俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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『俺』が主人公格、『オレ』『おれ』はその他の人達です。
こっちは那賀川くんが主人公なので、セリフが『オレ』→『俺』に変わっています。








Side.K 『ファインダー』(後編)

 決心して入った東雲附属には、同じく推薦や滑り止めで入った南第二生達がたくさんいた。

 何より、滑り止めで入った大智とは同じクラスだった。

 

 俺は幸運なことに、中学とほとんど変わらないメンツで、中学と同じようにクラスで騒ぐことができた。

 

 

 部活も順調。

 先輩とも再会し、他の部員にも『あの南二中の那賀川くんだ!』とすっかり打ち解けた。

 他クラスになったけど、真輔とも一緒だ。練習はしょっぱなから大変なものの、何とか着いていけていた。

 

 

 それに何より、今度は遅れることなく、母さんからの『入学おめでとう』のメッセージが来た。

 スクロールが追いつかないほどの長文に、心配と愛情をたっぷり乗せて、読むだけで一苦労だった。

 

 

 気が付けば入学してひと月が経ち、中3のあの惨状ぶりが嘘のような高校生活を送っていた。

 

 やっぱり俺の判断は間違ってなかった。

 

 と、すっかり充実した毎日に安堵のため息を漏らす。背もたれに寄っかかり、目を閉じれば、騒がしいクラスに心配事が溶けていく。

 

 

 きっと大丈夫だ。俺は上手くいく。

 

 

 

「お、今日の弁当ハンバーグ?一緒ー」

 

「あ、ほんとだ!偶然だね」

 

「つってもオレのは冷凍だけどな」

 

 

 

 ふと、のんきな会話が気になって身体を起こした。

 

 クラスの右前。

 不良っぽい噂の男子・赤坂透と、その向かいで控えめに笑う楠木明里。

 いつもちょっと外れてランチを楽しんでいる二人組だ。

 

 赤坂はともかく、楠木さんは話したことがない。不思議なことに、その日だけは二人に目を引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスでつるんでる二人。

 

 その程度の認識しかなかった赤坂と楠木さんの事をもっと知るようになったのは、夏休みが明けてからだった。

 

 席替えで赤坂と席が近くなり、お昼は一緒に食べる楠木さんとも話す機会が増えたからだ。

 

 

 入学当初の噂が夏休みでろ過された赤坂とは、全く普通のクラスメイトとして付き合っていた。

 で、もう片方の楠木さんは……話すというより、ほとんど返事しかしてくれなかった。

 

 

 あー、どうせ俺の事好きなんだろうな。多分この前図書館で軽く助けたからだ。

 

 この16年で見慣れた反応に、そうカテゴリ付けする。

 

そんなにべったりな赤坂じゃなくてこっちかよ、と突っ込みたくなったが、そういうとこも含めて面白い二人組だなと思った。

 

 

 俺の勘は当たり、楠木さんはなけなしの勇気を振り絞って挨拶ぐらいはするようになってきた。

 赤坂の涙ぐましいサポートが光る。

 別に俺の事好いてくれるのは嬉しいことだし、それに乗って話しかけてやる。

 

 

 

「あ、楠木さんおはよ」

 

「ひぃっ!?えっ、あっ、お、おはよ!うん、それじゃ!」

 

「……」

 

 

 

 ……いや、これ本当に好かれてるか?

 

 なんてあんまりな塩対応と逃げ具合に、俺はこの16年の勘を疑いたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そーいう那賀川はどーなん、いんの?」

 

 

 

 今日は体育祭。周りは騒がしいわりに人気が少ないのを狙ってか、赤坂はカマを掛けてきた。

 適当に、だけど正直に答える。

 

 

 

「俺?いないいない、モテないから」

 

「……えぇ~?またー」

 

「マジだって、中学以来出来てねぇって。受験で別れちゃってさー……。

 

やっぱり、ちゃんと構えないと相手もかわいそうだよな」

 

 

 

 嘘は言ってない。

 

 数えきれないほど告白されたってほどにはモテないし、中学から出来てないのも本当だ。

 

 瞳との一件はどこから漏れたのか、噂好きなヤツが拡散してあっという間に学校に広まった。

 ただ、その後南二中始まっての大事件が巻き起こり、俺の恋愛模様はどうでも良さそうに忘れられたけど。

 

 

 横の赤坂を見ると、ちょっとむっとしたような変な笑顔をしていた。

 そういえば、何でこいつは楠木さんの恋路を応援するようなことをしてるんだろう。

 もしや、と思って聞き返す。

 

 

 

「そういうお前はー?」

 

「はー?……いねぇし出来たこともねぇよ」

 

「へぇー?楠木さんじゃないんだ」

 

「えー違ぇよー?ダチなだけ」

 

「マジぃー?」

 

「マジマジ」

 

 

 

 ああ良かった。『楠木さんの事が好きだけど、楠木さんはアイツの事が好きだから仕方なく応援してる』……みたいな、変な三角関係なわけではないらしい。

 

 赤坂は折れずに「……なぁに、気になんの、楠木さん」とか聞き返してくる。

 

 とすると、こいつは真面目に友情で協力してることになる。随分な世話焼きだ。

 

