俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

30 / 61
第28話 思いよ届け(前)  ~ビター~

 バレンタインに送るお菓子には意味があるらしい。

 

 

 チョコレートは、普通に『好き』。

 

 クッキーは、『友達』。

 

 マカロンは、『あなたは特別な人』

 

 マシュマロは、『嫌い』。

 

 

 他にも色んなお菓子に色んな意味があって、見ているだけでワクワクした。

 

 マカロンやキャンディの意味なんて素敵、って思ったけど、私が『作って』、そして『学校で渡す』となるとやっぱり種類は限られる。

 

 飴細工なんかできないし那賀川くんを食中毒にしちゃうなんてのは絶対に避けたいし、私は大人しく焼き菓子を作ることにしていた。

 

 

 

「え、これ何……プードル?犬?」

 

 

 

 雑巾みたいなつまみ方をする赤坂くんに吹き出して、アーモンドプードルを受け取る。

 

 

 

「違うよー、『プードル』は『粉』って意味。アーモンドパウダーのこと」

「へぇ。……何に使うんそんなん」

 

 

 

 粉砂糖を見比べながら、いぶかしげな赤坂くんの質問に答えてあげる。

 

 

「色々だよ。今回はクッキーに混ぜるけど、パウンドケーキとかマドレーヌみたいな焼き菓子に入れることが多いかな。

 

あ!有名なのはマカロンだね。メレンゲにアーモンドプードルと粉砂糖を混ぜて焼くの。

 

そうそう。ふっふふ、美香ちゃんね、太田くんにマカロン作るんだって!」

 

「……は?で?」

 

 

 

 赤坂くんはまた訳の分からなそうな顔をする。こういう話は興味がなさそうだし、やっぱり聞いてなかったみたい。

 

 

 

「もう、さっき話したでしょ。『特別な人』って意味!」

 

「え。あぁ~!え、めっちゃアピるじゃん」

 

「でしょ~?言ってないけど、美香ちゃん絶対渡して告白するよ!」

 

 

 

 この前の年末、一緒にライブに行ってかなり距離を縮めた美香ちゃんは今回で勝負をかけるつもりらしい。

 私も相談に乗ってもらったこともあって、今は二人で励まし合いながらバレンタインの準備をしている。

 

 

 

「……でもさぁ」

 

「?」

 

「歩夢のヤツぜっってぇそーいうの気づかねぇと思うんだけど」

 

「あ。……で、でも!こういうのはやっぱり気持ちだから!美香ちゃんの気持ちが乗ってるんだから大丈夫!」

 

 

 

 量が多い方の粉砂糖をカゴに入れて、今度は乳製品コーナーに行く。

 

 クッキーは本当に沢山バターを使うから、さすがにお家に置いてあるのを使う気にはなれない。

 とはいえ、お母さんでさえ高いとためらうものは、私とってはとんでもない高級品だった。

 

 

 

「うう……高ぁ……」

 

「マーガリンでいいんじゃねーの?」

 

「あー、うん。それも……、でもなぁ……」

 

 

 

 クッキーを渡すのは、お父さんとお母さん、田中ちゃんに、谷上ちゃん、麗ちゃん、美香ちゃん、茜ちゃん、赤坂くんに那賀川くん。

 それから、予定のない子から貰ったとき用にお返しで何人分か。

 

 

 10人前以上のクッキーを作るには、バター一箱だと心許ない。

 だからマーガリンにしちゃうのもアリといえばアリ。

 

 後でチョコレートでコーティングするんだし、あんまりバターの風味が強いとチョコレートの邪魔になるかもしれない。

 

 でも、バターをたっぷり使ったクッキーはやっぱりおいしいし、それに今回は……。

 

 

 

「……いや、ダメ!やっぱりこっち!」

 

「おぉ~行くねぇ」

 

 

 

 バター二箱を断腸の思いでカゴに突っ込むと、赤坂くんが全く関心の無さそうな声で拍手をした。

 

 

 

「そんな変わるか~?」

 

「変わるよー!そんなこと言うと、赤坂くんの分だけマーガリンにしちゃうよ」

 

「へーえ?俺にもくれるんだ」

 

「うん、楽しみにしててね。それに、私があげないと赤坂くん貰えなさそうだもん」

 

「あんだとコラ」

 

 

 

 なんて、レジに並びながらからかうと赤坂くんはホントにドスの利いた声で凄む。

 

