俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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お待たせしました。
44話です。


第44話 リターントゥライト  ──restring your heart──

「よーし、盛り上がっていこーう!」

 

「…………おーう」

 

 

 

 いや、出来るかァ!!!

 

 そう言いたい気持ちをこらえ、俺もコップを掲げて「おう」と声を上げた。

 

 さっき入ったばっかりだからまだ部屋が暑い。変な汗が引かないのはそのせいだろう。喉も無駄に渇く。

 

 ワンドリンク制のコーラを1回で飲み干して、俺は情けないことに「トイレ行ってくるわ」とその場から一旦逃げ出した。

 

 

 放課後、場所はいつものカラオケ。

 メンバーは3人、なんか持たない気がして取り敢えず一時間だけ。

 

 そう、3人。3人だ。

 つまり百合が居ない。

 よりにも寄ってあいつが、俺らよりよっぽど湊のこと知ってて仲良くて好かれてるあいつが居ない。

 

 

 

「えーお前、マジで言ってる……?」

 

 

 

 もちろん理由を聞いた。楠木さんが『誘ったけど来れないみたい……』とか言ってたから。

 

 百合はウザったそうに眉を寄せて、俺から目を逸らした。

 抜くんじゃないかってくらい強く自分の髪を引っ張りながら言う。

 

 

 

「だから、今日はほんと無理だから。他の子に誘われたんだって」

 

「ってもさあ、湊がアレだぜ?」

 

「だから!だからダメ。あたしムリ。徹ならなんとかなんでしょ。

あたし知らないから。明里には悪いけど、そう言っといて」

 

「あぁ、そう……」

 

 

 

 そりゃ、キレたやつの慰め会とか行きたくねぇのすっげぇ良く分かるけどさ。

 

 他の友達(まぁ最悪なことに、男入り)と一緒に帰って行く百合を見て、俺は深くため息をついた。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 それは今も。

 

 やっぱムカつくな。

 俺らと『最高な青春送ろう』って誘ったのお前の方だろ。

 

 じゃあ逃げんなよバカ。

 それとも友達のゴタゴタ解決するヘビーなイベントは青春のうちに入んないってか?

 

 ──なめんな。

 

 

 

「ふー……」

 

 

 

 ため息じゃなくて、息を吐きだす。悩んでるぐちゃぐちゃを捨てるため。

 

 俺の友達がやるって言ってるんだ。俺はそんなだせぇことしねぇぞ、百合。

 

 何となく手だけ洗って、俺は二人のいる部屋に戻った。

 

 

 

「「『Let's fly 遥か彼方へ 一人じゃ行けないところへ~』」」

 

「あ、赤坂くん戻ってきた」

 

「ホントだ」

 

「っっってオイッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとカッコつけたことをクソ後悔しつつ、それを吹き飛ばすように俺は声を張った。

 

 一曲目の『W.ings』で少しいつもの調子を取り戻したらしい湊も、若干硬い表情ながらなんだかんだ毎ターン曲を入れて歌った。

 

 

 最初は流行りの曲だったけど、俺がハガレンの曲歌ったら「うわ懐かしい!」とか言って青エクの曲入れだした。

 

 そっから怒涛のUVERworld続き。

 部屋のCD棚的にも好きなの知ってたけどここまでとは。いや俺も好きだけどさ。

 

 つーか青エクってアニメ続きやってたの?

 2年くらい前の?深夜?マジで?フツーに知らなかったんだけど。

 

 

 あと俺らが生まれた頃くらいのちょっと古い曲。母さんの車ってカンジの曲だ。

 ディズニーとかお祖父ちゃんお祖母ちゃん家とかから帰る時に流れてるアレ。

 

 だから俺的にはポルノグラフィティ流れると眠くなる。

 ……なんて話したら、湊も同じだったみたいで手ぇ叩いて笑ってた。

 

 

 楠木さんは微妙についていけないみたいだったけど、俺らに合わせて肩を揺らしつつカラオケを楽しんでいた。

 

 もちろんその歌声も健在。

 昔歌の指導受けてたって知ってから聞くと、確かにそんな感じする。

 

 得意のバラード、『W.ings』繋がりで俺が教えたドラマの主題歌、湊や百合が教えたアイドルやバンドの曲、と1年前に比べてレパートリーの増えた歌声を楽しんだ。

 

 

 1時間を惜しんで休憩ナシぶっ続け。ほぼ一人ライブみたいな歌い方。その上3人だから速攻マイクが回ってくる。

 5分前の電話が鳴り響く頃には、俺らの喉は3時間分疲れていた。

 

 あんな絶望的な始まりだったとは思えない。

 まあ、ただのカラオケパワーなんだけど。

 

 でもやっぱやってみるもんだな!思ってたよりなんとかなんだろ!

 

 

 ……なんて気分は楠木さんがトイレに立ってだいぶしぼんだ。

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

「……………………」

 

 

 

 やっっっべクソ気まずい。何話せば良いんだろ。

 

 どうしよ、『いやまあ気持ちは分かるぜ?』とか言ってみるか?

