俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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お久しぶりです。
これから投稿を再開します。


第26話 冷たく暖かく乱高下  ──煮え切らず、ぬるいままで──

 国語。数学。英語。

 3種類の解答用紙と、解き直しのノートが机一面に並ぶ。

 

 妙にしんとした雰囲気に、周りも何だかこっちが気になるらしい。クラス中の視線に動じず、楠木さんが口を開く。

 

 

 

「赤坂くん」

 

「うん」

 

「どうだった?」

 

「……はっきり言うぜ?」

 

「……うん」

 

 

 

 蛍光灯の明かりでキラキラ目を光らせる楠木さんと、しかと目を合わせる。

 すうと深く息を吸って、俺は高らかに宣言した。

 

 

 

「めっっっちゃ自信ある」

 

「うん。それね…………私も!」

 

 

 

 パン、と叩かれた机が軽快な音を立てる。大半に赤丸が付けられたノートが一緒に、嬉しそうにはためいた。

 

 

 

「だよな、だよなぁ!!?えぇ!?」

 

「だよね!いい感じだよね!!」

 

「だよなぁ!」

 

「ねぇ!」

 

 

 

 楠木さんが女子じゃなかったら抱き合っていたところだ。

 

 一緒になってバシバシ机を叩きながら指を差し合う俺たちを見て、遠巻きにしていた皆がぽつぽつと近づいてくる。

 

 

 

「え、そんないい感じ?」

 

「わたしも確認したい!見せてくれる?」

 

「あ、僕も!」

 

「うわ、すげぇ。良く解き直したな」

 

「うぇえ、じゃーさぁ、ここどう解いた?」

 

 

 

 クラスの中で成績の良い、岡崎やら神田やらが集まって俺の机を囲む。

 

 数学大問5の解き方をもう一度確認しながら、俺は昨日のテストを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Ⅱクラス昇格を掛けた最後のテスト、冬休み明けテスト。

 

 普段の中間・期末とは違って、国語・数学・英語の3科目が問われる。

 今までの成績を合わせて、俺は100位以上を目指していた。

 

 

 実際、勉強は大分頑張った。

 

 古典文法とか活用形とか、漢文の句形はほとんど完璧に覚えた。

 数学は公式をおさらいして、ワークを2巡して、それでも間違えた問題はもう一度復習した。

 英語は単語練習から文法までやって、なんなら苦手な関係代名詞を復習するために先生に聞きに行ったりした。

 

 電車の中で楠木さんとクイズを出し合い、学校についたら片岡達や田中達も巻き込んで確認した。

 

 今までで一番に自信があった。そんでもって、その自信はテストが終わっても全く消えなかった。

 

 

 国語は現代文の記述と、古典の解釈が不安だけど、その他はOK。

 

 数学は、2次方程式は完璧。他もまぁまぁ自信あって、最後の確立の問題が心配なくらい。

 

 英語。先生に教えてもらった関係代名詞含め、文法は良いはずだ。だけど、アクセントと発音がちょっと分からなかった。

 

 

 楠木さん含めクラスの子たちと解き直し、見立て70後半~80点。

 

 自然と口元がにやけてしまうような、丸で埋まったノートを見て俺はガッツポーズをした。

 

 

 俺の出来る事は、全て出来たハズだ。

 そしてこの結果。大丈夫。きっと行けたはずだ。絶対に。

 

 じんわりした安堵と喜びが、うずうずと心の中でわき上がってきていた。

 

 

 

「……んで、こっちは足し算じゃん?だよね?」

 

「そうそうそうそう、最終的に聞かれてるのは『または』奇数だし」

 

「うぉお!だよなぁ!合ってたー!!」

 

「えっ、嘘、本当?……んえ~、さいあくぅ……」

 

「あっ、でもね、ここまでやれてたら部分点貰えると思う!」

 

「ああ確かに!」

 

「マジ?んえ~そうじゃなきゃ困るよお」

 

「大丈夫だよ、きっと」

 

 

 

 入学当初からは想像つかないほど、沢山の子に囲まれた楠木さんと目が合う。

 その自信に溢れた顔を見て、俺はニヤリと笑みを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、おつかれ」

 

 

 

