俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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第18話です。


クラスメイトの名前がいっぱい出てきますが、赤坂くんは皆の名前をある程度把握しているというだけなので、覚えなくて全然大丈夫です。

自分も覚えてません。


第18話 マジの戦い  ──恋の進歩は甘塩っぱく──

 体育祭って、どう考えても文化祭より手抜きだよな。

 

 

 なんて、ゲートやら白線やらテントやらでごちゃついてるグラウンドを見下ろしながら思う。

 年の最初に決めた体育祭委員会たちがどんどん計画を決めて、知らないうちにクラスTシャツもできあがって、何の役職もない人はTシャツ代と出場種目を決めるだけでお仕舞いだ。

 

 

 グラウンドから目を離して、胸元を見る。

 1年8組のクラスTシャツはかなりシンプルだ。

 空色で、胸元に白で校章と「1-8」と入ってるだけ。お陰で随分安く済んだ。

 

 さっき見かけた6組みたいに、よく知らないキャラがドーン!みたいな変なのにならなくてマジで良かった。

 

 

 

「赤坂ぁー」

 

「あーん?」

 

 

 

 声を掛けてきたのは若狭。片岡と仲が良くて、最近よく話す。

 

 

 

「女子ってなんであんなことすんだろーなー?」

 

「知らねー……」

 

 

 

 クラスは今、綺麗に男女で半々に分かれていた。

 窓際に男子集団は追いやられ、女子は皆で集まって髪をいじり合っていた。

 

 

 いつの間に用意したのか、Tシャツと同じ色のリボンをそれぞれの髪に編み込んでいる。

 三つ編みっておさげにするだけじゃないんだ、と色んな編み方で飾られていく女子たちの頭を見ながら知った。

 

 楠木さんは……ああ、いた。

 上半分だけまとめて──確かハーフアップって名前だ──リボンの結び方をあーでもないこーでもない、と周りの女子たちにいじくり回されている。

 

 

 昔写真屋で見かけた七五三の女の子があんな感じだった気がする。お母さんとお姉さんとヘアメイクの人だけノリノリで、当の本人は何をされてるのかイマイチ分かってない感じ。

 

 

 そうやって眺めていると、目が合った。

 困惑と期待と救助要請が混ざった視線。余計に子供っぽく見えて、思わず吹き出した。

 

 

 

「ぶふっ」

 

「うおおなんだぁ」

 

「いや……なんでもねぇ」

 

「はぁ?はあ、さっさと終わんねーかな」

 

 

 

 そうだな、と適当に同調する。

 

 那賀川をちらっと見ると、女子には目もくれずバスケ部仲間と話していた。つれないねぇ。

 

 

 

「おーい、そろそろ集合だってー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育祭は暇だ。

 

 自分が種目に出ない間は、本当にすることがない。

 

 中学の時は各種目同時進行だったから暇しなかったけど、今はほんとに、走ってるのを見るくらいしかすることがない。

 玉入れとかムカデレースとかバラエティに富んだ競技はもっと後だ。

 

 そこまで、マジで暇。出てる人には申し訳ないけど。

 

 

 俺らが出る棒引きは昼食前の最後の競技だ。

 

 全く、楠木さんめ。俺がいなきゃやりたくない、はないだろ。

 

 正直パパッと100m走で終わらせたかったんだけど、あんまりにも泣き付かれるもんだから結局折れてしまった。

 

 ずるずる引きずられて土だらけになる棒引きは人気がなく、上手いこと那賀川たちと一緒になることが出来た。

 

 

 で、その那賀川くんは俺の横に座って、皆と話している。

 各クラスごと校庭に敷かれたブルーシートの上、さっきのクラスと違って大半を男子連中が占領していた。

 

 女子たちは「憧れの先輩がー」とか「○○と写真撮ろー」とか言っててんでんばらばらに散っていった。

 楠木さんもそれに着いていって、俺はここで皆と話していると言うわけ。

 

 

 入学から苦節半年。

 さすがに俺の不良が見た目だけという事が浸透してきて、ついでに体育やらなんやらでふざけることも増え、俺はようやくクラスに馴染んできた。

 

