俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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第29話 成長と大団円  ──コーヒーブレイクにドーナツを添えて──

 布団から出たくない、が、まぁ出てもいいか、に変わる頃。

 

 温暖化なんて嘘だろと思うくらいの寒さはしれっと影を薄くして、日光の温かさに軍配が上がるようになった2月も下旬。

 

 あと1日で3月になろうという今日、俺たちは久々に机を囲み、弁当の包みを開いていた。

 

 

 

「……なんか、久しぶりだね。こういうの」

 

「……確かに」

 

 

 

 今日の弁当はサンドイッチ。

 

 賞味期限が切れたり若干冷凍焼けしてたりするあれやこれやを適当に味付けして挟んだだけ。

 そんな適当なものでも食パン一袋をまるまる使用し、袋にぎちぎちに詰まっていると嬉しくなる。

 

 ソーセージとほうれん草の炒め物をチーズで挟むだけでこんな旨いもの出来上がるんだから、自炊というのはマジで素晴らしいと思う。

 

 

 こんなに手を抜いたもんを頬張る俺の向かいで、楠木さんは相変わらず手の込んだ弁当を頬張っていた。

 カラフルなおにぎりに、つくねの照り焼き、野菜の煮物、ひじき。

 つくねとかよく自分で作れるな。

 俺だって作れないことはないけど、めんどくさくてやる気が起きない。

 

 いわく、家族で休日に作り置きしてるからこういうのが作れるらしい。

 全く家族仲のよろしいことだ。

 

 

 

「でも、あんまりゆっくりしてられないよ?1時には行こうよ」

 

 

 

 あれからずっとお気に入りらしいパンダのピックからつくねを外しながら、楠木さんは時計を見やる。

 時刻は12:57。まだ食べ始めたばっかりなんですけど。

 

 

 

「えー。3分前とかでよくね?」

 

「それで間に合わなかったら困るよ。それに、赤坂くん2番手なんだよ。すぐ順番きちゃうって」

 

「えー」

 

 

 

 4階から1階の職員室まで行くだけなのに、何で3分以上掛かると思っているのか。

 楠木さんには職員室までの廊下が修羅の道にでも見えてるのか。

 

 

 

「僕も早めの方がいいと思うよ」

 

 

 

 と、上を見やると岡崎が音楽ファイルを持って立っていた。

 そういえば、次の時間は音楽だっけ。

 

 

 

「それに結果が気になるしさ……」

 

「お前昼は?」

 

「もう食べたよ、早く行きたいから……」

 

 

 

 ぽちゃついた指で音楽の教科書を抱えなおしながら、岡崎がはにかむ。

 それ、用意周到なんじゃなくて単に腹減ったからだろ。

 

 

 

「ほら、岡崎くんもこう言ってるし。早めに行こうよ」

 

 

 

 楠木さんはもう弁当の蓋を閉じて箸をしまい始めている。岡崎は俺たちがもう行くと思ったのか、神田さんに声を掛けに行っていた。

 

 

 

「……分かったよ。さっさと行こうぜ」

 

 

 

 食いかけのサンドイッチをラップで包みなおす。

 戻ってきた岡崎、神田さんと一緒に、俺たちはⅡクラス昇格の結果を聞きに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1年最後のテスト、3学期の期末は手ごたえ通り生物基礎以外上々だった。

 その生物基礎も皆できなかったのか平均43点で、俺は67点。

 悪くない。その他は低くても70点以上だし、全体的にいい出来だ。

 

 後はこの後返ってくる音楽が不安だけど、そんなもんこれから教えてもらうⅡクラス昇格の合否に比べれば些細な問題だ。

 

 

 

「はー、大丈夫かなぁ……」

 

「大丈夫よ。楠木さん頑張ってたもん」

 

「でもー……」

 

 

 

 やっぱり自信なさげな楠木さんの期末は、まぁ予想通りよろしくはなかった。

 

 それでも平均を大幅に下回るとかは無くなったのに成長を感じさせるが、この前の2学期期末だって芳しくなかったのを考えると、確かに不安だった。

 

 

 

「だけど、先生休み明けテストの方がクラス分けには大きく関わってくるって言ってたし……楠木さん、そっちは調子よかったから大丈夫じゃないかな?」

 

