俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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エイプリルフールなので嘘つきの話です。


Side.Y 『雪化粧』

 早野雪子。

 それがあたしの名前。

 

 あたしが生まれた日は、雪国と名高い秋田でも十年に一度と言われるほどの豪雪日。

 雪の中苦労して産婦人科へ行き、三時間のお産との格闘の末、ようやくあたしを抱いて見たその日の光景を、母さんは一生忘れることはないらしい。

 

 

 

『あんたを産むときはあんなに吹雪いてたのに、一息ついてお父さんと外を見たらすっきり晴れててね。

 

雪は見慣れてるのに、その日の雪景色はいっそう綺麗に見えたの』

 

 

 

 この雪景色のように、綺麗に。そして吹雪を晴らして生まれたように、元気に。

 そう育って欲しいとあたしは名付けられた。

 

 

 あたしはこの名前が好きだった。

 名付けの理由を知ったときは、あたしは皆に願われて生まれてきたんだと胸が躍ったし、雪が降る度に嬉しくなった。

 

 ディズニーの映画を見たときは、『あたしの名前、まるで白雪姫みたい!』なんて、黄色のスカートをはいてはしゃいだりした。

 

 

 綺麗に。元気に。

 あたしは将来そうなるんだと信じて疑わなかった。

 

 

 

『ちょっと元気になりすぎたなぁ』

 

 

 

 男の子と走り回ってドロドロになって帰ってきたあたしを見て、父さんは苦笑した。

 それすらもあたしには嬉しかった。

 

 綺麗に。元気に。

 あたしはそんな素敵な女の子になるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらぁ~、いいじゃな~い!」

 

「素敵~」

 

「まあぁぁ!いいわねえぇ」

 

「えっへへ……そうかな……」

 

「そうよ!もちろんよ!自信持って!」

 

 

 

 最後、唇が真っ赤に染まると皆が一斉に息を吐き、今度は次々に囃し立てた。

 控えめに振り袖を揺らすと、いとこちゃん達がきゃーっとカワイイ歓声を上げる。

 

 

 

「お姉ちゃんかわいい!」

 

「お姫様みたい!」

 

「ねえママあぁ、あたしも着たいいいい」

 

「ダメよ。もっとお姉ちゃんになってから」

 

 

 

 駄々をこね始めたマユちゃんを、皆が愛おしそうに笑う。あたしも釣られて口角が上を向いた。

 

 

 今日はお正月。

 

 いつもの親戚の集まりだけど、今年は少し違う。

 早野家の伝統で、16歳になったら着物を着て新年をお迎えすることになっていた。

 だからあたしはようやく、この着物に袖を通せたという訳。

 

 

 母さんもおばあちゃんも着てきた黄色地の青い花が散る着物。

 アクセントに赤い帯を締めて、髪飾りも真っ赤な花。

 まるで小さい頃憧れていた白雪姫みたい。

 

 

 

「これなら翔琉くんもほれぼれね~」

 

「もう、止めてよ叔母さん」

 

 

 

 この後ご飯を食べたらお参りだ。そこで翔琉と落ち合うことになってる。

 

 もう一度、鏡を見る。自分で言っちゃうけど、似合ってる。カワイイ。

 これならきっと翔琉も喜んでくれるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かーける!」

 

「あ……お、うおお!?」

 

 

 

 町の端にある小さな神社。

 それでも町中の人達が集まり賑わう中、見慣れたダウンジャケットを来た男の子が鳥居を背に立っていた。

 

 声をかけて手を振ると、翔琉はぽかんと口を開けた。

 

 

 

「もう、何?その顔」

 

「いや、めっっっちゃカワイイ……なにそれ………」

 

「……えっへへー、でしょ?」

 

 

 

 頬を熱が帯びるのを感じていると、後ろから盛大な歓声が上がる。

 

 

 

「キャー!青春よー!」

 