 

 そんな苦労人赤坂に免じ、俺は素直に答えた。

 

 実際、良い子だけど気弱ぐらいのことしか知らない。

 例のあんまりな反応を赤坂に聞くと、どうやら本当にただの人見知りと照れだけらしかった。

 

 ……あんなに酷いのは初めて見たけど。

 

 

 

「そんな勝手に人を嫌いになるような子じゃねーからさ、色々話しかけてやってよ」

 

 

 

 やれやれと言った声色で、そう言って笑う赤坂。でもその目はどこか優しくて、俺は思わず口を滑らせた。

 

 

 

「保護者みてぇなこと言うなお前」

 

 

 

 言った途端、なぜか俺の方がドキリとした。

 大智によくからかわれてた言葉を、何で俺は赤坂に言ったんだろう。

 

 気持ち悪い感じがして、俺は誤魔化すように大智へ声援を送った。

 

 

 棒引きで一緒になった楠木さんに話しかけると、赤坂に何か言われたのか、かなり頑張って返してくれた。

 

 

 

「ていうか、楠木さんが棒引きなの意外だったな。大丈夫?結構引っ張られるよ」

 

「えぁっ、だ、赤坂くんに誘われて、だってやってみたかったし……!」

 

 

 

 しどろもどろって言葉がこんなに似合う子を初めて見た。とても同い年という感じがしない。

 

 

 

「ま、どうにかなるよ!綱引きの仲間みたいなもんだし、頑張ろう!な?」

 

「ひぇあ、あ、う、うん……!頑張る……」

 

「そーそー!頑張れ頑張れ」

 

 

 

 俺がぐっと拳を握ってみせると、楠木さんも合わせて胸の前で両手を握った。

 この一連の流れに、……何故か、懐かしい感じがした。

 

 

 何だろう、この感じ。

 

 2回戦で引きずられまくってる赤坂を助けに行ってしまった楠木さんを追いかけて、もやもやを振り払おうとする。

 

 懐かしいって、何が?

 

 

 結局一緒に引かれてる二人に加勢して、棒を思い切り引く。

 

 たかだか体育祭の一競技にこんな必死になっちゃってる赤坂。せっかくの髪型を崩してでも助けに行った楠木さん。

 いつも一緒にいる二人。

 

 前の二人を見ていると、力が抜けそうになるほど懐かしさが湧き上がってくる。

 

 

 

「あの子気弱って思ってたけど、結構頑張るんだな。意外だったわ」

 

 

 

 土だらけになった赤坂にそう言ってやると、表情がパッと明るくなる。

 自慢げな表情をニヤニヤで隠す赤坂の顔を見ていると、またじわじわと懐かしさが広がっていく。

 

 気弱そうで誰よりも頑張るのは、本当は誰だったっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その懐かしさがどうにも胸に引っかかって、俺はそこからちょくちょく二人に話しかけるようになった。

 

 赤坂と楠木さんはクラスで浮いてたときから仲が良いだけあって、一緒に登校したり、昼食を食べたり、勉強したり、とその様子からは俺にも分かるほど友情が滲んでいた。

 その癖、どっちにも『そういう』雰囲気がないのが面白くて気に入った。

 

 

 

 そして俺が近づいたのも相まって、楠木さんはもっと話してくれるようになった。

 一生懸命に話してくれるその様子を見るのは「頑張れ」と「面白い」が半々だった。

 

 何故って、あんまりにも俺への好意がバレバレだから。

 

 俺のことを好いてくれていた子は沢山いたけど、こんなに分かりやすい子は初めてだった。

 

 

 11月11日。皆に焚き付けられてポッキーゲームに興じる。

 男同士だったのがいつの間にか俺の前には三山明美が座っていて、ポッキーを咥えていた。

 

 瞳とふざけてやったのを思い出しながら、端を食べていく。明美は普段の態度と違って、照れてるのか随分ゆっくり食べる。

 

 その顔が嫌になって視線をずらしたら、騒ぐオーディエンスの向こうにいつもの二人がいた。

 うわぁ、って顔の赤坂と……、

 

 

パキ。

 

 

 

「あ」

 

「あ、折っちゃった。……あっはは、俺の負けー」

 

「ええぇ~!?」

 

 

 

 ヘタクソ!とからかう声や、次はあたし!と俺の前を争う女子の声が耳を打ち、人影が視界で蠢く。

 

 それでも、眉を寄せて切なそうな顔をしていた楠木さんの表情は頭から消えなかった。

 

 

 面白い二人だから出来ればいいクラスメイトでいたいけど、この子の好意をどうしたものか、と残ったポッキーを貰いながら考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どっかで諦めてくれたら、フったりしないでクラスメイトでいられるんだけどな。

 

 マラソン大会、皆でギャアギャア騒ぎながら山を下る中、前を走る赤坂を見ながら思う。

 クラスの優しい女子の話題で盛り上がりながら、多分頭の中じゃあの子の事が浮かんでるんだろうな……という顔をしている。

 

 

 

「あー優しいなら楠木さんもじゃね?」

 

 

 

