俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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第37話 熱狂フロア ――テンション・クレッシェンド――

 2年生初めての中間テストは、思っていたより順調に進んでいった。

 

 数学の先生が変わったおかげだろうか、授業スピードは速いけど分かりやすい。

 数Ⅱも数Bも、いうほど悪くねーんじゃねぇかな、と周りに言えるほどの出来だった。

 

 現代社会もいい感じだ。

 内容は中学の公民を思い出すし、ニュースとかで聞く単語ばっかりだから理解しやすい気がする。

 

 英語は長文がちょっと時間なかったけど、コミュも表現もそこそこできたと思う。

 

 地学基礎は楽勝。古典も現代文もいつも通り。

 ま、多分いいんじゃね?

 

 

 そうして3日間はあっという間に過ぎて行って、次の日は模試。

 

 これがやばかった。

 全部が全部できなかったってわけじゃないけど、すっきりしない。

 確実にこれだ!と思って丸を塗りつぶせたのなんて5教科合わせて数えられるほどしかない。

 

 つーか何が5教科だよ。復習してる暇なんかないわ。

 現社も日本史も世界史も全部中途半端なのに模試やっても意味ねぇだろ。

 世界史じゃなくて日本史にしとけばよかったかもって後悔中。人って数か月で全てを忘れるものだ。

 

 

 ちょっとテンション下がりつつ、土曜日には久々に4人で練習。

 

 進捗的には、4分の1くらい。

 1番のサビ手前まで弾けるようになった。

 

 と言っても、テンポは相変わらずマイナス20だし、楽譜が手放せない。

 取り敢えず1番まで弾けたらテンポを本来の120に戻して練習をするつもりだ。

 

 てゆーか思い出したけど、ドラムはどうする気なんだ。それを百合に聞いたら、

 

 

 

「うーん、あとちょっとかな?」

 

 

 

だそう。あのお兄ちゃんに何を頼んだんだか知らないが、ここは百合を信頼するしかない。

 

 

 そうして嵐のように過ぎていった1週間を乗り越え、翌週月曜日。

 完全にテスト返しへ意識が向いていて憂鬱だった俺は、朝礼があることをすっかり忘れていた。

 

 

 

「……朝礼……、何、すんだっけ?」

 

「めっちゃ眠そうだね透くん」

 

「中学の友達が久々に……一緒にサッカー見ようぜとか言ってきたから、夜見てた、ずっと」

 

「うわー、寝たの何時それ」

 

「……試合終わってからも深夜のクソみてぇな番組見て話してたから覚えてねぇ」

 

 

 

 呆れた顔の弟に叩き起こされてみれば、つけっぱのテレビと充電切れのスマホ、ソファで寝たせいでバッキバキの体。

 

 げっそりした気分でどうにか弁当を詰め、水筒に麦茶をこぼしながら淹れ、上の空で駅まで歩いて行った。

 

 行き楠木さんと何を話したのかも覚えてない。

 もし今日帰ってくるテストの点数が悪くても、ワンチャン夢な気がする。

 

 と、俺の身体が呟いていた。

 

 

 

「……で、何すんだよ、朝礼」

 

「ごめんおれも分かんないや」

 

 

 

 そんなんだと思った。

 

 あー、あっちぃ。

 6月特有の湿気が体育館へ並ぶ学生たちの熱気で倍増されてる。

 眠気と湿気で死にそうな俺に、前にいた井ノ上が振り返った。

 

 

 

「今日は教育実習生の紹介だよ。先生が言ってた」

 

「実習……?」

 

「透くん頭働いてる?教育実習生だよ。去年も来てたじゃん」

 

「記憶ない」

 

 

 

 去年の今頃って、Ⅱクラス目指して楠木さんと勉強に本腰入れ始めたころだっけ?