「見た!?今の見た!?」

 

「ユキー!撮れなかったからもう一回!」

 

「声掛けるところからやり直してー!」

 

「もっと笑って!手も繋いじゃって!」

 

「翔琉くーん!もっと褒めてやってー!」

 

「もう、皆うるさい!」

 

 

 

 母さんは三人姉妹で、皆色恋にうるさい。

 いつまでも騒いでいる母さん達を後ろに、翔琉の手を引いた。翔琉は耳だけじゃなくて頬まで真っ赤に染まる。

 

 

 

「ほら。行こ!……なーに?そんなに赤くなっちゃって?」

 

「うるせぇな!お前がカワイーのが悪いんだっての」

 

「やだ、あたし、罪なかわいさ?」

 

「そのとーり」

 

「ふーん?そっかあ~」

 

 

 

 きゃあきゃあいう歓声を背に、あたし達は境内へ歩く。

 翔琉が私に並んで、そっと指を絡ませてきた。最近は翔琉の方からこうしてくれる。

 それに嬉しくなって、足取り軽く本堂に向かった。

 

 

 

「ね、翔琉は何お願いするの?」

 

 

 

 お参りの列に並んで、そう聞いてみる。翔琉は短く刈った髪をかき混ぜながら言った。

 

 

 

「オレ~?そーだなぁ、やっぱ目指せスタメン!かな」

 

「え~?夢はもっとおっきく行こうよ。目指せ甲子園!とかさ」

 

「さーすがにきびぃって」

 

「えー、いーじゃーん。『私を甲子園に連れてって!』……ってカンジ?」

 

 

 

 ここぞとばかりの上目遣いに、翔琉の目が揺らぐ。散々頭を悩ませ、翔琉はピンと指を立てて宣言。

 

 

 

「ううぅーん……お前を県大会に連れてってやる!じゃ、ダメ?」

 

「お?県大会までの自信はあるんだ?」

 

「……ぃいーよ!やってやんよ!!」

 

「言ったなー?」

 

「言いましたー!んじゃーマジで行けたらユキになんかして貰おっかなー」

 

「えー?なんかって何よ?」

 

 

 

 翔琉はニヤッと、ちょっと恥ずかしそうに笑った。

 ぐいっと強く手を引いて、言わせんなよ、って顔で言ってる。

 

 

 

「……この変態」

 

「悪いか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お参りを済ませて、神社を当てもなく歩く。

 あたしの歩幅に合わせて、二人でゆっくりと。

 

 冬休みの話とか、宿題の話とか。

 気が付くと、本殿の神社からはちょっと離れた別の鳥居の前に来ていた。日陰なのと人が来ないのとで、雪が残っていて真っ白。

 

 それでもそのお宮のシルエットは、今でも忘れられないくらい記憶に刻まれていた。

 

 

 

「お、懐かしいな!」

 

「……そうだね」

 

 

 

 翔琉は懐かしさに、あたしの手を離して駆け出していく。

 

 鳥居の先には小さい階段がある。良い感じに木陰が出来て、冬は寒いけど夏は涼しくて気持ちいい。

 小学生の頃は良く遊んだものだった。あたしと、翔琉と、……。

 

 

 

「そーいや、アイツ。今何してんのかな」

 

「……」

 

 

 

 ひとしきり小さな境内を見渡した翔琉は、あたしの心を見透かしたようにそう言った。

 喉を絞められたように、声が出なくなる。

 

 

 

「え?覚えてるだろ?トオルちゃん」

 

「覚えてるよ」

 

 

 

 翔琉と一緒にいて高鳴っていた心音が、ズキズキと痛く変わる。

 あたしの内心に気づくはずもなく、翔琉はつかつかと楽しそうにお宮へ向かっていく。

 

 

 

「トオルちゃんかあ、元気かなあ。アイツすぐいなくなっちゃってさ」

 

