俺らの青春戦略   作:さんかくふらすこ

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お待たせしました。50話です。

ついに50話。
こんなに長く続けられているのは皆さんのお陰です。
いつも読んでくれてありがとうございます。


第50話 強情フロウ  ──見ないふりのリリック──

「えーだってホントにすごかったんだよ?スパーン!て壁に当たってさ、すっかり半分ぺちゃんこになっちゃって!」

 

「……うん」

 

「周りの子皆びっくりしてた!

 

でね、でね?谷中ちゃんてば、焦りもしないでさ、そのへこんじゃったピンポン球越しに太陽見て……、『ほらご覧、日食』って!

 

っふふふ……!ふふ、あはは……!」

 

「うん、うん……。……あの、楠木さん?」

 

「何かな赤坂くん!?」

 

「いや、その……。……何かお前、熱くない?」

 

「………………アツイ?」

 

「……うん、あの、物理的に」

 

「……………………。……ぶつ、……?」

 

 

 

 異様なテンションだったのがピタッと固まって、オウム返しをする楠木さん。

 訳が分からなそうに青白い顔を傾げるのを見て、俺は嫌な予感が当たったのを確信した。

 

 

 冬に両足突っ込んでる11月も終盤。

 ホント気がつけばもう12月も目前ってカンジで皆ビビっていた。

 

 修学旅行から帰ったと思えば早速三者面談。志望校と進路の話。ついでに中間テストの通知表と模試の結果も帰ってきた。

 

 中間テストは全体280人中39位。超嬉しい。40位代脱出だ。

 

 特にこの教科がダメってのが無くなってきて、全体的に上位。先生にも『来年はⅡクラスでも上のクラスになりそう』って言われた。

 

 んで模試は総合偏差値59。

 

 模試になるとガクッと数学が足を引っ張るのが悲しい所だけど、1年の時よりはよっぽど良い。

 少なくとも50代なんだし、このままやってりゃ伸びるはずだ。

 

 国語と社会が60越えで良好、英語もやや伸びで頼りになるし、化学基礎と地学基礎もいい位置につけてる。

 

 こっちも全体いい感じって言っていいと思う。

 

 

 そう、成績は良い。けど問題は進路だ。

 

 俺はまだ志望校が固まりきってない。

 可能な限り関東圏で、高校の教員免許取れて、ちょい頑張れば行けるレベルの、国公立。

 

 ってのを二者面談で話したから、先生が条件に合う大学をまとめて来てくれた。

 

 でも学部や偏差値が並ぶその表は俺が模試判定で書いてたのとほぼ同じ。やっぱりそうなるよなぁ、ってカンジだった。

 

 改めて大学の名前を見ると現実感が無くて、隣の母さんが先生とああだこうだ話しているのを聞くだけ。

 

 結局その場じゃ決めきれなくて三者面談は終わった。

 

 

 清水先生は『途中で変えることも多いから、まだ偏差値を上げることを意識してれば良いよ』なんて持ち前のキンキンした声で言ってくれたけど、俺はそんな極楽鳥みたいな気分にはなれなかった。

 

 

 反対に母さんには厳しめに『絶対ココ行く!って目標を先に決めなさい』って帰りの車の中言われた。

 

 

 

『とりあえず高めに目標決めてガンガン上目指すの。そーすりゃ後から幅広く選択肢が取れるんだから』

 

『それにアンタ目標あった方が頑張れるでしょ』

 

 

 

 母さんてよりは塾講師・赤坂先生のお言葉に、俺は頷きたくなかったけどそうした。

 

 

 だって目標があったほうが頑張れるってのは、期間が短い場合かつ失敗してもどうにかなるって時だけの話だ。

 

 『〇〇点取ったらゲーム買ってもらえる!』ってのも、楠木さんと1年間頑張ってⅡクラス昇格目指そうってのも、点数で百合に勝つのを目指すってのも、言っちゃえば全部失敗してもノーダメ。

 実際最後のは今まで全部負けてるし。

 

 

 でも大学受験は失敗したらマジ終わり。

 

 ダメだったけど頑張って得られたものあるからOK!とはならない。結果が全部だ。

 一か八かの目標って頑張る気起きない。

 

 人生の大半が掛かってる選択をするのに17歳は早すぎる。

 

 

