俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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第28話 思いよ届け(後)  ──ホワイト──

 楠木さんが階段を駆け下りていったのを見届けて、俺は缶コーラと一緒に野球部見下ろし観察に戻った。

 というのはポーズだけで、ただぼんやりしてるだけ。

 

 

 

「さっむ……」

 

 

 

 でも今は、これでも飲まないとやってられない。

 恐らく数十分後に酷い顔で帰ってくる楠木さんを出迎えるのは結構きつそうだから。

 

 

 

「はーぁ」

 

 

 

 今日終わったテストの出来が、生物基礎以外自信に溢れてるくらいしか心が明るくなることがない。

 

 古典は完璧だし数学は比較的簡単だった。ファミレス勉強会でふざけて話した内容が丁度出てきて、英語も悪くないし化学基礎も世界史もそこそこ。

 

 副教科だって音楽の鑑賞以外自信アリ。ほんと、そのくらいだ。

 

 

 ……あー、いや、もう一個あったわ。

 

 ポケットから楠木さんに貰ったお菓子を取り出す。

 

 実はこうしてちゃんと貰ったのは小学生以来だ。

 小3の時千葉にいた頃、もう名前も覚えてない子に貰ったきり。

 

 後はチロルチョコだのブラックサンダーだののばらまきを貰ってきたくらいで、真面目に『貰ったチョコレートの数』に数えて良さそうなのは母さんからの1個というのが、近年の俺のバレンタイン事情だった。

 

 つまるところ、義理チョコなるものでも貰えて真面目に超嬉しい。楠木さんには絶っ対言ってやらないけど。

 

 

 一応記念に写真を撮っておいて、リボンを解く。

 丁寧に個別包装されてて、聞いてなければ市販だと思う程見た目も良かった。

 ただ見た目だけじゃお菓子は良くない。問題の味は……。

 

 

 

「……マジか」

 

 

 

 シンプルなチョコレートコーティングのクッキーは、ほろほろ崩れる素朴な甘さとビターチョコレートの苦味が合わさってとてもおいしかった。

 

 楠木さんのお年玉のあまりが消し飛ぶほど奮発して買った、バターを使ったクッキーはアーモンドプードルと一緒になってめちゃくちゃ風味が良い。

 

 そりゃバターにこだわるわけだ。

 

 

 もう一度リボンを結び直し、リュックに丁寧にしまった。

 

 女友達のお菓子だからって甘く見ていた。

 これはこんな野ざらしの階段の踊り場で食べるのはもったいない。母さんと弟に死ぬほど自慢しながら食べることにしよう。

 もう片岡達には散々マウント取ったし。

 

 

 後味にコーラを飲むのすら忍びなく、俺はクッキーの余韻を楽しみながら、どうしてこんなに気が重いのかその発端を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことは例のファミレス勉強会に遡る。

 

 

 

「あのさ、お前ちったぁ加減てもんを考えろよ」

 

「いやー、皆思ったよりノってくれてさぁ!」

 

「すっごい大所帯……」

 

 

 

 岡崎が『自分は場違いです』みたいな顔をして呟く。

 駅前ファミレスの入り口を埋め尽くす東雲付属生を見て、俺も全面的に同意した。

 

 

 

 発端はもちろん片岡で、当然というか何というか、次の期末でそこそこ良い結果を取らないとマジで留年の危機らしい。

 

 焦りに焦った片岡は片端から頭の良さそうな奴を捕まえて教えてもらう、を繰り返し、このテスト四日前という微妙すぎる時期に最後のドーピングを行うことに決めたのだった。

 

 そこでファミレスなんていう、確実に遊ぶ所を選ぶのがこいつらしい。

 

 

 しかしさすがと言うべきか、こんな勉強会モドキに8人も人を集めてくる辺りこいつの人脈と愛されキャラは賞賛に値する。

 

 片岡と同じテニス部の仲間が1人。

 友人・若狭の新聞部繋がりの友達が1人。

 この2人のどっちかと繋がってるらしい、他クラスの頭良さそうな奴2人。

 そして1-8随一の頭脳岡崎と、1学期期末から急激な伸びを記録してる俺。

 

 ……あと面倒だけどついてきた若狭とからかいに来ただけの深瀬。

 以上9名でかわいそうなファミレスは占領されることになった。

 

 

 で、そんな男子高校生どもがファミレスに来たら……。

 

 

 

「おいお前何タバスコ入れてんだよ!」

 

「変わらん変わらん」

 

「変わるに決まってんだろ!」

 

「おい見ろ泥水!泥水出来た!」

 

「うわ汚ね」

 

「待てってうめぇよ、マジマジ」

 

「どけー、熱いブラックコーヒーが通るぞー」

 

「へぇこぼせば良いのに」

 

「大人ぶってんじゃねぇよ」

 

