第31話 元不良(?)とワガママ少女 ──幸か不幸か不協和音──
「赤坂くん、今日もサンドイッチ?」
「そ。買いだめしてるパンとレタスが限界でさ」
「へぇ~。そりゃ大変だ」
「でも毎日おいしそうだよね。今日は何?」
「ベーコンレタス目玉焼きのチーズ入り」
「え~すげぇなぁ。おれにも作ってよ~」
「……楠木さんは今日ハンバーグ?」
「うん。昨日今日の分も作っておいたの」
「ええマジぃ!?全部自分で作ってるんだ。明里ちゃんすごいなぁ」
「ふふ、ありがと」
「…………」
「?」
「……お前さ」
「ん~?」
「しれーっといるんじゃねぇよ!なんだお前!」
「湊
「ふふ、そうだね」
「そうじゃねぇよ!」
そうじゃねぇよ。
あと2,3回言いたいのを堪えて、俺はサンドイッチにかぶりついた。
死にかけのレタスとペラいベーコンだけど、目玉焼きが良い感じに焼けてるので文句はない。
腹壊しそうな程生でもなければ、水分が消し飛んだのかと思うほどもっさもさでもない。
半熟の影をうっすらと感じられるしっかり焼き。
最近覚えた両面焼きのおかげだ。
いつも通り蒸し焼きにしてからひっくり返し、がーっともう一面を焼く。
生すぎることもないし、焼き目が増えて単純に旨い。
実に素晴らしい昼食だ。
「ははー、透くんひっでぇのー」
……背中にずしっとのしかかる、こいつの存在がなければ。
時は三日前。始業式初日に遡る。
4月7日。
信じられないほど軽くなった財布をリュックにしまい込み、久方ぶりの学校にやってきた。
片岡の再試を見届けに入った以来の学校に、元3-2クラス会以来の楠木さんと一緒に足を踏み入れると、奇妙な高揚感と1mmの懐かしさが訪れた。
別に今さら進級にわくわくなんかしねーし。
なんて思っていたけど、3階の2-8に入ったり、2、3年しかない体育館に並んだりすると、何故か口元が緩んでしまった。
あー、もういいや進級に心躍らせるガキでも。
クソつまらん校長のお話をクソ真面目に聞きながら(正しくは、フリをしながら)開き直った。
実際楽しみなんだからしょうがない。
だって2年だ。
文化祭に修学旅行があるなんて豪華すぎるだろ。
12月を越えたら一気に受験の波が押し寄せるとはいえ、多分一番楽しい学年に違いない。
始業式もクラスが2-5に決まったのもどこかウキウキしながら聞き、俺は足取り軽く5組に向かった。
7組に決まりスキップ気味に向かっていく楠木さんに手を振ってクラスに入ると、やっぱり知ってる人はほぼいない。
神田さんと相田が一緒なのは嬉し……いや、相田は……いやいや、まぁ、嬉しいということにしておいて。
何もかも真新しいクラスに、俺は目を輝かせていた。
……この時までは。
「と、お、る、くーん!」
「うげ」
背中に走る衝撃と共に、妙に馴れ馴れしい声と呼び方。
鬱陶しい前髪とニヤついた笑顔に、俺は数週間前の嫌な予感がぶり返した。
「お前、湊!」
「お、覚えてくれてる。ははー。やっぱ同じクラスになったじゃん!バカ嬉しい!よろしく~」
「……よろしく」
十数年ぶりに再会した親友でもこんなにしないだろうというくらいバシバシと背を叩き、湊はあっという間に離れていった。
何だコイツ!と思う暇さえない。
「お友達?」
「……さぁ?」
不思議そうに眺める神田さんと相田に愛想笑いしつつ、俺はそこら中に挨拶して回る湊の声をもううんざりした気分で聞いていた。
そしてそれ以来、湊はずっと俺についてきている。
「透くん集合だって!一緒に行こうぜ」
「透くーん、視力どうだった?おれ0.2も下がったんだけど!」
「あー明里ちゃんいたよ!おーい明里ちゃん!透くんが探してる!」
このざまだ。
「君も大変だな、湊に気に入られて」
「……全くだよ」
俺の後ろの席、井ノ上は心底同情したように言った。
こいつは去年湊と同じクラスだったらしく、俺の肩を励ますように叩いた。
「あいつ妙に距離近くてちょっと怖いよね」
「最初は面白い奴だと思ったんだけどなぁ」
「はは、ハウルみたいなこと言ってるな君」
