俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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そろそろ2周年なので頑張ってます。







第39話 プライマリ・サマー  ――アゲてけイントロダクション――

「『……もしも雨が止まなくとも……キミは飛び込んでいく』……」

 

 

 

 ピッピッと鳴る電子メトロームに合わせ、楠木さんの歌声が響く。

 

 最初は囁くような歌い方だったのに、すっかり俺ら3人の前では声を張るようになった。

 

 俺も小声で合わせて歌いながら、弦の上に指を走らせる。

 

 

 

「『そう二人揃えばどこへでも』」

 

 

 

 『W.ings』のギターは比較的簡単だと、どのサイトでも書いてある。

 確かに、譜面を見てもそんなに難しそうには見えない。

 

 速弾きとかすっげぇムズいとこ無いし、二番のあとのソロも耳には残るけど難しくはない。

 

 ……って言ったのはどこのどいつだ。

 

 

 

「『嵐だろうと飛び出して!』……」

 

 

 

 ガジャッ、と演奏にノイズが混ざる。

 

 俺だ。弦を押さえる左手がもつれて、外れた音が出た。

 

 それに畳なって、さらに不協和音。

 

 

 

「ごめん!またやった」

 

「……おれも間違えた」

 

 

 

 湊が顔をしかめ、左手を振る。

 

 二人揃って同じところだ。

 サビへ向かう盛り上がりの部分、そこがどうにもテンポ120だと手が付いていかない。

 ここだけ切り取って手を動かせばちゃんと鳴るのに、通しでやると突っかかる。

 

 百合はキーボードを、楠木さんはメトロームを止めてこっちを見た。

 

 

 

「やっぱそこかぁー」

 

「んねー、毎回ここで突っかかっちゃう」

 

「あームズ!」

 

「でも、前よりミス減ったと思うよ!頑張って!」

 

 

 

 愚痴っていてもしょうがない。楠木さんの励ましに頷き、湊ともう一度サビ前を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月上旬。

 

 セミの脳みそも沸騰したのか静かな夏の始まりを楽しむ暇もなく、来週からテスト1週間前に入る。

 

 しばらく勉強で練習できなくなるから、また湊の部屋に集まっていた。

 

 

 この前のテストの結果は、現文の油断が足を引っ張り全体280人中105位。

 文理が違うから正確じゃないが、楠木さんは97位で負けた。

 順位は見なかったが湊にも負けたっぽいし、百合には掠りもしてなかったぽい。

 

 だから、次こそは負けられない。コイツら全員に奢らせてやる。

 

 

 て訳で、今日の内にこの難所をくぐり抜けてギターの方も安心したい。

 こういう身体を動かす系は、1回正解が分かれば後は着いてくる。

 2番はほぼ同じだし、ここさえ抜ければ3分の2は終わったようなもんだ。

 

 よしやるぞ、ここが頑張りどころってやつだ。

 

 

 ニヤニヤ笑いを引っ込めて弦と格闘している湊と額を突き合わせ譜面と向き合っていると、特に課題はない女子2人が少し申し訳無さそうにしつつじっと見つめてきた。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 外の湿気にも負けなそうなじとーっとした視線は俺達の指に絡みついてくる。

 

 絶対そのせいだ。余計うまく手が動かない。

 

 

 

「……百合ぃ、そんなに見られたらやりにくいよー」

 

 

 

 俺が言うより早く、湊がにへらと笑って口を開いた。

 そう言われ、二人はなぜか止めていたらしい息を吐き出した。

 

 

 

「だって、二人揃ってキッツイ顔してるんだもん」

 

「……特に赤坂くん」

 

「おいなんつった今」

 

「そんなアツい視線向けられたら緊張しちゃうってー」

 

 

 

 ぼべんと気の抜けたベースを聞き、百合が眉を吊り上げる。

 

 

 

「あたしたち二人ごときの視線で緊張してどうすんのよ、本番は百倍くらいいんだけど?」

 

「ははー、言われてみれば」

 