 いや、フツーにウソだし全然分かんねーしどっちかって言うと今回は(珍しいことに)那賀川寄りだから無し。

 かと言って『お前ありゃねぇだろ〜』とか茶化せるほど俺は身勝手でもない。

 

 つーか急に黙るなよ湊。今までのテンションは楠木さんに気ぃ遣ってた訳?さっき『青春アミーゴ』一緒に歌った仲だろうが。

 

 

 あ、そっか。

 

 

 

「おい湊」

 

「っ、な、何?」

 

「最後にもう一曲歌おうぜ」

 

 

 

 カラオケなんだから歌えば良いだけじゃん。

 

 せっかくだからまた『W.ings』を入れて、もう一本のマイクを湊に差し出した。

 聞き慣れたイントロがステレオから鳴り響く。もうすっかり譜面は覚えて、思わず手が動き出す。

 

 

 

「そーいやお前、最近練習してんだろーな」

 

「あー、まあ?」

 

 

 

 弾く振りをしながらそう聞くと、湊はこっちに目を向けずそう言った。

 

 知ってた。だと思った。なんか最近上達しないしやる気ねーなコイツって思ってたし。

 夏休み終わり際暇んなっちゃって遊び誘った俺も悪かったけど。

 

 

 

「……」

 

 

 

 あヤバい会話終わった。クソ居心地悪い2小節を挟み、『W.ings』のAメロが始まる。

 

 

 

「「『雨上がり 空を映す 水たまり 澄んだ青色 道を抜く』」」

 

「「『勝手広がるその色を キミと蹴飛ばした放課後』」」

 

 

 

 ワンチャン歌わないんじゃないかと思ったが、湊はさっきと同じように声を張った。二人分の歌声がカラオケルームに響く。

 

 

 この曲と言えばもちろん『はるそめ』だ。特に最終回一話前の話が一番好き。

 

 今まで学校の色んな難敵を成敗してきた吹雪と彰人は、ついに黒幕の生徒会長に目をつけられる。

 

 二人は罠に嵌められて、頭脳担当の吹雪は大規模カンニングの冤罪で停学処分に。

 武力担当の彰人はヒロインの晴香を庇って大けが、入院。

 

 吹雪は言う事を聞かなければまた晴香を狙うと脅される。

 何より認めていた数少ない人間の生徒会長が敵だったことにショックを受けてすっかり意気消沈。

 

 

 そこで現れるのが彰人。

 頭脳面ダメダメの彰人が今まで助けた人たちの力を借り、冤罪の証拠をかき集めてやって来る。

 

 それでも前を向かない吹雪をぶっ飛ばして、『最高の青春が送れる学校に変える』と一話で誓い合った約束を思い出させる。男らしく殴り合いで。

 

 そしてついに立ち上がった二人のシルエットを背景に、この曲が流れてエンド。最終回へ続く。

 

 

 あー懐かし。

 

 正直話の細かい部分全然覚えてないけど、とにかく毎話楽しくて二人ともクソカッコよかったのを覚えてる。あと晴香が可愛いかったの。

 あんなん小学生ん時見たら高校に憧れんの当然じゃん。

 

 まあ実際の高校は闇の理事長なんか影も形もないし、その娘じゃ無かろうが生徒会長はヨワヨワだし、ゲスい先生なんか居ないし、購買大戦争も、部活抗争も、怪談も、裏サイトも無かったけど。

 ついでに高校デビューしくじるし。

 

 

 それでも、俺なりにマジでいい感じに理想の青春してるって思ってるんだ。

 完璧じゃないけど最高の毎日だって思ってる。夢にまで見た文化祭ライブをクソ楽しみにしてんだよこっちは。

 

 だから俺はどうにか湊を復活させないといけない。

 俺と楠木さんのためにも。

 

 

 つってもどうやって?

 楠木さんにはなんか考えがあるっぽいけど俺やる事あるか?

 

 彰人みたいに殴ってみるか?

 でも俺らそこまでの仲じゃねえし。そもそも殴り合いの喧嘩とか一回もしたことねえし。

 

 それに吹雪も『得意を活かすんだ』って言ってたし、下手な事はしないほうが良いだろう。

 

 

 

「「『Let's fly エンディングへ いつか辿り着いた何処かで』」」

 

 

 

 なんて考えてたらあっという間に一曲終わる。ドアが開いて、足取り軽く楠木さんが帰ってきた。

 伝票を手に取りつつ、一緒に最後まで歌う。

 

 そのまま自分のカバンやら何やらをあっという間にまとめ、採点画面が出た頃にはすっかり出発準備を整えていた。

 

 

 

「よし、早く出よ!あと一分だよ!」

 

「次どこ行くん?」

 

「あーっと、えーっと……!

