俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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第41話 愛するは可なりや? ~夏の音のアリア~

 ここ最近にしては珍しく、たっぷりの雲が空を埋めて、日を遮ってくれる8月の初め。

 

 

 ひんやり心地よかった車から出ると、ムシムシした暑さと一緒に大きな真っ白いお家が私を出迎えてくれた。

 

 漆喰を塗ったようなお洒落な壁の二階建て。

 シェード付きの大きな車庫。

 塀を隔てた向こう側には緑の芝生と色とりどりのお花が綺麗な広いお庭。

 表札の『Asakaze』の隣に描かれた犬の足跡が可愛い。

 

 明るく閑静な住宅街に、百合ちゃんの家は見本のように鎮座していた。

 

 

 

「じゃ、オレバイト行ってくるから。9時には終わるけど道混みそうだから遅くなるっつっといて」

 

「オッケー、ママに言っとくね。てか、マジでお前今日のお祭り行かないんだ」

 

「しょーがないだろー頼まれちゃったんだから。お前は楽しんでこいよ」

 

「はーい」

 

「あ、あの、送ってくださってありがとうございました!」

 

「はは、いーのいーの。じゃ、二人とも楽しんでね」

 

 

 

 百合ちゃんのお兄さんが走り去らないうちに、百合ちゃんは私の肩を抱きお家へグイグイ引っ張っていった。

 

 

 

「さ、入って入って!ぱぱっと着替えちゃお!」

 

「うん」

 

 

 

 そう、今日は待ちに待った浴衣を着る日。

 

 

 一年ぶりの花火大会の日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去年と違って夏期講習と練習で埋められた夏休みは、ずいぶん進みが早く感じられた。

 

 ずっと先だと思ってた2回目の夏期講習はもう始まったし、そろそろ宿題の進みを意識しなくなっちゃまずいかも。

 夏休み明けテストもあるわけだし。

 

 

 勉強が怖い分、バンドの進捗は十分すぎるくらい。

 

 赤坂くんのお父さんと英二さんにたくさん教えてもらって、全体が一気にレベルアップした気がする。

 

 赤坂くんは特に。

 エフェクターの使い方も覚えて、弾く音も、姿も、すっかり様になっていた。

 

 

 お父さんに教えてもらってる赤坂くんのことを思い出すと、今でもちょっと笑ってしまう。

 

 お父さんに振り回されてすっごい不機嫌そうにムスッとしてて、だけど楽しそうで。

 

 やっぱりお父さんのこと好きなんだ。

 口ではいつもあんなに言ってるけど、ああいうところは赤坂くんもまだまだ子供っぽいなあってかんじ。

 

 

 その素直じゃない赤坂くんは、今湊くんのお家にいる。

 

 私たちの支度が終わるまで時間を潰して、その後花盛駅で合流する予定。

 どうせなら先にお祭りに行っていればいいのに、二人揃って「暑いからヤダ」なんて言っていた。

 

 きっと今頃、湊くんと一緒になってマンガを読んだりしてるに違いない。

 

 

 

「お茶淹れて持ってくから、先にあたしの部屋行ってて!名札下がってるからすぐ分かるよ」

 

「う、うん」

 

 

 

 百合ちゃんは靴を脱ぐなり、バタバタ奥へ走っていってしまった。

 一人置いていかれた私は、キョロキョロあたりを見渡しながら靴を揃える。

 

 

 4人分の傘が刺さる傘立てや、ご当地オーナメントと家族写真が所狭しと乗った靴箱の置かれた広い玄関。

 そこから続くピカピカのフローリングを辿っていけば、リビングらしき部屋と吹き抜けの階段が見える。

 

 

 

「お邪魔しまーす……」

 

 

 

 さっきも言ったけど、一応もう一回。

 

 ピシリとも軋まない階段を登れば、一番に『YURI』とネームプレートの下がったドアが目に飛び込んできた。

 名前の通り百合の花が描かれたそれは、私が中学時代作ったそれより何倍も上手だった。

 

 

 そっとドアを開けると、眩しいくらいの白が差し込んでくる。

 

 ゆっくり慣れてくる目で周りを見渡せば、予想よりもずっとシンプルなお部屋が広がっていた。

 

 白を基調とした机、棚、ベッド。

 ふわふわのカーペットに小さなガラスのローテーブル。

 レースカーテンを透かした外の明るさがアイスブルーのベッドカバーに反射されて、皆涼しげで落ち着いた光に照らされてる。

 

 ベッドに寝転ぶおっきなシナモンのぬいぐるみも、なんかちょっと賢そうに見えた。

 

 

 

「どー?あたしの部屋!徹んよりはオシャレっしょ」

 

「うん、とっても素敵」

 

 

 

 グラスを二つ持った百合ちゃんがやってくる。促されるままお部屋に入れば、しっかりエアコンが効いていた。

 

 

 

「ね、ね!明里髪飾りどうする?てかどっち着る?」

 

 

 

 お茶を一気に飲み干した百合ちゃんは、一息もつかずベッドの上に置いていた浴衣と髪飾りを手に取る。

 

 華やかな香りのお茶はいったんお預けに、私は鞄だけ置いて立ち上がった。

 

