「「湊徹ぅ!!?」」
そう声を揃えて言った那賀川と間中の顔を見て、ああアイツそんなにヤバいんだと、俺は乾いた笑いを漏らした。
あのゲーセンから明けて翌朝。
俺は湊の言ったとおり、那賀川に(ついでに一緒にいた間中にも)湊とゲーセンについて聞き出そうと2-8にやってきていた。
世間話もそこそこに、『ちょっと聞きてーんだけど、湊徹って……』と名前を出した瞬間、さっきの反応になったわけだ。
二人はまさかお前からその名前が出てくるとは思わなかった、と言うような目をし、俺をまじまじと見つめていた。
さっきの大声で視線も集まってきていて、ちょっとハズい。
「……で、そんな反応する湊ってどんな奴だったワケ?同じ中学だったんだろ、二人とも」
「え~……」
「どんなって言われてもな」
急かすと、那賀川は困ったように腕を組んだ。
上手くまとまらないのか言い出しづらいのか、ちょっと目をつぶり、そして間中と一緒にぽそぽそ話し出した。
「……まぁ、簡単に言っちゃうと不良だったっていうか……グレちゃってたんだよ」
「そうそう。典型的なそれって感じでさ。入ったばっかのお前みたいなイメージ」
「おい」
「いやマジだよ」
「お前まで何だよ」
二人揃ってバカにしてんのか。でも那賀川は俺の睨みにも動じず、不意にクラスの前……1年前俺が座ってた辺りを指さした。
「お前も去年やってただろ。あんな感じで、気に入らなかったりうるさかったりすると舌打ちしたり机バンバン叩いてたらしい」
「……あれ事故なんだけど」
「え?」
「は?そうなの?」
「……」
恥ずかしいこと思い出させるんじゃない。
でも説明すると時間取るし、俺はしっしっと手を振って先を促した。
「あー、まぁ、オレだって詳しくは知らないんだけどさ。
先生に反抗してたし、授業もサボってたし、あと髪染めたり……あと何してたっけ?」
「えーっと、ピアス開けてた。ネックレスとかもごちゃーっとしたの付けてさ」
「……それマジ?」
あんまりにも典型的すぎる。
一般的不良のイメージと今の湊のニヤニヤ顔が結びつかず、どうにも信じられなかった。
ポカンとした俺を見た間中がチッチッと指を振り、「話はこれからでさ」と続ける。
「とーぜんそんな風になったら先生に怒られるじゃん?親とかも交えてさ。いやーそっからがヤバかったよなぁ」
「ああー、深夜徘徊がどうとかだっけ?」
「そうそう、コンビニとかゲーセンフラフラして補導されまくってたって聞いた。
んでそれから噂がどんどん広がってってよぉ!!5人とケンカして勝ったーとか、他校のシマ一人で荒らしに行ったとかさぁ!」
「うっわ、あったあった!あとどっかのゲーセン出禁になったとかだろ?」
「うおー懐かしい!んなわけねーだろってな!」
「ごめん、それは多分マジ」
「「…………は?」」
面白いくらい同時に、二人は目を丸くして固まった。
ここで俺はようやく、何で急に湊のことを聞いたのか、その発端になった昨日のことを話した。
反応的にマジで出禁食らってるんだろうことも。
さっきまで笑ってた那賀川はマジ?と軽く引き、間中は大喜びで手を叩いた。
「ガチじゃん!うっわマジかよ!はー!!」
「……意外な答え合わせだな」
「お前らの噂がマジなら、こりゃ出禁確定だな」
「ちゅ、中学生で出禁とか何したんだよ!こりゃーケンカもガチなんじゃね?ダッハハ!」
「ははー、それはさすがに嘘だなぁ」
と、俺の首に何かが巻き付いて、ここ数日ですっかり聞き慣れてしまった声がそう言った。
こんなことしてくるのなんて渦中のアイツしかいないし、俺と違って姿が見えてる二人は飛び上がった。
「っはよーお三方。おれの噂楽しんでる?」
恐らく元不良確定・湊徹は楽しげに、しかし若干の意地悪さを込めて俺に飛び乗った。
気まずくなって黙りこくったお二人さんに変わって、俺はもがきながら文句を言う。
「てめぇが那賀川に聞けっつったんだろ。てか重い!降りろ!!」
「やー、さすがに間違ってたからさぁ。途中まで合ってたのに」
「あぁ?途中まで?」
「だって最初から聞いてたもん。ねー、明里ちゃん!」
そう叫んだ先を見ると、谷中と話していたらしい楠木さんが手を振った。
それを一番先に伝えろあのバカ!!なんのためについてきたんだお前!