「そーそー。あと数分で分かるんだから落ち着けって」

 

「……だといいなぁ」

 

 

 

 職員室の前は、同じくクラス昇格の結果を聞きに来た1年生でそこそこ混んでいた。

 時折先生たちが顔を覗かせて生徒を探したりしている。

 

 それでも、こんな早く来る必要はなかった程度の込み具合だった。

 

 

 

「……あと7分もあんだけど」

 

「あはは……やっぱり早かったかな……」

 

 

 

 やや申し訳なさそうに笑う楠木さんを薄く睨みながら、食べかけのサンドイッチを思い浮かべる。

 俺も岡崎みたいに早く食べておけばよかった。

 

 

 その岡崎は神田さんと、いつの間にか来ていた相田と一緒に、次返される予定の音楽のテストについて話していた。

 

 他に同じクラスの奴らは見当たらない。

 1-8で……というか、俺が知っている人で、Ⅱクラス昇格を狙ってるのは見た所こいつらだけらしい。

 

 

 

「あっれ~、透くんだー」

 

 

 

 と思えば、聞き覚えのある声と覚えのない呼び方が耳を打った。

 

 楠木さんと振り向くと、気だるげに頭の後ろで腕を組み、鬱陶しい前髪の奥で笑う男……ファミレスで会ったアイツが立っていた。

 

 

 

「あーお前ー……、……湊!」

 

「ははー。その反応絶対忘れてたでしょ。おひさ~」

 

「お友達?赤坂くん」

 

「あぁ~……?」

 

 

 

 友達、とは言い難い。

 

 あれ以来学校ですれ違う事もなかったし、交換したインスタだってメッセも送ってないし投稿すら見てない。

 こいつの言った通り、本当に久しぶりだ。

 

 

 

「……知り合いってカンジ?」

 

「そんなとこー。おれ湊。湊いたるね。11組。

 

楠木サン?であってる?よろしくね~」

 

「え?あ、うん……。楠木明里、です。よろしく……?」

 

 

 

 いたる、ってどんな字だろう。至とか?

 内心頭を傾げる俺と同じように、楠木さんは不思議そうな顔で湊の手を取った。

 

 そりゃあ、今時こんなキザっぽく握手を求めてくる奴なんて珍しいから仕方ない。

 

 

 

「ははー。ま、お噂はかねがね。大変だったね~」

 

「……噂?」

 

「……」

 

 

 やっべ。

 

 

 

「まぁまぁ、解決したようで何より。つーか、二人とも昇格狙い?」

 

「そうそう!そうなんだよ!お前も?湊」

 

 

 

 ちょうどいいところで話題を持ち出してくれ、俺はそれに食いついた。

 湊はにへらと笑い、また頭の後ろで腕を組む。

 

「そのとーり。おれ受験でバカ失敗しててさぁ。ちょっとは上のクラス行けって言われてんの。

 

いやー、上がってるといいよね、お互いに!」

 

「ふふ、そうだね」

 

「だな」

 

 

 

 『言われてる』って、随分親が厳しいんだな。

 

 そう思うとちょっとこいつがかわいそうに思えてきて、その余裕ぶった雰囲気も緊張を隠してるんじゃないかと勘繰った。

 

 

 

「湊いたるー!いるか?」

 

「お、呼ばれた。んじゃ、またね透くん、明里ちゃん!」

 

 

 

 同情しかけた瞬間、湊は先生に呼ばれとっとと走って行ってしまった。

 というか、もう名前呼びって……。距離感の分からないやつだ。

 

 

 隣を見ると、嵐のように過ぎ去った湊を楠木さんは呆然と眺めていた。

 

 

 

「どーしたよ。急に名前呼びされてビビった?あーいうやつ苦手?」

 

「あ……ううん。そうじゃなくて……」

 

 

 

 楠木さんは視線をこちらにやらないまま、ぼそっと言った。

 

 

 

「そういえば、透くんって名前だったなぁって……」

 

「はは。頭カチ割られてぇか明里ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、来たな赤坂。お前は……」

 

 

 

 残りを雑談で時間を潰し、ようやく俺の番が回ってきた。

 

