俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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43話です。

リアルとの季節が完全に反対になってしまい内心困っております。


第43話  ハーツテンション・ライジング  ──それはいつか耐え切れず──

 9月っていつから夏になったんだろう。

 

 俺がまだ小さかった頃って、もっと残暑感というか、秋のツナギ的な雰囲気があったはずだ。

 

 それがどうだ。

 9月1日、始業式のために全校生徒が集まった体育館を見やる。

 

 どんだけ暑いかは、皆の顔を見れば一瞬で分かる。

 

 

 中には密集しないで済んでる先生方に恨みの目線を向けてるやつがいるが、ちょっと考えて見てほしい。

 

 確かに密集はしちゃいないが、一応「式」ということで先生方の大半はスーツだ。

 しかもネクタイに上着付き。

 

 死ぬだろ。フツーに考えて。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 まぁ、死にそうなのはもちろん生徒側も同じなんだけど。

 

 あっちぃなクソが。

 ボタンをもう一つ開けても全くマシになりゃしねぇ。

 

 あたりを見渡せば、他の生徒も似たような感じだ。

 

 

 7組の方を見れば、珍しく髪を縛ってる百合の後ろ姿が見える。

 上履き入れの紐を絡ませて遊びながら指先から爪をぼーっと見ているようで、話を全く聞いちゃいないのがよく分かった。

 

 その前に座ってるのが楠木さん。

 こっちはちゃんと前を見ているが、目線が上すぎる。その先には体育館のデカい時計。

 

 つまり、こいつも話なんか聞いてない。

 

 俺も釣られて見てみれば、なんとまだ10分も残っていた。勘弁してほしい。

 

 

 もう一列奥、8組の方を見れば、後ろに座っている間中が完全に寝ている。

 大きく上下する背中に野球部顧問が近づくのが見えて、俺は心のなかで手を合わせた。

 

 あれ?

 ……ああ、いた。

 

 やや前、楠木さんたちの近くに那賀川が座ってる。

 いつものクールな顔はどこへ行ったのか、死んだ目で虚空を眺めている。

 

 今鳴り響いてる先生の話は全国まで行ったバスケ部をそれはもう褒めちぎっているのものなのだが(なんならさっき表彰されてた)、さすがのあいつも暑さには勝てないらしい。

 

 

 片岡、深瀬、そして目の前に座る井ノ上を含め、見える範囲で知ってるやつは全員俯くか寝るかしていた。

 

 さっきから珍しく黙ったままの、後ろの湊もそうなんだろう。

 

 普段はボソボソ先生たちの噂を教えてくれたり、校長の話の揚げ足をとって冗談を耳打ちしたりしてくるくせにマジで珍しい。

 

 でも、この暑さであの元気があったほうが怖いから、それもそうか。

 

 

 というわけで、俺も皆に倣ってもう一度意識を飛ばした。

 

 

 

 永遠の長さが一瞬で過ぎ去れば、生徒全員が嬉しそうに立ち上がった。

 周囲の解放への雄たけびを聞きながら俺も立ち上がり、ぐっと伸びをする。

 

 

 

「あー、長ぇッ!さっさと戻ろーぜー、……」

 

 

 

 湊にそう声をかけながら後ろを向くと、あのニヤケ面がいない。

 まさかと思って目線を下にやれば、膝に顔を埋めたままの湊がいた。

 

 

 

「ははっ、おいバカ、もう終わったぞ」

 

 

 

 上履き入れで肩を小突いてやると、ダルそうな動作で振り払われた。

 なんだ起きてんじゃん。

 

 ……待て、『ダルい』?

 

 

 

「……おい?」

 

「ん?」

 

「湊くんどうかした?」

 

 

 

 井ノ上含む周りの奴らと膝を付き、湊の顔を覗き込む。

 目をつむってるけど、寝てるって感じじゃない。

 

 

 

「おーい、湊ー」

 

「わたし、先生呼んでくるー」

 

 

 

 神田さんたち女子が駆けていくのを尻目に、声を掛ける。

 

 分かってるんだか分かってないんだか、ようやくゆっくり目が開いた。

 

 

 

「えっウソ、ちょっと、徹っ!?」

 

 

 

 ようやく本命の登場だ。

 

 しかし、いつもだったら『今日百合珍しい髪形してる!』と嬉しそうに立ち上がるだろうこいつは、これまたダルそうに顔を上げただけだった。

 

 

 

「ちょっと、もうバカ、どうしたの、気持ち悪い?もしかして脱水?熱中症とか?」

 

 

 

 たぶん、というように湊の口が動いた。

 百合の挙げたどれなんだか分からないが、とにかく体調が悪いのは確定だ。

 

 と、そこでようやく先生がやってくる。よりによってユミちゃんこと長森先生だ。

 神田さん曰く、声掛けられそうなのがこれしかいなかったとか。

 ユミちゃんじゃいくら湊が細めだっつっても抱えんのは無理だ。

 