 楠木さんと一緒に帰ったりお昼食べたりしてたのが大きいと思う。

 殺伐とせず全く楽しそうにしてる俺らを見て、段々クラスの俺の印象が変わってきたらしい。

 

 怖がられなくなったらこっちのもん。話しかけまくればフツーに仲良くできた。

 ありがとう楠木さん。

 

 

 後から片岡に聞けば、『楠木さん俺に強請られてる説』とかあったらしい。

 ……まあ、この前並んでるのが窓に写ってるのを見て自分でもそう思ったけど。

 どう見ても優等生ちゃんをカツアゲしてる不良だった。酷い通り越してさすがに笑った。

 

 

 でも喉元過ぎればなんとやら、変な勘違いをされず男子連中と楽しく談笑できてるんだから十分だ。

 今は永野の部活トークに皆耳を傾けている。

 

 

 

「んでよぉ、んなこといって叫んでたらさ、原田のヅラがさ……落っこって……ぶはっ」

 

「だははははは」

 

「ええ!?あいつヅラなん?」

 

「マ、マジ……ほんとさ……こう、手ぇ振り上げた瞬間に……ぼとって」

 

「ぶっ」

 

「……っ、ふ、ははははは」

 

「ひっ、そりゃ、っ、そりゃねーだろ……あはは」

 

「がっはは」

 

 

 

 ブルーシートの上で男子高校生が打ち上げられた魚のようにビクビクしている光景は、さぞ馬鹿馬鹿しいだろう。

 なんて、笑いすぎて出てきた涙を拭いながら思った。

 

 

 笑いの余韻でヒイヒイ言いながら、応援も兼ねて競技を眺める。

 今は俺の出たかった100m走だ。陸上部で固められたチートみたいな各クラスのチームが自分の番を今か今かと待っている。

 

 うん、やっぱり出なくて良かったかもしれない。足は速いほうだけど、さすがに現役陸上部には勝てる気がしない。

 

 

 

「あれ、次なんだっけ?」

「あ?あぁ、確か二人三脚じゃね?」

 

 

 

 隣の那賀川が俺の種目表を覗いてきた。

 目で追っていくと、100m走、二人三脚、障害物競走、棒引きと続いていた。

 

 

 

「うわぁ~まだまだ先だな~」

 

「んだな-……見てんのも暇だしな」

 

「それなー」

 

「何種目表?」

 

「オレも見るー」

 

 

 

 周囲の皆で一緒にスケジュールを見ていく。

 

 棒引きの後は玉入れ、ムカデレース、綱引き、借り物競走、最後に選抜リレーだ。

 後半だけ充実しすぎだ。

 

 

 

「えオレ食った後に玉転がすん?胃死ぬじゃん」

 

「ざまぁ~」

 

「自分で選んだからしゃーねーじゃん」

 

「吐いたら掛けてやるわお前によ」

 

「きったねぇ」

 

「わざわざ戻ってくんのかよ」

 

「キラキラ加工必須じゃん」

 

 

 

 とか言ってると、後ろの方から声が掛かった。テニス部を呼んでるらしい。

 それに応じて、テニス部が離れ、段々周りの奴らもパラパラと離れていった。

 

 俺は奇しくも、那賀川と二人になった。

 

 

 

「お前いつものは?」

 

「ああ、大智?丁度これに出るんだよ、ほら」

 

 

 

 那賀川が指さす方向には、いつもつるんでる間中大智が女子──確か畑野──と肩を組んでデヘデヘしていた。

 畑野はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。

 

 

 

「……楽しそうだな」

 

 

「はは……」

 

 

 

 あんなに欲望に忠実だと、いっそ清々しい。

 

 

 

「あんなんだから彼女が出来ないんだよ、いーやつなんだけどさー」

「!」

 

 

 

 それを聞いてひらめく。

 

 そうだ、これはチャンスだ!