 どうやら通ったらしい相田の自慢げな表情に呼ばれ、コーヒーの香り漂う職員室へ足を踏み入れた。

 

 

 先生はじらしているのか本当に見当たらないのか、パソコンの画面をしばらくさ迷う。

 さすがの俺も心拍数が上がってくる。

 

 え、通ってるよな?大丈夫だよな?もしダメだったら──

 

 

 

「うん、昇格だな!」

 

「へ」

 

 

 

どうしよう。

 

 そう泣き言を心の中でつぶやく前に、先生はサラッと昇格を告げた。

 

 

 

「いやぁ1学期期末からいい感じに伸びてきてるな!

 

特に今回の期末なんて多分クラス……あ、いやこれは終業式まで内緒だ。

 

とにかく、よく頑張った。Ⅱクラスに上がっても気を抜くなよ!」

 

「え、あ、マジですか」

 

「ははは、実感ないか。大丈夫、来年からⅡクラスの文系コースだ。ほら、次。岡崎呼んで来い」

 

 

 

 先生はコーヒーを一口飲みながら、早く早くと手を振った。

 

 実感も無く俺は歓声を上げる機会を失い、変に慌てて岡崎を呼びに行った。

 

 

 

「赤坂くん、どうだった?」

 

 

 

 岡崎が緊張した面持ちで職員室に入っていくのを見届けると、楠木さんと神田さんが近寄ってきた。

 相田はとっとと教室に戻ったらしい。

 

 

 

「あ……うん。受かった。昇格」

 

「っ、本当!?」

 

 

 

 自分でも実感がないままそう言うと、目の前の女子二人はぱあっと顔を輝かせた。

 特に楠木さんは自分の事のように飛び上がって喜んだ。

 

 

 

「やった!やったね赤坂くん!」

 

「……お、落ち着けよ。お前がまだじゃん」

 

「……あ、そっか……」

 

「あはは、確かに、二人が喜ぶには早いね」

 

「神田さん!僕やった!呼んでるよ!やったぁ!」

 

 

 

 何故か楠木さんを落ち着かせていると、岡崎がとんでもない身軽なステップでやってきた。

 よっぽど嬉しかったのか、感想と呼び出しが混ざっている。

 

 それを聞いた神田さんはすっと落ち着いた顔になって、ゆっくり職員室へ向かっていった。

 

 

 

「じゃ、いってきまーす」

 

「行ってらっしゃい!」

 

「神田さん!うん、頑張れ!」

 

 

 

 何を頑張るんだよ今更。

 

 

 

「お前は落ち着けよ」

 

「うん、うん。でも嬉しくて。あはは、喜んだらお腹空いたや。購買まだなにか残ってるかな?」

 

「えっ。……あー、まぁ、適当なパンくらい売ってんじゃね?」

 

「うん、だよね。きっとあるよね!はは。ちょっと行ってくる!」

 

「ふふ、行ってらっしゃーい」

 

 

 

 岡崎は全く落ち着かず、その身軽なステップのまま外の自販機に走っていった。

 まだ食うのか……。

 

 楠木さんがひらひら手を振る中岡崎の姿が廊下の先に消えると、今度は神田さんが職員室から出てくる。

 結果は……表情を見れば分かった。

 

 

 

「うふふ。これで一安心!はぁ~。よかったぁ~」

 

「お疲れ」

 

「ね~お疲れ~。ほら楠木さん、行ってらっしゃい!」

 

「いいい、行ってくる!!」

 

 

 

 神田さんの昇格を喜ぶ暇もなく、今度は楠木さん。

 ポニーテールを慌ただしく揺らし、あたふたと職員室に入っていった。

 

 

 

「あれ?岡崎くんは?」

 

「受かったら腹減ったって。自販機に走ってった」

 

「ぷふっ、岡崎くんらしいなぁ。……わたしもお腹空いてるし、先に戻るね!教科書も取ってこなきゃだし」

 

「おう」

 

「また後でね~」

 

 

 

 そういや、俺も腹減ったなぁ。

 

 緊張が薄れて空腹感が戻ってきた。

 とはいえ、楠木さんを置いていくのも忍びなく、俺は大人しく待った。

 

 

 

「透くんおめでと~」

 

「うぉあっ!?」

 

 

 

 突然さっき大人しく分かれたはずの声が急に耳元でして、俺は飛び上がった。

 

 思った通り、湊が驚異の至近距離でニヤニヤと笑っていた。

 体育着に着替えている。

 てことは、一度着替えてまた戻ってきたのか?いちいち?