 

ゲ、ゲーセン!ゲームセンター!ほら、湊くんがだいぶ前『あっちにしない?』って言ってた方!」

 

 

 

 三人飛び出し廊下を駆けながら、楠木さんはそう叫んだ。

 

 楠木さんが言ってる所は、俺らがいつも行ってるゲーセンから駅を挟んで反対側。

 映画館と一緒の建物で、いつものところより手狭だけど、クレーンゲームが多い。あとプリクラもあったな。

 

 

 

「ね、案内してよ、湊くん!」

 

 

 

 振り向きつつ、楠木さんは湊に笑いかけそう言った。

 

 対する湊は、リュックを抱え若干の戸惑いを浮かべつつ「うん……」と一応笑顔で返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湊のクレーンゲームの腕はまあまあ。楠木さんよかマシだけど、すっげえ上手いかと言われると違う。

 ぎゃあぎゃあ言いながら金を溶かすのが目的ってカンジの遊び方をする。

 

 

 

「はぁ~?コレでダメ?設定終わってんじゃねぇの?」

 

「ね、どうする?狙い他のに変えてみる?」

 

「でも明里ちゃん欲しいのアレでしょ?ここまで来たらやるしかないっしょ」

 

「うん!あ、次私やる!」

 

「お、いーよいーよ」

 

 

 

 あぁ、これで2人合わせて1000円消えた……。

 

 下手に加え、クレーンゲームで1000円どころか300円溶かすとバカクソ後悔するタイプの俺は、本人たちよりもハラハラしながら後ろからそれを見ていた。

 

 

 今二人が頭突き合わせてんのは、二段になってるミニクレーンゲーム。取ろうとしてるのは小っさいエビのぬいぐるみ。

 

 クレーンに引っかかって落ちるたび、本物のエビさながら跳ねて逃げていく。

 世にも珍しいこの黄緑のエビはよっぽど捕まりたくないらしい。

 

 

 

「あっ」

 

「あ」

 

 

 

 また逃げた。

 だけど今度はそんな遠くまで行かず、出口付近で止まってる。

 

 二人が目を合わせる。チャンスだ!ってカンジ。

 

 湊が100円追加してレバーを握る。楠木さんも湊の左肩に顔を寄せてそれを見守る。

 なんか取れそうな気配がしてきて、俺も湊の右肩側から覗き込んだ。

 

 

 しばらく微調整して、ボタンが押される。

 ゆっくり下がったクレーンの爪が、丁度ぬいぐるみの隙間を縫って狙いのエビのストラップ部分に引っ掛かる。

 なんと下にいた蛍光イエローのやつも巻き込んで、エビ2匹が漁獲された。

 

 

 

「よっっし!ダブルだオラ!」

 

「やった!!さっすが湊くん!」

 

「明里ちゃんのお陰だって!」

 

 

 

 パッと表情を明るくした楠木さんに、湊は黄緑エビを手渡す。

 楠木さんは嬉しそうにひと撫でして、お礼を言いつつ早速カバンに付ける。

 残った黄色は湊の指にぶら下ったまま。

 

 湊は少し困った目で、俺とソイツとを交互に見た。

 

 二人で取ったんだからお前が貰えばいいだろ。

 そう目で言うと、湊は気恥ずかしそうにエビを見て、ポケットに突っ込んだ。

 

 

 

「ねぇ赤坂くん、湊くん!ねえこれ!見てこれ!」

 

 

 

 知らないうちに結構進んでいった楠木さんが声を上げる。

 今度はいつも通りの大きいクレーンゲームだ。多分中身はお菓子。

 やべっ、アイツ早速財布出してやがる!

 

 後を追って楠木さんの方に向かおうとしたとき、隣の湊が俺を呼んだ。

 

 

 

「ね、ねぇ透くん」

 

「あ?」

 

「なんで今日明里ちゃんあんなんなの?」

 

「そりゃ久々のクレーンゲームだからだろ。やべーからなアイツ」

 

「いやその、そっちじゃなくて……」

 

 

 

 むすっとして目を逸らす湊。

 

 なんで今日あんなんなの?ってそんなん俺がお前に聞きたいわ。ちょっとザマーミロってカンジ。

 

 話題の楠木さんは唇尖らしてクレーンゲームに向かってる。

 ぽやーっとした、ぼけっとした横顔だ。

 

 今、俺はその横顔を信じている。

 

 

 

「まーとりあえず、今日は楠木さんに付き合ってみよーぜ。なんか考えあるっぽいしさ」

 

「……そう」

 

「赤坂くーん、湊くーん、全然取れなーい」

 

「げっ。湊、手伝え!アイツまた金溶かすぞ!」

 

「エッ」

 

「今お前が一番上手いんだよ!マジ取れるまで際限ないんだからなアイツ!」

 

「え~……」

 

 

 

 『上手い』と言われて満更でもなさそうな湊の背を押す。

 楠木さんにレバーを譲ってもらったそいつの顔は、少しずつ和らいできていた。

 

 

 クレーンゲーム、ガンシュー、エアホッケー、メダルゲーム。

 手狭なゲーセンながら一通り楽しむと、外はだいぶ暗くなっていた。

 

 俺が平安貴族なら一句詠んでたに違いない、黒と紫とオレンジの混ざったイケてる空が広がっている。

 残りすぎてる暑さと湿気も、エアコンで冷えた身体には少し嬉しい。夕日の欠片を背に歩くうちにすっかりウザく変わるけど。

 

 駅に向かう階段を上れば、ビヂヂヂヂヂときっしょいムクドリの群れが雲を作っていた。

 

 

 

「……これからどうするの?」

 

 

 

 なんとなしに足を止め、それを3人遠巻きに眺めていると、湊が口を開いた。

 あっちへフラフラこっちへフラフラする黒い影を映す、スマホの画面から目を逸らさないで言う。

 

 

 

「ね、明里ちゃん……」

 

 

 

