俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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第3話です。


第3話 慣れにはご注意を  ──購買のパンは遅刻の味──

 急に胸騒ぎがして、俺はハッと目を開いた。

 目の前には俺のそれなりに片付いている部屋。窓から電線で遊ぶスズメと晴れやかな青空が見える。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 俺は寝ぼけた頭のまま、スマートフォンに手を伸ばした。寝起きが悪いな、と思いつつ滲んだ視界で画面を見る。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 目に飛び込んできたのは、おびただしい数のラインの履歴。全部楠木さんからだった。

 がばっと身体を起こし、一通り目を通す。

 

 

 

「噓、だろ……」

 

 

 

 そんな馬鹿な。

 信じられない。

 楠木さん、どうして……。

 

 急速に心拍数が上がり、胸が苦しくなってくる。

 こうしちゃいられない。早く、早くあの子の所へ行かないと!

 

 ベッドから飛び降りた所で、ガチャリ、とドアが開いた。

 

 

 

「あーやっぱり、何してんの?もう8時だけど」

 

 

 

 ランドセルを背負った弟が驚いたような、呆れたような顔で俺を見ていた。

 

 

 

「ははっ……」

 

 

 

 引きつった笑みを浮かべる俺の手からスマートフォンが滑り落ちた。

 

 

 

『駅で待ってるね』

 

『もう電車来るよ』

 

『赤坂くん?』

 

『寝坊した?』

 

『ちょっと』

 

『ごめん、行くね』

 

 

 

 床で光る画面の時計が示すのは、7時53分。

 

 無慈悲に『寝坊』を突き付けてくるそれをひっつかみ、俺は部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「バッカ野郎!なんで起こさねぇんだよ!」

 

「もう行ったと思ったんだよ。でもゴミ出してないし、寝坊かなーって見に行ったら…」

 

 

 

 制服を破かんばかりの勢いで着替える俺をニヤニヤ見ながら、弟は首をすくめた。

 

 

 

「オレもう行くからカギ閉めてよ?ゴミは出しとくからさー」

 

 

 

 何が嬉しいのか、にこやかに手を振って弟は出ていった。

 

 

 

「ざっけんなよアイツ……!」

 

 

 

 結ぶのを諦めたネクタイをポケットに突っ込み、散乱した教科書をテキトーにリュックに投げ込む。

 ゴミ収集車特有のメロディを聞きながら、俺は必死に頭を回転させた。

 

 

 朝のHRが8時50分。

 

 普段は最寄り駅から7時51分の電車に乗り、8時12分に神月駅に到着。

 そこから自転車で15分程度走っていって、大体8時30分頃には学校に付くようにしている。

 

 というより、その電車を逃すと次は8時25分だから間に合わない。クソ田舎が。

 

 母さんを起こす?無理。つーか嫌。

 母さんの方が仕事に間に合わなくなるし、車の中で『なにバカなことしてるの』とか怒られながら学校行きたくない。

 

 

 チラッと時計を見ると7時58分。あと約50分。

 

 

 

「クソ……」

 

 

 

 つまりは、全部自転車で行くしかない。

 

 道が分からないからマップを見つつ全速力で飛ばして果たして間に合うかどうか。

 でも悩んでいる暇はない。今は1分だって惜しい!

 

 

 

「やってやろうじゃねぇか!」

 

 

 

 流し台で綺麗に洗われた弁当箱たちを背に、俺は颯爽と家を飛び出した。

 

 

 

「元サッカー部をなめんなよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結構余裕で着いちゃったんだね」

 

「いやー、さすが俺だよな」

 

 

 

 時間はすっかり飛んで昼休み。

 購買のパンを買うため二人で第2棟に向かう。楠木さんは購買見たさで着いてきてるだけだけど。

 

 

 2回も道を間違え、長い踏切に捕まり、ついでにお巡りさんにも捕まりかけながら、俺はなんと43分という好タイムでクラスにたどり着いた。

 

 おかげで汗臭く太ももが痛い。喉もガラッガラだ。

 

 

「やっぱ信じられんのは自分の足だな!これで次寝坊しても安心だわ、超余裕」

 

「じゃあ次は何も言わないで置いてくね」

 

