俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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お久しぶりです


第33話 気ままなパフォーマーたち  ──戦略と絆のセッション──

 朝風百合、湊徹と文化祭でバンドをやるという荒唐無稽な計画に乗ってから1週間。

 

 授業はすっかり元1年生から2年生にシフトし、Ⅱクラスの差を俺たちに見せつけてきていた。

 

 

 毎授業ごとのミニテストは当たり前、指示された予習前提の授業スピードと、それに慣れている元からⅡクラスの生徒たち。

 それから、HRで毎回話題にあがる志望校と偏差値。

 

 去年は影も形も感じなかった『受験』の圧がじわじわと、しかし確実に俺たちの頭の上に乗っかるようになっていた。

 

 きっとこの重さは去年感じなかっただけで、実は高校入った時からもうあったに違いない。

 それに気が付いた時間の差を元Ⅲクラス勢は噛みしめていた。

 

 

 そしてそんな忙しい時間を縫い、俺たち4人はバンドに向けて準備を始めた。

 やる曲を決めて、全員のパートを決めて、楽譜を買い、一回練習してみたり……。

 

 ……していたら、どんなに良かっただろう。

 

 

 4月も半ば、そろそろゴールデンウイーク!とクラスが沸き立つ放課後。

 

 

 

「じゃ、後でね!3人で遊んできて!」

 

「……行こう、朝風ちゃん」

 

「うん、ミキトくん!」

 

 

 

 俺たちは、彼氏と一緒に帰っていく百合を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝風百合。

 

 楠木さんと同じ7組で、この子の新しいクラス初めての友達。

 湊にどう見ても惚れられていてクソ距離が近くて、その癖俺に「百合って呼んでよね!」とか言ってきた女子。

 

 そいつはとりあえず4人のLINEグループを作った以来、ほとんどを彼氏と一緒に過ごしていた。

 

 

 なんでもその彼氏、俺らとバンドやろとか言ってきたその直前に付き合ったらしい。

 申し込み票を生徒会に取りに行き、呼び出されてた部活棟裏でOKを出し、そして俺らの所に来た、という訳。

 予定詰め込みすぎだろ。

 

 何が怖いって、その彼氏の事ほとんど知らなかったのにOK出したらしい。

 

 

 

「えーだって、とりま付きあおっちゃおっかなって!」

 

 

 

 翌日、昼休みに湊にちょっかい出しながら百合はそう言った。

 

 相変わらず下に敷かれている湊は死にそうな顔をしていた。

 

 

 

「百合いいぃぃぃ……」

 

「……」

 

 

 

 それは今もで、せっかく喫茶店に来たというのに湊は机に伏せオンオンとうなっていた。

 

 

 

「で、でも、百合ちゃん朝とお昼と放課後くらいしか彼氏さんと一緒にいないよ?」

 

 

 

 人はそれを学生の一日の大半って言うんだよ楠木さん。

 

 

 励ましどころかとどめの一撃のそれを聞いて、湊は「ヴォー」とうなった。

 狼人間と話してる気分だ。お店自慢のプリンが湊の前で虚しく震える。

 

 でも俺は全くかわいそうだとは思わない。何故なら、

 

 

 

「あ˝ぁ~……も~……。そういうとこマジ好きぃ~…………」

 

 

 

 これだからだ。

 

 

 

「女のシュミがイイよなぁお前」

 

「でしょ~?」

 

 

 

 褒めてねぇよ。

 

 想像上の百合にデレデレし始めた湊を可笑しそうに一瞥して、楠木さんはカフェオレを優雅に口にする。

 

 

 

「でも、百合ちゃんかわいいもんねぇ。女の子から見ても素敵って思うもん」

 

 

 

 それを聞き、湊はまるで自分が褒められたかのように目を輝かせる。

 

 

 

「でしょでしょ~?バカカワイイっしょ~?こうやって振り回されんのも堪んないよねぇ」

 

「そ、それはちょっと分かんないけど……うん、憧れちゃうなぁ」

 

