俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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15話です。


第15話 意外と興味の落としどころ  ──その味は落ち着きを持って──

 眩しさに目を開けると、床の反射光で明るく輝く天井が目に飛び込んできた。昨日消し忘れた常夜灯がぼーっと光っている。

 

 横を見ると、ぐちゃついた俺の部屋。開けっ放しのカーテン、置きっぱなしのカバン、脱ぎ捨てられた服、転がったペットボトル。

 

 全部夏特有の強い光に当てられて縮こまっていた。眩しさに、腕を目の上に乗せる。

 

 

 

「あっちぃ……」

 

 

 

 日の入り方から見て、昼近いのは間違いない。

 頭がはっきりしてくるのに従って、暑さがじわじわと感じられるようになる。

 

 エアコンはとっくに止まって、部屋は俺を蒸し焼きにしようとしていた。

 

 

 

 スマホを手に取ると、8月26日の11時21分。

 起きる面倒くささと暑さを天秤にかけ、俺はどうにかベッドから降りた。

 

 下へ降りると、もう家には誰もいない。

 母さんは仕事、弟はたぶん遊びかプール。

 机の上には俺と弟の宿題がそのまま放置されていた。

 

 

 麦茶を飲みながら、取り込みっぱなしの洗濯物から服を選ぶ。

 ぶちぶち洗濯ばさみから収穫して、リビングのソファに投げた。その横に座って、テレビを付ける。

 

 賑やかな昼のバラエティ番組をバックに、一昨日からのLINEを再度確認した。

 

 

 

『これから空いてる日はある?』

 

『図書館で宿題終わらせない?』

 

『旅行のお土産も渡したいし』

 

 

 

 東京帰りの楠木さんから勉強の誘いだった。『26なら』とか、簡単に答えた数日前の自分が恨めしい。

 

 

 

「はあぁ~……」

 

 

 

 ため息を出すのさえ、疲れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 適当に昼飯を食べた後、広げっぱなしのワークと筆記用具をリュックに放り込み家を出た。

 

 外に出た瞬間、元気な日光が肌を焼く。日焼け止め購入を考えるレベル。遊びっぱなしの身体にこの直射日光はキツイ。

 

 

 映画にゲーセンにゲームにプールに買い物に、全員に代わる代わる遊びに誘われ、ついでに家族とも遊び、あとちまちま進める宿題。

 贅沢なもんだけど、正直疲れ切っていた。

 

 けど、気が紛れて助かってもいた。

 

 

 じゃなきゃ、頭に残るあの夏の日が全身を覆ってしまいそうだった。

 

 あの白いワンピースが、声が、笑顔が、感触が。何をしていても離れていかない。

 こうやって一人でいると余計にそうで、今もゆらゆら熱気で揺れる道路にワンピースが見えた。

 

 

 

『忘れないでね』

 

「……分かってるよ」

 

 

 

 直接言えなかったくせに、そう吐き捨てて幻影を抜き去っていく。

 

 しばらく歩けば、今度は違う黒髪が立っていた。

 

 

 

「あ。赤坂くーん!」

 

 

 

 駅の下、大きく手を振っている楠木さんに手を振り返す。

 楠木さんに会うのはお祭り以来で、ずいぶん久しぶりに思える。

 

 女子の私服!といっても楠木さんなので、飾りっ気のないTシャツと7分丈のズボンを履いた何とも質素な格好だった。

 前駅で偶然会った時も似たような服だった気がする。

 

 入学当初から比べてかなり伸びた髪は、結ばずに全部後ろに流していた。

 

 

 対する俺も、人のことは言えない。半袖にズボンにいつものリュック。

 伸びっぱなしで首回りの暑い髪。まあ、夏の装いなんてこんなもんだろう。

 

 

 電車の中は相変わらず冷房の効きが悪かった。

 座ると熱がこもって足が熱い。

 

 いつも通り汗拭きシートを出そうとしたら、楠木さんが一枚シートを差し出してきた。

 

 

 

「今度は私があげる」

 

「え~?冷感系効かねーよー?」

 

「ふふ……」

 

 

 

 どうせ大したもんじゃない、と高をくくって首を拭く。

 ほら、全く冷えな……。

 

 

 

「あああ?」

 

「くっ……ふふふふふ……」

 

「えっ……んだこれ!?」

 

「あははははは……」

 

 

 

 何とも優雅な花の香りがふわーっと漂ってくる。

 柔軟剤のよく効いたタオルみたいだ。

 ちゃんと爽やかさもあって、嫌みな匂いじゃない。

 