「あとミルク二つと砂糖三本」

 

 

 

 当然こうなる。

 

 ノート広げてる奴なんか一人もいないし、店員さんは苦笑通り越して呆れが浮かんでいた。

 

 

 

「いやー、申し訳ねぇよなぁ」

 

「泥水持ってきた奴が言うことかよ」

 

「一人だけ飯頼んだ奴に言われたくねぇわ」

 

「だって腹減ったもん」

 

「……僕も頼もっかな」

 

 

 

 店の一番端を陣取った俺、若狭、岡崎は隣のテーブルに座った名前も知らない奴らと顔を見合わせながら、永遠にドリンクバーから帰ってこない片岡を待っていた。

 

 それにしても、何で皆泥水飲まないんだろう。

 コーラとカルピス、隠し味にブドウジュースを入れると良いカンジに汚らしくなり、しかも美味い。

 こんな面白いもん無いと思うのに。

 

 

 

「ただいま~。じゃ、皆揃ってくれたとこで勉強教えて~」

 

 

 

 やっと主役のご登場だ。

 あんなに遅かったくせに結局オレンジジュースってふざけてんのかてめぇ。

 

 

 

「で、どっから~?」

 

「えっとね、全部!」

 

 

 

 見るからにアホそうな片岡の笑顔をみて、その場の全員がこう思った。

 

 あーこれぜってぇ楽しい奴だ。

 

 皆の気持ちが一つになり、こちらもニヤついた笑顔と使うわけもないノートをテーブルに載せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーあ、今年こそは本命チョコ貰う予定だったんだけどなぁ」

 

「いつまで言ってんだよお前」

 

「いつまでも」

 

 

 

 外は大分暗くなったものの話題は尽きる気配がない。

 

 まぁこっちの席に移動してきた時点で絶対そうなるだろうなとは思ってたけど、今は深瀬の失恋を慰めている。

 

 岡崎が持ってきたアイスティーソーダ割りをビールみたいにあおりながら、深瀬は幾度目か分からないため息をついた。

 

 

 

「えー、何?最近フラれちゃったの?」

 

 

 

 隣でホストよろしく注ぐフリをするのは、頭良い枠の湊。

 無駄にかっこいい名字でムカつくからすぐに覚えた。

 

 

 

「そうなのよぉ湊くん!彼女ったら酷いのよ!」

 

 

 

 雰囲気に酔ってきた深瀬はまさにホス狂い(想像)の様子で、例のこっぴどいフラれ方を語った。

 

 数分後。

 

 

 

「ぎゃははは!え?マジ?財布?マジで財布?だっっせえええええ」

 

「マジマジ」

 

「うるせぇマジだよ!」

 

「さ、財布ぅううっ、っ、っ」

 

 

 

 湊はホスト仕草をかなぐり捨て、なんとも無様に突っ伏していた。

 深瀬も若干薄笑いで、こいつもはや良いネタだと思ってきてるだろ。

 

 

 

「いや、いやでもさ、バレンタインで新しい財布とか送ってくれて復縁するかもじゃん」

 

「チョコレートの?」

 

「そうそう、『中身汚れちゃうから、私が預かっておくね』とか」

 

「金盗られてるじゃねぇか」

 

「ただの詐欺じゃん」

 

「うるせぇミサキちゃんはそんなことしねぇよ!」

 

「ミサギちゃんの間違いだろ」

 

「ミサギぃっひっひっひっ」

 

 

 

 実際永遠に擦れる面白いネタだからしょうがない。

 

 

 

「お前は良いよな赤坂!絶対1つは貰えるんだからよ!」

 

「あ?あー……。まぁ?」

 

 

 

 さらに煽る様にニヤつくと、深瀬は酒癖の悪いおっさんのように暴言とうめきしか言わなくなった。

 

 

 

「え?一個は確定って赤坂くん彼女いんの?」

 

 

「いやちげぇけど」

 

 

「『女友達』とかいうふざけた相手からだよ」

 

 

 

 湊の質問に、深瀬が恨みこもりすぎた声で答える。

 

 しかし残念、それでも1は1だ。

 

 いくら相手が皆さんご存じただの『女友達』で、俺のことを『那賀川くんみたいな感じがしない』なんてふざけたことを抜かすやつが渡してくれる義理チョコでも、1は1。

 

 そう自慢してやると、3人は思ってたより哀れそうな視線を向けてきた。

 

 やめろ、その方が心に来る。

 

 

 

「那賀川と比べんのはひでぇって」

 

「勝てるわけねぇだろオレらがアレに」

 

「手心……」

 

 

 

 そうだ。

 俺の義理チョコは他クラスの奴さえ知ってるイケメン・那賀川健人くんへの本命チョコのおまけだ。

 でも1だ。

 

 

 

「どうだ?うらやましいだろ」

 

「半々……」

 