 楠木さんは返事をしない。それについに湊が視線をこっちに向ける。

 

 あ然。

 

 湊が目を見開いてぽかんとする。驚くのも無理はない。

 だって、湊の視線を受け止めたのは、これ以上ないほどの楠木さんのドヤ顔だった。

 

 

 

「…………エッ?」

 

「ね、湊くん。お腹空いてない?」

 

 

 

 階段の段差で視線を合わせ、楠木さんはそう聞いた。曖昧に「うん、まぁ……」と答える湊。

 

 

 

「じゃ、何食べたい?」

 

「……え?あ、……うん?」

 

 

 

 湊の答えはずっと要領を得ない。

 口は挟まなかったけど、俺だって驚いていた。

 

 楠木さん。まさかお前、その言い方的に湊に夕飯作ってやる気?

 

 

 

「あの……明里ちゃん?」

 

「今日、お家空いてるの。湊くんが良ければどう?一緒にお夕飯」

 

「……な、なんで?」

 

「お友達と一緒にお夕飯って楽しそうじゃない?

 

あと、それから……。自信にもなる、かな?なんて」

 

 

 

 自信。

 

 それを聞いて、俺は一気に納得した。

 

 なるほど。そう言うことか。楠木さんと目を合わせる。さっき渡り廊下で見たのと同じ、自信を持った目だ。

 俺が理解したことが伝わったらしく、にっと笑われる。

 

 OK。いーぜ、楠木さん。お前のその案、乗ってやるよ。

 

 

 

「いーじゃん、行こーぜ湊。こう言ってんだし」

 

「えっ、透くん?」

 

「あ、スーパー行こうぜ!材料見てりゃ何食いてえか決まるだろ」

 

「わぁ、いいねそれ。よし、行こ!」

 

「えっウソ、ちょっと、二人とも!?」

 

 

 

 湊の腕を引き、背を叩き、俺たち3人は駅のテナントに入ったスーパーへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何食べたい?湊くん!」

 

「えぇ〜……?」

 

 

 

 人間も食材だと思ってるんじゃないかというほどガンガンにエアコンの効いたスーパーは、夕飯の食材を買いに来た人達で混み合っていた。

 その間を抜けて商品を眺めつつ、再度楠木さんはそう聞いた。

 

 悩む湊。ぼーっと視線を彷徨わせる。

 「何でも良いよ!」なんて急かされて、ふと一点で目が止まった。冷凍食品の方だ。

 

 

 

「……オムライスとか…………」

 

「おっ、良いじゃん」

 

 

 

 おずおず答えられたそれに、思わず声が出る。

 

 いーじゃんオムライス。最近夕飯が麺類ばっかで飽きてたしちょうどいい。

 

 

 

「よーし、じゃあオムライスにしよう!」

 

 

 

 楠木さんが楽しそうにそう言ってカゴを取った。

 

 

 

「ちょっと材料買っていこうか」

 

「割り勘?」

 

「……お願いしていい?」

 

「当然」

 

 

 

 3人で出せばそんな高くならないはずだ。

 それに、お盆にお祖父ちゃんからこっそり貰ったお金がまだ残ってる。財布は問題ない。

 

 湊は……、表情的に全く問題なさそうだ。

 

 

 楠木さんは眉を寄せ、ちょっと考えていた。

 俺には分かる。今冷蔵庫に何が残ってるか思い出してる顔だ。

 

 

 

「で、何買うよ」

 

「……そうだね、卵は買いたいかな。せっかくだからたっぷり使いたいし」

 

「そっちのお母さんにも悪いしな」

 

「『気にしないで使って』って言われたけど……、一応ね?あと、野菜はこの前の残りがまだあったし……」

 

「どんくらい?」

 

「野菜スープも作れるくらい」

 

「なら十分だな」

 

 

 

 楠木さんの口ぶり的に、親に言ってわざわざ空けてもらったみたいだ。マジ本気ってカンジ。俺としても失敗できない。

 

 

 

「あ、鶏肉は?チキンライスだろ?」

 

「あー……。あんまり無かったかも……」

 

「じゃあ買うか」

 

 

 

 よし決定。卵のパックを取りつつ、俺たちは肉売り場の方へ向かった。

 

 何のセールなのか混み合う人混みの中、楠木さんは突っ込んでいった。

 さすがに『涼しい』通り越して『寒い』ってカンジで、湊は腕を擦りながら物珍しそうにキョロキョロしていた。

 

 

 

「何してんだお前」

 

「いや、あんまこっちの売り場って行かないから……。

 

ね、何で鶏肉だけであんな種類あるわけ?胸肉とモモ肉って何が違うん?」

 

「そりゃお前、食感が違うだろ」

 

「……ショッカン?」

 

「あー、ほら、鶏の唐揚げってモサモサすんのとブニブニすんのがあるだろ。モサモサが胸肉で、ブニブニがもも肉」

 

「えっマジ。あれお店の人の上手い下手じゃねえの!?」

 

「まぁ胸肉も上手くやればモサモサじゃなくなるけど、だいたいそう」

 

「うわマジか、『今日はハズレか〜』とか思ってた!」

 

 

 

 湊は目を輝かせる。分かんなかった問題の解き方が分かったときと同じだ。初めて知ったり分かった時ってクソ楽しい。

 

