俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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初投稿です。
色々至らない点がありますが適宜修正していきますのでご容赦下さい。


一年生編
第1話 不良モドキとだんまり少女  ──手作り弁当はどんな味──


 俺はまずい飯なんて食べたことがない。

 

 母さんは料理上手だし、父さんも弟も下手じゃない。俺?もちろん得意。

 それから、冷食だろうがインスタントレトルトだろうがだいたい美味しく食べる。

 その場の空気も関係ない。後ろで弟が成績で叱られようが、母さんと喧嘩して黙ったままの食卓だろうが、隣の客室が死ぬほどうるさかろうが、飯の旨さは変わらない。

 

 と、思っていたのだが。

 

 

 

「……」

 

 

 

 クラスメート達が騒ぎに騒ぐ中、俺は黙って弁当を食べていた。

 目の前には同じクラスの女子。明らかに失敗したらしい前髪で目元を隠そうとしながら、女子らしい小さい口でもそもそとポテトサラダを食べている。

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

 

 

 隣では女子グループが付近の机をかき集め、ぐるりと円になって和気あいあいとおしゃべりを楽しんでいる。

 

 その奥にはまさに「運動部入ります!」といった風貌の男子グループがクラス後方の角を独占し、これまたおしゃべり。

 ああ、つい数ヵ月前までは俺もあそこにいるキャラだったのに。

 

 前方にはオタク然としたクラスメート達がソシャゲのフレンドコードを交換し、その近くでは小さな紙片を回してイラストを描きあっている女子達。好きなバンドのものらしい動画を大音量で流しているグループ。

 

 みんなみんな、思い思いの方法で早速出来た友人達と昼休みを楽しんでいる。

 

 

 

「……」

 

 

 

 クラスってこんなにうるさかったっけ。

 

 俺はその日、初めて気まずくて味が分からないと言うのを味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなったかと言うと、話は数時間前に遡る。

 

 

 朝7時半。

 

 朝ごはんを食べ終わり、俺はあんなことになるとは露知らず、ウキウキで弁当を詰めていた。

 

 レタス、ブロッコリー、トマトで彩りを添えつつ、カツにカニクリームコロッケにハンバーグにからあげとミニグラタンと好きなものを詰めに詰め、のりたまふりかけをご飯一面にたっぷり振りかけていた。

 

 こんなことが出来るのは、自分で弁当を作る特権。

 

 

 母さんはまだ寝てて、弟はダイニングでのんびりパンを齧っていた。俺の弁当にケチつける奴は一人としていない。

 

 自分で弁当を作り始めてもう三年だけど、最初の面倒くささはどこへやら、やりたい放題出来るこの時間がかなり気に入っていた。

 

 

 真新しいリュックに作りたての弁当と水筒を突っ込み、ピカピカのスニーカーを履く。

玄関前の姿見にはやや緩い制服を更にちょっと着崩した自分が写っていた。

 

 うんうん、カッコいいんじゃね?と頷く。……顔以外は。

 

 

 

「これさえなけりゃなぁ……」

 

 

 

 ため息混じりに額と頬のガーゼに触れると、まだヒリヒリした。

 

 

 昨日、コンビニ帰りに縁石に自転車のタイヤを引っ掛け、俺は盛大に転んだ。

 

 痛みに顔をひきつらせ、血にまみれ、必死こいて奇跡的に無事だった自転車を押しながら帰ってみれば、弟に『ついに殺ったか』と言われ。

 

 消毒液をボタボタ溢しながら自分で手当てした顔をグループLINEに載せれば、『顔も怖いし、余計に不良みたいだな!』『素材の味が活かされてる』とそう送られた。

 俺が何をしたってんだよ。

 

 

 何より、それを否定できないのが一番に悲しい。不機嫌そうなつり目の三白眼が、セットした茶髪の間から自分を睨み付けていた。

 

 

 

「マジないわ……」

 

「透ー、もう40分!」

 

「へーい」

 

 

 

 前髪で額のガーゼを隠し、リュックを背負い直す。

 

 悩んでいてもしょうがない。顔の傷が何だって言うのか。俺は作るぞ友達を。それこそ100人。

 

 

 

「ちゃんと鍵閉めてけよ!」

 

「あいー」

 

 

 

 最後に家を出る弟に声を掛けて、俺は期待半分、不安半分で高校に向かった。

 

 

 

 

 

