなことしたんだよ。教えてくれ、

 

 

 

「ユキちゃん!」

 

 

 

 横断歩道の中程で、ようやくユキちゃんは立ち止まった。

 振り返ったその顔が、なぜかとても切なげで。俺は何も出来なくなった。

 

 

 点滅する青い光を背に、ユキちゃんは言う。

 

 

 

「       」

 

 

 

 そう微笑んだ白いワンピースは、赤く染まった横断歩道を駆けていった。

 

 うねる人影にどんどん飲まれて、瞬く間にその姿は消えていく。

 車がいくつも通り過ぎ、向こう側の様子が見えなくなる。

 また青になって、人々が進んでいく。追い抜かされていく。

 

 それでも俺は呆然と、ただただその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、やーっと来たぁ!遅ーよ透ー」

 

「と、お、るー!」

 

 

 

 またも人波に揉まれ、髪も制服もぐしゃぐしゃになってようやく戻った俺を出迎えたのはなんと蓮也だった。

 

 

「おー……。は?はあ?蓮也?なんでいんの」

 

「はああぁー?部活終わりの身体に鞭打ってここまで来たのにそりゃねーだろおお?」

 

「へぇー、お疲れ」

 

「まったくだよ、もー。せっかくサプライズで来たのにお前いねーしさぁ!」

 

「悪かったって」

 

「お、赤坂来たー?」

 

「透ー、何やってたのよー」

 

 

 

 奥の方から女子連中も姿を現す。ついでに歩夢も。そーいや、この二人はどうなったんだろう。

 

 

 

「あれ、あの子は?幼なじみちゃん」

 

「あー?……もう帰った」

 

「えええ?そんなー、インスタ教えてもらおうと思ったのにー」

 

「ねー。赤坂、あんた知らないの?雪子ちゃんのアカ」

 

「知らねぇ。俺も聞く前に帰ったわ」

 

「なにそれえ~」

 

「つーかいなくなってたけど何してたのよ~」

 

「そーだそーだ」

 

「なんでもねぇよ花火見てただけだっての」

 

「ほんとかなー?」

 

 

 

 女子連中に質問攻めにあっていると、蓮也が割って入った。

 

 

 

「まあまあまあまあ!待てよ!透が何もねぇって言ってんだ、何もねぇよ。だって透だぜ?なんかあるわけねーじゃん!なあ?」

 

「それもそっか」

 

「赤坂だもんねー」

 

「あるわけないかー」

 

「だろぉ?」

 

「おい何もフォローになってねぇよ」

 

「まあまあまあまあ!」

 

 

 

 ひとしきり笑いを取った後、蓮也は遼太郎と一緒になって俺の肩を組んだ。

 

 

 

「なーんか奢ってよ透ー、腹減ったー」

 

「は?もう金ねーよ」

 

「いーじゃーん」

 

「じゃあ俺ら透と何か買って帰るから!解散にしようぜ!」

 

 

 

 ぐいぐい屋台の方へ引っ張っていかれる俺を麗と茜が引き留める。

 

 

 

「え?もう解散?もったいなくない?」

 

「そーだよー、結局いるなら一緒にまた回れば良いじゃん」

 

「まあ確かにそうだなぁ」

 

 

 

 信久もそれに乗りかける。

 男だけで回りたーいと騒ぐ蓮也と一緒に回った方が効率的だという麗で言い合いが始まった。

 

 と、楠木さんが控えめに手を上げた。

 

 

 

「わ、私!女の子で回りたいな!一緒に甘いもの巡りしようよ!男の子はあんまり好きじゃないみたいだし、ね?」

 

「明里……。まあ、良いけど……」

 

「それに、……美香ちゃんは太田くんと回りたそうだし?」

 

「な……!明里っ!!」

 

「楠木さん!」

 

「……ね?」

 

 

 

 いちゃいちゃしだした二人で皆その気になったのか、また蓮也の言うとおり、解散して好きに回ることになった。

 男子組と女子組、そしてカップル。

 

 

 

「赤坂くん、またねー!」

 

「おーう」

 

 

 

 楠木さんたちに手を振り替えし、歩夢を抜いた俺たち男子組は駅の方へ向かった。

 

 女子組の姿が見えなくなると、蓮也は肩を組んだまま耳元で呟くように言った。

 

 

 

「お前もう帰んな」

 

「……は?」

 

「お前ひっでぇ顔だぜ」

 

「そーそー、さっさと帰れ帰れ」

 

「……」

 

 

 

 3人ひっついていると、後ろで焼きそばをもさもさ食べていた信久が覗き込んでくる。

 

 

 

「お?透どうかしたん?」

 

「んー?腹痛えから帰るって」

 

「弱いなー透くーん」

 

「え、そマ?早く帰れや」

 

「だろー。なんで戻って来てんだよバカだねー」

 

「お前らが戻ってこいって言ったんじゃねぇか」

 

「覚えがねぇなあ?」

 

「なあ?」

 

「……あっそ」

 

 

 

 本当、こういうときばっかり気配りなんかしやがって。

 

 腹が痛い設定のはずが、なぜかお好み焼きにから揚げなど重たいものを沢山持たされ、俺は一人電車に乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火大会が終わってキリが良いのか帰る人が多い。

 そのせいで、電車は普段ではありえないほどぎゅうぎゅうに混み合っていた。

 

 

 大量の食料を袋に抱え、窓に押しつけられながら揺られる。

 駅と祭りの電飾がどんどん遠ざかり、俺の家へ向かっていく。

 暗い町に、家の光がちらちらと光る。

 

 それを眺める俺の顔も窓に映る。

 

 

 

「……」

 

 

 

 唇は震え、目元は何かを我慢するように強く引き締められていた。

 ただでさえキツい目つきが3割増しだ。

 

 頬の下側、唇の横にそっと指先で触れる。

 さっきの感触とは、似ても似つかない。

 

 

 

 

『忘れないでね』

 

 

 

 

 バカじゃねぇの。

 

 誰が忘れるか。忘れられるかよ。

 

 ズルい。最後にあんなことをして忘れられると思ってるのか。

 

 酷い女だ。酷い。本当に、本当に。

 

 

 じわっと光が歪む。唇を噛みしめ、掌に爪を立てて握りしめる。息を止める。

 

 それでも堪えきれなかった思いが、一筋だけ頬を伝った。

 

 

 

 

 

 







幼なじみキャラってなんか苦手です。
謎に年上ぶり、全てが自分が上にいるように振舞い、馬鹿にし、嫌がっていても『照れ』と解釈してお節介を続ける。
近すぎる故に相手の成長に気づけず、結局相手に一番甘えているのは自分だと気づけない。

しかし、彼女らの行動は、全て相手への不器用な思いやりと確かな愛があってこそのものだと思うのです。
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