「えー、ひど」

 

「寝坊なんかするから悪いんだよ」

 

「別にしたくてしたわけじゃないし?」

 

「それは皆そう」

 

 

 

 そんな話をしながら階段を下れば、どうやら購買部についたらしい。

 

 教室をそのまま店にした感じで、普通のフローリングの上にショーケースが置いてあるのはなんともミスマッチだった。

 

 

 

「思いの外混んでるね」

 

「めぼしいのが無くなんなきゃいいけど」

 

 

 

 部屋の半分は食料品、もう半分は文房具や制服注文などの日用品を取り扱ってるらしい。

 その日用品側にも人が並んでるくらいには混んでいた。

 

 

 

「何食うかなぁ」

 

「せっかくだしちょっと良いのにしたら?」

 

「そのつもり」

 

 

 

 目の前で次々パンが売れているのを横目に、ショーケースを眺める。

 

 朝の強制サイクリングのせいで死ぬほど腹が減ってるし3つ、いや4つ買おう。

 

 

 ショーケースの残りと財布との相談の結果、あんパン、ジャムパン、焼きそばパン、サンドイッチを買った。

 運動部も買うからサイズは申し分ない。しかもサンドイッチ以外は賞味期間が近いとかで割引。私立校ってマジスゲー。

 

 

 腕いっぱいにパンを抱えて帰ってきた俺を見て、楠木さんは目を丸くした。

 

 

 

「そ、そんなに食べるの?」

 

「え、普通じゃね?」

 

 

 

 早速ジャムパンをかじりながら階段を上る。

 

 

 

「んー、そっか、男の子だもんね……。

確かに、赤坂くんのお弁当ご飯山もりだし」

 

「そーいうこと。あれくらい食べなきゃやってらんねぇよ」

 

 

 

 一日練習や遠征の日なんてそれでも足りないくらいだった。

 

 弁当+菓子パンorおにぎりを持って行ったのに、腹を空かせて家に帰ったのも今や遠い過去。

 

 

 

「そーいや、もう部活辞めて半年ぐらい経つんだよなー」

 

「あー!そっか、もうそんなに…。もう吹けないだろうなあ」

 

 

 

 俺の言葉に、何か構えるしぐさをする楠木さん。

 これは…なんの楽器だ?

 

 

 

「楠木さん何やってたの?」

 

「ホルン」

 

「あー、あのなんか丸いやつ……」

 

「そうそう、それ」

 

 

 

 あの時の運指が、裏拍が、グリッサンドが、と分からない単語だらけだが、楠木さんは楽しげに話す。

 うーん、何も分かんねぇ。

 

 中学の頃、夏大会の壮行会で吹奏楽部が演奏していたのを聞かなかったのを今更惜しく思った。

 

 

 

「またやんないの?吹奏楽」

 

「えー……」

 

 

 

 そんなに好きなら何で高校でもやらないのか。そう聞くと、楠木さんはしゅんと顔を曇らせた。

 

 

 

「えーっとね、その、もういいかなーって……」

 

 

 

 そのどことなく遠い目を見て、俺も「あー」と同じような目をした。

 

 

 そう、部活は楽しかった。

 

 笑いあいふざけあいながら、練習に打ち込んだ日々。全力を出し切って楽しんだ試合や大会。

 輝かしい中学の一ページで、俺の自慢の思い出だ。

 

 でも、それはそれとして。

 

 

 

「俺ももうやりたくねぇかな」

 

 

 

 じわじわあふれ出してくる苦痛の思い出たちを脳内にしまい込むようにジャムパンを口に押し込む。

 サッカー部の思い出はこのパンみたいに甘いだけじゃない。

 

 戻ってきた騒がしいクラスを眺めながら腰かけ、次は焼きそばパンを開ける。

 楠木さんも弁当の包みを開きつつ聞いてきた。

 

 

「じゃあ赤坂くんも、高校で部活やらないの?」

 

「俺?もうやらねぇ」

 

「即答!?」

 

 

 

 東雲附属は、部活動が盛んなことを売りにしてる。まあどの学校もそうだろうけど。

 

 県大会出場はほぼ当然、時々全国まで行ったり。設備も充実。

 その分練習が日常を食いつぶすレベルで入っているのは周知の事実。

 