 

 確かに、廊下をスーツ姿の人が歩いてたのは記憶にあるけど、先生が担当持ってなかったせいもあってかいまいち記憶にない。

 

 2回くらい授業やって帰ってったような気がする。

 

 

 

「そういや誰か話してたかも。この前の土曜、実習生会議室に集まってたって。

 

あ、けっこーカワイイ人いるみたいだよ?」

 

「それは楽しみかもなぁ」

 

 

 

 井ノ上と湊の話が頭に入ってこない。

 とにかく実習生が紹介されるということは分かった。十分だ。

 

 

 

「……つーわけで終わったら起こして」

 

「りょうかーい」

 

 

 

 体育館に全校生徒がぐちゃぐちゃに整列し、腰を下ろしたところで俺は完全に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 図体デカい井ノ上の後ろにいたのが幸いしたのか、先生に咎められることもなく俺は仮眠を楽しんだ。

 なんでクソ眠い時の短い仮眠ってこんなに頭がすっきりするんだろう。

 

 かなりましに働くようになった脳ミソを抱え、クラスメイト達とのんびり教室へ戻った。

 

 

 少し待てば、担任の清水先生の金切り声と共に扉が開く。

 ハリーポッターの映画に出てきた占い師みたいな顔を綻ばせ、先生は手招きをした。

 

 そうして入ってきたのは、いかにも屈強そうな男。

 クラス全員がその体格に目を奪われ、朝の挨拶もそこそこに終わる。

 

 

 

「はいじゃあね、皆さっき紹介されてたの見てたと思うけどね、実習生の紹介です!はい、挨拶して」

 

「はいッ!」

 

 

 

 おー、なんとイメージ通りな返事。

 

 のしのしと黒板の前に歩いてきた実習生は筆圧強く『坂口治』と大きく書き、俺たちに向き直った。

 

 

 

「坂口治です!高野大学から来ました!

この見た目通り、中学からずっと柔道やってます!

 

で、今日から3週間、清水先生と一緒にホームルームや現代文の授業で実習させていただきます。

 

勉強とか受験とか趣味とか、なんでもいいので気楽に声かけてください!よろしくお願いします!!」

 

 

 

 期待通りの大声で自己紹介され、クラスは割れるような拍手で満ちた。

 

 

 

「質問!質問!彼女いる先生!!」

 

 

 

 坂本がバッと立ち上がり早速それを聞く。

 全員の「おぉ~???」という期待をたっぷり溜め、坂口先生は「います!」と若干の照れ笑いとともに答えた。

 

 沸く5組。珍しく神崎さんが声を上げる。

 

 

 

「え~、何年目ですかー?」

 

「1年、かな?」

 

 

 

 クラスはまさにライブ会場。

 

 盛り上がった教室は「出会いは?」「彼女カワイイ?」「同じ大学?」とプライバシー侵害この上ない質問であふれる。

 

 それを清水先生が持ち前の鳥みたいな声で抑え込み、クラスは大歓声のまま1時間目の地学基礎へ移った。

 

 

 地学78点というなかなかな滑り出しに、数Ⅱ72点。

 コミュ英71点とそこそこ上々な点数を受け取り、俺のテンションは維持されたまま4時間目に突入した。

 

 4時間目の教科は現代文。坂口先生と再会だ。

 

 が、俺はそんなこと喜んでる場合じゃなかった。

 

 

 

「……」

 

「うーん、ちょっと残念だったね赤坂くん。はい、井ノ上くーん!」

 

「はいー」

 

 

 

 井ノ上がテストを取りに来たので、呆然としたまま席に戻る。

 

 

 

「あれ赤坂くん、どうしたのかな?低かった?」

 

「……はは」

 

 

 

 恒例の相田の点数マウントも笑えない。座る寸前でテスト部分を折る。

 

 とりあえず視界からは消えたが頭に点数がこびりついている。

 

 61点。

 

 え?マジで?これワンチャン平均点以下じゃね?