 電車に乗って神月駅へ、そこから自転車に乗り換え走ること15分。

 宮河町で一番高い丘の上に、俺の入学した学校はあった。

 

 私立東雲(しののめ)大学附属高校。

 広い校内、充実した設備に、チェックをあしらったオシャレな制服。適度に緩めの校則。

 それにまぁまぁ高い偏差値と、バカ高い学費。

 

 県内有数の私立高校だ。

 

 

 

「…はよーございまーす」

 

「はいおはよー」

 

 

 

 掃除のおばちゃんにちっちゃい子を見るような目で挨拶を返されながら、広い広い校内に足を踏み入れる。

 息が詰まるような、叫びだしたいような高揚感が沸き上がる。

 

 

 

「……っし!」

 

 

 

 さらに一歩、また一歩踏み出す。

 

 昨日は入学式。そして今日から、待ちに待った登校だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は高校受験に失敗した。

 

 市立東神月高校の入試に前期、後期ともに失敗。滑り止めで受かっていた東雲高校に入学することになった。

 

 

 中学の頃つるんでいた友人グループの中で東雲付属に入学したやつは一人もいない。

 

 一番頭が良かった歩夢はもちろん県内偏差値一位の神月高校へ。

 オタクな信久は漫画研究部のある私立早成高校に。

 俺と一緒に馬鹿やってた遼太郎と蓮也は東神月にしれっと受かって、俺だけが一人この高校に入学することになった。

 

 

 

『いやぁ~、何とかなるだろ!一番青春してやるわお前らん中で』

 

『おっ、言ったな透くーん』

 

『分かんないぜ?案外ボッチですげえ大人しくなっちゃったりして!』

 

『草ァ!いつでもボッチにオススメのソシャゲ教えたるわ』

 

『はぁ?まじで送ってやるから最高の青春高校生活!お前らなんかいなくてもな!あの東雲で!』

 

『ぜってぇ無理だわ、賭けてもいい』

 

『右に同じ』

 

『言ったな!』

 

『まぁまぁ……それに、いくら高校が別だからって言っても、会おうと思えばいつでも会えるだろ?

だから一人になっても大丈夫だからな!透!』

 

『だからボッチになんかならねーし!』

 

 

 

 カラオケで友達に慰められながら青春を宣言して三週間。

 この東雲付属で高校生活を堪能する決意を固めた俺は、出来る限りのことをした。

 

 校則ギリギリまで髪を伸ばしてヘアセットを覚え、制服の着こなしも工夫し、リュックも靴も自転車もスマホケース、ペンケース等々小物に至るまで、一番カッコいいのを5日も悩んで決めた。

 

 

 完璧。

 

 全て揃えて姿見の前に立った時、俺はそう思った。

 完全に学園ドラマの登場人物。主演。マジキマッてる。超カッコいい。

 

 弟と母さんが何か哀れみを含んだ顔で見るなか、俺は自分のことを褒めちぎり完全にハイになっていった。

 

 

 やれる。やれるぞ。

 

 中学のようにクラスの中心人物に躍り出、クラスでばか騒ぎし、テストに頭を悩ませ、それが終われば増額してもらったお小遣いでカラオケとゲーセンに寄り、買い食いを楽しみ、それから体育祭に文化祭に修学旅行に……。

 

 

 

「待ってろ俺の青春んんんんっ!」

 

 

 

 高笑いと共に俺の完璧な青春設計図が完成した。

 

 そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ……誰にも話しかけられない。

 

 話しかけたのに会話が弾まない。いや、もはや避けられている。

 

 二つ後ろの女子二人なんて絶対俺を怖がっている。分かってるからなチラチラみながらヒソヒソしてるの。

 

 

 

「ねえ、もう身体測定終わりだっけ」

 

「うぇっ!?あっ、うん、そうだよ!もうおしまい!」

 

 

 

 勇気を出してもう一度前の男子に話しかけてもこの通り。

 

 

 朝のホームルームと、簡単な自己紹介。

 それから担任の笹岡先生主導の学校案内の後、学生証用の顔写真撮影。

 

 大体三時間目辺りからの身体測定を終え、今は測定記入紙を持っていった先生が来るまで待機中。

 

 

 これだけ、これだけクラスメートと話す機会があって、その上自己紹介という最高のプロモートタイムがあったのにも関わらず、俺はここで時間を潰す程度の友人さえ作れなかったってこと。

