俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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今回はとても書くのが大変でした






第40話 増幅効果は突然に  ――反抗と反響――

 ちょーっとゴキゲンナナメの時、何をするのが良いだろうか?

 

 片岡と間中はエロ動画、若狭はふて寝、那賀川と深瀬は健全に運動(マジ嘘つけって思った)、湊は動画、百合はショッピング。

 

 で、俺と楠木さんは……。

 

 

 

「ただいま!透ー、今日の夕飯何?」

 

「ハヤシライス」

 

「マジかやった!」

 

「手ぇ洗って来いよ」

 

「えーさっきまで塩素漬けだったからいいじゃん」

 

「良くねぇよ」

 

「はーい……」

 

 

 

 料理だ。

 

 

 楠木さん以外誰も同意してくれなかったが、俺はこれが一番だと思ってる。

 

 いつも通りやるんじゃなくて、ちょっと丁寧に手間を掛けるのがポイント。

 例えば玉ねぎの幅をしっかり揃えて串切りにしたり、シメジは一つ一つちゃんとバラしたり、豚肉の小間切れも手で引きちぎるんじゃなくて包丁で切ったり、とかだ。

 

 油は箱の裏通り大さじ1。

 油が熱くなったら玉ねぎを入れて炒める。

 若干透明になってきたら肉とキノコ。

 肉にも火が通ったら水。今日は中火でゆっくり煮よう。

 

 

 

「あと何あったっけ」

 

 

 

 個人的にハヤシライスにそんな色々入ってるのは好きじゃない。

 けど、それだとバランス的によろしくないのでスープかサラダを付けたい。

 

 野菜室を覗けば……きゅうりと、トマトと、キャベツか。

 きゅうりがあるからサラダにしたいとこだけど、キャベツを生で食うのってあんま好きじゃねぇんだよな。

 

 よし、スープにするか。

 

 

  そう思って野菜たちを手に取り、立ち上がりかけた時、野菜室の下段に緑色が見えた。

 なんとなしに開けて見てみると、うーわやっべやらかした。切り口が茶色く変色したレタスがしょんぼり寝っ転がってる。

 

 予定変更。キャベツときゅうりOUT、レタスIN。

 レタススープにしよう。母さんにバレる前に証拠隠滅だ。

 

 

 レタスを洗ってちぎり、トマトはさいの目切りに。

 まな板洗ってないけどまあ火通すし大丈夫だろ。

 

 もう一つの鍋に油を敷いて、野菜を炒める。

 何となく炒まったらこっちにも水を入れて煮ていく。

 で、その内にまな板を洗っておく。

 

 

 

「~、はるーかかなーたへー、ひとりじゃいけないとーころへー」

 

 

 

 ハミングなんかしながら洗い物を済ませれば、肉と野菜の煮えてきた匂いが漂い始める。

 

 やっぱ料理って良い。

 手順はある程度決まってるし、のんびり作業と向き合うと落ち着く気がする。

 

 できた達成感も作った飯も味わえるし、マジいいことだらけってカンジ。

 

 

 

「おっ今日はカレーか!」

 

「……ハヤシだっての」

 

「対して変わんねーだろそんなん。おい、なんか手伝うことあるか」

 

「ないよ、座ってろ出来るから」

 

「そ、そうか……」

 

 

 

 俺の頭をぐしゃぐしゃかき回した、こいつがいなけりゃもっと最高だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1学期期末テストは、頑張った成果が表れたのか結構いい調子だった。

 

 手が止まることも少なかったし、10分見直しの時間だって取れた。

 特に現代文はちゃんと見直しした。

 

 始まる前までは数Ⅱが心配だったけど、やってみればそんなでもなかった。

 前日問題集でやったところがちょうど出たし。

 それ教えてくれたの百合だったのが若干気にくわなかったけど。

 

 

 模試は……まだちょっとよく分かんねぇから置いといて、結果も悪くなかった。

 現代社会92点とかいう奇跡の数字に歓喜しつつ、数学両方80点台。

 えー俺マジ最強じゃん?と湊に煽り散らかしての次古典69点。クソが今度はお前がかよ!