 

 ドベってわけじゃないが、仮にも国語はできたと思っていた俺の自信を折るには十分だった。

 

 

 

 シワのついた問題用紙といっしょに貰った模範回答を広げて、一つずつ答えを比べながら見ていく。

 

 減点食らってんのはだいたい読解。しかも4択のやつ。

 二択まで絞ったもう片方が当たってやがる。

 

 最後に漢字を3つも間違えて、一点の間違いもなく計39点の減点だった。

 

 

 最悪だ。

 どれもよくよく考えりゃ合ってたはずだから余計ムカつく。

 ほんとに夢ってことになんねーかな。

 

 なんてバカなこと思っててもなんにもなるわけなく、清水先生は黒板に平均63点とヒョロい字で書いた。

 

 解説も聞く気にならない。答え見て全部納得したからだ。

 

 先んじて赤ペンで全部直し、俺は夢であってほしい願いを込めて朝の眠気を呼び出した。

 

 

 『微睡み』と言えるほど優雅じゃない眠気を頬杖で支えていると、先生の解説が終わったのか残りは復習の時間になったらしかった。

 

 

 

「さ。坂口先生、キカンジュンシして」

 

「はい!」

 

 

 

 キカンジュンシってなんだ?キカン……機関、殉死とか?

 

 なんて一人ぼんやり笑っていると、その様子が背中に出ていたのか、坂口先生は俺の横で足を止めた。

 

 

 

「えっとえっと、どうだったかな?……あー赤坂くん」

 

「んー、あんま良くなかった、です」

 

 

 努めて『ちゃんと起きてましたけど』な声を出すが、多分バレてると思う。

 その証拠か、坂口先生は「うぇへへ」と曖昧に笑う。

 

 

 

「んーと、どこがダメだったかな?」

 

「全体的っていうか、……ケアレスミスが多くて」

 

「うんうん、なるほどー……?」

 

 

 

 坂口先生が俺の答案を覗く。

 清水先生に貰ったらしい模範解答と見比べながら、うんうんと頷く。

 

 

 

「ああ、こことか惜しかったね」

 

「っすよねぇ。二択までは絞ったんですけど」

 

「あぁ~そっかぁ〜。あるある!ショックだね」

 

「ホントですよ〜」

 

 

 

 先生とクラスメイトのアイノコに慰められ、俺はちょっとだけショックから立ち直ってきた。

 が、坂口先生は突如俺にとんでもないことを言う。

 

 

 

「うーん、赤坂くんって結構国語得意?」

 

「へ?ああうん、まぁ……」

 

「だからかな。そのせいで大事な所見逃すのが多いみたいだね」

 

「……えっ?」

 

 

 

 急に痛いところを突かれ、思わず言葉に詰まる。

 

 

 

「ほら、例えば小論の問5。

これ、赤坂くんはイに丸つけたけど、文中の『それでも』に着目すればイは違うってすぐ分かるんだ。

 

多分得意って言ってたから普段は間違えないと思うんだけど、今回はちょっと油断しちゃったかな。

自信あるからって見直ししないのはダメだよ。

 

あ、あとちょっと字が汚いかな。それから……」

 

 

 

 坂口先生が俺の顔を見る。図星を指されて怒ってんだかショックなんだか苦笑してんのか微妙な顔をしてたからだろう。

 

 

 

「ご、ごめん!言い過ぎだよね!大丈夫、次間違えなきゃ平気だからさ!」

 

「はは……」

 

「うん、うん、大丈夫!さ、次!相田くんはどうかな〜?」

 

 

 

 俺への言葉を聞いて背を震わせていた相田に手をかける坂口先生。

 

 慌てて点数を折ったアイツを見て、俺は呆然と笑うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、また寝ちゃった?」

 

「うーん、ちょっと違うかなー」

 

 

 

 頭上から楠木さんと湊の話し声が聞こえる。寝てるわけじゃない。やる気がビミョーに削がれて机に突っ伏してるだけだ。

 

 

 