 ただ、男には合わない。少なくとも確実に俺のイメージには合わない。

 しとやかな女の子みたいな香りが俺からしてくる。

 

 

 

「ちょっとー?」

 

「ふふふ……引っかかった……あはは……!」

 

「楠木さーん?」

 

「人の事言えないじゃん……わ!あはは!ごめんって!」

 

 

 

 腹いせにシートを肩に擦り付け、ぐらぐら揺らす。

 

 楠木さんからも花の匂いが漂ってくる。女の子から花の匂いがしたところで痛くも痒くもないのか、にやにや笑いながら揺らされている。

 

 

 

「だー、クソ!」

 

「ええー、いい匂いなのにー……んっふふ」

 

「匂いは人を選ぶんですー」

 

「うん、似合わないと思ったぁあはははは」

 

「ちっ……」

 

「ふふふふふ……」

 

 

 

 窓を開けると、汗が引いていって涼しい。二人で街に花の香りをまき散らしながら電車に揺られる。

 

 久々の穏やかな時間に、行く前と打って変わって、俺は来てよかったと思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神月駅東口からちょっと歩いていくと神月中央図書館がある。

 

 新築されてから使いやすくなった!と昔歩夢に熱弁されたけど、俺が来る前の話なので何が新しいんだか良いんだかよくわからない。

 悪くはないと思うけど。

 

 

 そもそも図書館自体にあんまり来ない。

 明確に借りよう!と思って来たのは多分中2の時自由研究ネタをパクリに来た以来だろう。

 

 

 中に入ると、ちょうど良い涼しさが俺らを出迎えた。

 

 

 

「ふわああ、涼しい……」

 

「……な」

 

 

 

 まーたクソ暑い中歩いてきた身体には心地良い。しばらく入口でぼーっとしてしまう。

 

 

 図書館は夏休みなこともあって結構混んでいた。

 

 遊びに来てるちびっ子共に、昔の俺みたいに自由研究のネタ探しに来てる中学生、受験勉強に追われる高校生。

 それから付き添いの親にご老体など大人たち。

 

 そんな人々をすり抜けて、俺たちは3階に向かった。

 

 

 3階は視聴覚系と多目的スペース。

 ちゃんとした学習室もあって、しっかりした机にライトが完備されているんだけど、今日は満員だった。

 

 しょうがないので、『勉強スペース』と銘打たれた簡素な机と椅子が置いてあるだけの所に座る。

 

 

 

「俺初めて来たわここ」

 

「勉強スペース?赤坂くん図書館で勉強とかしてなさそうだもんね」

 

「は?当然じゃん?」

 

「だーから落ちるんだー」

 

「楠木さんに言われたくねーってのー」

 

 

 

 だんだん煽るようになってきた楠木さんの成長を非常に喜ばしく思いつつ、俺たちは早速宿題を終わらせにかかった。

 

 

 1日ごとにちまちま進める、という俺の人生初の夏の宿題との付き合いは自分でもびっくりするほど上手く行っていた。

 

 夏休みも残り数日。

 残ってるのは化学基礎のワークと数Ⅰの自主プリントだけだ。

 量を見るに化学基礎はもうすぐ終わるし、プリントはやってもやらなくてもヨシ。点くれるらしいからやるけど。

 

 楠木さんの方は、後は現代社会のワークだけだとか。

 

 お互い超がつくほど順調。これなら9月2日の夏休み明けテストへの勉強も出来そうだ。

 

 

 なんだけど。俺の頭を悩ませる事が一つ。

 明日父さんが帰ってくることだ。

 

 絶対に、絶っっ対に放してもらえない。

 遅めの夏休みを貰ったってったって、何も俺の誕生日に帰ってくるこたぁないだろう。

 必ずウザガラミしてくる。間違いない。大方俺も流されて勉強できない。しない。

 

 三重結合で強固にくっついた窒素分子を見て、俺は深くため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の問題をノートに書ききって時計を見ると、15時になっていた。2時間ぐらいやってたことになる。

 これで化学基礎ワークは終わり。後は丸付けだけだ。

 

 身体を起こすと、隣の楠木さんがぐーっと伸びをした。

 

 

 

「んん……、どう?終わった?」

 

「丸付けすりゃあ終わり。そっちは?」

 

「3分の1……や、2いかないくらいかなぁ。結構進んだよ」

 

「そりゃ上々」

 

「キリがいいし、休憩しよっか?」

 