 

 

 

「ははー。思ってたよりビビりだなぁ」

 

「だなぁ、じゃねぇよ急に来やがってあんなん誰でもビビるわ」

 

「ごめんごめん。おれも受かってたよ~って言いに来ただけ」

 

「あっそ」

 

「えー冷てー」

 

 

 

 冷たいじゃない。2回しか話してないのに距離感が近すぎるんだよ。そんなん困惑するに決まってんだろ。

 

 湊は俺の怪訝な顔を一瞥し、それを面白がるようにくつくつと笑い声を漏らした。

 

 

 

「ワンチャン来年同じクラスんなるかもしんないんだからさー。ま、今後ともヨロシク」

 

「そんなん分かんねーじゃん」

 

「えー、だって4分の1じゃん?確率高くね?ま、そんだけー」

 

 

 

 本当にそれだけ言うと満足したのか、湊はひらひら手を振って去っていった。

 何だったんだあいつ。

 

 

 というかそういえば、文理別れるのも2年からか。

 

 11月ぐらいに希望を出して、それで終わったと思ってスッキリしていた。何よりあの頃は他の事で頭いっぱいだったし。

 

 

 俺は文系で希望を出した。

 

 数学が苦手……というのもあるにはあるけど、1番に理系の就職先でやりたいことがなかった。

 まぁだからと言って文系にあるかと聞かれたらこっちもないけど。

 

 俺の将来は大学に行って就職する、で止まっていて、その先なんて思い浮かばない。

 少なくとも理系職には就かないだろう、と思って文系で出したんだった。

 

 結構好きな地理が文系じゃ受けられないけど、地理の為だけに理系に行くほどじゃない。

 何となく文系科目の方が得意だから……なんて、適当な理由で文系を選んでいたんだった。

 

 

 そういや、楠木さんはどっちで出したんだ?つーかなんか遅くね?

 

 

 職員室の方を見やると、ちょうど楠木さんが出てくるところだった。

 ……なんか走ってきてる。

 

 

 

「やったぁ!やったよ赤坂くん!私もⅡクラス!!」

 

 

 

 抱きつかれる、なんてことはなく、楠木さんは俺の目の前にすっ飛んできて停止した。

 有り余った勢いのまま、嬉しそうに捲し立てる。

 

 

 

「はぁ~やったぁ、やったね!ついにやったよ!赤坂くんのお蔭!ありがとう!」

 

 

 

 周囲の人がこっちを見るほど大きな声が廊下に響く。

 生徒・先生の視線が俺にまで突き刺さる。

 

 でも、俺は視線なんか気にならないくらい喜びの方が高まっていった。

 

 

 そっか。本当にⅡクラスに行くのか、俺。

 

 1学期に決めてから楠木さんと協力して頑張って、色々方法試してみて、時々失敗したりしたけど地道に勉強して。

 

 ついに、最初に決めた目標が果たされたのか。

 

 

 俺はついに、やり遂げたのか!

 

 

 

「はは……そうか、Ⅱクラスか……。ついに、ついに!?」

 

「ね、ね?すごいよね?やった!やったよ赤坂くん!」

 

「なぁ?俺らやったよなぁ!?っはは!」

 

 

 

 楠木さんが両手をぐっと突き出す。俺はそれに、強く手のひらを当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、お前ら来年からはⅡクラスか!すげーじゃん」

 

「だろ~?頑張った甲斐があったってもんだな」

 

「うへぇ。よく出来るよなぁ。オレぜってぇ無理」

 

 

 

 結局食べられなかったサンドイッチを5限と6限の間という短い時間で詰め込みながら、那賀川と間中に相槌を打つ。

 

 

 

「無理って、そもそもお前は元からギリギリだろ?進級大丈夫なんだろうな」

 

「追試は確実!」

 