「ははー、明里ちゃんもカワイイけどなぁ」

 

「あ、あはは……」

 

 

 

 上目遣いでそう言われ、楠木さんは照れてるのか気まずいのか愛想笑いで流す。

 湊は「ほら、そういうトコとかー」なんて言ってすり寄る。

 

 何当然のように女子の隣に座ってんだよてめぇは。

 百合のこと好き好き言っておいてなんで他の子にちょっかい掛けに行くんだよ、ワケ分かんねー。

 

 楠木さんも楠木さんで、もうちょっと拒否しろよ。数ヶ月前に痛い目見たばっかりだろ。

 

 

 ため息をブラックコーヒーで飲み下す。

 

 こんなんで文化祭、上手くやっていけんのか?

 こいつらの案に面白そうだと乗った手前、俺から何か進めるべきなんじゃないか。

 

 百合からも湊からも何もないし、この先どうやって練習したりするのかぐらい決めた方が良いだろう。

 

 

 

「つーか、これからどうするんだよ」

 

 

 

 と言っても上手い言葉が思い浮かばなくて、なんともふわっとしたのが口から出ていく。

 それでも、向かいでわちゃついていた二人はちゃんとこっちを見た。

 

 

 

「文化祭でやるんだろ、バンド。

 

こっちだって面白そうだから乗ったけど、一週間何にもないのはさすがにキビぃって。

 

そもそも何の曲やって、誰がどの楽器やるんだよ。言っとくけど俺何にも弾けねぇぞ」

 

「えー?でも透くんギターは弾けるって言ってたじゃん」

 

「は?いつ言ったよそんなん」

 

「ファミレスん時だよ。小さい頃お父さんに教えてもらったとか言ってたじゃん」

 

「……あー……?」

 

 

 

 そういえば、そんなこと話題に上げた気がする。

 

 確か音楽のテストの話だ。

 

 3学期はアコースティックギターをやって、筆記に加えてそれの実技テストがあった。

 全然弾けなかったーとか言ってた岡崎たちに「俺は上手くいったし」みたいなの言ってた気がする。

 昔父さんに教えてもらったから……って、うん、話したわそんなこと。

 

 

 

「……よく覚えてたなお前」

 

「それにカラオケ上手いとかも言ってたでしょ?だから百合に『面白い子見つけた』って教えたんだよねぇ」

 

 

 

 湊は履歴を漁ろうとスマホを取り出す。

 その横のハの字眉に見つめられて、俺は硬い笑みを落とした。

 

 

 

「……じゃあ、お前らそれで俺たち誘うの決めたって事!?」

 

「え、うん」

 

 

 

 何か不思議なことでも?と言うような目で湊は応える。

 百合との会話履歴を見返しながら、そのまま言葉を続ける。

 

 

「お父さんに教えてもらったってことはギターを持っている可能性が高い。

音楽のテストも上手くいったみたいだし、そこそこ腕もある。

それなら練習すれば上手くなってくれそう。

あと、カラオケ上手いならボーカルもいける。

それに友達の明里ちゃんも上手いときた。

 

何より二人揃ってのビジュが目を引くよねぇ。見るからな不良くんに優等生ちゃんで、会話の様子から仲も良さそう。

 

後は百合の勘かなー。二人は絶対乗ってくれるって勘。……当たってるっしょ?」

 

「……ああ」

 

「うん……」

 

 

 

 ドン引くより感心が先に来て、俺たちは曖昧に返事をした。

 

 実際まんまと「乗る」って返事をしたし、当たってるどころか大当たりだ。

 それに、確かにギターは持ってる。

 父さんが家に置いてってるだけだけど。

 

 

 あんなぐちゃぐちゃしたファミレスで湊は俺の会話をしっかり聞いて、百合と相談して、俺らを取り込む事を決めたって事だ。

 だからインスタ交換したり急に近づいたりしてきた。

 

 俺らからしたら唐突この上ない計画でも、こいつらにとっては2月から決まっていたんだ。

 

 つーか待て、これ俺ギターで確定してねぇ?