「いーぜ」

 

 

 

 一旦荷物を片付けて、隣の休憩スペースへ。

 

 自販機でお茶を買い、見晴らしの良い窓際に座った。

 神月駅周辺のそれなりに発展してる様子がそこそこ見れる。

 

 と、座るやいなや楠木さんはにこにこしながらリュックを開けた。

 

 

 

「はい!お土産ー」

 

「おー、サンキュ」

 

 

 

 受け取って見てみると、東京ばな奈。

 これは……うん、面白いもの選んだな。

 

 

 

「えへへ、ご家族で食べてー」

 

「うーい。どーもね。東京旅行どうだった?」

 

「楽しかったよ!中2の東京学習の時行けなかったところも行けたし」

 

「東京学習とかなっつ」

 

 

 

 中学2年の時の東京学習。何とも田舎県感溢れる行事だけど、これが結構楽しかった思い出。

 歩夢と同じ班で、浅草寺とか美術館とか行ったはずだ。

 

 

 

「水族館と動物園に行ってー、あと博物館でしょ?それから映画見たなぁ」

 

「すげえ色んなとこ行ったな」

 

「おばさ……お母さんの妹ね。が、行きたいところに一緒に行った感じだから。うちが行きたいって言ったのは動物園だけ」

 

「へぇー」

 

 

 

 その様子だと、楠木さんママの妹はかなり元気いっぱいというか、振り回すというか姉とは正反対そうだ。

 でも楠木さんは本当に楽しそうに旅行のことを話してるし、そんな嫌な人じゃないんだろう。

 

 

 

「映画なら俺も見たぜ」

 

「えー、何見たの?」

 

「戦隊と仮面ライダー」

 

「ええ……?」

 

 

 

 意外と困惑が混じった表情。俺が信久に誘われたときと同じ顔をしている。

 

 

 

「信久が来場特典欲しいから着いてきてって言うからさ」

 

「……え、どうだった?」

 

「んー悪かぁなかったぜ?それぞれ一回ずつ世界滅びかけてて」

 

「そういう感じなんだ……」

 

「そういう感じ」

 

 

 

 どっちも小2以降見てないっていったのに、どうしても来場特典をコンプしたいらしく信久はしつこく誘ってきた。

 半額出すからさ、と言われてしぶしぶ着いていくとまあまあ楽しめた。

 

 アイテム音がダサいのが気になったけど、ポンポン出てくる悪役とすぐ滅びようとする地球、なんだかんだで仲間パワーでどうにかするラストで退屈しなかった。

 

 初めて見たけどこんなもんなんだなぁと、意外にも満足して劇場を出たのだった。

 

 

 ちなみに信久が当てたかったキャラの特典は自分で当てていた。

 

 

 

「へえぇ、私も見たことない……、から、そんな感じなんだ」

 

「俺仮面ライダーとかの映画一回も連れてって貰ったことなかったから、まあ……良かった?」

 

「私も一緒。プリキュアの映画、CMで我慢してたなぁ」

 

「……楠木さんがプリキュア?……くく」

 

「そんなに意外?」

 

「意外」

 

 

 

 教育番組の人形劇とかアニメを見てるイメージ。ミッフィーとか好きそうだ。

 そう言うと、楠木さんは図星だったのか、あはは、といつものハの字眉毛で苦笑した。

 

 

 

「んじゃあ、楠木さんは映画何見たの?」

 

「え?ああ……。……『思いの数だけ花束を』」

 

「うえぇぇ……?」

 

 

 

 俺は思わずうめいた。『おも花』とか言って最近しつこいくらいCMで見かける恋愛映画だ。

 

 話題の俳優に話題のアイドル、ピンクでキラキラな高校生の恋愛模様。毎年三つくらい見かけるベタベタ映画。

 が、ベタと思わせて意外な展開!!なのが売りらしくCMで何度も何度も『最後あなたは驚愕する』と放映されていた。

 

 そんなに煽ったらそれはもう全く意外性ないんじゃないか、と思ったよく分からん映画を、まさか楠木さんが見たとは。

 

 

 

「よく見たなそんなの」

 

「だって、エミちゃん……親戚の子が見たいって言うから」

 

「まあじゃなきゃ楠木さん恋愛映画なんて見ねーよな」

 

「そんなことないもん……」

 

 

 

 ちょっとむっとする楠木さん。

 楠木さんは恋愛にゴキョーミがおありなのを忘れていた。

 