 

 頭を抱える中湊に煽り返され、俺は力強く夏期講習『古典基礎1』に丸をつけた。

 ふざけんな畜生。夏休み開けたら覚えてろよ。

 

 

 テストが全部帰ってきた頃には修学旅行の予定が確定。

 

 全員に確認を取り、百合と湊が予約を済ませた。

 

 先生に計画表出してOK貰ったし、マジ言うことなし。

 後こえーのは通知表だけ、楽しい夏休みの始まりだぜ!

 

 

 と思ってた俺にまさかの連絡。父さんの夏休み超前倒し。

 

 俺と悟は初日からこのくたびれたうるせぇおっさんを出迎えることが決定した。

 

 その時の悟の顔は忘れられない。

 そうだよな、お前小学生最後の夏休みだもんな。

 

 とは思いつつ、お兄ちゃんだって高校生最後の『遊べる』夏休みな訳で、お互いうんざりした顔で覚悟を決めた。

 

 そうして、父さんは自分そっくりなキッツい目つきの息子二人に迎えられることになったのだった。

 

 

 

「皿ぐらい出しておこうか!」

 

「父さんがやるとお皿全部バラバラにするからヤダ」

 

「じゃあ風呂でも洗って……」

 

「シャワーでいいでしょ」

 

「じゃあ……」

 

「マジでなんもやることない」

 

「えぇ~、そう言わずによぉ~」

 

 

 

 頭をぐしゃぐしゃ背中をバシバシされながらルーを溶かしていく。

 クソが邪魔ばっかしやがって。

 

 さっきまでソファでぐーたら寝てたくせに、食い物の匂いで起きてきやがった。熊かよ。

 

 

 

「うあ、父さん起きた。……ただいま」

 

「なんだ帰ってたのか悟ぅ!プールはどうだ、何メートル泳げた!?」

 

「1億」

 

 

 

 空いたソファに寝転がり父さんがやってくるのを防ぎつつ、悟はテレビをつけた。

 都会のオシャレなお店を紹介してるらしいニュースの音が薄っすら聞こえてくる。

 

 

 

「おい、あとちょっとでできるんだから寝るなよ」

 

「分かってるってば」

 

「おっなんだこりゃ美味そうだな!」

 

「うえええええなにすんだああぁ……」

 

 

 

 悟の作戦虚しく、父さんはドカッと悟ごとソファに座った。

 ホラー映画で振り向いたらいる霊みたいな声がニュースの音とミックス。

 

 弟の多大なる犠牲に敬意を評し、俺は今のうちに完成した料理を盛り付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、なんでレタスをスープにしたんだお前。フツーサラダだろフツーよ」

 

「うるせぇ食え」

 

 

 

 一年に数回あるかないかのメンツでテーブルを囲む。

 母さんは夏休みとか言う搔き入れ時だからフツーに仕事だ。

 

 

 ハヤシライスもスープも出来は完璧。

 斜め向かいのおっさんがいちいちうるさい事を除けば、超最高な夕飯だった。

 

 しかし悟は疲れたのか文字通り横やりを警戒しているのか口数が少ない。

 それは俺も同じで、ぼーっとテレビを見ながらハヤシライスを口に運んでいた。

 

 

 

「そーいやおめぇ、ありゃどーなんだ」

 

「どれ」

 

 

 

 そんな息子二人に構ってほしそうにしていた父さんが口を開く。

 

 うーわヤな予感する。

 ここ二日は宿題に口挟んでくるくらいで大人しかったけど絶対アレだろ。

 

 

 

「そりゃもうギターよ」

 

 

 

 あーだと思った。

 

 マジうんざり、という顔を父さんに向けてみても効いてる感じはない。ニヤニヤしながら話を続ける。

 

 

 

「おめー父さんが帰ってきてから練習してるとこ見たことないぞ!なんだ、そんな自信ないのか、ん?」

 

 