「あれから翔琉、サッカーしなくなっちゃったもんね」

 

「……しょーがねーじゃん」

 

 

 

 翔琉がガラにもなくしょんぼりする。蹴飛ばされた雪がチラチラと舞う。

 

 

 私たちの学校は人が少なくて、一学年20人くらいしかいなかった。お陰で学年も気にせず皆仲が良くて、何をするにも色んな年齢の子たちが入り交じっていた。

 

 小さい頃はお兄ちゃんお姉ちゃんたちと遊べて楽しかったけど、成長してお姉ちゃん側に回ると、一転して手を抜かなきゃならなくなった。

 

 

 小さい子たちと遊ぶのは楽しいけど、やっぱり成長盛りのあたしたちにとって思い切り身体を動かせないのはかなりのストレス。

 おまけに、上の子たちもあんまり上手くない。

 

 翔琉とあたしはいつもいつも、楽しいけどつまらない時間をすごしていた。

 

 

 だからあの日だって、そうなるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──6年前、小3の春休み。

 

 

 いつも通りの日差し、いつも通りの気温、いつも通りの髪型、服、遊び、道。

 気が付けば春休みも終わりが近くて、あたしはぼんやり空を眺めながら校庭に向かっていた。

 

 今日行ったところで、きっとやることは同じ。なら行かなきゃいい。

 それでも、行かなかったならそれでもっともっと退屈な日になることは間違いなかった。

 

 

 何か楽しいことないかな。

 ううん、なんなら悲しくても辛くてもいい。

 

 この日常に1ミリでも別の味がつけば、何だって。

 

 

 気が付けば校門前。

 あーあ、やっぱり、そんなこと起きっこないか。

 

 そう諦め掛けたとき、校庭を覗き込んでいる男の子に気が付いた。

 

 

 背は大体翔琉と同じくらいで、青色のダウンを着てる。

 そして何より目を引いたのは、その髪色。

 

 日に照らされて明るく輝く茶色の髪。

 普段登って遊ぶ木の幹の色でも、おやつに皆で食べるチョコレートの色でも、お気に入りのテディベアの色でもない。

 

 あたしの思いつく、どんな素敵な茶色にも当てはまらなかった。

 

 

 肌がぞわぞわ粟立つ。こことは何にも当てはまらない色。

 

 もしかして、この子なら。

 

 この子ならきっと。

 

 

 

「なにやってんの?入んなよ」

 

「え?」

 

 

 

 気が付けば声を掛けていた……なんて経験は初めてだった。

 

 偉そうに腕組みなんかしちゃってるあたしを、男の子は不思議そうな顔で見てくる。

 くっとつり上がった一重が茶髪と相まって、まるでドラマで見た不良くんみたい。

 

 ああもう、こんな子絶対に面白いに決まってる!

 

 

 思わず口角が上がる。はやる心に任せて、その子の手を掴む。思い浮かぶ言葉をそのまま吐き出す。

 

 

 

「遊びたいんでしょ?行こ!あたし早野雪子!ユキで良いよ!んで、あんた誰?見ない顔だけど」

 

「え、と、透!赤坂透!一昨日引っ越してきたばっか!」

 

 

 

 転校生!転校生だ!なんて素敵な響きなんだろう。

 

 

 

「えっ、じゃあ転校生!?やった、一番最初に会っちゃった!えっへへ、運命の出会いーってカンジ?

 

つーか、めっちゃ髪茶色いね。染めてんの?フリョ~」

 

「はぁ~?ちげーよ、イ・デ・ン!母さんも茶髪なの!」

 

「あ、そーなんだごめんごめん。いいなぁ茶髪。憧れちゃう!私もおっきくなったら染めよっかなー」

 

 

 

 すごい。すごい。すごい!

 こんな子いるんだ、こんな子に会えたんだ!