 その気持ちはめちゃくちゃ伝わった。

 

 

 

「ふふ、私は上手に料理できるけどね!」

 

 

 

 誇らしげに胸肉のトレイを持ち、楠木さんが帰ってくる。

 セールだったのはこれだったみたいで、100g54円。うん、確かに安い。

 

 

 

「俺だってできますー」

 

「知ってるってば。てわけで、期待して良いからね!湊くん」

 

 

 

 そう言われ、湊は素直に嬉しそうに頷いた。

 

 卵と鶏肉、そして安売りしてた人参を買って、俺たちはスーパーを出た。

 湊が楠木さんの持っていた袋を代わりに持つ。

 

 そのスマートさに若干ムカついたけど、単に中身を見たかっただけだったらしい。

 

 

 

「おれ、こういうの買うの初めてかも」

 

「材料ってこと?」

 

「うちって料理しないから。あ、フルーチェの牛乳買ったことくらいはあるよ」

 

 

 

 改札に向かうにつれ増える人波を抜けながら、湊はそう話した。

 基本作って食う家で育った身からすると中々衝撃的ってカンジの話だ。

 

 

 湊は基本、この話を結構自慢げに話す。

 

 まぁほぼ外食か買い食いってのはサイコーってカンジだし、実際羨ましいとも思う。

 だけど、今日は目を伏せて強がっているみたいに見えた。

 

 今日に限った話じゃない。最近その自慢が揺らいできてるってのに、俺は気がついていた。

 

 

 那賀川は分かってたんだが偶然なんだか知らないが、アイツの発言はマジクリティカルヒットだ。

 

 (コイツ)は今、自信がない。

 

 どっかで聞いたことのあるような話だ。

 

 

 その様子を窓ガラスに映し、電車は出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楠木さんの家は夏休みに来た時と同じく、キレイに片付いていた。

 花の飾られた玄関を抜け、物一つ置いてない廊下の先にキッチンとリビング。四席のダイニングテーブルに、大きめのソファ。

 ホコリの乗っていない棚の上には家族写真。

 

 荷物を降ろした湊は、それをじっと眺めていた。

 

 

 

「さ、じゃあパパッと作っちゃお!二人とも、手伝ってよね!」

 

「おう」

 

「……エッ!?」

 

 

 

 カーテンを閉め、エアコンを付け、エプロンを付け……と、忙しく動いていた楠木さんがそう言う。

 湊のデカい困惑の声に俺の返事はかき消された。

 

 

 

「あ、明里ちゃん、おれ何もできないよ!?」

 

「そんなのやってみなきゃ分かんないよ」

 

「えぇ、だっておれ、家庭科だってずっと皿洗いとかだし……」

 

「お皿洗えるなら何だって出来るよ!大丈夫」

 

 

 

 手を洗いながらそう言われ、湊は眉を寄せながらしぶしぶキッチンへ向かった。俺もそれに続いてキッチンへ入る。

 

 

 

「……うわ」

 

 

 

 マンションにありがちな普通のキッチンだ。冷蔵庫と棚があって、電子レンジ、シンク、コンロが横長のスペースに収まってる。

 

 ただ、懐かしい場所だ。

 冷蔵庫もキッチン用具も全部違うのに知ってる場所。俺が初めて料理をした場所。元俺の城じゃないか。

 

 

 

「……やれる?」

 

 

 

 楠木さんがそう聞いてくる。にやり、と勇ましい笑みと目が合う。

 

 コイツ、最初からそれ狙いかよ。思わず同じように口角が上がる。俺は力強く頷いた。

 

 

 

「当然」

 

 

 

 俺の本領発揮。得意を活かしてやろうじゃんか。

 

 楠木さんは嬉しそうに微笑み、手をパンパンと叩いた。指示を出すリーダーの顔だ。

 

 

 

「よし、じゃあまず野菜を切って。ご飯炊いてるうちにスープとチキンライスの元を作っちゃおう。

 

私お米研ぐから、二人は先にお願い。包丁とまな板はこれね。玉ねぎとじゃがいもはそこの棚の下。

 

けど、玉ねぎはキャベツと一緒に冷蔵庫に使いかけがあるからそれから使って。

 

お鍋とフライパンはそこ。調味料とかはそっちね」

 

「了解」

 

「はーい……」

 

 

 

 楠木さんが米を量るのを後ろに、俺は玉ねぎとキャベツを台へ持ってくる。

 ゴミ入れにレジ袋を広げると、ぼーっと突っ立っていた湊の視線が注がれる。

 

 

 

「皮むきくらいやったことあるよな?」

 

「……中1の頃、カレー作りで」

 

「なら任せた」

 

 

 

 玉ねぎ一つ押し付け、俺は包丁とまな板を取った。あと買ってきた鶏肉。

 

 

 

「剥けたけど……」

 

「ん」

 

 

 

 使いかけでラップに包まれた玉ねぎから切る。

 まずはスープ用にくし切りにしようと刃を入れかけた所で、後ろの湊に振り返った。

 

 

 

「あ、お前やれよ」

 

「ええ!?」

 

 

 

 うげーってカンジに驚く湊。降参するように手を挙げ、ヒラヒラ振る。

 

 

 