 

 

 浴衣は2枚。

 

 一着は白地に鮮やかな青のカタバミ柄。

 裾と袖口に向かってふわーっとお花が増えていく。

 

 差し色の黄色が目を引いて、全体がぱっと明るく見える。

 それに倣って空色の帯と黄色の飾り紐もついてる。

 

 もう一着は、濃い紺色に赤と白のアサガオが散る浴衣。

 シンプルな分、深緑の帯が映えてグッと引き締まって見える。

 

 というか多分、これ結構高いやつだ。

 柄がプリントじゃなくて染めてあるし、布地も年季入ってるけどしっかりしてる。

 縫い目を見るに、多分手縫い。私が昔練習してたのと同じ感じ。

 

 と、パッと見ただけだけど、両方ともとっても素敵な浴衣なのは間違いなかった。

 

 

 

「どっちもきれいだね」

 

「でしょでしょ?なんだけどさ、だからこそさ?マジ決めらんなくってさ!?ねーどうする明里?どっちがいい?」

 

「うーん」

 

 

 

 こ、これ、百合ちゃんがどっち着たいか決めてほしいやつだ……。

 

 うーん、と眉を寄せて考えてみる。私はとりあえず置いておいて、百合ちゃんが似合う方。

 もう一回浴衣と睨めっこ。

 

 普段の百合ちゃんなら、カッコよく紺色の方だと思う。

 ぱきっとした赤が似合うだろうし、きりッとキレイに着てくれる。

 

 だけど……。

 

 

 

「……じゃあ、私、紺色の方着たいな」

 

「おっけ、じゃああたしこっちね、決まり!ありがとね!」

 

 

 

 今日の百合ちゃんは、なんか白が似合う気がする。

 

 浴衣を身体に当てて喜ぶ百合ちゃんを見て、私は胸を撫でおろした。

 湊くん、楽しみにしててね……。

 

 

 浴衣が決まればあとは早くて、百合ちゃんは髪飾りの中から良さそうなのをぱぱっと見繕い、私はあっという間に鏡の前に座らされていた。

 

 

 

「ふっふーん、どんなふうにしてやろーかなー」

 

「お手柔らかにねー」

 

「任せといて!あ、てかメイクしていい?てかするよね?」

 

「……じゃあ、お願いしようかな」

 

「おっけー、よしよし」

 

 

 

 お化粧なんて、七五三以来かも。

 

 百合ちゃんはまるでドラマの鑑識さんみたいにメイク用品をテーブルに並べていく。

 

 カラーリップくらいしか付けたことない私にとっては、『お母さんが持ってる』位の認識しかないものばかり。

 

 

 

「っふふ……もしかして、メイク慣れてない?」

 

「……そ、そうです……!」

 

 

 

 下地を塗るだけで目をギュッとつむってしまった私を見て、百合ちゃんは思わず吹き出す。

 

 

 

「あっは、そんなビビんなくても大丈夫だって!あたしちょー上手いから。てわけで、ちゃんと前向いてくださーい」

 

「ひゃいぃ……」

 

 

 

 下地、コンシーラー、ファンデーション、パウダー、アイブロウ……。

 

 百合ちゃんのオススメポイントや使い方がピュンピュン頭を過ぎ去っていく。

 なんだかすごいって事だけは分かったけど、なんにも知識がない私はされるがままだった。

 

 

 

「ね、ピンクと赤とオレンジならどれ?」

 

「えっ、ぴ、ピンク?」

 

「だよね」

 

 

 

 唯一何かアクションしたのはこれだけ。

 

 聞かずとも百合ちゃんは元から私にピンクを使うつもりだったらしく、アイシャドウ、チークと揃いのコーラルピンクを塗っていった。

 

 

 すごい。

 

 自分の顔がどんどん明るくなっていくのを呆然と見ながら、そう思った。

 どこがどういい、って詳しくは言えないけど、なんだかいつもより素敵。

 

 最後にリップをひと塗りすれば、随分お姉さんになった気分だった。

 

 

 

「ね、ちょー上手いって言ったっしょ?」

 

 

 

 思いっきり顔に出てたみたいで、百合ちゃんは可笑しそうに私の肩を抱いた。

 

 

 

「うん……!ありがとう百合ちゃん、すごい!」

 

「ふふーん、ヘアセットまで終わったらもっとびっくりしちゃうかもよ?」

 

 

 

 ぐっとまた鏡の方を向かされて、頭を撫でられる。

 そうだった。私は大人しく手を膝へ乗せた。

 

 

 緩く後ろでまとめていた髪をほどかれ、クシでとかされていく。

 

 なんとも無いって分かってるのに、ちょっと肩がこわばっちゃう。

 私の髪は細くて絡まりやすい。

 昔はよく無理に引っ張ってとかされたっけ。

 

 でももちろん百合ちゃんはそんなことなくって、優しく丁寧に私の髪をとかしてくれた。ゆっくり力が抜けていく。

 

 

 

「明里の髪、綺麗でいいなぁ。さらさらだし」

 

「そんなことないよ。すぐ絡まっちゃうもん」

 

「えー、そんなことないって。あたし髪太くてめっちゃクセつきやすいし、まとまんないからめっちゃ羨ましい」

 

