遅れまして、34話です。
なぜ遅れたかというと、この話に登場する曲を作ろうとしていたからです。
自分に作曲の才能は無いようなので、このまま小説をお楽しみください。
「おっ、お前がギター!?」
途端豪快な笑い声が耳を刺してきて、思わずスマホを遠ざけた。
ああクソ、だから嫌だったんだ。
ごっちゃりした父さんの書斎……というより、一家の物置を眺めて俺はわざとらしくため息をついた。
小テストだらけの授業スピードにようやく慣れてきたのに、山盛りの宿題を出されて放り出されたゴールデンウイーク。
百合の提案で、俺たちは初めて一緒に練習することになった。
この前ベースを買った時から何でこんなに遅くなったかというと、ちょっと曲決めが難航したからだった。
やりたい曲と盛り上がれる曲、そして初心者同然の俺たちの腕を加味して『いける』と思える曲が中々見つからなくて苦労した。
それがどうにかこうにか決まり、百合が楽譜を印刷し、ようやっと皆で練習しようと相成ったわけだ。
……で、俺は明日に迫った練習会のために、重い腰を上げてようやく父さんに連絡を入れたのだった。
「なんだお前、小せぇ頃は『つまんない~』とか言ってたくせに、どんな風の吹きまわしだ」
「なんでもいいだろ別に」
「いやあお前もバンドやるのかぁ!ええ?血は争えないな、だーっはっはっは」
やっぱ別に許可なんか取らないで勝手にもってきゃよかったな。もう切りたくなってきた。
自分のいい子ちゃんぶりに涙を流しながら、目の前に海になっているギターやら機材やらを覗き込んだ。
スマホの画面から目を逸らしたって言うのが正しい。
「今度帰ったら教えてやろう!あ、英二のおじさんたちも呼んでやろうか?全員でお前らの練習の面倒……」
「いらねーよ!
それにそれ父さんがおじさんたちと飲み会したいだけだろーが!うちでやんなよ片付けんのは俺と母さんなんだから!
で、どれなら使っていいんだよ?」
「あぁはいはい……。で、えーと、あー、そうだなぁ……」
カメラをオンにして映してやると、父さんはうなりながら眺める。
自分の持ち物くらい把握しとけ、とか普段なら言ってるけどこればっかりはしょうがない。
ここに置いてあるのは大半が英二おじさんたち──父さんの大学時代の友達──が、奥さんたちに小言を言われてうちに避難させてきたものばっかりだからだ。
転勤暮らしだったうちが家を買って、父さんが単身赴任で部屋ががら空きという噂を聞きつけてきたおじさんたちは、これ幸いと色んなコレクションを隠しに来た。
『どーせ俺の家に置けばいい!みたいに言ったんでしょーよ』
すっかり物置きと化した一室を見て、母さんは青筋を浮かべながら言った。
小さめの復讐として、『壊しちゃったら悪いもん』ということで俺たちは一切掃除をしないことにした。
父さんもそれは受け入れたのか帰る度にちゃんと掃除している。
スタンドに立ててあるギター、ベース、あとボタンだらけの機械とか、スピーカーの網にだって埃はついてない。
「あー、そうだな、それ!」
「どれだよ」
「その茶色いの」
「どれも茶色いんだけど?」
「そのー、一部分黒の!グラデがかかってないやつ」
「……は?これ?」
50超えたおっさんから『グラデ』なんて言葉が出てくることに若干ぞわっとしつつ、言われたギターを手に取った。
左手の父さんが「そうそれそれ」と声を上げる。
「……マジでこれ?」
「ああ。多分弾けると思うけど一応チューニングしておけよ」
「チューニングう?」
シンクロ召喚?