「いいや、普通にうらやましい!バレンタインに一つでも貰うことで男のランクは一つでも上がる!」

 

「ははー、て言うかそのクスノキさんて子那賀川くん好きなんだー」

 

「…………」

 

 

 

 あ。

 

 

 

「あーそうじゃん。マジ?」

 

「そうなの?」

 

「…………さぁ?」

 

 

 

 あぁ、ごめん楠木さん。

 楠木さんから義理チョコ貰うの自慢しすぎたらスプリンクラーみたいな奴にバラしちまいました。許して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、い、か?ぜっっっってっぇ言うなよ!?誰にも!言うっつーかあらゆる手段で伝えるの禁止!」

 

「えー、どうせ皆気づいてるって」

「お前今まで言うまで気が付かなかったよなつまりクラスの大半は気が付いてないよってそのストーリーを投稿するのは許可できない!」

 

「あーもう、分かったって」

 

「良いか絶対だぞ、ちょっとでも拡散したらお前が所属してるグループLINEの名前を全部『財布のダサさでフラれた深瀬くんを慰める会』にするからな」

 

「それはヤメロ」

 

「お前ら二人もだぞ!」

 

「大丈夫、僕SNSやってないから」

 

「言わないってー。てか、他クラスのオレが言っても何にもならないっしょ」

 

 

 

 最後にギッと睨み付け、ドカッと椅子に座り直す。

 楠木さん、口止めは多分出来たので許して下さい。ホワイトデーのお返しは力入れますから。

 

 

 

「えー、けどさぁ、那賀川くんはよしといた方がいーんじゃない?」

 

「はぁ~?」

 

 

 

 何を今さら、と言いたいのを堪えて湊を睨む。

 こちとらそれ全部知った上で楠木さんの恋の終わりを見届けようとしてんだよ。

 

 ストローを弄びながら、湊は何でも無いように言う。

 

 

 

「だってアイツシスコンだもん」

 

「えぇ……」

 

「……マジ?」

 

 

 

 何にも知らない二人は顔をしかめた。

 だが俺はなんとなーく勘づいていたというか、腑に落ちた感じがあって「ふーん」で済ませた。

 

 

 

「ははー、これは知ってた?

 

んじゃあ、中学んときの彼女とそれで別れた……てのは知ってる?」

 

「……それは知らねぇ」

 

 

 

 知らない情報に思わず身を乗り出すと、湊も、ついでに岡崎と深瀬もなんとなく顔を寄せる。

 

 

 

「まぁそんなすげぇ話じゃないけどさ。

 

あいつって南二中がバスケ全国行った時の部長でエースだったんだけど、そのご相手も超ビッグ!

図書委員長で深窓の令嬢と名高い林藤さんと付き合ってたわけ。

そりゃぁもう評判良いカップルでさ。ほとんど学校公認だったねあれは。

 

2年の初めから付き合い始めて、そりゃもう仲良かったわけよ?

 

でも、いつだっけ……3年の中程?で別れちゃったんだよねぇ」

 

「んな珍しくもねぇじゃん」

 

 

 

 アホみたいにイチャイチャしてたくせに1週間で別れてたなんて良くある話だ。

 でも湊はチッチッ、と指を振った。

 

 

 

「んな『やっぱ冷めたー』、みたいな単純な理由じゃないの。

 

中学んときの彼女……あ、オレのね。が、林藤さんと友達でさ。理由聞いたらしくて教えてもらったわけ」

 

「んで、それがシスコン?」

 

「そ。妹みたいに扱われんのが超イヤだったんだって。

 

まーアイツ妹とすげぇ仲良かったらしいからなぁ。離婚してバラバラになって、それが堪えたのかもってバスケ部だった友達が言ってた。

 

で、そんな噂がまことしやかに広がって?南二中出身で那賀川健人を狙う奴はそれを知らないか、それでもいい面食いだけって話」

 

 

 

 そのツラが良いのが問題なんだよねぇ、と付け加え湊は大きく伸びをした。

 

 なるほどなぁ、と他の二人はしたり顔で座り直す。俺だけは、心のどっかにあった嫌なピースが繋がって黙ったままでいた。

 

 

 

「……湊、お前那賀川の妹見たことある?」

 

「へ?あるけど。可愛かったなーアイツの妹ってだけあって」

 

「この子と似てる?」

 

 

 

 フォルダを漁って見つけた楠木さんの写真を見せる。

 

 いつだか信久とダーツをした時ので、ブル決めたから記念に撮ってやったんだった。

 自分の好きな人がヤバい人だなんて知らないで笑っている。

 

 

 

「えーっと?……っあー……」

 

 

 

 湊は微妙な声で呻いた。半々といったとこか。雰囲気、と口が動く。

 

 

 

「……クソ」

 

 

 

 吐き捨てると共にスマホを伏せる。

 