「えっそうなの?いっつも百合ちゃん髪型完璧だから、全然気が付かなかった!」

 

「あっは、なら嬉しいな~。今日の出来も期待できるってもんでしょ?」

 

 

 

 そう話す内に、百合ちゃんはヘアアイロンを温めて、スタイリング剤を馴染ませていった。

 

 髪を三つ編みにし、シニヨンに。

 サイドの髪は緩やかにウェーブを付ける。その華麗な手さばきを私は鏡越しに楽しんだ。

 

 

 オシャレな髪型にするのが、最近好き。

 私もこんな髪型していいんだって嬉しくなるから。

 

 初めて自分でポニーテールを結んだときもそうだった。

 『しちゃいけない』って自分の枷が外れていくみたいで、ちょっと自由な気分になれて。

 

 あの時結果としては残念に終わったけど、このポニーテールは私に自信を一つくれた。

 

 それから私は、毎朝の身支度の時間が好きになった。

 

 

 

「ど?カワイイっしょ」

 

「……うん」

 

 

 

 赤い花飾りを差し込み、百合ちゃんは美容院みたいに後ろに鏡を開いた。

 少し頭を振れば、髪飾りが揺れる音が耳と心をくすぐる。

 

 緩む口元を見て百合ちゃんは言わんとすることが伝わったのか、私の頬をふにふに撫でた。

 

 

 

「そうそう、そんなふうにさ、『カワイイ』って自信持ってる方が似合うよ」

 

「そう?」

 

「当然。女子はね、『自分はカワイイ』って思ってる時が一番カワイイんだから。

 

それに、英二さんにも言われたでしょ?『自信持って』って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習会の日、英二さんは私に言った。

 

 

 

「楠木さんはね、もう少し自信を持って歌ったほうが良いな。

 

小さい頃何かやってたよね?上手いのにそこが足りないかな。

人前に立つ恥ずかしさと緊張もどうにかなるでしょ?

 

でも自信だけは、自分で持たなきゃ始まらないよ」

 

 

 

「ボーカルなんて目立ってナンボだよ。

 

バンドって皆が息を合わせてやらなきゃ上手く行かないけど、今日の主役は自分だって意識も大事だ。

 

特にボーカルはね、それくらい当然」

 

 

 

 ……私は、歌が上手い。

 

 それに音源を何回も聞いて、今まで皆と練習して、昔教わってた声楽のお稽古を思い出して一人でも練習した。

 自分でも上手く歌えるようになったって自信があった。

 

 私は緊張しやすい。

 

 けど、ステージに立ちさえすれば、ピアノの発表会の時と同じように、いつも通り出来る自信があった。

 

 

 でも無かった。

 皆と釣り合ってるって自信が。

 私が目立って良いんだって自信が。

 

 百合ちゃんみたいな大胆さも、湊くんみたいな軽妙さも、赤坂くんみたいな豪快さも無い私。

 

 やりたいなって思ってここまで来ちゃったけど、カッコよくもカワイくもない私が、目立っていいのかなって。

 

 

 それを言い当てられて呆然とした私に、百合ちゃんは背を叩き言ってくれた。

 

 

 

「まーつまり?明里にバリバリ目立って貰わないと困るってこと!特権よ特権」

 

 

 

 そう笑ってくれて、そんなことを気にしてたのは私だけだったことに気がついた。

 

 

 その喜びを持って家に帰って、お母さんとお父さんに練習のことを話して、宿題して、お風呂に入って。

 

 たっぷり百合ちゃんの言葉を繰り返してベッドに寝転がった頃、私は、もうとっくにその自信を持ってたって分かった。

 

 

 『目立って良いのかな』なんて、バカみたい。

 

 私はひっどい前髪で高校の入学式に出たし、Ⅱクラスに上がるために勉強したし、三山さんたちに疎まれようが那賀川くんにアプローチしたし、告白までした。

 

 そっちは大失敗だったけど、Ⅱクラス昇格は大成功だった。職員室の前の廊下で大声を上げて喜んだ。

 

 

 ダサくてもカッコ悪くても、私はもうさんざん目立ってきた。

 

 今更マイクだけ持って文化祭のステージへ立つくらい、なんだって言うんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだね、百合ちゃん」

 

「んー?」

 

 

 自信を持って良い。目立って良い。

 今日くらいは、なんて消極的じゃなく、この先ずっと。

 

 私にはもうその権利がある。

 

 

「今日の私、カワイイね」

 

 

 

 今日はその一日目。最高にカワイく目立ってやるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人揃って準備が終わったのは、4時を回る頃だった。

 

 いつもなら西日が照って暑かっただろうけど、今日は雲のおかげでかなりマシ。

 同じように浴衣姿の人たちと一緒にバスに乗って、花盛駅へ向かった。

 

 

 バスが走り始めた頃、ふと百合ちゃんのスマホが鳴った。

 内容を見た瞬間、百合ちゃんは眉を寄せる。

 

 

 

「はぁ?ねぇ、信じらんない。徹たちもう向こういるって」

 

「あー、待たせすぎちゃったかなぁ」

 

「もう、先行くなら先言いなさいよそう言うのは!」

 