 帰りのHRが終わり、今日こそは遊びまくろうとウッキウキで机の上を片付けていると、一昨日・昨日と同じように声が掛かった。

 

 目の端に移るデカい指定カバンを一瞥して、俺は顔も上げずに答える。

 

 

 

「おめーこそおつかれ。今日も部活行けねぇの?」

 

「行けないっていうか『来んな』だってさ。

 

っはぁーあ……全然治んねぇよぉ赤坂ぁ」

 

「こけたのが悪いんだろ、バカ川」

 

「あー、ひでぇ!」

 

 

 

 アハハ、と掃除やら何やらで騒がしいクラスに干からびた笑いが消えていく。

 

 さすがに申し訳なくなって、俺は顔を上げた。

 横を見てやると、男の俺でも分かる整った顔に、うっすらクマを浮かばせた笑顔が立っていた。

 

 

 

「お前……」

 

「あ、ねぇねぇ健人くん!今日ヒマ!?」

 

 

 

 クソ。

 わざわざ気使ってやったのに、このバカ川は別で話しかけてきた女子達と話し始める。

 

 

 

「や~、まだ足微妙だからごめん!また今度ね」

 

「ええぇ~、いいじゃーん。あたしらで支えてあげるからさ!」

「ね、ミオ!」

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

「あはは、でもごめん。医者から安静にって言われててさ。ごめん、この通り!また今度誘って」

 

「え~、そっかぁ~」

 

「んじゃぁまた今度ね~」

 

 

 

 別クラスの子たちも混じった女子グループは、キャピキャピ話しながら去って行く。

 

 こいつめ、何がモテないだ。

 

 と、引きずっている右足を小突いてやりたい気持ちに駆られながら、俺は優しく話しかけてやった。

 

 

 

「んで、何?お前も冬休み明けテストの確認してぇの?」

 

 

 

 もちろん、そんなカンジじゃないのは分かっている。また空っぽの笑顔で口から音を出している那賀川を、俺はどこか怖がりながら答えを待った。

 

 

 

「いやー?お前も楠木さんも頑張ってたからさ、ちょっと見に来ただけ。んで、どうだったん?出来はさ」

 

「え~?めーーっちゃいいカンジ」

 

「お、マジ?いい感じじゃん、さっすがー」

 

「まあな?」

 

「あ……、那賀川、くん!今日はどうかしたの?」

 

 

 

 はぁ、待ってたんだぞ楠木さん。

 

 もう女子の視線なんか気にせず、緊張しながらでも那賀川に話しかける目の前の彼女に、俺は心の中で拝み倒した。

 

 楠木さんが来て、那賀川のスカスカの笑顔がちょっと柔らかくなる。

 

 

 

「んー、赤坂にテストどうだったって聞いてただけ。楠木さんはどう?」

 

「わっ、私?……ふふ、実はね、すごい良くできちゃった」

 

「おっ、二人揃っていい感じじゃーん」

 

「あ……でしょでしょ?英語のね…………」

 

 

 

 那賀川の相手は楠木さんに任せ、俺はプリントだらけのファイルをリュックに押し込んだ。

 

 

 ……気持ち悪い。

 いや。気味が悪い、か?

 

 

 那賀川の様子がおかしい。

 

 テスト前日、那賀川変だなーとは思っていたけど、本人が言ってたとおり『ちょっと沈んで』いたんだろうなとか思っていた。

 

 だけど、那賀川は昨日もテストが終わってすぐに話しかけてきた。

 

 間中やバスケ部の仲間や、その他仲良いクラスメイトたちを素通りして、俺らの所へ。

 

 

 そして今日。このありさま。

 

 俺でも分かるくらい空元気な笑顔に、若干やつれた顔。

 何より、『テストどうだった』ってお前。

 さっき昼休みに俺たちが大騒ぎしてたとき、こっち見てたよな?

 俺と目ぇ合ったよな?俺結構ビビったんだからな。

 

 いやこれ……なんだこれ?

