俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

57 / 61
お待たせしました、47話です。

遅れた理由はこちらです。


W.ings1番:https://youtu.be/ZeYTsuyRAZQ


やっとやっとW.ingsが形になりました。
1番だけだし、カラオケ音源みたいになっていますが、やはり少しでも出来てくると非常に嬉しいものです。

彼らがステージ上で歌う様子がより伝わればと思い作成しました。ぜひ聞いてください。

(※歌詞が今まで書いていたものと少々変わってしまったので、他の話の歌詞部分も変更します)




おまけで小話。

透たちは普段からそれなりに髪をセットしており、中でも徹が一番こだわってる……という裏設定があり、絵を描く時も意識しているのですが、
この前すれ違った高校生達が更に丁寧にセットしててびっくりしました。最近の子すごい。



第47話 W.ings(後編) ──Blow Your Mind──

 10月の朝って、何か特別な気がする。

 

 

 夏の気配が薄くなって、日が照ってるのに涼しい。

 どんな匂いとは言えないけど、あの強い草の匂いとは違う風が吹いてくる。

 

 そんな空気と風のお陰か、音の聞こえ方だってなんだかクリアに感じる。

 

 

 なーんて語ってるけど、子供の頃楽しかった運動会の思い出がリンクして良い印象あるってカンジな話。

 あと中学の体育会とか、校外学習とか。

 

 

 そして今日、昨日に続いて俺の『ワクワク10月の朝空コレクション』に新しく1ページが刻まれた。

 

 

 

「でさー、どーよ透くん、これ!」

 

「あー?……っははは!おいマジ?マジで?これ付けんの?」

 

「今日はねー、付けちゃうんだなーこれが。……ほらどーよ」

 

「ぶっはヤバ!うーわやっべぇ!」

 

「今日の透くんには言われたくないってー」

 

 

 

 度のない薄いガラス越しに、徹がにやにやしながらもう片方のシルバーアクセを手のひらで転がした。

 

 

 少し肌寒い2-5にはまだ俺ら以外誰もいない。だってまだ8時前だもん。

 野球部らしき朝練の声を遠くに、俺たちは早速文化祭仕様の恰好に着替えていた。

 

 

 話し声や何かを置く小さな音さえ教室に広がっていく。

 7組の方から楠木さんたちの楽しそうな声が流れてくる。

 他にも早めに登校してきた奴らの声が小さく聞こえてきて、ちょっと親近感。

 

 先生指揮する授業のための校舎を、生徒(俺たち)で独り占め。

 しかも、文化祭の準備のためっていうクソ最高な理由で。

 

 そんな優越感に浸りながら、俺たちは顔回りをああだこうだしていた。

 

 

 徹が持ってるのはイヤーカフだ。

 めちゃくちゃシンプルなデザインだけど、制服に合わせるとかなり目立った。

 

 両耳にシルバー、首元にチェーンネックレス、がっつり着崩した制服。どこに出しても恥ずかしくない不良ルックの完成だ。

 

 普段は中学時代の反省で『おれは柔和な人間です』ってツラしてる徹がやると面白くてしょうがない。

 

 

 

「っひひ、やば、今日のおれバカおもろいね」

 

 

 

 本人でさえこう言っている。

 

 さっきヘアアイロンで軽くウェーブをつけてた髪型を気にしながら鏡を覗き込む。

 

 

 

「こーれ探すの大変だったんだよ?手持ちで良いなって思うのピアスばっかりでさ」

 

「えーマジで昔開けてたのお前」

 

「うん。両耳1個っつ。

 

おれめっちゃ塞がりやすくてさー。確か……やめてから1ヵ月くらいで塞がっちゃったかな。

受験の写真撮る頃には跡も無かったよ」

 

「証拠隠滅カンペキじゃん」

 

「そ。開けたばっかりの頃はこの体質最悪って思ってたけど、いやー今じゃ感謝だね」

 

 

 

 満足したのか、よし、と頷き、徹は俺に鏡を譲った。

 徹ほど気にする所はないが、しっかり確認しておく。

 

 

 前髪はいつも通り目に掛からない程度に立ち上げ。けど、分け目を変えてセンター分けに。

 

 周辺はそんなにハネさせず抑えて、耳掛けで真面目感アップ。まぁ耳掛けは2年に上がってからずっとやってたけど。

 

 

 あと服装。紺色のニットベストに、制服のネクタイをキッチリ。シャツは第1ボタンどころかカフスボタンまで全部閉めてある。

 

 で、仕上げにインテリヤクザな細いフレームの伊達メガネ。

 

 

 どこをどう見ても真面目な高校生の格好だ。つーかフツーにカッコよくね今日の俺。

 

 

 

「……くくっ」

 

「うーわ自分で自分見て笑ってるよこの人コワイナー」

 

「人のこと言えねぇだろおめぇよ」

 

「おはよー。……うわっ、何だ二人ともその恰好!?」

 

 

 

 丁度井ノ上が眠そうな顔で入ってきたけど、一瞬で目が覚めたらしい。

 静寂を破って廊下に響く声に、二人揃って噴き出す。

 

 

 

「うわっ、わあ、すごい気合の入り方だな!」

 

「どーよ井ノ上やべーだろ」

 

「バカカッコイイっしょ」

 

「うん、いいと思う……こうなんか、アゲアゲって感じだぞ」

 

 

 

 井ノ上を皮切りに、チラホラとクラスメイト達がクラスにたどり着いてくる。俺らのカッコつけに笑いつつ、皆褒めてくれる。その上「発表見に行くよ!」だってさ。

 

 

 はぁクソ最高。ボルテージ上がりまくり。

 

 ニタァと満足げな笑みを交わし、俺と徹は女子組の準備が終わるのを待った。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 百合ちゃんの手捌きって、いつ見ても見とれちゃう。

 

 

 細くて絡まりやすい私の髪がお行儀よくまとまって、太目のコテに巻き付く。

 軽いシューっという音を立てて、ふわっとくるっとした緩めのカールに変身。

 

 そのまま両サイドにハーフツインへ。仕上げにヘアスプレーを吹けば完成!

 

 お姫様みたいにふんわりカワイイ女の子が、鏡の中で目を丸くしていた。

 

 

 

「えっやだ……あたし天才じゃん……?」

 

「すごい……!とってもすごいよ百合ちゃん!ありがと!」

 

 

 

 百合ちゃんが顔を覗き込み、ゆっくり呟く。

 それに目を合わせてお礼を言えば、私の何倍も嬉しそうに笑った。

 

 

 

「んぇ~もう明里超最高!めっちゃカワイイじゃん!何?あたしがヘアメイク上手すぎるから?」

 

「うん、うん、絶対そう!ほんとにすごいよ百合ちゃん!」

 

 

 

 褒められた可笑しさと嬉しさなのか、震える指で軽く私の頬をふにふにして、百合ちゃんは鏡に向き直った。

 

 

 

「待ってねー、ちょいチェックするから……。

 

うん、メイクもOKじゃん?マジ今日のアイライン上手く行った!明里跳ね上げ似合うって思ってたんよねー。

 

……あっヤバ!コレ忘れちゃダメじゃんね?」

 

 

 

 百合ちゃんが慌ててカバンを漁り、包みを取り出す。

 それを見て私も思い出す。リボンつけようって、この前買ったのに。

 

 楽し気に毛束を撫でて、百合ちゃんはリボンを結んでいく。

 薄くピンクに透けるリボン。光の加減で色んな色が浮かぶ。

 

 すらりと細くひらめくそれは、私の黒髪によく似合った。

 

 

 

「ふふーん、徹も透も絶対ビックリするでしょーよ。マジ。絶対」

 

「楽しみだね」

 

 

 

 5組の方から男の子たちの笑い声が聞こえてくる。

 多分二人の方はとっくに準備が終わって、私たちを待ってるんだろう。

 

 

 鏡越しに後ろの百合ちゃんを見る。

 

 水色に白のラインが走るウサ耳つきパーカー。下に着ているブラウスと合わせて、甘いのに清楚な感じ。

 

 髪型はこの前の浴衣の時みたいに内巻き。

 

 さっき見せてもらったけど、フードを被るとくるんと丸い毛先がちらっと覗いてとっても可愛かった。

 

 

 雰囲気に合わせて、メイクはちょっと抑え気味。百合ちゃんの元の良さを活かしたメイクだ。

 黒髪と水色のパーカーの中、バラ色のリップが目を引いた。

 

 

 徹くんがこの百合ちゃんを見るのがホントにとっても楽しみ。徹くんってこっちが恥ずかしくなっちゃうくらい顔に出るんだもん。

 

 デレってするのかな。それともキザっぽく褒めるのかな。

 

 百合ちゃんすっごい頑張ってたから、ちゃんと褒めてあげてね徹くん!