 

 仕方なく付近で一番力のある井ノ上が湊を背負い、俺が湊の分の上履き入れも持って着いていく。

 先生もついでに来てくれた。

 

 百合も楠木さんも心配そうだったが、クラスが違うから遅れると色々言われるだろう。

 

 二人は名残惜しげにこっちを見ながら自分のクラスに向かっていった。

 

 

 今年の身体測定以来の保健室に湊を運び込めば、保健室の先生が「あらまあ大変」とかいいつつ慣れた手つきでベッドに誘導した。

 

 天国みてぇな涼しさでベッドにいれば湊は少しマシになったらしく、ようやく質問に答えられるようになっていった。

 

 

 

「気分はどう?」

 

「……さっきよりは」

 

「そっかー、体育館暑かったもんねぇ。症状はどう?めまいとか頭痛とか」

 

「……めまい、と……なんか、気持ち悪い」

 

「うんうん、大変だったね。もしかして、朝から何にも食べたり飲んだりしてない?」

 

「……はい」

 

「そっかー、朝ごはん食べないのはいつも?食べないほうが調子いい!とか?」

 

「……いつもは食べる」

 

 

 

 こんだけ喋れるようになりゃ大丈夫だろ。保健室だし。

 

 

 

「じゃあ湊、お前の上履きここ置いとくからな」

 

「あー、はいはーい、ありがとねー」

 

 

 

 頷いただけの湊に変わって保健室の先生がお礼を言ってくれる。

 

 結局あたふたしてばっかりだったユミちゃん先生と頼りになった井ノ上に声を掛け、俺たちは保健室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー……徹ぅ……、大丈夫かなぁ、ねぇ。徹さぁ…………」

 

「だ、大丈夫じゃない……?」

 

「そうそう大丈夫、大丈夫だって」

 

 

 

 英語のワーク解き直しに丸を付けながら、俺はテキトーに返事する。

 

 横の楠木さんもさすがに飽きてきたような声色だけど、百合は全く落ち着く様子がなかった。

 

 一応図書室なんだから静かにしろ。

 

 

 

 もともと今日は始業式だけの予定だったから、湊はあの後カバンを回収して帰っていった。

 

自分で取りに来たくらいだからまあまあ回復したようだけど、まーたこの炎天下に出てぶっ倒れちゃ元も子もないので、保健室でお母さんが迎えに来るまでしばらく待つんだとか。

 

 とは言え、通知表返却と帰りのホームルーム、昼飯、しばらく図書室で勉強とかなり時間が経ったし、もうさすがに帰ってるだろう。

 

 

 

「……だから、もう大丈夫だと思うよ……?」

 

「……うぅ」

 

 

 

 それをさっきから1問解くたびに騒いでる百合に二人で伝えちゃいるんだが、全く効果がなかった。

 

 

 なんつーか、なんだかんだコイツらオニアイってカンジ。

 普段はあんなテキトーにあしらってるくせに、いなくなったらコレかよ。

 

 覇気のない百合と目が合いそうになって、慌てて逸らす。

 

 しおらしいコイツも大人しい湊も気持ち悪い。勘弁してくれ。

 

 

 だいたい、百合がそんなだと俺も困る。

 今回の夏休み明けテストの目標は百合だ。

 

 いつものイケイケなコイツに勝ってやる!って気持ちで勉強やってんのに、肝心の百合がコレじゃあやる気も出ねぇ。

 

 

 もう2年だから休み明けテストの結果でⅠ〜Ⅳのクラスが変化することはそうそうない。

 ないんだが、来年のⅡクラス内3〜7組のクラス分けに関わってくる。

 

 

 東雲附属はなんだかんだ私立高、上のクラスに行けば行くほど教え方も手厚いってカンジ。

 5組より4組、4組より3組。

 

 だからいい成績取っとくに越したことはない。内申もあるし。

 

 

 一学期の成績は悪くなかった。

 現国とコミュ英ミスって3になったけど、それ以外はほぼ4。

 地学基礎と現社は5。

 評定平均3.9。

 

 昔と比べれば超良いと言っても良い。

 だけど去年の三学期から上がってないのも事実。

 

 だからこそ、明日の夏休み明けテストも、明後日の模試も頑張りたい。

 ……模試もそろそろ真面目に志望校とか考えねぇと。

 

 

 それに2つのテストが終われば、後は文化祭まで一直線だ。

 

 夏休みを挟んで俺らはかなりレベルが上がったと思う。

 なんだかんだああいうのは練習量がモノを言う。

 

 これからはリハーサル的な練習もする予定だし、ちょっと気分が悪くなった程度の湊をそんな大げさに心配しているほど暇じゃない。

 

 

 

「徹……」

 

 

 

 のに、やっぱ百合はこんなんだ。

 やれやれと眺めていれば、ついにしょんぼりしたその目と目が合った。

 