 だけど会計中チラッと横目で見てみると、機嫌良さそうにうっすら口元が笑っていた。

 こういうところ、赤坂くんの面白い所だ。

 

「よし、今度は100均に行くよ」

 

「はぁ~?まだ買うのかよ?」

 

「そ、まだまだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、すげぇ荷物だな」

 

「あはは……買いすぎちゃったね」

 

 

 

 退勤に重なって混んだ電車に揺られながら、私はエコバッグの中を確認する。

 

 

 ビターとホワイトの板チョコが合わせて五枚、小麦粉が一袋、アーモンドプードルに、バター二箱。

 ここまでがスーパーで買ったもの。

 

 それから100均で買ったチョコペン2色に、ココアパウダー、ベーキングパウダー、混ぜ込んだり乗せたりするナッツ等々。

 最後にラッピング用の袋。

 

 お財布がかなり軽くなった実感もあって、エコバッグは2倍重く感じた。

 

 

 

「だって、今のうちに買っておかないと行けないもん」

 

「まーさかバレンタインがテストにだだ被りだとは思ってなかったよなー」

 

「ね?困っちゃう」

 

 

 

 エコバッグの一番上にシワにならないように置いた赤い袋を見つめる。

 皆用の水色の袋と違って、一枚100円の少し良いやつ。

 那賀川くんにあげる用のもの。

 

 

 クラスの色んな子に聞いたけど、皆テスト最終日にお菓子を渡す予定らしい。

 皆なんだかんだ言って1年最後のテストには集中したくて、どうやら渡すのはちょっと後になりそうだった。

 

 

 

「んーな顔しなくてもチョコも那賀川も逃げねぇって」

「そうだけど」

 

 

 

 飴を舐めながら、赤坂くんはぶっきらぼうに、慰めるように袋を差し出してくれる。

 レモン味のそれを口に入れると、酸味なんか一片もない甘さが口の中に広がった。

 今はそれこそ口がすぼまるくらい酸っぱいのが良かったのに。

 

 冬休み明けテストで良さそうな結果を残し、浮かれていた私に配られたのは3学期期末テストの日程を知らせるプリントだった。

 

 

 

「はーぁ……」

 

 

 

 ショックを吹き飛ばしてくれるわけでもない甘ったるい飴を転がして、レモン味のため息が逃げていく。

 あんなに前々から決めていたのに、決心していたのに、何だか不穏だった。

 

 

 早く思いを伝えてしまいたい。

 

 教室で姿を見かける度、空の机を見る度、寝る前天井を見る度、その思いが溢れて溺れてしまいそうになるから。

 私はこのために生まれてきた、いっそ死んでしまえる、そう思えるくらい、私は那賀川くんの事が好きだから。

 

 

 前に回したリュックを抱きしめる。荒い布地と硬い教科書が返事をくれる。

 これが那賀川くんだったらな。

 いつか那賀川くんにもこうしたい。この前は応えてあげられなかったから。

 

 腕に力がこもって、口角が上を向く。

 だって、こうしたい気持ちって、きっとそういうことだ。

 

 ああ、那賀川くんはどれくらい私の事が好きなのかな。

 伝えたくて、知りたくて、堪らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、Ⅱクラス希望してた人には期末が終わってから結果を伝えるからな。

 

まぁ大方決まってはいるんだが、だからってこの期末が悪いと変わる可能性も、無きにしも非ず。

 

1年生最後の定期テストだ、良い機会だと思って頑張れよ!はい号令!」

 

 

 

 礼をした途端バッと音が広がる中、私はぼーっとしたまま突っ立っていた。しばらくすると、見慣れた茶髪が私の前で手を振ってきた。

 

 

 

「なーにぼーっとしてんだよ」

 

「あ……うん。やっぱりテストも頑張らなきゃなーって」

 

「そりゃそうだろ、最後だぜ?いわば俺らの集大成。こっちもちゃーんとやれよ楠木さん?」

 

「分かってるってば」

 

 

 

 赤坂くんがからかうように目を細める。

 あーもう、その通り、ちょっと手を抜いてお菓子の準備をしようとしてましたってば。

 

 

 でもやっぱり、そういうわけにはいかないみたい。私は大人しく使いそうな教科書をカバンに詰め直した。

 