 

 

 

「……よーし、出来た!最高っ!」

 

「……うん、とってもカワイイ!」

 

 

 

 その声に鏡に視線を戻す。

 

 頭を軽く振れば、ふわっと巻かれた髪と一緒に光の筋が躍った。

 ステージの上で目立つこと間違いなし!今日の私、とってもカワイイって思う!

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

 ふと、百合ちゃんがため息をつきながら私にもたれた。

 目線は鏡のまま、胸元でリボン結びにした私のネクタイを調整しながら呟く。

 

 

 

「……今日さ、上手く行くよね、絶対」

 

「もちろん!たくさん練習したもん!」

 

 

 

 私は自信を持ってそう返す。

 

 4月に百合ちゃんと徹くんに誘われてから、二人と赤坂くんと一緒に頑張ってきた。

 途中徹くんが折れてしまいそうだったけど、立ち直ってくれた。

 皆でたくさん楽しみながら、練習を重ねてきた。

 

 私たちは、4人でここまで来たんだから。

 

 

 けど、百合ちゃんはいつものように明るく返事をするんじゃなくて、曖昧に頷いた。

 

 

 

「うん。そうだよね。……うん。大丈夫」

 

 

 

 私の頭を軽く撫でて、カールを指で弄ぶ。そして小さな声で続けた。

 

 

 

「明里はすごい子だもん」

 

「…………え?」

 

 

 

 百合ちゃんの方を見た時には、いつもの明るい笑顔に戻っていた。

 

 

 

「よーし、二人に見せに行っちゃお!ほら、行こ行こ」

 

 

 

 ……励ましてくれた、のかな?

 

 一瞬疑問が浮かぶけど、百合ちゃんがスカートを楽し気に翻すのを見て、それは掻き消えてしまう。

 

 私も普段より短いスカートと一緒にその背を追った。

 

 

 

 

 

 

 

「いったる~!透~!」

 

 

 開けっ放しの5組の扉に顔を突っ込み、百合ちゃんが高らかに二人の名前を呼んだ。

 教室にいた10人くらいの人たちが一斉にこっちを見た。そして黒板側から声。

 

 

 

「……百合ぃ…………!」

 

 

 

 ばっちりヘアセットした徹くんが、嬉しそうに目を見開いていた。

 床に広がるミニボウリングや輪投げを器用に避け、あっという間にこっちに駆けてくる。

 

 私たちの目の前に立つと、改めてはぁ、と深く息を吸い込んだ。

 

 

 

「バカ可愛いじゃん……」

 

 

 

 映画の登場人物みたいに、頬に手を当ててため息交じりにそう言った。

 

 もう本当に『好き!!!』があふれてる声。

 キメてる今日の徹くんとは似合わない声色だからこそ、余計込められてる感情が目立つ。

 

 やだどうしよう、私の方が嬉しくなってきちゃった。

 

 

 それを向けられた百合ちゃんは「当っ然でしょ!」といつも通りふふんと笑い、後ろの私の手を取った。

 

 

 

「どーよ、明里もカワイイっしょ!」

 

「……っしょ!?」

 

 

 

 急に二人の間に立たされて、百合ちゃんの語尾を繰り返してしまう。

 けど徹くんは変わらないテンションで二ッと笑ってくれる。

 

 

 

「うん、超カワイイ!」

 

「……!うん、でしょ!」

 

「でしょでしょ?しかもねー、ほら!」

 

 

 

 百合ちゃんがフードを被って耳を持ち上げる。何がしたいのか分かって、私も結んだ髪を軽く手で持った。

 

 

 

「「おそろーい!」」

 

 

 

 そうそう、これがやりたかったからハーフツインなの!

 やっぱり友達とお揃いって嬉しくなっちゃうもん。ステージに立っても目立てそうだし。

 

 

 

「~~ッ、……バカ最高!!」

 

 

 

 徹くんは両手で親指を立て、グッと私たちに向ける。

 写真撮ろうよ、という流れになって、一人いないのに気が付いた。

 

 百合ちゃんと徹くんをもう少し二人きりにしたかったし、私が彼を呼びに行った。

 

 

 

「あーかさーかくん!」

 

「……おう」

 

「ふふ、もう、何で来ないの」

 

「悪ぃ、タイミング逃した。あの徹にはついてけねーって」

 

「あっははは!確かに!」

 

 

 

 井ノ上くんたちと壁にもたれる赤坂くんは、普段と雰囲気が全然違う。

 

 

 しっかりセンターパートの赤坂くんは初めてだ。

 たまに朝準備が間に合わなかったのかそのまま走ってきて、結果的に似た髪型になってることはあるけど。

 

 それにしても不思議。

 あんなに面白かったメガネ姿が、きっちり着た制服と髪型のお陰ですごい似合ってる。

 

 たまにはこんな雰囲気の赤坂くんもいいかも。

 

 

 

「……」

 

「…………?」

 

 

 

 あ、あれ?なんで黙ってるんだろう。周りの男の子たちまで。

 

 皆の視線を追って、私こそ全然普段と違うのを思い出した。

 

 

 

「……あ……もしかして、変?」

 

「ちげぇよ!!ってあー、アー、そうじゃなくて……」

 

 

 

 勢いよく叫んだのに、赤坂くんの声はどんどん小さくなっていく。隣の井ノ上くんが代わりなのか口を開いた。

 

 

 

「す、すごいね楠木さん。普段と全然違うね」

 

「ふふ、でしょう?百合ちゃんがやってくれたの」

 

「ほほー、さすが朝風さんだね……」

 

「うん、でしょー」

 

 

 

 ……会話が途切れちゃった。そんなに井ノ上くんとお話したことないしなぁ。

 

 ちょっと気まずくなる寸前で、赤坂くんが口を開いた。

 

 

 

「あーほら、呼び来たんでしょ。いこーぜ」

 

「あ、うん」

 

 

 

 ちょっと早足で行ってしまうその背を追いかける。

 

 

 

「赤坂くん、ね、」

 

「あのなぁ」

 

 

 

 やっぱり言ってほしい。数か月前聞いたことをもう一回聞こうとして、赤坂くんが声を被せてきた。

 

 

 

「いちいち聞くんじゃねーの」

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 文化祭2日目は滞りなく始まった。

 

 日曜日ってことで昨日より人が多い。曇っててちょっと寒い日だったのに、人間のお陰で暖房いらずだ。

 

 

 発表は13時。

 しばらくしたら母さんたちや中学の友達たちが来るし、集合の12時半まで俺たちは昨日行けなかった展示を回ることにしていた。

 

 生物部はハーバリウムなんていうオシャレなもんを作れるらしく、女子二人はあっという間に教室に吸い込まれていった。

 

 先客に神田さんとその友達がいて、今丁度一緒に作ってる後ろ姿が見える。

 

 

 