 昨日のテストの何よりも、今の那賀川の動向の方が難問だ。

 何もかもが目的がはっきりしなくて、気味が悪い。

 

 そしてこの気味の悪さが、楠木さんが来ると和らぐのが一番に怖かった。

 

 

 

「……ね、赤坂くん!……赤坂くん?」

 

「ぇ、あ、あぁ何?」

 

「ちゃんと聞いててってば。那賀川くんが、い、一緒に帰ろうだって!」

 

「よろしく~」

 

「……え゛」

 

 

 

 キャーっと嬉しさを滲ませる楠木さんとは真逆に、俺は心の中でギャーっと叫んだ。

 え、マジで言ってる?今のこいつと?一緒に?

 

 

 

「あぁぁ~……まぁ~?、どうしてもってんならいいけどぉ~……?」

 

「やった……!」

 

「やりぃ!ありがとな、赤坂!!」

 

 

 

 どう見ても笑顔の仮面を被っているようにしか見えない那賀川に、俺は引きつらないように精一杯爽やかに笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え。

 どうする。

 どうする?

 

 頭抱えたいのを押さえ込み、俺は2人と仲良く自転車を押していく。もちろん、足を引きずり気味な那賀川のスピードに合わせて。

 

 いや、どうするもなにも、那賀川の好きなようにやらせれば良いんだけど。

 ただ、クラスの人気者で、俺のダチが好きな人が、下校についてくるだけ。

 それだけ。

 

 

 

「にしても怖ぇだろおぉ……」

 

 

 

 さすがの困惑が口から逃げていく。

 俺の独り言は聞こえてないのか、二人は足並み揃えてゆっくり歩きながら話していた。

 

 

 

「一緒に帰るって言っても、足は大丈夫なの?」

 

「あー、歩いてるとちょっと痛いけど、自転車に乗れば全然。結構楽なんだよ」

 

「へぇ、そうなんだね。なら良かった……。無理したらダメだよ?」

 

「分かってるよ。はは、心配してくれてありがとな」

 

「えっ、あ……う、うん……」

 

 

 

 この会話、気兼ねなく聞きたかった。

 

 俺のアドバイス通り、そして自分の目標通り、必死に話しかける楠木さん。

 いいカンジの会話をして、顔を赤らめる楠木さん。

 

 隣でニヤニヤしながら聞いていたかった。

 なんなら片端から茶化してからかいたかった。

 

 

 でも隣の相手が何か気味悪い分、素直に聞いてられない。俺これマジでどうしてたら良いのさ。

 

 

 

「あ、どうせならさ、どっかいかない?オレ普段部活ばっかりだしさ、せっかく早く帰れるなら遊びたいな。あったかくて、あんま動かない所で」

 

「わっ、あ、うん!行きたい!行こう!!せっかくだもんね!いいよね赤坂くん!」

 

「あ……ははは。……うん、いーんじゃねぇ」

 

「やった、じゃあ決まりー。楠木さん、どこ行きたい?」

 

「えっ、うーん……そうだね……」

 

 

 

 いや、ダメだ。しっかりしろ赤坂透。

 せっかく上手くいってるんだ。俺の心配で潰してどうする。すげぇいいカンジなんだぞ。

 

 

 知らない間にカラオケに行くことが決まり、それに曖昧に返事をしながら、俺は覚悟を決めた。

 

 大丈夫だ。

 

 なんか楠木さんに嫌な事してるとかじゃないし、むしろ仲が進展してる。

 もし変なことしようものなら、俺が止めれば良い。

 何も無いなら、それでよし。

 

 

 

「ほーら、決まったんなら行くぞ!那賀川、遅れたら置いてくからな!」

 

 

 

 心配を吹き飛ばすように、俺は声を張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳が痛くなるほど寒い風を自転車で突っ切り15分、ようやく駅前のカラオケについた俺たちは、店内のよく効いた暖房にほっと息をついた。

 

 あったかい所でのんびり遊びたいのは皆同じなのか、受付には高校生のグループが結構いた。

 

 

 

「で、何時間?フリー行けるって」

 

「せっかくだしオレフリータイムがいいな。お年玉残ってるし」

 

「私も!沢山歌おう!」

 

 

 

 テストの出来の良さ&好きな人とカラオケで完全にハイになった楠木さんは、小さくひょこひょこ跳ねながら答える。

 大ぶりのコートとマフラーで、余計子供っぽい。

 

 

 

「ガーキ」

 