 からかおうと思ってそう言うと、読み通り会話は赤坂と楠木さんの話に移った。

 押し合いへし合い囲まれながらも、赤坂は楠木さんのことを良い子だと伝えようと声を張り上げる。

 

 

 

「結構喋るし、ふざけたりもするし……ちょっと色々慣れてねーだけだって」

 

「それマジ?」

 

「ふざけたりすんだ」

 

「ああー、確かに結構言えば話してくれるよな」

 

「そうそう。以外とな」

 

 

 

 すっかり見慣れたこの光景に、大智と目を合わせて笑い合う。

 助け船を出してくれないのにムカついたのか、赤坂はジトッと俺を見た。謝罪の意を込めて、首をすくめて言う。

 

 

 

「にしても、お前も世話好きだよなー」

 

 

 

 世話好き。

 

 世話焼き。

 

 頼りなくて、気弱そうで、でも頑張る楠木さんを支えるこいつに、俺は見覚えがある。そう、例えるなら……。

 

 

 

「兄妹みてぇ」

 

 

 

 赤坂が目を見開いた。

 

 それを見て、いや、さっき言った言葉を思い出して……俺はかいていた汗が一気に引いたような寒気を覚えた。

 

 

 

 兄妹?

 

 

 赤坂が『それだ!』と騒いでいる声が遠ざかっていく。

 

 

 俺は今なんて言った?ただの友達同士の二人を、俺は何に例えた?

 

 

 兄妹。

 

 兄と妹。

 

 

 俺にとっての兄妹は、そんなの一つしかない。じゃあ、懐かしさって、これは……。

 

 

 

「どーしたんだよー、健人ー」

 

 

 

 ゴールして少し落ち着くと、大智が後ろからガバッと肩を組んできた。

 

 いつも通り『痛ってぇな!』とか言おうと思ったのに、言えない。

 俺はぼーっと大智の顔を見た。

 

 

 

「は?……え、マジでどうしたんだよ」

 

「いや、別に……。なぁ、あの二人って、やっぱ兄妹っぽいよな」

 

「えぇ?あ、うん。まあ。超それっぽい。てか、お前が言ったんじゃん」

 

 

 

 さっき『自覚なかった系?』なんて言ってた大智に聞くと、そう返ってきた。

 人混みの奥を見ると、楠木さんと赤坂が、谷中さん達と一緒になって歩いてくる。

 

 

「……うん、まぁ……。やっぱ、そう見えるよな」

 

 

 楠木さんにダブって見えた恵の影を振り切るように、頭を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さすがに気持ちが悪すぎる、と俺はため息をついた。

 

 

 クラスメイトの二人を自分と妹に重ねて見ていたなんて、そんなの気持ち悪い以外に何があるって言うんだろう。

 しかも恵に重ねていた子は、俺のことを好きでいてくれているのに。

 

 何が悪いって、俺は前科持ちだ。

 

 

 これじゃあ瞳の二の舞を繰り返すことになる。

 

 横をチラッと見ると、重たそうな図鑑を持って挙動不審にしている女子。髪を撫でたり、時々こっちを見たりせわしない。

 この様子を見る限り、楠木さんはまだ俺のことが好きらしい。

 

 

 調べ学習のテーマが思いつかず、図書館に出向いてみたらこれだった。

 まさか同じ列にいるとは思わず、だからってすぐに立ち去るのも何か失礼だし、俺は結局目についた鉱物図鑑を手に取った。

 

 何を書いてあるか覚えているほど読んだそれをもう一度目で追う。

 

 小学校低学年の頃、友達の影響で恵はパワーストーンが好きになった。

 こういうパワーがあって、こんな色もあって、と一緒に図鑑を覗きながら自慢げに話してくれたのを良く覚えている。

 

 

 

『あ、ほら……これとかお兄ちゃんにぴったりじゃないかな』

 

『どーれ?……おっ、綺麗』

 

『でしょ?それにね、意味が素敵なの』

 

『へー、どういう意味?』

 

『えへへ、それはね……』

 

 

 

 心の迷いを無くし、夢を叶える。

 

 無機質な字で小さく書かれたそれが、恵の声で再生される。買って貰った赤い石越しに俺を覗く、その笑顔も一緒に。

 

 

 あとからこっそり調べてみれば、恵の部屋に置いてあったパワーストーンは皆そんな意味だった。

 夢を叶える。目標達成。願望成就。

 

 中でも、恵お気に入りのガーネットは大切に真ん中に置いてあった。

 それを全部、恵は持って行ってしまったけど。

 

 

 恵は今何をしているんだろう。今でもあの石たちを持っててくれているんだろうか。

 二ヶ月に一回に減ったメッセージには、相変わらず既読はついていない。

 

 

 鉱物図鑑から目を外すと、今度は楠木さんが写る。黒髪に縁取られて図鑑を眺めるその横顔に面影を感じて、俺はまたため息をついた。

 

 

 

「はぁ……」

 

「ふう……」

 

 

 

 と、ため息が二重に聞こえて音の方向を見ると、目が合った。

 

 それだけで死にそうな顔をした楠木さんに、俺は笑いかけた。

 

 

 

「っはは、ぐうぜーん」

 

 