 なんて、考えるだけでゲロ吐きそうな重たい話を引きずったまま、今度は修学旅行の振り返り。

 思い出まとめみたいな気楽なパワポ作りだ。

 

 ……つっても、わざわざパソコン室行ったり写真USB入れたりとかビミョーに時間食ってくる。

 微妙に皆と時間合わなくてまだ出来てない。

 

 先生って勉強させたいんだが謎に時間を浪費させたいんだがどっちなワケ?作文も書かせられたし。

 

 

 んで授業もいつも通りのスピードでガンガン進む、小テストもバカスカ出る、体育の授業はマラソン大会に向けてオール走り込み。

 

 俺でもかったりーってカンジだったこの日々が、楠木さんに余裕な訳もなく。

 

 

 

「えっと……、どーいうこと……?」

 

「……楠木さん、熱っぽいぞ」

 

 

 

 ちょうど昨日のマラソン大会で限界を迎えたのか、楠木さんは誰がどう見ても風邪を引いていた。

 

 

 朝会ったときはちょっと元気ないなくらいだった。若干ぽや〜っとしてる感じ。

 

 まぁ楠木さん低気圧に弱いし、今日天気悪いからそのせいかな、なんて思ってた。登校中も昼休みもそんな雰囲気だったし。

 

 

 ところが帰りに会ってみたらなんか違和感。外に出て自転車こいでるうちにどんどん変なテンションになってきた。

 

 徹と百合と一緒に駅で遊ぶ予定だったけどキャンセル。

 

 二人に見送られ、なんで予定がチャラになったのか全く分かってなさそうな楠木さんを電車に乗せたのがついさっきのこと。

 

 

 で、運良く横並びに座れたらコレだ。

 

 青い顔なのにハイテンションでペラペラペラペラ。ブレザー越しでも分かるほど、触れ合っている肩から熱が伝わってきていた。

 

 

 

「……ネツ……?」

 

「風邪引いたんじゃねーのって話」

 

「えぇ〜?まっさかぁー」

 

「え゛、ちょっ……!?」

 

 

 

 未だに風邪を認めない楠木さんは、なんと俺の額に手を伸ばしてきた。前髪を避けてぺたりと手のひらをつける。

 もう片方の手で、自分にも同じように。

 

 

 このバカが人前だぞ、と振り払いたいところだったけど止めた。

 

 触れられてる手のひらが、身体と反対で不気味に冷たい。確か熱が上がり始めた合図だったはずだ。

 うわーもうコイツ完全に風邪じゃん。

 

 

 

「んん……?赤坂くん、冷たいね?」

 

「お前が熱いんだよ」

 

「……そう、なのかも……?」

 

 

 

 一発ボケを挟んでるうちに自分の体温に気がついてきたのか、楠木さんは眉を寄せた。

 

 ゆっくり額の手が離れていって、考えるようにリュックごと身体を抱く。

 

 

 

「そういえば、ダルいような……」

 

「だーからずっと言ってんじゃんそうだって!

 

ったくさぁ、帰ったら寝とけよな。マジ移したら許さねえぞ」

 

「……ん……そうする……。

 

そっかぁ…………風邪かぁ…………」

 

 

 

 深く息を吐き出す楠木さん。

 やっと分かってくれたかと安心したのもつかの間、楠木さんはリュックにガクッともたれた。

 

 

 

「どっどどどうしたんだよ」

 

「……なんか、急に……疲れた……」

 

「はぁ?えっおいちょっとウソだろ楠木さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 雨上がりの湿気った空気の中いつも通りの時間に駅に行くと、楠木さんのお母さんが立っていた。

 お辞儀しつつ近づくと、娘によく似た顔をパッと上げて駆けてきてくれる。

 

 

 

「……はよざいまーす」

 

「赤坂くん!おはようございます。昨日は本当にごめんなさいね。色々してもらっちゃって、コレも……」

 

「いや、全然!マジホント大丈夫っすよ。あの後どうでした?」

 

「お医者さんに掛かったんだけど、普通の風邪でした。

 

でも熱が高くて、今日もまだ……。しばらくお休みになっちゃうかな」

 

「はは……、だと思いました」

 

「ご迷惑おかけしてごめんね。あ、これも!昨日のお礼」

 

「えっ、あーうわ、いいっすよ別に!」

 

「ううん、受け取って。明里に頼まれたものだから」

 