 

 

 もしや、自己紹介が失敗した?ついさっきいった一言を思い返す。

 

 

 

『矢ノ川中学出身、赤坂透。好きな教科は……地理と国語で。宜しくお願いします』

 

 

 

 先生が黒板に書いた『出身中学、名前、好きな教科、一言』のテンプレのまま。

 何も変なことは言ってない。いや、まあ、ちょっとカッコいいかと思って投げやりに言った……気もする。でもそれだけだ。それだけ。

 

 

 

「……」

 

「や、やばい、なんか怒ってるかも?!」

 

「だいじょぶ、だいじょぶだって、多分」

 

 

 

 もうこの際何でもいい。

 この失礼極まりない会話でいいから中に入りたい。多分じゃない。本当に大丈夫だから。

 

 俺は不良じゃない。大体いるわけ無いだろそんなステレオタイプな不良が。この時代に。

 

 

 

「皆揃ってるね。じゃあ早めの昼休みにしてくれ!チャイムがなるまではクラスの外には出るなよ!」

 

 

 

 戻ってきた先生がそう宣言して、楽しい楽しいランチタイムが始まった。

 もちろん俺を誘ってくれる奴はいない。俺も誘う気が起きない。多分誘っても断られるし。

 

 

 

「はあ……」

 

 

 

 俺ってこんなヤツだったっけ。

 

 中学じゃあクラスの中心人物だったはずなのに。

 クラスの大半と仲が良くて、先生とも冗談を言い合えるくらいには良好な関係で、クラス対抗リレーの選手に選ばれるくらいだったのに。

 

 いや、あの四人が周りと繋げてくれてたからなのかもしれない。歩夢、信久、遼太郎、蓮也。中学入ってからの大親友。

 

 

 

「はあーあ……」

 

「どうしよう、イラついてるかも…」

 

「しっ、はやくいこ!」

 

 

 

 余計に眉を寄せた俺を見て女子二人が逃げていった。

 

 ああ、俺はこの状況を受け入れるべきなのか…。

 気持ちがぐんぐん沈んでいくのを感じる。こんなのは東上月の合格発表者表を見たとき以来だ。

 

 

 とりあえず今日はグループLINEで『結局ボッチ~~』とでも送って皆に慰めて貰って弁当を食べよう。

 そう、俺には好きなものつめつめのお弁当があるんだ。リュックから弁当を取り出そうと、ため息混じりに立ち上がった…その時。

 

 

 

「おあっ!?」

 

 

 

 椅子に脚が絡まる。倒れないようにふらふら足掻き、机に思い切り手をついた。

 

 

 バァン!と大きな音がクラスに響き渡る。

 

 楽しげな会話がブチッと途切れ、クラスが一気に静かになる。ばっと顔を上げると、何対もの白い目が俺をみていた。

 

 

 

「えぁ……、いゃ……」

 

 

 

 水を打ったような静けさ、なーんていうけど、一番ヤバい静寂は波のような静寂だ。

 すぅーっと静かになって、何事もなかったようにすぅーっと戻ってくる。

 

 

 

「違うんです……」

 

 

 

 ようやく絞り出した弁解の言葉は何事もなかったようなクラスの喧騒に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わった。完全にクラスでの地位が確定してしまった。

 のろのろのろのろ、弁当の結び目を解く。

 

 

 

「はぁー……」

 

「あの…」

 

「!?」

 

 

 

 すると、急に声が掛かった。

 驚いて振り向くと弁当箱を抱えた女子が立っていた。

 

 背が小さめで、ちょっと制服がだぶついている。俺がまじまじと見つめていると、女子は俯きがちに、小さな声で口を開いた。

 

 

 

「お弁当、一緒に食べませんか……」

 

 

 

 そうして今に至る。食べ始めて五分は経ってるけど、未だに何も会話がない。

 味気ない弁当を虚しさと共に噛みしめてただけ。

 

 

 " 虚しい "なんて言葉を日常で、しかもこんなに楽しみにしていた高校生活一日目で使うことになるとは思っていなかった。

 

 辺りは俺たちの事などまるで変わらず大騒ぎ。

 『ズッ友・一年八組!!』が形成されつつある中、二人無言で弁当を口に運ぶのは" 虚しい "という言葉があまりにしっくりくる。

 

 