 正直今は恋愛関係の話は聞きたくないんだけど、楠木さんは簡単なあらすじを話し出している。

 

 

 転校生の男と女がなんだかんだで恋愛関係になって、女がなんか余命数年の病気で、なんかわちゃわちゃやって、死ぬ。

 んで最後彼女からの遺書でどんでん返し。

 

 あっそ、ってカンジの話だなぁと言うのが正直な感想だった。

 

 

 

「それ面白いか?」

 

「正直言うとね……」

 

 

 

 楠木さんはちょっと天井を見やってから、机をパンと叩いて言い放った。

 

 

 

「最っ悪だった!!!」

 

「……は?」

 

 

 

 後ろでのんびりお茶飲んでたおじいちゃんが思わずこっちを見るほど、大きな声が休憩スペースに響いた。

 さすがに恥ずかしかったのか顔を赤らめて、でも声を抑えて文句を言い放つ。

 

 

 

「だって、だって!

 

あのね、ヒロインの子は主人公と昔の知り合いで、結婚の約束してたの。

だけど別れちゃって、その子はずっとその約束を覚えてて、まさか転校してきたのがあの子だなんてってすごい喜ぶんだけど、主人公は覚えてなくって!」

 

 

 

 一言一言を結構丁寧に話す楠木さんにしては珍しく、支離滅裂に展開を話していく。

 この時点で俺はもう胸が痛くなってきてたけど、楠木さんの迫力に押されてすっかり聞き入っていた。

 

 

「それを、それを悲しむとか、思い出させようとかするんじゃなくて、ヒロインは滅っ茶苦茶怒ってて!主人公が前に彼女がいたのも許せないらしくて!?

 

それで、それで……ずーっと自分を主人公の思い出に残そうとしたんだって」

 

「……」

 

「どうにか付き合って、楽しいことたくさんして、仲が深まってきたときに急に、やっと病気のことを明かして、……自分の寿命なんかとっくに分かってたのにだよ?

 

『それでも最後まで楽しくいたいな』ってデートをたくさんして、それで散々自分のことを刻みつけた後に、『素敵な彼女作ってね』とか言って病気悪化して死ぬのその子!

 

それでどうにか葬式に出た主人公に遺書が渡されて、それを読むと『ずっと自分を覚えているように』って復讐だったんだって!

自分が病気で苦しいとき、自分のことも結婚の約束も忘れて彼女作った主人公のこと恨んで、二度と浮気させないって付き合ってそういうことしたの!

 

もう、もう、ほんとに最悪!!

だって、そんなの酷いよ。それにワガママ。

 

自分ですぐに思い出させようと確認しようと、しなかったのが悪いのに、全部主人公のせいにするなんて自己中心的すぎるよ。

 

それって『好き』とか『愛してる』じゃなくない?

 

責任転換だし自己中!残された家族と主人公のこととかほんとに全く全然考えてないし、ほんとに最低!

 

あれじゃあ主人公の人生のガ……!

 

……、赤坂くん?」

 

「っくくく……ふふ……はは……あはは、はっはははははは!!」

 

 

 

 いよいよ我慢できなくなって、俺は盛大に吹き出した。

 

 一度出ると止まらなくて、辺りは俺の笑い声と俺ら二人に向けられる異様な視線で満たされる。

 

 

 

「……え……あ……そんなに面白い?」

 

「え?ふふ、いや、いや?……っぶ、あははははは!」

 

 

 

 楠木さんがキツく握っていた拳を下ろして、笑い転げる俺をポカンと見ている。それをみて、俺はさらに笑いが止まらない。

 

 

 最悪。酷い。ワガママ。ずるい。

 

 責任転換!

 

 自己中!

 

 最低!!

 

 ……だって。だってさユキちゃん。酷くてずるくて自己中だって。本当にその通りだよ。

 

 

 楠木さんは、きっと恋なんかしたこと無いんだろう。

 

 誰かを本気で好きになること、執着と言えるほど頭から消えないこと、相手もそうなれば良いのにって思うことも、無かっただろう。

 愛憎混じった感情とか言ってもきっと通じないだろう。

 

 そんな恋に恋する楠木さんがメンヘラクソ映画を散々にけなした言葉が、何とも俺の状況に合ってしまって。

 

 そう、そう、何とも、何というか……スカッとした。

 

 

 誰も、俺さえ出来なかったユキちゃんへの罵倒を楠木さんが代わりにしてくれた気がして、とてつもなくスッキリした。

 