「……じゃあ、いただきます」

 

「うん、どうぞどうぞ。色々ありがとうね。お時間取らせてごめんなさい。行ってらっしゃい!」

 

「っす」

 

 

 

 ブレザーとポッキーを受け取ると、楠木さんのお母さんはペコペコしながら足早に去っていった。

 

 その先には楠木さんちの車。どうやら出勤前に来てくれたらしい。その背を見送って、俺も駅に入った。

 

 

 昨日はあの後マジ大変だった。

 

 風邪だってのを自覚して楠木さんは一転ぐったり。

 

 親へ連絡させて、家まで歩けなさそうだから駅に迎えに来てもらえるようにして、お母さん来るまで付き添ってベンチに座らせてお茶買ってやって、それでも『寒い』とか言うからブレザー被せてやって。

 

 時間にして30分くらいだったけど、めちゃくちゃ長く感じた。

 

 周りの人に滅茶苦茶心配されるし、途中で雨は降りだして寒いし、クソ疲れたし、家帰ってからブレザー貸しっぱだったの気がつくし。

 

 

 まぁ良いんだけどさ。

 

 ブレザーはさっき返してもらえたし、お礼にポッキー貰えたし?

 良いんですけどね?

 

 

 ホームで電車を待ちながらリュックを下へ置く。ポッキーをしまってブレザーを羽織る。

 

 

 

「……」

 

 

 

 その瞬間、ふわっと自分じゃない匂いが香った。

 

 思わず固まった。

 昨日に増して寒い朝なのに耳のあたりがじわじわ熱くなってきて、謎に咳払いなんかして誤魔化す。

 

 

 

「んん……」

 

 

 

 …………いや、ダメだ。無理だ。誤魔化せねえ。良いわけねえだろ。

 

 

 何してんだ俺。

 

 お前それは無いだろ。何ブレザー貸してんの?女子が寒いって言ってたからって、テンパってたからって、あれしかなかったって、それは無いだろ。

 

 つーか楠木さんも受け取ってんじゃねえよクソ。

 しかも家まで持って帰ってんじゃねぇよバカ。さっきお母さんの顔見れなかったじゃんかよ。

 

 

 ホームに入ってきた電車の風が顔を打つけど、やっぱり熱いまま。

 

 一人電車に乗る前、俺はブレザーを脱いでリュックに押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 授業を乗り越え昼休み。周りで友達が騒ぐ声を聴きながら弁当を開く。

 

 今日の昼飯は目玉焼き丼。炒めたソーセージとほうれん草、冷食の白身魚のフライも乗っけて、だいぶ食いごたえのある感じに仕上がった。

 

 

 ソーセージの焼き方って毎回悩むよなぁ。

 

 弁当に入っててテンション上がんのはそのままか切れ込み、弁当に入れやすいのは斜め切り、ほうれん草と一緒に食べやすくするなら細切り。

 

 つーわけで今日は見た目を重視してそのまま贅沢に3本も……なんて話をしようとして、そんな話を楽しんでくれるやつは今日居ないことに、顔を上げて気がついた。

 

 

 徹が購買のサンドイッチをもさもさ食いながら焦った顔で古典単語帳をめくってる。

 その周りに井ノ上とか坂本とか、5組の男子がテキトーに集まって昼飯。

 

 百合もいない。今日は自分のクラスで他の女子の友達と一緒に食べるっつってたっけ。

 

 うん、そう、そうでした。そうだったわ。

 

 

 声を掛けようとした人が居ないせいで、俺は口開けっぱの間抜けな顔で固まっていた。

 誤魔化すようにソーセージを食おうとして取り落とす。

 

 べちっと目玉焼きの上に落っこちたのに気が付いたのか、徹が単語帳から顔を離した。

 

 

 

「なに透くん、食欲ないの」

 

「ちげぇよ」

 

「勘弁してよ透くんまで風邪とか」

 

「ねーよ」

 

 

 

 そう返しながら、冷めて肉汁の固まったソーセージで飯を掻っ込む。

 徹も単語帳に視線を戻しつつサンドイッチを食べるけど、珍しくムスッとした顔をしていた。

 

 

 

「……なんか、明里ちゃん居ないと面白くないね」

 

 

 

 理由はどうやらそれらしい。

 いつもだったら「百合もいないし」とでも続けそうなのにそれだけで、徹は変わらず浮かない顔だった。

 