 那賀川の女事情を知るのにこれほどのチャンスはない。

 

 丁度女の話題が出たし、他の男どもはやや離れた所でくつろいでる。

 会話を聞かれることもなく、いや聞かれたとしても、自然にリサーチできる。

 

 俺は何でもないように、口を開いた。

 

 

 

「そーいう那賀川はどーなん、いんの?」

 

「オレ?いないいない、モテないから」

 

「……えぇ~?またー」

 

「マジだって、中学以来出来てねぇって」

 

 

 

 受験で別れちゃってさー、とはにかむ那賀川。

 その横顔は俺から見てもイケメンで、ムカつく返答もまあ、しょうがないか……という気になる。

 

 那賀川はニヤニヤしながら、今度は俺に聞いてきた。

 

 

 

「そういうお前はー?」

 

「はー?……いねぇし出来たこともねぇよ」

 

「へぇー?楠木さんじゃないんだ」

 

 

 

 かかったな!!

 

 俺に彼女のことを聞いたら、必然的に楠木さんに触れてくる。

 上手く引っかかって緩んだ口元も、那賀川には照れ笑いにでも見えてることだろう。バカめ。

 

 

 

「えー違ぇよー?ダチなだけ」

 

「マジぃー?」

 

「マジマジ、……なぁに、気になんの、楠木さん」

 

 

 

 ここは一気に攻める。努めて普通に、確実にカマを掛ける。

 

 

 

「えー?んー……」

 

 

 

 さあ、どう出る。お前の返答によってこちとら作戦が変わってくるんだ。

 

 答えろ那賀川、楠木さんをどう思う?

 

 

 

「良い子だなーとは思うよ。気弱っぽいけど」

 

「ふーん?」

 

「てか、あんまり知らないんだよ。まともに話したの図書館で会ったときぐらいだし」

 

「ん……まあ、そりゃそうか」

 

「お前とはめっちゃ話してんのに、俺とだとすごい塩じゃん?答えがさ。……もしかしてオレ怖がられてる?」

 

「いや、怖がっちゃあいねぇと思うぜ?……お前にビビるなら俺はどうなんだよ」

 

「っはは、それもそうか」

 

「人見知りだからなぁ、楠木さん」

 

 

 

 うーん、やっぱりコミュニケーションに難ありだな。「おはよう」くらいは普通に出来るようになってきたけど、通常会話がぼろぼろだ。

 

 確かに、せっかく話を振られても「うん」とか「そんなことないよ」しか言ってないしな。

 

 

 

「多分緊張してるだけ」

 

「そう?なら良いんだけどさー。嫌われてんのかと思った」

 

「そんな勝手に人を嫌いになるような子じゃねーからさ、色々話しかけてやってよ」

 

「保護者みてぇなこと言うなお前……あ、大智ー!!いけーっ!」

 

 

 

 間宮がだらけた顔で走り出し、会話が途切れた。

 バラバラになっていた男子が集まってきて、一斉に間中に声援を送り始める。

 

 俺も声を張り上げつつ、今後どうしていくか頭を巡らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「棒引き出場の人達は、全員入場ゲートまで集まって下さい。続いて連絡です……」

 

 

 

 太陽が真上まで上り、10月とは思えない暑さになった頃、ようやく俺らの出番がやってきた。

 

 仲間たちと楽しそうに歩く那賀川の後ろ、俺は楠木さんを必死に説得していた。

 

 

 

「むっ、む、無理だよそんな!」

 

「だから、そんなんだから印象薄いんだって!とにかくぐいぐい近づいて、どんどん話して、どさくさに紛れて手でも触ってこい!」

 

「そ、そんな……急に言われても……」

 

「恥ずかしがってる場合じゃないんだよ。

 

けっこー色々やってきたけどさ、それでも那賀川かりゃすりゃ『よく知らない』、だぜ?

 

もう一歩出なきゃ意味がねーの、わかる?」

 

「うぅ……」

 

「だー、もう!大丈夫だって!やんなきゃ始まんねーの!せっかくおんなじ種目になって自然に話しやすい感じになったんだから、このチャンスを逃すなんてもったいないだろー?」

 

「…………できる、かな?」

 

「できる!ぜってーできる!ついでに勝とうぜ」

 

「……うん……うん、やってみる。やってみよ!」

 

 

 

 よしよし、その意気だ。ハーフアップのリボンを意気揚々と揺らして、楠木さんはちょっとだけ那賀川の近くに並んだ。

 

 

 小学校の運動会とは正反対の、バラッバラな行進でグラウンドに入り、係員の誘導通り並ぶと、目の前には朝見ただっさいTシャツ。

 6組だ。

 見るからに運動部が多そうだけど、勝てるか。

 