「明里ちゃんのトコはどう?実習生。めっちゃカワイイ感じじゃなかった?」

 

「んー、素敵な人とは思うけど、朝以来会ってないから何とも」

 

「あらら。こっちはすごかったよね、透くん」

 

「全くだ」

 

「わぁ、ホントに寝てなかった」

 

 

 

 なんてくすくす笑われて、机に散乱していたテスト達をまとめる。

 楠木さんはそれを目ざとく見つけて、何の教科か分かったみたいだった。

 

 

 

「現代文、どうだった?」

 

「ゴミ」

 

「えっウソ」

 

「マジマジ」

 

「辻斬り第1被害者だったからねぇ」

 

「……ツジギリ?」

 

 

 

 首をかしげる楠木さんに、俺たちは目を見合わせて苦笑いした。

 

 俺にクリティカルヒットなアドバイスをした後、坂本先生は俺の前の相田、その隣の大川、斜め後ろの高橋……と時間の許す限り正論この上ないアドバイスをしていった。

 

 納得できるし分かりやすいし良いアドバイスだ。

 なんだけど……あんまりにも正しすぎるというか、心に来るというか……。

 

 とにかくテストの点と周りとの作業が気になってしょうがない16、7歳にはキツいものがあり、辻斬り被害者は皆引きつった笑顔で授業を終えた。

 

 

 

「……『字が汚い』は余計だろうが…………」

 

「でも確かに、赤坂くんって達筆を勘違いしたみたいな字してるよね」

 

「てめぇは本当に言うようになったな」

 

 

 

 男の字なんてあんなもんだっての。

 

 

 

「ま、運が悪かったんだよ。切り替えなよ透くん」

 

「やっとるわ今」

 

 

 

 くそ、湊め。コイツ俺より4点上だからってニヤつきやがって。

 だから気を取り直して弁当を取り出してんだろうが。

 ……そういや今日、何入れたんだっけ?

 

 

 ボケ老人みたいなことを思いながら蓋を開けると、さすがは俺。いつも通りの弁当が入っていた。

 鮭ふりかけご飯に、冷食の白身フライとハンバーグと肉団子。

 ソーセージとほうれん草の炒め物とブロッコリー。

 

 ケチャップをハンバーグにかけるのを忘れたことを除けば、及第点。

 下がったテンションを持ち直すには十分な昼食だった。

 

 

 

「そーいや百合は?」

 

 

 

 飯を大きくかっこんだところで、あのキャピキャピが居ないことに気がついた。

 

 

 

「百合ちゃんは他のお友達と教育実習生さんたちの所」

 

「ええウソ、おれらも行こーよ」

 

 

 

 楠木さんはオープンサンドイッチを食べようとしていた手を止めそう言った。

 購買で買ったらしいあんパンをさっそく半分食べた湊が嬉しそうに顔を上げる。

 

 が、楠木さんはいつものハの字眉で首をかしげる。

 

 

 

「でも、せっかくのお昼休みなのにご迷惑じゃない?やめたほうがいいよ」

 

 

 

 飲んでた麦茶を吹き出しかけた。

 それ思ってて百合見送ったのかよ。

 

 湊もズバっと言われて刺さったのか、その笑みのまま黙る。

 

 

 

「あ、いた。ねー聞いてよ明里!行ったんだけど先生に追い返されちゃってさぁ」

 

 

 

 件の人物がそんなこと言いながら現れ、俺たちは揃って机に突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回教育実習生は2年担任の先生に付くことが多いらしく、昼の2年のフロアは教育実習生の話題で持ちきりだった。

 

 やれあの先生が可愛いだの、可愛いだの、カッコイイだのしか聞こえてこなかったが。

 

 

 

「オレんクラスマジやべーよ!もう、もう……!ホントさ、なぁ!?」

 

 

 

 片岡が声を張り上げると、間中が激しく頷いた。周囲の9組の男子たちも共感する。

 