あとなんか昔、麗たち吹奏楽部が言ってた気がする。何かは忘れたけど。
スマホを置いて構えてみる。授業で使ったアコギと違って薄くて重い。弦もちゃんと金属だ。
「音を合わせんだよ。チューナーが棚の上にあるだろ」
「どれ」
「洗濯ばさみみたいなヤツだ」
「あー……?このなんか……挟むやつ」
「それだ」
弦に挟んであったピックを取って、数か月前の音楽の授業を思い出す。
ドレミの七音。それからCコード、Dコード、Eコード……。
「……なんだ、上手いじゃねぇか」
吐息混じりの割れた音が耳を打った。
やべ、カメラオンにしてたんだった。伏せたスマホは見上げるような形で、ギター弾いてる俺の姿を父さんにお届けしていた。
むかついたから紙束をかぶせてやる。「つれねぇなぁ」なんて声が聞こえてくる。うるさい。
「音楽で習ったんだよ、アコギだったけど」
「はぁ~今ってギターなんてやるのか。どうだ?俺の息子なら上手く弾けたか?」
「別に……。なぁ、ケースは?裸で持ってくのは無理だぜ」
「ケースぅ?んなもんどっかにあるだろ。見つかんなかったら誰かの剥いで持ってけ」
何でそこは適当なんだよ。
それにどっかってお前、この部屋がとんでもねぇ状態なの一番知ってるくせに。
「あと必要なのは?」
「そりゃエフェクターだろ、アンプだろ、あとケーブルも忘れんなよ」
「えー、人んちでやるんだけど」
「じゃあやめとけ。繋ぎ方は帰ったら教えてやるから」
「いらねーって、ネットで調べてあるし」
「そ、そうか……。せっかくだしって思ったんだが……」
あからさまにテンションが下がり、さっきまで音圧でぶるぶる震えていた紙まで大人しくなった。
見えないのをいいことに、俺は思いっきりスマホの方を睨んだ。
マジで父さんとのこーゆー雰囲気苦手。
「……じゃー借りるから、どーしても詰まったら教えてもらうかもじゃあね」
隙を与えないよう一口で言い切って、バツを押した。
父さんはすごい。話すだけで俺を何か疲れさせる。やっぱ得意じゃねぇ。
貸してもらうことになったギターを眺める。
それならいいんじゃね?みたいな軽い感じで言ってきたけど、俺はそこまで記憶力ないわけじゃない。
これは父さんの1番のお気に入りだ。
父さんが学生時代世話になった先輩に貰った思い出のギターらしい。
『ギターを弾いている父さん』というと真っ先にこれを持っている姿が思い浮かぶ。
俺が小さい頃音階とコードを教えてもらったのも、確かこれ。
「……はぁ」
重たい。
父さんの思い出と俺への期待がひっついてて、そんなもんをそれとなく渡されて余計にそれが増して。
気持ち悪さと罪悪感の比率、8:2。
華の男子高校生にとって、父親のアイジョーって奴は持つのも嫌だった。
「ケースどこだよ」
あーホント、マジめんどくせぇ。
「わ、赤坂くん似合うね」
「……だよな?」
「うん!なんかねぇ、しっくりくるよ」
「だよなぁ!?」
翌日。
駅で待ち合わせた楠木さんは開口一番そう言った。嬉しいことを言ってくれる。
昨日1時間格闘して探し出したケースを背負うと、いつもの服装がすげーカッコよく見えた。
やっぱこう、何か背負ってるとカッコいい。男のロマンて感じがする。
『あの人ギター弾くのかな?』みたいな視線が気持ちいい。
重かろうがなんだろうが、カッコいいもんはカッコいい。
諸々を綺麗さっぱり忘れるくらいには、俺は大変気分がよかった。
「楠木さんは随分大荷物じゃん」
「え?そうかなぁ」
対して、楠木さんはかなり膨らんだ手提げを抱えていた。
ボーカル担当の楠木さんが一体何を持ってきたのか。
電車に乗り込んでから見せてもらうと、大量のお菓子。
それから、筆記用具と謎の四角い機械。
「……浮かれてんな」
「そんなこと……ないって言えないなー。お友達のお家で楽器の練習とか久しぶりだし」
そういえば、元吹奏楽部だったっけ。となると、この四角いのは……。
「じゃ、これチューナー?」
「そうそう!一応あったほうが良いかなって。赤坂くんは持ってきた?」
「一応。けどなんか、挟むのと一体になってる」
「ギター用のだね。部室にもあったなぁ……。たまーにアコースティックギター使うからって」
「吹奏楽なのに?」
「弦楽器使うときもあるんだよ。コントラバスとか。
あ、でもうちのは何年も使ってなかったみたいでボロボロだったなぁ。
先輩から聞いたけど、あれ弾いてる人の楽譜血だらけになるんだって。指の皮が剥けちゃって」
「へぇ~……?」
コントラバスって、なんだ?