「えっえ、え、ぇ、あれ楠木さん!?」

 

「そ」

 

「しっ、信じられんねぇ……。えぇ、撮らせてくんないかな」

 

「本番で撮れよ」

 

 

 

 なんか食いたいから買ってくるっていう徹と別れ、俺は生物部の向かいの教室、若狭のいる新聞部で話していた。

 

 

 新聞部って名前だけの部活って思ってたが、どうもそういうわけじゃないらしい。

 

 各部活の戦績紹介や、学校の隅にある石碑について、果てや化学準備室に眠る甲子園の土についてまで、学校に関する色んなのをまとめていた。

 

 一番は教員の相関図まとめだな。実は大学で先輩後輩とか、ママ友同士とか色々あって面白かった。

 

 

 それを若狭の説明ついでに聞いていたところ、「そういえば楠木さんは?」と聞かれて教えたらこうなった。

 

 

 

「いやそれは撮るよ?文化祭自由枠の写真係オレだもん。お前の真面目ルックも撮ってやるから安心してよ。

 

そうじゃなくてほら、フツーに皆に見せたいって話。ガチ衝撃だろアレ」

 

「それはマジ」

 

「おいおいおいなぁ若狭!なぁ楠木さん見たアレ?あれマジ足、うわ赤坂っ、てなんだその格好!!!」

 

「噂をすればこれだ」

 

「だな」

 

 

 

 タイミング良く血糊を付けたままの片岡がずかずか入ってきた。

 生物部側に聞こえないギリの声でわめいていたが、隣の俺を見てピタっと言葉を止める。

 

 俺と楠木さん、どっちに突っ込むべきか分からなくなって口をパクパクさせる片岡に、俺はみなまで言うなと両手のひらを広げた。

 

 

 チュロス抱えて帰ってきた徹、ハーバリウム作り終わった女子二人と一緒に各階を回った。

 

 俺らの思惑通り、今日の恰好はかなり目立った。知り合い程度の生徒や先生からも声を掛けられる。特に女子たち。

 

 

 元々美人で知られてる百合はもちろん、その横の楠木さんも負けず注目されていた。

 中でも1年の頃同じクラスだった奴らはギョッとして楠木さんを見た。そしてなぜか次に俺を見る。

 

 俺自体がクソ真面目な恰好をしていることに驚いてるのに加えて、何か伺うような顔で見てくる。

 

 

 いや、別に?

 別に何もしませんが?

 (べっつ)に楠木さんがどんな格好しようが別にいいですが??

 

 ちゃんと似合ってますし?普段と雰囲気全然違くていい感じに目立ってますし?俺別に何も文句ねぇし?

 

 

 

「赤坂くん!ね、ダーツ!もう二人とも行っちゃったよ!」

 

「あ、あぁうん……」

 

 

 

 けど。けど……。

 

 

 ──太ももまでのハイソックス。淡いピンクでダボッとしたカーディガンと、その裾から覗く普段より短いスカート。リボン結びのネクタイ。巻かれた髪。動くたび揺れる頭のリボン。そしてメイクのお陰か普段よりちょっと強気な表情……。

 

 

 ちくしょう。

 

 何か今日、今日の楠木さんだと……。ちょっと、調子狂う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビミョーに楠木さんにいつも通りに出来ないまま3年生のダーツを遊び終わると、人混みの向こうから声が掛かった。

 

 

 

「……あ、徹!徹ー!」

 

「…………え」

 

 

 

 大人の女の人の声だ。

 

 その方を見ると、人の頭を越えて手が振られていた。それには落ち着いたデザインの腕時計が付いている。

 

 徹の目が大きく見開かれて、立ち止まった。

 

 

 

「…………うそ、……」

 

 

 

 徹の表情がじわじわと驚きから喜びに変わっていく。

 

 ぱあっと笑顔になった頃には、女の人──徹のお母さんは俺たちのところにたどり着いた。

 

 

 

「徹!楽しんでる?」

 

「母さん!えーっ、えーマジ?えー、なんでいんのさ!」

 

「ふふ、ビックリさせようと思って。

 

昨日まで行けるか微妙だったんだけど、どうにかなったわ」

 

「えー、はー、えー?ねーもう、そーいうのはさぁ!朝とかに言っとくべきじゃない!?」

 

「だって言う前にあんた出てっちゃうんだから。珍しく朝いるなーとか思わなかった?」

 

「あっ……!言われてみれば……。

 

……ってちょっと!おい!皆!何笑ってんだよッ!」

 

 

 

 俺たち3人は口元を押さえて背を向け、ヒラヒラ手を振った。

 カワイイ一人息子モードの徹クソ面白い。でも爆笑するにはあまりにも微笑ましい。

 

 

 さぁどうぞ、続けて?邪魔しねぇから俺たち。

 こっそり見て笑ったりしねぇから。誓って。

 

 

 そんな俺たちのお優しい様子が伝わったのか、徹は呻くだけに留めた。親の手前舌打ちも実力行使もできないらしい。

 

 かわりにアクセや髪を手持ち無沙汰にいじり始めた。さっきあんなに気ぃ使ってた髪が雑に撫でつけられる。

 

 

 

「あ"ー……、で?え、ね、発表見んの?」

 

「もちろん。それに写真撮ってお祖母ちゃんにも見せてあげなきゃ」

 

「はー?もう……だから先言ってってば!

 

じゃあファンサしやすい場所取ってよね。あと!変な写真取んないでよ?」

 

「任せときなさい。ちゃんとカッコよく撮ってあげるから」

 

「……ならいーよ」

 

 

 

 ついにお母さんの目を盗み、俺の足に蹴りが飛んできた。

 いつもの威力とはケタ違いのへにゃへにゃキックで、余計に笑けてくる。

 

 すると猫かぶるのをやめたのか、今度はわりかしマジな拳が飛んでくる。これにはさすがに俺も応戦。

 

 

 息子がバカやってる間、徹のお母さんは百合に全員の立ち位置を聞いていた。俺らの写真も撮ってくれるらしい。

 

 

 

「はい、ありがとう朝風ちゃん。

徹!そろそろ止めなさい!

 

……はぁ、もう。じゃあ、私そろそろ行きますね。

 

あの、皆。本当に徹と仲良くしてくれてありがとうございます。皆で発表頑張ってね。

 

それから、たっくさん楽しんでおいで!」

 

 

 

 俺らに向き直ってそう言うと、早速席取りに行くのか徹のお母さんは手を振り去っていった。

 

 徹はその背にぼーっと手を振り返す。全員のニヤニヤした視線をちょっと鬱陶しそうにしつつ、ぽそっと呟いた。

 

 

 

「こーいうのに母さん来るの、すっげぇ久しぶり……」

 

 

 

 俺たちはその表情に何も言わなかった。各々肩や背を叩いたり、小突いたりしてその感情に応えてやった。

 

 軽いやり返しを受けつつ、俺たち4人は2年のフロアに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を登りきると、相変わらず9組のお化け屋敷迷路は大繁盛だった。行列と移動する人でエグい混みようだ。

 

 で、向かいの8組の人混みの中心には昨日と同じく執事が……って、あれ?

 

 

 

「あ。楠木ちゃーん、おかえり~」

 

「谷中ちゃーん!」

 

 

 

 楠木さんが人をかき分けて行くのは、執事っぽい格好の谷中だった。

 

 つやつやのグレーのベストと黒いスラックスの給仕っぽい格好で、背高めな谷中に似合う──って、あの格好昨日の那賀川の余りか!

 

 

 そんな谷中の周りには女子たちがたくさん集まってる。

 

 その集団を見て、不意に百合が「あー!ニナ〜!!!」と嬉しそうに声を上げて駆けていった。

 

 なるほどね、谷中の(ひいては百合の)中学時代の友達か。

 

 

 また女子たちに置いていかれた俺たち。なんとなく着いていこうとした時、今度は後ろから大きな笑い声が届いた。

 

 

 

「っはははは!!!赤坂っ、なんだよそれ!!!」

 

 

 

 ……はーん、やり返しに来たな?