「夏期講習入れてるからだよしょーがねぇだろ」

 

 

 

 嘘は言ってない。

 午前に夏期講習を受けて、午後は湊んちで練習してるだけだ。

 

 最近2番まで大体弾けるようになって、あとはCメロ挟んでのクライマックス。

 

 できれば8月前に全部通しで弾けるようになって、残りはエフェクト掛けたり弾き方工夫したりして全体のクオリティを上げていく予定だ。

 

 だから、マジで邪魔しないでほしい。

 

 

 

「そんなこと言って、どーせ下手くそだから聞かせたくねえんだろ!どうだ悟ぅ、透のギター、下手か」

 

「並盛」

 

 

 

 大盛り特集に切り替わったテレビを眺めながら、悟はボケっと言った。

 丸一日市民プールで遊ぶのは流石にキツかったらしい。

 

 そんな不確かな評価を聞き、父さんはしたり顔でニヤリとした。

 

 

 

「よーし、やっぱり全員父さんが」

 

「いやマジで辞めて。ホント。ネタじゃなくて」

 

 

 

 途端、父さんはしょんぼりした様子で俺を見た。目をそらす。

 

 何言いたいかは分かってる。

 マジ勘弁。ホントに。

 

 楠木さんのみならず百合と湊の面前にもコイツを晒すのは耐えられない。

 まだサシで父さんと向き合ってた方がマシだ。

 

 

 確かに父さんはギターは上手い。

 

 大学時代バンド組んでたし、作曲して路上ライブとかしてたらしいし。

 子供の頃に聞かせてきたフレーズは今でも思い出せる。

 

 だからこそヤダ。

 父さんは俺をくさすことに心血を注いでいる。特に人前。

 

 そんなお上手なアマチュアさんの前で、俺は文化祭でやる曲の練習なんかやりたくない。

 

 

 

「マジやんないからね。ぜってー」

 

「でも、もう英二に声かけちまったぞ」

 

「…………は?」

 

 

 

 脳裏に髭面のおっさんの顔が浮かんで、思わずスプーンを取り落とす。

 カラーンという耳障りな音を気にせず、目の前のアホは食いながら口を継ぐ。

 

 

 

「明後日?いや明々後日だったかな。土日のどっちかだ」

 

「か、母さんには」

 

「あっ!……そういや忘れてたな。電話しとくか。ま、とにかくお友達も合わせて出来を見てやるから!」

 

 

 

 『な!』脳天気な返事を尻目に、向かいの悟と目を合わせる。

 

 お気の毒さま。

 兄貴にそっくりなその顔はそう言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、やっぱり練習見てくれんの!?やーった!さっすが透のパパ!やっさしい!!」

 

「……んー」

 

「もー、散々言っといてなんだかんだでおとーさんのこと好きなんじゃん、透ぅ」

 

「違う」

 

 

 違う。

 手がもつれてビミョーにリズムが違ってる。やっぱここ練習しなきゃだな。

 

 

 5日間の夏期講習を終えた金曜の昼下がり。

 件の練習会は日曜日。

 

 仕方なく、本当に仕方なく俺はそのことを百合たちに伝えた。反応はご覧の通り。

 

 

 あーもう、これも分かってたから嫌だったんだって。

 どーせイライラしてデメリットがあるのは俺だけ、皆にはメリットしかないんだから。

 

 

 

「ちょっと!聞いてんの?」

 

「聞いてる」

 

「ね、ね、透のパパってどんな人?アンタみたいにスカしてムスッとしてるカンジ?」

 

「スカしてねぇし」

 

「今の顔写真撮って見せたげようか?」

 

「見なくても分かる」

 

「ムスッとしてるって?」

 

「してねぇ」

 

「あ、あはは……で、でも、お顔は似てたよ」

 

「え、マジ?」

 

 

 

 まあまあ、と楠木さんが手を振って割って入る。

 確かにそこは認めざるを得ない。他は認めない。

 

 

 

「明里は会ったことあるんだ?」

 

「うん、今年の初詣で偶然。…………面白そうな人だったよ?」

 