 俺が一番に思うべきで言わなきゃならなかった言葉が次々と楠木さんの口から出てくる快感。

 じわじわと気分が高揚し、最後には笑いがこみ上げてきた。

 

 

 

「ふ、ひひっ、……ご、ゴッホゲッホ」

 

「あわわわわ大丈夫!?お、お茶飲も?」

 

「ぐふっ……うん、飲む飲む……ははは」

 

 

 

 鼻から出かけるお茶を押しとどめ、俺はどうにか落ち着こうと深呼吸を繰り返した。

 発端の楠木さんはあわあわしょんぼりしながら俺を見ている。

 

 

 

「……はー、笑った。ははは……」

 

「そんなに笑うところあった?」

 

「だってまさか楠木さんがそーいうこと言うと思わなくてさー」

 

「だって、あんなの酷いから……」

 

「くく……『酷い』ね……確かにひでーわ」

 

「で……、でしょ!?エミちゃん泣いてたけど、イミ分かんない!」

 

 

 

 ぷんすこ腕を組む楠木さんに笑いを堪えつつ、お茶を飲み終わった俺らは勉強スペースに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丸付けを終え、自主プリントを二枚終わらせた俺は、気分転換に2階に降りた。読みもしない書架の間を背表紙を眺めながらぶらぶら歩く。

 

 冷房と本の匂いを肺いっぱいに吸い込んで吐き出すと、どんどん心のしこりが溶けていくようだった。

 

 

 きっと俺は、ユキちゃんのことを生涯忘れられない。

 

 町の雑踏に、ふと見上げた空に、寝る寸前のまぶたの裏に、ユキちゃんは現れて笑うだろう。

 例えどんなに良い思い出を作ろうが、ユキちゃんは永遠に俺の頭に残り続ける。

 

 だけど、別にそれに縛られる必要なんかない。

 友達と遊びまくって、家族と色んな所に出かけて、そして可愛い女の子と話して浮かれて好きになっちゃったりしても良いんだ。

 

 俺の人生はユキちゃんに縛られちゃうほど細くも短くもない。残念だったな。

 

 

 いいよ、ユキちゃん。君を忘れない。

 俺の人生終わるまでずっと覚えててやる。

 

 でも、縛られてはやらない。

 ユキちゃんよりも可愛くて綺麗な最高の女の子と付き合って、手を繋いで抱き合ってキスをしてその先までして、ずっとずっと幸せになってやる。

 

 あのキスがユキちゃんの復讐だっていうのなら、それを覚えてる上で最高の彼女と最高の日々を過ごしてやるのが俺の復讐だ。

 

 

 だから、これでようやく俺の初恋はおしまいだ。バイバイ、ユキちゃん。さようなら。もう二度と会うもんか。

 

 

 ようやく言えたさよならは、届かない。でも、それで良いと俺は思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清々しい気分で勉強スペースに戻ってくると、楠木さんと一人の男子が話していた。

 後ろ姿だから確かじゃないけど、なんか見たことある。誰だっけ?

 

 楠木さんはそいつとちょっと緊張しながら話している。服の裾を直したり、後ろに流してた髪を前に流してみたり、落ち着かない。それに超目が泳いでる。

 

 

 と、そこまで近づいてやっと男子が誰だか分かった。同じクラスの那賀川(ナカガワ)けんと(漢字は忘れた)だ。

 

 イケメン揃いと名高いバスケ部員で、背も高く女子人気も高い。もちろん明るくとっつきやすいヤツで男友達も多い。

 

 これこそ恋愛映画に出てそうな完璧な男子ってカンジ。持ち前のコミュニケーションで見事に楠木さんを焦らせていた。

 

 

 

「よう那賀川!何してん?」

 

「お、赤坂!……お前随分良い匂いだな」

 

「母さんが柔軟剤変えたんだよ」

 

「はは、あるある。まぁ良いけどさ、女子置いてけぼりにするなよ!お陰で苦労したんだぞ」

 

「は?」

 

 

 

 机でもじもじしていた楠木さんがようやく口を開く。

 

 

 

「え、えと……さっき中学生に絡まれてたら、那賀川くんが助けてくれたの」

 

「はぁー?」

 

「ったくもう。お前のそのツラが活きる時だったのにな」

 

 

 

 那賀川がくいっと顎でしゃくった先には、なんとも柄のワルそうな男子三人が中学校の指定カバンを足下に机を占領していた。

 

 ちらちら様子をうかがっている一人にちょっとガン飛ばしてみると、あっという間にビビって他二人と背を向けた。おもしろ。

 