 

 

 察しつつ振り向くと、俺と同じくらいニヤついた執事が階段の半ばに立っていた。

 うわっ、コイツ今日女子ウケ狙って前髪下ろしてやがる!!

 

 髪型効果かコツを掴んだのか、背後にはお客様(金づる)たちがたくさん。

 急に爆笑し始めたイケメンを「えっ……」という顔で見ている。

 

 

 

「ハッ、テメェに言われたくねーよバーカ!」

 

 

 

 お互いの浮かれたカッコつけをバカにすべく、俺は那賀川の肩を殴りに行った。

 

 

 

「はーいお茶でーす」

 

「いや『はーい』はねぇだろお前」

 

「じゃあなんて言えば?」

 

「…………あー」

 

「だろ?」

 

「だわ」

 

 

 

 お客さま(イケメン目当て)をある程度捌き切ると、言葉遣いのなってない執事は紅茶を淹れてくれた。

 

 紙コップで情緒もへったくれもないが、コイツが淹れると実に"ぽく"見える。周囲で立ちながら飲んでる女子たちも満足げだ。

 

 

 8組の喫茶店は二日目にして立食とテイクアウトを解禁していた。

 執事が帰ってくるの目当てで長居されて回転率が落ちたかららしい。

 

 いちいちテーブルを回らなくて済むから、執事による紅茶サーブも効率よく出来るようになっていた。

 

 ……まぁ、流れ作業にしたってだけなんだけど。

 

 

 廊下との狭間に身体を置けば、外で女子たちがキャイキャイしてるのが見えた。ついでに徹も。

 

 

 

「っふふ……」

 

 

 

 そう。今俺のメガネ姿にクソウケてるコイツがいる手前、気まずくて俺んとこ来れないってワケ。

 

 俺はファンサも兼ねてクイッとメガネをあげてやった。大きくなる笑い声。

 

 

 

「面白いだろ」

 

「超。皆普段と全然違うようにしたんだな」

 

「そーいうこと」

 

 

 

 百合は言うほどってカンジだけど。ま、やっぱ中でも一番衝撃なのは……。

 

 

 

「な、楠木さんマジやべーでしょ」

 

「ん。ああ、あれね。今日可愛いよな」

 

「…………」

 

「……何だよ」

 

「……(べぇっつ)にぃ~?」

 

 

 

 さらっとそう言いのけられて、イラつきムカつきと謎の敗北感が襲う。

 

 俺が"そう"できなかったのを見透かしたのか、那賀川は「へーえ?」と眉を寄せて笑った。お前は今日可愛げが無いよ。

 

 

 

「まぁいいじゃん。全員似合ってるよ」

 

「どーも」

 

「確か、発表って1……」

 

「おい」

 

 

 

 那賀川が何か言いかけた時、廊下から声が掛かった。

 

 

 え、マジか。徹だ。

 The・不機嫌て顔で、俺を越して那賀川を見ている。

 

 ……何か言いに来た、ってカンジ?

 那賀川もそれは感じ取ったのか、冷たい目線のまま廊下に出た。

 

 

 

「何」

 

 

 

 徹は一度ぎゅっと唇を噛み、人ごみの中ギリ聞こえるレベルの声で口を開いた。

 

 

 

「…………ずっとダサいのもサイアクだから、言っとく」

 

 

 

 チャラついた男が執事に見下ろされてる。その奇妙な光景に周囲からも視線が飛ぶ。

 

 けど、そんな目線に臆せず、徹は顔を上げた。そして相手の目を見て、頷くように頭を下げた。

 

 

 

「色々、悪かった」

 

「…………へぇ」

 

「そんだけ」

 

 

 

 那賀川には本当にそれだけ。その後ろで驚いていた俺には硬い笑顔を投げて、徹は女子たちの方に帰っていった。

 

 少し目を見開いて、那賀川はその背を目で追う。

 俺も廊下へ顔を出して見てみれば、徹は楠木さんのところに戻っていた。

 

 

 ……なるほどね。『謝っておいで』って説得されたわけか。

 んなことされなくても自分から言い出せよバカ。

 

 

 そんな感情を込めた笑い交じりのため息が被る。那賀川はやれやれと手を振った。

 

 

 

「許してもらう気ないだろ、アレ」

 

「はっ。まぁ向こうもそのつもりなんじゃねーの?」

 

「ぽいよなぁ。……ま、チャラにしてやるけど」

 

「……………え?」

 

 

 

 意外な返答に見上げると、那賀川は前髪をいじりつつ薄く笑った。

 

 

 

「中学ん時のは置いといて……。

この前のは、オレも言い過ぎた気がするし。お前ら二人に免じてナシにするよ。

 

……許してもらったのは、オレもだから」

 

「…………ふーん」

 

 

 

 ちょっと目が合った。お互い生意気に笑い掛ける。

 正しい意味で『義理』ってカンジ。俺はそれをちゃんと受け取った。

 

 

 

「……それはそれとしてフツーにムカつくけどな」

 

「っはは!だろーね。けどまぁ、結構楽しいヤツなんだぜ」

 

「ふーん……?」

 

 

 

 俺等の目線の先、楠木さんは徹と何か話していた。

 

 徹は照れくさそうにイヤーカフスを触る。それを見て、楠木さんはしょうがないなぁ、というように苦笑した。

 

 余計むすっとする徹。けど、どこか晴れやかに目元が緩んでいた。

 

 ふと、楠木さんがこっちを見る。

 

 今度はちょっと申し訳なさそうに笑って、ごめんね、と口元で言った。

 那賀川も微笑んで手を振り返す。気にすんなってカンジだ。

 

 

 けどその後、深いため息交じりに、喧騒に紛れるよう呟いたらしい声が耳に届いた。

 

 

 

「……徹ねぇ…………」

 

 

 

 那賀川にしては珍しい、子供っぽい言い方。

 アイツのどこが?みたいな、バカにした感じがにじむ言葉に、俺は思わず吹き出した。

 

 

 

「なんだよ健ちゃん、お前も呼んでほしいのか?」

 

「っは、そりゃねーよ透ちゃん」

 

 

 

 聞こえるとは思ってなかったのか、苦笑交じりにそう返される。

 

 俺たちは『透』『健人』って呼ぶタイプじゃない。お互い分かってるからこそ、そんな冗談で笑い合った。

 

 

 

「健人くん!お客さんだよ!」

 

「あぁ、今行く」

 

 

 

 丁度、教室から那賀川を呼ぶ声が掛かる。

 それに手を振って答え、俺に向き直る。右手を差し出す。

 

 

 

「1時半くらいからだろ?抜けて見に行く。頑張れよ」

 

「言われなくても。良いもん見してやるよ」

 

「言ったな」

 

 

 

 その手を力強く叩き合い、俺たちは別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼を過ぎると、もともと曇りだった天気はじわじわ悪くなっていった。

 小雨が降ったり止んだりを繰り返していて、校内は雨から逃げてきた人でさらにごった返していた。

 

 ちなみに、こんなんでも野球部の親善試合はやるらしい。さっきすれ違った間中が本当に嫌そうに嘆いていた。

 

 

 そんな哀れな間中とも別れ、俺たちはホールへ。

 湿気のせいか、発表中の箏曲部はこもった音を裏手に響かせていた。

 

 発表者が全員集まったら、最後の段取り確認。

 持ち時間は一組5分。俺たちはバンド系で一番最初。お笑い最後の組の後だ。

 

 

 機材の設置は委員会がやってくれるから、ステージに上がったらまずエフェクターとかをギターと接続して音の確認。ラインチェックってヤツだ。

 