 部活に満たない愛好会、同好会もあるけど、どうにも興味が出ない。

 

 

 サッカー部。強豪だけど練習ヤバそうだからパス。

 その他運動部。同上。

 他文化部。興味なし。

 

 

 

「楽しくなさそうなのやってもしょうがねぇし?」

 

 

 

 だってそもそも、入部届の提出がそろそろなのに何一つとして見学していない。

 元々入る気も無く遊びまくる予定だったし。

 ……その「遊びまくる」が入学早々崩壊したから問題なんだけど。

 

 俺の言葉を聞いて、楠木さんはちょっと首をかしげた。

 

 

 

「青春って部活じゃないの?」

 

「……そうだけど、『部活』の青春ポイントはもう中学時代に稼ぎまくっちゃったからさ」

 

「んん……なるほど?分かるかも」

 

「しょーがないじゃん、俺もう先輩がどーの顧問の先生がどーのとかの面白くないことしたくねーよ楠木さん」

 

「……ちょっと分かるかも」

 

「楠木さんはどうすんの?」

 

「私も…うん、やらないかな」

 

 

 

 大根おろしをたっぷり乗せた和風ハンバーグを頬張り、なんだか遠くを見る楠木さん。

 

 

 

「ええ~色々出来そうなのに?例えば……ほら、茶道部とか」

 

「うえ……」

 

 

 本当に嫌だなぁ、という顔を見て俺は結構意外だった。そういうおしとやか~な活動は好きそう……というか似合うと思ってたし。

 

 

「華道部」

 

「え~…」

 

「書道部」

 

「ん~…」

 

「じゃあアレは?あの…琴の奴」

 

「箏曲部?う~ん…」

 

 

 

 最期にはふふふ~と誤魔化していた。

 とにかく、俺と同じように部活に入る気は無いらしい。放課後誘いやすいから個人的にはいいけど。

 

 

 

「あ、あとね…」

 

 

 

 楠木さんは切り干し大根をつつきながらはにかんで言った。

 

 

 

「……お勉強しなきゃ」

 

「うげえぇぇ……」

 

 

 

 考えるのも嫌になる台詞が飛び出して、思わず顔をしかめた。

 避けることの出来ない、青春を形作る一つだとしても。

 

 

 一応、俺にも目標がある。

 国公立大学に進学すること。

 

 というより、大学に行くならそうでないと難しい、と両親から言われてる。

 

 東雲附属は私立校で金がかかるし、弟の進学もある。

 それからじいちゃんばあちゃん家のリフォーム代に、家と車のローンに、母さん父さんの老後、お金はいくらあっても足りない。

 

 大学まで私立に行くことはできない。

 

 

 高校生活を完璧に楽しみ、勉強もこなす。俺の計画は最終ゴールだけ決まったままふわふわしていた。

 

 

 

「じゃあ勉強は教えてよ楠木さん」

 

「えっ」

 

 

 

 サンドイッチを開けながらそういうと、またも楠木さんは顔をしかめた。

 

 

 

「あの……私、頭良くないよ?」

 

「またまたー」

 

 

 

 受験の話をしていた時『アレ難しかったよねー』『コレもー』とか、話があってたじゃないか。

 

 

 

「少なくとも俺よりバカってことはないっしょ」

 

「いや……」

 

 

 

 段々顔を伏せ、前髪で顔を隠そうとしてくる楠木さん。

 そういえば点数とかは聞いたことがなかった。

 

 

 

「じゃあさ、ここの受験で数学何点だった?俺38点」

 

 

 

 その分理科と社会で巻き返せたから良かったけど、当時は初めて見るレベルで低すぎて焦ったもんだった。

 

 その時を思い出してニヤニヤ笑っていると、楠木さんはもう首が折れるんじゃないかというほど俯きながら、両手で指を立てた。

 

 

 

「へぇー24……。……24!?」

 

 

 

 食べようとしたサンドイッチを取り落としかけ、俺は結構な大きさの声が出た。

 

 

 

「マジ!?」

 

 

 

 ガクガク頷く楠木さん。

 