 

 

 呆然と見てくる俺たちに、湊はふっと笑う。

 

 

 

「これでもおれたち、色々戦略組んでるんだよね」

 

 

 

 そう言って振ったスマホには、「ちょっとこっち来て」という百合のメッセージが写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、来た。もう、おっそいんだけど!」

 

「ごめん!めっちゃ信号捕まっちゃって!」

 

「これでも急いで来たっての」

 

「……うん」

 

 

 

 相変わらず飛ばした湊についていったせいで楠木さんはもうへばっている。

 女子には甘い百合は「じゃあしょうがないなぁ」と表情を緩める。

 

 

 

「あれ、そういやお前彼氏は?」

 

 

 

 楠木さんをよしよしして遊び始めた百合の周りには、例の彼氏クンが見当たらない。

 

 その証拠に湊が嬉しそうだ。

 ひょろっと背の高いヤツだったから見失うわけないんだけど。

 

 

 

「あー、ミキトくん?」

 

 

 

 楠木さんの頭に顎を乗せ、百合はサラッと言った。

 

 

 

「さっき別れた」

 

「……は?」

 

「……えぇ?」

 

「マジかやっ……!じゃない、えー!?」

 

 

 

 わざとらしい湊の叫び声を聞いて、百合は楽しそうに身体を揺らす。

 

 

 

「あっは、だってつまんなかったんだもん。

 

自分が話したいだけってゆーの?あたしの話とか全っ然聞いてくれないし、振って正解っしょ」

 

「……」

 

「あー、ドン引きしてんなー!いーじゃんべつに」

 

「……そう」

 

 

 

 言いたいことは色々あるけど、こいつの自由な笑みに何を言っても無駄な気がするので止めておいた。

 

 変わって微妙な笑みを返した楠木さんをようやく離し、百合は湊の腕を取った。

 

 

 

「ほら、行こ!何のために呼んだと思ってんの」

 

 

 

 デレデレと顔を崩した湊が足取り軽く百合についていく。

 

 俺たちは何となくまだ不安なまま、後を追って店に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合に呼び出されて来たのは、駅を超えた先のリサイクル店だった。

 

 服とかゲームとかマンガとかを全部スルーして百合たちはどんどん進んでいく。

 値札を貼られた電子ピアノ達の棚を抜けると、これまた楽器が色々。

 

 ギター類、ドラムセット、それからガラスケースに入ったラッパ類。

 楠木さんが昔やってたホルンもあって、懐かしそうにキラキラ輝くそれを見ていた。

 

 

 百合はこっちを全く気にせず、壁に掛かったギター達の前で立ち止まる。

 壁にぶら下がったそれらをしばらく眺めて、隣に並んだ湊に話しかけた。

 

 

 

「……徹ぅ、今いくら持ってる?」

 

「え?さっき小銭全部使っちゃったから……ごめん万しかない」

 

 

 

 万!?

 

 首が痛くなるほど素早く振り向いた俺たちの視線なんか気にしないように、湊は福沢諭吉をヒラヒラ振った。

 百合は驚いた様子もなくチラッと見て、自分の財布を覗く。

 

 

「んー、じゃ、後で調整しよっか」

 

 

 

 満足げに頷いて、財布をしまう。

 そして百合は近くにあったエレキベースを手に取った。

 

 お値段15000円。

 周りのものと比べるとかなり安いけど、高校生的には超高額商品だ。

 それをグイと湊に押しつける。

 

 

 

「はい、レジ行くよ」

 

「えぇ!?」

 

 

 

 さしものミスター百合全肯定・湊徹でもこれにはたまげたのか大声を上げた。

 

 

 

「ちょ、ちょ!いや、買うのは良いけどそんな即決で良いの百合!?」

 

「大丈夫!安くて初心者向けならコレってミキトくん言ってたもん」

 

「え、そう?」

 