 んで、全員OKになったら、ボーカルの楠木さんが裏手の委員会に合図を出す。

 それで百合のお兄ちゃんが作ってくれたドラム音声を流してもらう。

 

 スタートを示すドラムが鳴ったら、後は今までの練習の成果を示すだけ。

 

 

 はい、事前確認完了。

 肩にかけたギターにも異常なし。チューニングカンペキ。

 

 父さんの部屋から持ってきたエフェクターのディストーション1つが俺の手の中に。

 

 譜面も歌詞も音程も頭に入ってる。

 

 

 気がつけば、夢にまで見た文化祭ライブの光景はあと15分まで迫っていた。

 

 

 

「ほらー、見て!すっごいカワイイでしょ〜?」

 

「かっ、カワイイ?カワイイ!?そ、そっかぁ……?」

 

「でしょ?上手く的に当てるとね、パンチして褒めてくれるんだよ!」

 

「いや待てぇ!!ちょっと!おい!何やってんのぉ!?」

 

 

 

 光の漏れるステージから聞こえてくるのは、弓道部1年生2人のコント。

 

 アンジャッシュのすれ違いコントをアレンジしていて、弓道場に良く遊びに来る野良猫と、顧問の超コワモテ先生の画像を取り違えたまま話している。

 

 

 この前のリハーサルでネタを知っている発表者側まで爆笑。ホール全体が笑い声で包まれていた。

 

 前に立つ徹と楠木さんが肩をブルブル震わせているのが見える。

 

 

 で、対する俺はというと。

 

 

 

「……ははは…………」

 

 

 

 ガッッチガチに緊張していた。

 

 

 ギターのストラップを通じて、鼓動が身体中に響いてる感じがする。

 手に持ったエフェクターを取り落としそうでクソ怖い。

 

 ストラップを握ったり離したり忙しなくてポケットに突っ込んだもう片方の手は、変わらず中の生地を握ったり離したりしていた。

 

 

 さっきから気を紛らわせようとお笑いを聞いてはいるけど、全然笑えない。

 面白くないって意味じゃなくて、ギャグに集中できない。

 

 ステージ側から爆笑が届くたび、このデケェ笑い声になるくらい人が集まっているんだと実感してしまう。

 

 

 あぁ、そうだ。そうじゃん。

 

 最近こういうクソデカい出番無かったから忘れてたけど、俺、本番そんな強くないんだった。

 終わったら『いやぁ大したこと無かったな!』とか言うけど、始まる前はそれはもう緊張するタイプなんだった。

 

 

 落ち着け、落ち着け。

 

 いやホントに、お前は終わったらマジ全然大丈夫な人だから。

 お前乗り越えさえすればケロッとしてるタイプだから。

 ここまで来て緊張で台無しとか、シャレになんないから。

 

 

 次のお笑い組がステージに上がっていって、一組分ステージに近づく。

 

 楠木さんも徹も、緊張の『き』の字も見えない。

 

 徹はそうだろうし、楠木さんも本番になれば余裕な人なんだった。こんなとこまで来てこんなんなってるのは俺だけだ。

 

 だって、横の百合だって……。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 そう隣を見ると、信じがたい光景があった。

 

 

 今日の百合はウサミミパーカー姿。そのフードをすっぽり目深に被り、何もない宙を眺めている。

 

 手持ち無沙汰にウサミミを触る手は、少し震えていた。

 

 

 

「……百合?」

 

 

 

 お笑い組のネタがウケる中声を掛けると、百合は一瞬ピタッと止まった。

 ホントに一瞬だけそうして、再生ボタンを押したように振り向く。

 

 

 

「んー?なーに?」

 

 

 

 まるでいつも通りの声色と表情。けど、その緊張を隠せるほど完璧じゃなかった。

 

 

 

「あっは、何~?緊張してんの?」

 

「……お前もだろ」

 

「…………」

 

 

 

 百合はまた固まって黙る。

 

 次の言い訳をさせる前に、俺はポケットから手を出した。握り過ぎで色のなくなった手が、相変わらず情けなく震えていた。

 

 

 

「俺も」

 

「…………」

 

 

 

 それを呆然と見て、百合はようやく表情を崩した。どこかホッとしたようなため息をつく。

 

 

 

「……うん。ちょっとね」

 

「ちょっと?」

 

「……かなり」

 

「同じく」

 

 

 

 楠木さんや徹には緊張してると気づかれたくないのか、百合は少し俺に身体を寄せた。

 

 

 

「ふふ、ウケる。なんか意外」

 

「お前が言うなよそれ」

 

「はぁ?何?悪い?」

 

「悪いとは言ってないだろ」

 

「……まぁ、良かったわ。仲間いて」

 

「それなぁ。アイツらケロッとしすぎ」

 

「すごいよねー。こっちは失敗したらどーしよとか考えてんのに」

 

「一緒ー」

 

 

 話しながら手をグーパーしていたら感覚が戻ってきた。手を下ろすと、百合もウサミミを触っていた手を下ろす。

 

 タイミングが被って、お互い勢いのまま手が触れた。

 

 

 

「ぁ……」

 

「わり……、 」

 

「ちょっとねーえ聞いた今のアドリ、!……どしたの2人とも」

 

 

 

 と、息絶え絶えで振り向いた徹が不思議そうに言った。楠木さんもこちらを見る。バッと距離を取る俺たち。

 

 

 

「いや、別に」

 

「ちょっと相談してただけ!で、何?」

 

「えぇー百合あれ聞いてなかったの?超面白かったのに!ねぇ明里ちゃん」

 

「ねー、もったいない!あ、そうそう。今3組目だからあとちょっとだよ!」

 

「あ……、え、マジ?」

 

「まじまじ!」

 

 

 

 ステージ側に意識を向ければ、3組目が挨拶したのか拍手が響いている。

 始まった掛け合いを聞きつつ前に進めば、ステージの明かりは目の前だった。

 

 

 

「ね、楽しみだね!」

 

 

 

 またぶり返してきた緊張。が、楠木さんのその言葉に、俺はあっけに取られた。

 

 

 

「ホントに、いよいよってかんじ!でしょ?」

 

「ね、ね?マジバカ楽しみ!」

 

 

 

 楠木さんと徹の言い振りには、ただ『楽しみ』という感情だけがあった。

 百合と顔を見合わせる。今度は緊張の溶けた表情が見つめ返してきた。

 

 

 そうじゃん。俺ら、楽しむために来たんじゃん。

 

 すっげえ演奏を見せびらかすんじゃなくて、クソカッコつけて楽しむため。

 ミスすらも今後一生自慢できるような、最高の思い出を作るため。

 

 青春するため。

 

 

 

「……おう、クソ楽しみ」

 

「ね。うん、よし!楽しんでこ!」

 

 

 

 気が付けば緊張はほぐれていく。深く息を吸えば、ステージの先は一層魅力的に光って見えた。

 

 

 お笑い組の発表が終わると、実行委員がステージの準備に駆けて行った。

 アンプやスピーカーなど機材が置かれ、マイクも2本立てられる。

 

 その光景に背後の他のバンド組も沸いていた。自分たちのためのステージが、目の前で出来上がっていった。

 

 

 3年の実行委員が叫ぶ。

 

 

「はい、お待たせしました。準備完了しましたので、次はバンド発表となります。

 

トップバッターはこちら!チーム・クリアリリーの皆さんです!」

 

 

 ──クリアリリー。

 ほとんど百合(コイツ)の名前じゃんか、ってカンジだけど、これは俺ら4人の名前から取ってる。

 

 リリーはもちろん百合。

 

 で、”()”と楠木さんの”明”里で透明。

 

 徹は俺と同じく『とおる』とも読める。だからクリア。

 

 俺たち4人の発表にピッタリな名前だ。

 

 

 

「行こう、皆!」

 

 

 

 楠木さんがリボンを翻して言う。歓声に浸されたステージへ、俺たちは足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が潰れそうなスポットライト。耳をつんざく大声。痛いほどの感覚は、ステージを歩いていけば徐々に慣れていく。

 

 

 

「うおおおお、透ー!!!」

 

「だーっはっはっは!透ー!!」

 

 

 

 蓮也!遼太郎!