「……ゲホ、ホントにギリギリじゃねぇか」

 

 

 

 照りマヨで隠しきれない鶏肉の冷凍焼けの風味が鼻から抜けていってむせる。

 それがウケたと思ったのか、間中はなぜか自慢げに語った。

 

 

 

「いや通知表返ってこなきゃ分かんねぇけどよ、数Aはもう先生から言われてんだよ。『お前は追試だ!』って」

 

「何の自慢にもなってないぞーそれ」

 

「でも追試だぜ?高校でしか受けられねーじゃん、記念記念」

 

「喜ばしくない記念だなそれ」

 

「大丈夫!片岡よかマシ」

 

「あいつはデッドラインなんだよ」

 

「その通り!」

 

 

 

 ようやく照りマヨサンドを食べきった俺がそう突っ込むと、トイレから帰ってきたらしい片岡が顔を突っ込んできた。

 

 

 

「1-8最下位常連とはオレの事よ」

 

「不名誉すぎるだろ」

 

「別にオレが悪いわけじゃねぇもん。テストがオレのレベルにあってねぇだけだし」

 

「それがバカだってんだよ」

 

「いや分かるぞ片岡!特に今回の数Ⅰなんて大問1から分かんなかったもんな!」

 

「いやそれな、特によぉ」

 

 

 

 唐突に始まった嘆きに見せかけたバカ自慢を、那賀川と顔を見合わせて笑う。

 

 と、その時那賀川の頬に何か白い線が走っているのが見えた。昨日も一昨日も会ってたのに気が付かなかった。

 

 

 

「……あぁ、これ?」

 

 

 

 俺の視線に気が付いたのか、那賀川はトントンと指で差して見せた。

 頷くと、ばつの悪さと変な喜びがないまぜになった、とてもイケメンには似合わない笑顔が広がった。

 

 

 

「世の中にはなぁ赤坂、ビンタ飛び越えてひっかいてくる子がいるんだよ」

 

「……マジ?」

 

「マジ」

 

 

 

 と、なると……。

 こいつが誰に会いに行ってどんな目に遭ったのか何となく思い当たって、噴き出した。

 

 ざまぁない。よくやってくれた。

 

 自分でもそう思ってるのか那賀川も声を殺して笑い、しーっというジェスチャーをした。後で教えてくれるらしい。

 

 

 そこでタイミングよくチャイムが鳴り、俺は慌てて世界史の教科書を引っ張り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤坂くん、大丈夫?そんなに疲れてた?」

 

「そういうわけじゃねえけど、マージで眠くて……」

 

 

 

 6限の世界史なんて授業の前に飯食ったのが悪かったのか、Ⅱクラス昇格が確定して安心したのか、気が付けば6限終わりどころか帰りのHRが始まっていた。

 

 しかも冬休み明けテストの結果返し中。先生に名前呼ばれても起きなかった。

 皆に笑われたのと、貰った結果におったまげたのとで、すっかり目は覚めたけど。

 

 

 

「自転車に乗りながら寝ちゃだめだよ」

 

「流石にねーよ」

 

 

 

 春の気配を感じながら楠木さんと向かうのは、駅にあるミスド。

 そういや行ったことなかったという訳で、Ⅱクラス昇格祝いを兼ねて行くことになった。

 

 にしてもドーナツか。久しぶりだ。何を食べようか今から迷う。

 

 

 

「うふふ、何食べようかなぁ」

 

 

 

 楠木さんもそうらしい。赤信号で止まりながら、緩んだ顔で空を仰いでいる。

 青空には色んなドーナツが思い浮かんでるに違いない。

 

 

 

「楠木さんがちゃんとミスド食べたことあって安心したわ」

 

「お父さんがたまに買ってきてくれるから。……あ、でもお店で食べるのは初めてかも……」

 

「まーた注文の仕方分かんないとか言うなよ~?」

 

「言わないよ!もう、いつまで言うのそれ」

 

「いつまでも~」

 

「ちょっとー」

 

 

 

 なんてからかいつつ十数分後。

 駅のテナント2階に入ったそこは、思っていたより空いていた。1階のスタバに客吸われてるんだろうか。

 