「めーっちゃ長く語ってたもん、間違いないって!やー、眺めてたら見てたら声掛けてくるだけあったよねぇ。

 

あっは、まさか告られるとは思ってなかったけど」

 

 

 

 それを聞いて、湊の顔がぱぁっと明るくなる。

 

 さっき福沢諭吉と目が合ってから思考停止していた俺らも、『ああ、もしかして付き合ったのってそれ……』と少しずつ理解が追いついていった。

 

 分かったでしょ?と言わんばかりの笑顔で湊の背を押していく百合が、もはや恐ろしい。

 こいつ、一体どこまで考えてるんだ。

 

 ふと振り返った、それまで見透かしたような瞳と目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー、そーんな怪しがんなくても全部教えてあげるってばー」

 

 

 

 外の自販機で買ったミネラルウォーターを飲みながら、百合は自転車に寄りかかる。

 

 視線の先には俺。

 そしてどことなく臨戦状態の俺らをぼーっと見ながら、楠木さんと湊はベースで遊んでいた。

 

 

 

「ゆーて、そんな言うことないけど。

 

……前も話したけど、バンドしたい!!って思ってたのはマジね。

で、最初はあたしと徹だけでやろうと思ってたんだけど、やっぱメンバー足りないなぁってなってさ。

 

友達には皆断られちゃうしどーしよっかなーって思ってたら、徹から二人の事教えてもらってね。うっわ完璧!って思って」

 

 

 

 この前話したでしょ?と言いたげな目で不敵に微笑む。

 

 俺も対抗して同じような顔をしてやろうと思ったが、端で二人がべいーん、べよーん、と鳴らすベースで集中できない。

 

 

 

「だから徹に二人と仲良くして!って頼んだの。

 

二人ともⅡクラス目指してたでしょ?だから徹もⅡクラス入らせてさ。

 

いやまぁ、これは元からっていうか……もう、徹が最初っからⅡクラスだったらあんな勉強しなくて済んだのに」

 

「あれでも頑張って東雲附属入ったんだよ?しょうがないじゃん」

 

 

 

 ぼべん、と気の抜ける音を鳴らしながら湊はむすっとする。

 

『上のクラス行けって言われてる』って、親じゃなくて百合だったのかよ。

 そう仕向けた張本人はやれやれ、と首を振って話を続けた。

 

 

「で、3人ともⅡクラス入ること決まって、徹と透も、あたしと明里もおんなじクラスになって、超順調!このまま二人と仲良くなってメンバー入ってもらうぞって……そのはずだったんだけど」

 

 

 

 百合が鋭い目で湊を睨む。今度は動揺がべぼ、という音になって聞こえてきた。

 

 

 

「まさかあんな早く不良バレするとか、思ってなかったんですけど?」

 

「……」

 

「しかもゲーセン出禁とか。あたしも聞いてなかったんだけどなぁそれ」

 

「……いや流石にちょっとさ、言いづらくて……」

 

 

 

 口元をもごつかせながらでろでろベースを鳴らす徹に、百合は思い切り舌打ちした。

 気まずいセッションだ。急かすように百合を見ると、不満をペットボトルにぶつけながら口を開いた。

 

 

 

「ま、そーいうことでさ。絶対ドン引きされたじゃん終わりじゃん、って思ったけど……良かったよぉ二人が受け入れてくれて」

 

「別にー。気にするほどでもねぇかって」

 

「そうそう。それに、不良くんは赤坂くんで慣れてるもん」

 

 

 

 今度は俺が睨む番だった。全く悪いと思ってなさそうなべん、という音が返事をする。

 

 それを見て、百合はようやくペットボトルのビートを止めた。

 

 

 

「あっは。ならいいけどさ。マジ昔の徹ヤバかったからさー。

 

あ、写真見る?チョーヤバいよ」

 

「ちょ、それはマジで勘弁!!!」

 

「冗談だっての。

 

でもさぁ、頭プリンだし、服はダッサいし、ナイフ持ち歩いてるし、……っぷ、おまけに、黄昏てるし……公園で!」

 