 

 

「っ……、だー、もう!そんな気になんなら見てこいよ、こっちも不安になってくるだろ!」

 

 

 

 びっくりしたせいだ、思わず跳ね上がった心音の勢いのままそう返す。

 

 

 

「そ、そうだよ。早くはっきりさせて、スッキリして勉強戻ろ!ね?」

 

「……………………じゃあ行く」

 

 

 

 楠木さんが加勢してくれて、百合はようやく頷いた。

 

 ゆっくり立ち上がったその背を急かしながら、二人でこっそり胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれー、百合。どーしたの。透くんと明里ちゃんまで」

 

 

 

 ……俺ら二人の予想と期待とは裏腹に、湊はまだ保健室で悠々自適に過ごしていた。

 

 先生がついてなくても良いくらいには回復したらしく、普段の80%くらいの出力で湊は俺達を出迎えた。

 

 

 

「……もう平気なワケ?」

 

「んー、まぁ平気」

 

 

 

 百合は無駄に刺々しく聞いた。

 あんなに心配してた意味無かったわけだし、損した気分なんだろう。だから言ったのに。

 

 

 ポカリをあおって自慢げに笑う湊が余計気に入らないのか、百合はふんとそっぽを向いた。

 それを見て、ようやくニヤニヤ顔が戻って来る。

 

 

 

「あれー、なぁにー百合、心配してくれたの?」

 

「もう二度としてもらえるとか思わないでよね」

 

「ははー、そっかぁ。透くんと明里ちゃんもー?」

 

「誰がするかよバカ」

 

「うん、まあ」

 

「ふーん。良かった」

 

 

 

 各々の答えを聞いて、湊は膝を抱え込んで笑った。

 

 何も良くねぇわ。そうツッコもうとしたとき、保健室のドアが開いた。

 

 

 

「失礼します。湊徹は……」

 

「あ、母さーん、ここー」

 

「…………はぁ」

 

 

 

 スーツ姿の女の人が顔を覗かせている。

 色々こもったため息を聞けば、湊のお母さんなのはすぐに分かった。

 

 あと顔。

 The・バリキャリってカンジの雰囲気を除けばめちゃくちゃ息子に似ていた。

 

 見るからに元気な息子は後回しにしたのか、湊のお母さんは俺たちに目を向けた。

 

 

 

「朝風ちゃんに、……赤坂くんとー、楠木ちゃんかな?

 

こんにちは。湊の母です。息子がいつもお世話になってます」

 

「お久しぶりでーす」

 

「どうも……」

 

「こんにちは……。

 

あ、いつもお部屋貸していただいてありがとうございます」

 

「ああいーのいーの、気にしないで、ガンガン使ってもらって構わないから」

 

 

 

 楠木さんのお礼をさらっと受け流して、湊のお母さんは息子のいるベッドの横に膝をついた。

 

 

 

「……で、どーしたの」

 

「ははー、なんか気持ち悪くなっちゃった」

 

「こんな日に朝から何も飲み食いしなかったらそうなんに決まってんでしょ」

 

「何か気分じゃなくてさー」

 

「全くもう、お友達にも迷惑かけて」

 

「ごめんってば」

 

「お母さんにじゃなくて皆にでしょ!」

 

「はーい皆ごめんねー」

 

 

 

 なーんかすっげぇ普通の『息子のいるお母さん』ってカンジ。俺も小学校でやらかした時こんなだったっけ。

 

 

 湊のやる気のない謝罪を3人でいなしていれば、保健室の先生が戻って来た。

 一応これから病院に行ったほうがいい、という話だった。

 

 その後ろで身軽に伸びをしている湊。

 

 行く必要なさそう、ってのはその場の全員がうっすら感じていた。 

 

 

 

「じゃ、また明日ねー」

 

 

 

 足取り軽くお母さんと去っていく湊の背を眺め、俺たちは深くため息をついた。

 

 外も熱いしさっさと図書室に戻る。

 ちらっと保健室覗くつもりが結構長引いたから、もしかしたら荷物退かされてるかもしれない。

 

 

 

「ほんっと人騒がせってカンジだなアイツ!」

 

「だね。まぁ、何にもなかったのは良かったけど……」

 

「大体2時間も寝てたらさすがに大丈夫じゃねーの?わざわざ親呼ばなくてもさ」

 

「念の為、とは思うけどさー。徹だって、すぐお母さんが来れないの分かってるくせにね」

 

「お仕事忙しそうだったもんね、湊くんのお母さん」

 

「ん、ああ。それもあるけど、物理的にもキッツいじゃん。アレぐらいで東京から戻らないととかタルすぎ」

 

「「…………えぇ!?」」

 

 

 

 各部屋の冷房が漏れ出した廊下に、二人分のデカい声が響き渡る。

 ちょうど自習室を通り過ぎた所で、3年生らしき人に思い切り睨まれたのが分かった。

 

 百合はそれを全く気にせず進んでいく。

 

 

 

「あれ?アイツ言ってなかった?徹のママ丸の内勤務だよ。外資系の」

 

「「マルノウチ!?」」

 

 

 

 マルノウチ!?って、

 

 

 

「…………ってどこだ楠木さん」

 

「わ、わ、分かんない。たぶんすっっごい都会なんじゃないの。ほら、マルノウチオーエルとか言うじゃない」

 

「……東京駅降りてすぐのエリアね」

 

「「えぇー!?」」

 

 

 

 あの良く昼のバラエティ番組で最初芸能人とかがべらべら喋ってる?