「うるさーい」

 

 

 

 だって嬉しいんだもん、と顔を寄せてささやかれる。

 そんなに嬉しそうな顔で言われたら、俺は何にも言えなくなる。

 

 はいはい仰せの通りに楠木さん。この最大のチャンスをまたサポートしてやろうじゃないか。

 

 なんてったって俺は今日、お前と同じで気分が良い。

 

 

 

「はい楠木さんマイク持って。ほら、貸せよ那賀川。2階だって」

 

 

 

 張り切った俺は、那賀川の荷物持ちから音量の調整、ついでに二人の上着をハンガーに掛けてやり、しまいには部屋に二人残して全員分のドリンクを取りに行ってやった。

 

 

 

「で、どうすっかね……」

 

 

 

 コーラ3人分を注ぎながら、宙を扇ぐ。

 

 正直、妙に急接近してきた那賀川と楠木さんをあの狭い部屋に二人きりにした時点で、もう十分いいカンジな気がする。

 

 とはいえ、何か様子変な男子と女子を一緒にしておくのもまずい気がする。

 

 うーん、何させよう。二人でデュエットでも歌わせるか……。

 

 

 

「『……一人、ただ星を見て……』」

 

「赤坂!すごいな楠木さんめちゃくちゃ上手いじゃん!!」

 

「そ、そんなことないよ……」

 

「あー……だろ?」

 

 

 

 いや、思ってたよりなんとかなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 那賀川は格別上手いって訳じゃないけど、皆が歌える曲を盛り上げて歌うのが得意だった。

 SNSでバズってる曲、話題のCMソングに、ドラマ・映画の主題歌、なんど昔懐かしいアニメソングと、幅広く有名所を入れ、俺も楠木さんも一緒になって歌った。

 

 俺たちに流されて本人もノリノリになっていき、足痛いくせに勢いよく立ち上がって絶叫が響き渡ったのには笑った。

 

 

 

「え、楠木さん『とびら開けて』歌う?マジ?オレも一緒に歌って良い?」

「……! うん。一緒に歌お」

 

 

 

 そんな誘いをさらっと言う那賀川。

 そして、それにはにかみながら答えたその嬉しそうな楠木さんの顔は忘れられない。

 

 映画の映像をバックに、二人は交互にそして声を揃えて歌った。

 タイミングを合わせるために、何度も視線がかち合う。映像の中の二人が笑えば、二人も顔を見合わせて笑った。

 

 気が付けば、那賀川の笑顔はすっかり普段通りに戻ってきていた。

 

 

 

「はぁ~~~~っッッ……!!」

 

 

 

 そんなこんなですっかり2時間が過ぎ、那賀川は足を引きずりながらトイレに行った。

 那賀川の姿が見えなくなるなり、楠木さんは声にならない声を上げながら机に突っ伏した。

 

 

 

「……で、どーう?楠木さん」

 

「……明日、私死んじゃうのかも…………」

 

「なんだよそれ」

 

「だ、だってさ!!」

 

 

 

 今度は勢いよく顔を上げ、机を叩く。

 

 

 

「テストの勉強頑張って、それですっごい上手く行ったんだよ!目標決めて、赤坂くんと頑張ってきて、それでちゃんと結果が出たの!

 

それだけでも嬉しいのに、最近は那賀川と沢山話せてさ?特に今日は……!

 

今日は……」

 

 

 

 興奮した様子でまくし立てた後、さっきの記憶が脳内再生されたのか楠木さんはまた押し黙って顔を手で覆った。

 うう、ああ、とうめいてようやく言葉を絞り出す。

 

 

 

「……ほんと……すごいなぁ……!」

 

 

 

 ぽふんと座り込んだ隣に、によによと崩れた笑顔が見える。

 

 それを見ていると、何だか俺も満たされるようで、何も食べてないのに腹いっぱいの気分だった。

 まあ落ち着けよ、と肩に手を伸ばす。

 

 

 

「やっぱり………好きだなぁ………」

 

「…………」

 

 

 

 手が止まった。

 あまりに完璧な安心と幸せに影が落ちる。

 

 那賀川のあの様子。異様な急接近に、空元気。

 そしてこの前の『お前に悪い』………。

 

 