 

 

 俺の表情をチラッと伺い、楠木さんはたっぷりと言葉を選んでそう言った。

 先輩の彼女がアレだったとき『優しそう』と同率一位で使われるそれだ。

 

 

 百合と楠木さんの会話を後ろに、俺は弦へ視線をやる。

 

 二番の終わりは俺のソロが来る。

 その先からラストまではまあまあ弾けるけど、ここはやっぱ自信がない。

 弦が上手く押さえられない。手の動きが悪い。

 

 譜面の8小節をもう一度追う。

 本番に向けて上達したいってのは一番だけど、今の俺はそれよかあの憎き報連相不足野郎に極力バカにされないように腕を上げる方が大事だった。

 

 今頃母さんの命令通りいそいそと家を片付けているだろう父さんを思い浮かべると、ややマイナスのベクトルに向いたやる気が湧いてくる。

 もはや殺る気だ。

 

 そうやってジャカジャカ弾いていると、ふと湊が口を開いた。

 

 

 

「あのーごめん、おれ行けないわ」

 

「えっ」

 

「はぁ〜?」

 

 

 

 くっと眉を吊り上げた百合ににへらと笑いかけ、湊はスマホの画面を見せながら振る。

 

 

 

「ははー、1年の時の友達と約束してたのすっかり忘れてた。ごめんね」

 

「誰よ」

 

「新田たち。ほら、去年お祭り行った奴ら」

 

「……はぁ」

 

 

 

 しばらく湊を睨みつけた百合は、諦めたように不服なため息をついた。

 

 

 

「ったく……断れ……る、訳ないか。仕方ないな」

 

「練習の埋め合わせはするからさ」

 

「当ッ然でしょ!徹、あんたまだまだ問題山積みなんだからね!!」

 

「はーい」

 

 

 

 分かってないんだか見惚れてるんだか、湊はへらへらしながらスナック菓子を鷲掴みにした。

 ちょっとは遠慮して食え。

 

 つーか、だと思った。何となく来ない気がしてた。別に良いけどさ。

 

 

 

「じゃ、日曜はあたしと明里で行くから!準備しといてよね」

 

「はいはい……」

 

 

 

 ……ん?

 

 そう言われて、俺はようやく状況が悪化していることに気がついた。

 

 

 湊が来ない=来るのは女子のみ。

 それに×やる気満々の父さん。

 +その友達の英二おじさん。

 

 答えは最悪。信じられない、新手の罰ゲームか何かか。

 

 

 前言撤回。

 

 湊、良くない。お前が来ないのは大変良くない。

 今からでも遅くないから参加してくれ。

 どんなに不機嫌でも良いから。なんならもういるだけでいいから。

 

 そんな願いは湊の気の抜けたベースにかき消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして二日後。

 俺はお茶を入れたコップを5つ持ったまま、世にも奇妙な光景を呆然と見ていた。

 

 

 

「えっ、大学からのお友達なんですか?」

 

「おうおう、コイツとはもう20年以上の付き合いだな」

 

「そ、結婚式のスピーチとか僕がやった」

 

「えーめっちゃ仲いいじゃないですか、うらやま~」

 

「って言っても、会うの2年ぶりとかだけどね。両方忙しくって」

 

「毎年二回も帰ってきてるじゃねぇかよ」

 

「お前いっつも連絡急すぎるんだよ!今日は偶然予定あったけどさぁ」

 

「いーだろ別に、来れたんだから」

 

「ったく。そんなんだから梨都子さんと……はは、息子にあんな顔されるんだぞ」

 

 

 

 4対の目が一気に俺に向く。

 ムッとするのもため息つくのもダッサい気がして、なんとも言えず黙る。

 

 二年ぶりのサングラスにぐったりした真顔が映っていた。

 

 

 

「そんなにつまんなそうにするなよ~!おっきくなったよなぁお前も、女子二人も呼んで!どっちか彼女か?」

 

「違うし」

 

「友達だとよ。トモダチ」

 