 

 

 百合はくっと眉を吊り上げたものの、湊は愛しの百合の顔を見てすっかりリラックスモードに入った。

 昼に買ってきたコーラを一気飲みし、家主権限でラグの上に寝転がる。

 

 確かに、ちょっと休憩したほうがいいかもしれない。俺もギターを端に置き、麦茶を手に取った。

 

 

 

「それ、言うなら楠木さんはどうなんだよ」

 

 

 

 一口飲み、ぽやーっとしてた楠木さんに矛先を向けると期待通り彼女は飛び上がって驚いた。

 

 

 

「たっ、確かに……」

 

「えー、明里なら大丈夫じゃない?」

 

「マジで言ってんのかそれ」

 

「ははー、どうかな明里ちゃーん?」

 

 

 

 三人分の視線が楠木さんに注がれる。

 

 夏らしい明るいレモンイエローのワンピースと反対に、その頬はゆっくり赤く染まっていく。

 

 

 

「……だ、大丈夫、だもん」

 

 

 

 どこがだよ。とツッコみたい所だが、去年と比べればあたふたしなくなったし、前髪で目元を隠すように俯くことも無くなった。

 バッチリ目が合っても焦る感じは無い。

 

 確かに、思ってたより大丈夫……かもしれない。

 

 

 

「んもー、明里は可愛いなぁ」

 

 

 

 そう言った発端はくすくす笑って楠木さんに抱きついた。

 

 その勢いでレモンイエローの数倍短い白が翻り、湊が顔を緩ませる。

 俺らの二人のことはお構い無しに、百合は楠木さんの髪をスルスル撫でながら口を開く。

 

 

 

「大丈夫大丈夫!ステージ立って始まってみたら不思議と緊張しなくなるもんだって。

 

んーそうだなー、自分は大人気アイドル!みたいに思えばいーの」

 

 

 

 口を付けかけていたペットボトルを離す。

 

 この楠木さんがアイドル?随分無茶な提案に思えたが、以外にも楠木さんは目を輝かせた。

 

 

 

「アイドル……」

 

「そ!明里歌上手いんだから自信持って!」

 

「それは言えてる」

 

「うん、おれも同意!」

 

 

 

 楠木さんは三人分の視線を受け止め、今度は楽しそうにはにかんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーかさ、夏休み皆はどうすんの?」

 

 

 

 キーボードを置き、湊と同じように寝転がった百合がそう聞いてきた。

 残り三人は顔を見合わせたあと、思い出すように天井に目をやる。

 

 

 

「色々……」

 

「……かなぁ。あ、バスケ部の中継は見るかも」

 

「あ、那賀川くん?もう次地区予選だっけ?」

 

「当然のように県勝ったからなアイツ。一応俺も見てやるか」

 

「じゃーあたしも見よ」

 

「……おれ、今年は夏期講習入れるよ」

 

「私も」

 

「うわ忘れてた。俺もやるそれ」

 

「あー夏期講習ねー。確かにオススメ。いつもの授業より先生優しいよ。あたしも何個か入れるかな。あとは?」

 

「後ぉ……?」

 

 

 

 と、言われても。

 

 思いついたのは言い切ったし、遊びに誘うもされるのも気分だし、「絶対行くぞ!」と前々から計画しているものも無いし、そもそも時間あればお前らと練習するだろうし、と微妙に答えにくい質問だった。

 

 となると、毎年恒例の家族行事しか言い切れるものは無くて、お盆を除くと……。

 

 

 

「……父さんが帰ってくるくらい?」

 

 

 

 これしか無かった。

 俺の顔を見て、楠木さんが薄く吹き出す。自分がどんな顔してるかは見なくても分かった。

 

 

 

「ああ、単身赴任中なんだっけ?良かったじゃない」

 

「良くねえよどんだけウゼェと思ってる」

 

 

 

 父さんが来ると全部の予定が狂う。

 