 

 

 どうやら、もう二人とも神月駅まで着いて待ってるみたい。

 

 百合ちゃんがバラ色の唇を尖らせながらスマホへ文字を打つと、髪飾りがシャラシャラ揺れる。

 黄色いバラの髪飾りは浴衣と相まって、とっても百合ちゃんに似合っていた。

 

 いつもと違ってくるんと内巻きに下ろした髪と編み込みも可愛い。

 私とはスタイルが違ってちょっと苦労したけど、着付けも問題なし。きっと湊くんも満足だろう。

 

 

 花盛駅から神月駅へ。

 

 駅に着くたび増えていく浴衣と一緒に車窓を眺めれば、その盛況ぶりが遠く見えた。

 祭り飾りに人々、車の列。

 ……今日、お父さん帰ってこられるかな?

 

 人並みに紛れ屋台も見えてきた頃、電車はホームへ入っていった。

 駅とビルに挟まれて何も見えないのに、降りた瞬間お祭りの気配がわっと襲ってくる。

 

 

 

「すごいね、お祭りってかんじ!」

 

「ね!ヤバい!」

 

 

 

 着付けを崩さないよう、急ぎたい気持ちをぐっとこらえて改札へ。

 出れば、たくさんの人の群れと共にお囃子の音や騒ぎの声て溢れていた。

 

 うう、分かってたけど、今年も人が多い。

 

 

 

「湊くんたち、どこいるって?」

 

「東口の方!なんか、出たらすぐ分かるって」

 

「なにそれ〜」

 

「ね~」

 

 

 

 人並みに合わせて、ゆっくり東口の方へ。

 改札に面した通路をまっすぐ行けば、色んなビルの2階部分と繋げられたデッキに出る。

 

 だから東口って言われても、1階と2階があって大変なんだけどな……。

 

 

 そう思いながら通路を抜けた瞬間、

 

 

 

「ぶふッ」

 

 

 

百合ちゃんが崩れ落ちた。

 

 

 

「えっ。

 

……えっ!?ちょっ、な、何!

 

どどどどうしたの!?」

 

「まっ……まって、まって……っ、くく」

 

 

 

 笑ってる……だけみたい。

 百合ちゃんは震える手で、デッキの一点を指さした。

 

 

 

「なんかいる……ッ」

 

「え?なん……、んぶっ」

 

 

 

 その先を見て、私も百合ちゃんと同じように噴き出した。

 

 ヤバい。

 力入んない。

 

 二人で支えあいながらもう一度向こうを見る。

 

 夢じゃない。

 またお互い同じタイミングで崩れ落ちた。

 

 

 なんかいる。

 

 人が勝手に避けてできた半円の向こう、手すりに寄りかかった人が二人。

 

 ギラギラ偏光のサングラスとピカピカのアクセサリーを光らせた、チャラチャラした茶髪と黒髪の男の子が二人。

 

 オールバックとセンターパートでキメてる、どっかで見たことあるような子たちが二人。

 

 絶対に知ってるし見たことあるけど、絶対知り合いって言いたくない感じの二人。

 

 声を掛けたらめんどいことになりそうな感じの二人。

 

 

 

「な……なにっ、なにあれ……、っ」

 

「知らない、あたし知らないからあんなの、」

 

「私も知らないよ、っ、無視しよ無視」

 

「ね、ね、そうしよ……っ」

 

 

 

 知らない。知らないんだからあんな二人。

 

 もう一回見たらもう歩けなくなりそうで、息も絶え絶えな私たちはうつむいて傍を通り過ぎようとした。

 

 そうして、つい数日前見たスニーカーのつま先が見えた時。

 

 

 

「そこのお姉さーん!」

 

「俺らと一緒に遊ばなーい?」

 

「「~~~~ッ!」」

 

 

 

 私たちはついに陥落した。

 

 膝どころか全部の関節が笑って立ってらんない。

 チラリと覆った指の間から見れば、やっぱりこの二人が優しそうにニコニコ笑っていた。

 

 いや、ダメでしょ。

 ダメでしょそれは。

 

 ダメだってもう。ずるいじゃん。耐えられないってそれは。

 

 

 

「ちょっと、徹!!透!!!」

 

「っはははは!引っかかった!!」

 

「出たら分かるっつったろ~?」

 

 

 

 ちょっとだけ回復した百合ちゃんが二人に怒鳴る。

 湊くんと赤坂くんはしてやったり!といった感じでいつものニヤニヤ笑いに戻った。

 

 待ってだめ、いつも通り笑うと余計アレ。

 

 

 

「っ……ひぃ……」

 

「ほら!明里が帰ってこらんなくなっちゃったじゃん!」

 

「だって……っう、…だってさ……」

 

「ああもう、分かったって」

 

 

 

 百合ちゃんに言われて、ようやく二人はサングラスを取ってくれた。

 うん。よし。ましになった。

 

 また笑いそうになるのをこらえて、私はやっと二人に向き直った。

 

 

 

「ひひっ、ね?びっくりした?」

 

「結構準備大変だったんだぜ、これ」

 

「び、びっくりってレベルじゃないよもう!……ぶふっ」

 