 

 

「赤坂、どれ取る?」

 

「……3本目?その前のやつとろそうだから先に取りに行く」

 

「おっけ。じゃあそれ任せるわ。オレら真ん中」

 

「取ったら助けに来いよ?」

 

「わーったよ」

 

 

 

 隣の深瀬・番場と作戦会議。

 6組の奴らを見ると、視線が左右どっちかに向いてるから、真ん中は手薄だと踏んだんだろう。

 

 俺とは正反対、右端になった楠木さんの様子をちらりと伺うと、なんとびっくり、那賀川と話せていた。

 

 内容は聞こえないが、様子から見てテンパりながらもちゃんと話せてる……ぽい?

 那賀川がめちゃくちゃ話しているようにも見えるけど。

 

 那賀川がふいに『頑張ろう!』というように拳を握った。楠木さんもそれに合わせて、ぐっと両手を握るのが見えた。

 

 

 楠木さんの成長に心の中で感動の涙を流していると、「よーい!!」と声がかかった。

 まずい。急いで視線を元に戻すと、ちょうどピストルの音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いかに初戦敗退しようが、引退してから1年経とうが、現役陸上部には負けようが、元運動部の俺の運動神経をなめてもらっちゃ困る。

 

 棒引きは正直、瞬発力勝負だ。

 最初になるべく取り切って、残りを取らせないように必死で耐える。

 勝ち負けはほぼ最初で決まる。

 

 

 

「っらぁ!」

 

「おわああ?!」

 

 

 

 読み通り、3本目を取ろうとしてきた丸めの男子の目前で棒をかすめ取る。

 後は他のやつらに気づかれる前に、とっとと踵を返して陣地に持っていくだけだ。

 

 わき目も降らず走って棒を陣地に投げ、振り向くと、6組の女子一人が目の前まで迫ってきていた。

 もう諦めて支援に向かったソイツの行先を見ると、団子が3つ。

 

 7本あった棒はもう4本どっかに行って、この3本が勝負どころだ。

 

 

 左端の、一番引っ張られている団子に走った。

 

 相手は男だけなのに、こっちは女子ばっかりだ。一番前で頑張ってた女子・湯川に声を掛け、渾身の力を込めて引く。

 

 それでも数と力の暴力で、じりじり陣地に引かれていく。男がもう一人、岡崎が助けに来たが、向こうも人が増えていって劣勢だ。

 

 もうダメか、と思った瞬間、パンパン!とピストルが2回鳴った。

 耐えきった。長い30秒だ。

 

 

 

「っはあああぁぁ……」

 

「危なかったー……」

 

「やばかったなありゃ」

 

「赤坂くん、岡崎くん、ありがとね」

 

「かっこよかったぞー」

 

「ありがとー」

 

 

 

 沢山の女子に褒められて、さすがにいい気分になって陣地に戻った。

 

 棒の数は8組が3本、6組が1本。快勝だ。歓声が上がる。

 近くまで応援に来ていた青い集団からも声援が飛んだ。

 

 

 

「やべー、結構疲れるなこれ」

 

「いやそれな」

 

「今度はマズいかもね……」

 

 

 

 文化部の湯川と岡崎はもうバテ気味だ。

 俺も結構疲れた。相手も同じだと思いたい。

 

 

 楠木さんを探すと……いた。今度は真ん中にいる。

 

 ……って、おっと!?

 なんと!!

 那賀川とハイタッチをしてる!!!

 

 えっマジ?めっちゃ上手くいってるじゃん。

 

 もちろん那賀川は周囲全員とハイタッチしてるだけだけど、それでも楠木さん的には大きな一歩だ。

 

 顔が見れないのが惜しい。からかってやろうと思ったのに。

 

 

 

「よーい!!」

 

 

 

 やべっ。俺はまた、急いで顔を正面に戻した。今度のねらいは一番左。女子の前だ。

 

 パァン!とピストルの音が響く。さっきと同じように、パッと飛び出して手を伸ばした。

 さっきの女子はまだ離れたところだ。行ける!