 

 

 噴き出した百合に、湊はベースを抱えてしゃがみ込む。

 

 

 

「あっははは!!そうそう、そういう感じでしゃがんでた!!あっはは!」

 

 

 

 こいつ、手加減てやつを知らないのか。

 

 ちょっと可哀そうだけど、目の前でしゃがんでる徹にさっき言ってた頭プリンなイメージが重なっていく。

 

 

 

「ぶっ」

 

 

 

 後でその写真送ってくれ。

 

 そう笑いながら百合にジェスチャーすると、百合は息苦しそうに指で丸を作った。楠木さんは背を向けて震えている。

 

 

 

「百合ぃ……」

 

 

 

 笑われっぱなしだった湊が顔をあげる。

 その顔はなんと、恍惚と笑っていた。思わず固まる。

 

 

 

「そんなはっきり覚えてたんだね、おれたちの出会い……」

 

 

 

 今にもそこに跪いたまま、ベースを奏でて歌いだすんじゃないか。

 ディズニーの王子みたいな輝く表情で、湊は百合を見つめた。

 

 湊にドン引きして黙った俺らと違って笑ったままの百合は、サドルに突っ伏しながら言い放つ。

 

 

 

「っふふ、あったりまえじゃん。

 

だって……あんなん忘れられないって!!あっははは」

 

 

 

 徹は嬉しそうに目を閉じた。

 

 隣の楠木さんを見る。引きつった笑顔。

 同じ感性を持つ子がいて、俺はとても安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、色々あったけど透と明里と仲良くなれたし、色々あったけどミキトくんにバンドに必要そうなの教えてもらったし、これで準備オッケーだよね?」

 

「なんで俺見てんだよ」

 

 

 

 ようやく笑いの波が収まった百合は、そうまとめにかかる。

 何となく察していたけど、百合は当然の様に笑って言い放った。

 

 

 

「だってギターは透だもん」

 

 

 

 俺に文句を言わせず、指さしで一人ずつ担当を言っていく。

 

 

 

「ギターが透、ベースが徹、キーボードがあたし。で、ボーカルが明里!」

 

「……え?」

 

「文句ないよね?」

 

「うん!」

 

「いやいやいやいや!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 

 

 二人揃って詰め寄り、てんでんばらばらに騒ぎ立てる。

 

 

 

「いや別にできなくはねーけど、確かに音楽のテストは上手くいったけど、んな急に言われても困るっての!

 

そもそもアコギとエレキじゃ全然ちげぇし、だいたい父さんが貸してくれるかも分かんねぇって。

 

それにドラムがないってどうなってんだよ」

 

「ま、待ってよ百合ちゃん私にボーカルは無理だって!

 

しかも私一人だけなの?!みんなで歌うってかんじじゃなくて?

私なんの楽器もやらなくて大丈夫なの?

 

そ、それに何の曲歌うかも聞いてないよ?!」

 

「えー、大丈夫だって。何とかなるよ」

 

「ならねーよ!」

 

「ならないよ!?」

 

「ええ~?二人とも何だかんだ楽しそうな癖にぃ」

 

 

 

 そう言われると、何にも言い返せない。楠木さんも黙ってしまう。

 

 後ろのへにょへにょしたベースに合わせるようにペットボトルを振り回しながら、百合は楽しそうに口を開く。

 

 

 

「ほーら、ね?

 

だってまだ4月だよ?文化祭は10月!半年皆で練習すれば文化祭レベルにはなるって。

 

それにあたし明里が歌ってるとこ見たいなぁ。すっごい上手いって聞いてるよ?皆の前で思いっきり歌ってほしいなぁ。

 

透だってギター似合うよ。徹と一緒に弾いてよー。お父さん絶対貸してくれるって。また教えてもらってさぁ」

 

「……うう」

 

「……」

 

 

 

 父さんが貸してくれるか?