 本当に那賀川は楠木さんが好きになったのかもしれない。

 俺も好きだって勘違いしてるから『お前に悪い』なんて言って、捻挫で部活がなくなったことを良いことにアプローチを掛けてきた。

 

 きっとそう。

 たぶんそう。

 そう考えた方が辻褄良く丸く収まるし、皆幸せだ。

 

 

 でも。だけど。

 

 

 

「………ねぇ」

 

 

 

 俺の何かが引っかかる。同性ゆえの何かが、那賀川がおかしいと告げていた。

 

 テストも終わった。結果も良い。後は告白だけ。

 だから、今なら──今こそ、伝えるべきじゃないのか。

 

 

 

「楠木さ」

 

「ただいま。あれ、曲入れてないの?」

 

 

 

 扉が開くとともに、楠木さんは飛び上がって身体を起こす。

 

 

 

「お、おかえり!那賀川くん、歌う?」

 

「や~、ちょっと休憩!喉痛い!」

 

 

 

 髪を手ぐしで直しながら、楠木さんは頬を上気させて話しかける。那賀川だって、陰りなんか一片も見せずに笑っていた。

 

 宙をさまよっていた手はゆっくり墜落していった。

 

 

 

「ごめん赤坂くん、さっき呼んだ?」

 

「あ、……いや、飲み物取ってくるって話!那賀川、お前も何がいいよ?」

 

 

 

 結局、俺は何も言えないまま、二人を残して部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんか、赤坂ばっかりパシらせて申し訳ないな」

 

「あはは……ほんとだねー」

 

 

 

 赤坂くんが出て行った扉が閉まり、私は軽くパニックになりながら返事をした。

 

 

 今までにないほど二人でお話しできて、一緒に『とびら開けて』なんか歌っちゃったりして。

 自分でも信じられないくらい仲が進展して、そこでまた二人きり。

 

 自分じゃどうしようもないほど脈拍が上がって緊張して、せめて俯かないようにするのが精一杯だった。

 

 

 那賀川くんも歌って疲れたのか、ソファに身体をもたれてゆっくり息を吐いてる。

 それすら全部がかっこいいな、と見とれながら、私は黙ってしまう。

 

 

 だめだめ、きっとこんなチャンスは二度とない。

 赤坂くんだって、わざわざ理由を付けてまた二人きりにしてくれた。

 

 何か話さなきゃ。もっと私のこと、知ってもらわなきゃ。

 

 

 テレビから『盛り上がってますかー?』なんて煽りみたいな音声が流れて、私はようやく意を決して顔を上げた。

 

 

 

「………ぁ」

 

「……。っ、ははは!」

 

 

 

 ──目が合った。

 

 さっきの小さな勇気が吹き飛んで絶句した私を見て、那賀川くんは快活に笑う。

 しょうがないなぁ、って笑顔で那賀川くんはゆっくり立ち上がって。

 

 

 

「ぇ………ぁ………!」

 

「よっと」

 

 

 

 私の隣に、座った。

 

 

 

「もう、ちょっとは慣れてよ」

 

 

 

 机に頬杖をついて、にこっと笑う那賀川くん。慣れるなんてできっこない。

 笑顔を見るだけで、私は息だってできなくなるのに。

 

 

 

「ご………ごめん、き、きん、ちょう、しやすくて」

 

「あはは、まぁ、楠木さんそういう子なのは分かってるからさ。謝んないで」

 

「う……、うん」

 

 

 

 怖いくらいの優しさと距離に口が渇く。

 空っぽのコップに残ってる数滴の水を飲んでも、全く治る気配がない。

 

 コップを置いた震える手のまま、テーブルの上のタブレットを取る。

 

 

 

「えっ、あっ、えーっと、何か曲……入れる?」

 

 

 

 上下にぐるぐる回る画面に苦戦しながら、曲を探す。きっとどっちかか歌えば、この距離の近さも気分もどうにかなるはず。

 

 

 

「えー、じゃあまた一緒に歌う?」

 

 

 

 ってなんでよ!