「はぁ~ん?罪作りだねぇ透ー」

 

「だーから、違うしうるせぇしやかましい!練習見るために来たんならさっさと始めてよ!」

 

「えー、そーんなイライラしないでよ透ぅ。ちょっとくらいいーじゃん」

 

「ほら、この子もそう言ってるし」

 

「そうだそうだ」

 

「お前も、何のために、来たんだか、思い出せ!」

 

 

 

 ギター、チューナー、エフェクター、コード、TAB譜などなどテーブルに叩きつけ、俺はどうにかこうにか練習へ舵を向けた。

 

 

 英二おじさん(苗字なんだっけ?)は、さっきも百合たちに話してたけど父さんの大学時代からの友達だ。

 小さい頃何回か遊んでもらったこともある。

 

 でも親の友達ってなんか付き合いづらいし、おじさんには子供いないから余計だし、俺と悟にとっては『たまに来て飲んで帰る髭面サングラスの変なおじさん』ってカンジだ。

 

 だけど父さんと同じように楽器の腕は良い。TAB譜を見せたら父さんと一緒に速攻弾けるようになってしまった。

 

 

 

「なんだ思ったより簡単だな、お前こんなんで詰まってたのか!」

 

「そう言ってやるなよ、透だって頑張ってんだぞ。なあ透」

 

「そーだよ」

 

「にしてもこのオレの息子とは思えねぇな!ええ?ほーら、どこが出来ねえんだ?」

 

「……ここ」

 

 

 

 俺があんな詰まってたソロも余裕。

 今から本番です、って言っても何も問題ないくらい。

 

 自慢げな笑みをぶら下げ、父さんは俺の悪いクセや駄目な所を指摘していった。

 

 

 

「ほら、またそこだ。次どこ押さえるかちゃんと意識して確認しろ。

お前慣れたところ全部そうだな。そうやっていつも迷子になってるから上手くいかないんだ」

 

 

「ストロークが均一じゃないな。ダーっと鳴らすんじゃない、全部を同じ力で鳴らすんだ。お前はそこら辺テキトーなんだよ」

 

「今度は力入れすぎ!チューニングズレるぞバカが」

 

 

 

 すっっっげぇ文句言いたいけど言えない。

 知り合い3人の前でデケェ声で指摘すんなとか、言い方が悪いとか。

 

 でも悔しいことに指示は的確だし、俺たちだけじゃ気が付かないとこばっかりだし、恥ずかしさとかムカつきが逆にやる気になってるし、俺はなんにも言い返せず痛い指先を動かした。

 

 

 

「……ふふ」

 

 

 

 ふと小さな笑い声が耳を打って顔を上げると、女子二人とサングラスがこっちを見てクスクス笑っていた。

 

 

 

「なんだよ」

 

「別になんでもないぞ?」

 

「うん、なんでもないよー」

 

「ねー。っふふ、透ってばカワイーの」

 

「どこが」

 

 

 

 言い返すほど百合と楠木さんは肩を揺らす。

 マジ女子ってこういうとこめんどい。頼りのサングラスはどっちかって言うと後ろの父さんを見て笑ってるし。

 

 

 お茶を取りにキッチンへ逃げて、たっぷりため息。

 

 あー疲れる。

 せめて悟か湊どっちか片方入ればなぁ。

 

 ビミョーに力の入らない手でお茶を飲みながらリビングを見やる。

 今の女友達と父さんたちが一緒にいるのってすっげぇミスマッチ。

 濡れた服そのまま着てるみたいな違和感がある。

 

 なんてボーっとしてたらそのうちの一人、楠木さんがこっちに来た。

 

 

 

「楠木さんもお茶?」

 

「うん。いただける?」

 

「おうよ」

 

 

 

 楠木さんのコップにも注いであげると、ボトルには冷蔵庫に戻したらギリ怒られそうな量が残った。

 楠木さんと目が合う。

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

 

 

 分かったよ、新しく作るってば。

 

 あるある!な笑い声を押し殺してボトルを洗う。

 