 そんなの大声で喜びながら貸してくれるに決まってるだろう。

 帰ってきたら手取り足取り、文字通り教えてくるに違いない。

 

 だから嫌なんだ。

 

 それすら見透かしたような笑みで、百合は指揮を振る。

 

 

 

「曲は皆で決めよ?候補は考えてあるからさ!

 

あとアンプとか他必要なのはレンタルするし、ドラムはいなくてもどうにかしてもらうから!

 

……あ。ほら、あの人に!」

 

 

 

 優雅にへなちょこベースに指揮を振っていたペットボトルは、駐車場に入ってきた車を指さした。

 

 大きいシルバーのそれは駐輪場の目の前に留めようとやってくる。

 

 

 

「百合!!」

 

 

 

 ちょっと斜めって留められると、男が出てきた。呆れた顔でこっちに近づいてくる。

 

 もっさりした髪型に、横にも縦にも大きい身体。無頓着すぎる服装。

 失礼だけど、なんつーか正に『冴えない男』ってカンジ。

 

 

 

「うっわマジ?お前その恰好で大学行ったの?ありえないんだけど」

 

「はぁ?急に呼びつけておいてそれはないだろ!」

 

「はぁ?暇なくせにぃ」

 

 

 

 親しげに軽口を叩きながら、百合は跳ねるように男に近づき腕を取った。

 

 

 

「じゃーん、うちのお兄ちゃんでーす」

 

「あ……ドモ、兄ですー」

 

 

 

 隣の妹とは大違いの、固い笑顔で百合のお兄さんは会釈した。

 

 

 

「どうも……」

 

「こんにちは……」

 

「こんにちは!久しぶりっすねお兄さん!」

 

 

 

 『お兄さん』というより『お義兄さん』なイントネーションで、湊は大きな声で挨拶した。

 俺はだんだんこいつが怖くなってきた。

 

 

 

「こっちが透でー、こっちが明里!」

 

「あれ、お前アレは?ミキトってやつ」

 

「さっき別れた」

 

「またぁ!?」

 

「は?文句あんの?」

 

 

 

 こいつも十分怖いけど。

 

 慣れているのか追求を止めたお兄さんに、百合は湊の自転車を掴ませた。

 

 

 

「じゃ、さっさと送って!徹ベース買っちゃったから」

 

「へーへー」

 

「えっ!?送ってくれるんすか?」

 

 

 

 湊は目を輝かせる。

 その目は『帰り漕がなくて済む!』じゃなくて、『この機に朝風家にお近づきになるぞ!』というハングリー精神溢れるものだった。

 

 百合のお兄さんは軽々とロードバイクを持ち上げ、車へ持って行く。

 

 

 

「うん、大学の帰りだし。……というかお前、見計らって連絡してきたろ!」

 

「いーじゃん別に。バイトは7時からでしょ」

 

「……まぁ、こういうワケ。にしても君良いの乗ってるなぁ」

 

「っすよねぇ!自慢なんすよ」

 

「お兄ちゃんが自転車乗ってんの丸1年見てないけどね」

 

「だって車乗らないともったいないだろ」

 

 

 

 口は悪いけど百合とお兄さんは結構仲良さそうだった。

 湊も何回か会ってるみたいで、楽しそうに談笑している。

 

 その輪に微妙に入っていけなくて、楠木さんと肩を並べた。

 

 

 

「大学生のお兄さんみたいだね。すごいなぁ、車で通学だって」

 

「いーよなぁ、バイトとか色々出来て」

 

「ここはバイト禁止だもんね」

 

「だからこそ出来ることもあるよ」

 

 

 

 百合と湊の自転車を入れ終わったお兄さんが会話に入ってくる。

 

 

 

「高校生活は思ってるより短いよ~?今のうちに思いっきり楽しまなきゃ」

 

「さっすが、高校時代一人も彼女出来なかったお兄ちゃんが言うと違うなぁ」

 

「うっ」

 

 

 

 触れてはいけなかったのか、優しげな笑顔が一瞬で悲しげにゆがんだ。

 