やっと俺から降りた湊は、ロッカーにもたれて催促するように手を叩いた。
「ほら、間違いは訂正したから早く説明してよ」
「……えぇ」
「自分で話せよ、来たんだから」
さっきの爆笑はどこへやら、完全に固まった二人に申し訳なくてそう言うと、
「えー、恥ずかしいじゃん」
なんて抜かした。いいからほら~と騒ぐ湊を見て、間中はめちゃくちゃ話しづらそうに口を開いた。
「えーっと。うん。まぁそういう根も葉もない噂が立つくらい典型的な不良だったんだよね、湊クンは」
あんまりに気まずいのか口調まで変わっている。それに変わって、那賀川が先を続ける。
「だったけど、3年の夏休み明けてからだったかな。
急に真面目になったんだよ。髪も戻したし、授業態度も良くなったって聞いた。
『不良から更生した生徒』ってことで、先生も褒めてたな」
「いやー、先生って単純だよねぇ」
そう、いつも通りのニヤニヤ顔で湊は茶々を入れる。
「なんでそんな急に?」
「さぁ?噂だと、『天使にあった』みたいなこと聞いた、かも」
記憶が不確かなのか、当人をチラチラ見つつ那賀川は歯切れ悪くそう言った。
天使ィ?
こりゃあまた、胡散臭いワードが出てきた。
でも湊は否定せず、いっそうニヤニヤを強めて、目を細めた。
「ははー、そりゃ、不確かだよねぇ。あの時は" 色んな "噂が流れてたからなぁ」
視線の先には那賀川。
ヒリついた俺と間中と違い、那賀川は余裕の表情で微笑む。
「ああ、おかげでお前のヤバい噂、上手く忘れられてったんじゃないか?」
「そうだけど、っくく、ヤバいって、君には負けるなぁ」
「はっ、言ってくれるな」
バチバチと二人の間に電流が見えるようだ。こいつら、もしかして仲悪いのか?
顔を引きつらせた俺に、間中がこっそりささやく。
「昔健人の噂言いふらしまくってたの、アイツ。真面目にはなったけど、そういうヤツになったってこと」
俺は余計に顔を歪めた。広めたのはてめぇかよ。
俺は広めた張本人から那賀川の噂を聞いたことになる。
そりゃあ全く自分に関係ないのに噂ばっかりフラフラ言い回してたら好きなわけがない。
俺はこいつから那賀川の噂を聞いたのを申し訳なくなった。
「まぁそういう感じで、3年後半はステキな中学生活だったよ。彼女もできたしね」
湊はロッカーから背を離して伸びをしながらそう言った。
『君と違ってね』と言いたげな目線を那賀川に向けながら。
しかし、那賀川は不気味なほど優しい笑顔でそれを受け止めた。
吹っ切れたこいつに過去の云々攻撃は聞かないだろう。
湊は不思議そうな、ムカついたような顔を一瞬して、すぐにいつものニヤつき顔に戻った。
「ま、出禁の理由はおれの黒歴史ってこと。ほらーさっさと戻ろ透くん。そろそろ始まっちゃうって」
「先行ってろよ」
「えー」
湊がいると何か言いにくいし、しっしっと手を振った。
少し唇を尖らせたものの帰って行った湊を背に、俺は黙ったままの二人に向き直った。
「あー、何かごめんな、変なこと話さして……」
「いやー、マジビビった!恐怖だろ」
「はは、いいよ別に。話してたことは事実だし」
那賀川の言葉に、微妙に棘があるように感じる。
やっぱ謝っておこうと思い、俺は口を開いた。
「あのー、那賀川」
「ん?」
「いや、ごめん、俺、お前の噂アイツから聞いてたんだけど……悪い」
「は?あぁ、いや良いって」