 少し失礼な事を思いながら、トレーとトングを取る。楠木さんはおずおずと同じように手に取った。

 

 

 

「やっぱり分かんないんじゃん」

 

「……来たことないだけだってば」

 

「ガーキ」

 

「うるさーい。それにどうせ、赤坂くんの見れば分かるし」

 

「はいはい」

 

 

 

 カチカチ、とトングで音を立てると楠木さんはちょっとむっとして、でもすぐに目の前のドーナツで顔を明るくした。

 分かりやすいなぁ。

 

 

 

「そーいや、楠木さん何好きなの?俺オールドファッション」

 

 

 

の、チョコ掛け・チョコファッションを早速取る。

 

 これは外せない。

 

 小学生の頃なんか地味だと思って避けてた自分を心底バカだと思うくらいには好きだ。

 口の中の水分全て持っていかれた後にコーヒーか紅茶を飲むとより旨い。

 

 

 

「私?私はねえ……」

 

 

 

 どうせポンデリングだろ、と思っていたら楠木さんはその横、ハニーディップをトレイに載せた。

 

 

 

「へー、意外。食べたことないわ俺」

 

「えーもったいない、おいしいよ?」

 

「マジ?」

 

「うん、オススメ!食べようよ、私も赤坂くんの好きなの食べるから。交換しよう?」

 

 

 

 楠木さんは素早くチョコファッションを自分のトレイに載せ、もう一つのハニーディップを取った。

 

 そんなに好きなのか、これ。そのキラキラした期待の目で見られるとNOとは言えず、俺は乗せるよう顎でしゃくった。

 

 

 後はお互いコーヒーを付けて会計を済ませ、窓際のカウンターを陣取った。

 適度にビルの建った駅前の景色が程よく見える。

 

 

 

「赤坂くん、コーヒー飲むんだね」

 

「バカにしてんのか」

 

「違うってば。だって、普段お茶ばっかりじゃない?水筒の中身も紅茶か麦茶だし、マックとか行っても飲まないし」

 

「マックでコーラ以外の選択肢はねーって」

 

「じゃあなんで?」

 

 

 

 楠木さんの目が少し細められる。『コーヒー飲めなーい』とかいう答えを期待してるのかもしれないが、残念ながら違う。

 

 俺はマグカップのコーヒーをこれ見よがしに一口飲んでから口を開いた。

 

 

 

「うちって母さんがインスタントコーヒーしか買ってこなくてさ、小さいころ一回真似して溶かして飲んだら超マズくて、二度と飲むかってなったんだよ」

 

「うんうん」

 

「で、中学の頃歩夢んちに遊び行ってさ。そしたら歩夢のお母さんコーヒー出してくれて?まぁ、我慢して飲んだらさ」

 

 

 

 更にもう一口飲むと、あの時とはちょっと違うものの、『コーヒー』の味がした。

 楠木さんも同じように一口飲んで、可笑しそうに微笑んだ。

 

 

 

「美味しかったんだ?」

 

「そーいうこと。ドリップする奴飲んだことなくてさ。

 

で、その日から俺はドリップコーヒーしか飲まない小生意気な中学生になったわけ」

 

「わー、生意気だー」

 

「でもさっきも言ったけど母さんインスタントしか買わねぇの。だから普段はお茶ばっかりって話。あっちは安物でも対して味変わんねぇし」

 

「なるほどね~」

 

 

 

 説明し終わると楠木さんは納得したのか、ハニーディップに手を伸ばした。

 コーティングが崩れるのを気にしながら、小さく噛みちぎる。

 嬉しそうに顔をほころばせるその顔が子供っぽい。

 

 俺も真似してハニーディップを齧った。

 

 

 

「……ふふ、どう?」

 

「確かに旨いわ」

 

「でしょ~?」

 

 

 

 オールドファッションとは違うふかふかの食感と、コーティングのハチミツが良く合う。

 パラパラそのコーティングが落ちてちょっと食いづらいが、結構好きだ。

 お気に入りの一つに加えてもいい位。

 

 

 

「そーいう楠木さんは?小さい頃からコーヒー飲めたの?」

 

 

 

 見せつけるようにコーヒーを飲みながら聞くと、楠木さんは手を拭きながら答える。

 