あとそんな怖え話を今から弦楽器しようとする人に話すな。
でも、大半が楽器わかんない中で一応経験者がいるのは心強い気がする。
急に決まった練習だけど、とりあえず楠木さんがいれば何とかなりそうだ。
「ま、楠木さんがいりゃ今日の練習も上手くやれそうだな」
「…………うーん」
褒めたつもりだったのに、楠木さんは微妙な顔で手提げの中身を見た。
「知らないの、赤坂くん?」
「は?」
「皆で集まって練習はね、やらないと同じなんだよ」
「……うわ」
いつも通り神月駅で降り、乗り換えて隣の花盛市へ。
花盛駅から5分ほど歩くと、この町的にはタワーを付けても良さそうなマンションに到着した。
「どうやって入るんだっけ?」
「エントランスのインターホンで話すんじゃなかった?あ、ほら」
楠木さんが歩いていく方を見ると、自動ドアの奥にそれらしきテンキーとスピーカーがついていた。
「701だったか」
とりあえず部屋番号を押して繋いでみると、小さい「プツッ」という音が聞こえた瞬間、声が音を割って聞こえてきた。
『うわっ百合……じゃなかったよかった透くんと明里ちゃんか。
ごめん、ちょっとまだ片付けビミョーに終わってないけど来て大丈夫!開けるから二人とも上がってきて!じゃ!』
俺たちに一言も話させず、湊はさっさと切った。
無情な電子音に顔を見合わせながら、俺たちはエレベーターへ向かった。
マンションに住んでたことはあるけど、こんな高そうなマンション入るのは初めてだった。
エントランスもエレベーターも廊下も何もかもキレイ。
新築じゃないけど、手入れが行き届いてるってカンジ。
絶対安くはないだろうマンションなのは一目瞭然だった。
それにさっき見た駐車場、外車多かったし。
庶民らしくキョロキョロしながら701号室にたどり着くと、相変わらずのニヤニヤ笑いに汗をかいた湊が顔を覗かせた。
うーわ、すげぇ気合入ってる。
服も髪型もしっかりセット済み。アクセサリーまでつけてるし、ムカつくことに似合ってる。
「いらっしゃい二人とも!うわー、透くんめっちゃバンドマンじゃん。似合う似合う」
「……お前もな」
百合にアピるためにカッコつけてるこいつが面白いような、センスあってムカつくような。
「ま、上がってよ」なんて当然のように広い玄関へ案内する背を、ちょっと複雑な気分で追った。
中に入ると、白を基調にしたお洒落で広い部屋と、頑張って片づけたであろう痕跡が出迎えた。
せっかく広いキッチンも大きなテレビやソファもある高そうな部屋なのに、お陰でずいぶん親しみやすい。
湊は焦ったようにその痕跡を洗濯カゴにごったに入れていく。
「と、とりあえずそこらへん座ってて!百合はあとちょっとで来るって!マジ悪いんだけど、服決まんなくて片付けがまだ若干……。
あー、何飲む?いろいろあるよー。まコーラでいっか。
え!明里ちゃんお菓子くれんの?バカ嬉しい!後で皆で食べよーね。
……あぁ、あと、気になんなら見ててもいーよ、透くん」
言われるまでもなくすっかり釘付けになっていた俺は思わず振り返った。
「お、お前これマジ!?」
「ははー、すごいっしょ」
リビングの隣、開け放たれた隣の洋室は湊の部屋らしかった。
あいつの制服とリュックが掛かり、服が散乱してるから……ではなく、まるで子供の夢みたいなものばっかり置かれていたからだった。
まず漫画。
ジャンプサンデーマガジン問わず単行本がたくさん。天井まである棚を一面埋めている。
有名どころはとりま全部ってカンジ?昔アニメで見たやつばっかりだ。
俺的にはハガレンが全部揃ってんのがポイント高い。
……あれ、その癖ワンピースがねぇ。まぁ巻数ヤベーもんな。
隣の棚半分にはCDとDVD・Blu-ray。バンドのライブ映像、ドラマ、アニメ、映画。
えぇ男で嵐のライブDVD買うやついるんだ、初めて見た。
ポケモンの映画に、スターウォーズ、ハリーポッター、ディズニー──これは絶対親の趣味だなうちの母さんと一緒だ──。
お、メン・イン・ブラックがある!これめっちゃ好き。
それにナイトミュージアム!クソ良いもん持ってんじゃん!
そしてその下は全部ゲーム。
DS、3DS、PSPの携帯ゲームに、Wii、Xbox、プレステ2~4の据え置き機。
あらゆるハードのソフトでみっちり詰まっていた。
当然テレビもその横。俺としてはWiiU持ってるやつ初めて見てマジびっくりってカンジ。
えーっと、ポケモンがダイパからサンムーンまで全部?
両方買ってんのかよコイツやべーな。
モンハンに、FF……の、どれだろわかんねぇや。ドラクエもキンハもある。
それから……お、グランツ!良いもんあるじゃん!