気まずくなって目も見なかったのに、那賀川はぶんぶんと手を振った。
「ほら、事実は事実だし、噂されてもしょうがない内容だし。
オレはあいつが自分の噂かき消すみたいにオレのこと言いふらしまくってたのが気にくわないだけだから、良いって」
「あー……、そう?」
「そうそう。ま、これから別ので上書きしてやるしな」
てことは俺らに(と言うより美香に)言いふらされるのは良いのか、とちょっとホッとした時、『上書き』という言葉が引っかかった。
聞き返すと、那賀川は自慢げに口角を上げた。
「大会のスタメンに決まった」
「えぇ!?」
「はぁ!?」
間中も初耳だったらしく、クラス中に大声が響き渡った。
話してる間に登校してきた8組の生徒たちも、何事かとこっちを見る。
「マ、マジで!?」
「マジ。朝言われた」
「うおおマジか!!先に言えよそれええ!!」
「え、何?健人くんどうしたの?」
「スタメン決まったの?おめでとう!」
「マジ?那賀川やったじゃん」
間中にバシバシ背中を叩かれながら、那賀川はワッと皆に囲まれる。
向こうで谷中と話していた楠木さんも近寄ってくる。
「どうしたの?」
「那賀川がスタメン決まったって」
「えっホント!?」
「ホント」
目ざとく楠木さんを見つけた那賀川は、俺らの前でニッと笑った。
「すごい!おめでとう!」
「はは、ありがと。ってわけで、応援してね」
「うん!頑張って!」
「頑張れよ」
「当然」
普段通りの落ち着いた笑みに、絶対勝つって目が光る。
なんだよ、すっかり乗り越えやがって。
何故か俺まで嬉しくなって、それにちょっとムカついて、那賀川の背をバシッと叩いた。
「へぇ~。湊くんってそんな感じだったんだ」
「ははー、照れるなぁ」
昼休み。
朝は那賀川のスタメン入りを喜んでいる間にチャイムが鳴ってしまい、言えなかったそれを楠木さんに話した。
……当人の前で。
気まずくてしょうがないって言うのに、湊は横でニヤニヤしながら聞いていた。クソムカつく。
でも、よくよく湊の顔を見てみれば、ニヤニヤしつつもどこか表情が硬かった。
自分で話すのはハズいだとか、黒歴史だとかは、あながち間違いじゃなさそうだ。
それを汲んでか知らずか、楠木さんは「ふーん」というスタンスで聞いていた。
確かに、今はすっかり変わったっぽいし、後悔もしてるらしいし、「ふーん」が一番ぴったりくる反応な気がした。
昔はそんなことあったんだ、ってカンジで、あんまり触れないでおくのがお互い良いだろう。
「若気の至りっていうけど、するもんじゃないよねーほんと。バカ後悔してる。明里ちゃんも透くんもやっちゃダメだよ」
「ふふ、はーい」
言われなくてもやらねーよそんなの。
「透くんは特にね」
「うるせぇ」
茶化してるんだか真面目なんだか、湊は楽しそうに笑う。
お前まで笑うなよ楠木さん。
「でも赤坂くん、本当に勘違いされるよね」
今日は楠木さんがサンドイッチのようで、ラップを嬉しそうに剥がしながらそう言った。
俺はのりたまご飯が若干崩れてるのを睨みつつ、返す。
「お前を筆頭にな」
「あはは……そうだったね」
「えー。透くん昔からそういう感じだったの?」
湊が購買で買ったらしい焼きそばパンを貪りながらそう聞いてくる。
マジモンを前にして俺のパチモンエピソードなんてかすむに決まってるだろ。