「明里、落ち着いて」

 

「そーだよ、いい加減帰ってこい」

 

 

 

 赤坂くんが一番面白かったからなんだけどな。

 

 って反論したらまた笑いだしそうで、私は2、3回深呼吸をしてお茶を飲んだ。

 それからまた深呼吸。

 

 

 

「うん、大丈夫。大丈夫」

 

 

 

 やっと笑いの波が帰ってくれた。

 落ち着いて改めて二人を見てみれば、普段とガラッと雰囲気が違って、さっきと違う方向で面白かった。

 

 

 まず湊くん。

 

 いっつもバサッと顔を隠している前髪を真ん中分けに、全体的に柔らかく癖をつけてて優しげな印象の髪型だ。

 

 金色のアクセサリーもアクセントになってて、お洒落な感じ。

 きちっとしたレザーシューズと一緒になって大人っぽく見える。

 

 いつもくだらない噂話で笑ってるとは思えない。

 

 

 対して赤坂くんはオールバック。

 

 学生証のとは違って、全体的に額を出したスタイルだ。

 それに髪に癖をつけてあるのか、いつもよりふわっとくるっとしてる。

 

 髪型変えるだけで赤坂くんがこんなにチャラく見えるなんてビックリ。

 だからさっき笑いが止まんなかったんだけど。

 

 ダボっとした上下も、スニーカーの色と合わせた蛍光グリーンの差し色も赤坂くんらしいのに不思議。

 

 

 私がまじまじと見ているのに気が付いたのか、赤坂くんははんっと鼻で笑い、湊くんはくしゃっと顔を綻ばせた。

 

 

 

「二人が気合い入れてくるだろうって思ったからさ、おれらも頑張っちゃった!百合も明里ちゃんもすっげぇ可愛いよ!」

 

「でしょー?二人で頑張ったんだから!ね、明里」

 

「うん!頑張った!」

 

 

 

 そう。私たちだって頑張ったもん。

 二人そろってとっても可愛くなれたんだから。

 

 

 もっと言っていいんだよ!というドヤ顔を二人で送れば、湊くんはによーっと顔を綻ばせる。

 主に百合ちゃんと目を合わせて。

 

 湊くんが喜んでくれて本当に良かった。

 着付け頑張った甲斐があったってかんじで、私も嬉しくなっちゃう。

 

 

 

「ホント、ちょー可愛いよ!ね、写真撮ろ!」

 

「撮る撮る!ほら、明里も透も!」

 

 

 

 湊くんが掲げたスマホに4人集まる。

 さっきから黙ってた赤坂くんも笑顔で映ってて、ちょっと笑っちゃった。

 

 

 

「……ね、どう?」

 

「あん?」

 

 

 

 写真撮ってテンション上がった百合ちゃんと湊くんが先へ向かって行ってしまったのを追いかけながら、隣を歩く赤坂くんに聞いてみる。

 赤坂くんは何にもわかってなさそうな顔で聞き返してくる。

 

 

 じとっと目を合わせれば、赤坂くんは「あぁ」と合点がいったように頷いた。

 改めて私を眺めて、いつものトーンで言う。

 

 

 

「似合ってんよ?」

 

「……それだけ?」

 

「……え、何。

 

…………もしかして、『七五三みたいになって来んじゃね』って思ってたのバレた?」

 

「ちょっと!」

 

「だー、冗談だって!」

 

 

 

 ちょっと腕を強く叩くと、赤坂くんは降参といったように両手を上げる。

 

 

 

「思ってたより様になってたからびっくりしたんだよ。褒めてんだって」

 

「……」

 

「なんだよ、似合ってるって言ってんじゃん」

 

「そうだけど、そうじゃなくて……。ねぇ、カワイくない?」

 

「……はぁ!?」

 

 

 

 赤坂くんが急に大きな声を上げて、周りの人たちが一斉にこっちを見る。

 数メートル先を行ってた百合ちゃんたちも振り返った。

 

 さっきまで髪型通り飄々としていた赤坂くんは、焦って私を見る。

 

 

 

「な、き、きゅ、急にどうしたんだよ」

 

「え、だって今日の私カワイイなって思ったから、赤坂くんはどうかなって」

 

 

 

 そんな自信を持った1日目を、いつものように、さらりと赤坂くんに肯定してほしかっただけなのに。

 

 ぽかんとした私に、赤坂くんは一言ずつ私に指さしながら言葉を続ける。

 

 

 

「あのね、ねぇ、いーい楠木さん。そういうこと軽ーく男に聞くもんじゃないの。言うもんじゃないの。分かる?」

 

「えぇ」

 

「これだ!って奴に、ここぞ!って時に言うもんなの。

 

口裂け女だって誰彼構わず『私キレイ?』って聞かないだろ。

ちゃんとターゲット定めてから聞いてんだろ。

 

それと一緒。分かる?分かった?」

 

 

「…………はーい」

 

 

 

 なんか、前にもこういうのあったなぁ。

 

 赤坂くんは『この箱入り娘め』といった顔でやれやれと頭を振る。

 確かに、思わせぶりってかんじだけども。

 

 

 ……でも、百合ちゃんも湊くんも言ってくれたのにな。

 