 楠木さんは戻らず、さっきの俺のようにリビングの光景を見つめていた。そのぽやっとした横顔に声をかける。

 

 

 

「楠木さん、疲れる?」

 

「え?ううん、私歌うくらいだから、あんまり……」

 

「違うって、雰囲気の話。俺もう疲れた」

 

「ふふふ、やっぱり?」

 

「なーんで俺が嫌がってたか分かるだろー?」

 

「分か……うん、赤坂くんが嫌がってるのは分かるけど、……私は楽しいかな」

 

「……俺が父さんに転がされてるから?」

 

「……そ」

 

「ひっでぇ」

 

 

 

 楠木さんだけに笑われるのは、何か良い。

 イライラしてたのが馬鹿らしくなってくる。

 

 百合が父さんと英二おじさんにキーボード見てもらってるのも、ちょっと心穏やかに眺められる。

 

 

 

「赤坂くんとお父さんって、昔からあんな感じなの?」

 

「そ。昔っからあーいう絡みしかできない人だよ」

 

「でも、嫌いじゃないんだ」

 

「……苦手なだけ」

 

「うふふ、そっかぁ」

 

 

 

 子供じみた言葉に微笑み、コップのお茶を飲み干した彼女は何でもなく、さらりと言った。

 

 

 

「羨ましいなぁ」

 

「……そう?」

 

「うん」

 

 

 

 裏も表もない、暗さもない、まっすぐな言葉だった。

 

 いつもだったら口をついで出てくる父さんの愚痴あれやこれやは、全部それに射抜かれて崩れていった。

 

 

 

「シュミ悪ぃの」

 

 

 

 言い訳のようにひねり出した言葉は、最後の雫と一緒に飲み干され、笑い飛ばされた。

 

 何か恥ずかった。

 俺の悪口と言い訳の向こう側が、多分この子には分かってるんだと思った。

 

 

 

「透ー!いつまでお茶飲んでんの?あたしにもちょーだい」

 

「あ、オレにも」

 

「透、僕にも」

 

 

 わがままな声が向こうから飛んでくる。

 

 醜い抵抗で『アレだぜ?』なんて眉を寄せても、楠木さんは肩を震わせ、皆のコップを取りに行った。

 

 俺は、そんな後ろ姿の方がよっぽど羨ましかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休憩を挟んで練習再開。

 父さんは刺激が足りないのか、気が早いことにエフェクターをつないでギターを渡してきた。

 

 動画とか記事で見たから知識もあったしどんな音かも分かってたけど、実際自分で弾いた音が加工されて耳に届くと、何ともテンション上がる音が鼓膜を震わせた。

 

 

 

「うわっすっげぇ!!」

 

「すげぇだろ!!これがディストーション。まぁソロっつったらこれだな」

 

「すげぇけどエフェクト掛けすぎるなよ?後ろのディストーション妖怪みたいになるからな」

 

「はぁ~?エフェクト係はお前の仕事だろ、オレじゃない」

 

「僕が調整したのをガンガン強化して別物にしてただろう、お前は」

 

 

 

 父さんってカレーに勝手に色々混ぜて別物にするのが好きだけど、どうやら音に関してもそうだったらしい。

 

 遅れて聞こえてくるディレイ、なんかわーんと聞こえる感じのリバーブ、正にエレキギターなディストーションなどなど、俺はまんまとイヤホンから聞こえてくるサウンドに夢中になった。

 

 父さんが昔『おめーにゃまだ早えよ』とか言ってめっちゃ音漏れしてるイヤホン聞かせてくれなかったの、これのせいか。

 こりゃ爆音で聞きたくなるわ。

 

 

 一方百合はとっくにエフェクターの使い方を知っていたようで、一通り鳴らした後は英二おじさん、楠木さんとさっきの練習に戻っていた。

 

 

 

「にしても、今回僕何にも役立たないなあ。朝風さんすごい上手いし」

 

「えーそんなことないですよ。めっちゃ詳しいじゃないですか」

 

「いやー本業ドラムだから、キーボードもベースもボーカルも専門外だよ。おい充、ドラムいないなら先に教えてくれよ」

 

「そりゃ透が言わねぇからよ」

 

「聞かれたら答えたわ」

 

 

 

 そういって全員が見つめる先は百合のスマホ。

 軽いサウンドと共にエフェクトが既にかかったドラムの音を響かせている。

 

 

 

「最近はすげーんだなぁ」

 

「な」

 

「ふふーん、うちのお兄ちゃん頑張りました」

 

 

 

 そう。ドラム担当がいなくてどうするか?