そのニヤけヅラを一瞥しただけの俺に変わって、楠木さんが話し出す。
「中学校の頃から、そんな噂はあった……っていうよりは、すごい不良みたいな子がいるってかんじ?だったかな。
私、前は仲良くなかったから本当に悪い人なのかなって思ってたもん。髪だって本当に染めてると思ってたし」
「中学んときは話したことなかったもんな」
「プリント貰うときくらいだったね」
「へー、中学んときから友達なワケじゃないんだ」
「うん、仲良くなったのは高校入ってから。
……ふふ、赤坂くんってば、髪型もこう……がーって上げてね、顔すごい怪我してるし、制服は今より着崩してるし、すっごい怖かったよ」
見た方が早いと思って、学生証を見せてやる。
見た瞬間、湊は思い切り吹き出──食べてる途中だったのでギリギリ踏みとどまって──すのを食い止め、苦しそうに呻いた。
「ゲッホ、うっわなにこれ!こっわ!!マジで?ぎゃっははは!こえええ!!」
やっぱり見せない方が良かったかもしれない。
「うーわひっで!あれじゃん、刑務所に入る前に写真撮られるやつ」
「わー、確かにー」
正直それは俺も思っていたので、何も言えない。
複雑な気分で学生証をしまって箸を取る。
そんな俺を散々笑い散らして、湊はむせそうになりながらレモンティーを飲んだ。
「うふふ、だから去年は大変だったよね。本当に不良だなんだってしばらく言われてたもん」
「そうそう。『郊外の中学から来た不良』とか『高校デビューしようとした元不良』とか」
「えっ」
途端、湊が首が痛そうな程勢いよく顔をあげた。
レモンティーパッケージの鮮やかな黄色とは反対に顔色が鈍く濁っていく。
楠木さんはサンドイッチをかじりながら、軽く首を傾げた。
「湊くんは聞いてなかった?赤坂くんの噂」
「あー……いや、その…………通りでって、いうか、……そういうことかって思って」
「あ?」
最後の言葉に嫌な予感を感じて顔をあげると、さっきの馬鹿笑いはどこへ行ったのか、ちょっと気まずそうな顔をした湊が目をそらした。
二人でジトっと見つめると、もう言っちゃえ!という感じで、湊は口を開く。
「いやほら、おれの黒歴史が中学で他の噂に飲まれてったのは確かだけどさ、完全に忘れられちゃうのはないじゃん。
バカみたいに尾ひれついてったし。
だからほら、入学前とかでも『東雲附属にヤバいやつが進学する』って言われてて……。
まぁやっぱバレちゃうかって思ってたけど……なんか、知らないうちに8組に『それ』がいるとかなんとかってなっててさ……」
楠木さんと目が合う。
いつものハの字眉を見ていると、二人で若干浮きながら昼を食べていた1年前の光景が脳裏に浮かんだ。
態度を変えても大人しくしても、結構しつこく残ってた噂。
今更そんな話あるわけないだろって噂が飛び交っていたあの頃の空気感が戻ってくる。
湊は言い淀んでいる間にまた自分を見つめてくる俺らから目をそらし、気まずいのか反笑いになっていった。
「そう、だから、ほら、……都合いいなぁって」
「……」
「…………」
「……ははー」
「あれお前のせいかよ……!!」
「うわーっ、ごめんなさいごめんなさい!!」
行儀悪くも箸で指差し突っ伏した俺に、湊は本気で申し訳なさそうに繰り返す。
このまま箸で突き刺してやろうと思ったが、楠木さんに苦笑しながら「まぁまぁ」と慰められた。