 って言われても俺は寝てたから誰がどれなんだか分かんない。

 と、珍しく深瀬が乗り気じゃないのに気が付いた。

 

 

 

「なんだよ深瀬、お前のタイプじゃなかったのか?」

 

「いや……」

 

 

 

 深瀬は投げて遊んでいた財布を見つめる。

 

 

 

「…………元カノにそっくりで……」

 

 

 

 爆笑に包まれた9組前の廊下で、深瀬の怨嗟の声が響いた。

 

 

 とは言え小中学生の頃とは違い、『実習生と遊ぶ』って選択肢が消えてるせいか言うほど身近な存在じゃなかった。

 

 見かければ嬉しいし会ったら話すけど、ぶっちゃけ居なくても変わんない生活だ。

 だから去年記憶にも残ってなかったんだと思うけど。

 

 それは実習生の先生たちも分かってるようで、とにかく授業中は積極的だった。

 

 5時間目の英表は、噂の9組の先生(確かにめちゃくちゃ可愛かった)が全員にめちゃくちゃ話しかけてきたし、6時間目の現社は何か5人くらい実習生が来て全員が机を見に来るものだからたまったもんじゃなかった。

 

 お陰で俺は一睡たりともできなかった。

 

 

 テスト返しと実習生の登場という、2つの非日常が重なった1日がようやく終わり、クラス全体が興奮しつつも疲れていた。

 

 加えて占い師と辻斬りの登場だ。ヤケクソみたいに教室は盛り上がる。

 

 

 

「はい、じゃあね、明日からね、坂口先生にこの朝と帰りのホームルームをやってもらいますからね」

 

「よろしくお願いします!!!」

 

 

 

 クラスが大きく拍手して声を上げる。俺も手を叩いて叫ぶ。

 皆の叫びが頭の中で眠気とぐるぐるマッシュアップする。

 

 俺はだんだんこのノリが怖くなってきた。

 

 

 このノリは帰りのホームルームが終わっても継続し、「さよなら~」と言った途端堰を切ったように実習生に走り寄った。

 

 早速行こうとする湊の首根っこを掴む。

 

 今日はまたこいつの家で練習だ。楽器も置きっぱにさせてもらってる。

 坂口先生と話したいのはやまやまだが、今日はそんなことしてるほど暇じゃない。

 

 

 

「えーいいじゃんどうせ7組も似たようなもんだって」

 

「もう終わって待ってんだよさっきから」

 

 

 

 百合が腕を組んで外で待っている。

 楠木さんも「あれが噂のツジギリさんかぁ~」という顔で5組を覗き込んでいた。

 

 湊は話題の坂本先生と愛しの百合を天秤にかけ、結局百合を選んだ。

 それに、清水先生が「さっさと帰りなさい」と促し始めたし。

 

 ようやく出てきた俺の顔を見て、百合はさらに顔をしかめる。

 

 

 

「うわ、あんた余計顔ひっど!授業中寝るとか言ってたじゃん」

 

「寝れねーんだよ看守が多すぎて。自販機でコーヒー買ってく」

 

「どーぞ。そんな顔でやられても困るっての」

 

 

 

 全員で駐輪場へ行き、3人には先に行ってもらう。

 

 俺は一人で食堂前の自販機へ自転車を押していった。

 ここはコーヒーが安いんだ。

 

 月初ということで多少余裕の出来た財布を取り出し、どれを買おうかな、と悩んだとき。

 

 

 

「はぁ~つっかれたぁ~……」

 

 

 

 沈んだ、だけどなんか聞いたことのある声がして、俺は振り返った。

 そこには、背中を丸め幾分か小さく見える坂口先生が立っていた。

 

 

 

「……」

 

「あ」

 

 

 

 部活の準備か、弓道部やテニス部の生徒たちが食堂と俺たちの横を次々走っていく。

 

 そのうちに坂口先生は見るからに『ヤバい』という顔から誤魔化すような笑みに変わっていった。

 