 ガーネットのページを閉じて、鉱物図鑑を棚にねじ込む。

 楠木さんには何となく知られたくなくて雑に突っ込んだのに、楠木さんは目ざとくそれを追った。

 

 

 

「……えっと、好き、なの?石」

 

 

 

 やっぱりそう聞かれるか。

 既視感を胸の奥に押し込んで、そのくせいつかと同じように答えた。

 

 

 

「あー、これ?俺はあんまり。……、妹が好きでさ」

 

「へえ……、妹さんいるんだね」

 

「まあ……。お、楠木さんは何調べてーんの?」

 

 

 

 妹から話をずらそうと、楠木さんに近づく。

 

 これ以上来ないで!と言うように突き出されたそれは、花の図鑑だった。俺と違って、なんともイメージ通りだ。

 

 

 

「へー、花?好きなの?」

 

「あ、うん、結構……。よく家に飾られてるし」

 

「マジ?家に花??優雅ー」

 

「そんなんじゃ、ないよ……。お父さんが最近、良く買ってくるだけ」

 

「へー。なんかいいね。そういうの」

 

「……うん。でしょ」

 

 

 

 嬉しそうに微笑んだ楠木さんに胸が痛む。

 仲の良さそうな家族への嫉妬と幻影を押し込んで、俺はどうにかいつも通り笑って見せた。

 

 鉱物から離れて別のテーマにしようと棚を見渡すと、星の図鑑が目に入る。

 別に詳しい訳じゃないけど、どうやら赤坂も星についてらしく、情報交換出来そうだからこれに決定した。

 

 適当に追っていくと、さっきの鉱物図鑑と同じレーベルの図鑑があった。

 

 

 

「お、これいいかもな……」

 

 

 

 このレーベルの特徴なのか、カラー写真が沢山使われていて見やすい。

 小さな逸話なんかも紹介していて、ここら辺をまとめればそれなりのが出来そうだった。

 

 

 

「……そ、れ、それ、どんな本?」

 

 

 

 とっとと借りて帰ろうかな、と思った瞬間に声が掛かった。

 めちゃくちゃ勇気を出したらしい楠木さんが、ガチガチに緊張して近づいてくる。

 

 それに笑い出しそうになりながら、一緒に手元の星空を眺める。

 

 

 

「ほら、星座とか……。うーん、俺、オリオン座しか分かんねぇ」

 

「一番、分かりやすいもんね」

 

「そーそー。今結構見えるよね。部活帰りによく見る」

 

「あ……そっか。バスケ部って終わるの遅いんだっけ」

 

 

 

 指で星座をなぞりながら話すと、恵よりは瞳を思い出した。

 引退後、図書委員の仕事をする瞳の隣で図鑑を見ながら過ごしたっけ。

 瞳にとっては、それすら苦痛だったんだろうか。

 

 横目で楠木さんを見ると、いつかの瞳と同じ顔をして図鑑を覗き込んでいた。

 好きな人と少しでも話せて心底嬉しそうな顔だ。

 

 

 

「そう。マジ遅いよ?8時とかザラだし」

 

「えぇ!?それは大変……!」

 

「ほんとだよー、楠木さん代わりに練習出てくんない?」

 

「そっ、それは無理だよ!バスケ下手くそだもん!」

 

「あっはは、冗談だよ」

 

 

 

 とはいえ、この緊張っぷりと必死さには勝てない。

 嬉しいんだか慌ててるんだか、その様子が面白くて思わず吹き出した。

 

 その弾みで、肘と肘がぶつかる。楠木さんの顔がさっと赤く染まった。

 

 

 

「……っふふ」

 

 

 

 堪えきれなかった笑い声が漏れる。

 楠木さんがまだ赤い顔で俺の方を見上げ、申し訳ないけど余計に我慢できなくなった。不思議そうな楠木さんに、

 

 

 

「楠木さんってさ、すぐ顔赤くなるよね。なんで?」

 

 

なんて言い放つ。

 

 もちろん理由なんか分かってる。わざとずらした聞き方をすると、楠木さんは更に慌てた。

 

 

 

「ええぇ、あ、なっ……!?」

 

「いや、悪くないけどさ。ふ、ちょっと面白いなーって」

 

 

 

 追い打ちを掛けるようにからかうと、楠木さんは顔を隠すように図鑑をぎゅっと抱きしめ、呻いた。

 

 さすがにやり過ぎちゃったな、と急いで謝る。ごめんごめん、と手を合わせるも、やっぱり笑いそうだった。

 

 

 

「もう面白いとか言わないからさ。それに、そんなに悪くないって。カワイイ癖じゃん」

 

「か……!?」

 

 

 

 絶句して黙ってしまった楠木さんを更にからかう。

 

 

「そんな恥ずかしがることないと思うな」

 

 

 

 そう言って微笑みかけると、楠木さんはピクリとも動かなくなった。

 次の瞬間、またわたわたしだすのを見て、俺はまた吹き出した。

 

 

 ああ、もう。この子、一体どんだけ俺の事が好きなんだろう。

 こんなに真っ直ぐな好意を向けられるのは久しぶりで、それが純粋にとても嬉しくもあって、俺はどうしても緩む口元を隠した。

 