楠木さんの押し殺した笑い声を聞いているとなんだか仕方なく思えてきて、大きくため息が出ていく。
そうすると1年前の色々も一緒に吐き出された気がして、俺も楠木さんと同じように、一周回って面白くなってきた。
「あのごめん、マジでごめん、透くんだと思ってなかったんだって」
「はぁ……。いや……もう良いって。なぁ?」
「ふふふ、うん、そうだよ。元々赤坂くんってそういう感じだったし」
「そうそう、マジ慣れてるしそーいうの」
「あー、そう?」
「「そうそう」」
俺たちが顔を見合わせて笑いあうと、湊は大きく息を吐いた。
「じゃあ、おれの黒歴史とチャラってことで……」
「はいはい。これでナシな」
まぁ、もう終わったことだし。結果的に1年生はいい感じに終わったんだから、今更あれこれ言うのは野暮ってもんだろう。
小賢しいやつだなぁとは思うけど。
そう、俺が肩をすくめると、湊にようやくいつものニヤケ面が戻ってきた。安心したように机に突っ伏す。
「ああぁぁ良かったああ。透くんと明里ちゃんにドン引かれたらどうしようかと思った!」
「いや引いてはいるけどな」
「でも、そんなに気にするほどじゃないかなぁって」
「うえぇぇマジありがとー」
「お、その様子だとちゃんと話したんだ」
呻きに近い湊の声に、声が割り込む。手を腰に当て覗き込むようにして、朝風が立っていた。
「うわっ、百合!?」
「言えてえらいぞー徹ぅ、いーこ」
身体を起こしかけた湊を押さえつけるように、朝風がその肩に肘をつく。
そいつ、ほとんど人に聞かせて話させたけどな。
そう言おうとしたけど、湊は「痛ぇって!」とか喚きつつ何か嬉しそうだからやめておく。
「百合ちゃんどうしたの?湊くんにご用?」
卵サンドを食べ終わり、楠木さんが声を掛ける。
俺も疑問に思って朝風の顔を見ると、目が合う。
待ってましたと言わんばかりに、その猫のような目が細められた。
「いーや、今日は透と明里に。放課後空いてる?」
「は?」
「えっ?」
お前も急に呼び捨てかよ、という小言は唐突な誘いに吹っ飛ぶ。
同じクラスの楠木さんも初耳なのか、ラップを畳みながら聞き返す。
「あ、空いてるけど……、どこか行くの、百合ちゃん?」
「ううん、帰りの会終わったら第2棟の4階まで来て。ちょーっとオハナシ!」
「話ぃ?」
「そ!」
ぐりぐり湊にマッサージでもするように、朝風は肘をついたまま揺れる。
「百合!百合ッ!痛い!死ぬ!」
「あ、別にカツアゲとかじゃないよ?ちょーイイ話!マジで!」
「んな急な……」
「えーいいじゃん!絶対来てよ?徹、絶対二人連れてきて。あたし用あるからさ」
「
「あっは、よろしい!」
湊がウシガエルみたいな声で返事をすると、朝風はようやく肘を離した。
「じゃ、待ってるから!」
昨日と同じくいきなりやってきていきなり帰っていった朝風を、俺たち二人は呆然と眺める。
楠木さんの目には明らかに混乱の色が巻いていて、それはきっと俺も同じだった。
「……な、なんだと思う?」
「分かんねぇ……」
二人で、絶対何か知ってるであろう湊を見下ろす。
湊はげっそりとうっとり半々の顔でとっくに姿の見えなくなった朝風の方を見ていた。
「っはぁ~……堪んねぇ……」
ダメだこりゃ。
楠木さんとそうアイコンタクトを取り、二人で残りの弁当に手を伸ばした。
放課後。