スマブラとマリカはとーぜんあって……。
うわっ、ジャンプの良くわかんねーキャラゲーある。
昔父さんに『多分面白くないぞ』って買ってもらえなかったやつだ。後で遊ばしてくんねーかな。
棚から目を離して部屋全体を眺める。
インテリアやポスターもかっけぇのばっか。
小学生の頃、蓮也や遼太郎と『大人になって超絶最強の部屋を作るなら』と話してたそのものみたいな部屋だった。
「お前やっっっば」
「うーん、ま、それほどでも……、あるかなー?」
「……わぁ」
横から覗く楠木さんも、小さく声を漏らす。若干引いてる響きだったけど。
「ははー、いいでしょおれの部屋」
「クソ最高」
「よく言われる」
手渡されたコーラを飲みながら、やっぱり見てて飽きなくて眺めてしまう。
懐かしいもんばっかりだ。
その背を見るだけで、小・中皆で遊んできた記憶が蘇る。
なんだか一緒に湊とも遊んだような気がしてきて、一気に親近感がわいた。
「男の子って本当にいろいろゲームするんだね」
楠木さんは何がどれかもわかってないようで、ぼけーっとそれらを眺めている。
「楠木さんゲーム全然やってねぇもんな」
「うん。買ってもらったことなかったし、あんまり欲しいって思わなかったし」
それを聞いて、湊は信じられないものを見るような目で俺と楠木さんを見た。肩をすくめる。
楠木さんはこういう人種だからしょうがない。
「えー。元カノは好きだったんだけどなぁ」
「そりゃいい子逃したな」
「…………いや、もう勘弁してほしいわ」
「どんな女だったんだよ」
「うーん明里ちゃんの前じゃ言えないなぁ」
「……?」
楠木さんはマジで何にも察してなさそうな顔で首を傾げる。
湊と目で頷きあい、コーラを飲みほした。
持ってきたお菓子を開けだした二人の横で、下ろすのをすっかり忘れていたギターを取り出した。
とりあえず本体とチューナーだけ。
とりあえず、音があってるか見るんだっけ。
「……へー、それがお父さんに貸してもらったやつ?」
「そ」
「この洗濯ばさみは?」
「チューナー」
「……『集いし願いが』?」
「やっぱそれ思うよな」
上の弦張ってるところにチューナーを挟んで、弦ごとに音を見ていくらしい。
まずは6弦。確か「ミ」の音だ。
「……6E?」
画面には針が振れるような映像と一緒に「6E」と出た。
湊が首を傾げるのを見て、楠木さんが口を開く。
「ドイツ語の音名だね。
普通はドレミファソラシド、だけど、ドイツ語だとツェーデーエーエフゲーアーハー、になるの」
「……つぇ?」
「アルファベットで書くと、C、D、E、F、G、A、H。
だから「ド」の音を弾いたら「C」が出る。さっき弾いたのは「ミ」だから「E」が出る……ってかんじ?」
「で、6弦のミ、だから「6E」らしい」
「へぇ~……?」
湊は分かってないような顔で頷いて、自分のベースを取りに行った。
昨日調べたばっかりの知識を披露した俺に、楠木さんはコップを置いて続ける。
「でも吹奏楽部的には、ベーツェーデーエフゲーアーハーって言いたくなっちゃうんだよねー……。
あ、あと赤坂くん、まだちょっと音下がってるから締めた方がいいと思う」
「ええ?」
確かにちょっとだけ左に振れてるけど、別にこれくらいいいじゃんか。
……なんて思ったのがバレたのか、楠木さんはくすくす笑いながらチューナーを指さした。
「音は正しくないと全体のずれに繋がるよ。だから常に合わせて……って、昔先生に言われた」
「ああ……」
その全体を重んじるような指摘に自分のサッカー部時代を思い出しながら、弦をたどって少し締めた。
弾き直すと針は上の方を向く。
「おおー」
ちょっと感動する。
あたりまえだけど、弦楽器ってこうやって弦の張り方で音変わってるんだよな。
分かれば後は簡単だ。各弦ずつ音を確かめて、低かったら締めて、高かったら緩めればいい。
一人でやり始めた俺を見て、楠木さんは湊とベースの音程を確認しだした。
「多分私のチューナーでも行けると思うよ。弦の数は出ないけど……。4弦弾いてみて」
「……4?」
「下から1、2、3、4弦だから一番上だね。ミの音」
「じゃあE?」
「そうそう!……わぁ、すごい低い」
「中古だししょうがないかぁ」
「合わせていけば大丈夫だよ。うん、もうちょっと締めて」
「おっ、ホントだ。いえーいさっすが明里ちゃーん」
「ふふ、いえーい」
……最近この二人仲良くなったと思う。一人っ子同士何か通じるものとかあるんだろうか。
最初は湊がちょっかい出してるだけだったのに、楠木さんが慣れてきたことで話す機会が増えてる気がする。
距離も近い。
気になるかと言われたら気になるけど、正直心配するまでもないと思う。
ピンポーン
「百合だッ!!」
なぜならこれだから。
ベース放り出してインターホンに走るこいつが楠木さんに手を出すビジョンすら浮かばない。
それ以前に普通に面白いやつだし、楠木さんに……いや俺にも、結構イイ友達ができたのかもしれないと思い始めていた。
「ね、やっぱ百合だった!おれの勘カンペキ!」
いや、やっぱりちょっと気持ち悪いかもしんねぇ。
「いらっしゃい百合いいい!」
「うん、お邪魔すんね徹!やっほー明里!透!2日ぶり!」
「わぁ、百合ちゃんお洒落!」
数分後、やってきた百合は湊に負けず劣らずずいぶん気合の入った格好だった。
休日にヒール履いてくる同級生の女子初めてだ。
髪型も普段となんか違う。
詳しくないから「なんか」としか言えないけど。
というか全体的に、学校と雰囲気が違った。
そこで目が合って、やっと違和感に気がつく。
「……お前なんか目の色違わね?」
「は?カラコンっての。知らないの?」
「わ、ホントだ!その色も似合うよ百合!」
「ありがと。ほら、フツーはこう言うもんよ」
「悪かったなオシャレってのに疎くて」
「ま。真っ先に気が付いたのは褒めてあげる」
「そりゃどーも」
百合は俺と同じくキーボードを背負って来たようだった。
昔ピアノを習ってて、その時家で使ってたのを持ってきたらしい。
「ごめんね遅れちゃって!お兄ちゃんが寝坊かましてさ。で、どこまで進んだ?」
「とりあえず音程は合わせたよ」
「さっすが明里ー、ありがとね。
えー、めっちゃお菓子あんじゃん!食べよー!