 

 

 

「おわっ!?」

 

 

 

 握って引き、走り出した瞬間、急に身体を引かれた。

 顔を上げると、6組の男が一人。びっくりしつつも引き合っていると、さっきの女子が追いついてきた。

 

 それに続いて、隣の団子から二人やってくる。

 

 

 

「えっ、うわ……!」

 

 

 

 一対四。

 

 俺はさっきとは比にならないレベルでどんどん引きずられていった。地面にゴリゴリと線が残る。

 

 やられた。さっき1本取った俺はマークされていたらしい。また一人増えた。

 

 次は結構ガタイの良い奴で、ついに体勢が崩れる。

 

 

 

「んぎいいいいぃぃぃ……」

 

「行ける行ける!」

 

「引け引け!!」

 

「んおおお」

 

 

 

 背中を土だらけにしながら、俺はずるずる引かれていく。

 

 行けると思われてるのか、援軍はもう来ない。実際もうダメそうだけど。相手の陣地が目前に迫る。

 んー、こりゃ無理か……。

 

 と、その瞬間、俺の手に誰かの手が添えられた。

 

 

 

「んうううぅぅぅぅ……」

 

 

 

 リボンがほどけかけたハーフアップが目に入る。

 だが、せっかく加勢しに来た楠木さんは、俺と一緒に無様に引きずられていく。

 

 

 

「っ、チッ……」

 

 

 

 あと一歩で相手の陣地だ。背中をこすり過ぎてTシャツが捲れてきた。普通に土がすれて痛い。

 

 

 

「おい立てバカ!」

 

 

 

 男の声と共に、こっち側にまた手が増えた。

 

 力が増えたお陰で引きずりが止まった。

 拮抗状態になって、俺はようやく体制を直せた。

 

 後ろの重さが増す。また援軍が来たらしい。

 ギリギリと引き合い、一歩6組をこちらに引き寄せた所で、パンパン!とようやくピストルが鳴った。

 

 

 

「っはあああぁぁ」

 

 

 

 やーっと終わった。無駄に張り切っちゃったな。

 Tシャツがめくれたせいでズボンにまで土が入ってきてる気がする。気持ち悪ぃ。

 

 

 

「あ、赤坂くん大丈夫!?」

 

 

 

 楠木さんが俺の顔を覗き込んできた。滅茶苦茶焦った顔をしている。

 

 

 

「いや別に、全然平気だけど……」

 

「本当?怪我ない?」

 

「超引きずられてたぞ!大丈夫か?」

 

 

 

 今度は後ろから声が掛かる。那賀川だ。

 半分笑いつつ、半分心配そうな声で背中をバシバシ叩いてくれていた。

 

 俺も体中の土をはたき落としながら応える。

 

 

 

「えマジ?そんなやばかった?」

 

「ヤバかったも何も、すげえ勢いで引かれてったろ。ね、楠木さん」

 

「う、うん、そうだよ!」

 

「うわー赤坂ちょー頑張るじゃん!ヤバすぎ」

 

 

 

 追加の援軍は深瀬だったらしい。戻ろうぜ、とジェスチャーしながら笑っている。

 

 

 

「いやー、めっちゃ頑張っちゃったわ」

 

「マジになりすぎだろっははは!え、でもお陰で勝ったんじゃね?」

 

 

 

 結果発表。8組は2本、6組は1本。

 深瀬の言うとおり、マジで勝った。勝利の余韻に浸りながら、次の試合の為にさっさと退場する。

 

 何人かが俺を囲んで声を掛けてくれる。

 

「やったよ、すごーい!!赤坂くんのお陰じゃーん」

 

「おつかれー!」

 

「お前背中きったねぇな!!お疲れさん!」

 

「マジ頑張ってんじゃーん」

 

「よく耐えたな!すげぇよ」

 

「はは……だろぉー!?マジでやったわ。おめーもサンキューな」

 

 

 

 俺のお礼に、那賀川は気にすんなってカンジで背中を叩いた。

 

 ちくしょうかっこいいヤツだなこいつ。あのタイミングでの加勢はいくら何でも完璧すぎる。

 映画かと思ったわ。

 

 

 

「ははは、もっと言っても良いぜ。

あ、お礼なら楠木さんにも言えよ?楠木さんが行かなきゃお前がピンチなの気づかなかったわ」

 