 

 足が自然に早まる。もうほとんど走ってるのと同じくらい。それでも胸の高鳴りが押さえられなくて、校庭で走る影に大声で叫んだ。

 

 

 

「かっちゃーん!入ーれてー!」

 

「あ、ユキちゃん。いーよー!……そいつ誰?」

 

「赤坂透!転校生なんだって」

 

「え、マジ?うおおおお、すげぇええ!」

 

 

 

 あたしの喜びが伝わったのか、翔琉は雄叫びと共にボールを蹴った。

 

 

 

「サッカーしよーぜー!」

 

「うおっ!?」

 

 

 

 綺麗に飛んでいったボールをトオルちゃんは勢いそのままに蹴り返した。

 つまんない青空に大きく弧を描き、ボールは変な方向に飛んでいく。

 

 

 

「おおー、上手い上手い!」

 

「お前すげーじゃん!」

 

「やるやるー!」

 

 

 

 皆も大声を上げて一緒にボールを追いかける。

 

 我慢できなくて、思いっきり走ってボールを追う。すぐに追いついて、トオルちゃんにパス。

 

 

 

「トオルちゃんでいいよね!ほら、パス!」

 

「うわ!」

 

 

 

 ちょっと無理あったパスだけど、見事に受け止めたトオルちゃんは皆にあっと今に囲まれる。

 皆して転がった中にいる翔琉と目が合った。

 

 最高だ!

 

 その目はあたしと同じように、キラキラ輝いていた。

 

 

 その喜びのまま、精一杯手を引いて、トオルちゃんを起き上がらせた。

 

 

 

「あたしとあんた、もう友達ね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トオルちゃんが来て、あたしたちの生活は激変した。

 

 お互い以外に全力でサッカーを楽しめる相手が出来て、あたしたちは毎日トオルちゃんを誘ってた。

 特に翔琉なんて、誕生日にサッカーボールをお願いするくらいに3人のサッカーにのめり込んだ。

 

 

 今、そのサッカーボールは翔琉んちの部屋でぺちゃんこに潰れている。

 3ヶ月も使ってないのにボロボロに汚れたボールは、もう6年も触られずに、野球部の道具やユニフォーム、選手のポスターに埋もれている。

 

 それでも、翔琉はそのボールを捨てることは無かった。

 

 

 田舎の楽しい事は少なくて、色あせるのが早い。悪い意味で流動性がなくて、最新ゲームだってすぐに飽きちゃう。

 

 そこにやってきたのがトオルちゃん。あたし達が嫌がっていた田舎をあんなに目を輝かせて、何をするにも楽しそうにしていた。

 

 

 トオルちゃんの話だって面白かった。

 

 テレビで見たことしかない都会の世界が目の前にあるようで、いつだって話を聞くときは心が弾んだ。

 

 トオルちゃんといるときはなにもかもが新鮮だった。皆の人気者だった。

 あたしはなんだかお姉さんぶって、昔からやってる田舎遊びを得意げに教えたりしてた。

 

 

 そして気が付けば、あたしはいつの間にかトオルちゃんを目で追うようになっていた。

 

 

 

「3人で焼きそば食べたよな」

 

「あはは、懐かしい!味も具も全然違って面白かったよね」

 

「あー、あったあった。あとかくれんぼとか鬼ごっことか……確か、それでお宮の飾り倒しちゃったよな」

 

「あれ、あたしまで謝ることになったんだからね」

 

「そりゃ悪かったって」

 

 

 

 お宮にもお参りをして、白に染まった狭い境内を眺めながら思い出話。

 翔琉は雪だるまや雪うさぎを量産してお宮の前に整列させていた。

 

 

 

「アイツも今頃高1かぁ」

 

「当たり前でしょ、同い年なんだから」

 

「何してんのかなぁ。サッカーまだやってんのかなぁ」

 

「知らなーい」

 

「えー、実は連絡取ってたりしない?……あ」

 

 

 