 映画とかで良く壊されてる?

 開けたばっかの爪楊枝並みにビルが建ってる?

 

 ぽかーんとしてしまった俺らを笑うでもなく、百合は手持ち無沙汰に髪を解いて続けた。

 

 

 

「だから毎朝7時前とかには出ていくらしーよ。新幹線勤務なんだって。

 

だからさっきも、連絡受け取って、仕事中断して、新幹線乗って?

で、こっち着いたら病院連れてかなきゃだから家戻って車取ってきて……てな感じじゃない?

 

ホント、良く来てくれるよね」

 

 

 

 最後の一言には呆れと、若干の羨ましさが混じっていた。

 

 気持ちは分かる。

 高校生になったらさすがに体調不良程度で親が来てくれるってカンジじゃ無い。

 俺が同じことになったら母さんは来ない気がする。

 

 

 しかし、湊のマンションの様子からしてだいぶすげぇとは思ってたけど納得。

 最近慣れてきてすっかり溜まり場みたいな扱いしてたけど申し訳なくなってきた。

 

 百合は話しつつ、髪型が気に入らないのか、何度も結び直しては解いてやり直している。

 

 

 

「ママが大変なの一番分かってるの徹のはずなのにさ。マジ何やってんのって話」

 

「アイツのことだから今までもそうなんじゃねぇの?」

 

 

 

 あ、ごめーんとか言ってお母さんを困らせてそうじゃないか。

 つーか似合う。雰囲気的に。

 

 楠木さんも同調するように頷いたが、百合は頭を横に振った。

 結ぶのを諦めたらしい毛先が肩に散らばる。

 

 

 

「そんなこと無い。徹はママのこと大切にしてるし、最近はそんなことしないよ」

 

「へーえ」

 

 

 

 最近は、ねぇ?

 

 俺は(なんなら表情的に楠木さんも)そうツッコみたい気分で山々だったが、既で辞めた。

 

 百合が思っていたより落ち込んだ顔をしていたからだった。

 

 

 

「どうしちゃったんだろ、徹……」

 

「…………ま、明日んなりゃ元通りになってんだろ」

 

 

 

 その『どうしちゃった』に心当たりが無いか、と聞かれたら、実はある。

 しかし俺は、そう適当に百合に返した。

 

 

 さっきも思ったように、勉強もあるし何より文化祭が近い。

 これ以上下手に湊を刺激してオジャンとかシャレになんない。

 

 ……様はメンドイって話。

 

 

 だからそうやって楽な方向へ、俺は悩みのタネを押しやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりの夏休み明けテストは、こんなもんか、という感じだった。

 楽勝って意味じゃなく、今の俺の実力ならこんなもんかなって話。

 

 問の最後の方に置かれてるクソムズ問題は時間かかるし手応え全く無いけど、それ以外は結構解ける感じ。

 

 だから、こんなもんか。

 

 楠木さんや湊と同程度、若干は百合に近づけたかも?ってカンジ。

 少なくとも順位を落とすことは無いだろう。

 

 

 なーんて頭良くなった気分の俺をシメに来たのが模試。

 

 全科目って疲れる上に、自分が如何に出来ないか突きつけられる感じがスゲー心にくる。

 

 特に数学やってると自分の脳が小学生に戻ったんじゃねぇかなんて思う。

 

 数学だけじゃない。

 

 国語の読解は何を良いたいのか分かんなくて筆者を殺したくなってくるし、英語は知らねぇ単語使うんじゃねぇって逆ギレしたくなるし、化学基礎と地学基礎くらい易しくしろと思うし、日本史は人が文明を持ったせいでこんな小難しくなりやがってってカンジだし現社も同様。

 

 つまりはクソ。

 

 

 模試で大ダメージの俺に自信をくれたのは、一つも漏れなく提出できた宿題たちだった。

 俺は宿題を全部余裕で出せるようになった自分の成長に感謝した。

 

 

 とりあえず一旦ヤマは抜けた。

 なら遊ぶに限る。そうするべきだ。

 

 部活に行く那賀川にちょっかいかけ行く。

 

 片岡たちとカラオケで熱唱。

 

 湊とチャリ飛ばして花盛市のゲーセンまで行って散財。

 