 それを見て、那賀川が満足げに笑う。

 

 

 

「っはは、さっすがー!これで問題ないな。じゃ、オレ行くわ。もっと目光らしとけよ」

 

「はいはい。じゃあなー那賀川」

 

「ああっ、あっあ、ありがとう那賀川くん!またね!」

 

 

 

 急に立ち上がったせいでシャーペンをころころさせながら、勢いよく楠木さんは頭を下げる。

 それに微笑んで、那賀川は背中越しにひらひらと手を振って去って行った。

 ちくしょう、絵になる男だ。

 

 

 

「はわあぁ……」

 

 

 

 那賀川が階段を降りていくのを見届け、楠木さんは力が抜けたように座り込んだ。

 そんなに不良中学生が怖かったのか。

 

 

 

「何あったん?」

 

「え?あー。赤坂くんいなくなったらね、さっきの子たちが『オレらの場所だからどけ』って言ってきて……。困ってたら、那賀川くんが助けてくれたの」

 

「うげぇー」

 

 

 

 話を聞いて、さすがにその場にいなかったのが悔やまれた。

 女子一人に目を付けるとはクソ野郎どもめ。

 でも、まさか図書館と最近の中学生がそんなに治安が悪いとは思ってなかったので許して欲しい。

 

 

 

「そりゃ災難だったな」

 

「ほんとだよー。……昔の赤坂くんみたいで怖かったし」

 

「は?」

 

 

 

 聞き捨てならない。

 

 

 

「あんなクソ不良じゃねぇし、俺のこれは見た目だけなんですけどー?」

 

「私が中学生の時赤坂くんに抱いてた印象はあんな感じだよ」

 

「……マジ?」

 

「……さぁ?」

 

 

 

 によっといたずらっぽく笑う楠木さん。

 

 いや、さすがにあんなバカな尖り方はしてなかった……ハズだ。多分。

 

 過去の自分を必死に思い出していると、楠木さんがぼそっと呟いた。

 

 

 

「……もっと他の服着てくれば良かったな」

 

「……」

 

 

 

 ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5時になったのを境に、俺たちは涼しい図書館からまだまだ暑い外へ繰り出した。

 夕日のオレンジ色に照らされるせいで余計に暑く感じる。

 

 

 

「……あっつ」

 

「ほんとに……。ね、アイス食べていかない?」

 

「おっ、いいぜ~」

 

「何食べよっかな~?」

 

「俺は……自分への誕プレってことで2段にすっかね」

 

「へぇ誕プレ…………ええっ!?」

 

 

 

 途端、楠木さんが叫んで立ち止まる。

 

 

 

「……あー」

 

 

 

 また言い忘れてた。

 

 

 

「俺明日誕生日」

 

「え、え、ええー!?聞いてないよ!!」

 

「言ってねぇし」

 

「教えてよ!」

 

「それもそうだったな」

 

「ええ~……んも~……」

 

 

 

 驚き、焦って、呆れて、表情をコロコロ変える。小走りで走り寄ってきた楠木さんは何か怒ったような口調で提案してくる。

 

 

「奢るよ!二段アイス!」

 

「良いって、急だし」

 

「でもこれぐらいしか……」

 

「テキトーな菓子で良いって。それにほら、お土産貰ったし」

 

「あれはお土産なだけだってばー……。だめ。何か奢ってあげる」

 

「だー、もう良いってば!それに」

 

 

 

 横を向くと、いつもの困り眉毛の楠木さん。俺を非難するように見るその目と、ちゃんと目を合わせる。

 

 

 

「もう貰ったからさ」

 

「…………はあー?

 

だから!それはお土産なんだってば!何か買ってあげられるまで私これ返さないから!」

 

 

 

 ポカンとした楠木さんはすぐにさっきの表情に戻って、俺がリュックのポケットに入れていた定期をひったくって駆けていった。

 

 

 

「え?は?おい!こら!楠木さん!……楠木いいぃぃぃ!!」

 

「きゃーっ!」

 

 

 

 走り回るちびっ子どもの真似をして、駅へのメインストリートを駆けていく。

 

 振り返った楠木さんの笑顔を明るい気分で追いかけた。

 

 

 夕日に照らされ、伸びる影が二つ。

 

 

 






ちなみに『おも花』はストーリーはテンポ良く(悪く言えば描写が少ない)演技が棒読みで、病気も「ナントカって病気」のままなので主題歌が良いだけのクソ映画です。
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