 三体目の雪だるまの頭が落ちる。

 ぽす、という軽い音がズンと心にのしかかった。

 

 

 

「……そんなわけないじゃーん。そんなことしてるなら、皆に言ってるよ」

 

「はは。まあ、だよなぁ。いや、ユキたち仲良かったからさ。実はしてたりー……なんちゃって?」

 

「えー疑うなんてひどいなぁ。そんなこと無いって」

 

「ごめんごめん」

 

 

 

 しばらくの沈黙があたし達を包み込む。

 

 また雪が降りそうなほど寒いのに、あたしの心はあの暑苦しい夏の空気に包まれていた。

 

 あの時のトオルちゃんの顔も、声も、体温も、感触も、全てがそのままに──。

 

 

 

「オレさ、」

 

「っ!」

 

 

 

 耳をつんざくような翔琉の声に、一瞬にして寒さが身を包む。

 頭の落ちた雪だるまを作り直しながら、翔琉は言葉を続ける。

 

 

 

「実はさ、すっげーひどいんだけどさ、…………トオルちゃんがいなくなってちょっとだけホッとしたんだ」

 

「……え?」

 

「アイツさ、ユキのこと好きだったでしょ」

 

「……」

 

 

 

 胸の中にまで冷たさが広がる。翔琉の手の中で、雪だるまはうさぎに変えられていく。

 

 

 

「ユキを盗られちゃうんじゃないかって不安だった。

 

すっげークズだけどさ、あん時からそんくらいユキのこと好きだったっつーか。不安だったんさ」

 

「へぇ……、随分、熱烈じゃん」

 

 

 

 あの日のことは誰にも言ってない。両親にも、親戚の叔母さんにも、友達にも、翔琉にも。

 

 あたしは誰にも会ってない。一人で神月市の夏祭りを楽しんできた。

 

 だけど翔琉と目を合わせた瞬間、その全部が知られてしまいそうで。私は顔を背ける。

 鳥居の奥に見える、3人の子供の幻影を見つめる。

 

 

 

「だって、……ユキがアイツのこと好きそうに見えたから」

 

「へぇー、何で?」

 

「……勘?」

 

「勘って」

 

 

 

 異様なほど昂ぶったあたしの笑い声が境内に響く。翔琉があたしのことを見ているのが分かる。

 

 決心して、見下ろすように翔琉を見れば、子犬みたいに不安げな視線と目が合った。

 

 

 

「なぁ、お前……本当にオレのこと好きだよな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──トオルちゃんに告白された日。

 

 あの日のトオルちゃんは何か変だった。

 

 変にそわそわしてて、ぼけっとしてたと思えば、急に焦ったりもしていた。

 河原で遊んでもどこか上の空で、あたしはそんな顔も可愛いなぁと思いつつ、翔琉がいないからつまんないのかなとか考えていた。

 

 

 

「おお、俺、俺俺、ユキちゃんの事が好きだ!ずっと前から!だ、だから、付き合って下さい!」

 

 

 

 だから、そう言われてあたしは本当にびっくりして。

 嬉しいと同時に、指先が冷えていくのを感じていた。

 

 

 確かに嬉しかった。

 トオルちゃんがあたしのことを好きでいてくれた。あたしと同じように。付き合いたいって言ってくれるくらい。

 

 

 だけど、あたしは──あたしは同じくらい、翔琉のことも好きだった。

 いつから好きだったのか覚えてないくらい、ずっとずっと昔から。

 

 それこそ、もしあたしが毒リンゴの呪いに掛かったなら、それを解いてくれるのは翔琉しかいないと考えるくらいには、好きだった。

 

 

 

「え……あー……」

 

 

 

 トオルちゃんか、翔琉か。選べるわけが無かった。

 どっちもあたしの大事な友達で、好きな男の子だった。

 

 あんまりに子供じみた二人の男の子への恋心を、どうしていいか分からなくて吐き出したうめき声は、あたしの頭を更にぐちゃぐちゃにした。

 