 

 

「えー、そーでもなくね?別に毎日一緒に食ってる訳じゃないじゃん」

 

「そうだけど、学校自体に居ないのはちょっと違うじゃんか」

 

「変わんねぇだろ」

 

「………はぁ」

 

 

 

 俺の返しに、徹は深ーくため息を付いた。楠木さんが居ない寂しさじゃなくて、うんざりしたような呆れた顔で。

 

 単語帳の「さうざうし」をこれ見よがしにシャーペンで叩きつつ口を開く。

 

 

 

「素直になりなよ透くん。透くんも明里ちゃん居なくて寂しいんでしょ?」

 

「バカ言え」

 

「でも心配はしてんじゃん?」

 

「多少」

 

「調子も狂うし?」

 

「それは無い」

 

「はいウソ~」

 

 

 

 「いや、ダウトだっけ?」と修学旅行の深瀬の真似をしつつ、徹は声を抑えてニヤァと笑った。

 

 

 

「今日だいぶ上の空だよ透くん。1限の地学もどこ読むか分かってなかったじゃん」

 

「眠かっただけだわ」

 

「3限の日本史のミニテストもダメダメだったね」

 

「アレは今日問題が悪かったろ!作品名なんか覚えてるわけねーし!」

 

「んー、あとさぁ」

 

 

 

 ぱたっと単語帳を閉じる徹。そのまま周囲の皆の手元を指し示す。

 不思議なことに、クラスの男子ほとんどが単語帳を持っていた。

 

 ん?………あ、待てやべぇ、思い出したかも………。

 

 

 

「昨日おれに『明日の古典の単語テスト忘れんなよ』って教えてくれたの、誰だっけ?」

 

「………………………………クソが……」

 

 

 

 2年2学期中間振り返り50問単語テストは、あと45分後に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際のところ、実は俺って結構スゲー奴だったりして、超集中できる奴だったりして、何と例の単語テストはかなりの手ごたえで終わった。

 

 ま、日頃の勉強の成果ってカンジ?どーよ楠木さん、調子狂うどころか絶好調だっての。

 

 

 6時間目の数Bも終わって、後は帰るだけ。

 帰りのホームルーム前特有の賑やかさに浸りながら放課後のことを考える。

 

 さーて今日はどこ寄って帰ろっかな。楠木さん居ないから自転車かっ飛ばしてかなり遠くまで行ける。

 

 徹とゲーセン……はちょっと不真面目すぎか?参考書見るって名目で本屋。フツーにどっかで勉強。どれ行っても楽しそうだ。

 

 

 楠木さんが居なくたって俺は普通だ。

 

 ただ仲良い友達が一人いないだけの1日。風邪なんて寝てりゃ治るんだし、気にするような事じゃない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 が、ふと手元を見ると、スマホにはLINEのトーク画面。左上には「楠木さん」の文字。

 

 『上着お母さんに返してもらうように頼んだよ』『ごめんね』と続く昨日の履歴を、俺はぼーっと眺めていたことに気がついた。

 

 

 

「何か連絡かい?」

 

「……、別に〜?」

 

 

 

 プリントを配りに来た井ノ上がそう聞いてきて、俺は素早く画面を暗くした。

 

 誰との画面か分かったのか分かってないのか、井ノ上はハッハッハとやや豪快に笑って流してくれた。

 

 

 

「さあほら、タイムリーなのをあげよう」

 

 

 

と添えながら手渡されたプリントは保険だより。『風邪にご注意!』とポップなフォントでデカデカ書かれていた。

 

 

 思わず吹き出す。すっげぇ皮肉。戻ってきてコレ渡されたらどんな顔するかな。

 

 いつも通り眉をハの字に下げて、困った顔で笑いそう。笑うしかないってカンジで。

 写真撮って送ってやろうかな。なーんて。

 

 

 それを折って仕舞おうとした時、5組の入り口から古典のおじいちゃん先生が顔を覗かせた。「赤坂くん、赤坂くん」とちょいちょい手招きしてくる。

 

 プリントを持ったまま近づくと、先生の手にはさっき解いてた単語テストの束。

 一番上のを指さし、先生はいつものしわしわニコニコ笑顔で口を開いた。

 

 

 

「なんすか先生」

 