ね、あたしもジュース持ってきたからさ!
うっわ。相変わらずあんたの部屋ヤッバ」
百合は慣れた足でリビングに進み、速攻キーボードを下ろしてソファに座った。
自分の部屋のようにファンタのペットボトルと紙コップを置き、注ぎ始める。
湊も一緒になってお菓子を開け始める。
さっきまでそこそこ感じてた「進捗」とやらがどんどん消えていくのが分かった。
「だから言ったでしょ?」
嫌な予感がしてきた俺の横に立ち、楠木さんがニヤッと笑う。
「ああ、すっげーよくわかった」
秀二と一緒になって虫取りしてた俺がこのノリに逆らえるわけもなく、結局4人揃って菓子を囲んで談笑することになった。
新しいクラス、担任の先生にクラスメイト、新しい教科と話題は尽きない。
「なあやっぱアイツやべぇよな!一週間足らずでできる量じゃねえって」
「やーそれね?マジで厳しい」
「厳しいっていうより、悲鳴聞いて喜んでる気がするなぁ」
「ははー、すっげぇわかる!なんつーのこう意地の悪さがさ!顔に出てるよね!」
「顔っつーか頭じゃね、バチ当たった結果だろあれ」
「あっはサイッテー!」
話題は回って、今は宿題の話。
Ⅱクラスのゴールデンウィークは、去年とは二味くらい違った。
まず宿題の量がやべぇ。冬休みかなんかと間違えてるんじゃないかと思う。
ご自慢のハゲ頭をからかわれてる数学の西野を筆頭に、国数英は満遍なく俺達の休みにプリントを撒いていった。
次に中身がフツーに難しい。
模試の過去問とか、応用問題に入試問題とか。
一回丸付けしたら赤だらけになって、見なかったことにしようかと思った。
「プリント殺人事件たぁこのことだな」
「などと供述しており?」
「赤坂くんに言うと洒落にならないよ」
「おい」
「あっはは。てゆーか、皆まだ終わってなかったんだ」
「えっ?」
食べ終わった袋をキツく縛りながら、百合はしれっとそういった。
「あたしもう終わらしたよ。そんなムズくないってー」
「えーさっすが百合!後で見せて」
「徹でもダーメ」
「えー」
そういえばコイツ、元からⅡクラスなんだから頭良くて当然だった。
いつも通りの余裕の笑みに優等生を香らせながら、百合はティッシュで手を拭いた。
ソファに投げていたキーボードを手に取る。
「……ま、あたしから誘ったんだし?楽器やったことない人ばっかだし?バックアップできるように宿題くらいとっとと終わらせるっての」
「……お前、そんなこと考えんだ……」
「バカにしてんの?」
口ではそういうものの、百合は穏やかな目元でキーボードを爪弾く。
「あ、つーか1個大事なことだけどさ。皆あんま頑張りすぎないでよね。
あたしたちの目的はプロ級の演奏で皆を感動させて学校の人気者になることじゃない。
文化祭レベルの演奏で、そこそこ注目集めて、めっちゃ楽しくステージやること。誰よりあたしたちが楽しむこと、だよ」
「要は楽しい学校生活の1ページを作ろうってことだろ」
「そ。あくまで1ページ。他のイベントもあるし、テストも受験勉強もあるしね」
百合と目が合う。真剣そのものだ。
思ってたより現実的に考えてたんだコイツ。見切り発車のわがまま女じゃないんだ。
その意外に思ったのが通じちゃったのか、ギッと睨んでくる。おお、怖え。
「とりま、週2、3くらいで練習ね。テスト前は辞めよっか。自主練は任せる。ま、皆で楽しも?今日みたいにお菓子囲んでさ」
「ふふ、いいね」
一番に口を開いたのは楠木さんだった。
「やっぱり、こういう音楽は皆で楽しくやらなきゃ。結構ギスギスしやすいからさ」
元吹奏楽部が言うと説得力が違う。
「ま、あと半年あるもんね」
「そうそう!一曲の練習に半年さけるなんてすごいことだよ」
駄弁り始めてはや1時間。
時計の針が下り始め、俺達はようやくそれぞれの楽譜を手に取った。
『W.ings』。
俺達が小6くらいの頃やってた、『春よ染まれ』ってドラマの主題歌。
テレビ局オリジナルで、ほぼ学級崩壊した高校を舞台に二人の男子高校生が送る青春を描いた作品だ。
このドラマを見てまだ見ぬ高校への期待を膨らませてたのも、今は昔。