 楠木さんと百合も入れてマックで駄弁る。

 

 

 俺は全力で夏休みとは違う『放課後の楽しさ』をかき集めた。

 

 そしてさすが俺の頑張りは功を奏し、自分と周囲の勉強と練習のやる気は回復していった。

 

 

 やる気って、様は心の余裕。華の高校生感てヤツ。

 それをぶつけんのが文化祭てもんだろう。

 

 4人揃ってまぁいい感じにモチベ上がってんじゃね?なんて思っていた。

 湊のアレもちょっとは落ち着いてきたっぽいし、何より百合が何も言わねえし、何とかなった。

 

 マジ俺のお陰。これにて一件落着。

 

 

 だが、俺らが思っていたより湊のアレは根深かったと思い知ったのは、そのすぐ後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤坂いる?」

 

「あん?」

 

 

 

 昼飯食い終わった昼休み後半。4人でそろそろライブハウス行ってリハやろう、とか話し合っていた時声がかかった。

 

 クラスの女子たちがきゃあきゃあ騒いだから顔を上げると、予想通り那賀川が入り口に。

 廊下の外には付いてきたらしい間中が他の友達と話していた。

 

 

 

「んだよ」

 

「悪い、体育着持ってる?さっきから皆ダメでさ」

 

「はぁ?対価は?」

 

「自販機1」

 

「乗った」

 

 

 

 座りながら聞けば、そういうことらしい。

 

 コイツが体育着忘れんのクソ珍しいな。

 その物珍しさと優しさで、俺は快く体育着を取りに行った。

 

 

 

「あ、そーだ健人くん!」

 

 

 

 背中に百合のテンション高い声がぶつかる。

 

 

 

「インハイ!めっっちゃ惜しかったね〜」

 

「はは、ありがと。いやーマジ悔しかったわ」

 

「しょーがないよー、優勝校だったんしょ相手」

 

「でも負けは負けだよ。ま、次は勝つかな」

 

「うわ言うじゃんウケる」

 

「ふふ、ねー。頑張ってね、那賀川くん」

 

「うんうん、頑張ってー」

 

「はーい、ありがとね」

 

 

 

 クラスに入って女子二人と話してる那賀川の頭めがけ、俺は丸めた体育着を投げた。

 バスケ部に通じるはずもなく、見事にキャッチされる。

 

 

 

「サンキュ……っておいこれ長袖!」

 

「悪ぃそれしか無かったわ」

 

「その手に持ってんのは何だよ」

 

「自販機プラス1で考えてやるよ」

 

「ざけんなバカ」

 

 

 

 もちろん冗談。

 

 半袖も投げ渡してやれば、那賀川はひらひら手を振って礼を言った。

 百合は何の用か、俺らに手を振ってふと席を立つ。

 

 

 そんな一瞬の隙をついて、今までずっと黙っていた湊が口を開いた。

 

 

 

「ははー、さすが有名人はそんくらいでも同情されて良いねえ」

 

 

 

 ボソッと呟いた様な小さな声。

 だけど言葉に混じる棘を隠せてなくて、俺らは思わず振り返った。

 

 うざったい前髪の間から、わざとらしい『聞こえちゃった?』みてぇな表情が覗いていた。

 

 

 

「……どういう意味だ?」

 

「べっつにー。マジでバカほど人気者の那賀川くんは大変だねーってハナシ」

 

「にしちゃあ、ずいぶんな言い方だな」

 

 

 

 それに真っ向から対立するのは那賀川。

 俺に一度体育着を突っ返し、薄い笑みでただ聞き返す。

 

 徐々にピキピキしてきたヤバげな雰囲気を察知したのか、楠木さんはそろりと立ち上がって俺のところまで来た。

 

 

 

「だってそうじゃん?全国まで行けたってのに、皆にかわいそかわいそ言われてさ」

 

「かわいそうって、オレは応援してもらったつもりなんだけど……。

 

どうやら随分変な受け取り方してるらしいな」

 

「変わんないと思うけどなぁ。

 

っははー、やだな、そんな怒んないでよー。

スゲーねっつってんの。マジでさ」

 

「……別に怒ってはないんだけどな」

 

 

 

 ヒリヒリした雰囲気にようやく周囲も気づき始める。

 

 女子は遠巻きに、男連中は興味津々、しかし間中はアワアワと顔色悪く、静かに嫌味の応酬に目を向けていく。

 

 

 だけど応酬ってより、なんか湊が勝手にイライラしてるだけってカンジ。

 涼しい顔の那賀川に反して、湊の表情はどんどんムカつきで歪んでいく。

 

 そのイライラの勢い任せに、湊はまくし立ててた。

 

 

 

「怒ってない?ははー、言うよねぇ、そんな顔しちゃってさ。当たってた?

 

キミってマジ前からずっとそういう感じだよね、かわいそうな自分好きっての?バカウケる!