 2週間前からテストに向けた勉強をする、というのはさすがにもう手慣れたもので、自分の苦手をピックアップしたり、その練習問題を解いたりは嫌じゃなくなっていた。

 空き教室や図書館で赤坂くんや、時々田中ちゃんたち、片岡くん、最近仲良くなった岡崎くんや神田さんとお話ししながら勉強するのは、むしろ楽しいくらい。

 

 でも、ここに那賀川くんがいてくれたら……なんて、何回も思っちゃうのは許して欲しい。

 

 

 

「はぁ……」

 

「あー、またため息ついたー!幸せ逃げちゃうよー?」

 

「え?うそ」

 

「ついてたわ。わざとらしい位に」

 

「え~?」

 

「やだ楠木さん、どうかしたの?」

 

「そりゃあ~……」

 

「ちょっと!」

 

「あれよね」

 

「もう!」

 

 

 

 テスト四日前。

 今日は珍しく女の子だけの高い笑い声だけが響く。

 

 赤坂くん、……ついでに岡崎くんも、片岡くん達に誘われてファミレス勉強会に行っちゃった。

 『ぜってぇ勉強しねぇ』ってぼやいてたけど、すっかり楽しんでくるに違いない。

 

 というわけで1-8の一角を占領して、私たち女子は勉強と共にガールズトークに花を咲かせていた。

 

 

 

「ええ~、気になるって!教えてよ!何?好きな人?恋煩い?」

 

「んえぇ~?」

 

 

 

 結構ぐいぐい来るようになった神田さんにちょっとビビりながら、でもそうやって聞いてくれるのが嬉しくもあって、私はイヤイヤ首を振りながらニヨニヨと笑ってしまっていた。

 

 

 

「そうよ。その子、絶賛恋煩い中」

 

「えぇ~!?うそ~、だれだれ?」

 

「那賀川健人」

 

 

 

 田中ちゃんが鬱陶しそうにおかっぱの髪を振り払って、引っ張りもせずさっさとバラしてしまう。

 

 神田さんは目をまあるく見開いて、ふっくらした頬を手で覆った。

 

 

 

「ぅそぉ~!?」

 

 

 

 子音しか聞こえないくらいかすれた小さな声でぴょんぴょんと跳ね、きゃあきゃあ言った後、

 

 

 

「すっごい意外~」

 

 

 

なんて、ちょっと失礼なことを言った。谷中ちゃんと田中ちゃんが同時に吹き出す。

 

 

 

「え、え、え~?なんでなんで~?聞かせて楠木さん!いつ?どこで?何がきっかけ?」

 

 

 

 余計にぐいぐい来た神田さんに、私はうずうずとこそばゆい嬉しさを噛みしめながら、仕方ない体を装って話した。

 

 

 いつ意識するようになったのか、いつ好きだと気が付いたのか、その後私を意識して貰うためにどんなことをしたのか、色々。

 皆のテンポの良い相づちに引かれて、話し終わる頃にはすっかり外は真っ暗になっていた。

 

 

 

「へぇ~、そっか、なるほど……ふむふむ……?でも、やっぱり意外だなぁ。

 

だって」

 

 

 

 神田さんは緩んだ顔のまま、理科のワークに丸を付ける。

 多分お決まりの言葉だろうな、って思ったら、やっぱり「赤坂くんだと思ってたもん」ときた。

 

 

 

「まぁそう思っちゃうよね~。あたしも最初そうだと思ってた。すごーい仲良さそうだったもん」

 

 

 

 谷中ちゃんはくせ毛をくるくると弄びながら、教科書を閉じる。もうやる気は無いみたい。

 

 

 

「そう?わたしは赤坂くんに世話を焼かれてるだけに見えたけど」

 

「あっはは、そーだねー。後で話聞いたらそんな感じだったから、びっくりしたなぁ~」

 

「赤坂くんって色々意外だよね。お勉強もするし料理もできるし世話焼きだし」

 

「意外性の塊よね、彼」

 

「ギャップだねぇ~」

 

「萌えないけどね~」

 

「はは……」

 

 

 

 知らないうちにしっちゃかめっちゃか言われてる赤坂くんに、心の中で謝っておく。

 

 

 田中ちゃんたちに、赤坂くんは皆が思ってるような人じゃないなんて熱弁したのももう半年以上前だ。

 

 1学期初めての中間テストの前、赤坂くんが気分転換に散歩に出かけたとき二人は私の所に来た。

 聞くと、前々からクラスの輪に溶け込めて無さそうで心配して、声を掛けてくれたらしい。

 