 

 

「透くん……」

 

 

 

 俺の肩をグッと掴み、お兄さんは見つめてくる。

 よく見れば百合に似た猫っぽい顔を哀しみで満たし、本当に後悔の滲んだ声で言った。

 

 

 

「本当、高校生活は最大のチャンスだよ……」

 

「……は、はい」

 

「本当だよ……!」

 

 

 

 呪われそうな声の調子に首を必死に縦に振ると、ようやく満足したのか離れていった。

 

 

 

「あ、でもうちの百合はやめた方がいいよ」

 

「は?お前ほどはずれじゃねーわ」

 

「本当にそう思ってんならミキトくんに謝ってこい」

 

 

 

 まだずっしりした肩の重みが残ってるみたいで、軽く回す。

 朝風兄妹の軽口を聞いてもまだ取れない気がする。

 

 

 

「君たちも送っていこうか?まだ自転車入るよ」

 

「えあー、いや、大丈夫です。俺ら自転車駅に停めなきゃなんで」

 

「あ、そう?」

 

 

 

 楠木さんも頷いて、お兄さんはトランクのドアを閉めた。

 この兄妹の相手は湊に任せよう。

 

 ちょっともう……俺はいいや。

 

 

 

「じゃ、また明日ね!」

 

「おう」

 

「またねー!」

 

「うん、また!」

 

 

 

 3人が手を振って去るのを見届け、俺はグッと伸びをした。

 

 今日は散々振り回されて疲れた。

 百合たちがノープランじゃなかったのは安心したけど。

 

 帰ったら、父さんにギターの事話さなきゃ。

 あー、気が進まねぇ。

 

 思い切り伸び切った俺の横で、楠木さんがそっとため息をついた。

 前に回したリュックを抱きしめて顔を埋めている。

 

 

 

「なーに、楠木さんも疲れた?あいつら面白いけどなんかすっげぇ……」

 

「んー、そうじゃなくて……」

 

 

 

 楠木さんはリュックをかごに放り込んで、ガシャン、と若干手荒にスタンドを外した。

 

 

 

「これから駅まで漕ぐのかーって……」

 

「……あぁ」

 

 

 

 げっそりした顔の楠木さんはもたれるようにハンドルを握る。

 

 

 

「ゆっくり漕いでよ、赤坂くーん……」

 

「……善処するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車に間に合わなそうになり、結局途中から急いで漕ぐことになった楠木さんは、電車に乗る頃には疲れ切っていた。

 

 だって、これを逃したら次は1時間後なんだからしょうがない。

 いくら行き先の人口が少ないからって、月山線の嫌なところだ。

 『俺は田舎に住んでいるんだ』っての実感させられる気がして、ちょっとムカつく。

 

 

 

「体力ねぇなぁ」

 

「だって今日、すごい距離漕いだよ?仕方ないじゃない」

 

「ガーキ」

 

「うるさい~」

 

 

 退勤時に重なって混んだ社内に、空いていた一席を楠木さんに譲る。

 俺はつり革にぶら下がって楠木さんの頭越しに外を眺めた。

 

 ホームがゆっくり遠ざかって、たくさんの線路が流れていって、夕日に照らされた神月駅周辺の街並みが離れていく。

 まだ明るい空色に、少し日が伸びたなって思う。

 

 

 もう4月も真ん中だ。

 授業も、模試も、文化祭も、修学旅行も、そして受験も。

 気が付けば俺たちに迫ってきている。

 

 ぼーっとしていたらあっという間に終わってしまうかもしれない。

 百合たちに振り回されて、手を引かれて終わるかもしれない。

 

 だから、そう、自分から進んでやらなきゃだ……ああクソ、こんな小学生の反省文みたいな言葉しか出てこないのか。

 ダメだ、もっと、俺だって。

 

 

 

「……赤坂くんも黄昏てるの?」

 

「ぶはっ」

 

 

 