俺らの世代ならだいたい知ってる&そんなに難しくないということで、この曲に決まった。
「あー、懐かしい!吹雪めっちゃ好きだったなあ〜」
湊が自室から取ってきたCDのジャケットを見ながら、百合は目を輝かせる。
ドラマ仕様の特別版だ。主人公の彰人と吹雪が──当時話題で主演を務めたアイドル2人が──カッコつけてグータッチしている。
「いや彰人だろ」
「だよねー、おれも」
「男子って皆彰人好きだったよね、なんで?」
「そりゃもう」
「カッコいいからでしょ!」
「ええー吹雪の方がカッコいいもん!」
百合がキーボードで「W.ings」のイントロを爪弾くのを聞きながら、楠木さんはいまいち俺達の熱量についていけないようで曖昧に笑っていた。
「やっぱり皆好きだったんだね、そのドラマ」
「うんマジめっちゃ好きだった!友達とその話ばっかしてたもん」
「うわーやったやった」
「特に月曜はその話ばっかだったよな!」
「明里ちゃんは見てなかったんだっけ?」
「あ、うん……。でも、友達はすごい好きで、よくストーリー教えてくれたよ。その子も吹雪が好きだったなぁ」
懐かしそうに目を細める楠木さんに、百合が続きを弾きながら聞く。
「ほんとに良かったの?明里。
なんか……あたしたち『それだっ』って感じで、すごいノリノリで決めちゃったけど」
数日頭を悩ませた結果、不意に湊が口に出した「W.ings」があまりにもしっくり来てしまい、話がトントン拍子に進んでしまった。
俺達の心配をよそに、楠木さんは笑顔で手を振った。
「全然!むしろやっと決まって安心したもん。
それに、その友達がよく歌ってたし。私にとっても思い出の曲だよ。
うん、けど、強いて言うなら……」
歌詞カードを手に取り、楠木さんはボソッと一言。
「……私が歌っていいの?この歌詞」
「……」
「……?」
「いや、アリよりのアリだから!!!」
「わ、私のキャラ的にあんまり……」
手元には『生きて 生きて 粋がっていこうぜ!』の歌詞。
楠木さん、お前キャラとか気にする人だったのか。
まずそこが気になってしまう俺らを置いて、百合はまくしたてる。
「だって明里だよ?ビジュマジ優等生だよ?そんな明里がこんな歌詞歌うとかバカギャップ萌えすんじゃん!?ねぇ?」
クワっとこっちを見る百合。
顔を見合わせる俺たち。湊はいかにも賛成という顔で目を輝かせていた。
確かに、アリかもしれない。
あの楠木さんが、バラードしか歌わない楠木さんが、口汚い歌詞をステージで叫ぶ。アリだ。
アリ通り越して、もうこれしかないだろう。
「アリだな!!」
「も~……」
楠木さんは諦めたように息を吐きだす。でも顔が笑ってる。
お前もアリって思ってんじゃん。
「……そうだよね、やってみなきゃね」
そう小さく呟くのを聞き、俺たちもそれぞれギターを手に取る。
「そうそう、やってみよっか!」
「ま~一番頑張んなきゃなのは俺たちだけどな」
百合にもらったタブ譜を見る。
昨日読み方は調べたけど、その通りに手が動かない。
「えーっと、上から1弦で……」
「まって透くんおれ読み方わかんない」
「一緒に見よっか。私も調べてきたから」
「あたしも!」
ギターはタブ譜っていう、弦を楽譜に見立てたものを使う。
上からそのまま1弦、2弦……とそれぞれの線に対応してて、その上に抑えるフレットの番号が書かれてる。
あとhとかpの記号。これは弾き方を示してる。
それ以外は普通の楽譜と同じで、拍子と小節、リズムを表す音符。
……と楠木さんが説明したが、湊はいまいちわからない顔をした。
話を聞いていくと拍子や小節の概念からわからないらしい。
中学の音楽でやってるはずだけど、こいつの中学時代はお察しの通り。
その上去年の選択科目は音楽じゃなく美術。
「だからテキトーに申請するなって言ったのに……」
百合がサイダーを注いで回りながらそうぼやく。
それを飲みながら湊に譜の読み方を教え、こいつが理解したのは1時間後。
「や、やっと分かってくれた……!!あー、もう!先に教えておけばよかった!!」
「……な、なんでお前音楽わかんねぇのに楽器可の物件住んでんの?」
「お母さんが何か弾くとか?」