 

 ひときわデケェ声に目線を向ければ、俺の格好に指差して笑いながら2人がいた。

 何だよ、全然連絡よこさねぇと思ったら最前列に居やがって!!

 

 あ、信久もいる!

 

 フランクフルトで口がいっぱいなのか、もごもごさせながら串ごと手を振っていた。

 クソー、歩夢が来れないのマジ惜しい。

 

 ファンサついでにメガネをくっと押し上げると、懐かしい品のない爆笑が3人から巻き起こった。

 

 

 そんなコイツらの近くには麗、美香、茜の楠木さんの友達。

 

 楠木さんの変わりように目を丸くしつつ、きゃあきゃあ手を振っていた。俺の恰好を見て笑ってもくれる。

 

 

 そのままステージ上から客席を見渡せば……。

 

 あ、徹のお母さんだ。3列目の左側、徹を撮りやすい位置に座っていた。徹が嬉しそうに早速手を振るのが分かる。

 

 俺の母さんは……?いた!結構後ろの方だ。しかも楠木さんの両親と一緒に座ってる。

 スマホを構えて準備万端。『撮ってるよ!』というようにサムズアップされた。

 

 そのちょい前の席に悟。友達2人と来てるらしい。手を振ってやると、ポップコーンをモグモグしながら返してくれた。

 

 

 客席を眺めながら歩けば、あっという間に自分の立ち位置に着く。ステージの右側、スピーカーの横。

 

 電源付けたエフェクターを足元に置いて、シールドケーブルでギターと繋ぐ。

 それが出来ると実行委員は「じゃ、繋ぎまーす」とリハーサル通りエフェクターとアンプを繋ぎに行った。

 

 

 その隙にまた目線を観客席へ。

 

 相変わらず血糊付きの片岡。深瀬と坂本のサッカー部に……。あ、岡崎。相変わらず食いすぎじゃねアイツ?

 

 それから、井ノ上を筆頭に5組のクラスメイト。谷中、田中と神田さんなど、楠木さんと百合の友達たち。

 

 後ろの立ち見の中に執事姿の那賀川。バスケ部の友達と来てるみたいだ。

 

 しまいにステージ下でカメラを抱え、「新聞部」の腕章を付けた若狭がピース。

 

 

 すっげー、思ったより皆来てくれたみたいだ。

 

 

 というか、めっちゃ人多い。

 

 目を凝らして立ち見の向こう側、入り口のガラス戸を見ると、傘を指している人影が見えた。

 

 どうやら外は完全に雨らしい。で、皆雨宿りにちょうどいいからステージに来たってわけだ。

 

 

 実行委員はその間にギター・ベースのアンプ前のマイクを確認。俺と楠木さんの前に置かれたスタンドマイクの方も。

 

 マイクたちのラインはキーボードのラインと一緒にミキサーへ繋がれていて、実行委員が『弾いてみて!』と合図をした。

 

 弦を1、2と弾いていけば、会場内に大きく増幅された音が響く。それだけで大いに盛り上がる観客たち。

 

 それに気を良くして、エフェクターのペダルを踏んで更に音の確認。自己主張の強い、切り裂くような音に変わる。

 

 ベースやキーボードも合流してきて、バンド仕様の音が少しずつ会場に広がっていく。

 釣られて会場のボルテージも上がっていく。

 

 

 よし。俺は準備OK。

 合図しようと楠木さんの方を見ると、徹の近くにいた。

 

 

 もしや、なんかやらかしたんじゃ……って一瞬思ったけど、単に最後に話してるだけだったらしい。

 

 揃ってハイタッチで別れ、楠木さんは百合の方へ。

 

 

 百合はまたちょっと緊張してそうだ。ホント意外だなアイツ。

 

 けど楠木さんと話して、女子らしく軽く抱き合った後にはすっかりいつも通りに戻っていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 そ。つまり、最後は俺。

 楠木さんは俺の前に立って少し微笑んだ。俺も同じように微笑む。

 

 目を合わせて、お互い不敵な笑みで口を開く。

 

 

 

「透くん」

 

「明里」

 

 

 

 他の言葉は出てこなかった。

 

 

 そうだ。だってこの子は楠木明里。

 

 クソ可愛い格好してようが、立つ場所がステージだろうが、何も変わらない。

 俺と1年半、最高の青春をしようと駆けてきた友達だ。

 

 そして、これからも。

 

 

 手を差し出してハイタッチ。その手のひらへの衝撃と視線があれば、激励は十分だった。

 

 

 ボーカルが髪とリボンを翻し、センターへ立った。ライトに照らされた指先がマイクを握る。

 

 それを見てギターとベースは弦へ、キーボードは鍵盤へ手を置く。

 

 さっきステージに上がった時とは比べ物にならない声援と拍手が届いてくる。その歓声は一向に収まらない。

 我慢できなくてギターを1ストロークかき鳴らした、その瞬間。

 

 

 静寂。

 

 

 遠くの雨の音すら聞こえる、文字通り水を打ったような静けさ。1年のあの春とは全く違う沈黙と、期待に満ちた何対もの目が注がれる。

 

 ぞっと興奮で鳥肌が立った。

 

 今このステージは、俺たちのためだけにある。

 

 

 

「っははは……!」

 

 

 

 楽し気な笑い声が会場に響いた。静寂を破ったソイツはスタンドマイクをひっ掴み、高らかに宣言した。

 

 

 

「さあ『W.ings』!!!!行ってみようかァ!!」

 

 

 

 一転観客たちの大声で包まれる会場。その声を打ち消すようにドラム音がなだれ込むのに合わせ、俺たちはイントロの旋律を轟かせた。

 

 

 

「『雨上がり 空映る 水たまり』」

 

「『道抜く 青色』」

 

 

 

 懐かしの8小節に続きAメロが歌いあげられる。

 俺たちの演奏と観客の手拍子に合わせながら、楠木さんは声を張る。

 

 

 

「『勝手広がる その色を キミと蹴飛ばした 夏の夕暮れ』」

 

 

 

 向かいの徹と目が合った。

 

 Bメロはベースが超目立つ。が、それに億す様子なんか微塵も見せず、徹は足元のオーバードライブを踏み付けた。

 

 任せとけ、と自信たっぷりの笑み。

 

 

 

「『もしも雨が止まなくとも』」

 

「『キミは飛び込んでいく』」

 

 

 

 唸るようなスピーカーを震わす低音に、楠木さんの歌声が上手くハマる。

 

 そしてBメロ後半からはハモリ。一瞬だけかち合った目線を合図に、俺はマイクに顔を近づけた。

 

 

 

「「『そう二人揃えばどこへでも』」」

 

 

 

 超急に言われたハモリ。

 

 けど練習の成果でギターの旋律も歌の音程もズレたりしない。サビに向けて盛り上がる伴奏を弾き上げる。

 

 

 

「「『嵐だろうと飛び出して!』」」

 

 

 

 上昇するBメロに合わせて気持ちも上昇。俺もエフェクターを踏んでサビへ!