 

 

「や、やめてよ、そーゆーの。嘘でしょ。嘘だ。バカ言わないでよトオルちゃん。

 

……。ごめん。……ごめん、そういうんじゃないから、あたし」

 

 

 

 口をついて出てきた回答は、拒否。

 

 思っても無いことを言って、ただただNOを突きつけた。

 トオルちゃんの顔なんて見れなかった。

 大好きな人が、あたしを好きだと言ってくれた言葉を訳も分からぬままに踏みにじった。

 

 それにようやく気が付いたのは、トオルちゃんが顔を上げたときだった。

 

 

 

「じゃあ……」

 

「え?」

 

「じゃあ俺、…………きゃじゃん……」

 

「……え?」

 

「もういい」

 

 

 

 待って、の一言は言えなかった。

 あんまりにも辛そうな顔をしていて、今にも泣き出しそうで。

 

 あたしなんかが声を掛けていいなんて思えなかった。

 そうさせたのはあたしだから。翔琉と天秤に掛けて、フったのはあたし。

 

 

 謝らなきゃ。

 

 頭にその考えだけ残して、しばらく呆然とY字路に立っていた。

 

 

 

「皆、よく聞いて。残念なお知らせだけど、赤坂くんはおうちの都合で、一学期で転校することになりました。

最後まで赤坂くんが楽しく過ごせるように、皆さん仲良くしてあげて下さいね」

 

「…………」

 

「えっと、……そういうことに、なったから。最後まで、よろしく……?」

 

「そ、そんなあ」

 

「嘘でしょ!?」

 

「透くん、行っちゃうの?」

 

「あー、うん」

 

「トオルちゃああん!」

 

「うわっ!そ、そんな泣くなよかっちゃん、……」

 

 

 

 翌日、先生からそう言われた。

 

 

 その後のことは、よく覚えてない。

 

 なんともないように、周りの皆と同じように、トオルちゃんの転校を悲しんで、目いっぱい遊んで、楽しい思い出を作れるようして。

 告白されたことも、ひどくフったこともなかったように接した。

 

 トオルちゃんの側にはずっと翔琉がいて、謝ることさえ出来なかった。

 

 

 3人でたくさん空っぽの思い出を作って、気が付けば、トオルちゃんの引っ越しの日になっていた。

 

 沢山の人に囲まれて、もみくちゃになってるトオルちゃんをあたしは遠巻きに眺めていた。

 結局当たり障りの無いことしか書けなかった寄せ書きを受け取って、トオルちゃんはあたしがいない事に気が付かないで笑っていた。

 

 

 

「ばいばーい!」

 

「元気でねー!」

 

「また会おうなー!!」

 

 

 

 遠ざかる車に、皆思い思いに叫ぶ。トオルちゃんも大きく手を振って返してくれる。身を乗り出す。

 

 

 あたしは一歩踏み出して、前へ出た。

 ほとんど着たことの無い、真っ白なワンピースと下ろした長い髪をはためかす。

 

 

 ああ、ほら。目が合った。

 

 

 

「忘れないでね」

 

 

 

 忘れないでね。忘れないで。忘れるな。絶対に。

 

 一緒に過ごしたこの時間を。

 あたしのことを。

 あたしへ抱いたその感情を。

 あたしが言ったひどい言葉も。

 全部、全部。

 

 忘れるなんて許さない。謝らせてもくれないなら、そうやってずっと覚えていて。

 お互いの罪をそのまま覚えたままに、ずっとずっと。

 後悔しつづければいい。永遠に。

 

 

 

「ほーら、かっちゃん泣かないの!」

 

「だって……だって…ぇ」

 

 

 

 隣の翔琉の汗ばんだ掌を握ってあげた。

 その手はしっかり握り返されて、あたしはゆっくり微笑んで見せた。

 