「ちょっと透くん、本気?ぜってぇ上手く切れないよ?」

 

「んなもん腹に入っちまえば一緒だろ」

 

「……えー」

 

 

 

 信じらんない、という顔の湊。でも、ちょいちょいと手で呼べば近づいてきた。

 見やすいようまな板の前を開け、俺はゆっくり玉ねぎに刃を入れる。

 

 

 

「いいかー、湊。俺ぁ料理ができる」

 

「……んなこと知ってるよ」

 

那賀川(アイツ)はできない」

 

「……!」

 

 

 

 ぴく、と湊が反応する。軽く見開かれた目と目が合う。

 

 

 

「だからもし今日、お前が1食作れたら……"アイツに1勝"ってことにならねぇ?」

 

 

 

 玉ねぎのくし切り5ミリ幅を2枚見本に残し、俺は包丁を湊に差し出した。

 湊はじっと包丁を見つめる。しばらくモニョついていた口はぎゅっと固く引き絞られた。

 

 

 

「……いーよ」

 

 

 

 すら、と包丁を取り、剣のように構える。

 

 

 

「やってやんよ!オムライス作り!!」

 

 

 

 『んで、アイツに勝つ!!』と意思を決めた湊と、『狙い通り』と優しく微笑む楠木さんとそれぞれ目が合う。

 

 

 

「ッしゃあ!そう来ねえとなぁ!」

 

 

 

 湧き上がってきた嬉しさを湊の背中にぶつけ、俺はまた台所に向き直った。米をセットし終わった楠木さんも隣に並ぶ。

 

 

 

「パパっと作っちゃおうぜ!」

 

「おう!」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて親無しで料理をした時のことを今でも覚えてる。

 

 作ったのはカレー。箱裏の説明書とにらめっこし、じゃれついてくる弟をやり過ごし、どうにか食べられるものが出来た。

 

 湊の手際は、それを思い出す懐かしいものだった。

 

 

 

「指切るなよ湊……」

 

「分かってるけどさ!切りにくいんだよ!」

 

 

 

 指先が包丁スレスレ、なんて危なっかしい手つきで鶏肉を切るもんだから怖くて仕方ない。

 

 野菜を切ってるうちに塩を振り、余分な水分を抜いた鶏肉は多少身が締まって切りやすくはなってる。とは言え料理経験0的にはムズくて当然だ。

 

 さっき野菜切ってた時と同じく、包丁をぐーっと押し付けるやり方じゃ上手く切れない。

 

 

 

「えーっとほらーお前、もっと斬撃!ってカンジ!スパッ!てさ」

 

「でも剝ぎ取りする時ってぶっ刺すじゃん」

 

「あれは別だ!」

 

 

 

 あんなモンスターどもとそこら辺で売ってる鶏を一緒にするな。包丁を返してもらい、一回見本を見せる。

 

 

 

「あー……滑らす感じ?」

 

「そ。この包丁めちゃくちゃ切れ味良いから変に力入れないほうが切れるぞ」

 

「すっげー、透くんが剣の師匠みたいなこと言ってる……。分かった、やってみる」

 

 

 

 湊が包丁を滑らすと、さっきと違って簡単に胸肉が切れる。

 口元を緩ませたその様子を見て、スープを作っていた楠木さんが微笑む。きっと理由は俺と同じだ。

 

 やっと下準備が終わって、炒めの工程に入った。みじん切りの玉ねぎと人参、一口大に切った鶏肉をフライパンで炒めていく。

 

 

 

「ね、ね、明里ちゃん。これさ、何でずっと強火じゃダメなの?」

 

「んー、フライパンが熱すぎると焦げちゃうんだよね。

美味しくないし、外コゲコゲなのに中は生とかにもなっちゃうし」

 

「あー、なるほど?」

 

「そうだ、湊くん。スープ出来たから味見してくれる?」

 

「え?明里ちゃんあーんしてくれんの!?」

 

「さ、さすがにスープでそれはムリかな……」

 

 

 

 ──それは、スープじゃなかったらやってたってことか……?

 

 まな板を洗い終わってチラと様子を見ると、湊は小皿に移したスープを飲んで喜んでいた。

 

 

 

「ん、美味いよ明里ちゃん!」

 

「えへへ、でしょー?」

 

「おーい、飯炊けてるぞ」

 

「はーい。よし、あとちょっとだよ湊くん。頑張ろ!」

 

 

 

 楠木さんがぐっと手を握って微笑む。あの嫌がり様がウソだったように、湊は力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約20分後。

 

 3人分のオムライスと野菜スープがテーブルの上に乗った。テーブルを囲み、3人揃った「いただきます」が部屋に響く。

 

 

 湊はスプーンを取りつつ、自分の分を少し見つめた。

 卵で包むんじゃなくて乗っけただけの簡単なオムライスだ。

 俺、楠木さんと2回見本を見て、更には超・超・弱火で焼いた湊の分の卵は最高に完璧。

 

 とろっと半熟に仕上がった卵、たっぷりのケチャップと一緒に、湊はチキンライスを口に運んだ。

 

 

 

「…………うま」

 

 

 

 思わず出た、ってカンジのその一言に、俺らは同時に吹き出した。

 

 

 

「なんだよ二人とも!」

 