 夏休みは毎日色んな所に連れてかれるし、どこも大して楽しくないし、そんな金ジャブジャブ使うくらいだったらそのまま欲しいくらいだった。

 そのくせお小遣いはくれないんだし。なにより今は「バンドをやってる」っていう恰好の餌がある。

 

 マジで離してもらえない気がする。

 

 

 俺の内心を知らず、百合は「透のパパさんかぁ」と謎に夢を見ている。

 

 

 

「確か昔ギターやってたんでしょ?皆で教えてもらおうよ」

 

「マジで辞めて」

 

「えー良いじゃん。パパさん乗り気みたいなこと言ってなかった?」

 

「即断ったってのも言っただろ」

 

「なにもう、この反抗期。カワイーの」

 

「カワイくて結構」

 

 

 

 百合と話していて、嫌な予感がしてきた。

 マジで絶対断るからな教えてやるよとか言われても。ゼッテー。

 

 なんか急に気が重くなってきた夏休みだが、楠木さんが言った言葉で一気に反転した。

 

 

 

「あの、お祭りはどう?皆で行かない……?」

 

「それ良い!」

 

 

 

 父さんの話の間ずっと黙っていた湊が大きく声を上げた。

 

 

 

「え、行こうよ!皆で花火見たい!」

 

 

 

 皆で、っていうか百合じゃねえのか。

 

 とは思ったけど黙っといた。

 だって悪くない案だ。むしろサイコー。

 『お祭り』って響きはいつ聞いてもテンション上がる。

 

 

 

「俺も賛成」

 

「あたしも!あーでも、せっかく行くなら浴衣着たいなあ」

 

「えっ、ゆっ、浴衣ぁ!?マジ!?てか持ってたの百合!?」

 

 

 

 急に元気いっぱいになったなコイツ。

 

 身体を起こすどころか謎に立ち上がった湊は目を輝かせる。

 百合はその視線をシャットアウトするように目を閉じ、ため息をついた。

 

 

 

「お婆ちゃんがくれたのが何着かね。でも一人じゃ着れないやつだし、それだけのためにお婆ちゃん呼べないし……」

 

 

 

 髪のセットなら自信あるんだけど、とブツブツする百合を見て、湊がしょんぼり俯きかける。

 

 が、そこで楠木さんが控えめに手を挙げた。

 

 

 

「……私、着付けできるよ」

 

「えっ」

 

「ええ?」

 

「うおおお神ッ!」

 

 

 

 ズサァと跪いてきた湊にビックリしつつ、手をわたわたさせながら楠木さんは続ける。

 

 

「いや、あの、おばあさ、私に教えてくれた人ほど上手じゃないと思うけど、うん。出来るよ」

 

「ええウソ!!スゴ!マジで!?じゃあ頼んでもいい?」

 

「うん。任せておいて」

 

「やったぁ!!もうさっすが明里!最高!だーいすき!てか一緒に着る?着るよね!?髪とメイクはあたしがやるからさ!ね!」

 

 

 

 うりうりすりすりぎゅうぎゅうされ、楠木さんはちょっと苦しそうにしつつも嬉しそうに笑った。

 

 

 

「いいね。楽しみ!」

 

「でしょでしょでしょ~??」

 

「ああうん、マジでいいよね……」

 

 

 

 そんな二人の様子を見てデレデレと顔を緩ませる湊。

 これのキショさは置いておいて、確かに予定が決まって楽しくなってきた。

 

 

 

「じゃ、花火大会の日はこの4人で行くんで決定な?」

 

「おっけ!」

 

「りょうかーい」

 

「いい、いい!よし、予定も決まったし、練習再開するよ!」

 

 

 

 百合の掛け声でギターを手に取る。

 

 メトロノームが鳴り始める直前ふと、何で楠木さん着付けなんてできるんだろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の練習はどうにか詰まらず弾けるようになって終わった。

 

 やっと成功したことに雄たけびを上げつつ窓を見れば、夏の7時半らしい薄暗さが映っていた。

 興奮と共に外に出れば、それを体現したような熱気が襲い掛かる。

 