 

 答えは百合の兄にパソコンで打ち込み音源を作ってもらう、だった。

 

 賢いような小賢しいような、誤魔化しというか知恵というか。

 どれだけ大変だったのか分からないが、百合の兄はまさにドラえもんのようにさくっと問題を解決して見せたのだった。

 

 

 

「他に人、誰も集まんなくって。行けるかなって人は皆他のグループに入っちゃうし」

 

「うわー刺さるなぁそれ。僕もあの時は引っ張りだこだった……」

 

「英二は何でもできたからな。お陰でひでぇ目にあったんだぞオメー」

 

「あんときゃ悪かったって」

 

 

 

 おっさん同士の『あんときはワルだった』自慢が始まりそうなのでギャーンとかき鳴らして引き戻す。

 父さんのそういう話ガチ目に聞きたくないからやめてくれ。

 

 

 そうして俺と父さん、英二おじさんと楠木さんと百合、と分かれたまま練習は続いた。

 相変わらず耳の痛い指摘が飛んできたけど、だんだんムカつくことも無くなってきた。

 

 だって、自分でも分かるくらい上手くなったから。

 鳴らしてる、が、弾いてるに変わった気がした。

 

 一番に、ようやくソロが詰まらないで弾けるようになった。

 

 思わず「ッッシャア!」って喜んだら、英二おじさんに「うわっ、父親そっくり!!」なんて腹抱えて笑われた。

 

 何より最悪なことに、それが嫌じゃなかった。

 

 

 一息ついて、こちらもかなり上手くなった百合のキーボードと、大きく響くようになった楠木さんの歌声を聞いていたころ、悟が帰ってきた。

 

 「うーわカワイイ!」と近づいてきた百合にビビって早々に奥に引っ込んだが、おかげで皆遊び盛りの小学生が帰ってくるくらいの時間になったことに気が付いた。

 

 

 

「今日はありがとうございました!」

 

「ありがとうございました!」

 

 

 

 お行儀よくお礼をした楠木さんと一緒に、百合はひらひら手を振って礼を言った。

 この数時間ですっかり気が合ったらしい英二おじさんもひらひら手を振る。

 

 

 

「いやいや、あんなのでお役に立てたなら良かったよ」

 

「ほんっとマジ助かりました!ベースのアドバイスまでありがとうございます」

 

「いやぁそれほどでもねぇよなぁ」

 

「父さんは二人になんもしてないだろ」

 

「お前が下手だからだろうが。……ったく、ほら。男なら駅まで送ってやれ」

 

「はいはい」

 

 

 

 めんど。

 

 

 

「じゃ、頑張ってね!何か悩んだら透越しに伝えてくれれば答えるよ」

 

「はーい!さよならー」

 

「あ、赤坂くんのお父さんもありがとうございました!また!」

「あーい」

 

 

 特に惜しむものでもない別れを終えて、夏らしい明るい夜空の下を3人で駅まで歩く。

 

 百合は当然のようにキーボードを俺に押し付け、ぐーっと伸びをした。

 

 

 

「あー!楽しかった!英二さんすごいね、めっちゃ詳しいじゃん」

 

「いや、俺もあんなに色々できるの初めて知ったわ」

 

「あっは、マジ?ま、親の友達とかそんなもんか。分かるわ。てか、透とお父さんってあんな感じなんだ。めっちゃウケる」

 

「赤坂くんがあんなに押されてるの、珍しいもんね」

 