「っははは!いやー、別にー?」

 

「ふふ。ね、何でもないってば」

 

 

 

 楠木さんもオムライスを一口。「こんなに美味しくできたんだし」と続ける。

 

 俺も一口。

 最初に焼いたから結構冷めてたけど、それでも美味い。

 

 鶏胸肉はパサパサしてないし、飯を硬めに炊いたからチキンライスにしてもベチャッとしてない。

 日常的で完璧に美味いオムライスだ。

 

 スープも野菜がちゃんと煮えてて良く出来てる。煮る前に人参とじゃがいもをレンチンしておいたお陰。

 俺と湊が嫌いなキャベツの芯は玉ねぎ並みに薄く切ったから全然気にならない。

 「マジ食えたこと無いって!ムリ!」とか騒いでたヤツも、すっかり忘れたようにスープを口にしていた。

 

 

 

「……ね、湊くん!やればできたでしょ?」

 

 

 

 半分ほど食べたところで、楠木さんがそう言った。聞かれた本人は素直に頷く。

 

 

 

「うん。マジおれ、こんなん作れるとか思ってなかった」

 

「自信になったでしょ」

 

「なった!」

 

 

 

 元気な返事と笑顔が返される。それでも楠木さんは湊から目を離さなかった。

 

 その訴える視線に気がついて、湊は口をつぐむ。ゆっくりスプーンを置いた音に、楠木さんが畳み掛ける。

 

 

 

「……湊くん」

 

 

 

 名前を呼んだ声に、湊は視線を下へそらす。

 

 『どうしてあんなことしちゃったの?』と聞く目に俯き、叱られた子供みたいな顔をうざったい前髪で隠す。

 俺もスプーンを置いた頃、ついに口を開いた。

 

 

 

「…………おれ、かわいそうなんかじゃない」

 

「うん。分かってるよ」

 

「……百合もそう言ってくれた。そんな事ないって。あんたは幸せだって。

 

おれ、それ、すっげぇ嬉しくて……だからあんなバカなことも辞められた。

 

それに、同じ学校行こうって。超完璧で最高な高校生活送らせてあげるって。

だからめちゃくちゃ頑張って東雲付属入ったんだ」

 

 

 

 百合のことを思い出しているのか、湊の表情が和らぐ。

 

 

 

「百合はおれのこと分かってくれる。なんでも。おれそれだけで良い。

 

……だけど、」

 

 

 

 愛しそうに細められていた目が閉じられる。次開いた時、湊は顔を歪めて言った。

 

 

 

「…………百合には、ちゃんとお父さんがいるんだ」

 

 

 

 一瞬横を──楠木さんの家族写真を──見やり、きっと顔を上げる。俺らを睨む。

 

 

 

「透くんも明里ちゃんもずるい。那賀川くんも、皆も。

優しいお父さんも、ご飯作れるお母さんも、おれにはいないのに。

 

なんなんだよ皆!おれはそんなのいない、いらないのに、皆おれより楽しそうにしやがって。

 

ずるい。ずるいじゃん、そんなん…………」

 

 

 

 ──気づいていた。

 

 俺らと遊ぶうち、練習するうち、お互いの家の状況が透けるうち、俺たちのことが羨ましいんだろうなということは。

 そして、俺らの方が間違いで、自分の方が正しいと誰かに肯定してほしいんだろうということも。

 

 めっちゃくちゃに矛盾したこの子供っぽい考えをどうにかしたいんだろうと。

 

 

 言っているうちに声は小さくなり、鋭い目つきは落ち着いている。

 本人も気が付いているんだろう。ガキ過ぎるって。

 それでも『認めてほしい』『自分が正しい』と望む視線が残っていた。

 

 

 ふざけんな。

 

 

 

「……俺はお前の方が羨ましいけどな」

 

「……え」

 

 

 

 手持ち無沙汰にスープをかき回す。漂う胡椒の欠片を眺め、言葉を続ける。

 

 

 

「いつも自分で言ってんだろ。めっちゃサイコーって。俺もそう思う」

 

「で、でも」

 

 

 

 あんなにいつも同意を求めてきたくせに、素直にそう言ってやると湊は訳が分からなそうな顔をした。

 

 

 湊には俺らが「普通の家庭」にでも見えてるんだろうが、そんなことない。大変だし嫌なことも多かった。

 それは楠木さんも、那賀川も。

 

 きっと話さないだけで、学校のどんな奴らも一つは何かを抱えてる。

 

 

 お前の方がずるい。

 俺だってお前が羨ましい。

 

 なんでも持ってる奴なんかいない。皆手に入らなかったものばっかりだ。

 

 

 

「……じゃあ、透くんは何でフツーでいられんの」

 

 

 

 さっき怒鳴った手前申し訳ないのか、湊は小さい声で言った。自分も怒鳴られて当然だと思ってるんだろう。

 

 俺はそれに、にやりと笑って答えてやった。

 

 

 

「料理が出来るから」

 

「…………エッ」

 

「それだけじゃねぇぜ。家事の大半はできるし、運動も結構得意。勉強も調子良いし、最近ギターが弾けるようになった」

 

 

 

 それまで黙っていた楠木さんが肩を震わせて笑い、俺に続いた。

 

 

 