 大丈夫。あたしも、忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、翔琉」

 

 

 

 雪うさぎを作って冷えた手を掴み、立ち上がらせる。

 

 不安な表情のその顔を包み込み、背伸びをしてそっとキスをした。うっすら開いた視界から、大きく翔琉が目を見開いているのが見えた。

 

 

 

「ごめんね、翔琉。不安にさせちゃったね」

 

「え、あぁ……」

 

「あたしは昔からずっと、翔琉のことが大好き」

 

 

 

 翔琉にしか聞こえないささやき声で、頬を撫でながら呟く。

 

 

 

「昔トオルちゃんにね、告白されたの。でもあたし、フっちゃった。

 

ふふ…………、その理由、分かるよね?」

 

 

 

 頬。耳。短い髪。すりすりと撫でながら、目を合わせる。

 

 見つめ合って頭の後ろに手を添えると、翔琉もそれに応えてくれた。

 

 

 

「あっはは、付いちゃった」

 

 

 

 同じく赤く染まった唇を一撫ですると、翔琉は嬉しそうに顔をほころばせた。

 

 

 

「マジか、はは。……つーか、なんだ、そういうことかよ~」

 

「あったりまえでしょ~?あたしが翔琉を裏切るはずないじゃん」

 

「うん、ごめん。いやー、思い出してちょーっと不安になっちゃってさ」

 

「ふふ、メンヘラ~ってカンジ。いやだなぁ、そんな翔琉!」

 

「わーった、わーった。もうしねぇ、言わねぇよー。……あ、こっちはもっかいさせて」

 

「あ、コラ!塗り直さないとじゃーん」

 

「いいじゃん、別に~」

 

「全くー」

 

 

 

 翔琉、ごめんね。

 あたし本当は、ずっと嘘をついてる。

 

 本当はトオルちゃんが好きだった。好きになっちゃってた。

 それは多分、今も。今もずっと忘れられない。

 

 きっとずっと、あの人の事が好き。

 

 

 ああ、トオルちゃん、あたしのことちゃんと覚えててくれてるかな。

 やっぱりちゃんと唇奪っておけば良かったかな。

 

 

 トオルちゃんはあたしを見る度、あの時とおんなじ顔をしてた。もう6年も経ったのに、忘れないでいてくれた。

 

 もうそんなに、背負い込まなくて良いんだよ。もう恨んでないから、幸せに生きて──。

 

 

 でも。

 

 

 でもそれ以上に、あたしの事を覚えてくれていた喜びが勝った。

 きっとトオルちゃんは、このままあたしの事を忘れないでいてくれる。あたしと一緒。

 

 トオルちゃんは、あたしに縛られたまま生きてくれる。

 

 

 

「トオルちゃん」

 

 

 

 最後の最後で唇からずらしたのは、あたしの怯えか、隣にいたあの子への思いやりか。

 

 

 

「もうね、そんな顔しちゃダメだよ」

 

 

 

 もう罪に思わなくて良い。

 だけど、忘れないでいて。お互いの罪を忘れずに、あたしをずっと胸に刻んでいて。

 

 

 

「忘れないでね」

 

 

 

 あたしはキスで目覚める白雪姫にはなれなかった。

 

 キスでトオルちゃんに呪いを掛けて、自分もあの時間に囚われにいった。

 あたしは一生、この恋わずらいから目覚めないまま。

 

 そしてあたしは嘘を積み重ねて、見た目だけは綺麗で元気な女の子として過ごしていく。

 

 この雪みたいに全部を美しく隠し通して。後悔も何もかも飲み込んで。まっさらで綺麗な、雪みたいな女の子に。

 

 

 

「ほら、そろそろ行こ?お母さん待ってるし」

 

 

 

 拭いきれなかったリップで、翔琉の唇は赤く染まる。

 

 

 ね、だからね、翔琉。ちゃんと隠しておくから、騙されてよね。

 









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