 あんな怖そうな赤坂くんと一緒にいるの何で?とも聞かれて、私は必死にそんな怖い人じゃないって弁解しようとしたんだっけ。

 

 

 

「まぁ、確かに好きになっちゃうのは那賀川くんだよね~。明るいし優しいしイケメンだし?」

 

「……ま、顔はね」

 

「あー、でも、那賀川くんって中学の頃ちょっと変な噂聞いたなぁ」

 

「え?」

 

 

 

 顔を上げると、神田さんが漢文のプリントを広げていた。

 思い出すように視線をフラフラさせながら、頬をツンツンペンで叩く。

 

 

 

「あれ?神田ちゃん那賀川くんとおな中だっけ?」

 

「ううん……塾の友達が一緒だっただけ。で、それで。えー、何だっけなぁ。

 

あー、あ!!」

 

 

 

 しばらく顔をしかめた後、神田さんはパッと目を見開いた。

 思い出した、と今度はペンケースをぺちぺち叩きながら声を上げる。

 

 

「確か、そう!すっごい仲が良かった彼女と変な別れ方したー、みたいな話だったはず」

 

 

 

 彼女。

 

 その言葉が溶け出して、心がすっと冷えるような心地がした。

 

 だけどすぐに息をついて、落ち着かせる。なんてことない。

 

 だって、当然のことだ。那賀川くんみたいな素敵な人には、中学時代──なんなら小学校にだってそういう子がいたっておかしくない。

 

 

 

「あら、そんな変なフリ方したの?ちょっと意外」

 

「違う、フラれたの。那賀川くんが」

 

「え?」

 

「校内じゃ知らない人はいないって位仲良し美男美女カップルだったのに、急に別れちゃったんだって」

 

「そりゃまた意外」

 

「理由は?」

 

「えー、妹と彼女の扱いがどうのこうの~って聞いたかな?

 

で、那賀川くんバスケ部のエースでとっても人気が高かったから、何でフった~って、その子がいじめられちゃったとか色々」

 

 

 

 大変だったらしいよ、と他人事の様に、神田さんは昔の私にそっくりな長い髪を結び直す。

 

 

 

「だって楠木ちゃん。気をつけた方がいいね~」

 

「気が早いわね。付き合えるかも分からないのに」

 

「……あはは」

 

「でも、本当だよ楠木さん。ああいうまさに素敵な男の人って感じの人ほど、裏が怖いってお母さん言ってたもの。気をつけてね?

 

うふふ、上手く行くように応援してるね」

 

「うん。ありがとう」

 

 

 

 各々勉強に戻っていった3人を置いて、私はトイレに行った。

 

 暖房のベールに覆われた肌に寒さが突き刺さる。すっかり暗い廊下を一人で歩く。そして冷たい水で手を洗っても、私は全く気にならなかった。

 

 

 鏡の中の自分と目が合う。

 伸びた髪に縁取られた薄い笑みは私じゃないみたい。

 

 冷えた手で髪をまとめ、上に持っていってみる。ポニーテール。夏休み明けから憧れてた髪型。

 今までできなかった、しようとも考えなかった、お話のヒロインみたいなシルエット。

 この姿でテスト明け、那賀川くんにお菓子を渡しに行く。

 

 

 

「……ふふ」

 

 

 

 私が付き合えないなんて、そんなこと絶対にない。

 ましてフりたくなるような、そんな扱いは、那賀川くんは絶対にしない。

 

 だって那賀川くんは、私と一緒にいるとすごい安心するって言ってくれた。

 私を抱きしめようとしてくれた。

 

 これが好きじゃなくって、何だって言うんだろう。

 

 

 幸せな恋愛って、きっとあるものだ。私はその子みたいに、フラれたりなんかしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テストは滞りなく過ぎていった。

 

 漢文の区形には苦労したし、数Aの数の法則はちょっと面倒で、世界史は空欄が何個かできちゃった。

 副教科も微妙、良い出来と素直に言えるようなものじゃない。でも、今はどうだって良い。

 

 

 どこかふんわり甘い匂いが漂うクラスで、私は書き上がった現代文の解答用紙を眺める。

 あと2分もすれば先生が回収を呼びかけて、3学期の期末テストは終わる。

 皆うずうずしながら帰りの会を聞いて、この思いのこもった甘い匂いはそれぞれの所に行くんだ。

 