「コレ、赤坂くんの答案だよね?」

 

「……え?」

 

「名前書き忘れてるよ」

 

「…………あ?あ、うわぁマジだ!!?」

 

 

 

 気づいてゾッとした。先生の指の先、名前欄は空。解答の字は確かに俺のもの。

 

 どっと湧いたクラスの笑い声に紛れるように、先生は「サービス、サービス」と俺に鉛筆を手渡す。

 手を下敷きにへにょへにょの名前を書く俺を見て、先生は変わらずニコニコしていた。

 

 

 

「普通なら0点にしてるよ〜受験ならアウトだよ〜」 

 

「うーマジほんとすんませんマジありえねー……」

 

「まぁまぁ、次気をつけて。

 

やぁ〜、にしても、赤坂くんが珍しいね。何かあったのかい」

 

「いや……別に何も…………」

 

 

 

 ……ない、はずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後は徹、百合とそこらの店でなんか食いながら勉強することになった。楠木さんに見せるノートまとめるって名目だ。

 

 百合が居るからカフェ系になるだろうな。フツーにこの気温じゃありがてぇかも。

 シャツとセーターだけじゃキツイし、温かい部屋でコーヒー飲みたい。

 

 

 駐輪場まで行く中、俺たちは色んな人から「楠木さんは?」と聞かれた。マジ顔見知りってレベルの人まで。

 風邪で休みと答えると皆心配してくれた。

 

 すっかり『文化祭のあの子』として有名になったなぁと思いつつ、あー今日アイツほんとに居ないんだという実感がじわじわ。

 

 3人で自転車押してても、何となく1人分のスペースが空いてるのが気になった。

 

 

 

「いやちょっと、どんだけ落ち込んでんのよ」

 

 

 

 百合が振り返りつつため息交じりに言った。眉を上げた若干不機嫌そうな顔だ。

 

 もう何言ってもキショくダサく思えて黙る俺に対し、徹は素直に口を開いた。

 

 

 

「だって明里ちゃんいないと楽しくないよ百合ぃ。それに心配じゃん、昨日すげぇ変だったしさ」

 

「そりゃあたしだってそうだけど、こっちがしょんぼりしてもしょうがないでしょ」

 

「でも面白くないもんは面白くないよー、明里ちゃんとも話したいじゃん」

 

「話のストックが出来てるって考えなさいよ」

 

「新鮮さが無くなっちゃうじゃん。ユミちゃん先生と前原先生がデートしてたってニュース早く教えたくない?」

 

「はぁ?そんなん超どーでも……。いや結構気になるか」

 

「でしょ~?」

 

「いや病み上がりで聞く話じゃねぇだろ」

 

「うわやっとしゃべった」

 

「悪いか!」

 

 

 

 百合はひとしきり俺の返しに笑ったけど、変に空いた間と俺たちの表情を見て結局さっきの表情に戻った。

 

 つまんなそうに周囲を見渡して、体育館前の人物に目が留まったらしい。手を上げて大きな声で呼ぶ。

 

 

 

「あー!那賀川くーん」

 

「? 朝風さん。赤坂も」

 

「もう部活ー?」

 

「うん、ちょい顧問の先生探しに」

 

 

 

 当てつけかよ。

 

 百合が呼んだ人物に余計ブスッとした徹の顔を見て、そう言いたくなる。

 

 

 視線の先、体育館から出て来たばかりの那賀川はこっちを見て立ち止まった。

 一緒にいたバスケ部の奴らに手を振って寄ってきてくれる。

 

 目の前まで来て俺らを不思議そうな目で見ると、やっぱり予想通りのことを聞いてきた。

 

 

 

「……あれ、楠木さんは?」

 

「ねもう聞いてよ那賀川くん、明里さぁ、風邪引いてしばらく休みだって」

 

「え……、マジ?大丈夫なのそれ」

 

「昨日の帰りから様子おかしくてさ、病院行ったら風邪だったって。ね、透」

 

「おう」

 

「マジかー……。そっか、心配だな」

 

「まぁ」

 

「まぁ?」

 

「ちょっとは」

 

「……ちょっと?」

 

「コイツ朝からこうなのよ那賀川くん」

 

「そうそう、もっと言ってやってよ那賀川くーん」

 

 

 

 徹テメェ!