「そうだねー。私も料理上手だし、お菓子も作れるし、ピアノも弾けるし着付けもできる。

運動は……駄目だけど、勉強も良い感じ。歌も上手、かな」

 

 

 

 お互いの顔に浮かんでいるのは、自信に溢れた笑顔。

 

 例え自分の無いもん全部持ってる奴が居ようが、完全上位互換が居ようが、それでも俺にはできることがたくさんある。

 こんな俺が良いと、自信を持っている。

 

 

 

「ね、湊くん。自分で自分のこと自慢できるもの、湊くんにもあるでしょ?」

 

「…………え」

 

「例えばほら、さっき袋持ってくれたでしょ。ああいう気が利くところ素敵って思うよ」

 

「あと数Bと古典が得意。……俺より」

 

「あっはは、確かに!あとあと、誰かとお話するの上手!」

 

「コミュ力あるよなーこいつ。それからそうだな、ベースが弾ける」

 

「…………」

 

「うんうん!あとそれから、今日ご飯作れるようになった。でしょ?」

 

 

 

 楠木さんの明るい声。湊はあっけにとられたまま、視線を自分で作ったオムライスに落とす。

 見つめるその目に、少しずつ光が戻ってくる。

 

 

 

「ね、湊くん。自信になること、たくさんあるでしょ?

 

それに、自信がないなら作ればいいんだよ。他の人を羨ましがるより、昔の自分がそう思うような自分になる方が、きっと楽しいよ。

 

私はそう思う」

 

 

 

 その言葉に、湊はもう一度スプーンを手に取り、すくって口に運んだ。

 しっかり噛んで味わい、飲み込む。嬉し気なため息が届く。

 

 

 

「……これ、マジでおれが作ったんだね」

 

「そうだよ」

 

「母さんマジ料理バカ苦手だから、こんなのおれ食べられないと思ってた。

でも、そっか。……おれが作れば良かったんだね」

 

 

 

 ひひ、と湊が歯を見せる。飾りっ気のない素直な笑い声だった。

 

 

 

「ありがと、二人とも。ほんとはさ、ちょっと憧れてたんだ」

 

 

 

 子供っぽく真っ直ぐで確かに自信を持った笑顔。俺たちはそれに、同じ笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり夜になっても、外はまだまだ蒸し暑い。

 だけど吹き付ける風に月明かりに星空に虫の声に、夏の夜の帰り道としては100点だった。

 

 

 

「……ね、明日練習しよーよ。おれまだ出来ないところあるから」

 

「うん、いいよ。やろ!」

 

 

 

 楠木さんの返事に、湊は足取りを軽くする。心地よい沈黙に包まれ、3人揃った足音が楽し気に反響する。

 駅に着くまで、俺たちはそれをずっと聞いていた。

 

 

 

「じゃ、また明日な」

 

「また明日!」

 

「うん」

 

 

 

 湊はSuicaを取り出し、改札へ向かっていく。

 だが、あと少しのところで振り返った。

 

 

 

「明里ちゃん!透くん!」

 

 

 

 背を向けかけていた俺たちは立ち止まる。暗かったけれど、その目としっかり目が合った。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 くすぐったい恥ずかしさが沸き上がってきて、笑って誤魔化す。

 隣の楠木さんもそうらしく、照れくさそうにした後湊に手を振った。

 

 

 

「ふふ、いいってば。大した事じゃないよ」

 

「そうそう。また明日な。──」

 

 

 

「徹」

 

「徹くん」 

 

 

 

 声が揃った。

 

 

 

「おい!」

 

「ちょっと!」

 

 

 

 その声もまた揃う。

 

 

 

「ぶふっ。くく……はは、あー!はいはい、また明日ね!」

 

 

 

 徹は噴き出し、ひとしきり笑うとさっさと改札に走っていってしまった。

 その背を見ていると、恥ずかしさも言い合う気力も無くなる。

 

 電車がやって来る音に、俺たちも帰路に就いた。

 

 

 

「はぁ~…………、どうにかなって良かったぁ…………」

 

 

 

 信号で立ち止まると、楠木さんは深く深く、ホッとしたようにため息をついた。

 そのまま膝に手をついてぐったりし、ポニーテールも同じようにへにょっと垂れ下がった。

 

 

 

「お疲れ」

 

「うー、多分絶対、どうにかなるって思ってたけど、あー、良かったー……」

 

 

 

 頑張ってんなとは思ってたけど、どうやら内心めちゃくちゃ緊張してたらしい。

 頼りになりそうな百合も来なかったし、マジお疲れ様ってカンジだ。

 

 しばらくぐてっとした後、楠木さんは勢いよく身体を起こした。すっきりした頼りになるその姿に、

 

 

 

「お前も変わったな」

 

 

 

なんて言ってしまった。ぽかんとしたその表情だって、1年前とは大違いだ。

 

 

 

「だって、なんかすっげー明るくなったってカンジじゃん」

 

「えー」

 

 

 

 信号が変わる。青い光に照らされ、穏やかな笑みが暗がりにきらめいている。

 

 ──目が合った。

 

 

 

「それ、赤坂くん(あなた)が言うんだ」








登場人物たちが頑張っているから作者もリアルで頑張れる。
そんなところありますよね。
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