俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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5話目です。


第5話 英気を養え  ──フライドポテトとアップルパイに背を押され──

 テスト。

 

 たかが三文字。

 たかが授業から出題されるクイズ。

 正解を書けば良いだけの簡単な作業。

 

 それでも俺たち高校生の心を陰らせる何かがそれにはある。

 

 

 

「もう二週間後テストってありえなくね?」

 

「それなー」

 

「ダルすぎ」

 

「オレもう今日から勉強すっから」

 

「嘘つけ」

 

「ぜってぇやらねぇだろ断言できるわ」

 

 

 

 ぎゃははー、なんてデカい笑い声がこっちまで聞こえてくる。

 

 クラスのどこもかしこも話題はテストで持ちきり。それは俺たちも例外じゃない。

 

 

 

「……だってさ。一理あんね」

「うー……」

 

 

 

 おにぎりを頬張りながら目の前の女子がうめく。テストの自信がないってのは顔に書いてあった。

 

 

 

「何?そんな自信ねぇ?」

 

「だって、私もやるやる言って、やらないんだろうなぁって」

 

「だいじょぶ、俺も一緒」

 

「慰めにならないよー」

 

 

 

 5月も半ば。高校生になって初めての中間テストが迫っていた。

 

 正直自信うんたらよりも、勉強の仕方が身体から抜け出てる方が俺にとっては問題だった。

 

 中学時代のテスト勉といえば、先生や張り紙や配布物やらが『テスト勉強は二週間前から!』と声高に叫ぶ中、いつもだらだら先延ばし。

 テスト前日必死こいて提出予定のワークを仕上げ、それをテスト勉にするのが常だった。

 

 つまりは一夜漬けってカンジ。

 一応平均点プラマイ10点、たまに80点代を出し『さすが俺、天才じゃね?』とか過信を繰り返し、三年間線グラフは横ばいのまま。

 

 そんなんだから志望校落ちるんだぞ。

 

 

 

「んなわけでさー、楠木さん。今日どうよ?」

 

「今日?帰り?いいけど…何するの?」

 

「んー?おべんきょーにぴったしなところ」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!何食う?」

 

「…えっと……?」

 

 

 

 高校生のテスト勉と言えばそう!マックだ!

 

 というわけで、放課後俺たちは神月駅のテナントに入っているマクドナルドに来ていた。

 

 

 

「いやー、一回やってみたかったんだよなー、マックで勉強!」

 

 

 

 放課後すぐに来たからか、店内は結構空いていた。

 

 高校生グループに、カップルに、子連れに、おじいちゃんたち。

 老いも若きもジャンクフードを囲んで和やかに談笑している。

 

 

 さて何を食うかな?

 ポテトは確定として、安めのハンバーガー、いやあのカップルが食べてるアップルパイもいいな。でも金がなぁ……。

 

 

 財布の中身を確認しつつウキウキで広告を眺めていると、楠木さんがおずおず声を掛けてきた。

 

 

 

「あの……」

 

「あん?」

 

「えと……どうやって注文するの……?」

 

「…………はぁー?」

 

 

 

 俺の声か楠木さんのせいか、店員さんがびっくりしてこっちを見てきた。店内中の視線から逃げるように端に楠木さんを引っ張っていく。

 

 

 

「ちょちょちょ、ちょっっと待てよ!楠木さん来たことねぇの?マックだぜ?!天下の」

 

「き、来たことは何回かあるけど……一回も自分じゃ頼んだことないし…そもそも何食べるかも決めたことないし……」

 

 

 

 尻すぼみになる声と共に縮んでいく楠木さんを俺は引きつった顔で眺めた。

 

 

 

「どんだけ箱入りなんだよ……」

 

 

 

 所々そう思う行動はあったけど、まさかここまでとは思ってなかった。

 

 ため息を──表情が曇るのを見て──つくのを止め、楠木さんをカウンターまで引っ張っていった。

 店員のお姉さんは何もなかったように「いらっしゃいませー」と言ってくれる。

 

 

 

「はい!まず食うもん決める!俺のオススメはハンバーガーかパイかポテト。

はい、どれにすんの?」

 

「じゃあアップルパイ……」

 