皆で説明のために書きなぐった紙切れに突っ伏しながら、湊を見る。
今日こいつの家でやることになったのは、湊の親がok出したのに加えて楽器可のマンションだったからだった。
「あ、いや、ううん、母さんは。……まあ、そんなとこ」
そう全員から視線を向けられた湊は困ったような、苛ついたような顔でベースを見る。
ボベンと気の抜ける音を鳴らして、目線がタブ譜に逃げていく。
「ま、ラッキーだったじゃん?ね?こーんな広い部屋使わせてもらってさ!さっすが徹のママ!」
何かマズイことを聞いたっぽい。
その雰囲気を感じ取る前に、百合が湊の肩にぐーっと重さを乗せる。
効果抜群、湊の顔からキレーに憂いが消えていった。
「えっへへー、でしょ?」
……そういえば、こいつらっていつから仲良いんだろう。
ふと思った疑問は、楠木さんが注いでくれたファンタに消えていった。
「……じゃ、いくよ?せーの」
楠木さんがメトロノームに合わせて手を叩く。それに合わせて、俺達は楽譜を見ながら指を滑らせる。
まずは百合のキーボードが入って、そこから湊のベース。
一拍置いてから俺も合流。イチニのサン。
20テンポ遅い「W.ings」のイントロが8小節、少しオレンジに染まった部屋に鳴り響いた。
「……おお」
「おー」
「わあ……」
「わぁーっ!」
多分練習していた俺達じゃなきゃ、それが「W.ings」のイントロだとわからないくらい、本物とはかけ離れていた。
それでも確かにそれは「弾けた」と思わせるもので、このバカ4人は異様に舞い上がってしまった。
「「「「できた!!!!!」」」」
「えっ、すごい!マジ弾けた!」
「すっげー!!ほんとに「W.ings」じゃん!」
「ま、まあ?最初にしちゃあ悪くねぇんじゃねぇの~?」
「ふふ、やっぱり最初に合わせると嬉しくなっちゃうよね」
正直俺はこれだけで指がちょっとつりそうだ。それに弦を抑えてる指の腹が痛い。
あと20テンポ早くなって付いていけるんだろうか。
湊も早々にベースを置いて手をぶるぶる振ってる。
なんで昔の父さんの指先が硬かったのかよく分かった。
「一日でここまで行けたんだから、あと半年あれば十分披露できそうだね」
「よね!順調順調!!あ~よかったぁ!」
百合の突っ伏したキーボードまでため息をつく。
そのへにょへにょの音を聞いて、オレンジの部屋が笑いに包まれる。
「ね、次はいつ練習する?」
「俺いつでもいい」
「私も。あ、明後日はお母さんとお出かけだからダメかな」
「おれもその日ダメかな。他はいつでもいいんだけど、宿題終わってないからなあ」
「そんなん一緒にやればいいでしょ?あたしが教えてあげるからさ!」
「百合が教えてくれるならいつでも!!」
成功の高揚感に包まれながら、明々後日また練習することが決まり、俺たちは帰る準備を始めた。
菓子の袋も紙コップも捨てきったところで、百合の携帯が鳴った。
「やば、もうパパ迎え来たって!早すぎるってバカ~」
「何か予定あるの?百合ちゃん」
「家族で焼肉!お兄ちゃんのバ先!」
「それ、お兄ちゃんはどうなんだよ」
「は?食わせないに決まってんじゃん、からかいに行くだけ!」
「ひっで!」
「って訳だからごめん、もうあたし行くね!後片付け任せちゃってごめん!じゃあ徹、透、明里、またね!」
ひっでぇことしやがる。
この前のお兄さんに思いをはせながら、ヒールの音を鳴らして駆け出していく百合を見送った。
相変わらずでれーっとした顔で湊は百合を見送り、挙句窓から車に乗るのを見届けていた。
「えへぇ、今日の恰好マジカワイイ走ってるのもカワイイ……あ、車乗った。へへ、いってらっしゃーい……」
正直慣れたものなので、俺と楠木さんで片づけを進める。
テーブルの上を拭いて、楽器とか仕舞えばお終いだ。
「なあ、片づけこんなんでいい?」
「……え、ああうん!十分すぎるくらい!ありがと。じゃあ行こっか」
車が曲がり角通り過ぎるまで見ていた徹は満足げに振り返った。
そのままスマホと財布を突っ込んで俺たちについてくる。
「湊くん、送らなくても大丈夫だよ」
「いやー?ついでに夕飯買いに行くだけだから。ま、明里ちゃんが心配ってのもあるけどねー」