なんか快活に笑い飛ばされながら、俺は大きくため息をついた。
「でも別に、悪い人じゃないよね」
それを帰りの電車で愚痴ると、楠木さんは新クラスの悩みなんて無さそうな顔で笑った。
谷中の友達のユリって奴が同じクラスになってたくさん話しかけてくれるらしく、適度に馴染めているようだ。
谷中も田中も遊びに来てるようで、この子は毎日楽しそうだった。
「そこが問題なんだよ」
そう、俺だって湊に悩まされてるだけじゃない。すごいフレンドリーと言うことは、(まぁ多少ビビってる奴もいても)友達は多いというわけで。
そんな奴に何故か超気に入られてる俺は、その恩恵をたっぷり受けていた。
去年は一体何だったのかと思うほど、クラスには速攻で打ち解けたし、何なら他のクラスの奴らとも仲良くなった。
それにベラベラ聞いてもないのに話してくる噂も面白い。
あの先生が部活にのめり込みすぎて離婚間近だとか、こっちの先生は最近子供が生まれてデレデレだとか、あの生徒は中学時代男と遊びまくってただとか。
どこで仕入れてくるのか知らないけど、こいつが「歩くゴシップ」なんて言われてるのも納得だった。
そりゃあ那賀川の噂も知ってるわけだ。
「ふふ、でも私は湊くん面白いから好きだよ」
「まぁ、俺だって嫌いじゃねぇけどさぁ」
苦手……って程でもない。ちょっと距離感掴みかねてるだけだ。
「……仲良くはしとくか」
「そうそう、せっかくだしさ」
そうして今に至る。
相変わらず昼食を一緒にしてる楠木さんはこいつにもすっかり慣れたのか、背中越しに手元を覗き込む湊と普通に話している。
「ねー、透くんひどくなぁい?明里ちゃんは優しいのになぁ」
「ふふ、そうかなぁ。びっくりしてるだけだよ。急に来たから」
「透くんビビリだもんねぇ。あ、卵焼きだ。ちょっとちょーだいよ」
「だめ」
「……おい」
ちょーっと、距離が近いんじゃないか湊。
俺みたいに抱きつきはしないものの、楠木さんの背に湊はぴったりついていた。今にも肩に顎を乗せそうだ。
そりゃあ女友達が少ない訳だ。女子にもこの距離感じゃあ引かれるに決まってる。
つーか、楠木さんも何か言えよ。
出会って3日なのにそんな近い男は絶対禄なのじゃないぞ。
……いや待て、もしかして楠木さんこういう男がタイプなのか?こういう優男~ってカンジの、距離近な奴が好きなのか?
『前例』的にも可能性は高い。
そんなこと言い出したら今回は止めるぞ。
爽やかな那賀川と違って、こいつなんか濁ってるし。
……いや、那賀川だって濁ってたけど、そうじゃなくて。
なんかこう、ベタッとしてるだろ。
いや那賀川だってベタッてしてたけど!
少なくとも、俺はこういう奴止めといた方が良いと思うぞ楠木さん。絶対止めるからな。
そう決意をしたとき、クラス中に声が響き渡った。
「徹ー!!いるー!?」
途端バッと楠木さんから離れる湊。
前世は兵隊かなんかと思うほど背筋をピッと伸ばし、腕をビシッと上げた。
「はいいます!ここ!」
「あ、ほんとだ」
じわじわ元の喧噪が戻りつつあるクラスの中を声の主が闊歩してくる。
近寄ってきたその顔を見て、声を上げたのは楠木さんだった。
「え?百合ちゃん!」
「やっほー明里」
百合、ってことはコイツが例の楠木さんのクラスメイトか。
徹も知り合いらしく、顔を輝かせた。
「百合ーっ!!」
「徹も」
振り向くと、一人の女子が仁王立ちしていた。
二人を見てくしゃっと崩れる猫のような顔立ちと、ふわっとセットしてる髪。
女子にしては背が高い。
嬉しそうに立ち上がった湊とあんまり変わらなくて、確かこいつ昨日の身体測定で170って言ってたから、165は越えてるだろう。
……結構スタイルいいな。
「……で、あんたが赤坂透くんか」
そうまじまじと見ていると、向こうも品定めをするように見下ろした。
つま先から頭まで……特に茶髪をじっくり眺めると、そいつは楽しそうに、ニッと笑った。
「あっは。やっぱ見立て通り面白そう!あたし朝風百合。ま、よろしくね」
「は?あぁ……。よろしく朝風」
『見立て通り』って、なんだ……?