 今朝他の女の子達が那賀川くんに放課後開いてるか聞いてたけど、もう遅い。

 1週間も前から、私が約束を取り付けてあったんだから。

 

 

 今日13時半に、体育館2階の部活棟側で。二人きり。

 那賀川くんは部室と体育館に荷物を置いてから行くから待ってて欲しいって言われた。

 もう何回も見返したLINEの画面は、目を閉じればすぐに浮かんでくる。

 

 

 

『じゃあ、そこで待ってるね』

 

『了解。楽しみにしてる』

 

 

 

 はぁ、と疲れを全く感じない、むしろ楽しそうな私のため息が消えていく。

 

 いよいよ今日なんだ。

 昨日お菓子を焼いていた時からまるで現実味がない。

 口の中で何度も呟いた告白の言葉をついに面と向かって言うときが来たなんて信じられない。

 

 だからといってそれは重い不安じゃなくて、飛んで行けそうなくらい幸せな、ふわふわした感じだった。

 

 一時間後の光景を空想して目を閉じたとき、チャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、やっと来た」

 

「あはは、ごめん。他の子たちともお菓子交換してて」

 

 

 

 

 放課後。第2棟の4階、外階段の踊り場。

 

 私はこっちに荷物を置いて、告白し終わったらここに戻ってくる手はずだった。

 息を切らしてたどり着くと、赤坂くんがぼーっと下を眺めながら待っていた。

 

 もうすぐ春といってもまだ2月中頃。

 なのにジャケットもブレザーも前を全部開けて、見るからに冷たそうな缶コーラを飲みながら、いつかのように第2グラウンドの野球部を見下ろしている。

 

 

 

「風邪引いちゃうよ?」

 

「俺は平気なんですー」

 

「あれ、食べてくれた?」

 

 

 

 そう聞くと、赤坂くんはニヤッと笑いながらポケットから水色の袋を取り出す。

 朝駅で渡したときのまま、色んな形のクッキーが仲良く収まっている。

 

 

 

「まーだ。これ持ってっとクラスの奴らに自慢できんだよねー」

 

「もう。あんまり日持ちしないよそれ」

 

「わーってるって。帰ったら食うよ。サンキュ」

 

 

 

 荷物を置くと、赤坂くんはようやく私に向き直った。

 さっきのニヤッとは違う、優しい笑顔だった。

 

 そんな顔は慣れてないのか、ちょっと硬いものだったけど。

 

 

 

「いよいよだな」

 

「そうだねぇ」

 

「緊張してねぇの?めっずらしい」

 

「全然?むしろ、とっても落ち着いてるくらい」

 

「ふーん」

 

 

 

 生返事をしたっきり、赤坂くんは黙ってしまう。

 

 変なの、と思いながら、私は那賀川くん用の赤い袋を取り出した。

 皆のとは違って、チョコ味のパウンドケーキが入ったちょっと豪華なやつ。

 クッキーのデコレーションも力が入ってて、自分でも見ても露骨なぐらいだった。

 

 

 

「よし」

 

 

 

 万全を期して運んできたそれは、ヒビも欠けもない。

 

 そっとカバンの上に置いて、後は私。

 

 折りたたみ鏡を覗き込むと、いつもより大分スッキリした私がいた。

 

 頭を振ると、毛先がうなじをくすぐる。谷中ちゃんが貸してくれた薄いピンクのシュシュが可愛い。

 

 

 そうして満足げに笑う私は、今までの人生で一番ってぐらい素敵な私だった。

 ふと視線を感じて、顔を上げる。

 

 

 

「……似合ってるよね?」

 

「まぁ。悪くねーんじゃね」

 

 

 

 素直じゃない褒め方に笑うと、赤坂くんは何故か少し、寂しそうな顔をした。

 

 

「……?」

 

「ほーら、早く行ってこいよ遅刻するぞ」

 

「へ?あ、ホントだ行かなきゃ!!」

 

 

 

 時計を見るともう10分前。急いで立ち上がって、お菓子を抱える。

 シッシッというように手を振っている赤坂くんに声を掛ける。

 

 

 

「じゃあ、行ってくるね!」

 

「おう、いってらっしゃい」

 

 

 

 はやる気持ちのまま、赤坂くんの顔も見ないで階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東雲付属の体育館は第1~3、それに部活棟を加えた4棟に囲われた真ん中にある。