 なんというか、弟の弁当を洗ってやろうと開けたとき、残したブロッコリーと落としたらしい食べかけの唐揚げを見たときの感情と似ている。

 

 それ単体では「やっぱり残しやがったな」とか「あーあ、落としやがって」としか思わないものが並んでいると、何だか余計に物寂しく見えた。

 

 「こいつとは違うんだ」みたいなからあげの気概と「落としたものと同義なんて」というブロッコリーの嘆きを感じ、なんだか捨てるのも嫌だった思い出がある。

 

 

 というのを、俺はブロッコリーとからあげを食べながら考えていた。

 なぜって話す事がないから。

 

 目の前の彼女は相変わらずもそもそポテトサラダを食べている。

 その根暗~な感じは、中学時代から何も変わっていなかった。

 

 

 この子の名前は楠木明里。

 唯一の俺と同じ中学・クラスだったクラスメイトだ。

 

 なんで今まで話題にも上がらなかったかというと、正直さっきまで楠木さんが同じクラスだったことにさえ気づいていなかったから。

 

 

 ってのも、なんだか見覚えがある気はしてたけど、髪をだいぶ短く切って眼鏡も外してたから全く気が付かなかったってカンジ。

 

 ついでに、去年全く話していなかった自覚がある。多分プリントやノートを配ったときくらいしか話したことがない。

 

 

 無口で眼鏡で長い髪がうざったくて、吹奏楽部の他のメンバーにくっついて回っている子。

 その程度の認識だった。

 

 

 そんな子と一緒に食べるなよと言われれたらそれまでだけど、断る義理もなかったし俺も一人で食べたくなかった。

 ………まあ、こんなに気まずいって分かってたら断ってたと思うけど。

 

 

 

「は……」

 

 

 

 ため息をつきかけて、止める。さすがに失礼だし。

 

 でも声に反応して楠木さんが顔を上げた。何か話題を提供してくれるんじゃ、なんて願いが顔に表れてる。

 

 そんなに願うなら自分から話しかけろや!という愚痴は置いておいて、口を開いた手前何か話そうと頭を回転させる。

 

 

 

「えーっと……」

 

 

 

 楠木さんのお弁当が目に入る。

 

 ポテトサラダに、エビフライ、ハンバーグ。たらこ味らしいふりかけの掛かった少なめのご飯。

 プチトマトやレタスなど野菜も多くて健康的。

 

 それに、綺麗に焼かれた卵焼き。さぞ腕の立つお母さんが焼いたに違いない。

 

 

 

「…ポテサラ好きなの?」

 

 

 

 ようやく次いで出てきたのはなんとも下らない質問だった。

 楠木さんはちょっと考えるような素振りをして、ようやく口を開いた。

 

 

 

「すっごい好きって訳じゃ、なくて……その、昨日、作りすぎちゃって」

 

「へえ?」

 

 

 

 おっと。気になる話題が出てきた。

 

 

 

「楠木さんが作ったの?すげーじゃん」

 

「あ、ありがとう。料理、好きなの……。お弁当も自分で作ってて……」

 

「えっ、マジ!?俺も!」

 

 

 

 おいおいおい?

 ちょっと箸を置いて、身を乗り出す。なんだか話が続きそうな予感だ。

 というか、もう話が続けば何でもいい。

 

 

「えと、知ってる……よ。よく、クラスで話してた、よね?」

 

「そうそう、前は面倒だったんだけどさ、好きなもん詰め放題で今はけっこー楽しい」

 

「あ、うん、分かる!今日もね、なんだかエビフライが食べたい気分だったから三つも入れちゃって」

 

「やるやる。詰めてるときに明日何入れるかも考えちゃったり」

 

「すごい分かる!気を抜くとおんなじ組み合わせばっかりになっちゃうんだよね」

 

「それなー。去年の部活んときはさ、気が付いたら全部一週間同じ組み合わせで、友達に『お前偏食超偏食じゃん?』とか言われてさー」

 

「ふふふ、うん、分かる、分かるよ」

 

 

 

 楠木さんは口元を押さえてくすくす、とちょっと上品に笑った。

 

 というかこの子こんなに話せたんだ。ミニグラタンを味わいながら、さらに会話を続ける。

 

 

 

「つーかさ、楠木さん、ここの高校だったん?悪いけど昨日気づかんくて」

 

「うん、そう。その……落ちちゃったんだ……あはは」

 