 

 コイツ那賀川と仲良くする嫌さより俺をからかうおもろさを取りやがった。

 

 嫌なことに那賀川もそれに応え、さっきまでの心配そうな声色はどこへやらニヤリと口角を上げる。

 

 

 

「ふーん。じゃ楠木さんに連絡するかな、赤坂が『ちょっと心配してた』って」

 

「" ちょっと "ね」

 

「そ、" ちょっと "な」

 

「勝手にしろよもう」

 

 

 

 『透くん/赤坂はハクジョーだな〜』とでも言いたげなニヤつく視線にサンドイッチ。那賀川と徹(コイツら) 組むとタチ悪いわ。

 

 つーかそんな立ち話してるうちに風吹いてきやがった。

 

 寒ぃなクソ。『楠木さん風邪引いた』話のせいで俺まで風邪引きそうだ。

 

 

 

「フツーに心配してるわ、フツーに。これでいいだろ」

 

「はいはい」

 

「フツーにね」

 

「ほらもう行こうぜ、那賀川お前も部活だろ」

 

「んね、そうしよっか。ごめんね那賀川くん、呼び止めちゃって」

 

「全然。気にしないで」

 

 

 

 若干震えながら言ったのが効いたのか、コイツらも寒いのか、立ち話は終いになった。

 

 

 百合と徹に続いて俺も行こうとすると、フッと軽く噴き出す声。

 俺の「じゃあな」を遮ったその方を見ると、那賀川が口元を押さえていた。

 

 自転車のブレーキを引いた鋭い音と一緒に睨む。

 

 

 

「おうテメェコラいつまで笑ってんだよ」

 

「っはは……悪ぃ。いやだって " ちょっと "はないだろ」

 

「るっせぇ」

 

「はいはい。早く元気になると良いな、楠木さん」

 

「な。いないとつまんねーわサイアク」

 

「………………………。……へえ」

 

 

 

 ――あ。

 

 やべ、やばい。俺今なんつった。クソ最悪。

 

 

 今年一番と言ってもいい超絶激ダサ激ハズ大失言に焦って固まる。

 

 が、なんと那賀川は何もからかってこなかった。俺の顔を見て、同意するような薄い笑みを浮かべただけ。

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

 そう言うと俺のチャリを軽く小突き、校舎へ向かっていく。

 

 珍しく思ってその背を目で追うと、那賀川は一瞬振り返った。さっきと違ってどこか挑戦的な笑みに変わったそれと目が合う。

 

 

 

「……」

 

「……は」

 

 

 

 えっ何この謎の時間。

 

 ……なーんて固まった俺に吹き付けるクソ寒い突風。

 声出して寒がった俺に、那賀川はブハッと噴き出して表情を崩した。

 

 

 

「そーいや、お前何で上着てないんだよ。そりゃ寒いだろ」

 

「……、……忘れたんだよッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に2日、楠木さんは学校を休んだ。

 

 

 その間俺は一人電車に乗って登下校。

 

 弁当の卵焼きを焦がし、味のしないおにぎりを作り、水筒を落とし、教科書を忘れ、体育着を忘れた、何でもない日々だった。

 

 

 高校で初めて出来た友達が居ないだけの、長い長いつまらない3日間。土日を挟んで、それもようやく終わる。

 

 コートとマフラー姿が横断歩道を渡ってくるのを見て、俺は軽く手を振った。

 

 

 

「おはよー赤坂くん………」

 

「おう久しぶり」

 

「ねー……すごいお休みしちゃった……。外出ないうちにもっと寒くなっちゃってるし……」

 

 

 

 まだだるいのか眠いのか、5日ぶりの楠木さんは濡れた犬みたいなペションとした表情と声だった。

 俺の皮肉を込めた挨拶も効いてない。

 

 髪も適当に縛ってるだけだし、コンタクト付けてくるのがめんどくさかったらしく眼鏡。それも、マスクとマフラーのお陰で半分くらい曇っていた。

 

 

 それでも、顔のほとんどが見えてない癖に、笑った顔がいつも通りなのが分かった。

 

 それを見ていると不思議とため息が出ていって、胸のあたりが軽くなる。

 

 

 

「おせーんだよ」

 

「……? うん、ごめん……?」

 

 

 

 改札に入って電車を待つ。少し見下ろした目線の先、隣にいつも通りの姿があって、口元が緩んだ。

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