 

 

「ねぇ健人くーん、楠木さんと何話してたの?」

 

「フツーに課題の話。皆は何にしたの?」

 

「あたしはジャニ!」

 

「わたしK-POP~」

 

「えー、そんなのでいいの~?」

 

「いいのいいの!健人くんは?」

 

 

 

 散々楠木さんの好意をからかっておいて、俺はクラスの女子たちが迎えに来ると彼女たちと一緒にさっさとパソコン室に戻った。

 

 後ろで明美にちょっかい欠けられている楠木さんが目の端に写る。すっかり俯いて服の端を握る彼女を、俺は見ない振りした。

 

 

 楠木さんの好意は嬉しい。

 だけど、俺はそんなに好いてくれるほど価値のある人間じゃない。

 

 勝手に妹を重ねて「懐かしい」なんて思ってる俺に、この子の「好き」はもったいなさすぎる。

 

 だから、俺の知らないところでさっさと諦めてほしかった。

 

 

 姦しい声を塞ぐように目を閉じると、瞳の泣き顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明美みたいな子たちに好かれると大変だ。

 

 何故か徒党を組んで他の子たちを妨害するくせに、自分たちは全く告白してこない。

 問い詰めてものらりくらり躱されるし、友達としては付き合っても、それ以上はごめんだった。

 

 

 だけど、今みたいな時はその威圧感がありがたくもあった。

 

 

 

「あ、そういえば楠木さんはどうだった?」

 

「え、わ、私?」

 

「そ。家庭科得意そうじゃん」

 

 

 

 二学期の期末テスト最後の教科が終わり、皆で談笑中。

 

 俺は不意に楠木さんに話しかけた。

 テストの内容をあれこれ話し、最後に手を振ってあげると狙い通り。

 明美たちの鋭い視線が一瞬だけ楠木さんを貫いた。

 

 

 この視線というのが、中々侮れない。

 大抵の気の弱い子はこれで俺への好意を諦める。

 

 たちの悪いことに、俺が自分から仲良くしてる子への時は周囲に全くその素振りを見せなくなる。

 

 そうじゃない子の時は、見せつけるように態度に出す。そして俺に、『邪魔な子は排除してあげたよ!』と言わんばかりに笑う。

 

 

 そういう特有の陰湿さで、楠木さんが俺への恋を諦めてくれないかなというのが狙いだった。

 

 

 まるでいじめの助長みたいだけど、俺は大丈夫だろうと思っていた。

 楠木さんにだって仲の良い女友達がいるし、彼女たちが守ってくれている。

 なにより、赤坂っていう目つきの鋭い男がいる。

 生意気な中学生程度なら黙らせられるアイツがいれば、実害が出るような酷いことにはならないだろう、というのが俺の寸法だ。

 

 

 ……楠木さんに恋を諦めてもらうなら、俺が適当な誰かと付き合った方が早いだろう。

 

 だけど、それだけはしたくなかった。そんな適当に付き合うなんて相手に失礼だし、そうしていいと思える子たちもいない。

 

 何より、誰と付き合っても俺は瞳と同じ目に合わせるような気がした。

 そんな思いをさせる子を、また作りたくなかった。

 

 

 そう思っていたのに。

 

 

 

「あ……那賀川くん、それ、今日の宿題?」

 

「おー、はよ。楠木さん。そうそう。やるの忘れちゃってさー。はは、見せてくれる?」

 

「そ、それはダメだよ。ちゃんと、自分でやらなきゃ。そんなに難しくないし」

 

「マッジメー。ま、だよね」

 

「うん。頑張って」

 

「おう」

 

 

 

 楠木さんは諦めてくれなかった。

 

 

 しばらくは大人しくしていてくれて、ようやく諦めてくれたかと胸をなで下ろしていたら、今度は急に積極的になった。

 その照れ振りは相変わらずだけど、楠木さんは精一杯勇気を振り絞って、俺に近づいてきた。

 

 

 

 優しい笑顔と一生懸命な様子をもう笑えない。

 恵を思わせるその様子に、俺はその姿を思わず目で追ってしまう。

 

 何やってんだ、と時折我に返っても、赤坂にそれがバレても止められない。

 この薄暗い思いを知らないで話しかけてくる楠木さんに、俺は作り笑いで応えるしかなかった。

 

 

 

「お、何楠木さん。成績悪かった?」

 

 

 

 またわざと楠木さんに話しかけて、明美たちの反感を買うよう仕向ける。

 ちょっとだけ話して背を向けると、明美たちや皆に俺は囲まれる。

 

 赤坂の手前睨みはしなかったが、彼女らの雰囲気が背中で威圧しているだろう。

 

 

 それなのに、俺の背に刺さる熱い視線は止むことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楠木さんが恋を諦めてくれないからか、そのせいで1年前の瞳との別れを思い出したからか、俺は段々部活にも集中出来なくなっていった。

 

 

 基本のシュート練習が上手く出来ない。

 いつも通りのレイアップシュートはバックボードに直撃。弾かれたボールはあらぬ方向へ転がっていく。

 

 ぼーっとしてるのが増えた。

 先輩や先生、真輔たちにまで注意されるけど、俺はそんな実感はない。

 