 隣から指が伸びてきて、勝手に「デュエット」ジャンルをめくっていく。

 

 

 

「うーん、オレが知ってる曲少ないな………」

 

 

 

 肩にぐっと重みが乗る。

 私のとは違う柔軟剤の匂いが香る。

 タブレットを持つ私の手に暖かい掌が触れる。

 

 

 

「あー、これなら……、いや2番分かんないわ」

 

「…………」

 

 

 

 少しずつこの近さに慣れてきて、私はそっと息をついた。

 

 もしかして……今ならいいのかな。

 身の程知らずが、勘違いしていいのかな。

 もしそうなら、今日だけはこんな幻想を持っても良いなら、ちょっとだけ。

 本当に、ちょっとだけ……。

 

 

 目を閉じて──私の肩に触れている、ずっとずっとたくましい肩に、そっと頭を乗せた。

 

 

 ……那賀川くんの動きが一瞬だけ止まる。

 

 ああやっぱりイヤだったかな。

 目を開けられないまま動けずにいると、那賀川くんの腕が動いた。

 

 うるさかった番組の音が消えて、しんと静かになる。那賀川くんが何か曲を入れたらしい。

 

 

 

「……オレさ」

 

 

 

 目を開けて身体を起こす。視界いっぱいにマイクを持った那賀川くんが笑っている。

 恥ずかしくて、目を合わせられない。

 奥で画面に『ホール・ニューワールド』が映っている。

 

 

 

「楠木さんといると、すごい安心するよ」

 

「え……」

 

 

 

 マイクを持っていない方の那賀川くんの腕が動く。

 

 私の方へ、私の背中の方へ……。

 

 え、嘘、もしかして、これって──!?

 

 

 

バァン!

 

 

 

 イントロ前の静寂を勢いよく開いた扉の音がかき消した。

 こんな入り方してくるのなんて一人しか思い当たらなくて、私は勢い良く身を引いた。

 

 

 

「よーぉ何入れたぁ!?お茶持ってきてやったけどぉ!?」

 

 

 

 お盆にティーカップを3つ乗せて、足で開けたらしく片足で立っている赤坂くんが、ちょっと固い笑顔で立っていた。

 

 

 

「おー、サンキュー」

 

「あああ赤坂くん……!?」

 

 

 

 さらっと何でもなかったようにお礼を言う那賀川くんと違って、私はマイクを振り回して慌てふためく。

 

 未だに表情が硬いままの赤坂くんと目が合う。

 

 お互いなんとも言えない雰囲気が流れた。ついでに聞き慣れたイントロも流れてくる。

 

 

 

「楠木さん、始まるけど……」

 

「えっ!?あっ、わっ、あ、赤坂くん!!赤坂くんが歌って!!!!」

 

「は?」

 

 

 

 お盆を置いたばかりの手に、マイクをぐいぐい押しつける。

 

 

 

「ちょちょちょちょちょ何急に」

 

「歌詞分かんないから!!代わりに歌って!!」

 

「え?はぁ~?」

 

「あ、始まった」

 

「は?ちょ、分かった!分かったから!歌うって!って俺がジャスミンの方!?」

 

 

 

 逃げるマイクをどうにか捕まえた赤坂くんと、平然と笑っている那賀川くんのデュエットを聞きながら、私は持ってきてくれた紅茶を飲む。

 

 ぬるくて味の分からないそれを、私は緩む口元を隠すように飲み下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで俺が席を離れていた時間なんてなかったみたいに、カラオケはさっきまでと同じように進んだ。

 

 すっかり冷えた紅茶は渋い。

 目の前で何事もなかったように──いや、それにしては変なテンションで談笑するお二人──を、俺はぼーっとバラードを歌いながら眺める。

 

 

 お互いチラチラと俺の方を見てくる。

 へーへー、邪魔してすみませんでした。

 

 でもあんなの、邪魔するしかないだろ。らんらんと目を輝かせてる楠木さんには後で説明するとして……こっちを見てきた那賀川にスッとガンを飛ばした。

 

 

 いかにフリータイム、平日といえどそうそう長居はできず、3時間を越えて30分も過ぎないうちに電話が掛かってきた。

 

 喉が限界を迎えかけていた俺たちは二つ返事で了承し、帰りの支度をし始めた。

 楠木さんはトイレに駆けていき、俺は念願叶って那賀川と二人きりになった。

 