 それに、赤坂くんはそういうのじゃないじゃない。

 何より、この記念すべき自信を彼が肯定してくれないのは、なんだか寂しい気がした。

 

 

 

「……」

 

「……あぁ、もう」

 

 

 

 百合ちゃんたちを追ってデッキから降りるエスカレーターに乗る。

 先に乗った赤坂くんは私を見上げて、そしてプイとそっぽを向いた。

 

 

 

「さっきから褒めてるだろ。可愛いってば」

 

「……!でしょ!」

 

 

 

 随分ぶっきらぼうに言われたけど、それでも私はぱぁっと心が嬉しくなった。

 

 やっぱり、赤坂くんに言ってもらえると何か違う気がする。

 今日の決心がもっと強くなって、どんどんやるぞって気分になれる。

 

 

 そうだ。

 今日の私はカワイくて、目立って良くて、お祭りを精一杯楽しむんだ。

 

 

 

「明里ー!早く行こ!」

 

 

 

 エスカレーターの下で百合ちゃんと湊くんが待ってる。

 手を振り返して、赤坂くんの背を軽く押した。

 

 

 

「ほら、行こ!赤坂くんもかっこいいよ!」

 

「だーからそういうのをサクッと言うなっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは神月駅からの大通りに沿うように、ゆっくりお店を巡って楽しんだ。

 

 お祭りと言えば、食べ歩き!

 

 臨時でお父さんにもらったお小遣いを携えて、私たちは色んなものを買ってはシェアしあった。

 たこ焼きに、から揚げ、焼きそばにじゃがバター。それからベビーカステラにクレープ。

 

 

 特に今年はクレープが最高だった。

 

 もっちもちの生地とたっぷりの生クリームがブルーベリーソースとマッチ。

 百合ちゃんから一口もらったチョコバナナ味も美味しかった。去年のお店も悪くなかったけど、今度からここのお店で買おうかな。

 

 

 あと食べるだけじゃなくて、遊び。

 

 赤坂くんと湊くんの射撃対決。

 二人とも片腕で構えてカッコつけてる?って思ったら、立派な戦術らしい。

 

 結果は0-0。

 何も落とせず、二人は参加賞のうまい棒にかじりついた。

 

 

 

「あれぜってー固定してあるから。ぜってー」

 

「間違いねぇ。隅打って菓子の箱すら動かないとかあるかよ」

 

「それなー」

 

「ま、まぁまぁ……」

 

 

 

 それはちょっと思ったけど、お店に聞こえるように言わないで……。

 

 プスッと二人に突き刺さったおじさんの視線を見なかったことにして、私は百合ちゃんと一緒に二人の背を押し足早に立ち去った。

 

 

 その後は光るおもちゃの目立つ屋台でくじ引き。

 

 大きなビニールの剣を当てた湊くんはすっかりご機嫌。

 お菓子詰め合わせが当たった赤坂くんにブスブス刺して遊んで、チョコボールの箱の角で叩かれてた。

 

 私と百合ちゃんはおもちゃのサングラス。

 

 百合ちゃんはハート型のチープなサングラスさえ似合うからすごい。

 

 私は似合わないから赤坂くんにあげたけど、すぐ返してもらった。

 赤坂くんには悪いけどどうか金輪際サングラスは掛けないでほしい。

 息できなくなっちゃう。私が。

 

 

 赤坂くんはそんな私が面白いのか、代わりに今日会ったとき付けてたサングラスをこれ見よがしに掛けた。

 

 首に掛かっているドッグタグのネックレスと一緒に、湊くんに借りたものらしい。

 

 

 

「そんなに気に入ったの?サングラス」

 

「そりゃ楠木さんの方だろ。そーんな面白ぇ?」

 

「とってもね。いつもと全然雰囲気違うから、すっごいチャラく見えるんだもん」

 

「湊がセットしたんだからしょーがねぇじゃん。……ま、悪くなくない?」

 

「うん」

 

「っはは、だろ?」

 

 

 

 偏光グラス越しに目を細めて、赤坂くんはニヤリと笑う。

 

 そうして先を行く背中は去年より何倍も軽やかで楽しそうで、なんだか安心しちゃった。

 

 

 去年はなんだか様子がおかしくて心配だった。

 

 花火を観てる間に早野さんとどこかへ行っちゃって、帰ってきた頃には虚ろな顔だった。

 

 だからあの日理由を知って……びっくりしたけど、納得もした。

 

 お互いの失恋を悲しんで受け入れて、その前にかけてくれた言葉と一緒になって、私は那賀川くんのことに一区切りつけられた。

 

 初めての失恋に沈んでいた私に前を向かせてくれた彼が、今楽しそうに前を向いてお祭りを楽しんでいる。

 

 それが嬉しかった。

 

 

 そうして気が付けば、祭り飾りの提灯やお神輿の灯りが周囲を照らしていた。

 薄墨色の空はまだ雲が漂っているけど、出発した時より薄くなってる。きっと花火もキレイに見えるに違いない。

 

 

 

「そろそろ場所取りしよっか。どこ行く?」

 

「じゃ、おれ良いとこ知ってるからそこ行こ!」

 

 

 