 ふっと揺れる黒髪が脳裏に浮かんでは現実に引き戻される。

 

 

 

「お前、ホントどうしちゃったんだー?」

 

 

 

 今日はクリスマス。

 彼女のいないバスケ部員は集まってファミレスで宴会だ。皆で自転車を押していると、真輔が話しかけてきた。

 

 

 

「ああ、今日のシュートだろ?別にちょっと上手く行かなかっただけじゃん。

俺だってそういう日あるわ」

 

「いや今日だけじゃねーって、全体的に最近のお前キレがないぜ?どしたん」

 

「……そんなに変?」

 

「うん。なんつーの?ぼーっとしてんのが増えたかな」

 

「マジ?」

 

 

 

 真輔はペラペラと俺の失態を指折り数える。

 

 

 

「マジ。シュートも上手く行かないだろ?そもそもドリブルミスも増えたし、声掛けも微妙だし、パスも微妙!

 

最近模擬試合でも注意されてばっかりじゃん」

 

 

 

 身に覚えがない方が多い。そんなにプレイが疎かになってたなんて。

 

 あんなに決心して頑張ろうと思ってたバスケなのに?

 俺にはもうこれしかないって言うのに?

 

 呆然とする俺の肩を、真輔は力強く叩いた。

 

 

 

「頼むぜエース。しっかりしてくれねぇと、今度の神月高との親善試合出れなくなっちまうぞ」

 

「……ああ、気ぃ付けるよ」

 

 

 

 その声に覇気が無いのは、自分が一番分かっていた。

 

 

 遊び終わって帰ると、父さんが上機嫌に晩酌をしながら家で待っていた。

 

 クリスマス特番の歌謡曲が響くリビングで、俺はテーブルの上に置いてある封筒を手に取った。

 毎年恒例の母さんからのプレゼントと手紙だ。封筒を開くと、プレゼントのギフトカードと手紙が入っていた。

 

 

 相変わらずの長い手紙がピンクの便せんで踊る。

 メリークリスマス、元気ですかと始まり、そこから母さんの近況報告と俺への気遣いがつらつらと書かれていた。

 

 

 最近LINEを送れてなくてごめんなさい、正社員になって忙しかったの。

 

 恵はとっても元気よ、中学に入ってから本当に元気になったわ、

 

 元気になりすぎて困っちゃうくらい。あなたのことは相変わらずだけど。

 

 あなたの方はどう?バスケ頑張ってる?体調には気をつけてね、最近寒いから……。

 

 

 一旦は流し読みしようと目を滑らせていると、最後の一文が目に止まった。

 

 

 

『今年はこっちに来てくれると嬉しいわ。

 

おじいちゃんたちも会いたがってるし、なにより会って話したいことがあるの。

 

部活や勉強が忙しくなかったらぜひ来て頂戴』

 

 

 

 そういえば、去年は受験勉強や瞳との一件があって乗らなくて、行かなかったんだっけ。

 メッセージの頻度が減っていった母さんと顔を合わせ辛かったのもある。

 

 そのせいで春休みも行かなかった。

 

 

 うん、今年は会いに行こう。

 母さんや恵に会えば、最近ボサッとしてる俺の心もシャキッとするはずだ。

 バスケを頑張るためにこっちに残ったのに、集中出来なくてどうする。

 

 ここは母さんにビシッと言ってもらって、気持ちを新たに新年から頑張ろう。

 

 

 そう決めた俺は、久々に父さんに言った。

 

 

 

「お正月、向こうに行っていいよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1月3日。

 

 2年ぶりに降り立った名古屋駅で、俺はぐっと背伸びをした。

 暖房が効いてた新幹線を降りて息を吸うと、冷えた空気が目を覚まさせる。

 

 今回は迷わず駅を出られ、ちょっと自慢に思ってまた駅を眺めていた。すると、去年と同じように背中を叩かれ、

 

 

 

「健人!」

 

 

 

声が掛かった。

 

 

 

「母さ……!……え?」

 

 

 

 喜び勇んで振り返った前には、知らない男女二人が立っていた。

 

 女とほぼ背の変わらない恰幅のいい男はきちっと高そうなコートを着こなし、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。

 

 その隣の女はゆるく巻いた明るい色の髪を下ろし、また高そうなトレンチコートを着ていた。

 

 

 そうして笑う女は、紛れもなく俺の母さんだった。

 

 

 

「ああ、元気そうで良かった!また大きくなったわね」

 

「この子が健人くんかい?かっこいい子じゃないか」

 

「うふふ、そうでしょ。早く二人を合わせたかったの!健人、ああ、本当に会えて嬉しいわ!でね、紹介したいんだけど」

 

 

 

 母さんは頬を上気させながら横の男の腕を取る。男の緊張した笑顔が近づく。

 

 耳を塞ごうとする俺の手も、逃げ出そうとする足も動かないまま、母さんのキンキンした嬉しそうな声が告げた。

 

 

 

「お母さんね、今この人とお付き合いしてるの!ほら、自己紹介して」

 

「えっと、こんにちは、健人くん。千原邦彦です。よろしくね」

 

 

 