「アップルパイがお一つ」

 

「あとポテトLサイズ一つ。次はドリンク!なにがいい?ほらここ書いてあるから」

 

「えっ、じゃ、じゃあコーヒーで……」

 

「俺はコーラ、両方Sサイズで」

 

 

 

 店員さんが繰り返すのを聞きながら横を見ると、楠木さんは物珍しそうにメニュー表を眺めていた。

 

 

 

「んなもんネットでいくらでも見れるから!ほら行くよ」

 

 

 

 レシートと席札を貰って、背負ってるリュックごと背をぐいぐい押していく。

 

 ずーっとキョロキョロしている楠木さんを座らせて、レシートをぺしっとテーブルに叩きつけた。

 

 

 

「ね?簡単だったろ?」

 

「あ……うん」

 

 

 

 楠木さんから商品分の金を受け取る。さっき俺が払った分だ。

 

 

 

「さすがに注文の仕方分かんねぇはやべーよ楠木さん。感謝しろよな」

 

「うん。ありがとう、赤坂くん」

 

「へへっ、これで一人でも来れんね」

 

 

 

 そこで丁度頼んだものが運ばれてきた。

 コーラを取って、後はトレイごと楠木さんの方に押しやる。パイはこぼしやすいし。

 

 

 

「ワンチャン食ったことないって言われたらどうしようかと思ったわ」

 

「ハンバーガーくらい食べたことあるよー」

 

「違う、マックの話。ジャンクフード」

 

「ありますー」

 

「何回ぐらい?」

 

「……2回?」

 

「うわ」

 

 

 

 なんと見事な箱入り娘。カラオケの話とかそういう所からも薄々感づいていたけど、どんだけ親が厳しいんだか。

 

 いや、でも今はこうやって俺と色々行けてるしそうでもないのか?

 

 親に「遅くなる」って連絡すれば遊んでも良いみたいだし、何より連絡するとき楠木さんは嫌な顔一つしない。

 

 高校生になったら好きなだけ遊んで良いって方針とか?いや考えすぎだ、もしかしてモス派なだけかも…。

 

 

 色々質問したい口はポテトで詰め込んで、アップルパイを食べようとしている楠木さんを眺める。

 

 なかなか箱が開かないらしく、中のパイをカタカタ言わせながら四苦八苦している。

 マジで慣れてないんだな。

 

 

 

「……それ真ん中から開けられるけど」

 

「えっ……。あ、」

 

 

 

 ミシン目に沿って切り取り、ようやくアップルパイが箱から出てくる。

 

 

 

「あとそれすげぇあつ…」

 

「熱っ!」

 

「ほらー」

 

「もっと早く言って……」

 

 

 

 コントみたいな食べ方をしつつ、ようやく楠木さんはその甘さに顔をほころばせた。

 食べる度さくさくいい音が聞こえてくる。

 

 あー、俺も買えばよかった。資金的に見送ったけど。

 

 

 小っさいカリカリのポテトを食いつつ、片手で教科書類を出す。それを見て楠木さんも思い出したようにリュックを漁った。

 

 

 

「何やんの?」

 

「うーん、英語にしようかな。表現の方」

 

「英表ってなんか提出すんのあったっけ?」

 

「ワーク。ページがまだ分かんないけど」

 

「まぁ最初の10ページくらいは絶対やるだろ」

 

「それもそっか」

 

 

 

 同じワークをすることにして、筆記用具と一緒に机を埋め尽くす。

 

 ……なんだか、すごいミスマッチだ。

 美味しそうな匂いが漂う中、ちょっとガタつく質素な机にワークとシャーペンと消しゴムが乗っている。

 

 特に消しゴム。

 いつも通りスリーブを無くして薄汚れた白い塊が、飯食うところに平然と乗っている。

 

 俺はそっと消しゴムをつまんでワークの上に乗せた。

 

 

 

「……思ってた倍集中できねぇな」

 

「赤坂くんが行きたがったのに」

 

「だって夢じゃん、こういう所で勉強すんの。マジで高校生って感じ」

 

「集中出来なかったら意味ないよ?」

 

「だから今日来たの。まだ2週間だからリカバリー効くだろ?