 新年入ってから碌な男じゃねぇなって思ってたけど、想像以上だ。

 那賀川の家庭がどんなだか知らないが、ヘラった那賀川は妹に雰囲気似てる楠木さんを手籠めにしようとしたわけだ。

 

 ──楠木さんが自分のことを好きなことを知っていて。

 

 

 うわぁ、と何かを察した顔の3人を放って、俺は残ったドリンクを一気飲みする。

 ふざけやがって。

 頭を冷やしておかないと、アイツを今すぐ殴りに行きそうだ。

 

 それでも足りなくて、残った氷を全部口に放り込む。

 

 

 黙った俺の様子で状況が伝わったのか、残り3人はぽそぽそ感想を話し始めた。

 

 

 

「那賀川くんが、そんな人だなんて思わなかったな……」

 

「それなー。あんな絵に描いたようなモテモテ野郎なのに」

 

「でもさ、アイツモテてる割にずっと彼女いねぇっしょ。やっぱ顔良いくせに彼女いないって奴は何か問題あるんだよ。

 

あ、そうそう中学にもう一人那賀川くんと双璧成すくらい人気の奴がいたんだけどさ?真面目な文化系の。

 

そしたらアイツ後輩に手出しててさぁしかも二人!」

 

「グブッ」

 

 

 

 かみ砕いてた氷を吹き出しそうになった。なんだって?

 

 

 

「えそれマジ!?」

 

「マジ。一人の相手の子が事後写真?的なのをインスタに流しちゃってさぁ。そっからもう修羅場よ。

 

ヤバかったなぁ、あれ。先生挟んだ話し合いとかしてたし、集会でなんか注意喚起とかされたし。

 

あ、これ那賀川事件のすぐ後に発覚してさぁ、おかげで卒業までこの噂で持ちきりになって風化してったんだよね。運良いよなーアイツ」

 

「いやお前の中学治安悪すぎだろ!」

 

「ははー、仰るとおり」

 

 

 

 それに比べて、矢ノ川中のなんと平和なことか。

 俺がいたときの一番の事件なんて、空き教室で2年生がモンストしてて死ぬほど怒られてたくらいだ。

 

 こんな平和な学校で育った俺たちが那賀川の外面に引っかかったのも仕方ない、というか不幸か……。

 

 

「ま、だからさ、そいつに比べりゃ那賀川くんのシスコンとか大したことねぇって!

 

だからそのクスノキさん?も、そんなひでぇことはされねぇと思うなぁ」

 

 

 

 たはー、と湊は全くどうでも良さそうに笑った。

 

 

 

「だって、どうせすぐ別れるもん」

 

 

 

 そうなってくれたら願ったり叶ったりなんだよ、とは言わず、「ねぇ世界史分かんねぇ!」と突っ込んできた片岡へ視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく話題と試験範囲が終わったときには、外は酒を求めて騒ぐ大人達の時間になっていた。

 やっと出て行った、といった顔の店員さんにお会計を済ませて皆それぞれの方法で帰路についた。

 

 

 

「あ、そうだ赤坂くーん」

 

「あ?」

 

 

 

 改札で別れようとしたとき、湊が声を掛けてきた。ひらひら振っているその手には、QRコードの映ったスマホ。

 

 

「これオレのインスタ。何か困ったらメッセ送ってよ。相談乗ったげる」

 

「はぁ?なんで急に」

 

「いいじゃん別に。何か大変そうだしさ、協力したいなーって思っただけ。それに赤坂くんおもしれーし」

 

「……そ、じゃあ一応」

 

「やりぃ」

 

 

 

 正直聞きたかったことはほとんど聞けたし、相談するようなことも無かったけど、断るのもアレだし交換しておいた。

 それにおもしれーのはお前の方だ湊。

 

 

 

「じゃ、また今度~」

 

「ああ、学校で」

 

 

 俺とインスタを交換した湊は、皆と一緒に月山線とは反対方向のホームへ歩いて行った。

 

 

 改札と違って人気の無い月山線のホームに立つ。次の電車は15分後だ。ため息をつくと真っ白になって消えていった。

 

 湊の言うとおり、そして母さんに言われたとおり、どのみちあの二人は上手く行かないだろう。

 思わせぶりな態度に盲目になってる楠木さんと、その恋心を利用するシスコンメンヘラ那賀川。

 

 俺たちを兄妹に例えたのはお前の癖に、実際楠木さんに妹を求めてたのはお前の方だなんて笑えるぜ全く。気持ち悪い奴だ。

 

 

 俺には、那賀川の心情は分からない。

 

 どれくらい妹と仲が良かったのか。

 離婚してどうなったのか。

 何でそんなに妹的な存在を求めてるのか。

 全部分からない。

 

 でも、それに俺の友達を巻き込もうとしてるのは許せない。

 

 