 

 部活棟の奥にテニスコートや弓道場が見えて、私はそれを眺めながら那賀川くんを待っていた。

 なんとなくサーブ練習をしている一人の子を応援してると、目の端に赤い影がちらついた。

 東雲付属の体育着の色。

 

 その方を見ると、予想通り。ここ半年数え切れないくらい見つめてきた姿がこっちに走ってきていた。

 

 

 

「ごめん!遅れた!」

 

「ううん。私も来たばっかりだったから」

 

「や、ホントごめん。皆うるさくってさぁ」

 

 

 

 捲くのに時間掛かっちゃった、と拝むように手を合わせる那賀川くん。

 私はその笑顔だけで何時間だって待てるのに。

 

 

 

「うふふ。来てくれて良かった。……はい、これ。バレンタイン。どうぞ」

 

「おっ、やった!楽しみにしてたんだ」

 

 

 

 私にしか見せないニコッとした笑顔。

 顔をほころばせて、私が作ったお菓子を受け取ってくれる。

 

 

 

「うわ、すご。めちゃくちゃすごい!楠木さんお菓子作りも得意なんだね」

 

「うん。頑張っちゃった」

 

「やった、すげぇ嬉しい!今日貰ったの、楠木さんが一番だよ」

 

「そっか。なら嬉しいな」

 

 

 

 一通り嬉しそうに眺めた那賀川くんと、目が合う。

 

 途端、心臓が跳ね上がる。

 あんなに落ち着いてたのが嘘みたいに鼓動がうるさい。

 

 

 

「そのシュシュ、どうしたの?朝はしてなかったよね」

 

「あ……谷中ちゃんに貸してもらったの」

 

「似合ってるよ。ポニーテールも」

 

「……うん。今日のためにしてきたの」

 

「へぇ」

 

 

 

 どうして?と問いかけるように那賀川くんが首を軽く傾げる。

 そのズルい仕草に、私は大きく息を吸って口を開いた。

 

 

 

「……那賀川くんに告白しようと思って来たから」

 

 

 

 那賀川くんの目が軽く見開かれる。

 その瞳をしっかり見つめると、思いの丈は自然と口を次いで出た。

 

 

 

「私、那賀川くんの事が好き。あの時図書館で助けて貰ったときから、ずっと好き。誰よりあなたのことが好きです」

 

「……」

 

 

 

 少しかさついた、私より大きな手を取る。その温かさに背中を押される。

 

 

 

「私と付き合って下さい」

 

 

 

 冷たい風が二人の頬を打つ。

 期待をそのまま示すように、ポニーテールが大きく揺れる。

 

 那賀川くんはその優しい眼差しで、私を見つめたまま……そっと、手を離した。

 

 

 

「……え」

 

「ありがとう。その気持ち、すごい嬉しい」

 

 

 

 那賀川くんが見たことのない顔で笑う。くしゃりとした、ひどく優しい顔で。

 

 

 

「でも受け取れない」

 

 

 

 嘘、そんな。

 

 

 

「それには応えられない」

 

 

 

 やめて。

 

 

 

「ごめんね」

 

 

 

 いや。

 

 

 思わずイヤイヤと頭を振った私から目を逸らさないで、那賀川くんはあまりにも甘い声で言った。

 

 

 

「ごめん。楠木さんのこと、妹みたいに思ってた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どうして?」

 

 

 

 長い長い沈黙を破ったのは、あまりにも情けない私の声だった。

 

 どうして?

 

 どうしてフッたの?あんなことをしたのに。

 どうして私じゃダメなの?他の人が良いってこと。

 どうして私のことを妹みたいに思うの?本当の妹がいるのに。

 

 なぜ。どうして。

 

 どうしてあなたが、そんなに辛そうな顔をしているの?

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

 那賀川くんは数歩後ずさって、呆然と立ったままの私を見つめる。

 

 

 

「オレさ、ホントは妹とケンカ別れしてて、ずっと会ってない」

 

 

 

 脈絡のない言葉に、私は動けない。

 那賀川くんはまるで練習してきたみたいにスラスラと言葉を継いでいく。

 

 

 

「会いたくないんだってさ。

 

あと、色々……。最近部活も上手く行ってなくて、家もアレでさ。辛くなって、君にすがったんだ」

 

「……え?」

 

「気持ち悪いでしょ?」

 

 

 

 内容がどうでも良くなるくらいの、あんまりに力の無い声。

 笑っているのに、今にも飛び降りそうなその声に、私はこの期に及んでもその手を取った。

 

 

 

「い、いい!それでもいいよ!辛いならそうしてくれたっていい……私、那賀川くんのためなら妹さんの代わりだっていい!