 

中学の頃もさぁ、たかが両親が離婚したくらいで」

 

「おい!」

 

「……お前さ」

 

 

 

 待てそれは流石に、と声を上げる前に、低い声が耳を打った。

 

 横の那賀川だ。

 俺は、そして隣の楠木さんも、思わず息を飲んだ。

 

 涼しい薄い笑みのイケメンはもういない。

 すん、と一切の感情が消えた仮面みたいな顔が湊を見下ろしていた。

 

 

 

「そんなにオレが羨ましいわけ?」

 

「はぁ?誰がてめぇみたいな奴なんか……ッ」

 

 

 

 一歩ずつゆっくりと近づいてくる圧に湊が若干怯むものの、逆ギレっぽく睨みつける。

 

 机の端を握りしめてガンつける湊に、那賀川は一定のペースで畳み掛ける。

 

 

 

「だってお前こそ、前からそうだろ。人の悪い噂ばっか流して、下げんのに必死」

 

「はぁ?そんなん那賀川くんがヒドイことするからいけないんじゃないですか~??

 

あんなん噂されてとーぜんじゃん?」

 

「だろうな。だけど、それとお前のストレス発散に使われるのは話が違う」

 

「へーえ?何、あんときのこと謝ってほしいワケ?何が言いてぇんだよ」

 

 

 

 那賀川はもう湊の目の前だ。

 

 焦りが勝ってきたその目に、わざとらしく屈んで目を合わせる。

 丁度駄々をこねる子供を叱るみたいに。

 

 

 

「かわいそうだなっつってんだよ。

お前、自分で自分のこと自慢できる物何もないの?

 

……お前の方が、よっぽどかわいそうじゃん」

 

「……ッ!!」

 

 

 

 最後の一言に、湊が声を詰まらせる。

 

 目を見開いて、歯を食いしばったアイツの顔は、一転して泣き出しそうなガキみたいだった。

 

 

 

「…………ざっけんな」

 

 

 

 さっきまでの威勢はどこへやら、そう零すと湊は那賀川を突き飛ばし、クラスを飛び出していった。

 

 疑問が過半数を占める視線が湊の後を追いかける。

 それも一瞬のことで、『良く分かんねぇけどほっとくか』に変わっていく。

 

 だけど、そんなクラスから、一人追加で駆け出していった。

 

 

 

「ま、待って、湊くん!!」

 

 

 

 楠木さんがスカートを翻し廊下を走っていくのを、俺はぼーっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスの揉め事って触れないのが一番だ。

 

 だから、俺らを除いたクラスメイトたちは皆あっという間に数分前の状態に戻っていった。

 

 そう、この重っ苦しい気分の俺らを除いて。

 

 

 

「……オレ、謝んないぞ」

 

 

 

 襟元を直しながら、那賀川が深くため息をついた。釣られて俺も。

 

 

 

「だろーね。つーかそれこそ当然じゃん」

 

 

 

 もう一度体育着を投げ渡せば、那賀川はダルそうに受け止めた。

 目が合う。そして、お互いもう一度ため息。

 

 

 

「「はぁ~……」」

 

 

 

 最ッッッ悪。

 アイツのコンプレックス強すぎ。

 

 信じらんねー。ウソだろ?

 あんなヘラヘラタイプのくせして?

 

 いや分かってたけど、実際に目にするとマジ最悪。

 ドン引きってカンジ。

 

 

 なに急に。

 

 勝手にイライラして、勝手にキレて、勝手にどっか行きやがった。

 マジなんだアイツ。

 全てにおいて自分中心で終わってて感心するレベル。

 

 まぁ、それを真正面からぶつけられた那賀川の方がたまったもんじゃないだろうけど。

 

 

 

「……」

 

「け、健人~……?」

 

「ん……、ああ、気にすんな」

 

 

 

 そろそろと中に入ってきた間中に、那賀川は眉間を揉みながら返した。

 頑張って表情を元に戻そうとしている。

 

 

 つーかコイツのガチギレ顔こっっわ。マジビビった。

 キレるとあんな怖いワケコイツ?

 絶対敵に回したくねぇタイプじゃん。

 

 まぁ去年回したんだけど。

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

 

 

 てわけで、再度那賀川と目が合う。

 どうするよ?って目だ。

 

 

 勝手にキレた湊はどーでもいい。

 どうぞご勝手に、好きにしてればってカンジ。

 

 問題は楠木さんだ。

 

 あのバカ、ほっとけばいいのに。

 女子一人があんなイライラ状態の男に付いてって大丈夫とは思えない。

 

 百合がいれば多少変わる気がするけど、アイツ全然帰ってこねぇし。

 

 

 

「……行ってやるか」

 

 

 

 つまり、アイツら追いかけなきゃもっとややこしくなるって話。

 

 俺がそう言えば、那賀川は心底うんざりした感情をため息で吐き出した。

 

 

 