 

 

「まさか。ちゃんと子供らしく苦手だったよ。

 

でもおば……祖母が、飲もう飲もうって。それでずっと我慢して飲んでたから、克服は早かったよ。

 

……赤坂くんよりもね?」

 

 

 

 ちょっとバカにするような笑顔が覗く。

 クソ、なんか悔しい。

 

 

 気にしてないようにチョコファッションを口に運ぶ。

 安定の美味しさ。このサクサク感とチョコの組み合わせが好きだ。

 楠木さんも一口齧る。見慣れているけど、ドーナツで見るとその一口が余計小さく見えた。

 

 

 

「どーよ」

 

「ん、おいしいよ。…………コーヒー頼んでおいて良かった」

 

「っは、確かに」

 

 

 

 2つの意味でこのドーナツには飲み物が欠かせない。

 

 絵に描いたように完璧なコーヒーブレイクはゆっくり過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、また美香ちゃん太田くんとの写真上げてる」

 

「またぁ?うわマジじゃん。暇してんのかあいつら」

 

「二人ともあんまり忙しくない部活だから……かな?」

 

 

 

 こっちとは違って大成功した美香と歩夢カップルは見ての通りいちゃつきまくってる日々を送っている。

 いや、いちゃついてるのは5月のときから変わってないけど。

 

 

 例のテスト最終日の日、こいつらは連れ立ってゲーセンにやってきた。

 

 幸せオーラ全開、告白大成功!そっちもでしょ?

 みたいな雰囲気でやってきたもんだから、楠木さんの恋路にそりゃあブチぎれた。

 

 主に美香が。

 

 

 部活で来れなかった麗と茜で一緒になってLINEでキレ、謎に俺と信久に八つ当たりし、例の復讐を力説した。

 

 女子の怖さってヤツを久々に思い出した時間だった。

 

 挙句帰った後も何か『作戦会議』的なものに召集され、女子たちのいかに那賀川がクソかを散々聞かされた。

 

 んなもん聞かされなくても分かるわ。

 

 

 仕方ないので男子は早々に抜けだし、蓮也・遼太郎も混ぜ『歩夢からかい会』を開催した。

 

 今思えば美香もそういう惚気的なのがやりたかったのかもしれない。交際初日だというのに酷いことをしたかも。

 まぁ、今幸せそうだからいいだろ。

 

 

 写真を見るに、美香の学校近くのクレープ屋らしい。

 

 歩夢の神月高から美香の神商高まで結構距離がある……というか正反対の方向なんだが、良く行ったな。

 恋のパワーってやつだ。

 疲れ切った歩夢の顔は幸せいっぱいで若干憎たらしい。

 

 

 

「……ふふ、クレープいいなぁ」

 

 

 

 自分とは違って綺麗に成立したカップルを見て、楠木さんは本当に楽しそうに微笑えんだ。

 

 

 女子って失恋したら髪を切る、みたいに思っていたけど、あの日以来楠木さんはポニーテールのままだ。

 

 理由は、未だに那賀川を引きずってるんじゃ無くて、単に気に入ったから。

 那賀川との恋を経て変わった自分が好きになったから。

 

 窓に映った自分を見て微笑みかけるようになった楠木さんを見て、そうじゃないかなって思ってる。

 

 その髪型(フラれたときのまま)で那賀川に話しかける、ちょっとした復讐も兼ねてる気もするけど。

 

 

 そんな楠木さんの感情を受け止めたのか、那賀川は今まで通りだ。

 

 やりたいことやって言いたいこと言ってスッキリしやがって、って思わなくもない。

 というかフツーにまだムカつく。

 

 でも楠木さんはひっくるめて許したし、俺だってそんな憎いわけじゃない。

 何よりアイツは十分罰を受けただろうし、まぁいっかってカンジだ。

 

 こんなうっすらした許しがきっと俺らには丁度良いだろう。

 

 

 勉強も上手くいった。

 恋路にも決着がついた。

 

 コーヒーの苦みが全部を洗い流していく。

 安堵、安心を通り越して、あとはひたすら平穏な日常があった。

 

 

 

「……大団円ってカンジだな」

 