 どうやら、近くの学校が校庭を開放しているらしい。

 ちょっと花火は遠くなっちゃうけど、座れるということでそこに行くことに決定。

 

 実は、さっきから足が痛い。

 変に下駄履かないで、百合ちゃんみたいにサンダルで来れば良かった。

 きっと靴擦れしてるだろうな。

 

 百合ちゃんはトイレ、赤坂くんはコンビニに行きたいと二手に分かれて、少しずつ痛みを増していく足を庇いながら湊くんと校庭に着いた頃には、私はすっかり疲れ切っていた。

 

 

 

「うぅ~、痛ったぁ……」

 

 

 

 低い石のベンチに腰を下ろすと、余計足の疲れと痛みが感じられた。

 

 やっぱり靴擦れしてる。血は出てないけど赤くなっちゃった。

 困ったな。もう一歩も動きたくないや。

 

 ってダメダメ、ぐてーって座るのはカワイくない。

 

 

 

「明里ちゃん、平気?靴擦れなら絆創膏あるけど」

 

 

 

 なんて、背筋を伸ばした私に湊くんは意外なことを言って隣に座った。

 湊くんが絆創膏持ち歩いてるなんて……って、ちょっと失礼か。

 

 

 

「んー、多分そうだけど、貼りづらいとこだし軽いからいいよ。大丈夫」

 

「そう?……ならおれが使っちゃお」

 

 

 

 そう言って照れたように靴を脱ぐと、くるぶし丈の靴下に若干血がにじんでいた。

 

 

 

 

「えっ、嘘!大丈夫?」

 

「ヘーキヘーキ。この靴買ったばっかりでさ。多分なるだろーなーって思ってたから」

 

 

 

 湊くんは絆創膏を取り出したけど、傷とサイズが合ってない。

 それを斜めって貼り、靴下を履きなおす。

 

 大丈夫!というように笑って見せてくれたけど、革靴の靴擦れの痛みは良く知ってるから安心できなかった。

 

 

 

「革靴で靴擦れすると、普通の靴よりもっと痛いよね」

 

「それな?ははー……分かってたんだけどさ、ちょっとカッコつけすぎちゃった」

 

「ふふ。やっぱり百合ちゃん?」

 

「百合だけじゃないよ?明里ちゃんにもカッコいいとこ見せたいもん」

 

「そっかぁ」

 

 

 

 なーんて言われても、湊くんが百合ちゃん目当てなのは分かってるんだから。

 

 軽く笑って受け流せば、湊くんは飾りっけなく笑った。

 この子供っぽい笑い声を聞くと、やっぱり応援したくなっちゃう。

 

 頑張れ湊くん。

 百合ちゃんは素っ気なくあしらってるけど、絶対脈アリだと思うんだ。

 

 

 

「てか、百合たち遅いね」

 

「トイレ混んでそうだったもんね。あれ、でも、赤坂くん飲み物買いに行っただけじゃなかった?」

 

 

 

 二人で顔を見合わせる。

 まだ花火までは時間あるけど、ちょっと心配。

 

 …………いや、それとも?

 

 去年のことが頭によぎって、私の脳裏に邪推中の邪推が表れる。

 

 

 もしかして、二人でちょっと抜け出しちゃったとか?

 去年みたいに、二人だけで花火を見ちゃったり?

 

 百合ちゃんと早野さんってちょっぴり似てるし、赤坂くんのタイプだったり?

 最近『あいつが今年の目標』とか言って百合ちゃんのことよく見てるし、あったりする?

 

 えっもしそうだったらどうしよう。私どっち応援しよう。

 

 いや、百合ちゃんの思いが大事なんだから百合ちゃんの味方?

 

 

 捕らぬ狸の皮算用。疲れた私の取り越し苦労。

 飛躍した考えに頭を支配される前に、背後から声が掛かった。

 

 

 

「なぁ~にぐったり座り込んでるんだよ」

 

「そうよ、まだまだこれからなんだけど」

 

 

 

 ぐぐっと背にかかる重さが気持ちいい。

 

 顔を上げれば、百合ちゃんが私たちに手をついて寄りかかっていた。

 後ろにはペットボトルに口を付けた赤坂くん。

 

 ほら、そんなことないじゃん。私のバカ。

 

 

 

「大丈夫だった?トイレすっごい混んでたけど」

 

「うん平気平気。デパートまで行ったらバカ空いてたから」

 

「あ、透くんコーラ良いなぁ。ちょっとちょうだいよ」

 

「俺行く前に『いるか』って聞いてお前『いらない』っつったよな」

 

「気が変わっちゃった」

 

「知るか。ほら、これで我慢しとけ」

 

 

 

 そう言って赤坂くんが差し出したのは、絆創膏の箱。私と湊くんの間に押し付ける。

 百合ちゃんは消毒液をその上へ置く。

 

 

 

「あんたら靴擦れしたでしょ。分かってんだからね」

 

「ったく、結構歩くの分かってるんだから無理して履いてくんじゃねぇよばーか」

 

「……」

 

「…………」

 

 

 

 こういうの、なんて言うんだっけ。ツンデレ?