 

 

 那賀川は前で女子たちにリボンを直されている楠木さんを目で示す。

 

 

 

「あの子気弱って思ってたけど、結構頑張るんだな。意外だったわ」

 

「!」

 

「まだ受け答え固いけどな」

 

 

 

 あはは、と快活に那賀川は笑った。

 

 

 マジか。やった。二兎を追ってたら両方手に入れてしまった。

 試合にも勝って、楠木さんの好感度も上げることが出来るとは。

 

 俺は土だらけになったのなんか気にならない程、一気に気が晴れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、本当に大丈夫?」

「だーから、大丈夫だって。全っ然平気」

 

 昼ご飯を食べ終わって、後半戦。

 玉入れに騒ぐ声援をバックに、俺と楠木さんは第二棟の階段の上にいた。

 

 先生が配ってくれたジュースを一緒に飲む。塀にもたれて、風を浴びる。夏とは違う、湿った土の匂いがした。

 

 

 

「ほんとかなー……。ほんとにびっくりしたんだよ?あんな引きずられ方見たことなかったし」

 

「大したことねぇよ、結構面白かったし」

 

「ええ~?」

 

 

 

 実際、今思い返せば面白いもんだ。

 あー、人ってあんな簡単に動かせるんだ、となかなか出来ない体験だった。

 

 

 ちなみに普通に怪我していた。昼飯前にトイレの鏡で見たら擦り傷が出来ていた。笑った。

 俺マジになりすぎだろ。ウケる。

 一応保健室に行ったら、先生にも『よくここまでやったねぇ?!』と笑われた。

 

 

 

「つーか俺より楠木さんだろー?なーんだよ、結構上手くいってんじゃん」

 

「えっ、ああー……」

 

 

 

 楠木さんが顔を赤くして、ちょっと嬉しそうに顔を伏せた。

 

 

 

「お、思ったよりもね、話すの上手くいったの。

 

……ほとんど、那賀川くんが話しかけてくれたんだけどね?でも、ちゃんと、返せたと思う」

 

「え?めっちゃ頑張ったじゃん。このままいきゃあ、もっと那賀川の印象変わること間違いなしだな」

 

「ほんと!?やった……」

 

 

 

 小さく跳ねた楠木さんの手で、飲みかけのジュースがたぷんと音を立てる。嬉しそうな楠木さんを見ていると、俺の口角も自然と上を向いた。

 

 楠木さんが初恋を楽しめているようで何よりだ。俺はそこが何より嬉しいし、安心した。

 

 

 

 穏やかな気分でクラスのブルーシートに戻ると、皆同じスポーツドリンクを持っていた。

 近くにいた子に聞くと、どうやら学校が配ってるものらしい。

 

 あっちで配ってるよ、と指さした先を見ると、バスケ部が駅弁売りの様に段ボールを抱えて立っていた。

 

 

 

「あ、やーっと来た!何してたんだよー」

 

 

 

 那賀川が人をかき分けてやってくる。途端ピシィッと背筋が伸びた楠木さんのせいで、俺は思わず吹き出してしまった。

 

 

 

「二人で何やってたんだよ」

 

「ジュースのゴミ捨てに言ってただけだっての。お、サンキュ」

 

 

 

 受け取って眺めてみると、珍しい炭酸入りスポーツドリンクだった。

 

 

 

「へぇー、初めて見た……」

 

「味はフツーのスポドリだけどな。ほら、楠木さん!」

 

「えっ、わっ、あっ」

 

 

 

 唐突に投げ渡されたスポドリを、楠木さんはなんとかキャッチした。

 

 

 

「っははは、ナイスキャッチ!」

 

 

 

 バスケ部仲間に呼ばれて、那賀川が去って行く。楠木さんはそれをぼーっと見つめていた。

 

 

 

「……っふ、良かったじゃん、楠木さん……、」

 

 

 

 からかおうと思って楠木さんの顔を覗き込んで、俺は息を飲んだ。

 次の言葉が出てこない。

 

 

 

「……」

 

 

 あぁ、この子、こんな顔するんだ。

 悔しいことに、ちょっとだけ、可愛い、なんて。

 

 そう思ってしまった。

 








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