 

 

 

「「『Let's fly 遥か彼方へ』」」

 

 

 

 グッと広がるロングトーンが特徴の『W.ings』。増幅された歌声が、演奏も歓声も包み込み、会場中に響き渡るのが分かった。

 

 その一体感に思わず楠木さんを見ると、向こうも一瞬俺に振り返っていた。合った目が何よりその喜びを語っている。

 

 

 

「「『一人じゃ行けないところへ』」」

 

 

 

 再度響いた声に思わずお互い笑ってしまう。

 

 なにこれ。コレ今俺と楠木さんが歌ってんの?超サイコーじゃん。

 

 

 

「「『空を割くイナズマも 道しるべに変わる』」」

 

 

 

 サビの開放感を支えるストリングスの音が歌声と重なる。

 

 百合の方を向けば、ウサミミを曲に合わせて揺らしていた。フードの中の、めちゃくちゃ楽しそうな笑顔と目が合った。

 

 

 力強く拳とスタンドマイクを握る楠木さんの背へ視線を移す。スポットライトに照らされるその姿が振り返った。

 

 

 

「「『キミと目と目が合えば それが合図だろ?』」」

 

 

 

 歌詞に合わせてまた一瞬見つめ合う。声を合わせる。

 

 

 

「「『さあ行こう 手を取って』」」

 

「「『この先へと続く 青い 不安へ』」」

 

 

 

 最後のロングトーンが客席に届き切る。飛び上がった楠木さんの叫ぶような笑い声が間奏と一緒になって鳴っていく。

 

 

 それだけじゃ足りないのか、楠木さんはスタンドマイクを手に取った。観客に手拍子を促しつつ、マイクを外す。

 

 2番の始まりにギリギリ間に合い、勢いよく掲げたマイクのケーブルが宙を舞う。

 

 

 それが床を打つ音と共に、楠木さんは口を開いた。

 

 

 

「『星瞬く 夜空に 包まれた町』」

 

「『道抜く街灯』」

 

 

 

 ケーブルをお供にステージを歩き、向かったのは百合の前。

 全く予想していなかった行動に、百合がはにかむのが見えた。

 

 

 

「「『勝手照らす その光』」」

 

「「『キミと踏み付けた 冬の夜明け』」」

 

 

 

 楠木さんはマイクを二人の間にし、百合と二人で歌う。女子の揃った声色がさっきとは違う爽やかな雰囲気に変える。

 

 

 百合とハイタッチで別れると、今度は徹の方へ。

 次は自分と察していたらしく、やる気満々な笑みとカッコつけた立ち姿でベースを構えていた。

 

 それに肩を震わせつつ軽い足取りで歩み寄る楠木さん。

 

 

 

「「『たとえ光がなくたって』」」

 

 

「「『キミは飛び込んでいく』」」

 

 

 

 歌に気が取られたのか徹が少しミスる。けどそんなのどうでもいい。それすら楽し気な二人の歌声がスピーカーから放たれていく。

 

 そしてサビへ向かうBメロ後半。楠木さんが俺の方を向いた。手を差し伸べるおまけ付き。

 

 俺も身体をそっちへ向ける。二人見つめ合って声を上げる。

 

 

 

「「『そう二人揃えばいつだって』」」

 

 

 

 楠木さんはそのまま俺の方向へ歩き、ステージの真ん中に戻ってくる。

 

 自慢げな笑みを残し、楠木さんは客席へバッと向き合った。

 

 スカート、マイクのケーブル、巻いた髪、リボンが勢いよくひらめく。

 

 

 

「「『闇だろうと飛び出して!』」」

 

 

 

 その勢いのまま広げた腕がライトに照らされ、サビへ。

 

 

 

「「『Let's fly この果てへ』」」

 

「「『二人だから行けるところへ』」」

 

 

 

 痺れるような一体感と響きを全身で受けるように、楠木さんは腕を広げたまま歌い上げる。

 

 

 

「「『目のくらむ漆黒も 光へと変わる』」」

 

 

 

 客席の誰かに笑いかけたのか、表情が和らぐ。その横顔を見つめていれば、不思議とギターの音色にも歌う声にも熱が入った。

 

 

 

「「『キミと目と目が合えば それがチャンスだろ?』」」

 

 

 

 今度は顔を動かさず、目線だけで。一瞬かち合ったその目に笑いかける。

 

 分かってる、任せとけって。

 

 

 

「「『さあ行こう 足並み合わせて』」」

 

「「『振り返らず 青い 憂鬱へ』」」

 

 

 

 伸ばした声のまま、楠木さんが叫ぶ。力強い(とき)の声に、客席からも雄たけびが飛ぶ。

 

 それを一身に受け振り返った彼女と目が合った。

 

 

 

「透くん!!」

 

 

 

 その声と勢いよく振られた腕に、俺もギターを構えた。エフェクターを踏む足にも力が入る。

 

 

 Cメロへ続くギターソロ。

 

 たかが8小節、されど8小節。全員の視線が突き刺さる感覚が最高に気持ち良い。

 

 昂ぶりのせいか、少し手が滑って余計な音が混じる。ちょっと拍とズレてる気がする。

 

 

 

「っはは……!」

 

 

 

 それすら楽しい。確かに俺が弾いてる、俺が響かせているって証拠だ。

 一瞬あげた視線の先、客席を見下ろす。聞け、俺の、俺たちの楽しいって声を!

 

 

 最後の音がスピーカーを切り裂くように流れて、俺は顔を上げる。ソロを称える拍手の中、俺は3人を見た。

 

 徹。

 百合。

 そして楠木さん。

 

 全員と目が合った。俺がソロ中に抱いた思いは、3人へちゃんと伝わっていた。

 

 

 

「『二人でなきゃ できないことばかり』」

 

 

 

 Cメロの伴奏を徹と百合が弾き上げる。

 

 楠木さんが俺を見つめたままマイクを構え、歌った。そのメロディに続き、俺もマイクへ顔を寄せる。

 

 

 

「『なら 恐れるものは何もないだろ?』」

 

 

 

 同じ主旋律を二人で歌うはずだったのに、楠木さんは口を閉じたまま。掛け合いの様になった歌声が余韻を残して会場に響く。

 

 刻むベースとドラム、キーボードの音と共に、ボルテージが上がっていく。

 

 

 

「『さあ』」

 

 

「『立ち向かっていこう』」

 

 

 

 予定と違う掛け合いのまま、俺と楠木さんは声を揃える。

 

 

 

「『生きて』」

 

「『生きて』!」

 

「「『粋がっていこうぜ!』!!」

 

 

 

 お互いのがなり立てた、ざらついた叫びがマイクを突き抜ける。その心地良さに上げた笑い後も会場に広がる。

 

 沸いた観客と一緒に、最後のサビへ!

 

 

 

「「『Let's fly 限界まで』」」

 

「「『二人行けるところまで』」」

 

 

 

 一緒に歌ってくれている人。力強く手拍子する人。笑顔で写真を撮る人。

 

 見に来てくれた人に俺たちの興奮を伝えるように、声を張り上げる。

 

 

 

「「『キミとなら苦痛すら 余裕へと変わる』」」

 

「「『だろ?ほら!』」」

 

 

 

 さあ最後の盛り上がりらしく転調!会場全部の音も人も一緒になってラストへ向かう。

 

 

 

『Let's fly いつか終わりへ』

 

『辿り着いたどこかで』

 

『さらなる道が 見えてくるはず』

 

 

 

 あー、クソ。

 

 終わってほしくない。ずっとこの場で弾いて歌っていたい。時間の進みが遅く感じるのに、もっと、もっとと望んでしまう。

 

 

 けど、その時目が合った。

 

 

 

「「二人目が合えば それが全て」」

 

 

 

 ──楠木さんと。

 

 今歌ったように、お互いの思っていることが全て通じあった。

 

 

 本当に楽しい。まだこの喜びの中にいたい。だけど、あと数十秒でこの時は終わる。

 

 発表が終わって、文化祭も終わって、日常に戻ってしまう。

 

 でも、それでいい。

 

 皆と……、君と一緒なら、こういう最高に楽しいこと、またいくらでも出来るんだから。

 

 

 

「「『さあ行こう 息を揃えて』」」

 