「俺の心配もしろよ」
「えー心配する要素ないなあ、透くんには」
「頼りがいがあるみたいで嬉しいね」
マンションを出ると、5月頭の夕日が俺たちを焼くように光っていた。
風でトントンになるような気候が、初夏ってカンジ。
達成感は風で流されて行って、すっかり穏やかな気分で花盛駅への道を歩いた。
「夕飯買うって、何か作るの?」
「いや別にー?透くんとか明里ちゃんみたいに料理できないから、コンビニで買ってくるだけ」
「お母さんは?」
「えー?またどっかで食べてくるんじゃないかなあ。今日は遅いって。ま、いつものことだけどさ」
「お父さんは?」
「あー」
なんて、後ろの話をのんびり聞いていたら、湊がぷつっと話を途切れさせる。
「おれ、父さんいないから」
「……え」
楠木さんが言葉を詰まらせる。
対して俺は、やっぱりそうだったか、と思った。
つい数か月前も他の友達から同じようにカミングアウトされたけど、湊はそいつと違って特にフォローもなく、ぼーっと黙った。
「……じゃ、好きなもん食い放題か」
そう投げてやると、湊はいつも通りに戻って俺の背に飛びついてきた。
「そーいうこと!!っひひ、今日は何にしよっかなー。ね、明里ちゃん何がいいと思う?」
「へっ?えっ、あー、ハンバーグ、とか?」
「おっ、いいね!スープとか付けちゃおっか!パンとライス、どっちがいいかな?」
俺のギターケースにちょっかい出しながら、湊は楠木さんと一緒にハンバーグコースを決めていった。
「っくく、やっぱさ、親いるとこうはいかないよね」
「まあ、そうだね……コンビニで全部揃えるって、やったことないかも」
「っしょ~。ね、やっぱさ、いなくってもいいよね。父親とかさ」
コンビニの前に来た。湊が足を止める。
「ね」
さっきまで爽やかに照らしていた夕日が逆光になって、湊の濃い影を作る。
その同意は多分俺に向けられていて、曖昧に笑ってかわした。
「……そーかもな」
「ひひ、じゃ!また明々後日にね!」
「なんか、……意外だったな」
「うーん、確かにね」
神月駅を経由していつもの矢ノ川駅へ。
ちょっと触れづらかったその話題を挙げられたのは、ここまで来てからだった。
正直、湊の性格的にいるもんだと思ってたし、金銭的にもそうなんだろうと思ってた。
あいつお小遣い月3万貰ってるし。
この前知ったときはうらやましくて仕方なかったけど、毎日ああやって飯を買ってるなら納得の値段だった。
確か塾通いの歩夢と遼太郎も中学の頃それ込みで5000円くらい貰ってたし。
飯はそれとして、お母さんはいつ頃帰ってくるんだろう。兄弟もいないし。
確かに高校生になった今なら余裕どころか超最高の生活だけど、小学生とかだったらつまんなくないか。
だとすれば、中学時代グレたってのも納得するような。
「……そんなに気にしなくてもいいと思うけどなぁ」
楠木さんは車窓の夕日を眺めながらそう言った。よっぽど俺の顔に出てたらしい。
別に心配してるわけじゃねぇけど。ただ、ちょっと──。
「『可哀そう』って、勝手に思われるのもいやな感じがしない?」
「え?」
思ったのをズバリ言い当てられたのと、その声色が妙に引っ掛かったので、俺は彼女の顔を見た。
「なんてね?」
いつも通り。
さっき一緒にテーブルを囲んでたのと何も変わらない笑顔。
でも急に手が届かなくなったような、俺の知ってるこの子じゃないような、そんな気がした。
差し込む日差しを、壁に感じるほど。
あー。なんつーか、もったいねー日。
友達と家族の込み入った話って、そんなにしないものだ。だって、生活に直結するものだから。
親同士のちょっとした違いが、俺たち子どもに何倍もの差となって襲い掛かってくる。
その差が良いことに働くのはまれで、だいたい余計な方向に話がこじれていく。
だからなんとなく逸らしたり、ぼかしたりする。俺だってそうだ。
「……」
父さんのギターが入った、重いギターケースを背負いなおす。しっかりと、落としたりしないように。
今日は、そんな暗黙の了解なんてクソくらえと思った。
学生の時って余計に差が気になっちゃうよね。