「オレ次体育なんだけど」

 

「こっちだって移動教室だわボケ」

 

 

 

 ああマジくっそだるい。

 兆候見えてたのになんもしなかったのは悪かったけどさ。

 

 若干の罪悪感と一緒に、湊の分の教科書とノートも持って廊下に出る。

 那賀川は間中に先に行くように伝え、俺の横に付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、待って!ねぇ、湊くん!」

 

 

 

 人でごった返す昼休みの廊下を、湊くんは周りを気にせずどんどん先へ行ってしまう。

 ぶつかられた人に代わりに謝って、私は湊くんの背を追った。

 

 

 2年生のフロアの廊下は、そのまま渡り廊下で第2棟と体育館に繋がってる。

 

 蒸し暑い渡り廊下を足早に抜けて、湊くんは第2棟へ入っていった。

 慌てて私も中に入ると、若干の涼しさと階段を上る足音が出迎えた。

 

 

 

「湊くん!」

 

 

 

 上へ昇っていく影が逆光で遠い。

 あっという間に踊り場を曲がっていく。

 

 階段を一つ飛ばしで昇ると、ようやく湊くんの声が飛んできた。

 

 

 

「ついてくんなよ!」

 

 

 

 人気のない階段に、廊下に声が響き渡る。

 

 否定の言葉だったけど、その声を聞いたら余計に居ても立っても居られなくなってしまった。

 

 

 

「だめ、待って!」

 

 

 

 上へ上へ遠ざかっていく足音を追う。

 そんな声で叫ぶ人を放っておくことなんかできない。

 

 それに、さっきの表情。

 

 ずっと不思議だったけど、湊くんが何にそんなにイライラしているのか分かった気がした。

 そして、それはきっと、私が良く知っているものだとも。

 

 

 

「湊く……、っ!?」

 

 

 

 階段を昇って昇って、第2棟の4階へ。

 もう上には行けない空き教室だけの階。

 

 たどり着いた瞬間、私は背中を強く壁に打ち付けられた。

 

 

 思わずつむってしまった目を開ければ、湊くんが立っていた。

 

 私の肩を強く掴んで壁へ押し付けている。

 その表情は、前髪のせいで見えない。

 

 

 

「みな」

 

「うるっさいんだよさっきから!!来んなっつったじゃん!何なんだよ!」

 

「っ、だ、だって」

 

「明里ちゃんも那賀川くんの肩持つんだろ?だから来たんでしょ?

 

知ってんだからね、明里ちゃんがアイツのこと好きだったの!」

 

「それは今、関係ないよ……」

 

「噓つけよ!!お前もアイツと、皆と!おんなじこと言いにきたくせに!」

 

 

 

 反響した怒鳴り声が耳元で鳴る。

 肩に湊くんの手が食い込んで痛い。

 時折力任せに壁に押し付けられて苦しい。

 

 

 

「うざいんだよ、ほっとけよ!全部持ってるくせに、ちゃんとお父さんいるくせにッ!

 

明里ちゃんにおれの気持ちなんか分かんないだろ!!」

 

「そんなこと無い!」

 

「っ」

 

 

 

 だけどね湊くん。私にとってその程度、脅しにもならない。

 

 

 

「分かる。私は分かるよ、湊くん」

 

「……なにが」

 

 

 

 少し力が緩まって、私は湊くんの腕を握った。

 そこでようやく目が合う。

 薄く涙の張った瞳には私が映っていた。

 

 

 

「勝手にかわいそうなんて言われたくない。そうでしょ。違う?」

 

「……」

 

 

 

 しばらく沈黙と一緒に見つめあえば、力が弱まっていく。

 荒かった息も収まっていく。

 

 見開かれたその目を見れば、やっぱり私の考えは当たっていたみたいだった。

 

 

 

「自分はかわいそうなんかじゃないって言いたい。自信を持ちたい。

 

そうじゃない、湊くん?」

 

 

 

 どうして急に堪えきれなくなって、キレてしまったのかは分からない。

 さっきの那賀川くんへの言いぶりは酷いし、ありえないと思う。

 

 それでも、この感情に対しては、私は誰よりも分かってあげられると思った。

 そして、その折り合いの付け方も。

 

 

 

「……」

 

「でも、だめだよ湊くん。我慢してるだけじゃ、今のままそう思ってるだけじゃ、自信なんかつかない」

 

「……んなの、分かってるし…………」

 

「うん、分かるよ。自分ではダメだって分かってるんだよね。あと少し、動けないだけ……」

 

 

 

 すっかり力の抜けた湊くんの手を肩から下ろして握る。

 湊くんはぼうっとその手を眺めて黙った。

 

 きっと湊くんは、昔の私と一緒。

 『かわいそう』から抜け出したいのにあと一歩が踏み出せなかった、あの頃の私と一緒。

 

 なら、やることは同じのはず。

 思い出せ。私の大切な友達が、私に何をしてくれたか。

 