「それな!でもいいパパだったじゃん。ちょっとウザそーだけど」

 

「そんな言うなら交換するかー?ちょっとどころじゃなくなんぜ」

 

「うわ勘弁」

 

 

 

 そう談笑する二人は楽しそうで、なんだかんだで練習会が上手くいって良かったと俺は安心した。

 決まったときはどうなるかと思った分、余計に。

 

 

 

「じゃ、透!次は水曜ね!」

 

「おう」

 

「またね、赤坂くん。……ふふ、お父さんと仲良くね」

 

「そうそう!」

 

「はーい努力しまーす」

 

 

 

 百合は電車へ、が楠木さんは自分の家の方へ向かうのを見届け、踵を返す。

 

 あー疲れた。

 今日の夕飯なんにしようかな。

 

 確か父さんはこの後おじさんと飯行くし、3人分何作ろう。

 昨日は中華風野菜炒めだったし、和食か?照り焼きとか食べたいかもしれない。

 

 そんなふうに献立を考えれば、あっという間に家に着いた。

 

 

 塀を曲がろうとしたとき、ちょうど玄関が開く音がした。

 ビクッとして思わず身を隠した。

 

 いや、誰だか分かってるけどさ。

 

 そっと顔を覗かせると、やっぱり父さんと英二おじさんだった。

 おっさんって声でけえよな。こっちまで聞こえてくる。

 

 

「……っはっは!いやぁーあり得ない!『男なら送ってやれよ』か、あんときのお前に言ってやりたいね!」

 

「よせよぉ、いつまでネタにすんだおめぇ」

 

「そりゃあいつまでもさ。あんな馬鹿ばっかやってたお前が今は父親やってるとか、僕たちにとっては一番信じられないね」

 

「お前には言われたくねぇぞトラブルメーカー」

 

「ばーか、感心してるんだよ。ちゃんと親やっててさ。

 

……透、本当にお前に似てきたな。驚いた。何回か充って呼びそうになったよ」

 

「オレのがびっくりだ。知らねえうちにあーんなにでっかくなりやがった。

 

高校生だ!しかもいっちょ前に女なんか連れてきて、二人も。そのくせギターなんぞ始めてよぉ」

 

 

 

 はぁー、と深いため息が聞こえた。次の言葉を探してるのか、しばらく沈黙。

 

 

 

「……充」

 

「おっきくなっちまったよなぁ、本当。オレの見ないうちに。透も、悟も……、あっという間だ。

 

だから会うたびなんかしてやりてぇって思うんだが、毎回上手くいかねぇ」

 

「はは、確かに。ちょっとウザがられてたな」

 

「もっとな、こう……さらっと、カッコよく父親やりたいんだけどな。上手くいかねぇのよ」

 

「……悩むねぇ。あの充が変わったもんだ」

 

「そりゃあそうさ。だってよぉあいつは、頑張り屋で真面目で生意気な、オレの自慢の息子なんだから」

 

 

 

 車のカギを開ける音がして、ドアが開く音。

 

 何かまだ話してるみたいだけど、もう聞こえない。あっという間にドアが閉まり、車は走って行った。

 

 

 

「……あー」

 

 

 

 ああ、クソ。

 マジで、ホント最悪。ガチで無い。

 隠れたりしないでさっさと出てきゃ良かった。

 

 頭を振る。髪をぐしゃぐしゃにかき回す。頬の内側を噛む。

 

 

 

「ぁあー……、クソっ!!」

 

 

 

 それでも湧き上がってくる嬉しさが止まらない。本当に、だから嫌なんだ。

 

 

 こんなんばっかりだ。

 

 父さんはいっつもそう。

 俺の誕生日パーティーに結局間に合わなかった父さん。

 一回だって学校のイベントに来なかった父さん。

 怒った母さんに情けなく言い訳して謝ってた父さん。

 

 いっつも遅いし違うんだよ、そういうの。

 

 あー、畜生。

 

 

 嫌いになりてぇなぁ。












次回、季節外れの夏祭り回!
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