 楠木さんはお前に恋して変わった。

 

 髪型を変えた。弁当の中身も変わった。もっと笑うようになった。もっと明るくなった。積極的になった。

 

 全部全部お前のためだ。

 そういう女子の変化って奴を、モテるお前は俺より気づいてただろ。

 

 それを分かって、あんなことをした。

 

 

 電車の到着を知らせるアナウンスと同時に、俺はメッセージを送信した。

 

 

 

『明日の朝第2棟の4階に来い』

 

『話したいことがある』

 

 

 

 あのカラオケで言うべきだったことを、今度こそ言おうと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部活に励む声が大きくなり始めて、俺は外階段を降りていった。

 

 少しずつ雲が晴れてきて、暖かくなってきた。告白日和って奴だ。

 まばらな人を通り抜け、正反対の部活棟方面へ向かう。

 

 昼食が終わったのか同じ方向に行く人波に紛れていると、見慣れた背丈の奴が逆行して歩いてきた。

 

 

 

「……よ」

 

「……おう」

 

 

 

 不気味なほど穏やかな笑顔を浮かべて、那賀川は俺の前に立つ。

 

 

 

「大丈夫だって。この前言ったとおりにするから」

 

「なーにが大丈夫だよ、相手のこと考えてんのか」

 

「だからお前にお願いしてるんじゃん」

 

 

 

 またそういう笑い方をする。こいつのそういう所、本当に嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楠木さんとは付き合わないよ」

 

「……は?」

 

 

 

 ファミレス勉強会の翌日、テスト3日前。

 

 呼び出した那賀川は開口一番そう言った。

 

 丁度言おうとしていたことを言われて、セリフが全部吹っ飛んだ。マヌケ面を晒す俺を笑って、那賀川は壁にもたれる。

 

 

 

「というか、元々そのつもりだったよ。オレじゃ応えてあげられないし」

 

「……どういう」

 

「テスト明けに告白してくれるんでしょ?昨日楠木さんから連絡来たよ。バレンタインのお菓子も渡してくれるって」

 

 

 

 優しいよねぇ、と本当に嬉しそうに笑う那賀川はいっそ怖いくらいだった。

 

 朝らしいm場違いみたいに明るい笑い声や鳥の鳴き声ががらんとした階段から上ってくる。

 乾いた唇を舐めて、もう一つ話したかった事を振る。

 

 

 

「……で、なんでフる予定なわけ?あーんな思わせぶりにしといてさ」

 

「さっき言ったじゃん。楠木さんの気持ちに応えてあげられないから。

 

オレは『そういう』意味で、楠木さんに抱きつきたいわけじゃないってこと。

 

気づいてただろ?」

 

「お前……!!」

 

 

 

 胸ぐらを掴む手も、響く叫びも全く気にならないのか、据わった目のまま那賀川は続ける。

 

 

 

「オレにも色々あって、そうして欲しかったんだよ。

 

……酷いだろ?

 

分かってる。分かってるよ。だから付き合わない。これで終わりにする」

 

 

 

 どうやらこいつもこいつなりに、覚悟を決めてここまで来たらしい。

 

 わざわざ呼び出して説得なんかしなくても、『楠木さんの失恋』は確定していたんだ。

 

 舌打ちをして手を離してやると、那賀川はようやく表情を崩した。

 心の底からおかしそうにも、今にも泣き出しそうにも見えた。

 

 

 

「謝るよ。ちゃんと。その後は頼む」

 

「……こっちは元からそのつもりだっての」

 

「なら良かった」

 

 

 

 タイミング良く予鈴が鳴った。誰もいない第2棟に幾度となく聞いてきたチャイムが響き渡る。

 身体の中まで震わせるようなそれを聞きながら、俺たちはしばらく見つめ合っていた。

 

 

 

「……じゃ、戻ろうか。そろそろ朝のHRだし」

 

「なあ」

 

「何?」

 

「お前と妹に何があったのか聞いても良い?」

 

 

 

 興味か、同情か、それとも──。

 

 俺の口から次いで出た質問に、那賀川は少し驚いたように目を見開いて、

 

 

 

「お前らがこれからも友達してくれるなら」

 

 

 

また薄く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、頼むな。行ってくる」

 

「ああ」

 

「ごめんな」

 

「全くだボケ」

 

 

 

 返答には睨んだけど、肩を叩いてやった。

 

 軽く手を振って走って行く那賀川を背に、俺は部活棟の自販機に向かう。

 とびきり甘そうな缶コーヒーを2つ買い、楠木さんが帰ってくる前に踊り場へ足早に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計を見ると14時。

 すっかり日が顔をだしてぽかぽか暖かい中、誰かが登ってくる音がした。

 

 その人は、ゆっくり一段一段、確かめるように戻ってくる。バクバクうるさい心音を潰すように、俺は飲み干したコーラの缶を握った。

 