 

 

 前を向く。ライトのまばゆい光を見つめ、歌い上げる。

 

 

 

「「『まだ見えない 青い 未来へ』」」

 

 

 

 最後の歌声と共に鳴り響くアウトロ。

 

 余韻と共に会場を震わせ、大喝采の中に包まれていく。スピーカーが完全に沈黙してもそれは止まない。

 

 

 俺たちはやり切った達成感と興奮を、ステージを立つ最後まで存分に味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステージ裏手に着くまで、俺たちは不思議と無言だった。

実行委員の言葉にも生返事。少し背や肩を小突き合い、上がった息を整えていた。

 

 

 次の組の発表準備が出来たのか、ステージの方から歓声が聞こえてきた。ついで演奏も。

 

 その音が背を打った時、俺たちはようやく大きく息を吐き出した。

 

 

 

「……はは」

 

「……っ、ふふ……」

 

「へへ」

 

「……はぁ、……ははは……」

 

 

 

 誰からともなく笑いだす。暗がりでも分かる照れくさい笑顔を浮かべ、顔を合わせた。

 

 

 

「なぁ」

 

「ね」

 

「うん」

 

「良かったね」

 

「クソ最高だった」

 

「うん、ホントに、ホントに!」

 

「楽しかった!」

 

「ああ!」

 

「うん、うん。……あーマジで、マジでバカ楽しかったーっ!」

 

 

 つたなかった声が徐々に言葉になって、やっと思いを共有できた。まだ足りないのか、徹はステージの邪魔をしない程度に声を張り上げる。

 

 と、急に徹がふらつく。俺にもドンと衝撃。百合が徹ごと俺たちに抱き着いてきていた。

 

 

 

「っぶ……、も~、百合~?」

 

「ばか危ねえだろ」

 

「……いーでしょ、これくらい!

 

マジでホンっト、皆バカ最高だったんだから!」

 

「まーな」

 

「まーね」

 

「うんうん、最高だった!」

 

「でしょ?でしょ?でさー、ねー、もう!特に明里!」

 

 

 

 百合は今度は個別で楠木さんを抱きしめに行く。

 ちょっと苦しそうな顔をしたものの、楠木さんも同じくらいの力で返した。

 

 

 

「ちょ~盛り上げ上手だったじゃん!何あれ!リハと全ッッ然違ったじゃん!?

あんな風にやる気なら最初から言っといてよ~」

 

「それ思った!明里ちゃんマジ全然違ぇじゃんって!」

 

「えあー……えっと、だってなんか、ノリノリになっちゃって……」

 

 

 

 思わず吹き出す。だってマジで、一昨日とは大違いだった。

 

 最初の挨拶だって「よろしくお願いします!それでは聞いてください!」から始まる、楠木さんらしいものだったはずなのに。

 

 

 

「で、『行ってみようか』?」

 

「そう。『行ってみようか』になっちゃった」

 

「なっちゃったんならしょうがないね」

 

「えーでもマジ超カッコよく始まったじゃんあれでさ!

 

あとさぁアレ!掛け合い!いつの間に相談してた訳?」

 

「えーと、あれはアドリブ……」

 

「うん。完全にアドリブ」

 

「えっウソ。良く出来たね!?」

 

「それなぁ」

 

「あはは……だって、赤坂くんなら出来るかなって」

 

 

 

 で、実際できたってワケ。マジナイスアイデア。アレをステージ上で決めれたのはマジ最高だった。

 

 

 でもそれ言うなら急にマイク向けられて弾きながら歌えたお前らもスゲーよ。

 

 そう言うと、二人とも当然と言わんばかりの笑顔を見せてくれた。

 

 

 

「……ホントに楽しかったな」

 

 

 

 改めてしんみりと、徹が呟く。

 

 俺らの次にやってたバンド組も大盛り上がりで、喝采に見送られて裏手に戻ってきたそいつらを眺めながら徹は続けた。

 

 

 

「マジ。ホントに。……ね、百合。楽しかったよ」

 

「……!」

 

 

 

 視線はそのままに百合に語り掛けている。

 

 俺と楠木さんは少し離れた。二人だけで話させてやろう。

 

 

 

「楽器やんの、最初はちょっとヤだったけどさ……マジでバカ楽しかった。

 

百合が誘ってくれて良かった。マジ百合のお陰だよ」

 

「……徹」

 

「っひひ、ホント、さすが百合!あの時言ってくれた通りだ。

百合がいるからだよ。超完璧で、超最高に充実した高校生活なの。

 

ありがと、百合」

 

「…………、全く」

 

 

 

 フードを被ったままの百合の表情は見えない。徹の頬に手を伸ばし、軽くつまんだのが分かった。

 

 

 

「このバカ。これで終わりみたいなこと言わないでくれる?まだ1年半あるんだから。

 

あのね、いーい、徹?

このあたしが、まだまだ超完璧で、超最高に充実した高校生活送らせてあげるんだから。

 

楽しみにしといてよね」

 

「……うん。マジ信じてるよ百合。超楽しみにしてる!」

 

 

 

 ほぼ告白じゃんかってカンジの会話のくせに、徹と百合はいつも通り。

 俺らとは違う二人なりの絆を感じて、俺と楠木さんも顔を見合わせて笑い合った。

 

 

 裏手にまた新しくバンド組の演奏が響いてくる。俺らだけのものだと思ってた歓声は、どの組にも浴びせられている。

 

 でもそれでいい。そうだからいい。

 

 だってさっき、俺たちはあのステージの上で学校一の主人公だった。1回しかない高校文化祭のバンド。夢にまで見たそのステージにこの4人で立てて良かった。

 

 

 俺はこの日のことを一生忘れない。

 

 

 

 

 

 

 楽器を置いて講堂の外に出ると、雨はすっかり止んでいた。雲の切れ目から青空さえ見える。

 

 その様子を写した水たまりを蹴飛ばすように、俺たちは飛び出していった。






後書きとして裏話を。



もともと俺戦は透と明里の二人だけで3年間を描く予定でした。
もちろん今話のバンドシーンもです。

ですが1年生編を書いていて、メイン二人だけで回すのはあまりに大変だったため、急遽徹と百合というキャラを新たにメインに据えることにしました。



この二人のキャラ構築には難儀しました。

上記のように元々作品に居ない存在だったため、1年生編で積み上げたキャラたちの関係値を壊さないよう、かつ馴染むよう考えました。
(33話と34話の間でかなり更新にお時間頂いたのはそのためです)



初めに「透と明里それぞれの同性の友達を作る」ことを主軸に置きました。

二人には中学・高校と同性の友達を設定していますが、ガッツリストーリーに噛ませられるキャラではなかったので、まずはそこを埋めようと思い立った訳です。

(健人も透と同性の友達ではありますが、あの二人はライバルの側面が強いので)



次に、それを踏まえて、透と百合・徹と明里をどう絡ませるか?ということを考えました。

透と明里・徹と百合は既に出来上がった関係。
それは絶対に崩さないようにしつつ、基本ペアとは異なる形で影響を与え合う形にするにはどうするべきか、難しい所でした。



結論として、お互いの鏡映しのような存在にするということにしました。
透と百合・徹と明里だから言えること、分かってあげられることがあるような関係性です。


徹と明里。

一人っ子で、ちょっと子供っぽい。吹っ切れると真っ直ぐに進んでいける。
色々あったものの、今現在親にはしっかり愛されている。その自覚と自信があり、自分も親を愛している。
自分なりに楽しく精一杯生きてきた人生に向かって、勝手に『かわいそう』なんて言われたくない。言わせない。



そして透と百合───については、これからの話で描いていきます。


最後に、ここまで読んでいただきありがとうございます。

作品は大きな山を抜けて折り返し地点。彼らの青春物語を最後まで楽しんでいただけたら幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。