 

 

「……お前、何してんの?」

 

「……見てたか」

 

 

 

 那賀川は苦笑するような、諦めたような声で言った。

 

 見てたか、じゃねぇよ。

 さっきドア越しに目が合ってたろ。

 

 それを無視して楠木さんに手を伸ばしたのも、見ていた。

 

 

 

「なぁ」

 

 

 

 背を向けて上着を着ながら声を掛ける。努めて冷静に、だけどさすがに怒りが混ざる。

 

 

 

「お前が何か調子悪いのは分かるけどさ、楠木さんに変なことすんなよ。女子に頼りたくなるのも、まぁ分かるけど。

 

なんか……ほら。もっとあるだろ?順序ってもんが……」

 

 

 

 何かバシッと言ってやりたかったのに、俺も言葉が濁る。

 

 那賀川が楠木さんに迫って、なんか悪かったっけ?

 

 でも、今の那賀川みたいに妙な雰囲気のヤツが、女子に迫っていいもんなのか?

 

 

 だってこいつ、絶対に楠木さんの好意に気づいてる。あんなにモテてるヤツが、あんな分かりやすい楠木さんの様子で感づかない訳がない。

 

 

 

「……赤坂」

 

 

 

 口ごもる俺に、背後から声が掛かる。

 その声の虚ろさに、俺はやっと振り返った。

 

 

 

「ほんとオレ、何やってんだろうな……」

 

「……」

 

 

 

 画面の光で逆光になって、表情がよく見えない。

 でもさっきの教室なんか比べものにならないくらい空っぽの笑顔をしているのは分かった。

 

 

 

「ただいま!!じゃ、帰ろっか!」

 

 

 

 異様にテンションの高い楠木さんが、ドアを壊す勢いで入ってくる。

 

 その明る過ぎる笑顔を遠い目で眺める那賀川に、俺はもう頭がパンクしそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、楽しかったなぁカラオケ!平日にこんな時間まで遊んだの久しぶりだわ」

 

「うん!私も楽しかった。また来たいね」

 

「そうだなぁ。また誘ってもいい?」

 

「うん!!!一緒に行こう!」

 

 

 

 ジャケットを脱ぎ捨てたい程汗をかきつつ、反面身体が冷えていくのを感じながら、手を振って那賀川と分かれる。

 隣の楠木さんは手がちぎれんばかりに手を振り、ぴょんぴょんと跳びはねていた。

 

 繁華街の夜闇に那賀川に姿が見えなくなるまで、楠木さんはずっとそうしていた。

 

 

 

「ふふふ……あっはは!はー!」

 

 

 

 息切れしながら、楠木さんは笑っている。強く息を吐いて、染まった頬を手で覆う。

 

 

 

「ねぇ、楠木さ」

 

「すごいね赤坂くん!」

 

「え」

 

 

 

 声を掛けようとした手は、また宙をさまよう。目を輝かせた楠木さんと、目が合う。

 

 

 

「赤坂くんのアドバイス通りにしたら、なにもかも上手くいっちゃった!勉強も恋愛も、こんなに成功してる!こんなに上手く行く人生なんて初めて!」

 

 

 

 輝く、なんてもんじゃない。ギラギラとドぎつく光る目は、怖いほどだった。

 目の前のこの子は誰だろう。

 そう思うくらいに、今の楠木さんは異様だった。

 

 

 

「うふふ、ふふ、絶対告白も上手く行くよ。絶対に。私の初恋、絶対成功するの。赤坂くんが手伝ってくれたおかげだよ!」

 

 

 

 ……ああ、そうか、やらかしたのか。

 

 この子の初恋を成功させようと思うばかり、俺は何かをどこかで間違った。

 

 

 

「ありがとう、赤坂くん」

 

 

 

 " 失敗 "した。

 そして俺は結局、この肥大化した楠木さんの恋心をへし折る言葉も、勇気も、何もかもがなかった。

 

 

 

「……うん」

 

 

 

 俺はこの笑顔に、何も言えない。

 

 

 雪がちらつく夜に、バレンタインは刻一刻と迫っていた。

 










いよいよ一年生編クライマックスへ近づいていきます。
どうぞ共にお付き合い下さい。
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