 そっと身を乗り出すと、見慣れた白いコートと明るいマフラーが階下に見えた。

 俺は精一杯の笑みを作って、その子を出迎えた。

 

 

 

「よ、お疲れ!どうだった?」

 

 

 

 楠木さんは行くときと同じ笑顔で立っていた。

 

 優しそうなハの字の眉で、くっと上を向いた口角で笑っていた。

 赤く腫らした目と涙の流れた跡を残しながら、それでも。

 

 

 

「あ……あはは。えーっとね、残念、なんだけど……えへへ、フラれちゃったや」

 

「……そっか」

 

 

 

 知ってたよ、なんて口が裂けても言えなくて、曖昧に返事を返す。

 楠木さんはなんとか笑おうとして、不格好に顔を歪めた。

 

 

 

「うん。フラれちゃった。妹みたいに思ってたって。ね、失礼しちゃうよね」

 

 

 

 谷中から借りたシュシュを取って、そっと髪を撫でる。

 

 今日の時だけに伸ばしてきた、もう役割を終えたそれ。

 楠木さんはせわしなくそれを撫でながら、今度はそれを縛っているゴムに手を伸ばした。

 

 

 

「あはは、笑っちゃうよね。あんなに成功するとか言ってたのに、フラれちゃった。

 

上手く行くと思ってたんだけどな。私のこと好きだと思ってたんだけどな。

 

……なんて、バカみたいだよね。ほんと、ホントに……」

 

 

 

 途端、ブツッ、とゴムが切れて、癖のついた髪がふわりと顔に、マフラーに、肩に落ちた。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 切れたゴムを呆然と見つめている。前髪で表情が見えない。

 徐々に持つ手が震えて、ぽたりと水滴が落ちた。

 

 

 

「……ううぅ……」

 

 

 

 握りしめた手に落ちる涙は止まらず、次々にその手を濡らす。

 堪えきれなくなった声を漏らして、楠木さんはその場にしゃがみ込んだ。

 

 そんな彼女に俺が出来る事は、ポケットティッシュを差し出して、黙って隣に座ることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いつまで泣いてんのさ」

 

「だってえぇぇ……」

 

 

 

 20分後。

 ティッシュが空になっても全く落ち着かず、俺は本当に、本当に申し訳ないがさすがに鬱陶しくなってきた。

 

 

 

「だーっ、もう!いつまで泣いてんだよさすがに泣き止めバカ!」

 

「だ、だって、ほんとに好きだったんだもん……!」

 

「んなこたぁ誰より知ってんだよボケ、あんま目ぇこすんな!」

 

「あううぅぅ……」

 

 

 

 楠木さんが持っていたタオルハンカチを取り上げ、それで頭をはたく。

 

 静かに聞いてた俺がぎゃあぎゃあ言い始めたのが効いたのか、楠木さんはようやく落ち着きはじめた。まだぐすぐす言ってるけど。

 

 

 

「ほらこれ食って落ち着けよ」

 

「これ私があげたやつじゃあぁん……」

 

「じゃあ美味いのは知ってるだろ、ほらこれもやるから」

 

 

 

 貰ったクッキーと、渡すタイミングを逃して冷め切った缶コーヒーを渡すと、楠木さんは兎みたいな真っ赤な目の顔で受け取った。

 

 

 

「ぬるい……」

 

「てめぇが泣き止まねぇのが悪いんだろうが」

 

「……てことは、用意しててくれたんだ」

 

 

 

 ようやくいつもの笑顔に戻ってくれたことに安堵のため息をついて、二人で甘いコーヒーと一緒にクッキーを食べる。

 

 

 

「……これ、どうだった?」

 

「あ?ああ、すっげぇ美味かった。さっすが~」

 

「ふふ、良かった。……那賀川くんも、食べてくれるかな」

 

 

 

 また泣くかな、と身構えたが、楠木さんは落ち着いた穏やかな表情のままクッキーを食べ終わった。

 

 

 

「……私、何してたんだろ」

 

 

 

 缶コーヒーを両手で包み込み、ぼそりと呟いた。

 俯いたまま、言葉を続けていく。

 

 

 

「誰より那賀川くんのこと分かってるつもりだったの。誰より好きだし、見てたから。

 

でもそんなこと無かった。那賀川くんの思いは全然違ってたし、酷いし、私も……とってもわがままだった。

 

皆注意してくれてたのに」

 

「気づくの遅えよ、バカ」

 

「ふふ……だね。『恋は盲目』とか『恋に恋してる』とか散々田中ちゃんたちに言われたのに、私は絶対好かれてるって疑わなかった。

 

今思い出すと、怖いぐらいだね。

 

……ね、覚えてる?私が最悪って言ってた映画。夏休みに見てきた」

 

「……『おも花』だっけ」

 