担任の清水先生の金切り声もそこそこに、俺たちは湊に連れられて第2棟に向かっていた。
2年生の3階は渡り廊下で直接第2棟、そして体育館と繋がっている。
今日はバドミントン部が体育館使用権を持っているらしく、ラケット持った奴らに紛れて俺たちは人気のない第2棟に入った。
第2棟は放課後になると1階の購買以外本当に人がいない。
科学室とかパソコン室とかの特殊な教室と、習熟度別授業とかで使う空き教室が集まっている。
放課後はほとんど活動してない科学部とパソコン部がたまにいたり、吹奏楽部がパート練習?ってやつで空き教室を使うくらい。
俺たちが外階段でふらついても誰も気づかれないくらいには、人が来ない場所だった。
そんな場所に呼び出されるとか、そりゃ怪しいに決まってる。
でも気になるっちゃ気になる。
時折楠木さんと顔を見合わせながら、俺ははぐらかすばかりの湊についていった。
「あ、百合はまだかぁ。ちょっと座って待ってよ?」
4階のがらんとした廊下に声を響かせながら、湊は一番近い空き教室に入っていく。
カバンを机に放り投げて、その横に座った。
「……で、何だってんだよ、話は」
俺も同じように机に腰かけ、湊を見る。
すっかり調子を取り戻したニヤニヤはさっきと同じようにはぐらかした。
「さぁ?百合が一番よく知ってるし、もうちょっと待とうよ」
「……なんで二人ともそこに座っちゃうかなぁ……」
楠木さんがちゃんと椅子を引いて座り、リュックを抱きかかえる。
でもやっぱり気になるのか、話してほしそうに湊を見つめた。
俺ら二人のジトっとした視線を軽くかわし、湊はあぐらをかいて曖昧に笑った。
「もー、百合が来るまで内緒だって。……ああほら、もう来るよ」
確かに、階段を駆け上がる音が聞こえてくる。
こいつこんな音聞いて分かんのかよこっわ。湊の自慢げな表情の通り、数十秒後には朝風の明るい笑顔が入口に現れた。
「よし、皆いる!良かったぁ」
「遅いよ百合ぃ、二人とも待ちきれないって」
「うっさいなぁしょうがないでしょ」
いらだちをぶつけるようにリュックを手荒く置き、朝風は教壇に立った。
手の1枚の紙と一緒に。
それをぼーっと見ていると、バンと手のひらで教壇を叩いた。
あたしの話を聞けと言わんばかりの態度に、俺は沈黙で答えた。
「……さて」
そうして静かになった3人を一瞥すると、朝風は大きく息を吸って、今時どんな先生でもそんな導入しないだろう言葉で口を開いた。
努めて仰々しくなんかすごそうにやろうとしている様子が伝わってくる。
だけど、俺は口を挟まなかった。
昨日会ったばかりの俺でもわかるほど、朝風の表情は真剣だった。
一瞬考えるように下を向き、また教壇を軽く叩いて続ける。
「透、明里、来てくれてありがと。あと徹も。
えーっと、皆を集めたのは他でもなく、あたしの提案を聞いてもらうためです。
……で、まず、皆に聞きたい。
『青春』したくない?」
ピクリ、と隣の楠木さんが肩を震わせた。俺も思わず指先が動く。
『青春したい』。
去年、俺たちが友達になったきっかけ。あのカラオケで約束したそれ。
それを目の前の女は、もう一度俺たちに投げかけた。
何故?
そう、黙ったままの俺たちを見て、朝風は嬉しそうに顔を緩める。
「ね、したいでしょ?
映画みたいに完璧で最高で充実した青春、送りたいじゃん?
この先一生誇りに思えるような青春したいじゃん?