「お、一緒。俺も落ちちゃってさ。

あ、もしかして東?確か前期発表の教室にいたよね?」

 

「うん。赤坂くんも……だよね?」

 

「そ。いーやサイアク、マジでやらかしたわ」

 

「難しかったよね、問題」

 

「いやそれな?なんだっけ、あの社会のさ……」

 

 

 

 後期の入試問題について愚痴を言い合いながら、ハンバーグを口に運ぶ。肉汁の固まった簡素な味。それはしっかり美味しいと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 予鈴が鳴りひびく。騒ぎは変わらないまま、机を動かす音が加わる。

 

 

 

「あ、もう5時間目か」

 

「歓迎会……だよね、次」

 

「そうそう」

 

「そっか……」

 

 

 

 弁当の蓋を閉めて、袋に詰める。

 軽くなった弁当箱を載せた机が向かい合っている。

 指がもじもじ動く。

 

 もう周りの人達は次々グループを作って、体育館に移動を始めていた。

 俺らは沈黙。机を元に戻そうともしないで、お互いに空箱を見つめていた。

 

 

 

「あー……」

 

 

 

 言うか、言わないか。目が泳ぐ。

 

 たかだがランチタイムを共にしただけのクラスメイトと、一体どこまで行動できるんだろう?しかも、女子に。

 ちらりと顔を上げる。

 

 ──目が合った。

 

 

 

「えっと……」

 

「明日……」

 

 

 

 俺が何か言う前に、楠木さんが口を開いた。

 

 

 

「明日も、お弁当一緒に食べてもいい、ですか?」

 

「……うん。いいね」

 

 

 

 同意の言葉は思ったよりもするっと出た。

 

 それを聞いて、楠木さんは一礼してから自分の席に戻ってしまう。俺もリュックに弁当箱を片付けて、一人で体育館に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓迎会という名の部活紹介を一人遠巻きにされながら寂しく見て、帰りも一人きり。

 これまた一人で図書館に向かう楠木さんに声を掛けられないまま、俺はどこにも寄らず帰路についた。

 

 

 40分かけて家に着いた俺は自室のベッドに倒れ込んだ。弟が見ているテレビの音が下から上ってくる。

 ニュースっぽい音声を聞きながら、俺は部屋が暗くなっていくのをぼーっと眺めていた。

 

 

 なんとなくポケットからスマホを取り出してインスタを開く。

 

 

 

『マジ東上月最高!最高のダチ』

 

 

 

 遼太郎と蓮也と、三人の見知らぬ男子が写った写真がストーリーの真上に載っていた。アプリを落とす。

 

 次はツイッターを開く。

 

 

 

『ちょwwwwwカラニコ知ってるものがいるとはwwwwwww学校生活神!』

 

『学校疲れた。クラスの皆元気だな』

 

 

 

 信久と歩夢のツイートが並んでいた。

 

 

 

「チッ……」

 

 

 

 スマホを放り投げて、ベッドに突っ伏す。

 髪と制服がぐしゃぐしゃになって頬のガーゼがめくれ上がる。

 

 綺麗だったリュックも薄暗い部屋ではくたびれて見えた。

 

 

 

「あ」

 

 

 

 弁当箱洗わなきゃ。

 リュックを眺めて思い出した瞬間、脳裏にある笑顔が浮かんだ。

 

 前髪が短くなりすぎた、眼鏡を外した彼女。そういえば、明日も一緒に食べる約束したんだっけ?

 

 

 

「ただいまー。あれ、透は?」

 

「上」

 

 

 

 下から聞こえる様子から、母さんが帰ってきたらしい。

 今日はずいぶん早かったなあと思いながら、立ち上がって弁当箱と水筒を手に取る。

 

 軽くなったこいつらを見ていると、何だか暗い気分が和らぐような気がした。

 

 

 

「ちょっと、透ー!夕飯手伝って!」

 

「今行くー」

 

 

 

 明日の弁当、何いいかな。ちょっと軽い足取りで俺は階段を降りた。

 

 

 

「お帰りー」

 

「ただいま。学校は?」

 

「まあ、それなり」

 

「ふーん?」

 

 

 

 ちょっといぶかしげな視線から逃げるようにシンクに立って、洗い物に手を出す。

 

 

 

「ああ、あのさ」

 

 

 

 努めて何でもないように、俺は言った。

 

 

 

「やっぱ髪切るわ」

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