 今日は電車で来た百合は、楠木さんと一緒にスマホを見ながらスタスタと歩いていく。

 多分夏祭りの恰好を話し合ってるんだろう。

 

 楽し気に足早に歩いていく二人を見ていれば、おのずと口角は上を向いた。

 

 

 

「にしても、透くんもお父さんのこと嫌いだよねー」

 

 

 

 急に湊がそんなことを訊いてきて、俺は思わず横を見た。

 

 また夕飯を買うために着いてきた湊は、やっぱり俺のギターケースを眺めていた。

 

 

 

「おれといーっしょ」

 

 

 

 くすくす笑って前の二人へ視線を戻し、穏やかな顔で眺めるこいつになんて返したら良いか分からなくなって、視線がさまよう。

 

 『なんて返してほしいか』は、分かる。

 

 でも俺は『そこまで』じゃなくて、本人がいないとは言え口に出すのは憚られた。

 

 

 湊とつるみだして4か月。

 

 相変わらず騒がしくて鬱陶しくて噂好きで、人懐っこくていつもニヤニヤしてるコイツのことを、俺は結構気に入ってる。

 

 だからこそ、だんだん見えてきたこの鬱屈としたコンプレックスがもったいなくて仕方なかった。

 

 

 

「……お前は嫌いなもんが多いな」

 

「ははー、確かに!食べ物の好き嫌いも多いしね」

 

「ガーキ」

 

「ガキでいいですー」

 

 

 

 やっぱ踏み込めねぇや。

 

 コイツのコンプレックスを肯定するのは良くない気がして、それに練習の度このサイコーな達成感を毎度台無しにしてくるのがしつこくてうざったくて、俺は結局受け流すことにしていた。

 

 

 

「ちょっとー!二人とも歩くのおっそい!」

 

「今行くー!!」

 

 

 

 百合はこいつのこーいうとこどう思ってるんだろ。

 

 スマホを振って俺らに微笑んでいる影に向かい、ギターケースを抱えて走り寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスト週間に入ると、百合はあんまりこっちに顔を出さなくなる。

 あれ教えてほしい一緒に勉強してほしい今回マジヤバい助けて!と色んな友達に引っ張りだこだからだ。

 

 この時期7組の横を通るたび中を見れば、誰かしらに囲まれてるアイツを拝める。

 

 

 

「百合ちゃん、何でもできちゃうからなあ」

 

 

 

 電車の揺れを楽しむようにハミングしながら、楠木さんはノートの文字を追う。

 

 

 

「古典は苦手って言ってたけど、それでも点数良かったし。あ、この前英表クラスで1位じゃなかったかな?」

 

「そりゃすげーの」

 

 

 

 今英表の復習をしていた俺には刺さる話だ。

 この単語の意味だっけと思ってる今の俺じゃ太刀打ちできない。

 

 シャーペンでガタガタの印を付け、ノートをめくる。

 

 

 

「教えるのも上手だし、体育も上手だし、リーダーシップもあるし、すごいよねぇ」

 

「まさにパーフェクトってな」

 

 

 

 だからこそ、目標にするかいがあるってもんだ。

 

 1年の時は楠木さんとⅡクラスに上がるって目標があったし、だから頑張れた。

 て訳で、今年もそうすることにした。

 

 ターゲットは朝風百合。アイツを超すのが今年の目標だ。

 

 

 

「……やってやるよ」

 

「……ふふふ」

 

 

 

 笑い声に顔を上げると、ノートを仕舞っていた楠木さんと目が合う。

 

 

 

「テストも夏休みも、忙しくなりそうだね」

 

「ま、頑張ろーぜ」

 

「もちろん。……あんまり油断してると、私がまた勝っちゃうからね」

 

「言ってろ。今度はお前が奢る番だからな」

 

「どうかな、分かんないよー?」

 

 

 

 軽口を叩いていれば、駅に着く。

 

 俺は楠木さんと一緒に、夏の熱気に踏み出した。

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