 

だって、それくらい私は……っ!」

 

 

 

 そっと頭を振られて、私の叫び声は消えていく。

 

 

 

「だからダメなんだよ、楠木さん。だから応えられない」

 

 

 

 今日のためにかっちり結んできた頭にさっき取った手が乗せられる。

 頭を撫でられる。くしゃりとした笑顔で。

 

 

 

「ごめんな」

 

「……」

 

 

 

 ああ、そっか。

 テストの答えは分からなかったくせに、今ばかりはその行動の意味が分かった。

 

 この笑顔も、頭を撫でるのも、全部全部妹さんへのもの。

 那賀川くんが大切な妹さんにしてあげてた、したかったこと。

 

 そして私は、その代わり。

 

 

 

「……でも。ねぇ、楠木さん」

 

 

 

 受け止めきれないままの私の手を取って、那賀川くんは私を見つめる。

 その目はずっと同じ。怖いくらいに落ち着いた、水面みたいな瞳。

 

 私が背けられないのを分かって、那賀川くんは言った。

 

 

 

「良かったら、友達になってくれないかな」

 

「え……」

 

「もう妹の代わりになんかしない。すがったりなんかしない。今度はそれ抜きで楠木さんと仲良くしたい。……ダメかな」

 

「…………」

 

 

 

 取られた右手をぼんやり眺める。

 

 

 この人は何を言ってるんだろう。

 

 私、あなたにフラれたばっかりなのに。それも妹の代わり扱いしてたから申し訳ない、なんて、酷い理由で。

 埋め合わせのつもりなの。それもとっても酷いことだよ。分かってるの?

 

 

 顔を上げると、目が合う。

 

 薄く笑みを浮かべて、でも何か寂しそうな、期待するような目で。

 

 この右手を弾いてやりたかった。

 ついでにビンタってやつもして、あげたお菓子もはたき落として踏みつけて走り去って、学校中に言いふらしてやりたい。

 

 

 

「……ふふ」

 

 

 

 なんて──なんて、そうできたらどんなにいいかな。

 

 出来ないもん。那賀川くんのそんな顔を見て、そんなこと出来ないの。きっと、もっと酷いことをされても。

 

 

 

「うん。いいよ」

 

 

 

 だって、私はあなたのことが大好きだから。

 

 

 

「うん……明日からは友達だね」

 

 

 

 せめてもの反抗で手は振りほどく。掌をぎゅっと胸の前で結んで、必死に笑う。

 

 

 

「……、ありがとう、楠木さ」

 

「おい、健人ー!!どこ行ったー!」

 

「健人ー、そろそろ練習ー」

 

 

 

 タイミングよく遠くから声がせまる。

 

 

 

「あ……。わ、ヤバい!ごめん、もう行くね!」

 

「うん、行ってらっしゃい。頑張ってね」

 

「おーい、那賀川くーん?」

 

「楠木さんも早く逃げた方が良いかも!ごめん、また明日!」

 

「うん。また明日」

 

 

 

 那賀川くんが角を曲がるのを見届けて、私は後ろを向いた。

 反対側から回っていけば鉢合わせはしないだろう。

 

 階段を降りて少し早足で歩いていくと、気が付けば、冬の寒さに、日の暖かさに、晴れきった空に、部活動の騒がしい喧噪に取り囲まれていた。

 

 

 

「……っ、ぅ……」

 

 

 

 あぁ、ずるい。ずるいなぁ。

 

 さっき『ありがとう』の後抱き締めようとしたでしょ。

 友達になろうって言ったのに、またすがりたかった?

 私が泣きそうな顔してたから、慰めようとしてくれた?あなたがフったのに?

 

 なんて酷い人なんだろう。そんな残酷な優しさいらないのに。

 

 

 

「……あぁ……っ」

 

 

 

 マフラーをしてきて良かった。こんな顔、誰にも見せられない。

 










続きを同時にあげるか悩みましたが、明日にすることにしました。

それから見やすいよう行間を空けてみましたがどうでしょうか。
順次この仕様に改善していきます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。