「……そうだね。色々、上手くいったし。綺麗に終わった1年生だったと思わない?」

 

「あと1か月あるじゃん」

 

「だーかーら、全体的に!ほら、これもさ」

 

 

 

 楠木さんはカバンをあさり、紙を一枚取り出した。

 それが何だか分かって、俺も同じものを取り出す。

 

 

 

「……改めて見るとすごいね」

 

「それな……」

 

 

 前回の俺の夏休み明けテストは、三教科合計順位がⅡ、Ⅲクラス合同の281人中187位。

 3教科全部が下から数えた方が早いという絶望ぶり。

 

 それがなんと今回、281人中39位。

 

 は?39位?何それ?

 

 なんと上がること148位。上位ってレベルじゃない。こんな点数良いのはガチで人生初めてかもしれない。

 

 教科ごとだと、数学が45位、英語は62位、国語が10位。

 10位!?!?

 テストの計算システムがバグったんじゃないかと思った。

 

 こんなの見せられたら目も覚める。

 

 

 対して、楠木さん。

 前回は……あった、152位。

 そして今回は43位。こっちも驚異的伸びだ。

 

 教科ごとで、数学32位、英語72位、国語38位。

 数学なんて完全に負けた。英語だってあんまり差はない。

 

 こりゃ驚異的成長と言えるだろう。

 

 

 

「すごいねぇ……。うん、ほんとにすごい……」

 

「そういやさぁ」

 

 

 

 改めて見返し、『すごい』しか言えなくなった楠木さんに声を掛ける。

 この点数差を見て、やっぱりそうなんじゃないかと思った。

 

 

 

「楠木さん文理どっちって言ってたっけ?」

 

「え?理系だよ?……あ、もしかして」

 

 

 

 やっぱり。

 

 言ってたというか聞いてもいないしお互い話もしなかったが、どうやらそうらしい。

 

 

 

「俺文系」

 

「あー!」

 

 

 

 文理が違うという事は、授業内容が違う。

 だから、クラスも違う。

 

 楠木さんとは2、3年で同じクラスになることは二度とないってことだ。どっちかが文転・理転しない限り。

 

 

 ぼけーっと口を開けた楠木さんと目が合う。

 

 せっかくここまで来たのに、もう同じクラスになれないなんて、来年からどうすればいいんだろう……。

 

 なんて顔じゃなかった。

 

 

 

「そっかー、忘れてたね」

 

「来年から別々だな」

 

「そうだねー」

 

「なー」

 

 

 

 多分俺も同じ顔をしているだろう。

 そーいや話すの忘れてたね、なんてアホ面。

 それだけだった。

 

 

 別に、クラスが別だからなんだっていうのか。

 

 どうせ登下校は一緒だし、昼食は一緒に取ったりするだろうし、そもそも2年のクラスでも友達できるだろうし。

 

 つまるところ、クラスが今更分かれようが、俺らの関係は全く変わらないだろうという信頼があった。

 そのくらい強固なユージョーとやらをこの1年で育んできたと、俺は胸を張って言える。

 

 

 まぁ、そんなの楠木さんには死んでも言わないけど。

 

 

 

「ふふ、次のクラス楽しみだなぁ!」

 

「先生も気にならね?変なのにあたったらやってらんねーよ」

 

「………………篠塚先生とか?」

 

「っちょバカお前!!誰か聞いてたらどうするんだよ!」

 

「だ、だって赤坂くんも嫌じゃない?」

 

「え、死んでも嫌。……って何言わせんだよ!」

 

「……っく、ふふふ……」

 

「ふざけんなよ……っ、ぶはっ」

 

 

 

 だって、これからも時折こんな時間が過ごせるなら、これ以上望むことはない。

 








好きなドーナツ


赤坂くん:チョコファッション

母さんに「今日ドーナツ買ってくるからね」と言われ、わくわくしながら家に帰ったら弟と父さんにほとんど食べられていた。
そこでポンデと一緒に残ってたのを食べたのがきっかけ。


楠木さん:ハニーディップ

昔友達にポンデライオンたちのグッズを持っている子がいて、中でもハニーシッポがかわいくて気に入った。
それで興味を持って食べたらおいしかったのがきっかけ。
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