 つり革からずり落ちる。

 間違ってねぇよ畜生。恥ずかしいやら黄昏てた俺が面白いやらで、ニヤついてしまう。

 

 

 

「ふふ、何考えてたの?」

 

「あーん?俺の高校生活もぼーっとしてたら電車乗ってるみてーにいつの間にか終わっちまうのかなーって」

 

「ほ、ほんとに黄昏てる……!」

 

「悪いかよ」

 

「別にー。面白いなって」

 

「面白かねぇだろ。マジだぜ?マジマジ」

 

「ふふ、まぁ、確かに。最近湊くんと百合ちゃんに振り回されてばっかりだもんね」

 

「そうそう。もっとこう……俺らからもさ。なんかさ」

 

 

 

 『主人公っぽくよ』。

 それはカッコつけすぎか、と思って誤魔化す。

 

 楠木さんは小さく笑ってリュックを抱きしめる。

 

 

 

「でもさ」

 

「うん?」

 

「でも私、思うんだけど……赤坂くんって振り回されるの好きだよね」

 

「……は?」

 

 

 

 楠木さんは疲れの見える顔で笑い、リュックに顔をこすりつけた。眠そうだ。

 

 

 

「しょーがないなぁってかんじだけど、毎回楽しそうだもん」

 

「じゃーなんだよ、俺は脇役ってか?」

 

「違うよぉー、赤坂くんっぽいってこと。

 

だって楽しそうなんだよー?楽しくないことはしないもん、赤坂くん……。

 

だから、今は振り回されてても、楽しむために自分で動くよ、赤坂くんは…………勝手に」

 

「勝手には余計だろ勝手は」

 

「っふふふ。だから、大丈夫じゃないかなぁ……」

 

 

 

 夕日を見つめる。

 眩いそれを眺めながら、何か気の利いたことを言おうと考えた。

 

 心配しなくても、そのうち勝手に俺らしく動く。楠木さんなりの励ましとアドバイスだ。

 

 それがどうにも腑に落ちて、安心して、それが余計恥ずくて。

 

 夕日で目をくらまして、楠木さんが見えないようにしながら、この恥ずさを飛ばす何かを考えた。

 

 

 

「……ぁー」

 

 

 

 クソ、何も思い浮かばねえ。降参。

 この恥ずかしさを受け入れようと下を向いた。目が慣れてくる。

 

 

 

「……」

 

 

 

 リュックに突っ伏す楠木さん。

 リュックを抱いてた手も、ポニーテールも垂れ下がってて、これじゃあ寝てるというより気絶してるみたいだ。

 

 

 

「…………なんだよ」

 

 

 

 寝て逃げやがって。

 さっきの何か小気味いいこと考えてた時間返せ。

 お前起きたらまた『眠くて覚えてない』とか言ったらデコピンするぞ。

 

 この前だって

 

 

『数学の富野先生って多分好みの生徒だけ優遇してるよね、特にお気に入りの男の子は名前呼びだよ、ちゃん付けしてるもん、劣情ってやつだよ』

 

 

とか寝落ち前に言っといて全然覚えてなかっただろお前。

 

 楠木さんがそんな事考えてたのすげぇびっくりしたし、あれから俺は富野先生の授業毛ほども集中できなくなったんだぞ。

 深瀬がちゃん付けされてることに気づいて俺一人で震えあがってたんだぞ責任取れてめぇ。

 

 

 なんて、ジトっと楠木さんを見つめても起きる気配はない。

 視線を逸らすと、隣のおっさんと目が合った。

 

 薄目でこっちの様子を窺ってたらしい。おっさんは慌てる様子もなく、『頑張れ少年』と言わんばかりのウインクをよこした。

 洋画じゃねぇんだぞおっさん。

 

 ああもう、クソが。余計恥ずいわ。

 

 

 

「……るっせーよバーカ」

 

 

 

 口から出ていったのは、ダサいダサい捨て台詞。白旗だ。

 隣のおっさんは、こっそり肩を揺らした。

 

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