 

 湊くんとまた顔を見合わせる。

 お互い、なんだかくすぐったい顔をしていた。

 

 途端噴き出した私たちを見て、赤坂くんたちが恥ずかしさを誤魔化すようにやれやれと笑ったのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、見て美香ちゃんたちも来てるみたい」

 

「えっマジ。うわマジじゃん歩夢の時計だ」

 

「匂わせだねー」

 

「チッ、こいつ同じことしてやがる」

 

 

 

 そうやって赤坂くんが見せてきた画面を見れば、美香ちゃんの投稿と全く同じ構図で、太田くんが誰かもう一人とかき氷を掲げてる投稿だった。

 

 うん。美香ちゃんの手だ。

 

 

 

「あの二人は順調だねぇ」

 

「うぜぇくれぇにな」

 

 

 

 いつの間にか、覗いているスマホの画面が眩しい。

 

 かき氷を食べながら雑談をしているうちにあたりはすっかり暗くなって、校庭は同じように花火を見ようと集まった人たちでざわめいていた。

 

 

 

「何、誰?」

 

「中学のダチのインスタ。いちゃついてやがる」

 

「あっは、あるある~。あたしもさっき5人くらい匂わせ見たわ」

 

「ははー、そんなん流されてもーって感じだよね」

 

 

 

 ……湊くんて、誰よりそういうの流しそうだけどな。付き合ったら。

 

 そう思ったけど、黙っておいた。

 

 と、丁度良くドーンと大きな音が身体を震わせる。顔を上げれば、校舎の向こう空いっぱいに光が咲いていた。

 

 

 

「わぁ、始まった!」

 

「ね、キレイ!あ、花火背景に写真撮ろ!」

 

「いーぜ」

 

「いえーい!」

 

 

 

 色とりどりの光をバックに、写真を一枚。

 街頭で照らされた皆の笑顔が切り取られる。

 

 

 

「っしオッケー!うわヤバ、どんどん打つじゃん」

 

「ねー、今年すげぇね」

 

 

 

 少し遅れてくる音と共に、大玉の花火が次々上がっていく。

 白、黄色、赤、青、緑。

 横目で隣を見れば、皆の横顔が花火の色に染まる。

 

 

 百合ちゃん。

 

 時折写真を撮りながら、瞳を輝かせて花火を見てる。あ、目が合った。

 手を振ると、笑顔で振り返してくれた。

 

 

 湊くん。

 

 隣の百合ちゃんに見とれたり、それを焼き付けるように目を閉じて花火の音に聞き入ったり。

 何か面白いことを思いついたのか、赤坂くんに耳打ち。

 

 

 赤坂くん。

 

 湊くんの言ったことが面白かったのか、肩を震わせる。

 笑う口元のまま、ピンクのかき氷を飲み干す。

 楽しそうなその瞳には、キラキラと光が踊っていた。

 

 

 それを見ていたら、なんだか胸がいっぱいになってきてしまった。

 うずうずした胸の高鳴りが、花火の上がる音に混ざっていく。

 

 

 友達とオシャレを楽しんだことが。

 

 皆で美味しいものを分け合ったことが。

 

 冗談を言い合って声を上げて笑ったことが。

 

 軽いけがでも心配してくれたことが。

 

 そんな時を過ごした友達と一緒に花火を見れていることが。

 

 

 

 その全部が抱えきれないほどの幸福で、息をするのさえ忘れてしまう。

 

 そして私は、その幸せを持ってもいいんだと自信を持って言えることがたまらなく嬉しかった。

 

 

 花火の音に負けないくらいの大声で叫びたい気分。

 この素敵な気分をどうしてくれよう。

 

 叫ぶ代わりの言葉を探して、私は……ぽそりと一言、口に出した。

 

 

 

「   」

 

「えっ、何」

 

 

 

 その声に驚いて顔を上げれば、赤坂くんのきょとんとした表情があった。

 

 

 

「……何にも言ってないよ」

 

「はぁ?ウソ、絶対何か言ったじゃん」

 

「言ってないってば。あ、次おっきいんじゃない?」

 

「あ?お!マジだ!」

 

 

 

 赤坂くんはばっと顔を前へ戻し、音を立てて光の筋を残すそれを目で追った。

 

 

 音を早くした胸を撫でおろす。

 

 思わず誤魔化しちゃった。花火の音で聞こえないと思ってたから、なんだか恥ずかしくて。

 

 

 音を轟かせ、周囲を昼間のように照らす花火。

 白い明かりに透かされたその横顔を見つめる。

 

 

 ――ねぇ、赤坂くん。

 

 今日『カワイイ』って自信を持てたのは、私は目立っていいって思えるきっかけをくれたのは、全部赤坂くんなんだよ。

 

 あの時初めて声をかけた日から、私は変われた。

 勉強に初恋に、赤坂くんが一緒に頑張ってくれたから、私は自信を持てた。

 

 赤坂くんがくれたいろんな経験が、私が私を許すきっかけになった。

 言葉にならないような『ありがとう』がいっぱいなの。 

 

 

 そんなあなたと一緒に花火を見るって、それってなんだか、とっても燃えるときじゃないかなって、そう思ったの。

 

 

 本当に、それだけなんだよ、

 

 

 

「……透くん」

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