それにどーせやらねぇならそれっぽくしてぇじゃん」

 

「今日絶対進まないね……」

 

「大丈夫、期限までに提出できりゃ良いの」

 

「それじゃあ中学と変わらないままだよー」

 

 

 

 ぶつくさ言いつつ、ワークの答えを埋めていく。

 

 一問解いては雑談を繰り返し、飲んでは食べる。遅々として進まないワークとは裏腹に、俺の気分は上々だった。

 

 

 

「英語の先生ってなんで皆して癖強いんだろうな」

 

「確かに……篠塚先生とかすごいよね」

 

「あー、あの声でけぇ人ね?日本語までイントネーションすげぇ人」

 

「そうそう、声だけでどこの教室か分かっちゃうよね」

 

「それな、実質ブザー」

 

「ブザーって…」

 

「音録音して防犯ブザーにすりゃあ結構売れんじゃね」

 

「誰も買いたくないよ、不審者の方が怖くなっちゃう」

 

「効果アリじゃん」

 

「じゃあ、売れるかも?」

 

「売れたら二人で山分けしようぜ」

 

「購買のパン買い放題だね」

 

 

 

 俺の無駄話に笑った楠木さんは、一旦シャーペンを置いてコーヒーをゆっくりすすった。

 

 その穏やかな顔を見て、俺はちょっと心が軽くなった気がした。

 

 

 最近、楠木さんはちょっと変だった。

 俺と話していると、ふと不安そうな顔をする。行き帰りの電車でも口数がなんだか少ない。

 

 だからまあ……さすがにちょっと心配で、気分転換てことで誘ってみた。作戦は成功か、今日は普段通り軽快な調子で話せている。

 

 

 もしかしたら、『最近どーかした?調子わりいの?』くらい聞くべきなのかも知れない。

 勉強に遊びにランチに、一ヶ月ちょっとを共にした友達として。

 

 でも聞いてない。というより聞きたくない。踏み込みたくない。

 

 俺はそういう話が嫌いだ。いちいちそういうことを聞かなきゃ友達じゃないのかって感じがして、じとじとしてて嫌だ。

 だから楽しい話だけしていたい。遼太郎たち(あいつら)といる時みたいに、馬鹿笑いしていたい。

 

 だから、俺は何も聞けないでいる。

 脳裏をよぎる「相手がいないから一緒にいるだけ」って言葉に見ないふりをしている。

 

 

 

「やっぱ全っ然進まねぇな」

 

「だねー」

 

 

 

 勉強に飽きてきて顔を上げると、トレイの上はすっかり空になって、外も青暗くなっていた。

 

 

「まあやる気は出たからいんじゃね?モチベ上げ大事だし?」

 

「そのモチベーションが帰るまで持つかなー」

 

「大丈夫、どうせ持たねぇから」

 

「だめじゃん」

 

 

 

 ワークも終わったことだし、店を出て改札に向かった。

 

 いつもより遅くなったせいで部活帰り&会社帰りにかち合い、電車はぎゅうぎゅうだった。

 側にいたはずの楠木さんはちょっと離されて窓際に押しやられていた。

 

 

 外をぼけーっと眺めてるその横顔を眺める。

 前髪伸びたな。眉上でバサバサに切られてた髪はもう眉に掛かるぐらいだ。

 

 ふと自分の左頬に触れれば、傷はもうほとんど治っていた。額の傷もない。

 

 それがなぜだか寂しく感じた。

 

 

 

「よ、透!」

 

「あ?」

 

 

 

 と、急に肩を叩かれて振り向くと学ラン姿の大柄な男子がいた。

 

 

「秀二ー!」

 

「ひっさしぶりだなぁ、おい!」

 

 

 

 喜多川秀二。元サッカー部部長。

 

 卒業式後のサッカー部の打ち上げぶりだ。

 引退してからすっかり勉強家になり、歩夢と同じ高偏差値の神月高校に受かった猛者。

 

 

 

「全然変わんねぇなお前ー!相変わらずでけぇな」

 

「お前も相変わらず不良だなー、茶髪頭」

 

「うるせぇよ」

 

 

 

 2ヵ月ぶりのやり取りに、小さい笑い声がざわめく電車に溶けていく。

 