 

 

「……ね、湊くん」

 

「ん……」

 

「今日さ、放課後一緒に遊び行こっか」

 

「…………エッ?」

 

 

 

 私の急な提案に、湊くんが顔を上げる。

 少しいつも通りに戻った声色に、私は微笑んだ。

 

 

 

「気分転換。一回やなこと忘れてさ、それからどうするか考えよ。ね?」

 

「え、え……、あの、い、行くったって、どこ行くの」

 

「うーん……」

 

 

 

 私がこんなに変われた、始まりの場所。

 最初にあの子と行った場所。

 

 

 

「カラオケかな?」

 

 

 

 悩める高校生には相応しい場所へ、私は湊くんを誘った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、いた」

 

「え?あ」

 

 

 2年のフロア、渡り廊下で繋がった体育館を探しても収穫ナシ。

 次は第2棟に行こうと出てみれば、隣の那賀川が声を上げた。

 

 視線を向ければ、丁度二人が渡り廊下へ出てきたところだった。

 

 

 ……なんか、思ってたのと違う。

 

 意気揚々と先頭を歩いてくる楠木さんに、俯いた湊が後ろから付いてきてる。

 

 まあ、湊がなんかやらかしたわけじゃなさそうなのはとりま安心。

 那賀川も安堵交じりに息を吐きだして、俺に行けとジェスチャーした。

 

 

 

「おい、楠木さん!湊!」

 

「あ、赤坂くーん。那賀川くんも」

 

「……」

 

 

 

 なんかすっげぇ明るいなコイツ。

 

 普段の湊の明るさを全部吸い取ったんじゃないかってくらいやる気に満ちた楠木さんが、元気よく返事をした。

 後ろの湊は気まずそうに俯いたままだ。

 

 なんとなく湊の視線を追えば、楠木さんの白い手が湊の手首を握っていた。

 

 

 ……いや待て。は?

 

 

 

「……」

 

 

 

 後ろの那賀川も気づいたらしく、俺の背に気配が突き刺さる。

 

 俺らの視線に気が付いたのか、湊は振りほどこうと手を軽くゆすった。

 

 しかし、楠木さんは離そうとしない。

 それどころか、ほぼ手を繋いでるのを気にせず、俺に全く普通のテンションで話しかけてくる。

 

 

 

「探し来てくれたの?ありがと、もう大丈夫!湊くん見つかったよ」

 

「……お、おう」

 

 

 見つかったっつーかよくここまで大人しくしたっつーか、何した楠木さん?

 お前ら何してたわけ?

 てかそろそろ手離せよ。

 

 色々聞きたかったけど、楠木さんは次の瞬間とんでもない提案をしてきた。

 

 

 

「あ、そうそう。今日皆で遊びに行くことにしたから。カラオケね」

 

「……え?えッ?」

 

 

 

 いや、何でそうなる!?

 

 ドヤっ、とした楠木さんは参考にならないので湊を見たが、素直に頷かれた。

 

 えマジで?ウソでしょ?

 どうやってあの状態のコイツをここまで持ってった?

 てかそろそろ手離したら?

 

 

 ようやく俺らの思念が通じたのか、楠木さんは「あ」とか言って湊の手を離した。

 「あ」じゃねぇよ何、そんな自然に握ってたわけ?

 

 そんな悶々とした気持ちと一緒に湊の分の教科書を渡せば、こいつはこいつで元気なく礼を言って受け取った。

 やめろマジクソ調子狂うから。

 

 それを見届け、楠木さんは手を叩いて俺たちを急かす。

 

 

 

「ほら、ぼーっとしてないで!もう授業始まっちゃうよ。

 

二人は次の授業移動なんでしょ?

 

那賀川くんも!体育!着替えないとじゃない?」

 

「あ、ああ……」

 

「うん……」

 

 

 

 ヤバい。マジで理解が追いつかねぇ。

 この前の模試の数学最後の大問よりワケわからん。

 

 那賀川を見れば、全く同じハテナだらけの表情でこっちを見ていた。

 

 

 

「じゃあ私クラス戻るから!後でね!」

 

「ちょっ、楠木さん!?」

 

 

 

 背を向ける楠木さんに思わず声を掛ける。

 

 待て、ちょっとは説明してくれ。

 てか俺一人を今のコイツらと一緒にすんな気まずいって。

 

 しかし、楠木さんは少し振り向いただけで足を止めない。

 

 

 

「だーいじょうぶ!任せといてよ」

 

「いや、任せといてってお前」

 

「もう、平気平気!だってさ」

 

 

 

 楠木さんがようやく足を止める。爽やかさを帯びた風に髪が揺れる。

 

 

 その自信に溢れた表情と目が合えば、募っていた不安は不思議と消えていった。

 

 

 

「今度は私の番だよ、赤坂くん」

 

 

 

 

 

 

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