それはそれとして朝風は満足したのか、湊の方に向き直った。
「上手くやってんじゃん徹ぅ。いーこ」
「っしょ~?もっと褒めてもいいと思うけどなぁ」
「あーはいはい。じゃ、上手く続けといて。失敗したら超許さないから」
「も~」
「あぁあと、後でパン買ってきてくれない?5時間目の後にでも届けて」
「うえぇ?分かったよぉ……」
「じゃ。そんだけ。明里もまた後でね!」
「うん、またね百合ちゃん」
そうして朝風は足音高く教室を出て行った。
何だったんだあいつ。『上手く続けといて』とかも気になるし、それにまあ印象通り高圧的なことだ。
湊はアイツに完全にパシられてるらしい。
イマドキパンのパシりとかあるか?フツー。
まーた面倒くさい奴と知り合いになってしまった。
「っはぁ~……」
湊はため息と共に、ガクッと足を折ってしゃがみ込んだ。
お前も苦労してるんだな。そう思って、声を掛けてやろうとした。
「……超可愛い………」
「………………は?」
「……で」
「ん~?」
「まーたついてくるってか」
「そーいうことぉ。ははー、透くんも慣れてきたねぇ。ねー明里ちゃん」
「そうだねぇ」
放課後。
自転車を押しながら校門へ歩いていると、当然のように湊が後ろに現れた。
クソ、こいつロードなんか乗りやがって。
特徴的なドロップハンドルを見せびらかすように、湊は俺らの隣に並んだ。
「でどこ行くの?」
「ゲーセン。『中学の』友達に誘われてる」
場違い感を強調してどっか行ってくれないかな、と思ったけど湊にはそんなの関係なさそうだった。
「へー。透くんは分かるけど、明里ちゃんもそういうとこ行くんだ、意外だなぁ。何遊ぶの?」
「色々だよ。この前はめだるげーむ?やったし、後は音楽のやつとか、バスケットボールのやつとか。
一番好きなのはクレーンゲームなんだけど、……何でか赤坂くんに止められちゃうの」
「えー。透くんなんでそんなことすんのー?」
「……お前も見りゃ分かるよ」
この前さすがにもう平気か?と思ってクッションに目を留めた楠木さんを放っておいたら、無事に2000円使い果たしてきた。
しかも取れなかったし。
この口ぶり的に全く懲りてない。
楠木さんが納得してるなら良いか、とさすがに止めるべきだろう、がせめぎ合っているのが今の俺の内情だった。
「そんなに?
あ、つーか、『見りゃ分かる』ってことはついてっていいわけ?」
あ。
「やりぃ、言質取った!!じゃあさっさと行こうよ!」
湊は勢いよく自転車に飛び乗り、場所も言ってないのにこぎ出していく。
それを慌てて追いかける楠木さんを見て、俺はため息をついた。
「……って、ゲーセンこっち……?」
「……そうだけど」
いつも通り駅近くのゲーセンで自転車を止めると、さっきのニヤニヤ顔はどこへやら、湊は微妙な顔でそう言った。
「あー……あっちじゃダメ?反対側のさぁ」
「えー、遠いじゃん」
あっち、と言うのは駅を越えて反対側にあるもう一個のゲーセンだ。
カラオケや映画館と一緒になってるけど、ちょっと規模が小さい。
行ったことはあるけど俺は中学の時からこっちのゲーセン派だ。
もちろん、誘ってきた信久もそう。
「ふ、二人とも早いよ~……」
クロスとロードのスピードについてこれず、疲れ切った楠木さんが追いついてきた。
ごめん、忘れてた。
それを見て、湊は一向に自転車に跨がったまま捲し立てる。
「あーほらー、向こうの方がクレーンゲーム多かった気がするけど、……楠木さん今日はあっち行ってみない?」
「……?」
カゴにリュックを放り込み、ぐでっとした楠木さんはぼーっと湊を見た。
あなたがぐんぐん先に行って追いかけるの大変で、ようやくたどり着いたのに、何を言ってるんですか。
そんな顔だった。
「……ごめん、冗談。うん。行こ行こ」
観念したのか、湊は自転車から降りた。
そして何故か、開けていた第1ボタンを留め、ネクタイを上まで締め、しまいにはリュックから丸めていたブレザーを取り出した。