 

 

「あー……あはは……」

 

「先生もなんか買うんすか?」

 

 

 

 助け舟としてそう聞くと、先生は更にその笑みを強くし、財布を取り出しながら俺の隣に並んだ。

 

 

 

「……ここ、コーヒーが安いから」

 

「あ、やっぱ昔から有名なんすか?」

 

「そうそう。僕も当時先輩に教えてもらったから、10年くらい前からそうみたい」

 

「えーマジっすか?秘密の場所ってカンジ?」

 

「みたいだねー」

 

 

 

 授業中とは違い、坂口先生は大人しく控えめに笑った。

 

 ちょっと意外に思いつつ無糖コーヒーを買って、先生に自販機を譲る。

 何しようかな、と視線を彷徨わせた先生は俺の方をちらりと見た。

 

 

 

「えーと、赤坂くん?」

 

「はい?」

 

「あのー、さっきはごめんね!」

 

 

 

 急に頭をガバっと下げてきた先生に、俺は口いっぱいに注いだコーヒーを飲み込むのを止めた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと不躾だったよね!清水先生にも言われちゃって、自分でもありゃねーだろって感じで……」

 

「えっ、あ、いやいや、そんな気にすることないっすよー!

 

ミスが多いのも油断してたのも字が汚ぇのもマジなんで!マジマジ!」

 

 

 

 先生の謝り様に、焦ってコーヒーを飲み込んで手をブンブン振った。

 

 改めて自分で言うと悲しくなってくるけど事実なんだからしょうがない。

 

 ごめんごめん、いやいや、と3回くらい繰り返し、先生はようやく自販機の方を向いてくれた。

 

 

 

「いや、本当にごめんね?ちょっと、気合入りすぎちゃって」

 

「ははっ、ま、見てりゃ分かりましたよ。みーんな」

 

「うわーマジかー!だからさっきも……、はは。やっぱり先生難しいな……」

 

 

 

 甘そ〜なカフェラテを買い、先生は一気に半分も飲み干す。

 

 ちょっと引いたけど、『辻斬り』だなんだ言っていた先生の人間らしさが見えて親近感が湧いた。

 

 

 

「赤坂くんはこれから部活?」

 

「いや、部活じゃないんですけど練習です。文化祭バンド出るんすよ」

 

「ええ、本当に?いいなぁ、楽しそう」

 

「ちょっと透!!おっそい!」

 

 

 

 なんて言ってると百合の叫び声が耳をつんざいた。

 

 声の方を見ると3人が(つーか多分百合が)しびれを切らしたのか、自転車を持って戻ってきていた。

 

 「今行く!!」と叫び返し、コーヒーのキャップを閉める。

 だいぶ覚めてきたテンションに任せて自転車のスタンドを蹴り上げた。

 

 

 

「じゃ、先生また明日!今度はキンチョーしすぎないでくださいよ」

 

「あっ待って赤坂くん!」

 

 

 

 走り出した俺を先生が呼び止める。

 振り返ると、言葉を考えているのか視線をさまよわせていた。

 

 

 

「えーっと、えーっ……と……ほんとに、ホントに楽しんできてね!今のうちだからさ!」

 

「……は、はーい?」

 

 

 

 たっぷりと溜めた割には中身の無いことを言われ、俺は頭に疑問符が浮かんだまま手を振って別れた。

 言われなくてもそのつもりだ。

 

 

 

「先生と何話してたの?」

 

「あー何か、頑張ってねーって」

 

「へー、また辻斬りにあってんのかと」

 

「そりゃねーって」

 

「ま、マジであんたら頑張らないとだからね。まだ二人とも元テンポ通りで弾けないんだから」

 

「分かってるって」

 

 

 

 雲の多い青空の下、湿気った風を4人で切って歩く。

 

 そんな俺たちの後姿を、坂口先生は少しだけ見つめていた。

 

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