あたしもしたい。そんなすごいことやってみたいって、ずっと思ってた!中学の頃からずっとね!」
たん、たんと教壇を叩きつつ朝風は語る。
その熱の入様に俺たちは黙ってそれを見つめる。
「だからね、ここにあたしは、提案したいの!」
また全員を見つめた後、声を張り上げ、さっきから手に持っていた紙を勢いよく黒板に叩きつけた。
4階に反響するその音を聞きながら目を細めると、その文字が飛び込んできた。
『文化祭自由枠参加申し込み票』
「って訳で、4人で文化祭、バンドやろ!!」
「……は、はあああぁぁぁぁ!?」
「えええぇぇ!!」
俺と楠木さんの絶叫を、朝風は不敵な笑みで受け止めた。
「え、百合ちゃん、ど、どういうこと?」
「言った通りだって、4人で文化祭に出るの」
「な、なんでだよ!?」
「なんでって何が?」
「全部だ!!」
朝風と湊が「えー?」と顔を見合わせたのと同じように、俺たちは「えぇ?」と顔を見合わせた。
急に何だって言うんだ、文化祭でバンド!?
いやまぁ確かにド定番もド定番、一度は憧れる夢のシチュエーション。
中学校の頃だって数組やってるやつがいて、メチャクチャカッコよかった。
あんな風にやりたくない、なんて言ったら嘘になる。
大勢の前でステージに立って、へたっぴでも思い切り歌って弾いて叫べたら、最っ高に決まってる!
でも、なんでこんな急に?
なんで出会って2日と経ってない俺たちと?
全員ギターなんて弾けそうもないのに?
ろくに知らないお前らと?
そもそも何の曲やるんだ?
誰がどの楽器やるんだ?
疑問符が脳内を埋め尽くして、それ以外考えられなくなる。
頭がぎちぎちに疑問で埋まって、俺はもう一度朝風に聞いた。
「な、何で俺らと」
「えー。だって、乗ってくれそうだから」
湊と同じ机に腰かけ、朝風はさらりと言ってのける。
「だって分かるもん。二人はめっちゃ青春したい。絵空事みたいに理想的な青春してみたい。そうでしょ?」
俺たちは何も言えなくなる。
図星だ。アオハルを固めたような、最高の高校生活が送りたい。
この先数十年、何があっても忘れられない3年間を送りたい。
それが、俺たちの始まりだった。
「そう、だけど……」
楠木さんがリュックを置いて立ち上がる。ふらふらと近づく楠木さんも見据えて、朝風は微笑む。
「ほら、ね?あたしたちも一緒。そーいうチョー完璧青春送りたいの」
「そーそー。バカ真面目に、最高にさ」
湊が口をはさむ。そのニヤニヤは、隣の朝風と同じく真剣だった。
「で、二人ならいいなって思ったの。絶対おんなじ気持ちだって思ったの。4人なら絶対上手くやれるって、あたしそう思ったの!
それに……」
朝風は机から飛び降りて、拳を握りながら熱く語る。
そしてふと、ひらりと俺たちへ顔を寄せた。
「……不良男子と優等生女子と一緒とか、バカ目立てそうだし」
「……ってそれが目的か!!」
「あっは。そーいうこと!」
ズッコケた俺たちを笑い飛ばし、百合はさらにずいと迫る。
「ねぇほら!やるでしょ?乗るよね、この案!」
勢いよく差し出されたその手と、猫のように細められた目。
その奥でいつも通り笑うニヤケ面。
そいつらの言う、あんまりに不確かで唐突過ぎる提案。
その全部を見つめた後、楠木さんの方を見やる。
──目が合った。
その目は、困惑なんて感じられない輝きだった。
1年前見たのと同じ、希望と活力に満ちた目。
それに映る俺の、信じられないくらい楽しそうな顔。
どうしようもなくこの状況を面白く感じているその顔が、今は誇らしい。
「……いーぜ、やってやんよ!」
「うん。やろう!」
二人で向き直れば、朝風と湊がぱっと顔を輝かせる。
放課後のきらめきを拾ったその目を見て、俺たちは宣言する。
「お前らと完璧な青春してやろうじゃん!」
「一緒にやろ、百合ちゃん、湊くん!」
「うん!」
「あっは、そうこなきゃ!!」
ハイタッチの音が、軽快に響いた。
文化祭にバンドって言ったら皆さん何ですか?
自分はスケ○トダンスです。