 

 

「どーよ最近?部活は?」

 

「やってねぇよ見りゃ分かんだろ。お前も?」

 

「いや、オレ生物部入ったわ」

 

「はぁー?合わなすぎだろ」

 

「ずっと虫と遊んでる」

 

「いや楽しそうだなおい」

 

 

 

 このでけぇ男が相変わらずちっせぇ虫と遊んでるのを想像するとそれだけで面白い。

 中学の頃からトンボだのバッタだのを捕まえてサボってる欠陥部長だったから、まああるべき所に落ち着いた感じか。

 

 

 

「よくやったよな……でけぇバッタ探し」

 

「ああ…良い場所だったよなあの原っぱ」

 

 

 

 トレーニングで学校周辺を走る事があったけど、そこに丁度良い空き地があった。

 草がわっさわさに生えていて手つかず。秀二の一声でほぼ全員がバッタ探しに夢中になり先生に死ぬほど怒られたのが懐かしい。

 

 そんなだから県大会まで行けねんだぞ。

 

 

 

「『サッカー部からバッタ部に改名するか!』ってな」

 

「あれ皆笑ってたよな」

 

「先生も半笑いだったし」

 

「なつかしー」

 

 

 

 あふれ出す中学の思い出に身を委ねていると、電車のアナウンスが聞こえてきた。そろそろ着くらしい。

 

 そこで俺はやっと楠木さんの事を思い出した。やべっ、と周りを見渡すとちゃっかり空いた席に座ってスマホを見ていた。

 

 

 

「どしたん」

 

「いや、ちょっと一緒に帰ってる子がいてさ」

 

「え、誰?もしかして女?」

 

「いや……まあ……」

 

「嘘だろおい先に言えよー!誰?」

 

「誰が教えるかよバーカ。もう降りたみてぇ」

 

「えぇー、つまんねぇの」

 

「そういうお前こそどうなんだよ」

 

「は?男子校ナメんなよ」

 

「塾で関わりあんだろ教えろよー」

 

 

 

 おだてるとでへでへ話し始めた秀二を横目に、楠木さんにメッセージを送った。

 

 

 

『中学の友達に捕まったから先帰って』

 

『わりい』

 

 

 

 チラッと楠木さんの方を見ると目が合った。笑ってスマホごと手を振って返してくる。

 その後返信。

 

 

 

『分かった』

 

『また明日ね』

 

 

 

 電車が止ると、楠木さんは足早にホームに降りていった。こっそり手を振ったけど気づかなかっただろう。

 

 一緒に降りた秀二はまだ女子関係の悩みを管巻いていた。

 

 

 

「あー、どっかにいねぇかなぁ。虫気持ち悪がらなくて、頭良くて、一緒にゲームしてくれるような女の子」

 

「いねぇよ高望みしすぎだろ」

 

「あーあ、お前の女見たかったなー」

 

「そーいうんじゃねぇよ、ただのトモダチ」

 

「ほーん?」

 

 うだうだ絡まれながら駅を出る。

 楠木さんはもういなかった。ちょっと悪いことをしたけど、秀二に合わせたくなかったからしょうがない。

 

 秀二と同じくらい言い返せるタイプじゃないと、あいつと付き合うのは難しい。多分楠木さんの苦手なタイプだ。

 ……ああ、元々は俺もそうか。

 

 

 

「まあ『トモダチ』だろうと気使ってやれよー、女の子は行動にも口にも出して欲しいんだぞ」

 

「誰目線だよ彼女ナシ」

 

「姉ちゃんの言葉だぞ、間違いねぇ」

 

「んだそりゃ」

 

 

 

 そんなことを言われながら、帰路につく。ちょっと歩けば秀二とはお別れだ。

 また会おうな、遊ぼうぜ、と手を振ってその叫びに応えてやる。

 

 

 街灯に照らされた薄暗い道を一人で歩いていると、秀二の言ってた言葉が嫌に頭の中で再生された。

 

 

 翌日、駅に行くと楠木さんはいつも通り待っていた。いつも通り雑談して、弁当を食べて、帰ってきた。

 そして、電車の口数は減ったままだった。

 

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