 目の前で勝手に掴まれ、ふるふる揺らされる俺の手を別物の様に見るしか出来なかった。

 

 

 3人を乗せた車は知らない方向へ走っていった。

 知らない車の芳香剤の匂いで酔いながら、俺は後部座席に座って二人と話した。

 

 

 邦彦さんは第一印象と変わらず、話してもいい人だった。

 

 話題をどんどん提供し、冗談を沢山挟み、誰より大きな声で笑う、父さんとは真逆の人だった。

 そんな邦彦さんと話す母さんは、昔父さんと話しているときの顔と一緒だった。

 

 

 数十分車に揺られ、ようやくたどり着いたのは大きめのマンションだった。

 4階の角部屋へインターホンを押すと、『はーい、今でますー』と、今度こそ聞き慣れた声が聞こえた。

 

 

 

「あらぁ~、健人!大きくなったわねぇ~!」

 

「……久しぶり、ばあちゃん、じいちゃん」

 

 

 

 ようやく変わらない顔が出てきて、俺は酷く安心した。

 

 部屋の中を満たすばあちゃんの料理と一緒になって、知らない匂い……隣の邦彦さんの匂いが混じっている。

 

 

 ここはどうやら母さんと邦彦さん、そして恵が住んでいる部屋らしかった。

 母さんは近くの会社で事務員として勤め、そこで邦彦さんと出会ったらしい。

 

 

 邦彦さんからの猛アプローチを受け、母さんはその申し出を受け入れた。

 決め手はあなたと恵のことも受け入れてくれたからなのよ……と、母さんは言った。

 

 手紙やメッセージで教えてくれなかったのは、やっぱりこういうのは面と向かっていうべきだと考えたらしい。

 10月に引っ越し、ようやく生活に慣れてきたから俺を呼んだのだった。

 

 

 

「そっか、良かったよ!俺はいいと思うなぁ」

 

 

 

 今すぐにも吐き出したいほど味気ない夕飯を食べながら、二人を見つめて言った。

 

 

 

「母さんもいつまでも一人じゃ大変だし、恵も……。邦彦さんなら、俺大丈夫だって思うし!っはは、なんか安心したよ」

 

 

 

 母さん、邦彦さん、ばあちゃんが嬉しそうな声を上げる。

 

 ヨカッタネ、アンシンシタワ。

 

 言葉とは思えないその音に、何を言ったか良く覚えていない。

 

 

 じいちゃんとばあちゃんは一緒に夕飯を食べたら家へ帰っていった。

 恵が留守番中だからと、俺を見て名残惜しそうにして。

 

 

 

「健人」

 

 

 

 帰る直前、他の3人が恵へのお裾分けで話している間、じいちゃんに呼ばれた。そこで手渡されたのは小さなメモ用紙だった。

 

 

 

「恵からだ」

 

「え?」

 

「……大丈夫か、健人?ほら、何分、急な話だったし……。少しはショックだろうって言ったんだけどな……」

 

 

 

 メモをじっと見ながら、じいちゃんに「大丈夫。むしろ嬉しいくらい」と返す。

 マンションを出ていくじいちゃんの視線から逃げるように、俺は手を振った。

 

 

 それから俺は、明日も早いことを建前に早々に床についた。余った和室で寝転びながら、間接照明で恵からのメモを開いた。

 

 

 

『もう来ないで』

 

 

 

 それだけ書かれたメモが照明に透ける。まだリビングで飲んでいる二人の会話が聞こえてくる。

 

 

 

「大丈夫だったかな。僕、ちゃんと健人くんに受け入れて貰えたかな」

 

「大丈夫に決まってるじゃない!健人は優しい子だもの。あなたの人となりや覚悟だって、ちゃんと伝わったはずよ」

 

「ならいいけど……。あはは、僕の方が緊張しちゃって。もっと健人くんと仲良くしたいよ。恵ちゃんはすっかり慣れてくれたし……」

 

「もう、あんまり心配しないで。ただ……ちょっと、びっくりしただけよ。でも分かってくれるはず。私たちは、先に進まなきゃなんだってことを……。恵だって、受け入れてくれたじゃない」

 

「そうかな……。いや、うん。だよね。健人くんに認めて貰えるように、僕まだ頑張らなきゃ」

 

「ええ。一緒に頑張りましょう」

 

 

 

 ああ、そうだね恵。その通りだ。本当に。もう来ないよ。来たくない。こんな所来なきゃ良かった。

 

 

 メモを握りしめ、俺は枕に顔を埋めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬休み最終日、久しぶりに顔を出した部活で足を挫いた。

 

 勝手に4日も休んでおいて、取り損ねたボールを無理に追って転んだ。

 

 ワックスでつやつやの床で肌をジリジリこすり、足を押さえて無様に転がった。

 

 

 父さんに病院に連れて行ってもらうと、やっぱり1週間は安静にするよう言われた。

 

 

 

「健人。お前、しばらく休め」

 

「……え?」

 

 

 

 翌朝そう伝えると、顧問の先生はぐしゃぐしゃ頭をかき混ぜながら、俺抜きで練習してる皆を見て言った。

 

 

 