「ど、どうしたのかな……」
「……さぁ……?」
楠木さんと顔を見合わせ、俺たちは疑問を抱えながら湊を追いかけた。
中に入っても、湊は何か挙動不審というか心ここにあらずという感じだった。
せっかく楠木さんがクレーンゲームにダッシュしても、まーた1000円秒で溶かしても、俺がさすがに止めとけと両替機に向かっていくのを止めても、突っ立っているだけだった。
運良く+100円でぬいぐるみが取れると、一刻も早くこの場を離れたいと言うように喜ぶ楠木さんの背を押していった。
「なぁ、信久遅れるって」
「堂本くん、どうかしたの?」
「忘れ物だって。あのバカ」
「そ、それならおれ帰ろうかな……」
「はぁ~?」
地下1階へ向かうエスカレーターに乗りながらLINEを確認していると、挙げ句湊はそんなことを言い出した。
「ほらー、おれ、お邪魔かなぁって」
「何を今さら」
「えー、湊くん帰っちゃうの?」
「ははー……」
楠木さんにもそう言われ、湊はごまかすように笑う。
ここ数日うざったかったニヤニヤ顔が変に歪んでいるのを見て、俺は楽しくなってきた。
「何だよ急に~。ついてくってったのはお前の方だろー?」
「あー、うん」
「それがどうしたよ、付き合い悪ぃなぁ。ナカヨクしよーぜ」
「……ソウダネ」
地下1階につくと、いよいよ湊の様子がおかしくなってきた。
逃走中のハンターだってこんなに周囲を警戒しないだろうと言うほど辺りを見渡し、ブレザーの襟で口元を隠しだす。
「湊くん、どうしたのかな……」
ダーツでもやろうかな、と思って受け付けに並んでいると、楠木さんがそうささやいた。
その視線の先を見ると、列から離れ子供用のアーケードゲームの森に隠れる湊がいた。
可愛い空間に警戒心MAXで立っている男子高校生は、どう見ても異様だった。
「さ、さすがに変だよな……」
「どうしたのって聞いてみようよ」
「えー。楠木さんが聞いてよ」
「同じクラスでしょ、赤坂くんが聞いてよ」
「クラス関係ねぇって」
「さっき仲良くしようって言ってたじゃん。ほら、しておいでよ」
「……いやそれは」
「ほら」
言い負かされた。畜生。
ダーツは楠木さんに任せ、俺は女の子が踊ってる画面を死にそうな顔で眺めているヤツに近づいた。
「おい……」
「うわーっ、違います!」
「は?」
「な、なんだ透くんか……何?」
顔色が死ぬほど悪い。何なら汗もやばい。何をどう見ても犯罪者みたいな顔だ。
飛び上がった湊は、今にもブレザーを頭から被りそうだった。
「いや……何かそわそわしてるし。
はは、どーしたよ?昔悪さして出禁になったとか?
なんつって、はは……は」
俺はその時初めて、人の顔から血の気が引いていくサーッという音を聞いた。顔に走る縦線すら見えそうだった。
「……えっと」
コイツのこんな小さい声初めて聞いた。湊はぐるぐると視線を彷徨わせ、ビクッとある一点で止まった。
その方を見ると、受付の店員さんだ。
私とあそこの二人です、と言ってるような楠木さんと、その指す先……俺らを見ている店員さん。
「よ、ようじ、用事!思い出したから、帰るわ!帰る!帰るね!」
途端、俺に言うというよりは自分に言い聞かせるようにして、湊は走り出した。
「はぁ~?ちょ、バカ言うな!何だってんだよ!」
「ごめんごめんごめん言えない!那賀川くんにでも聞いて!じゃあ明日!」
は?那賀川?なんで今那賀川?
俺が唐突に脳裏に流れ出したあのイケメンに足を引っ張られているうちに、湊はエレベーターを一段飛ばしで駆け上がっていってしまった。
「……」
「……えーっと?」
「……で、何人ですか?」
唖然とする俺と楠木さんに、店員さんが何もなかったように声を掛ける。
後で友達が来るから3人です!とテンパった楠木さんがそうまくし立てるのを聞きながら、俺は新学期早々色々と面倒くさく、そして面白くなってきたのを感じていた。