 

 

 いつか楠木さんがボロクソに叩いた映画。俺の気持ちを軽くしてくれたその話が、いったいどうしたのか。

 

 楠木さんはがくりと壁に寄りかかり、続ける。

 

 

 

「そう、それ。あのヒロインの子に、『ワガママ』とか『自己中』とか、散々言ったけど、今の私と全然変わんないね。

 

だって私、那賀川くんを憎いって思ってる。

でも友達になってもずっと忘れないで欲しいし、誰とも付き合って欲しくない。

妹さんの代わりになってもいい。でも最低だし、絶対に嫌。

 

ずっと好きだし、ずっと嫌い」

 

 

 

 俺は何故か、楠木さんの方を見ていられなくなった。

 

 那賀川への思いの深さに驚いたのもあったけど、何よりその愛憎渦巻く恋情は、嫌なくらい身に覚えがあった。

 丁度さっきのポニーテール姿で、ありありと思い出された所だ。

 

 その気持ちは染みるほど分かってしまって、やっぱりこんな思いをさせたくなかったと、余計に胸を締め付けた。

 

 

 

「恋ってこんなものなの?こんなに酷く人を好きになって、恨んじゃうものなの?そんな、そんなの……」

 

 

 

 楠木さんはうわ言のように呟く。

 

 

『そんなの、しなければよかった』

 

 

 次に言う言葉が思い浮かんだ。そして俺はその瞬間、彼女の腕を取って叫んでいた。

 

 

 

「そんなもんだ!」

 

「え?」

 

 

 

 この狭い踊り場に揺れるほど大きな声が出て、自分でも驚いた。

 それでも俺は見開かれたその目と目を合わせて、口を開く。

 

 

 

「そんなもんだよ、恋なんて。まして初恋とか、バカみたいに自分勝手で、相手のことなんか考えて無くて、最低で、最悪で、一生消えないクソみたいな思い出が出来るもんなんだよ。

 

でも、なんやかんやで乗り越えて、どうでもいいって思える様になる。

次なんとかなるだろって。そんなもんなんだよ。それでいいんだ」

 

 

 

 綺麗でも輝かしいものでも何でも無い。

 人生生きていく上での、よくある失敗。

 

 宝箱の底に埋まった薄汚れたビー玉みたいなものだ、初恋なんて。

 ふと取り出たら、しばらく眺めて、もう一度大切にしまって蓋を閉めてしまえる、そんなただの思い出だ。

 

 

 だってお前が気づかせてくれたんだ。

 散々に貶して乗り越えていいんだって。

 

 そして、引きずったままでもいいんだって。

 

 そう、俺は君に救われたんだ。

 

 

 

「……赤坂くんも」

 

「え?」

 

 

 

 ちょっとクサすぎたか、なんてついに目を逸らしたら、楠木さんがそう呼ぶ。

 

 

 

「赤坂くんも、そういうことがあったの?」

 

 

 

 目を見開くのは俺の番だった。楠木さんの薄く涙を張った瞳を見つめて、それと同時に、俺は、どうしてか──泣きたくなった。

 

 

 

「…………あったよ」

 

 

 

 そういえば俺は、どうしてあのことを誰にも言わなかったんだろう。

 

 あの夏のことを、アイツのことを、俺のことを。

 

 夏休みの思い出がぼやけるほどのあの感触と辛さを、どうして俺は誰にも打ち明けてしまわなかったんだろう。

 

 

 そして、なぜか俺は……目の前のこの子になら、全部話してしまっても構わないと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全部話し終わったころには、少し傾いた日光が体育館を照らしていた。

 

 俺たちは目にしみるほど眩しいそれを、日陰になって肌寒い階段に座ったまま眺めていた。

 楽器の音、ボールの音、かけ声、声援、笑い声。

 俺たちの激動の一日なんて知らない、残酷で優しい日常に囲まれたままに。

 

 

 ふと横目で隣を見ると、さっきまでの泣き顔も神妙な顔も何処へやら、ぼんやりと日の光を目に写していた。

 

 実はそのぼけーっとした顔が結構気に入ってる、なんて言ったら怒るだろうか。

 これは楠木さんが何か大切なことを考えて、咀嚼して、飲み込もうとしている時の顔だった。

 それなのになんだか平和というか、アホっぽいというか。

 

 悩みとか嫌な事も散々あるんだろうけど、それを感じさせないようなこの静かな横顔が割と好きだった。

 

 

 

「……赤坂くんは、」

 

「ん?」

 

 

 

 その遠い目のまま、口を開いた楠木さんから、視線を外す。

 今からそれを言うときの顔を見て欲しくないだろう、と思ったからだ。

 

 

 

「赤坂くんは、後悔してる?早野さんを好きになったこと」

 

 

 

 俺は前を向いたまま考える。

 

 

 どうだろう?