「最近調子が悪いだろう。その結果がそれだ。調子が戻るまでちょっと休息を入れた方がいい」

 

「で、でも、1週間で治るし、親善試合が」

 

「お前がバスケに集中できるようになるまで、メンバーからは抜く」

 

「……」

 

「なぁ、何があったんだ健人。皆心配してるぞ。……先生には言えないか?」

 

 

 

 見上げると目が合った。頑張って親しげな笑顔を浮かべるその顔はちょっと強ばっていて、目の前の生徒を本当に心配している事が分かった。

 

 これに似た顔をつい先日見たばっかりだった。

 

 

 

『恵ちゃん、健人くんの話になると全く話してくれないけど……でも、心配してるのが分かるよ。康子さんだって、いつも君を思ってる。最近忙しくてじっくりメールの文面考えられないって嘆いてたよ。

 

大丈夫。二人とも、健人くんのこと大事に思ってるよ。いつだって二人の心には君がいる。あと……君さえ良ければ、僕も。皆で君の夢を応援してるよ』

 

 

 

「……何も。何でも無いっすよ」

 

 

 

『僕たち、家族になるんだから』

 

 

 硬い口角を無理矢理上に向け、邦彦さんに向けたものと全く同じ笑顔で先生に笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪我人の特権でエレベーターを使って4階まで登る。鏡に写る自分の顔はぎりぎり元気そうに見えた。

 

 いつかプロのバスケットボール選手になって、そしたら家族皆が一緒になって、またあの時みたいな写真を撮れる。

 

 それだけを目標に頑張ってきた。

 

 中学の時はダメだったけど、諦めないで努力し続けていれば絶対に叶うものだと思っていた夢。

 タイムスリップでもするように、あの時の皆が集まるものだとそう思っていた。

 

 

 だけど、もうダメだ。

 

 たとえ俺がプロ選手になっても、そこに集まるのはもう俺の家族じゃない。

 俺の知らない母さんと、何年も会ってない恵と、二人を忘れた父さんと、知らない男。

 

 知らない人達に囲まれて、俺は写真に写る。

 

 

 しかも、そのプロ選手ですら怪しい。親善試合でさえ下ろされるような奴が、プロになんてなれるわけがない。

 

 

 でも俺はこの方法以外知らない。

 

 ずっとこうやって頑張ってきたから、どうすれば元の家族がもう一度集まれるか分からない。

 上手く行かないことは分かってるのに、バカの一つ覚えでバスケをするしかない。

 

 

 でも、でもそれなら……俺はこれからどうやって頑張れば良い?

 

 

 到着を告げる音が鳴って、扉が開く。鮮烈な同級生たちの声が耳を打つ。この賑やかさが、今は全部うざったい。

 

 今、カバンの全部をぶちまけて周囲の人を殴り倒したらどうだろう。

 

 バッシュもケースもタオルも練習着も、みんなみんなかなぐり捨てて、奥の窓から飛び降りたりしたら、どうなるだろう。

 

 

 いや、どうなるじゃなくて、本当にやってみたとしたら……。

 

 

 

「いやー困っちゃよなー。あーいう微妙な時間に連絡気づくと」

 

「うーん、分かるけど、何か返してあげたら?お父さんかわいそうじゃない?」

 

「じゃー楠木さんが代わりに文面考えてよ、ワークの答え代ってことでさ」

 

「それは……やだ」

 

「ほら~」

 

 

 

 人ごみの中、見慣れた二人が教室へ入っていく。

 隣の男と話している黒髪に縁取られた優しげな顔が、ふとこちらを見る。

 

 ──目が合う。

 

 

 

『お は よ う!』

 

 

 

 そう口を動かして軽く手を振る。

 その隣も、釣られて会釈を返す。

 かっこつけたようなその動作がおかしいのか、口元を押さえて笑った。

 

 次は、俺の方を見て。好きな人に挨拶出来たのが心底嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

「……あ」

 

 

 

 胸がぎゅうと締め付けられたような、それでいて足りなかったなにもかもが満たされるような感覚が襲って、衝動が全部押し流された。

 

 クラスへ消えていくその影が遠ざかるほどに、その感覚は増していく。

 

 それは後を追って歩くと少しずつ姿を変えていって、もう一度彼女を視界に捉えたときには歪んで固まっていた。

 

 

 そうだ。

 

 この子がいた。

 

 恵によく似ていて、とっても懐かしくて、優しくて、可愛くて、そして俺の事が好きで好きで堪らない。そんな都合の良い女が。

 

 こいつがいたじゃないか。

 

 

 こいつなら縋らせてくれる。

 全部の目標を失って、それでもこの道しか残ってない俺を支えてくれる。失った家族を思い出させてくれる。

 

 俺が望めばそうさせてくれる。だって恵にそっくりで、そのくせ俺の事を思ってくれてるから。

 

 

 そうだ、この子だ。

 この子がいれば、楠木さんがいれば、俺は頑張れる。

 

 縋って利用できるこの子がいれば、また。

 

 

 

「あーかさか」

 

「あん?」

 

 

 

 お前も分かってくれるだろ。許してくれるだろ。

 

 だって良いじゃん。

 

 楠木さんは優しいんだから。

 

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