 更に点数を聞いていくと、国語64点、英語62点、理科76点、社会45点という、なんとも意外な答えが返ってきた。

 

 理科と英語以外は俺より微妙に下だ。

 

 

 

「えぇ~マジぃ?真面目っぽかったのに?」

 

 

 

 どよーんとした楠木さんにそういうと、ぼそっと一言。

 

 

 

「見た目だけそうなら赤坂くんは不良だよ」

 

 

 

 そういわれると痛い。

 

 

 

「でもよく図書館とかいたじゃん」

 

「本は読んでなくて…図鑑とか写真集とか絵本とか見てた」

 

「えっ、本読まねぇの」

 

「そんな好きじゃない……」

 

「えぇ」

 

 

 

 あの見た目で、というブーメラン発言と衝撃の真実を飲み込んで、椅子に座りなおす。

 

 

 

「えー、おもしろ」

 

「だから勉強頑張るの」

 

「じゃあ俺が教える側かよー」

 

 

 

 俺の言葉に、丸い目が見つめてくる。

 

 

 

「教えるのだって勉強って言うし。あ、でも英語と理科系は楠木さん担当ね」

 

「……付き合ってくれるの?」

 

「だってさぁ……」

 

 

 

 口に運びかけたサンドイッチをまた置いて、ニヤッと笑った。

 

 

 

「勉強教えあうとかめっちゃ『青春』じゃね?」

 

 

 

 成績の上下に一喜一憂するのもまた一興。

 上がれば嬉しいし下がればネタになる。

 ちょっと将来が掛かったゲームみたいなものだ。

 

 嫌なことでも、一緒にやってれば、きっといい青春の1ページになってくれるに違いない。

 

 

「それだけ?」

 

「いや俺だって成績上げてぇし」

 

「いいの?」

 

「えっ、やだった?」

 

「いや、私はいいんだけど…………。うん。分かった。教えっこしよう」

 

「んじゃあ決まり」

 

 

 

 楠木さんも微笑んで了解してくれた。

 それに安心して、俺はようやくサンドイッチにかぶりついた。

 

 フツーのBLTサンドを期待して買ったけど、これレタスと……鴨肉?

 

 

 

「高ぇわけだ…」

 

 

 

 他は100円程度だったのに、このサンドイッチだけ400円近かった。正直会計見た時げっと思ったけど、これなら納得。

 

 

 

「何入ってたの?」

 

「鴨」

 

「えっ……すご」

 

 

 

 箸を置いて急かすように見つめてくる楠木さんに応えて、俺は具がたっぷり入ってそうな所にかじりついた。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 途端、口の中で柔らかく濃厚な味が爆発した。

 ゆったりした酸味と鴨の塩味、ピリッとした黒コショウが絶妙にマッチ。添えられたレタスでしつこさを感じずに味わえる。

 

 

 

「…………やばい」

 

「ど、どうしたの」

 

 

 

 食ったところを避けてちぎり、無言で楠木さんに手渡す。

 

 

 

「えっ」

 

「……………金の味がする」

 

「えぇ?」

 

 

 

 楠木さんもおずおずと口に運んだ次の瞬間、大きく目を見開いた。しばらくそのままゆっくり咀嚼して、やっと一言。

 

 

 

「お金の味だ……」

 

「だろぉー?!」

 

 

 

 中にたっぷり入っていたものの正体は、お高いクリームチーズ。

 祖母ちゃんちでしか見たことないそれがぎっちり詰まっているという資金の差を感じるサンドイッチを、俺たちはしばらく無言で味わった。

 

 

 

「見かけによらねぇな……」

 

「サンドイッチ作りたくなっちゃう…」

 

「それなぁ」

 

 

 

 遅刻してサイアク、って思ってたけど、結果的にコレ食えたなら良いか。

 楠木さんとサンドイッチの具について話していると、自然と口元が緩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

 

 

「今日サンドイッチにしてきちゃった!」

 

「いや多すぎだろ」

 

 

 そのせいか、しばらく色んな種類のサンドイッチを作るのにハマった楠木さんだった。

 






サンドイッチは本当に自分の高校で売ってたやつです。懐かしいですね。
ガチで高かったので1回しか食べませんでしたけど。
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