 

 ユキちゃんは俺に一生消えない傷を残していった。そして俺も同じように、ユキちゃんを傷つけた。

 こんなことになるなら、好きにならなきゃ良かった?告白しなきゃ良かった?

 

 もしユキちゃんを好きになってなかったらなんて何回も考えた。

 

 きっと俺は『またか』と思いながら、いつも通り転校していっただろう。

 今度は別の子に初恋をして、中学とかでいっちょ前に彼女とか作ったりしただろうか。

 

 

 

「……わかんねぇ」

 

 

 

 素直にそう口にする。

 

 分からない。

 ここ6年は考えてるけど、決着は永遠につかない。

 

 ただ一つ、俺はあの子を抱えながら生きていくし、最高の恋をしてやろうと決めただけ。

 

 でも、この結論はやっぱり『後悔』なんだろうか?

 

 

 

「…………私は、私はね、赤坂くん。一個も後悔してない」

 

 

 

 だから、耳を打ったその言葉に俺は雷に打たれたようだった。

 

 

 

「今日フラれちゃってとっても悲しかったし、辛かったし、ムカついた。多分ずーっと言うよこれ。何年経ってもずっと愚痴っちゃうと思う。

 

でも……、すっごい、素敵な恋だったな……」

 

 

 

 柔らかく湿った声がそう言う。

 でも、それはあまりにもしっかりと芯の通った言葉だった。

 

 

 

「楽しかったなぁ。那賀川くんの全部に喜んだり、がっかりしたり……。

 

うん、楽しかった。楽しかったの赤坂くん。全部思い出せないくらい、素敵な思い出がいっぱい」

 

 

 

 楠木さんが立ち上がって、俺の前にしゃがむ。

 晴れやかな笑顔が俺を出迎える。

 

 

 

「私、全く後悔してない。とっても素敵な初恋が出来たの。赤坂くんのおかげだよ」

 

 

 

 ──ありがとう。

 

 

 そう言いたいのは俺の方だ。

 

 俺も楽しかった。

 あーでもないこーでもないと色々考えたり、那賀川やお前の進展に喜んだりイラついたり、楽しかったさ。

 

 本当は成功させてやりたかった。俺とは違う幸せな初恋ってやつを楽しんで欲しかった。

 

 でも、成功にこだわる必要なんかなかったな。だってお前は、全部ひっくるめて『楽しかった』って、『後悔してない』って言えるくらい強かったんだから。

 

 その鮮烈な笑顔に目が離せない。

 

 ああ、強いな、楠木さんは。

 

 俺はその答えを出すのに、こんなに時間が掛かったってのに。

 

 

 

「……さっきの撤回」

 

「?」

 

「俺も後悔してない。ひとっつも」

 

 

 

 ユキちゃんを好きになって良かった。

 楽しい思い出、辛い思い出、何もかもが、俺の初恋だ。

 

 そして俺の決断は、その表れだった。

 

 

 

「いい初恋だったよ」

 

 

 ありがとう、俺にそれを教えてくれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変わらない日常を裂くようにチャイムが鳴った。

 普段だったら5限の終わりを告げるものだ。

 

 それに引かれるように、いつも通りの俺たちが戻ってくる。

 

 

 

「そうだ、赤坂くん、遊びいこっか!!」

 

 

 

 おいおい、せっかく綺麗に締めたのに。

 

 あまりにも唐突な提案に、俺は口元が緩むのを押さえられない。

 

 

 

「切り替えはえーよ」

 

「いいでしょ。私と赤坂くんの失恋パーティーだよ」

 

「響きが最悪すぎるだろ」

 

「じゃあ、次に期待パーティー?」

 

「語呂悪っ。パーティー抜いとけ」

 

「えー、いいじゃない」

 

 

 

 話してる内に楠木さんはすっかり帰る支度が出来て、俺がネックウォーマーと手袋を探している間ずっと急かすように足踏みしていた。

 

 

 

「どこに行く?私、あんまりお金ないけど」

 

「俺も。ならゲーセンか?……あ、なら信久誘えるな」

 

「あ、じゃあ美香ちゃんと太田くんもどう?こっちは成功したか気にならない?」

 

「えー、来るか~?ラブラブしてんじゃねぇの」

 

「だって気になるもん。じゃ、中学の子たちに声掛けてみよ」

 

「はいはい、一応な」

 

「そ!大騒ぎーってかんじ?でさ」

 

 

 

 次々予定が決まっていく楽しさに焦って、手袋の片方が見つからない。

 

 ごそごそしていると、しびれを切らした楠木さんに袖を引かれた。

 バランスを崩しかけて抗議の目を向けても、悪びれもせずさらに手を引く。

 

 

 

「行こ!」

 

 

 

 その笑顔にむかつくほどドキッとしたのは、ここだけの秘密だ。

 

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